フェダーイン・横島

作:NK

第80話




「ふっふっふっ……。去年は油断したおかげで負けちまったが、同じ失敗は二度とせん! 最初から全力でいくぜ!」

 昨年のように相手を舐めきった態度ではなく、かなり本気で据わった眼をしている蛮・玄人。
 雪之丞としても全力で向かってくる敵をぶっ飛ばした方が趣味に合っている。

「そうしろ。全力で来なければお前なんぞ瞬殺だぞ。さあ、かかってくるがいい」

 そう言って右手を上げクイッと指を自分の方に曲げて挑発する雪之丞。
 その格好といい、その態度といい、どうやら何かになりきっているようだ。

「バカめっ! その言葉そっくり帰してやるわっ!」

 かなりの出力の霊力を身に纏い、殺気の籠もった眼で突進してくる蛮・玄人。
 その一撃をまともに食らったら、普通のGSであれば意識を失ってしまうかもしれない。
 だが雪之丞とて格闘の修行を積んできた男。
 その実力は横島の弟子になった事で、既に人外の域にまで達していたのだ。

「直線的すぎるな……」

 そう呟くと雪之丞も己の霊力を上げて、その身に纏う雰囲気を怜悧なものへと変化させる。

 ブオッ!!

「食らえっ!」

 声と共に繰り出された蛮のパンチをスッと最低限の動きで躱した雪之丞は、そのまま流れるように身体を捌いて拳を繰り出す。

「あたあ!!」

 ガゴッ

「ぶぼっ」

 自分の拳を避けた雪之丞に驚愕の表情を浮かべた蛮だったが、カウンター気味に繰り出された雪之丞の拳を視る事もできず(当然避ける事もできない)、鼻っ柱を強打され顔を仰け反らせる。
 ググッと倒れそうになるのを堪え、なお闘志を失っていない双眸で雪之丞を見返す。

「はぶっ! ぶへべ……ぎ…ぎざま……」

「なかなか丈夫だな。だが次はもう耐える必要もない」

「へっ!?」

「はあああああ! あたたたたた」

 ドゴゴゴゴッ!!

 アナウンサーや厄珍の眼にも全く捉えられないスピードで、何発も拳を叩き込み蛮をタコ殴りにする雪之丞。
 その姿は世紀末覇者を倒し、修○の国の体制を崩壊させた拳士にそっくりだった。

「あたあっ!!」

 ドッカンッ!!

 最後のフック気味の一撃で、今度こそ顔面をボコボコに歪ませた蛮・玄人は後方へと吹き飛び、ピクピクと痙攣をしながらグッタリと横たわっている。

「終わりだ……。安心しろ、秘孔は外しておいた……」

「しょ、勝者、伊達選手!!」

 蛮が完全にノックアウトしている事を確認し、そう言い放つ雪之丞。
 しかし実際は、決め台詞に何の意味もない。
 そして審判も蛮の状態を見て試合の終了を宣言する。
 まるで拳法家同士の闘いに見える試合内容に、ドッと観衆が沸く。

「ああーっと、伊達選手、凄まじい攻撃でした! パワーファイターの蛮選手を真っ正面から打ち合って撃砕しましたっ!!」

「一見派手に見えるが、きちんと手加減されていたあるよ。伊達選手は大分余裕があるみたいあるね」

 アナウンサーや厄珍も例外ではないようだ。
 そんな中、静かにコートを降りる雪之丞を満足げな表情で見ている横島。

「う――ん、よしよし。ばっちりだぞ雪之丞」

「……ね、ねえ横島君。あれって何の真似なワケ?」

「えっ…? エミさん、あの格好、なかなか良いと思いません?」

「そ、そうね……」

 横島の一言で、あの雪之丞の態度が横島の指示というか、同意の基で行われたと知り、引きつったような表情で横島に真意を尋ねるエミ。
 しかし、えっ、という表情の横島を見てそれ以上の質問を断念する。

『そーいえば、昨年の試験では横島君自身がああいう格好をして楽しんでいたっけ……。雪之丞にもしっかり感染っていたワケね』

 何となくしてきた頭痛を堪えつつ、これさえなければ横島君も完璧なのに、と思うエミだった。



「さあ、いらしてくださいな」

 そう言って対戦相手に妖しく微笑みかける九能市。
 そんな彼女の姿は妖しい色気を感じさせる物だったが、少し目つきはヤバメだった。

『ううっ……。こいつ、隙がありそうで全くない……』

 対戦相手の神通棍を構えた男は、実は昨年雪之丞に2回戦で滅多打ちにされ敗れた相手である。
 彼もこの1年間、必死に修行をして昨年以上の力を身に付けていたのだが、目の前の少女はそんな彼をも上回る実力を持っているようだった。
 おそらくはこの女、居合いを使うのだろう。
 鞘に収められたままの霊剣の柄に掛けられた右手。
 隙を見つけられずに踏み込む事ができない男は、ただ対峙するだけで激しく消耗していく自分を感じていた。

「いらっしゃらないのですか?」

「ふっ…。居合い斬りは刀を抜いてしまえば終わりだ。いわばカウンターの技。そんな挑発に乗る程未熟ではない」

 九能市から浴びせられるプレッシャーを何とか受け流し、逆に挑発する男。
 確かに男の言う事は正しいし、九能市は居合いを得意としているのも事実だ。
 だが……彼女は居合いだけが得意なのではなかった。

「そうですか。では……こちらから行きますわ!」

 ドンッ! 

 九能市の発した言葉に僅かに送れ、おそらく床を蹴る足音が鳴り響く。
 男は本能的に神通棍を上段から振り下ろした。
 九能市の動きが完全に見えていたわけではない。
 それは防衛本能に基づいた行動だった。

「お見事ですわ! でも、その霊力では駄目ですわ」

 キンッ! ドカッ! カラン……

 何かが斬られるような音に続き、柔らかい物を殴打するような音と硬いものが床に落ちる音が聞こえた。
 観客の大部分が認識したのは(審判でさえも)、その3つの音と男の後ろまでいつの間にか移動し、刀を再び鞘へとしまった九能市の姿。
 対戦相手は神通棍を振り下ろした体制で静止しているが、その姿はどこか違和感があった。
 暫しの間の後、漸く人々は床に転がる真ん中から切断された神通棍の先端を認識する。
 そう、男の手に握られていた神通棍は、九能市のヒトキリマルの一閃で見事に切断されていたのだ。

 ドサッ!

 審判が思わず立ち上がった時、すでに意識を失っていた男が床に崩れ落ちる。

「大丈夫、斬ってはいませんから……」

 その言葉と共に九能市は審判の方に視線を向けた。
 審判も漸く自分が為すべき事を思い出す。

「そこまで! 勝者、九能市!」

 勝ち名乗りを受けると、九能市はさっさとコートから外へと出ていった。
 先に試合を終えた雪之丞と合流するのだろう。

「あの娘も凄く強くなったわね……。今の動き、殆どの人はよく見えなかったんじゃない?」

「でしょうね。氷雅さんも小竜姫様の指導で剣術の修行もずっとしていたから、かなりの腕前になっていますよ。尤も、今はチャクラを殆ど廻していないから、動きも威力も普段より大分落ちますけどね」

「あれで普段より遅いワケ?」

「ええ、さっきの雪之丞も同様です。エミさんも知ってるでしょうけど、霊能者は霊波出力を上げれば、身体能力も影響を受けて向上しますからね」

「はあ……。雪之丞と同じく、純粋に体術の差ってワケ。あの2人と最初に当たるとは、運のない受験生ね」

 そう思いながらも、少しだけホッとしているエミだった。
 なぜなら、九能市は変なコスプレをしていなかったからである。
 だがエミは忘れていた……。
 九能市の忍者としての格好は、マスクこそしていないが昨年の横島とそれ程変わらないのだ、ということを……。



 こうして雪之丞も九能市も、何ら危なげなく初日の試験を終えたのだった。
 その頃、会場の一角では……。

「フンガー!!」

 ドカアッ!!

 張り手一発で対戦相手を結界まで吹き飛ばしたタイガーが、審判から勝ち名乗りを受けていた。

「エミしゃん、ワッシは、ワッシはやりましたジャー!!」

 観客席から頷くエミの姿を見て、タイガーは去年の自分との実力差を噛み締めていた。
 タイガー虎吉、彼もまたかなりの力を身に付けていたのである。
 こうしてGS試験は2日目へと持ち越された。






「さて、タイガー。いよいよ今日の2回戦を突破すればGS資格が手に入るワケ。去年は相手が悪かったから仕方がなかったけど、今年のアンタは実力を考えれば勝って当然よ。今回も小笠原GSオフィスに恥をかかせたら、どうなるかわかってるわね?」

「任せてください、わっしも負ける気がしないんですジャー」

 スーツ姿のエミがタイガーを激励(脅迫)している横で、横島も雪之丞と九能市を送り出すべく言葉を掛けていた。

「今更言う事は何もない。存分にやってきてくれ! ただし、相手に大怪我だけはさせないよーに!」

「大丈夫。戦闘能力に関しては、第1チャクラしか使わなくても2人の実力は今や私を超えているのねー。普通なら敵う人はいませんよ」

「最後の敵は自分自身です。決して慢心や油断をしないよう、自分を戒めてください」

「おおっ、必ず優勝するぜ!」

「お任せください、横島様。私も2回戦で負けるような真似はしませんわ」

 雪之丞と九能市の言葉に頷くと、横島、ヒャクメ、小竜姫は観客席へと向かう。
 そこにエミも合流すると、一行は予め観客席に座っていたジークの元に腰を下ろす。

「ジーク、お前のレベルだとあまり面白くないかもしれないが、見ても損はないと思って誘ったんだが……。迷惑だったか?」

「いえ、そんな事はありませんよ。ただ……私が此処にいてもいいのかなーと思ったもので……」

 所在なさそうに据わっていたジークに尋ねる横島だったが、ジークとしてはこうして横島に声を掛けられて人界を見て歩くのが楽しみとなっていた。
 だから迷惑などと思ってはいない。
 ただ、流石にGS資格試験となると、自分が魔族であるために居心地が悪いのだ。

「別に魔族全てが人間の敵じゃないわけだから、そんなに緊張しなくてもいいワケ」

「そうですよ。GSも色々な人がいるようですが、少なくとも一流という人達は魔族だという理由ですぐに敵対する訳じゃないですし」

 さらにエミや小竜姫にまで慰められ、ジークも表情を明るくして頷くとコートの方に視線を向ける。

「や、やあ……。何だか豪快なメンバーだね……」

 後ろから掛けられた声に振り向くと、何となく引きつった顔をした西条が手を上げていた。

「あれ、どうしたんです西条さん? オカルトGメンが出張るような事件でも起きたんですか?」

「いや、今後の事もあるからGS資格試験の2日目は、Gメンとしてもチェックしておこうと思ってね」

 目つきを鋭くさせながら尋ねる横島に、首を振りながらそんな事はないと告げる西条。
 要するに実力のある新人のチェックや、試験に落ちて悪の道に手を染める者もいるため、受験生の能力をチェックしておこうというのだろう。

「ふーん、公務員ってのも大変なワケ。それで、令子は一緒じゃないの?」

「令子ちゃんは仕事があって午前中はシロ君と一緒に出かけたよ。代わりと言っては何だけど、彼女たちが観戦に……」

 そう言いながら首を動かした西条の視線の先には……、私服姿のおキヌと弓、一文字が立っていた。

「あ、あの……お久しぶりです、横島さん」

 そう言ってペコリと頭を下げる弓。
 おキヌも横島だけでなく、小竜姫やヒャクメにも挨拶をする。

「えーと、この間はありがとうございました、横島さん」

 一文字は横島の横に座っている小竜姫、その横のヒャクメを気にしながらも知り合いである横島に挨拶をする。
 そんな一文字の姿を見て何か納得したように頷いたおキヌは、友人達に小竜姫とヒャクメを紹介し始めた。

「小竜姫様、ヒャクメ様。こちらは私の学校の友人の弓かおりさんと一文字魔理さんです。弓さん、一文字さん、こちらが前にお話しした横島さんの師匠で、私の復活を完全な物としてくださった小竜姫様。そして私の師匠でもある神族のヒャクメ様」

「えっ!? 小竜姫様って……妙神山の管理人として名高い武神の?」

「あれ、弓さんは小竜姫様を知っているんですか?」

「私の家に伝わっていますもの。あ、あの……初めまして、闘竜寺の弓かおりといいます」

「闘竜寺……? ああ、昔そこの方が修行にみえた事がありましたね」

 自分の先祖が修行を受けた武神と会えるとは思っていなかった弓は、ひたすら恐縮しながら頭を下げる。
 そんな姿を珍しそうに眺めている一文字。

「なあ、横島さん。弓があそこまで低姿勢にでるのって珍しいんだけど、小竜姫様ってそんなに偉い神様なの?」

「うーん、偉いかどうかっていうのはわからないけど、小竜姫様は人界に駐留している神族の中では最も強力な武神の1人だよ。妙神山の管理人としてこれまで多くの人間に修行をつけてきたから、その筋の人には名前が通っているかもね。それにおキヌちゃんが言ったように、俺の師匠でもあるしね」

「へーえ……。あっ! 小竜姫様っておキヌちゃんが言ってた横島さんのカノ………モガ……」

「ホホホホ……何を言っているのかしら、一文字さん? 横島さん、何でもないですよ。あっ、そろそろ試合が始まりますね」

 何かを言おうとしていた一文字の口を後ろから塞ぎ、有無を言わせない迫力で一文字を椅子に座らせ話をはぐらかすおキヌ。
 その姿に弓ばかりでなく、ジークやヒャクメ、西条、エミも唖然としている。

「そうですねー。試合、始まるのねー」

 ウインクしながら弟子を援護するヒャクメの言葉に、何だか良く分からないまま横島も視線をコートへと向けたのだった。
 


「さて、いよいよ合格ラインを決める第二試合です。選手達の顔も心なしか緊張気味です。厄珍さんご推奨の九能市選手はもう少し後のようですね」

「そうあるな。でも、今始まろうとしている試合に出る伊達選手の試合は、なかなか見応えがあるあるよ!」

「昨日は豪快な勝ち方でしたからね! おっ、その伊達選手の試合が始まりました!」

 アナウンサーの言うとおり、第1コートでは雪之丞対式神使いの試合が開始されようとしていた。
 コートに立つ雪之丞を食い入るように見詰める弓。
 その真剣な表情に違和感を感じたおキヌは、思わず前に座る横島の肩を叩いてしまう。
 振り向いた横島は、おキヌの指と視線で何を言いたいのか察し、後ろを向いたまま弓に話しかける。

「弓さん、雪之丞の事を食い入るように見詰めているね。何か気になる事でもあるの?」

「あっ! え、ええ……あの、その……」

「どうしたのですか?」

 あたふたとする弓の態度に、弓の前に座る小竜姫までもが振り向いて不思議そうな表情を見せる。
 そんな弓を見てクスクスと笑うヒャクメが口を開く。

「弓さんでしたっけ? 貴女、魔装術を使う雪之丞さんに関心があるみたいなのねー」

「なっ…!?」

「へえ……そう言えば弓さんの家の弓式除霊術の奥義にも確か……水晶観音だっけ?」

 ヒャクメにズバリと本心を言い当てられた弓が絶句すると、横島は平行未来での記憶を何とか掘り起こし弓の技である水晶観音を思いだし口にする。

「な、なぜ横島さんが、私の家に伝わる奥義をご存じなのですか?」

「いや……確か誰かから聞いたように思うんだけどね。実際に見た事はないけど、宝珠を強化服に変化させてパワーを増幅させるんだっけ?」

「ほう、確かに雪之丞君の魔装術と似た感じの術だね」

 横島が奥義を知っている事に怪訝そうに首を捻る弓だったが、弓式除霊術自体はある程度有名だから調べようと思えば可能ではある。
 一方、横島の方もかなりうろ覚えだったが、何とか引っ張り出した記憶を基に話の辻褄を合わせる。
 上手い具合に西条が興味を示したように口を挟んできたため、横島が水晶観音をなぜ知っているかは有耶無耶となった。

「でも、雪之丞さんはこの試験で魔装術をなかなか使いはしないでしょうね」

「そうですね。今の雪之丞さんなら使わなくても勝てますから」

「うん、普通の対戦相手なら、雪之丞が魔装術を使う必要は殆ど無い。というより、下手に使ったら相手は良くて大怪我だろう」

 日頃格闘訓練に付き合っているジークが、最近の雪之丞の腕を思い起こして口を開く。
 その言葉に小竜姫が同意し、横島もそれを肯定する。

「そうですか……。私は魔装術は悪魔と契約する邪悪な術、と聞かされていましたので、どんなものか見てみたかったのですが……」

「いや、魔装術の極意は己を魔物に変えるのではなく、潜在能力を意思でコントロールして引き出す事だからね。未熟で力が足りない者が使うと己を魔物に変えてしまうけど、雪之丞は極意をきちんと掴んでいるから問題はないよ」

「ええ、雪之丞さんは自分の意志の力で完全に魔装術を制御していますから、暴走する事はありませんよ。まあ確かに、普通の方が身に付けるには危険な術ですけどね」

 横島と小竜姫にこう言われてしまえば、弓としても自分の覚えている知識を訂正しなくてはならなかった。
 よく考えてみれば、本当に魔族と契約した技を使う男なら、妙神山に住み込みで修行などできないのだから。

「使い手を選ぶ難しい術なんですね。でも私としては似ている技に興味があります。是非見てみたいですわ」

 そう答えると、弓は再び真剣な表情で雪之丞が立つコートへと視線を戻した。






「第二試験2回戦、伊達選手対大安選手!」

 アナウンスの声を聞き流して佇み、対戦相手をジッと見詰めながら実力を量ろうとしている雪之丞。
 対して大安と紹介された選手は、剣道の道着と腰に差した日本刀という出で立ちだ。
 顔立ちは平凡というか、これといった特徴が無く背格好も中肉中背。
 本人の霊力はさほど高くはないのだが、その差し料から怪しい妖気のようなモノが立ち上っている。

『こいつの動き……摺り足か。格好といい剣術屋だな。問題は……』

 そう考えながら雪之丞の視線は大安の腰の太刀へと注がれる。
 おそらく霊刀もしくは妖刀の類だろう。
 特殊能力を持っていると厄介だが、こればかりは闘ってみないとわからない。

『ま、なるようにしかなんねーか』

 そう割り切ると静かに自らの霊力を上げていく雪之丞。
 第1チャクラがゆっくりとだが回り始め、霊力を効率よく練り上げ基礎霊力と同程度の攻撃・防御を可能とする。
 そんな雪之丞から眼を離さず、こちらも刀を抜く大安。

 チャッ スラッ!

 鞘から走り出たモノは……漆黒の刀身を持ち異様な妖気を放つ妖刀だった。

「さあ、やろうぜ」

「ああ……」

 半身で構える雪之丞と、正眼に刀を構えジリジリと間合いを詰め始める大安。
 静かに、本当に静かに間合いを詰めてくる大安の目つきだけが、刀を抜いた瞬間から細められ鋭いものへと変わっていた。
 その体捌きから彼がきちんと剣術の鍛錬をし、それを修得している事が如実にわかる。
 前回と違ってお互い最初に交わした言葉の後は、まるで言葉を忘れたかのように黙々とお互いの間合いを計っていた。



「あの……横島さん。雪之丞さんの対戦相手が持っている刀ですけど、何だか異様な気配を放っていませんか?」

「気が付いた? あの選手……大安真也っていうらしいけど、彼が持っている刀は明らかに霊刀と言うより妖刀だね。だけど彼は妖刀に支配されてはいない。むしろきちんと制御下に置いている」

「そうなのねー。彼の持っている基礎霊力そのものはそれ程大きくないけど、あの刀で繰り出される攻撃は要注意なのねー」

 傍目では動きがもの凄く遅い試合なため、弓は自分が気が付いた事を横島に確認してみた。
 すると横島とヒャクメからさらに詳しい解説が返ってくる。
 内容だけを聞けばかなり大変な相手に思えるのだが、横島もヒャクメも(さらに横島の隣の小竜姫、その横の外人さんも)雪之丞が負けるとは思っていないようで、それ程緊張感は感じられない。
 むしろ、相手の能力に興味津々と行った感じで見詰めている節がある。

「動きますね……」

 外人さん(ジーク)がそう呟いた時、大安が素早い踏み込みで雪之丞に襲いかかった。



「キエエェェェェエッ!」

 ビュンッ!!

 常人であれば明らかに対処が困難な踏み込みで間合いを詰めた大安が、手にした刀を一閃させる。
 正面から面を狙った斬り込みを、余裕を持って躱す雪之丞。
 確かに見事な剣捌きであるが、彼が日頃修行の相手として手合わせしている小竜姫から比べればスローだし、九能市と比べれば太刀筋が素直すぎる。
 上から振り下ろした刀を止め、すかさず胴を狙って刀を横薙ぎに振る。
 見事な連続技なのだが、それをも雪之丞は余裕を持って捌いて見せた。

「あんた、やっぱり強いな……。俺の腕では勝てないようだ」

「動きは悪くないが、スピードが遅すぎるな。だが……それだけじゃないんだろ?」

「お見通しか……。なら次は全力でいくぜ」

 お互い短く言葉を交わすと、再び大安が攻撃に移った。
 先程と身体の動き、技の切れは変わらない。
 だが……明らかに彼の持つ刀から発する妖気だけが膨れ上がっていた。

「チエェェェエエッ!!」

 大安の攻撃は雪之丞の喉元を狙った突き。
 確かに普通の受験生なら、対処できずに致命傷にもなりかねないダメージを負うだろう。
 だが横島が突き系の技を得意とする事から、雪之丞としてもこの攻撃を見切る事は容易だった。

『このスピードなら躱せるな…。だが俺の勘が警戒すべきと。続いて袈裟斬りか……なにっ!?』

 相手の動きが先程と同程度だったため、雪之丞は最初と同じく最小限の距離で躱そうと考えたが、本能的に得体の知れない悪寒を感じて本気の体捌きで対処した。
 しかし大安の攻撃を躱した筈の雪之丞の顔が驚きに変わる。
 彼の左前腕から血が飛び散ったのだ。
 そして感じる鋭い痛みが、自分が相手の攻撃を受けて斬られたのだとわからせる。

「どういう事だ……?」

 すかさず後ろに飛んで距離を取った雪之丞が、傷口を右手で押さえながら頭をフル回転させて敵の技の正体を考える。
 しかしわからなかった。
 確かに自分は相手の攻撃を躱したのだから……。

「今の一撃をも、それだけのダメージで躱すとはね……。あんたも本気を出していなかったってことか」

「一体、どういう手品を使ったんだ?」

「ふふふ……。それに気が付けばあんたの勝ちさ」

 そう言って再び連続攻撃をかけてくる大安。
 その全てを見事に躱している筈なのに、雪之丞の身体からはその度に血飛沫が舞い飛ぶ。
 さすがの雪之丞も、相手の技の正体がわからないため、カウンターを入れる事もできないでいた。



「厄介な技だな……」

「ええ、あんな能力を持つ霊刀があったとは、私も知りませんでした」

 大安の何度目かの攻撃の時に横島がポツリと呟き、小竜姫も相槌を打つ。
 だが既にこの2人は大安の技が何であるか、わかっているようだった。

「あの……横島さん。あの人の攻撃は、何で当たっていない雪之丞さんを傷つける事ができるんですか?」

「そうだよな。雪之丞さんは確かに攻撃を躱してるっていうのに……」

 原理がさっぱりわからないおキヌと一文字が尋ねる。
 弓は黙って試合を見ているが、やはり大安の技の正体を見極められないでいるようだ。

「おたく達、GSの卵なんでしょ? もしあんた達が自分のGS資格試験であの男と対戦したらどうするワケ? もっと自分で考えなければ駄目なワケ」

「エミさんの言うとおりなんだけど……一つだけヒントをあげるよ。あの大安っていう選手の太刀筋をよーく見る事だね。どうやら雪之丞も気が付いたみたいだ」

 頭の上に疑問符を幾つも浮かべながら、再び試合へと視線を移すおキヌと一文字。
 試合の方は雪之丞が遂に霊波砲を使い始めていた。
 霊力を集約させた霊波砲を放った雪之丞の攻撃に、遠距離攻撃能力を持たない大安は、これを躱すと一旦距離を取る。
 雪之丞は深手こそ負っていないが、腕や足、そして革ジャンも何カ所か斬り裂かれ血を流していた。



「けっ、やっとお前の手品の種がわかったぜ。まさかそんな技があるなんてな」

「見事な体術だ。まさか俺の攻撃をこうまで躱すとは思っていなかった。だが…どうしてわかった?」

「お前の視線と太刀筋だ。お前の斬撃は最初はともかく、俺の身体を狙っていなかった。そう、刀から放つ霊力の切断波が俺の影を斬ろうとしていたからな」

「見破られたか……。そう、俺の持つ妖刀影斬丸は敵の影を斬るれば、そのままのダメージを相手に与える事ができる。どんな武道家も敵の攻撃から自分の影を常に守るなど、とてもできはしないからな」

「だが……種は割れたぜ? もうお前の攻撃はくらわねーぞ」

「それはどうかな?」

 そう言うと影斬丸を上段に構えた大安の身体から剣気が吹き出す。
 上段は気迫の構え。
 気力で相手に勝たなければ使う事などできはしない。

「ダアアァァァァアッ!!」

 これまでにない素早い踏み込みで斬撃を繰り出す大安。
 その一撃は九能市には僅かにおよびはしないが、十分必殺技に恥じないものだった。

 ビュン! シュッ!

 しかし雪之丞は自分の影の動きをも計算に入れて、それを凌駕する速さで大安の頭上を跳躍し背後へと回り込む。
 その意表を突いた動きに間合いを狂わされた大安の必殺の太刀は、影すらも斬れずに空しく宙を斬った。
 しかし即座に右手を柄から離すと、着地しようとした雪之丞の影目掛けて小柄を放つ。

 ドスッ!

 雪之丞の影に深々と突き刺さる小柄。

「しまった!? うん? 痛くねえ……」

 自分の行動の先を読んだ大安の攻撃にダメージを覚悟した雪之丞だったが、予想に反して何らの痛みも感じなかった。
 しかし……即座に動こうとした雪之丞は、自らの身体が何かに縫いつけられたかのようにその場から動く事ができない事に気が付き驚愕する。

「さすがだ……。だがこの技は『影縫い』という。影斬丸の小柄には、突き刺した影の本体をその場に縫い付ける能力があるのさ。これでお前の体術は封じさせて貰った。まともに闘えば、今の俺ではお前に勝つ事はできまい。だが……こういう力を限定された試合でなら勝機もあるってもんさ」

 試合が始まって以来、初めてニヤリと笑みを浮かべた大安が再び影斬丸を構えて近付いてくる。
 すでに勝利を確信しているのだろうが、動きそのものには油断の欠片もなかった。



「大した能力だね。まさか雪之丞君がこれほど苦戦するとは……。大丈夫なのか横島君? このままでは負けるかもしれないぞ……」

「そうですね。俺にも全く予想できない霊能力でしたよ。だが……両手は動かす事ができるから、雪之丞があの事に気が付けば勝てますよ」

 観客席の西条が、試合が始まってから初めて横島に話しかける。
 それに答える横島の声には、あまり不安とか焦りの色が感じられない。
 彼は自分の弟子である雪之丞を信じているのだろう。

「でも……影を斬る事ができる妖刀だなんて……。私は最後までわかりませんでした……。それに、この後どうすればいいのかも……」

 試合から眼を離さずに、少し暗い声で会話に参加する弓。
 大安の技を見抜く事ができなかったので、自分の不甲斐なさを責めているのだろう。

「いや、実際は簡単な事なんだけどね。簡単すぎて気が付かないと言うか……」

 横島がそこまで言った時、大安が勝負を決めるべく斬りかかった。
 全員が口を閉じて試合の結果を見逃すまいと注視する。



『予想以上に厄介な相手だな……。顔や両手は動くが、この場から移動する事は出来ねえ。このままだといつかはやられちまう。影を縫い付けている小柄を何とかしねーとな。だけど手は届かねーし、届いたとしても隙だらけになっちまう。うん…!? 待てよ、何も俺が動かなくても……』

 必死に打開策を考えていた雪之丞は、最後の最後で逆転ともいえる発送を思いつく。
 それを検証しようとしたのだが、大安はその時間を与えてくれなかった。

「死ねっ!!」

 その場から動けない雪之丞の後ろに回り込むと、彼の背後に伸びている影の首筋目掛けて影斬丸を薙いだ。
 影斬丸の唯一の弱点は、放たれる切断波(斬撃)の有効射程距離が八房などと比べるとかなり短い事。
 したがって大安はある程度の距離、つまり雪之丞の攻撃の間合いまで入ってきていた。

「サイキック猫騙し!!」

 霊力を両掌に溜め、柏手を打つ事で強烈な閃光を放つ横島直伝の技。
 それを身体を捻って大安に仕掛けたのだ。
 その眩さに動きを止めて眼を覆う大安。

「くっ! 目眩ましか? だがそんな策に……グボッ!?」

 そこまで叫んだ大安は、その腹部に重い衝撃を受けて影斬丸を手放してしまう。
 ゆっくりと崩れ去る大安の腹部には、突き刺さるように雪之丞の拳がめり込んでいた。

「最後の最後に油断したのはおめーだったな。俺は動けなかったが、影は光源の位置次第で動かせるんだぜ」

 雪之丞が呟いた言葉を、大安は急速に意識が失われていく中で耳にし、自分がなぜ負けたのかを理解した。
 雪之丞が放った閃光は目眩ましなどではなかった。
 彼は強烈な光源を作り出す事で、自らの影を瞬時に反対側へと移し替えたのだ。
 それによって「影縫い」はその効力を失い、大安が眼を閉じている隙に呪縛から解き放たれた雪之丞は一撃を繰り出し勝利した。

「勝者、伊達選手!」

 審判の勝ち名乗りを受けながら、雪之丞は自分が心のどこかで試験など楽勝だと思っていた事を戒めるのだった。



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