フェダーイン・横島

作:NK

第78話




 少し離れた場所で美神達がガルーダと戦闘に入った頃、横島は静かにメドーサと対峙していた。

「メドーサ、どうしてもやるのか?」

「当たり前だよ。アタシはアンタだけは殺さないと気が済まないんだ!」

「そうか……。ならば後はこの剣で相手をするのみ……」

 メドーサに投降を呼びかけたが、勿論素直に応じるような魔族ではない。
 当たり前というか、横島に憎悪を抱いているメドーサは殺気を吹き出させながらジリジリと回り込んでくる。
 それに応じて、横島も飛竜を正眼に構えたまま正対する位置を維持し続けている。

「いくよ! はあっ!!」

 ドンッ!! グオオォォォォォオオ

 メドーサの気合いと共に、その身体から膨大な魔力が湧き上がる。
 それは先日の戦いで見せた魔力をも軽く超える出力だった。

 ブワッ! ビリビリビリッ……

 横島は飛竜へ込める霊力を上げ、メドーサから吹き付けてくる魔力を受け流す。
 そして自分の霊力をメドーサを上回るまで上げて、メドーサの鬼気迫る魔力圧を自分の周囲から吹き飛ばす横島。

「まさか人界でそれだけの魔力を絞り出すとは……。死ぬ気なのかメドーサ?」

「フンッ! どうせアタシは長くは生きられないのさ。死ぬならアンタを道連れにしようと思ってね。それにはこれぐらいの力は必要だろ?」

「いや……その程度ではまだ、俺を倒す事はできないな」

 横島の言葉と共に、双方の姿が一瞬消えたかのように見えた。
 お互いがもの凄く速い踏み込みで相手に斬りかかったのだ。

 ギインッ! キーンッ!

 2度、刃を交えた音が鳴り響いたが、周りの者が認識した時にはお互いが踏み込む前の場所に、それぞれの武器を構えたまま佇んでいた。
 2人共、まだ超加速は使っていない。
 これは完全に武術の技を使った攻防なのだ。

「さすがだね横島。だがこれはどうだい! お行き、ビッグイーター達!」

 二股矛を構えたまま、首だけを動かして自慢の髪の毛から次々とビッグイーターを出現させるメドーサ。
 ビッグイーターはその牙に、相手を石化させる毒を持っている。
 単体の強さはそれ程でもなく、今の横島ならばアッという間に殲滅してしまうだろう。
 だがメドーサと対峙している時に大挙して襲いかかられては、横島であってもこの眷族を斬り捨てるために隙ができてしまう。

 グオオォォォオ!

 次々と襲いかかるビッグイーターの群れ。
 横島はそれでも魔竜を迎撃しようとせず、先程から変わらずメドーサの一挙一投足に注意を集中させていた。

「私に貫かれるか、ビッグイーターに咬まれて石になるか! 好きな方を選びな! 食らえ、蛇槍千手殺!!」

 百近い残像を伴う穂先から発せられた、魔力を凝集した切っ先が真っ正面から横島に襲いかかる。
 両側面からは大口を開けたビッグイーター。
 普通であれば、横島が向かう方向は後ろか上しかない。
 しかし、ここで後退すればメドーサは一気に攻撃をかけてくるだろう。

「普通では躱せない……。だが!」

 ダンッという踏み込みの音と共に真上へ跳躍した横島は、飛竜に溜め込んだ霊力を強大な塊のまま放ち地面に叩き付ける。
 彼の奥義の一つ、“爆竜弾”である。
 その上、その反動でさらに高速で上へと跳躍する。
 巨大な霊力の塊は床面に衝突する直前、散弾の如く細かい光弾に変わって全方位に飛び散った。

 ドガガガガガガ……!

 無数の霊波弾が、メドーサから放たれた蛇槍千手殺の無数の槍を迎撃する。
 さらに、襲いかかったビッグイーターもその洗礼を受けボロボロに撃ち抜かれて消滅してしまった。
 しかし横島が使った爆竜弾は普段よりも拡散範囲を抑えたもののため、威力としてはそれ程ではない。
 これは無論、近くで闘う美神達への配慮であった。

「上に逃げるのは予想済みだよ、横島! 覚悟!!」

 横島の行動を予想していたメドーサは、超加速に入ると自らも跳躍して最大限に魔力を込めた二股矛を、これまでで最高のスピードで繰り出した。
 放ったメドーサ自身、絶対に避けられないだろうと自信を持って繰り出した一撃。
 彼女の目には、自分の二股矛に貫かれる横島の幻影が見えていたかもしれない。
 しかし……横島はすでに、同様のパターンでさらに強大な相手との修行を経験していたのだ。
 そう、斉天大聖老師との修行を……。

「見えた! 奥義、真・破邪滅却!!」

 こちらも爆竜弾を放つと同時に意識加速に入っていた横島は、心眼を凝らしてメドーサが繰り出す二股矛と込められた魔力の中心点を見切っていた。
 その一点目がけて繰り出される、かつてメドーサを葬った横島最強の奥義の改良版。

 ドガアッ!! 
 ズゴォォォォオン!!

 横で戦っている美神達はおろか、ガルーダさえも動きを止めて強大な霊力と魔力のぶつかり合いによって生じた、膨大な衝撃と閃光によって吹き飛ばされる。
 何が起こったのか?
 メドーサが二股矛に込めた魔力は、その中心点を貫かれた事で竹が割れるように真っ二つに斬り裂かれ、横島の両側を進んで外壁に大穴を開けたのだ。
 そして横島が飛竜に込めた莫大な霊力は、正に一直線にメドーサの二股矛を貫き床へと突き刺さって直径20cm 程の綺麗な丸い穴を穿った。
 その威力は凄まじく、この塔の最上階から全ての階を突き抜けて、地中深くまで突き刺さったのだから……。



 茂流田や須狩も呆然と見守る中、空中で静止している横島とメドーサ。
 その格好は横島が突いた飛竜の切っ先が、メドーサの突き出した二股矛の二股を支える部分(柄と一直線に結ばれる部分)とぶつかり合っている。
 おそらくインパクトの瞬間からこのままの姿勢でいるのだろう。

『……一体…どうなったんだ…?』

 ピシッ!

 茂流田が漏らした声を全員が聞いた時、微かな音が響いた。

 ピキッ! ビキビキビキ……!

 それを合図に、空中で静止していた光景に変化が訪れる。
 最初にメドーサの二股矛の金属部分に無数の亀裂が生じ、アッという間にそれが柄にまで広がって二股矛全体が崩れ去ったのだ。
 さらにそれは武器だけでなく、メドーサの再生させた右腕にまで及ぶ。

 ボヒュッ!!

 自らの武器が文字通り粉々になる様を呆然とした表情で見ていたメドーサだが、自分の身体がおかしいと感じたその時、いきなり右腕の上腕部から赤紫色の霧が飛び散った。
 人間で言えば腕の血管ことごとくが切れたかのように、右腕の肘から先全体が血飛沫を上げたのだ。

「グ……グギャアアァァァァァァァァァアアッ!!」

 美神達には見えていた。
 メドーサの両腕から吹き出しているのは、赤紫色の魔族の血だけではない。
 あまりにも上げすぎた魔力が逆流し、再生したばかりの上、横島の一撃を受けて脆くなった部分を突き破って霧のように漏れだしているのが……。

「終わりだ、メドーサ……。お前の右腕は、少なくともこの戦いの間は使い物にならない」

「グウゥゥゥウウッ………! お、おのれ…よ、よこしまっ!」

 激痛に耐え、既に動かす事もできない右腕をダラリと下げ、残った左手で右腕を押さえる姿勢のまま、怨嗟の籠もった双眸で睨み付けるメドーサ。
 その表情は正しく般若と言えよう。
 だがその表情とは裏腹に、横島対メドーサの決着はついたも同様だった。

「よせ! 俺の一撃を受けてお前自身の魔力が一気に逆流し、構造が弱くなった右腕から吹き出したんだ。無理に動けば血も魔力も失ってそれこそ最後だ」

「なにをっ!? ……あっ…あっ…あぁ……ちきしょう、駄目だ……。魔力が……アタシの魔力が……抜けていく…………」

 既に戦闘不能の状態にもかかわらず、なおも動こうとしたメドーサの耳朶を横島の言葉が打つ。
 既に手遅れだがメドーサ自身、横島の言う事を実感していた。
 動いた途端、右腕から漏れ出る魔力を食い止められないのだ。
 このままでは横島の言うとおり、全てのエネルギーを失って消滅するしかない。
 そう思いながら、メドーサは深い暗闇に落ちていきそうになる意識と必死に闘っていた。
 幸い、収まる事のない痛みがその手助けをしてくれている。

『…駄目か、アタシ……結局…アイツに勝てないまま…死ぬっていうのか?』

 アシュタロスに蘇らせて貰い、実験体として改造されたと知っても恨む事はなかった。
 それより、強大な力を人界で振るえると知り、今度こそ自分を屈辱にまみれさせた憎い横島をこの手で殺せる、と喜びさえ感じたのだ。
 しかし、自分の命を賭けたパワーアップでも横島に勝つ事はできなかった。
 メドーサに残されたモノは絶望……。



『ヨコシマ、今の技って斉天大聖老師との戦いで使った技よね?』

『ああ、敵の構造や霊力の中心点(死点)を見極めて、そこに針のように集束した全霊力を叩き込む技だ』

『凄まじい威力ですね……。メドーサの矛を粉々にして、さらに衝撃を受けた腕の霊基構造をボロボロにするなんて……』

『メドーサに止めを……ヨコシマ! グーラーさんがやられたみたいよ!?』

 メドーサに止めを刺すのかどうか尋ねようとしたルシオラの意識は、ふと自分が仲間だと認識している魔力が急速に弱くなっていく事に気が付いた。
 そして意識を向けた先で、霊基構造が崩壊しつつあるグーラーを認めたのだ。

『何っ!? ああっ、グーラー!?』

『いけません、早く処置しないとグーラーさんは消滅してしまいます。忠夫さん、取り敢えずメドーサはあのままにしておいて、グーラーさんを助けましょう』

『そうね……。今のヨコシマの霊格で創った文珠なら、何とか彼女を助けられると思うわ』

 頭の中で交わされた話し合いに頷くと、横島は既に戦闘力を失ったメドーサを放置してグーラーを助けるべく向きを変える。
 
「うぅ……な、何が…? どうやら…チャンスはまだ残っているみたいだね…」

 いきなり自分を放って置いて離れていった横島の行動を怪訝に思うが、プロとしての冷静な面が生き残る機会を与えられた事を悟った。
 小声で呪文を唱えると、メドーサは再び用意した強制送還の魔法陣の力でその姿を消したのだった。






「グーラー、しっかりしろっ!」

 横島は超加速で一瞬のうちにグーラーの元へ赴くと、『蘇生』と『増幅』の文珠を創り出し消えかかっているグーラーに押し込める。

 パアァァァァアッ!

 文珠が光り輝きグーラーの霊基構造崩壊が停止し、瞬く間に増幅と再生が始まり元の姿へと戻っていく。
 この時、美神は自分がグーラーにしてやれる事はない、と判断してガルーダ迎撃の援護に向かっていた。
 横島とメドーサの、霊力と魔力のぶつかり合いで発生した衝撃で吹き飛んだガルーダが再び起きあがったため、グーラーを抱いた美神を助けるべく九能市とシロがガルーダの前に立ち塞がり、戦闘を繰り広げていたのだ。
 グーラーがそれを即したと言う事も大きかったのだが……。
 
「うぅ……生きているのかい? これは……ダメージが消えた!?」

「これでもう大丈夫だ。霊基構造のダメージがまだ軽微だったから、俺の能力で回復させる事ができた。だが気を付けろ、ガルーダの攻撃は尋常じゃはない!」

「わかった。……ありがとう、横島」

「ガルーダの攻撃を受けようとするな! とにかくヤツの攻撃を躱すんだ」

 グーラーが何とか死ななかったのは、曲がりなりにもガルーダの攻撃をブロックしていたからだった。
 相手の強大な一撃で霊基構造を破壊されるほどのダメージを受けたとはいえ、それはブロックの上から攻撃を受けてダメージを受けたようなものである。
 だから強力とはいえ文珠によって蘇生ができたのだ。
 グーラーの無事を確認した横島はそう言い残すと、彼女をそこに残し美神を攻撃しているガルーダに向かって突撃していった。



「きゃあっ!」

「九能市殿!」

「シロ、気を逸らしちゃダメよ!」

 忍びの体術と忍術を駆使してガルーダと渡り合っていた九能市だったが、ヒトキリマルでの斬撃をことごとく躱された上に回し蹴りを避け損ねて吹き飛ばされてしまう。
 幸い、咄嗟に霊波弾を放ってガルーダの足に当て、蹴りの威力を弱める事ができたため、自分からタイミングを合わせて後ろに飛ぶ事でダメージを受け流す事に成功していた。
 しかしその衝撃波は凄まじく、九能市は遙か後ろの壁まで吹き飛ばされてしまったのだ。
 九能市の方を心配そうに見ようとしたシロに美神の注意が飛ぶ。
 今、ガルーダの動きから眼を離す事は死を意味している。

「アンタの相手は…ゲッ! は、速い!」

「ホワッ!」

 ブンッ! バキャッ!!

 神通鞭で攻撃を仕掛けようとした美神だったが、即座に反応したガルーダは鋭い蹴りを放って神通鞭を枯れ枝でもへし折るように蹴り砕いた。
 いかに美神が念法を身に付け、人間としては常識外れの霊力を出せるとはいえ、元々の霊力差が大きすぎる上に体術でも遙かに上の相手である。
 罠を張り、相手を追い込むなどの戦術を使わない限り、その実力差を埋める事は容易ではない。

「こ…こりゃダメだわ! ガチンコ勝負でコイツを倒すには横島君並の力がないと……」

「お待たせしました、美神さん!」

 そこまで言いかけた美神の耳に、待ち望んでいた男の声が聞こえた。 

 シャッ! ドゴンッ!!

 横殴りに薙いだ横島の飛竜は、続けて放たれたガルーダの正拳突きを完全に迎撃してみせる。

「クウウゥゥゥ――……!」

 この戦いで初めて、自分の攻撃と同等以上の攻撃を受けたために痺れたのだろう。
 ガルーダが眼を細めて何かに耐えるような仕草を見せる。

「メドーサはもう戦闘不能だ。ガルーダ、今度は俺が相手だ! 多くは言わない、降伏しろ!」

『バ、バカなっ!? あのパワーアップし、さらに追加調整を施したメドーサを倒しただと!?』

『茂流田! メドーサは本当に戦闘不能よ! それに逃げたみたいだわ』

 美神とガルーダの間に立ち塞がった横島。
 メインコントロール室では、茂流田と須狩がメドーサを戦闘不能された事にショックを受けているようで、何やらゴチャゴチャ騒がしい。

「ヒョオォォォォオ……」

 いきなり目の前に現れた強敵を、鋭い目つきで睨み付けるガルーダ。
 横島も油断なくその動きを見詰める。

「氷雅? シロ? グーラー? みんな無事?」

「「「なんとか……」」」

 横島が戦いを引き継いだため、漸く他のメンバーの安否を確認する余裕ができた美神。
 彼女の問いに、全員が一応問題なしとの返事を返した。
 まあ、グーラーは先程死にかけたのだが、今は何らダメージが残っているわけでもないので構わないのだろう。

「ホワッチャアッ!!」

 ガルーダは一気に横島との距離を詰めると左回し蹴りを放った。
 尋常ならざるスピードで繰り出されるその蹴りを、横島の眼は確実に捉えている。
 その蹴りを両手で握った飛竜の柄を振り下ろし、同時にそこから集束霊波砲を放ち迎撃しようとする。
 だが、ガルーダの左回し蹴りは囮だった。
 瞬時に左足を戻して軸足とし、殆ど見えないようなスピードで右回し蹴りを放ったのだ。

「横島君!」

「先生!」

「横島様!」

「横島!」

 戦いを見守っていた美神達4人の口から悲鳴に近い絶叫が零れる。
 4人の眼には、ガルーダの右回し蹴りを頭に食らって吹き飛ぶ、横島の姿が見えたような気がしたのだ。
 だが……

 ガシイィィイイッ!!

 硬いもの同士がぶつかり合うような音が響き渡り、吹き飛んだのはガルーダの方だった。

 ズシャアァァァアッ……

 ガルーダの身体が床を削り取るように叩き付けられ、すぐに起きあがって来られないでいる。

「……妙神山念法奥義・竜牙穿撃」

 自らの技の名をポツリと呟く横島。

「い、今の技は一体……」

「ゼロ距離からの片手突きですわ……」

 観客の中で唯一今の技が見えていた九能市がポツリと呟く。
 ここで説明すると、横島の放った奥義・竜牙穿撃とは、通常の剣の間合いの内側に入り込んだ敵に対し片手で持った飛竜を、足、腰、上体といった身体全部の捻りを使って、相手に神速の突きとして放つ技である。
 無論、飛竜の切っ先には高密度に集束された霊力(念)が込められている事は、今更言うまでもない。
 敵に懐に飛び込まれた場合の緊急迎撃用の技であるため、同じ突き系の技である破邪滅却に比べ込められる霊力は少ない。
 破邪滅却が相手を貫き消し飛ばすのに対し、竜牙穿撃は文字通り竜の牙と化した飛竜の切っ先で相手に穴を穿つのだ。

 ガルーダとの攻防で、連撃として放たれた右回し蹴りを躱せないと悟った横島は、左回し蹴りを迎撃すべく打ち下ろした飛竜を即座に止め、ガルーダの足首目掛けて竜牙穿撃として繰り出し迎撃したのだった。
 これを成し遂げたのも、日頃の修練もさることながら、真に恐るべきは横島の眼と集中力である。
 ガルーダの攻撃を一瞬で見破り、冷静に紙一重のタイミングで迎撃したのだ。

『お見事です、忠夫さん♪ 竜牙穿撃、久しぶりに見せて貰いました』

『ヨコシマの近距離戦用の必殺技ね。こっちの世界では初めてじゃない、使ったのは?』

『そうだよなぁ……。まあ、切り札はあまり出さないから切り札なんだよ』

 脳内会話をしていると、吹き飛んだガルーダが漸く声を発した。

「グクウゥゥゥウウ……」

 倒れていたガルーダがノロノロと起きあがろうと動き始める。
 だがなかなか起きあがれないでいるようだ。

「ガルーダはどうしたんだい?」

「今の俺の攻撃で右足首を痛めたんだ。もうさっきまでのような素早い動きはできないから、ヤツの攻撃力は半減したと言っていい」

 グーラーの疑問に応える横島。
 ガルーダは物理的な衝撃だけでなく、鋭利な霊力の切っ先で足首を打ち抜かれた状態なのだ。
 もはや今回の戦闘中は、彼の右足は役に立たないだろう。

『バ…バカな……! メドーサとあれだけの戦闘を行った上で、我々の創ったガルーダまで倒すとは……』

『今の技は一体……? 信じられないわ、彼の木刀の切っ先に込められた霊力は、あの瞬間、ガルーダを遙かに上回ったというの……』

 横島の実力に茂流田と須狩も信じられないものを見た、といった表情でデータ分析の結果を眺めている。
 しかし、いかに信じられなくてもそれは事実であり、変わりはしないのだ。

「凄いでござる……」

「さすがです、横島様……」

 茂流田達の声を聞いて、新たな横島の技を見る事ができた感動に打ち震えるシロと九能市であった。






 ドゴオォォォオン!
 ガシャアンッ!!

 その時、いきなり塔の外壁が爆破され、同時に窓をぶち破ってオカルトGメン特殊機動コマンドが突入してきた。
 爆破され外が見えるようになった破口からも、次々と入ってくるコマンド部隊。

「そこまでだ! 南武グループに対する強制捜索令状と、茂流田、須狩、君達2人の逮捕状だ。無駄な抵抗は止めたまえ!」

 銃を構えるコマンド部隊の後ろから、愛剣ジャスティスを手に持った西条がタイミングを計っていたかのように姿を現す。

「西条さん! 遅いわよ、全く!」

「証拠が揃ったんですわね? 漸く突入部隊の到着ですわね」

 既に横島によってメドーサ、ガルーダといった最大の障害がほぼ無力化されているため、美神と九能市は援軍の到着にホッとした表情を見せた。

「美神さん!? 横島さん!?」

「あら、おキヌちゃん!」

「美神さん、無事だったんですね! 良かった――!」

 西条に遅れて姿を現したおキヌは、美神の無事な姿を見ると嬉しそうに走り寄り、その胸に飛び込んでいく。

「おい! 無事か、九能市!?」

「あら、雪之丞さん……。横島様もいらしたのですから、私は大丈夫ですわ。まあ、ちょっと危なかったのは事実ですけど……」

 続いて現れた、珍しく心配したような表情の雪之丞に、少し驚いたものの僅かに頬を赤らめて返事をする九能市。
 何やら、いつの間にか怪しい雰囲気になっていたようだ。

「横島さん、皆さん、ご無事で何よりです」

「ずっと見ていたけど、みんな頑張りましたねー」

「メドーサに逃げられたのは残念ですが、仕方ありませんね。横島さん、残ったガルーダの事はどうするつもりですか?」

 最後に入ってきた小竜姫、ヒャクメ、ジークの3人は最初から横島が負ける筈などないと思っているため、意外とあっさりした口調で話しかけてくる。
 尤も、小竜姫は横島が無事な上、さらに強くなっている事を確認できて内心嬉しくてたまらないのだ。
 ヒャクメも全員の戦闘をつぶさに観察していたため、全員の能力アップを改めて実感していた。
 ジークは横島の嘘みたいな強さを知っているため、今回の結果を当たり前の事と捉えている。
 だが、横島の類い希な戦闘センスとその技に感心していた。

「まだ元凶である茂流田と須狩の2人が残っていますが、連中の創った心霊兵器はあらかた始末しました。心配をかけましたね、小竜姫様、ヒャクメ。それにジークも。ところでガルーダなんだが、どうするかな……? おい、そこの2人!」

「なんだ……?」

「何よ……?」

 既に突入したGメン・コマンド部隊にコントロールルームのドアを爆破され、中で銃を突きつけられている茂流田と須狩がふて腐れたように顔を向ける。
 両手を頭の上に組んでいる姿は、なぜか少し滑稽だった。

「ガルーダはグーラーと同じように呪法で括ってあるんだろ? 解呪すれば元の意識を回復するのか?」

「それは無理だね。ガルーダは霊破片を培養して幼生とし、ある程度培養槽で育てた後に制御装置と呪縛を組み込んで完成させる」

「始めから兵器として作られているから、知性や心、それに誇りとかはないわ。あるのは魔族の強烈な破壊と闘争、それに殺戮の本能だけよ」

 既に諦めたのか、吐き捨てるように語る茂流田と須狩。
 その間も、未だ稼働しているガルーダを小竜姫、ジークが霊力と魔力で抑えている。

「……魔物の誇りも…心もなく―――ただ殺しの道具として人間に使われるだけの……! ひでえ!」

 その言葉を聞いたグーラーが込み上げる怒りを抑えるかのように呟く。
 ガルーダを抑えながら、ジークも同じ事を思っていた。

「あたしゃ確かに上等な妖怪じゃないけどさ、それでも品物扱いされるいわれはないよ! 魔物にだって心はあるんだよ! 貴様らにこんな権利あるもんか!」

「魔族や魔物は決して人間の天敵ってわけじゃないわ。必要なら闘うけど……時には協力もするし、人間と対等なのよ。一方的に弄んでいいはずがないわ。命がけで魔物達と向き合ってきた者じゃないとわからないでしょうけどね」

「「…………」」

 グーラーが抑えようのない怒りが籠もった言葉を紡ぎ、それを肯定する美神。
 横島も黙ってはいるが、茂流田達の行為を怒り心頭という気持ちで見ていたのだ。
 なぜなら、彼の最愛のヒトの1人、ルシオラは紛れもなく純粋な魔族なのだから……。

 渦巻く感情を抑えるため、能面のように無表情な顔で茂流田達から視線を外す横島。
 その姿を見た美神はハッと思い出す。

『横島君……。そう言えば彼が愛するかけがいのない相手の1人は、魔族だって言ってたっけ……』

 そして視線を動かすと、そんな横島を心配するように見詰めている小竜姫(ヒャクメもそうなのだが、美神の視界からは脳内で除外されている)。
 そんな小竜姫の姿に、横島との強い絆を感じてしまい落ち込みそうになる自分をだらしないと感じてしまう。

「西条さん、この施設内にはまだ連中が開発中の心霊兵器があるかもしれません。捜査の方はお願いします」

「横島君はどうするんだ?」

「俺は……あのガルーダを楽にしてやりたくって……」

 悲しそうな眼で小竜姫とジークに抑えられているガルーダを見る横島。
 西条は少し考えると頷いた。

「わかった。九能市君と雪之丞君を借りるよ。シロ君も一緒にきてくれないか」

「わかったでござる!」

「わかりましたわ」

「いいぜ」

 シロはチラリと美神と横島の方に眼を向けたが、美神が頷いているのを見て了承の返事を返す。
 九能市と雪之丞は、自分達ではガルーダを倒せないと知っているため、自分達ができる事をやろうと思い承諾した。
 捜査という事でヒャクメも彼等に着いていく。



 コマンド部隊や捜査官達がそれぞれの活動を開始した頃、横島は飛竜を持ったまま小竜姫達の方へと歩いていく。

「小竜姫様、ジーク。悪いけど結界を張ってくれないか? ガルーダは魔界に帰っても魔物としての生は送れないだろうから……」

「わかりました……」

「横島さん……。貴方は魔物や魔族の事を……わかっているんですね」

 そう言うジークに寂しい笑いを見せた横島は、頷くとガルーダの前に立つ。

「さあ、ガルーダ。闘うことだけがお前の存在価値とは思わねーし、お前自身に罪があるなんて思ってねーけど、俺がしてやれる事なんてこれぐらいだ。楽にしてやるよ」

 そう言って静かに飛竜を正眼に構える。
 小竜姫とジークによる戒めを解かれたガルーダも、痛めた足をふらつかせながら立ち上がった。
 その眼に宿る闘気にはいささかの衰えもない。
 静かに睨み合う2人。
 やがて……横島がポツリと呟いた。

「いこうか……」

「フオオオッ! ホワッチャアッ!!」

 無事な足で鋭く踏み込み、いきなり倒立して腕の力を使って上空へと跳躍するガルーダ。
 その跳躍は先程までと何ら変わりない高さとスピードを持っている。

「さすがだ。お前の闘志に、俺も奥義で応えよう」

 頭を横島に向け、両腕をクロスした体勢で急降下してくるガルーダ。
 それは、相打ち覚悟の必殺の拳。

 ダンッ!!

「念法奥義、破邪滅却!!」

 こちらも床が陥没するほどの踏み込みで跳躍し、左手を前に突きだし、飛竜を持った右手を引いた半身の状態でガルーダを迎え撃つ。
 そして、腰の捻りを中心に、肉体と霊力の全てを100%攻撃に転化させた鋭い突きを繰り出す横島。
 その切っ先に込められた高密度の霊力が流れ、円錐状のスクリーンを作りだす。

 ドゴオォォォォオオン!!!

 ガルーダの魔力と横島の霊力が正面からぶつかり、小竜姫とジークの作りだした結界内の空間に凄まじい衝撃が巻き起こる。

 ドシュ! ズシャアッ!!

「ケ…ケエェェェエッ!!」

 繰り出した拳を円錐状のスクリーンに弾かれたガルーダは、一瞬後に飛竜の一撃を胸に受け、さらに円錐状に展開した霊力で傷口をまるでドリルで抉られたように押し広げられる。
 横島の奥義はガルーダの上半身を文字通り吹き飛ばし、ガルーダはその霊的中枢を破壊され絶叫と共に消滅していく。

「あばよ、ガルーダ……。ごめんな……」

 周囲を舞うガルーダの羽毛の中、横島は小さく呟いた。






「お見事でした、横島さん……」

「ありがとうございます、横島さん……」

 沈痛な面持ちの小竜姫とジークに迎えられた横島は、結界が消えた事を確認しながら小さく頷く。

「あまり気持ちの良いもんじゃないっスね。さて、残った問題は……」

「ええ、復活したメドーサをどう扱うか、ですね」

「魔族側としては、彼女は元々龍神族ですから捕まえたら小竜姫さんに引き渡す事に異論はありません」

 そう、メドーサは龍神族の指名手配犯だった。
 デタントのため、この程度の事で神族との関係を悪化させたくない魔族上層部の意向が感じられる。

「メドーサは一度、普通であれば完全に滅ぼされています。今回は偶々何らかの事情で魔王が復活させたようですが、彼女が指名手配犯として犯した罪に関しては既に死亡により購われています。ですが、今後もいろいろとテロ行為を続けるのならば、再び指名手配をせざるを得ません」

「そうですね。暫くは様子見でしょうけど、行動次第では討たなければいけないでしょう」

 黙っている横島に、小竜姫とジークがそれぞれの見解の述べる。
 それは理屈としてとても順当なもの……。

「まあ、ヤツは必ずまた俺を倒そうとして現れるでしょう。尤も、あの身体ではちょっとわからないですけどね」

「おそらく、今度こそアシュタロスの秘密基地に戻ったのでしょうから、何らかの処置を受けるはずです」

 小竜姫の言葉に頷く横島とジーク。
 横島もおそらく次にあった時こそ、最後の戦いとなるだろうと考えていた。
 メドーサと自分の間では、しょせん敵と味方にしか成り得ないのだろう。
 それは少し寂しい事だったが、現時点ではメドーサはアシュタロスの部下であり、神界、人界、魔界の諸勢力にとってテロリストでしかないのだ。

「俺の気持ちは決まったよ。次にあった時には必ず決着をつけます!」

 横島はそう締めくくって決意を固める。
 自分の大事な存在を守るためには、その障害となるモノを許すわけにはいかないから……。
 この闘いも、所詮は当事者間のエゴのぶつかり合いなのかもしれない。
 今ある世界を、幸せを守ろうとする者達と、認める事のできない現状を破壊して、自らの望む世界を創ろうとする者達との……。


 その後、オカルトGメンの捜査で、奥の調整施設から多数のガルーダの雛が発見された。
 一緒に保護された妖魔や魔物は、茂流田達によって操られていたため全てお咎め無しとなり、雛たちはグーラーに引き取られて妙神山に身を寄せる事となる。
 だがそれはもう少しだけ後の事だった……。

 こうして南武グループの心霊兵器開発計画は頓挫し、茂流田や須狩を始めとする実行犯達は逮捕され、完成した霊破片培養及び調整技術がアシュタロス陣営に渡る事は辛うじて防ぐ事ができたのだった。
 南武グループの関連企業には、この後警察とオカルトGメンの捜査が入る事となるが、一般の人間にはなかなか理解できない罪状だったため、会社の一部が非合法な兵器の開発を行ったという認識で落ち着き、やがて風化していくのだろう。
 霊障に悩まされる人がいる反面、多くの人々はそれが兵器という概念に結びつかなかったのだから……。




(後書き)
 漸く「サバイバルの館!!」編が終了しました。
 実はついこの前、家族に不幸がありまして未だバタバタしており、仕事の方も滅茶苦茶忙しく
 なっているため、更新スピードが落ちると思います。
 何とか完結にまでは持っていくつもりですが、更新が不定期になるかもしれませんので、ご了承
 下さい。

 さて、メドーサの死を惜しむ声が多かったので、再生怪人扱い(でもパワーアップして)で再登場
 させてみました。
 これで月編では、原作のようにメドーサを登場させられるでしょう。

 次は雪之丞と九能市のGS資格取得の話をお届けする予定です。



【管理人からのお知らせ】
 2005/9/25現在、第78話以降の投稿は受け取っていません。
 NKさんの後書きにもありますが、次回のHPの更新時に続きが載るかどうかは未定です。

 NKさんの個人的な事情もあるので、お約束はできませんが、早期の復帰を願っている方は、
 この機会に励ましの感想を送ってあげてください。


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