フェダーイン・横島

作:NK

第84話




 某国――星の街

 西条を通してコンタクトを取った「寒い国」の政府関係者達は、神魔族が提示した大量の金塊を見て、嬉しそうな表情で頼みを快諾してくれた。
 その裏には、今でもヨーロッパの魔王として畏怖されているドクター・カオスの技術を、この際少しでも手に入れようと言う打算もあったが……。
 それでも、西側先進国では考えられない素早さで、月へと赴く準備は進んでいった。
 ドクター・カオスも月旅行という言葉に久しぶりにときめきを感じ、さらに多額の報酬を貰えるとあって、妙に張り切って仕事を進めている。
 こうして寒い国とカオスの合作ロケットは、既に最終チェックをほぼ終了して、その威容をここに集った人々に見せつけていた。

「準備はどう?」

「うむ、後はマリアの接続調整が済み次第、すぐにもカウントダウンを開始できるぞ」

「さすが年食っても『ヨーロッパの魔王』ね」

「月旅行か……! 話を聞いて久しぶりにときめいたぞ! 後400年若ければ、わしも行きたいもんじゃが……」

 マントをなびかせて入ってきたドクター・カオスに作業の進捗状況を尋ねる美神。
 自信タップリといった口調で答えたカオスは、フッと何やら若き日の事を思いだし遠い目を空に向ける。
 いかに全盛期のカオスが天才であっても、宇宙旅行をするには莫大な人手と費用がかかる。
 巨大な国家プロジェクトでもない限り、それを実現する事などできないのだ。

「最近は宇宙に行くとなるとスペースシャトルばかりTVに映っているから、こうして巨大なロケットを見ると何だか昔の映画みたいで実感が湧かんな……。だが、こっちの方が宇宙旅行って感じが強いよなぁ……」

「あら、横島君。用意できたみたいね」

「ええ。でも流石に竜神族の甲冑を着たまま、宇宙服を着るのはキツイですね。カスタム・オーダーしたものでなけりゃ着れなかったっスよ」

 自分の世界に入ってしまったカオスから視線を外し、美神は小竜姫達と共に管制室へとやって来て、自分達が乗るロケットを懐かしそうな眼差しで眺める横島に話しかける。
 横島はこの闘いに備え、既に彼の定番装備となった竜神族の甲冑を着たまま装着できる宇宙服をオーダーしていた。
 月というバックアップを得る事のできない世界で闘う以上、許容範囲内で最大限の装備をもってして備える必要があるからだ。
 対する美神も、小竜姫よりヘアバンドと籠手を借り受け、さらには九能市が着込んでいるようなボディ・アーマー風の鎧を身に着けている。

「そーね。宇宙空間での戦闘を考えると、確かに常に鎧を着ていた方が良い事は確かだけど、考えると結構辛いわよね」

「まあそうでもなけりゃ、宇宙空間でとても戦闘なんてできませんからね。生きるためには仕方がないっスよ」

 そう言って苦笑する横島だが、今回カオスによって改良された宇宙服は、機能性と機動性が格段に向上している。
 いわば地球の科学の粋を集めた一品である。

「それにしても、今回は流石の美神さんも依頼を断るかな、と思ってたんですけどね……」

「ええ、私も意外でした。いくら何でも厳しすぎるミッションですから」

 それよりと、横島と小竜姫は本気で不思議そうな表情を見せて、美神の今回の決意の裏を知りたがった。
 ただ金のためとは思えなかったからだ。

「確かに報酬も破格で魅力的だったけど、私自身も魔族相手にどれぐらい戦えるか試してみたいのよ。まあそれに、横島君と一緒なら今回の闘いでも死ぬ事はないでしょ?」

 そう言ってウインクを見せる美神の表情は、その美貌を輝かせるのには十分な仕草だったが……。
 残念ながら横島には通用しないのだ。

「単純な戦闘力としては雪之丞の方が強いのは確実ですが、美神さんにはそれを上回る機転というか作戦立案能力がありますし、何より多くの修羅場を潜り抜けて培った戦闘センスと経験値がありますからね」

「それに龍神の力が宿る鎧に籠手、ヘアバンドを今の美神さんが身に着ければ、制御可能なチャクラを全て廻した状態のさらに5倍ほどまで霊力を上げる事ができます。ただ、長時間全開で使用すると身体への反動も大きいですが……」

「あはは……。人界で有れば中級魔族レベルの相手ができる霊力なのねー。私よりずっと強いですよ」

 美神が言った事を補足しながら肯定してみせる横島と小竜姫。
 ヒャクメも美神の実力に太鼓判を押す。
 なお、今回美神が身に付けている龍神族の鎧は、九能市が小竜姫から貰い使用している物と型式は同じものの込められた霊力(竜気)は桁違いに大きい。
 人類にとって過酷な環境である宇宙と月面で、バックアップも無い闘いを余儀なくされる今回の戦闘で受けるダメージや、降り注ぐ放射線から身を守るために、装具に込められた竜気が肉体をコーティングするのだ。
 まあ、横島の場合「神・魔・共鳴」でハイパー・モードになれば、自前の霊力だけで同じ事ができるのだが……。
 というわけで、宇宙服を失うという最悪の場合に陥っても、横島と美神は膨大な竜気のコーティングによって宇宙空間でも月でも一定期間生きる事ができる。

「だが油断は禁物ですよ、美神さん。月は地球の100倍も魔力濃度が高いそうです。という事は、魔族であれば普段我々と闘う時の何倍もの力を発揮できるわけですから。龍神の装具を身に着けてパワーアップしたとはいえ、真っ正面から闘うのは危険ですよ」

「横島さんの言うとおりです。あくまで敵次第ですが、互角まで持っていく事は難しいでしょう」

 しかし同時に、美神に今回の戦場となる月という場所の特異性を告げる事も忘れはしない。
 何しろ月は、太古から地球の様々な物に影響を与えてきた巨大な魔力源なのだ。
 魔族にとって、地球などより遙かに自分達の能力を発揮できるフィールドなのは間違いない。

「へえ……月って厄介な場所ねぇ」

「そんなに心配する事もないだろう。我々魔族側からは魔界正規軍の小火器類を提供する。精霊石弾頭の自動拳銃とライフルだ。命中すれば普通の魔族程度なら確実に仕留められる」

 表情を曇らせた美神を励ますかのように、持ってきたケースを開けて火器を見せるワルキューレ。
 確かに銃火器の方が、霊力差が多少有っても相手を倒すには都合がよい。
 横島は飛竜があるため、せいぜいサブウエポンとして拳銃を使うぐらいだが、美神は普段から自動小銃等のヤバそうな武器を秘匿しているので案外相性が良いかもしれない。

「ところでヒャクメ、周囲に怪しい反応は無いか?」

「うーん……、今のところは何も視えないし、感じもしないのねー」

「このまま妨害が無けりゃあ、発進もスムーズに行くってもんだけどな」

「そうですわね。でも妨害してくる可能性は高いですわ」

「その時は、拙者が必ず食い止めてご覧に入れるでござる」

 ヒャクメの答えに、何か釈然としないモノを感じて首を捻る。
 横島としては、ここで攻撃の一つもかけて良さそうだと考えていたのだ。
 そのために、雪之丞と九能市、さらにシロまで連れてきていたのだから。

「まあ、雪之丞の言うとおり、何も妨害がなければその方が良いか……。ジーク、月から敵の情報は送られてきたか?」

「いいえ、予定では後少しで連絡が来る事になっています」

「じゃあ、その連絡を受けて最終的な打ち合わせをしましょう」

「うむ、天候も安定しとるようじゃから、後数時間遅れたところで問題はあるまい」

 美神の言葉に異論を述べる者はおらず、カオスの一言で一行は会議室へと移ったのだった。






 あれから数十分後、迦具夜姫からの通信で月にいる魔族は2体で、その正体はメドーサとベルゼブルである事が映像より判明した。
 予想というか平行未来での記憶通りの敵戦力であった事に、正直横島は驚きと何やら良からぬ予感を感じてしまう。

『どういう事だ……? 俺や美神さんが動くと言う事は、ベルゼブルのクローンを倒した事で既に知っているはず。それなのにこちらの行動を妨害してこないってことは、余程メドーサやベルゼブルの力を高く評価しているのか? それとも何か罠でも張って待ちかまえているっていうのか?』

 敵の戦力が明らかとなったため、月ロケットへの燃料注入が開始され、カオスも管制室で最終チェックに追われている。
 そんな喧噪の中、パイロット控え室だけは外の騒ぎから隔絶された静けさが保たれていた。
 横島の評価としては、アシュタロスは破滅願望を抱いているが極めて冷静で沈着な司令官だと考えている。
 それがこちらの動きを知り、尚かつ横島の力をある程度知っているにもかかわらず、何ら発進を妨害しない程甘いというのだろうか?

「どうしたのですか、横島さん…?」

「何か心配事でもあるのね?」

 考え込み黙ってしまった横島だが、表情に出ていたのだろう。
 小竜姫が真横に腰を下ろし、ヒャクメが正面から覗き込むように尋ねてくる。
 今この控え室には横島と美神の他に、小竜姫、ヒャクメ、ワルキューレ、ジーク、雪之丞、九能市、おキヌ、シロといった面々が集まっていた。
 まあ、小竜姫は魂がリンクしているため、こちらの不安を感じ取ってしまうので、誤魔化す事はできない。
 横島は素直に自分の心配を話す事にした。

「いや……、アシュタロスは俺の力を知っている筈。それなのに月にいるメドーサとベルゼブルだけで対処するつもりなんだろうか、と……。もし俺ならロケットに俺達が乗り込んだ時を狙って攻撃してくるか、最低限発進を遅らせるような工作をしてくるんじゃないかって考えてたんスよ」

「それはそうですね……。でも……あっ! 済みません、横島さん。私は大事な事をお伝えしていませんでした……」

 横島の考えている事を聞き、納得はしたものの訝しげに首を傾げた小竜姫は、それなりの対策を講じていた事を横島に言っていない事に気が付いた。
 横島の懸念は尤もな事であり、小竜姫もとにかく横島と美神を無事に発進させる事に全力を尽くしていたのだ。

「えっ…? 何かしたんですか、小竜姫様?」

「ええ、今回の任務に際して龍神王様所有の、強力な対魔結界札をお借りしたんです。それによってこの基地周辺、半径5km以内に魔族が侵入する事はできません」

「流石ですね、小竜姫様。……あれっ!? でもジークやワルキューレはここにいますよね?」

「今回使った対魔結界札は一度起動させたら、その後いかなる魔の侵入も許さぬ強力なものだ。しかし、結界を起動させる前にその場にいた魔族を排除する物ではない」

「そのために、私達は横島さん達より先にこの地に赴き、ヒャクメさんと一緒に基地内と周囲を隈無く捜査しました。既に魔族ではロケットに手を出す事は不可能です」

「そうなのねー。絶対にこの基地内にアシュタロスの部下はいないと、自信を持っていえるのねー」

 横島の問いに、小竜姫、ワルキューレ、ジーク、ヒャクメが胸を張って答える。
 どうやら西条を通じた交渉が終わり、打ち上げ場所が決まった後暫く姿を消していたのは、この作戦に従事するためだったようだ。
 なる程と頷く横島に、話を横で聞いていた美神が口を開く。

「でも……ロケットの納入部品やパーツなんかに、外で細工をする事はできるんじゃないかしら? 完全にこの基地内で全てを調達する事はできないでしょうから、結界の外なら可能じゃない?」

「美神さんの言うとおりだ。その辺はどうなんだ、ワルキューレ?」

「その辺も抜かりない。機械関係に関してはドクター・カオスが全てチェックしている」

「それに私も、運び込まれた全部の物をチェックしていますからねー」

 その答えを聞き、横島と美神は改めて今回の作戦を成功させるために、様々なメンバーが闘っているのだと実感する。
 小竜姫達の労力も大変な物だったろうし、カオスを始めとする人間側の働きも膨大な物がある。
 元々、人を月に送り、戻ってこさせるという事自体、もの凄いお金と多くの人々の力を結集しない限り不可能なのだから……。

「そうだよな……。今回もそうだけど、闘いという意味ではいつもいつも、実際にガチンコするずっと前から始まっているんだよな。実際に戦闘を開始する前に、いかに敵の戦力を削り、自分達に有利に持っていくか、が重要だってわかってたつもりだったが……。ありがとう、ワルキューレ、ジーク、ヒャクメ。それに小竜姫様……。後は俺と美神さん、マリアが月の敵戦力を叩くだけって事だ。悪いが発射まで守りを頼む。信頼しているぜ」

 横島の言葉に大きく頷くワルキューレ達。
 小竜姫はジッと横島を見詰めており、その瞳には強い意志が現れていた。

「横島君の言うとおりね。敵はロケットを壊すだけでもいいんですものね。発射してしまえば、いくら魔族でも地球脱出速度のロケットに追い付く事なんて不可能でしょうし。今回の作戦の第1段階はとにかくロケットを無事発射させ、大気圏を離脱させる事ね」

「任せろよ、横島に美神の旦那。もし敵が来たら俺も全力で撃退してみせるさ」

「どんな事があっても、必ず横島様達を宇宙に上げて見せますわ」

「拙者がいけないのは残念でござるが、自分の役割を必ず果たすでござる!」

 先程から黙って同席していた雪之丞、九能市、シロも明るい口調で心配しないようにと口を挟んできた。
 確かにこのメンバーであれば、デミアン・クラスの魔族であっても撃退できるだろう。
 さらに今回、雪之丞は小竜姫から借りた竜気を込めた籠手を装着し、九能市の鎧にも相当量の竜気が充填されている。
 美神同様、雪之丞で3倍、九能市で5倍霊力が増幅されているのだ。
 その上、小竜姫の手によって超加速の術式までインストールされていた。
 したがって、各自が1対1であっても下級魔族であれば問題なく倒せる。
 横島もそう考えて懸念を払拭しいつもの表情に戻っていた。

「おい、燃料の注入はほとんど終わったぞ。これから発射最終段階に入るからの。パイロットは搭乗してくれ」

 そこにカオスがわざわざ横島達の所に来て、パイロット搭乗を促す。
 カオスとしても今回の作戦には相当な思い入れがある。
 無論、溜まりまくった家賃の支払いを果たす事が最重要課題ではあるが……。

「わかった。行きますか、美神さん」

「ええ、必ず帰ってくるからね、おキヌちゃん。お土産はないだろうけど、待っててね」

「はい。必ず無事に帰ってきてくださいね……」

 美神も、縋り付き不安そうな表情で話をしていたおキヌに笑顔を見せると、横島に続いてロケットへと向かった。

『ご無事で……。必ず帰ってくると信じています、横島さん……。横島さんの中の私、頼みましたよ』

 小竜姫は祈るように両手を組み、歩み去っていく愛しい人の後ろ姿を見送る。
 こんな時、自分も一緒に行く事ができないのが悔しい。
 自分は神族であり、下手な事をすれば人間界全体に危機を招いてしまう。
 そんな立場でなければ、絶対に自分が一緒に付いて行く。
 今はまだ横島の立場もあり、自分が神界の決定に背いて動く時期ではないのだ。
 それに……横島の魂には自分と同じ魂が、もう1人の横島の想い人と共に融合している。
 必ずや、あの二人は横島を無事に地球に戻してくれるはずだ。
 そう信じて、自分が今できる事を全力で遂行するのみ、と自らに言い聞かせる。

「さあ、いよいよ発進まであと僅かです。侵入できないとなれば、魔族は発射の瞬間を狙って遠距離から攻撃してくるかもしれません! ヒャクメ、何一つ見逃さないでくださいね!」

「任せて欲しいのねー!」

「ジーク、我らも戦闘待機だ!」

「了解しました!」



『いよいよ発進だな。宇宙か……、多くの人々が夢見はするが、行く事ができる者はごく僅かだ。ルシオラ、小竜姫、頑張ろうな』

『ええ、こんな時だけど私は少しワクワクしてるの。ヨコシマがこれから闘うっていう時にゴメンね』

『いや、月に着けば闘いが待っているけど、それまでは宇宙旅行を楽しもうぜ。こんな機会は多分二度と無いだろうからな』

『そうかもしれませんね。本体の私もきっと残念がっていますよ』

『大丈夫だよ。本体とリンクすれば、今回の経験も自分の体験に近い形で記憶に残るはずだ。ルシオラも小竜姫も必ず経験を分かち合えるさ』

 静かに目を瞑っていた横島だったが、脳内では魂に融合しているルシオラと小竜姫の霊基構造コピーの意識と、のどかな会話を楽しんでいた。
 それは自らの緊張を解きほぐし、今回の闘いのみならず必ずやルシオラと小竜姫と共に平和な生活を送るという、横島の決意でもある。
 そんな会話も、接続が完了したマリアからのコール音によって現実へと戻される。

『こちら・マリア! 接続チェック・良好! カウントダウンを開始します』

「OK! 宇宙船動力接続。これより司令船各機器の最終確認を開始する。美神さん、チェックをお願いします」

「了解。まずは燃料供給系統から……」

 マリアとの接続が完了し、司令船内部の計器類をチェックし始める二人。
 すでにカウントダウンは開始され、順調で有れば後30分後にはカウントがゼロとなる。
 この情報はリアルタイムで管制室にも流されており、技術者達が何重にもチェックをかけていた。

『よーし、全て順調じゃぞ! 発進まで後27分じゃ!』

 通信機から流れてくるカオスの言葉も、どこかウキウキしているように感じられる。
 ここまで事態が進行すれば、コックピットに座っている横島にできる事は限られている。
 今できる事をやるしかない横島は、美神と共に黙々と機器のチェックを行っていたが、この作業も後5分ほどで終わるだろう。
 その後は発進まで大人しくしているしかない。
 だが、彼等の知らないところで事態は急変しつつあった……。






 順調に進む発射準備を管制室で見ていた小竜姫達だったが、周囲の警戒をしていたヒャクメがフッとその眉を寄せ、三つの眼を細める。
 ヒャクメの変化を横目で見た小竜姫の表情も、それまでの横島を心配するものから普段のそれへと変わる。

「どうしたのです、ヒャクメ? 何かありましたか?」

「小竜姫、何かが空間をねじ曲げてやって来るのねー! もしかするとアシュタロスの部下かもしれないわ」

「何ですって!? この基地周辺には強固な結界が張り巡らされています。いかにアシュタロスの力を持ってしても、そんなに簡単に結界を突破して、侵入する事はできないはず!」

 思わず敵が結界内部に現れると考えてしまい、小竜姫は叫んだ。
 よく考えればこれは何ら正確な情報に基づいた物ではなく、単純な思いこみによるものだと気が付くだろう。
 良くも悪くも、ロケットを破壊する以上、ある程度近付かなければならないと言う、自分達の尺度に合わせた想定をしてしまったのだ。
 それはワルキューレも同様だった。

「その通りだ。いくらアシュタロスでもそんな事は……」

「私の方でも重力震を感知しました。出現場所は……この基地から南西に10kmの地点です!」

「出てくるのねー!」

 ジークの報告に、小竜姫とワルキューレは自分達の思いこみを即座に修正し、敵の戦力を確かめるべくヒャクメの開いた鞄に眼を向ける。
 既にヒャクメは、鞄の蓋を開けてそこに現場の映像を映しだしていたのだ。
 スクリーンと化した蓋の内側に映し出される荒涼たる大地。
 空中に陽炎のような揺らぎが現れたかと思うと、滲み出るように異様な形態の巨大物体が姿を現した。
 それは明らかに生物であることを感じさせるものの、全体を視れば巨大な列車砲のようにしか見えない。
 とは言っても、車輪の代わりに多数の脚が両側に生えているのが、虫というかゲジゲジを連想させ生理的な悪寒を感じてしまう。

「……あれは一体…?」

「アシュタロスが造り上げた武器か? それにしても、これまで見た事のない巨大な大砲だな……」

 ワルキューレが戸惑ったような声を上げるが、まさに全長30m程の禍々しい兵鬼は圧倒的な威圧感を誇っていた。
 さらに、チューリップの蕾のような外観の砲身を持つ巨大砲が、轟然とその威容を見せつけるかのようにゆっくりと動き始め、せり上がっていく。

「基地内への侵入ができないと知って。外側から力任せに結界を突破して、ロケットを破壊するつもりなのか……?」

「姉上、さらに重力震を感知。巨大戦車の周囲に魔族が11鬼程転移してきた。どうやら護衛らしい。魔族正規軍のライフルや銃で武装している」

 アシュタロスとは思えない強引な攻め方に、思わず考えながら呟くワルキューレだったが、ジークの報告に視線をスクリーンに戻す。
 画面にはジークと同じような格好をした10鬼の魔族兵士と、1鬼の指揮官クラスの中級魔族が映し出されていた。



「クフフ……。ヒャアハッハッハ!! さあ、楽しい楽しい殺戮ショーの始まりだぜぇ!」

 姿を現した魔族の中で、指揮官と思しき格好をした魔族が、口元を嫌らしく歪めながら嬉しそうに叫ぶ。
 もしコイツが人間であれば、絶対にお近づきにはなりたくないタイプだろう、はっきり言って……。
 細長く尖った顎に、くすんだ茶色っぽい長髪、細く釣り上がった眼。
 人間で言えば年の頃40といったところか……。

「スパイダロス様、総員展開終わりました。キメラは砲撃のために機動を開始。現在、土偶羅様とのリンクを接続し照準諸元入力中」

「よーし、入力終了後に土偶羅の計算通り発進したロケットを狙撃するとして、とりあえずあの中に籠もっている得物を燻りだしてやろう」

「では……」

「ヒャアッハッハッハ! 情報じゃあ女もいるそうじゃねえか! ククク……切り刻んでやるぜぇ……。砲撃準備!」

 逝っちゃった眼をして、嬉しそうに舌なめずりしながら命令を下すスパイダロス。
 部下の魔族もこんな上官の性癖を良く知っているのか、了解と答えて黙々と作業を進める。

「目標、前方の敵基地! 結界範囲を確認!」

「エネルギー充填、100%! 方位24、距離10,000m、照準固定!」

「…よし、発射だ!! ククク……。楽しませてくれよ、ワルキューレ? それに神族の小娘よぉ?」

 攻撃準備が整った事を知らせる部下の報告に、砲撃開始の指令を出す。
 そして、結界の中にいる者の名前を呟き、スパイダロスは嬉々とした眼差しを遙か先のロケット基地へと向けた。



「敵魔族の砲撃確認! 目標は当基地です!」

「ヒャクメ、敵の推定エネルギー量は? 結界の強度を上回っていますか?」

 ジークの報告に、小竜姫は未だ冷静さを保ちながら敵の攻撃威力を確認する。

「敵が発射したのは魔力を溜めて圧縮した、強力な魔力砲なのねー! 推定出力3万5千マイト!」

「何とかなりそうですね。結界出力最大!!」

「わかったのねー!」

 ヒャクメの分析報告で、自分達が展開中の結界が敵の砲撃に耐えうると判断した小竜姫は、即座に結界をコントロールしているヒャクメに指示を出す。
 素早く実行された操作によって、結界の霊力シールドの出力が跳ね上がり、直進してきた魔力弾を受け止めようと光り輝いた。

「敵エネルギー弾、来ます!」

 バシュッ! ゴウウゥゥ〜〜ン!!
 ビリビリビリ……

「敵魔力弾消失! シールド維持!」

「結界強度75%! 敵の攻撃は完全に防ぎ切りました」

 ジークの言葉と共に、放たれた魔力砲は結界のシールドにその威力を叩き付ける。
 そのエネルギーは、結界を構成するシールドに局部的な歪みを生じさせる。
 だが、さすがに竜神王所有の最強結界。
 シールドに局部的な歪みが生じ、エネルギー同士の共食い現象によって眩いばかりの閃光が生じたものの、即座に結界は修復を果たし魔力弾は霧散する。

「ふう……。流石は竜神王の誇る最強結界だな。あの砲撃を食らってもビクともしないとは……」

「ええ、敵の攻撃力は強大ですが、あの程度であれば本結界を破る事はできません」

 戦闘状況を考えれば当然だが、何もできる事がないワルキューレがヤレヤレといった口調で呟き、小竜姫も誇るような表情で相槌を打つ。
 数値でわかってはいたものの、実際に満足すべき結果を受けてジークとヒャクメも安堵の表情を浮かべる。

「だけど敵は、あの巨大砲で発進したロケットを打ち落とそうっていうのか? 確かに威力は半端じゃないが、凄まじい速度で上昇していくロケットを追尾できるとは考え難いのだが……?」

「とは言っても、どう見ても敵さんの意図はそこにあるんじゃねーのか? 今のは様子見ってところだろ?」

「あの威力なら、命中しなくても至近を通過するだけで、横島様の乗ったロケットを破壊できるのではありませんか?」

「氷雅さんの言うとおり、確かに至近弾でも充分です。ただ、追尾できるかどうかはわかりませんが……」

 有る意味、軍人として当たり前の疑問を呈するワルキューレだが、雪之丞の言う事も荒っぽいながら的を射ている。
 ヒャクメの探索では、あの地点に陣取っている魔族達以外には地上、地中、空中に敵が存在している形跡はない。
 氷雅の言うとおり、至近弾というかあのエネルギーが近くを通り過ぎるだけで、ロケットに深刻なダメージを与える事は確実だろう。
 尤も、ジークが言ったようにロケットの発射速度に反応し、砲身が追尾できれば、の話である。

「ロケット発射まで後23分です。それまでにあの魔族達を排除して、横島さん達の安全を確保しなければなりません! この基地の守りは完璧ですから、こちらから討って出て驚異を排除するしかないでしょう」

「確かな……。だが私やジークでは外に出る事はできるが、ここに戻って来る事ができん。そのためには結界を一時解除しなければならないから、その隙を突いて魔族が侵入するかもしれん」

「そうですね。発射した後はもう、直接横島さんや美神さんの乗ったロケットを攻撃する事はできませんけど、この管制室に侵入して誤ったコースを取らせるとかの妨害行為を行う事はできますから……」

 小竜姫の提案に対しそれが妥当だと認めるものの、戦力的にこちらから結界の外に出て攻撃をかける事は難しいとほのめかすワルキューレ。
 姉が危惧している内容を律儀にも説明し、カオス、雪之丞、九能市、シロ、おキヌにわからせようとするジーク。
 その時管制室に、横島から通信が入った。

『こちらソユーズ201。今こちらで閃光と魔力を確認した。敵の攻撃か?』

「……はい。横島さんの危惧したとおり、アシュタロス配下の魔族が攻撃を仕掛けてきました。今のは超長距離からの魔力砲攻撃です。でも結界が防ぎましたので、心配する事はありません」

『そうですか……。俺と美神さんはこの状態ですから何もできませんが、頼みますよ、小竜姫様』

「はい。こちらの事は任せてください。横島さんと美神さんはロケットの発射と大気圏離脱に神経を集中してください」

『……了解。でも無理はしないで下さいね、小竜姫様。ワルキューレ、ジーク、ヒャクメ、雪之丞、氷雅さん、シロもな……。カオス、こちらは今の攻撃による異常は見られない。カウントダウン続行に支障ないと思うがどうだ?』

「ああ、こちらのチェックでも異常は無いようじゃ。お主の意見に異議を挟む者はおらんぞ!」

『おキヌちゃん、貴女は無理しちゃ駄目よ! ここは小竜姫達に任せて大人しくしているのよ! 通信終わり!』

 最後に美神が横島に代わっておキヌにメッセージを残し、通信回線は切られた。
 おそらく横島は今起きている事態を精確に掴み、小竜姫がどのような行動を取るかも想定済みなのだろう。
 オフェンスとして向かうのは、小竜姫、雪之丞、九能市、シロだと知っているからこそ、無理をするなと伝えたのだ。
 だが小竜姫としては、愛する人を護るために自分の力を最大限に奮う事に何らの躊躇も無い。
 いや、武神として横島を必ず護り抜き、宇宙(そら)へと上げなければならない。

「皆さん、必ず横島さんと美神さんを無事、月へと到達させなければなりません。そのためにあの巨大兵鬼と魔族達を倒します。ワルキューレさんとジークさんはここに残り、ヒャクメと共に私達をバックアップして下さい。雪之丞さん、九能市さん、シロさん、私と一緒に討って出て貰う事になりますが、よろしいでしょうか?」

「ククク……。当たり前だぜ!」

「今の力なら魔族とも正面から戦えますわ」

「拙者、頑張るでござる!」

 小竜姫の瞳には強い決意がみなぎっていた。
 そして声をかけられた雪之丞達に否という言葉は無かったのだ。
 彼等もまた戦士なのだから……。



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