フェダーイン・横島
作:NK
第85話
「着弾確認! しかし敵結界に阻まれ目標の被害は皆無の模様!」
「けっ…! 土偶羅の計算通りってわけか。例え合体変形魔のキメラといえども、人界じゃあその攻撃力も激減しちまうってな」
「スパイダロス様、続けて第2射を放ちますか?」
「やめとけ、無駄だ。それより次は外すわけにはいかん。敵ロケットの上昇角度、速度を予測して一撃で叩き落とすのだ。火器管制システムをオートにして土偶羅の計算に任せろ」
「了解しました!」
攻撃の継続を問うた部下に対し、先程までの狂気を潜めて冷徹な指揮官としての態度で答える。
スパイダロスは通常の戦闘に関しては、まあ優秀な部隊指揮官と言える。
だが……白兵戦闘となり相手にいたぶり甲斐のありそうな敵(特に女)がいると、残虐で嗜虐的な性格が現れ狂うのだ。
「貴様ら、恐らく敵の一部がキメラを破壊するために出てくるぞ。いいか、警戒を怠るな! 敵は皆殺しにするのだ!!」
『クヒヒヒ……。さっさと出て来いよぉ、ワルキューレ。この俺様が切り刻んでやるぜぇ……』
部下に指示を出し、自らは手の甲から伸ばした剣の腹をベロリと舐め回す。
あの一撃はこちらの意図を中に籠もるワルキューレ達に知らしめ、出てくるように促すためのものだった。
これは正規戦ではない。
ならば自らの肉体を使っての殺し合いでなければ、なんら楽しくはないのだ。
「ククク……。こっちは、後は待つだけだ」
小さく呟いたスパイダロスの言葉は、誰に聞かれる事もなく空へと消えていった。
「こいつが指揮官なのねー。クラスはジークさんと同じぐらいみたいですねー。後の連中はせいぜい1,000から1,500マイトってところですねー」
「識別照合! こいつは元魔族軍正規士官だったスパイダロスです。性格があまりにも残忍で、命令違反を繰り返したために除隊処分になったヤツです」
「コイツとは一度も作戦行動で一緒になった事はないが、軍人時代にも悪い噂しか聞いていない。だが腕は確かだった筈。小竜姫、油断はできんぞ」
既に普段使用しているそれぞれの武器とは別に、魔族正規軍正式採用のライフルや拳銃を装備した雪之丞達が敵の説明に聞き入る。
小竜姫も、ワルキューレから聞かされたスパイダロスの情報に頷いた。
「わかりました。作戦はこうです。まず、私が全員を連れて連中のライフルの射程外に転移します。その後、雪之丞さんと九能市さんは横島さんから頂いた文珠を使って、姿を遮蔽して空中からライフルで連中を掃射して下さい。スパイダロスは私が相手をします」
「わかったぜ。俺の魔装術なら空も飛べるからな」
「この鎧を着けていれば、私も空を飛べます。連中も人間がまさか空から攻撃をかけてくるとは思いませんわ」
雪之丞と九能市の言葉に頷く小竜姫。
さらに横島が文珠を創り出せる事は、両界でも機密情報として扱われている。
スパイダロスも、まさかこの闘いでこちらが文珠を多数使ってくるとは思っていまい。
「小竜姫殿、拙者はどうするのでござるか?」
「シロさんはやはり姿を遮蔽して、雪之丞さん達が地上戦に移ったら側面から攻撃して、二人を援護しつつ敵を倒して下さい。貴女も龍神の装具を身に着けていますから、スパイダロス以外の連中となら互角に戦えるはずです」
「わかったでござる。先生と小竜姫殿に教わった事を、実戦で発揮して見せるでござる!」
額に身に着けたヘアバンドと、腕に着けた籠手を見せびらかしながら胸を叩くシロ。
侍である事を常に心がけているシロとしては、今回の闘いで活躍できる事を心から楽しみにしていた。
しかも自分が師匠である横島を護る事ができるのだ。
「ヒャクメ、ジークさん、ワルキューレさん、皆さんの戦闘指揮をお願いしますね。全員がリアルタイムで戦況を伝え合う事が、今回の闘いの要ですから」
「わかっている。ヒャクメの眼で敵の動きを捉え、ジークが分析した情報と共に状況をリアルタイムで私が確認して最適な行動を考え、こちらから横島の文珠を使って指令を転送すればいいのだからな。最初の作戦に沿って、全員が最適な動きを取れるようにする」
「では皆さん、行きますよ」
その言葉と共に小竜姫は、雪之丞、九能市、シロを伴って姿を消す。
横島と美神を無事に宇宙へと上げるため、地上に残った者達の闘いが始まったのだった。
「隊長、前方から誰かやって来ますぜ!」
「どれ……。ほう、神族の女のようだな。頭に角が生えてるところを見ると龍神族……ではあれが噂の小竜姫か? ククク……面白い。あの得物は俺が貰うぞ! お前達は手を出すな!」
「はっ!」
キメラの砲にエネルギーが充填されている中、前方を監視していた魔族兵の1人がこちらにやってくる人影を見つけた。
その報告を受けて、接近する存在を確認したスパイダロスの顔に嫌らしい笑いが浮かぶ。
ワルキューレではないが、ああいう小娘をいたぶり切り刻むのも楽しい、と思い立ったのだ。
周囲に伏兵が隠れている気配は感じない。
どうやらあの女1人のようだ。
そう判断して自分も迎えるように歩き出す。
「貴方がスパイダロスですね? アシュタロス配下の…。私は小竜姫」
「ほお……。俺の名前を知っているのか? それは光栄だなぁ……。御礼にじっくりと嬲ってやるぜぇ……」
「会ったばかりですが……貴方は噂通りの性格のようですね。では、そんな事ができるかどうか試してみるといいわ!」
そう言って小竜姫が神剣を抜くと同時に、スパイダロスも両手の甲から剣のような鋭い突起を生やす。
そしてどちらも鋭い踏み込みと共に間合いを詰めた。
キイィィン!!
「性格はともかく、やる!」
「ちっ! 俺の二刀流を捌きやがったか……。おもしれえ!」
すれ違い様にスパイダロスの両刀を神剣にて受けきった小竜姫は、斬り結んだ瞬間に敵の実力を正確に把握していた。
無論、スパイダロスも同様である。
剣術という意味では、この小娘は自分よりずっと強い。
だが、殺し合いという意味ではスパイダロスも小竜姫に引けを取りはしない。
元々魔界正規軍にいたため、格闘戦闘技術は基礎から叩き込まれているし、何より多くの実戦経験で培われた能力なのだから。
ヒュン! シャッ! キイィイン!
小竜姫が攻めてこないのを見たスパイダロスは、再び踏み込んで間合いを詰め襲いかかる。
それを迎撃する小竜姫。
いつしか、攻防の間にスパイダロスの顔は六角形の複眼を3個持ち、剛毛に覆われた蜘蛛のような顔へと変貌していた
口の両端からは牙が突き出し、頭には本来蜘蛛にはない触角のようなものまで生えている。
それがスパイダロスの本当の姿なのだ。
ガシッ! ギャリッ!! シュッ! キンッ!
「ヒャアハッハッハ!! 死ね、小娘!」
スパイダロスは素早い上に変幻自在に2本の剣を操り猛攻をかけるが、小竜姫は神剣の動きが光り輝く軌跡のようにしか見えない、光速(実際はそこまで速くないが)剣を使って受け続ける。
一見押されているようだが、その表情には静かだが確かな自信が浮かんでいる。
その証拠に、いかに巧みな攻撃を加えても小竜姫は全て捌ききっているのだ。
数分間に及ぶラッシュを防がれたスパイダロスは、力任せに小竜姫を後方へと押し返し、その反動で後方へと跳躍した。
「逃がしません! ……これは!?」
小竜姫は踏みとどまり追撃しようと軸足を踏み込んだが、いきなり敵は口からネバネバした糸を吐き出してきたのだ。
『…っ! 避けきれないわ! くっ、超加速!』
瞬時に回避不能と判断した小竜姫は、切り札の超加速を発動させる。
自らの身体周辺の時間を加速させ、他の物全てを置き去りにした世界へと移った小竜姫は、スパイダロスの糸を避け後方へと回り込む。
スパイダロスは確実に小竜姫を絡め取り、身動きできない小竜姫を切り刻む姿を思い浮かべニヤリとしたが、何ら手応えがない事に怪訝そうな表情を見せ、続いて背後に現れた気配と殺気に気が付き慌てて振り向こうとした。
ズシャッ!
だがスパイダロスが迎撃体勢を取る事を許さぬスピードで、小竜姫の神剣が一閃する。
すかさず飛び退いたスパイダロスだが、浅いとはいえ腹部を斬り裂かれ紫色の血が飛び散った。
内心では驚愕を押し殺すのに必死のスパイダロス。
彼はなぜ小竜姫が自分の攻撃を躱す事ができたのか、全くわからなかったのだ。
「くっ…! 浅かったようですね……」
「お…おのれ小娘! テメエは獲物の分際でっ!」
ドンッ! ドドンッ!
「あぐっ!?」
「ギャッ!」
嬲り殺す獲物に過ぎないと考えていた小竜姫に、浅いとはいえ自分の身体を傷つけられた事に逆上し、顔を狂気で彩るスパイダロスだったが、突然部下達のいる方から聞こえてきた銃声と部下達の断末魔の声にギョッとして振り返る。
「なにっ!? これは……上か!」
振り向いた先には、突然の攻撃によって次々と身体を撃ち抜かれ、地面に倒れ伏す部下達の姿があった。
部下達も突然の銃声と、為す術もなく倒れていく仲間の姿に動揺し、慌てふためいている。
しかしスパイダロスには、その攻撃が上空から行われたものだと察しがついた。
器用に三つある複眼の一つを、空へと向け敵の姿を確認する。
「狼狽えるなっ! 敵は上だ! 直ちに迎撃せよ!」
「ふッ…余裕ですね」
「むっ!」
スパイダロスが大声を上げて部下を鼓舞している間に、今度は小竜姫が間合いを詰めて攻撃を仕掛ける。
裂帛の気合いから繰り出される刺突、さらに躱したスパイダロスを追撃する横薙ぎの一撃。
先程までの攻防でスパイダロスの攻撃手段を大体把握した小竜姫は、敵が自分から注意を逸らした機会を逃さず攻勢に転じたのだ。
先程までとは攻守が入れ替わった激しい闘いが繰り広げられる。
「くそっ! いい気になるなよ、小娘!」
「もう貴方の攻撃は見切りました。そろそろ終わりにしましょう」
様々な負の感情を混ぜ合わせた陰気を発しているスパイダロスに、小竜姫はさらに挑発的な言葉を掛け大振りな攻撃を誘う。
ブシャァァァアッ!
再び放たれる大量の粘着糸を、相手の口元の動きから意図を察した小竜姫は、軽快な左右の動きでフェイントをかけ、吐き出される糸を掻い潜る。
そして一気に間合いを詰め、神速での踏み込みから神剣をすくい上げ、さらに真上から振り下ろす。
刃がぶつかり合い、竜気と魔力の衝突によって火花のようにエネルギーが飛び散る。
さすがのスパイダロスも最初の攻撃を躱し身体が泳いでいたため、その一撃を両手の剣をクロスして受け止めるしかなかった。
しかし、攻防の合間に一瞬動きが止まった刹那、ニヤリと笑みを浮かべるスパイダロス。
この瞬間こそ彼が待っていた勝機。
ビリビリッ! シャッ!!
「ヒャハハハハッ! 死ね、小竜姫!!」
いきなり服の背中を突き破り、鋭い爪を先端に生やした身長より長い蜘蛛の脚が4本現れ、四方から小竜姫を貫こうと襲いかかった。
それは近接戦闘におけるスパイダロスの必殺の技。
元々の両手の剣による攻撃を防いで、身動きの取れない敵を奥の手とも呼べる隠し腕で串刺しにする。
スパイダロスは対小竜姫戦の勝利を確信した。
本当は生きている女を切り刻む方が好きなのだが、意外な強敵であるためこの際死体陵辱もやむなし、と考えを変えたのだ。
「殺(ったぁ!! …なに!?」
ズシャッ!
だが、脚がまさにその華奢な肉体を貫こうとした瞬間、いきなり眼前の小竜姫の姿が消え失せた。
先程同様の事態に、スパイダロスが眼を見開こうとした瞬間、首筋に肉体と霊体を斬り裂く痛みと衝撃、そして音を感じて意識が遠のく。
「いけませんね。勝利を確信するのは、敵を倒してからするものです」
神剣を振り下ろした姿でスパイダロスの左横に姿を現した小竜姫が、相手に確実にダメージを与えた事を確認し、後方へと距離を取りながら呟く。
「ググッ……。な、なぜだ…?」
「私には超加速という武器もあります。私の時間を加速させ、貴方の攻撃を躱した。それだけですよ」
「そうか……。抜かったな……」
自分の攻撃がなぜ躱されたのかを知らされ、スパイダロスは納得したかのようにその存在を終えたのだった。
「さて……。雪之丞さん、九能市さん、シロさんの方も終わったようですね。残りは……あの兵鬼だけです」
残った敵と戦っているはずの仲間の状況を確認し、特に怪我もなくほぼ制圧を終了しようとしている事を確認すると、横島の出発を妨げる最後の驚異を睨み付けた小竜姫は小さく呟いた。
「小竜姫が始めたか……。だが相手も相当強いみてーだな」
「そうですね。剣術として比べれば小竜姫様の方が上ですが、殺し合いの技という意味ではあの魔族の方が上です。普通に闘えばほぼ互角ですわ」
「もう少し闘いが進んで、残った魔族共があっちに気を取られたら、俺達も攻撃を開始するか」
「それがいいですわ。ところで……いつまで私を抱き抱えているのですか?」
小竜姫と共に結界の外に転移して即座に、雪之丞は魔装術を発動させて翼を出し、九能市を後ろから抱えて飛翔し敵陣地の上空へとやって来ていた。
龍神の鎧を始めとする装具を身に着けている以上、九能市も空を飛ぶ事はできる。
だが、雪之丞の魔装術の方が空中をより速く飛ぶ事ができるため、小竜姫が戦端を開く前に敵の上に辿り着くためより確実な方法を取ったのだ。
「わ、悪い……。もう敵の上に着いたんだから、お前も自力で飛んで大丈夫だったな」
「……まあいいですわ。それより、私はこのまま一緒に上から攻撃すればいいんですわね?」
「さあ……。ワルキューレ、その辺はどうなんだ?」
九能市も言葉に、雪之丞は慌てて抱き締めていた手を離し、取り繕うかのように謝ってから話題を変えようと試みる。
尤も、九能市もそれ以上は突っ込まず、冷静に作戦内容を思いだして自分の今後の行動を確認した。
雪之丞も確信を持てないため、司令塔であるワルキューレに訪ねる。
無論、九能市が『遮蔽』の双文珠を発動させて持っているため、こんな会話を交わしていても、魔族兵はおろかスパイダロスにも彼等の接近は気が付かれていない。
『小竜姫とスパイダロスの闘いは、思ったより厳しい物になったため兵士共の視線がそちらに向き始めている。作戦を変更して九能市は小竜姫達と反対の位置に降りて、私の合図で敵を銃撃。雪之丞は作戦通り、合図と共に上空から遮蔽を解いて攻撃を開始しろ。狙うのは小竜姫に一番近い位置にいるヤツ等だ。この2鬼は確実に仕留めろ。後は九能市と連携して1人でも多く敵を葬るんだ』
「わかりましたわ」
ワルキューレの指示に従い、九能市は速やかに、しかし密かに空中を移動し指定された位置へと着地し、岩陰に身を隠しライフルを構える。
一方、雪之丞は太陽を背にするように位置取りをすると、ゆっくりとライフルを構えて最初の標的に狙いを定めた。
『護衛の連中も、すっかり小竜姫とスパイダロスの闘いに注意が向いているな。軍人としてはあるまじき行為だが、今は都合が良い。よし、遮蔽を解いて攻撃開始だ雪之丞』
「わかった……」
それだけ答えると、雪之丞は今一度照準に入り……撃発のタイミングを計りつつ、静かに息を吐いていく。
そして呼吸を停止し、引き金を絞るように力を込める。
今回の依頼を受けてから、この日のためにジークの指導によって九能市と共にひたすら訓練を続けた動作なのだ。
そのため雪之丞は、至って冷静に、そして慣れた感じで確実に相手を葬り去る一連の行動を終えた。
ドキュゥ――ン!
ビシッ!
スコープ越しに、標的だった魔族兵士が頭から紫色の血を流し、糸の切れた人形の如く倒れていくのが見える。
銃火器を使って相手を倒す事は、何となく反則なんじゃないかという思いが一瞬頭の片隅を過ぎるが、敵も同じ装備を持っているのだから問題ないと自らに言い聞かせる。
そして雪之丞は静かに次の標的を狙って照準に入った。
ドドオォォン!!
「…ぐはっ!?」
あまりに激しいスパイダロスと小竜姫の闘いに、訓練されているにもかかわらず思わず注意を向けて観戦していた魔族兵達は、いきなりの銃声で同僚が倒され動揺した。
そしてキョロキョロと自分達を狙う敵を探したが、彼等の索敵範囲内には荒涼とした大地しか見えない。
それでもしっかりと銃を構えたまま、周囲を探っているのは日頃の訓練の成果だった。
だが、敵を発見する前に再び敵は攻撃をかけ、また1鬼が身体を撃ち抜かれ倒れ伏す。
「…くそっ! 敵はどこなんだ?」
「……狼狽えるなっ! 敵は上だ! 直ちに迎撃せよ!」
想定外の攻撃に浮き足立ちそうになった彼等の耳に、上官たるスパイダロスの怒声が襲いかかった。
だがその指示で全員が銃を構えつつ上へと索敵範囲を広げる。
「……どこだ?」
「見えないぞ?」
「まさか……太陽の中?」
1鬼がそう言ってスコープ越しに太陽を眺めた時、漸く雪之丞の姿を見つける事に成功した。
だが……その魔族が雪之丞をスコープで捉えた時、既に彼は第3射を放つべく引き金を引いていたのだ。
ガガァ――ン!
ビシッ!
3鬼目も為す術もなく射殺されたが、遂に彼等は敵の姿を捉える事に成功した。
「見つけたぞ!」
「…ちっ! 敵は太陽の中か」
残った7鬼が一斉にライフルを上へと構えようと動き出す。
ガウ――ン!
「がはっ!」
だが、いきなり響き渡った銃声と共に、雪之丞を攻撃しようと立ち上がった1人が叫び声と共に撃ち倒される。
それは明らかに上からではなく地上のどこかから発射された銃弾による物だった。
「…っ!? まさか……上のヤツ以外にも敵はいるのか?」
「しまった、敵はあの小竜姫って神族とワルキューレだけじゃねえのか?」
立ち上がって上空の雪之丞に応射しようとしていた魔族達は、一斉に身体を低くしてもう1人の敵から身を隠そうとする。
彼等は射撃の腕前と事前の情報から、上空より自分達を攻撃しているのはワルキューレだと勘違いしていた。
まあ、太陽を背にしてシルエットしかわからないため、魔族っぽい姿で翼を広げているのを誤認しても仕方がないのだが……。
ズキュ――ン!
ガガゥ――ン!
しかし、思わぬ攻撃を受けた動揺から生まれた一瞬の停滞……。
それを見逃すほど雪之丞も九能市も甘くはなかった。
空と大地に響き渡る銃声によって、さらに2鬼が物言わぬ骸に成り下がる。
この巧妙な連携攻撃を受けて、兵士達はますます敵の正体に対する勘違いを深めてしまう。
何しろ、明らかに軍人として訓練された動きだったのだから。
まあ、実際に動きの指示を出しているのは、正規軍士官であるワルキューレとジークなのだから、この勘違いもやむを得なかった。
「位置取りを知られちまったから、もう上から攻撃するのはキツイな……。俺も地上に降りるぜ、ワルキューレ」
『ああ、そのまま敵の左翼方面に降りて、私の合図で地上戦闘に移行してくれ』
「……了解っと!」
3鬼目を倒した雪之丞はさっさとライフルを腰溜めに構え直すと、ワルキューレと連絡を取って地上戦移行の許可を求めた。
未だ敵の数はこちらより多い。
場所を知られた以上、足を停めてしまってはやられてしまうと理解しているのだ。
翼を広げ、まるで落下するかのように鋭角的な動きで降下する雪之丞。
『九能市、雪之丞が降下するから援護射撃を開始しろ』
「わかりましたわ」
即座にワルキューレは九能市に援護を命じる。
ヒャクメの能力によって、戦局全体を見る事ができるためその指示は的確だった。
「ワルキューレ殿、拙者はまだ動けないのでござるか?」
『いや、担いでいったミサイルランチャーで攻撃用意だ。雪之丞が降りる位置に最も近い位置の敵目掛けて、1発だけ精霊石弾頭ミサイルを発射しろ。狙いを付けて引き金を引くだけだから大丈夫だな?』
「散々訓練したから、操作は大丈夫でござる。では…犬塚シロ、参るでござる!」
翼を持った魔族(らしきもの)がもの凄い速さで飛翔し、地上を目指している。
それは仲間を3鬼も葬った難い敵だ。
残った敵兵達は、もう1人の攻撃に備えて身を隠しながらライフルを連射するが、雪之丞に命中させる事はできなかった。
後方の九能市(魔族兵達はまだ正体を知らない)だけでなく、右翼方向に潜んだシロによって支援攻撃が開始されたからだ。
特に、シロによって行われた精霊弾頭ミサイルの攻撃は、魔族兵達を浮き足立たせるに充分だった。
轟音と共に、さらに1鬼が吹き飛び動かなくなる。
「…ちいっ! 敵は3人か。しかもハンドミサイルまで持っているとな……。これじゃあ迂闊に動けないぞ」
「隊長は神族の小娘と闘っていているしな」
「待て……。まずい、隊長がやられたみたいだぞ!」
「「…な、なにっ!?」」
身を潜めながら通信鬼で連絡を取り合っている魔族兵達だったが、小竜姫によってスパイダロスが倒された事を知りさらなる動揺が広がった。
それは事実上、この部隊の指揮系統が瓦解した瞬間だった。
ガキッ! カーンッ!!
3カ所で霊力と魔力がぶつかり合い、エネルギーが火花のように飛び散る。
あの後、シロがミサイル2発を発射しキメラ攻撃を敢行。
無論、キメラの外殻はその程度の攻撃では無傷であったが、これはワルキューレの策略だった。
その攻撃に驚いた敵残兵は、最重要部分のみを護ろうと土偶羅とのリンク装置周辺に集まった。
だが、それこそワルキューレが意図した事だったのだ。
ヒャクメの探査でも、あのキメラの構造や弱点、防御力はよくわからなかった。
それ故、敵に自ら重要部分を教えさせようとしたのだった。
狙いは当たり、敵の情報を得たワルキューレは残敵の各個撃破を命じ、雪之丞とシロは喜び勇んで白兵戦へと突入して今に至っている。
「なかなかやるじゃねーか! だがよ、今の俺ならテメーと真っ正面から闘っても負けはしねーぜ!」
ナイフを片手に、もう片方の手から魔力砲を放ち巧みに闘う敵兵相手に、真っ正面から嬉しそうに挑んでいる雪之丞。
その手には五鈷杵が握られ、棒状の霊波ブレードが伸びている。
既に激しい技の応酬が繰り広げられたのか、相応共に呼吸が荒い。
「おのれ、死ね! 人間め!」
魔力を掻き集め、これまでで最大出力の魔力砲を放つ魔族だが、雪之丞は練り上げた霊力を左手に集め、集束霊波砲として迎え撃つ。
ドッ…! ズドオォォォオン!!
放った魔力砲は集束霊波砲と相殺し合って消滅し、迎撃された魔族は悔しそうに顔を歪めると即座に拳銃を抜き撃つ。
だが、次の瞬間その表情は驚愕へと変わる。
「そりゃあこっちの台詞だ!」
雪之丞の台詞と共に、いきなり五鈷杵の霊波ブレードが巨大化し、ビーム砲のように向かってきたのだ。
その一瞬の変化に対応できなかった魔族は、腹部を霊波ブレードに貫通され絶命した。
この魔族は、雪之丞の持つ武器が霊波刀であり、ある程度自由に形を変える事が可能だという事を失念していたのだ。
「へへへ……。いつもだったらこの技を使うと、霊力を一気に持っていかれて立つのも辛いんだか……。さすが竜気ってところだな」
今回は小竜姫の竜気によって一時的なパワーアップを果たしていたが、雪之丞としては自分が目指している闘法を体現できて嬉しそうだった。
ガッ! キ―――ン!
「なかなかやるな、人間!」
「そちらこそ、見事ですわ!」
跳躍し、空中でそれぞれの刃を交え着地したお互いの第一声である。
着地し即座に刃渡り50cmほどの短刀を突きだし、素早い踏み込みで斬りかかる魔族。
九能市はその突きを下からヒトキリマルを跳ね上げて逸らすが、即座に魔族も刃を横薙ぎに振って連続攻撃をかける。
「けえ――っ!」
「はあっ!」
その一撃を跳躍して躱し、空中で一回転すると即座に手裏剣を数本投擲する。
龍神の装具を身に着けた状態ならではの10m近い高さの跳躍から、死角を突くような角度で放たれた手裏剣は吸い込まれるように魔族へと向かった。
「なにっ!? 手裏剣が見えぬ?」
ドスッ! ドスッ!
元々見えにくい角度から放たれ、さらに盲点を狙うため手裏剣自体が見えにくい無角投げである。
弾き返そうとした魔族だったが、半分は迎撃できずに突き刺さってしまう。
「く…おのれ」
「覚悟!」
着地と同時にヒトキリマルを鞘に収め、ダッと駆け出す九能市。
拳銃を抜き発射するものの、九能市は霊力で強化された身体能力を使い左右へと素早くステップを踏むため、銃弾は空しく空を切る。
ザシュッ!
「グワワ……」
「これぞ横島様直伝、変移抜刀霞斬りですわ」
すれ違い様に抜刀し、擦り抜けた時にはすでに鞘へと収まっているヒトキリマル。
ドサッと敵が倒れ伏す音を聞きながら、九能市は己が勝利を収めた事を確認していた。
「ほう……貴様人間ではないな? ふむ、人狼か?」
「その通り! 拙者、誇り高き人狼族の戦士、犬塚シロでござる!」
いつものように霊波刀を出して用心深く構えるシロ。
だが霊波刀の出力は目の前の魔族と渡り合うのに十分なレベルである。
身体から溢れ出んばかりの強力な力は、かつてアルテミスをその身に降臨させたシロには馴染みのある物だった。
ガキッ! ギンッ! カシーン!
素早い踏み込みから斬撃を繰り出すシロだが、スピードと威力は十分なものの直線的すぎる動きと素直な太刀筋のため、歴戦の兵士である魔族に捌かれてしまう。
戦闘技術という観点から見れば、魔族の方が明らかに上なのだ。
しかし……シロは先程から息をも吐かせぬ連続攻撃を繰り出していた。
「ちっ! このメス犬め、バカの一つ覚えみてーに手数を繰り出せばいいってもんじゃ……。なにっ!?」
最初こそ余裕を持ってシロの斬撃を捌いていた魔族だったが、段々とその余裕が無くなってきている事に気が付いたのだ。
『まさか……ヤツの攻撃が速くなってきているのか?』
内心でそう思いながらも、両手で持った長剣を横に薙いで一端距離を取る。
「うおお…おおぉぉぉおっ!」
だが敵に休む間すら与えん、とばかりに荒い息を吐きながらも自らを鼓舞して攻撃をかけるシロ。
彼女にもすでにわかっていた。
まともに闘えば、自分ではこの魔族に負ける事はなくても勝てもしないと……。
つまり両者の実力は伯仲していたのだ。
『拙者、なんとしても先生を無事宇宙(へと上げるのでござる! 狼は、群れの仲間を――命と引き替えにしても…………!!』
シロは霊波刀を前に突きだし、身体毎ぶつかっていくような突きを見舞った。
敵の予想を、動きを超えた力とスピードで攻撃を打ち出せば、たとえ直線的な動きでも敵に当てる事ができる。
そのため、自分自身に二撃目は無いと言い聞かせていた。
魔族兵は迎撃すべく、シロの首を狙って剣を振る。
だが、シロの踏み込みの方が一瞬だけだが速かった。
『こいつ…相打ちを狙って…!?』
ドスッ!
強い衝撃が両者を襲い、シロと魔族兵は一つになって地面に打ちつけられる。
二人の意識はそこで途切れた。
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