フェダーイン・横島

作:NK

第86話




「シロさん……シロさん…………」

 シロはどこからともなく聞こえてくる声に、暗闇の底に墜ちた意識をゆっくりと浮上させた。
 瞼が安らぎという名の誘惑に負けそうになるのを、必死で振り解き何とか開こうと努力する。
 その甲斐あって、うっすらと開かれた彼女の眼には、心配そうな表情でこちらを覗き込む小竜姫の顔が映った。

「…うっ……。しょ、小竜姫殿……」

「よかった。怪我はヒーリングをかけておきましたが、完治したわけではありません。立てますか?」

 小竜姫の優しい声に、ようやく覚醒してきた意識が反応して己の肉体を動かそうとする。

 ズキッ!

 左腕を動かそうとした時に、肩口に鈍い痛みが彼女を襲い、漸く自分がなぜ意識を失う事になったのかを思い出す。
 自分は相打ち覚悟で魔族に攻撃をかけ、どうやら生き残ったらしい。
 自分の霊波刀が相手に突き刺さる感触を覚えているため、敵を倒した事は確かだった。
 怪我の程度はわからないが、生きている以上自分が勝ったのだろう。
 敵の魔族には、こんなところでシロと相打ちをする覚悟なぞ無かった。
 そのため、僅かに太刀筋が乱れたのだ。
 シロは文字通り、薄氷を踏むような勝利をもぎ取ったのだった。

「拙者……敵を倒したのでござるな? ……先生は無事に宇宙(そら)へと上がったんでござろうか?」

「全く無茶をしましたね……。横島さんも私も、貴女に死んでまで闘って貰いたい、なんて思っていないんですよ。これからはもっと上手い闘い方を覚えないといけませんね」

「……申し分けないでござる……。でも、先生は?」

 小竜姫に抱き起こされているのだと、やっと気が付いたシロがヨロヨロと座り込み、今一番気になっている事を再度訪ねた。
 その問いに、スッと指を空の一方向へと向ける小竜姫。
 そこには光と共に上へと昇っていく小さな物体があった。
 それが横島と美神が乗ったロケットの軌跡だと理解したシロの顔に、安堵と喜びの表情が湧き上がる。

「へっ…。全く無茶しやがるぜ」

「本当ですわ。横島様が帰ってこられたら、大いに叱ってもらいましょう」

 しゃがみ込んでシロを見ていた雪之丞と九能市も、シロが思ったより元気だったため、ホッとしたように憎まれ口をきく。
 シロは自分を心配してくれる仲間達に、嬉しそうに尻尾を振りながらも、最終目標だった合体魔の姿が見えない事に気が付いた。

「ひょっとして……拙者が意識を失っている間に、あのデカ物を倒したのでござるか?」

「当たり前だろう。それが俺達の目的だったからな」

「護衛の魔族を倒した後、残った私達で何とか倒したのですわ」

 そしてシロは意識を失った後の事を、小竜姫の口から聞かされた。






「シロさん!?」

 スパイダロスを倒して雪之丞達に合流しようとしていた小竜姫は、目前で相手と激しくぶつかりあい、絡み合うように地面に倒れ伏したシロを見て急いで駆け寄った。
 シロは大事な仲間であり、平行未来でも横島の弟子だった。
 つまり、横島にとって大事な存在だったのだ。
 遠目で見ていたが、あれはどう見ても相打ち覚悟の一撃だった。
 相手を倒してはいるだろうが、シロも死んだかもしれない。
 自分がもう一足速くスパイダロスを倒して、シロに助勢できていれば……。
 小竜姫はその事に思いを馳せながら、シロを抱き起こして手早く状態を確認していく。

『大丈夫なのねー、小竜姫。シロちゃんは死んではいないのねー』

「ヒャクメ? そうですか……では傷はこの左肩だけですか? 私にはそれ以外の傷はわかりませんが……」

『小竜姫の言うとおり、肩口の傷だけなのね。取り敢えずヒーリングを施しておけば、死んじゃう事はないのね。意識がないのは、身体能力をフルに使ったから疲労のせいよ』

『小竜姫、犬塚の応急処置を終えたら即座に合体魔を倒さないと、もう間に合わないぞ! ロケット発射まで後7分だ!』

 ヒーリングを行いながらワルキューレの言葉を聞いていた小竜姫にも、その事はわかっていた。
 幸い、雪之丞も九能市も無傷で敵を倒している。
 シロは無理だが、3人で力を合わせれば、あの巨大な合体魔を倒す事ができるだろう。

「シロさん、最低限の処置は施しました。暫くの間、我慢してくださいね」

 そう言うと、小竜姫はそっとシロを寝かせて立ち上がる。
 横島を無事に出発させるには、なんとしてもあの巨大な魔族(兵鬼)を倒さなければいけないのだ。

「小竜姫、シロは無事か?」

「死んではいないのでしょう?」

 そこへ、敵を倒した雪之丞達が駆け寄ってくる。

「はい。応急処置は行ったので、命に別状はありません。さあ、最後の敵を倒しましょう」



 キメラを数十m前方に見据えて、小竜姫達3人は立っていた。
 既にガードが全滅した事を理解しているのか、何やら小刻みに身体が振るえている。

「あの兵器……合体魔とか言っていたが、知性があるのか?」

「さあ……でも様子が変ですわ」

 九能市の言葉が終わるのとほぼ同時に、いきなりキメラの身体が光を帯び始める。

『グググ……。がーどノ消失ヲ確認。コレヨリ超長距離砲撃体勢ニ入リツツ、自己防衛ぷろぐらむ作動!』

 その咆吼にも似た声と共に、自身を大地に固定する複数の脚とは別に、身体の各所から先端に眼が付いた触手がニョキニョキと生え始める。
 さらに、6本の四つ爪を持った禍々しい腕まで出現した。

「どうやら……知性だけでなく自己防衛手段まで持っているようですね。私がヤツの注意を惹き付けますから、その間にあの外付け装置を何とか破壊するのです」

「わかった! だが……ヤツは俺達も見逃してくれそうにねえけどな」

 そう言って敵の手から発射される魔力砲を回避し、それぞれに跳躍して攻撃を仕掛ける3人。
 九能市の霊波衝撃弾、雪之丞の集束霊波砲、小竜姫の霊波砲が次々と黒光りする身体に突き刺さり、身体の一部が吹き飛ばされる。
 だがキメラは全くその活動を衰えさせはしなかった。
 身体の一部を吹き飛ばされ、削り取られようと、その機能性が損なわれないのだ。

 なお、先程精霊石弾頭ミサイルの攻撃でも傷つかなかったキメラの身体に、小竜姫達の攻撃が利いているのは、単純にエネルギーの出力と密度が精霊石ミサイルよりも高いためである。
 念法を修めた小竜姫は、自身の人界霊力の2倍まで霊力を練り上げる事ができる上、攻撃霊力もそれと同出力まで上げられる。
 雪之丞と九能市も、今は中級神族並の霊力で攻撃をかける事ができるのだ。
 それ故、キメラの外殻にダメージを与えるだけの威力を、攻撃に持たせる事ができていた。

「ヒャクメ、なぜあの魔族兵器はダメージを受けても、一向に機能低下しないのですか?」

「本当だぜ! いくら身体の一部を吹き飛ばしても、全然平気みたいだぜ?」

「しかも、巧みに狙いである装置をガードしていて、攻撃が届きませんわ!」

 キメラ自体は身体を固定して動かさないため、所謂対空砲火的な攻撃を避けるだけで済んでいるのは幸いだった。
 だからこちらの攻撃も、あの巨体に命中しているのだ。
 しかし、いくら攻撃が当たっても、一向にダメージを受けているように見えない。
 既に数分間に渡る攻撃を加えたが、敵を機能停止に追い込む事ができないのだ。

「それに、敵さんの攻撃準備も着々と進んでいるようだしな」

 忌々しそうに呟く雪之丞の言葉通り、ゆっくりと上に乗っている巨大砲の砲身が動き、照準の微調整をしているのがわかる。
 敵の図体は大きいので攻撃が外れる事はないのだが、こちらが狙っている制御装置に対する防御は格段に高く、未だ一撃を与えられずにいた。
 四本爪の攻撃用腕の中央から魔力砲を発射し、外殻は強固な装甲に覆われているキメラだが、基本的に近付くモノのみを攻撃するようにプログラムされているため、今の小竜姫達のように距離を取れば何もしてこないのだ。

『雪之丞、九能市。もう一度二手に分かれて攻撃を仕掛けてくれ。小竜姫、超加速で敵の防御を突破できないか?』

「そうですね……。超加速は元々短時間しか使えない技ですが……、今の私なら何とか加速が切れる前に懐に飛び込めるかもしれません」

『ジークの計算でも、ギリギリだが可能だという結果が出ている。もう時間もないし、今のところこれしか攻める手だてがない』

「攻撃をかけるのは良いけどよ、このまま続けても効果がないんじゃねえか?」

『あの兵鬼は多数の魔物を変形させ、合体させる事で一つの兵器として使っているのよ。だからこちらの攻撃が当たっても、外殻を構成している魔物が1体やられるだけで全体としての機能には影響ないようですね』

 ワルキューレの提案に、少しだけ考えて同意した小竜姫だったが、雪之丞が当然の、というか至極妥当な疑問を投げかけてくる。
 それに、漸くキメラの解析を終えて正体を掴んだヒャクメが説明を行った。

「ワルキューレ、あの合体魔はムカデみたいに両側の沢山の脚で身体を支えているんですよね? ならば……あの脚を片側だけ斬り飛ばせば……」

『ああ、そうすれば再生はするかもしれないが、一時的にバランスを崩して発射を妨害できる。念法を修めた小竜姫にしかできない事だ。任せるぞ』

 ワルキューレの言葉に頷く小竜姫。
 そして会話を聞いていた雪之丞と九能市も、効果が期待できる事を理解して大きく頷いた。



『ブブブ……えねるぎー充填120%。発射マデ後3分。姿勢制御、発射角、全テぱーふぇくと』

 周囲を警戒しながらも、キメラは攻撃態勢を整えていた。
 既にエネルギー充填は完了し、土偶羅の計算によってロケットの上昇コース途中に狙いを定めており、敵の発進を待つばかりだ。
 ロケット打ち上げは様々な要因から、大抵の場合発射コースは規定されてしまう。
 土偶羅の計算によってそのコースを割り出している以上、後は発射のタイミングさえ合えば命中させる事は難しくないのだ。

『警報! 敵ガ再度接近中。迎撃開始』

 敵の接近を感知したキメラは、魔力砲を放つ腕をさらに2本増やし迎撃の準備を行う。
 接近してきたのは3体であり、それぞれ別々のコースで侵入を図っている。
 後数分で任務を完了できるのだ。
 なんとしても敵を追い払わなければならない。

『…攻撃開始!』

 その言葉と共に次々と発射される魔力砲。
 その対空火線を次々と躱して、逆に霊波砲で攻撃をかける雪之丞と九能市。
 だが……キメラは唐突に、もう1体の敵をロストした事に気が付いた。
 自分の探知網をフルに使っても、もう1体の敵を感知する事ができなかったのだ。

 思考がやや混乱し焦りを感じた瞬間、自分を支える右足の何本かに鋭い痛みを感じ、急いで状況を確認しようとする。
 そこには……いつの間にか接近を果たし、手に持った剣で何本かの脚を斬り飛ばし、さらに剣を上段に構えて振り下ろそうとしている小竜姫の姿があった。

『……バカナ!? イツノ間ニ私ノ絶対勢力圏内ニ……?』

 そう思ったキメラだったが、それ以上悩んでいる暇はなかった。

 ドオォォォオオッ!!

 巨大な砲を上に備えているためバランスの悪いキメラは、右前脚を小竜姫に斬り飛ばされたためにバランスが崩れ、自重を支えきれなくなっていたのだ。
 轟音と共に傾き倒れた姿は、頓挫した戦車を思い起こさせた。
 しかもいきなり体勢を崩したため、これまで入力してきた緒元データが無効となってしまい、リンクされている土偶羅も混乱状態となっていた。

『ギギ……。コレデハ攻撃ガ……』

 崩れた姿勢を何とか制御し、体勢を立て直そうと必死のキメラ。
 その隙こそ、ワルキューレが望んでいた瞬間だった。

『雪之丞!』

「分かってるぜ!!」

 即座に攻撃ポジションに移行した雪之丞は、突き出した右手から連続して最大出力の集束霊波砲を放つ。
 キメラは全能力を姿勢制御と情報の再収集に向けていたため、雪之丞の素早い動きに対応できなかったのだ。

 ドグワアァァァアン!!

 ワルキューレの立てた作戦は見事に成功し、土偶羅とのリンク装置であり、火器管制システムである機械は大爆発を起こして消し飛んだ。

「やったぜ!」

「成功ですわ!」

 その成果に、思わず表情を緩めて喜びを露わにする2人。

『マズイ……でーたガコナケレバ、ろけっとヲ打チ落トス事ガデキナイ……』

 漸く失った脚の再生を始めた(外殻を構成している魔物を脚の部分に集め、脚の再生材料としている)キメラは、リンク装置を失い混乱の局地にあった。
 元々、今回の作戦は土偶羅とのリンクがあって初めて作戦足りうるモノだったのだから……。
 この状況では、10km以上先で高速で移動する目標を狙撃する事など、到底不可能。
 こうなったら、邪魔をしてくれて自分の周りを五月蠅く飛び回っている連中を、せめて血祭りに上げなければ気が済まない。

『……コウナッタラ、殲滅戦闘ぷろぐらむ作動ダ……』

 戦闘方法を変化させようとしたキメラだったが、時既に遅かった。
 横島を護るため、小竜姫は遂に奥義を繰り出したのだ。

「これで決めます! 超加速!」

 先程、かなり長時間使用して霊力を消耗しているのにもかかわらず、チャクラを廻して無理矢理回復させた小竜姫は、先程以上に霊力を練り上げて超加速へと入った。
 再び小竜姫の姿をロストしたキメラは、慌てて全方位スキャンを実行するが無意味だ。

「おい……あれを見ろよ……」

「……敵の巨体が無数の光の線に覆われていますわ……」

 雪之丞と九能市が、思わず攻撃の手を止めて魅入ってしまった光景……。
 それは九能市の言葉通り、キメラの巨大砲に幾本のも光の線が走っていた。
 それはある種、幻想的な光景だったかもしれない。
 しかし、これこそ小竜姫の奥義、『残光砕破剣』である。
 超加速に入り、さらに全霊力を内向きに作用させて限界以上に加速された動きを必要とする神剣最終奥義・光速剣を振るう技。
 斬撃の軌跡が無数の光の線のように見え、時間に取り残された敵は瞬きする間に100発の斬撃を浴びせられ文字通り細切れにされてしまう。
 この攻撃の前には、いかに周囲の魔物を集めて機能を即座に回復させるキメラといえども、深刻なダメージを受けたのだ。

 バサアッ……!

 まるで崩れ落ちる砂の城のように、滅せられた魔物の身体が崩壊する。
 キメラの最大の武器である巨大砲は文字通り粉砕された。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 攻撃の後、用心深く距離を取ってから超加速を解いた小竜姫は、さすがに消耗が大きかったのか荒い息を吐きながら、膝に手を当てて己の霊力回復を行っていた。
 しかしその顔は、為すべき事を為し遂げた達成感に満ちている。

『さすがわ小竜姫。よし、雪之丞に九能市、敵に止めを刺すんだ!』

「おおっ! 最後ぐらい決めてやるぜ!」

 ワルキューレの指示に大きく叫んだ雪之丞は、翼を広げて飛び上がると五鈷杵を逆手に持ち、一気に霊波ブレードを伸ばして上からキメラの身体を突き刺した。
 そして全霊力を五鈷杵に流し込み、霊波ブレードをどんどん太くしていく。
 それはキメラを構成する魔物を文字通り消滅させながら、急速に電信柱ほどの太さへと変化した。
 その攻撃によって、一時的に機能停止へと追い込まれるキメラ。

「雪之丞さん、九能市さん。エネルギーを私に集めてください。霊波砲で一気に消し飛ばします!」

 着地した雪之丞と九能市の基に、漸く霊力を回復させた小竜姫が駆け寄り、最後の大技を出すべく指示を出す。
 そして……小竜姫、雪之丞、九能市の全霊力を結集させた霊波砲は、今度こそ機能停止して沈黙したキメラを跡形もなく吹き飛ばしたのだった。



 ドッ…ドドドオオォォォオッ!!

 疲れ果て、地べたに座り込んだ小竜姫達だったが、ふいに聞こえた轟音に顔を基地の方に向ける。
 そこには、光の帯を引きながら上昇していくロケットの姿があった。

「やれやれ……。何とか無事発進したな」

「ええ、これで私達の任務は完了ですわ」

「はい。シロさんを回収して、私達も戻りましょう」

 ホッとした表情で語り合う3人。
 その表情は達成感で満ちていた。
 小竜姫は喜び合う雪之丞達から視線を逸らし、遙かなる空を見上げる。

『横島さん……。私、貴方のお役に立てましたよね? 後の事はお願いします。必ず無事に帰ってきてください……』

 龍神でも武神でもない、1人の女としての小竜姫の姿がそこにはあった。
 そして話は冒頭へと繋がる……。






『こちら・マリア。第2段・ロケット・切り離し・成功! 周回軌道に・乗りました』

「了解、第2宇宙速度航行の準備!」

『イエス、ミス・美神』

 美神の指示により、ソユーズ201は第3段ロケットの噴射を停止し、地球の周回軌道をしばらく航行する事になる。

「さて、姿勢制御予定ポイントに到着するまで、特にやる事はないですね。後はアポロ13号のような事故さえ起きなければ、無事月までは行けるでしょう」

「横島君、もう通信も可能よ。管制室に連絡を取るわ」

「わかりました。通信チャンネル・オープン!」

 横島が通信機を操作し、カオス特性のビデオパネルにワルキューレとジークの姿が映し出される。
 いかに呆けてるとはいえ、この辺は流石カオスといったところだろう。

「こちら。ソユーズ201。本船は無事地球周回軌道を航行中。船内時間で3時間12分後にロケット再点火し、地球引力圏を離脱。月へのコースに入ります」

『了解。こちらでも確認している。再点火に際しては管制室より指令を送る。以上だ』

『小僧、システムに異常はないか?』

「チェックした範囲では異常はないぞ。至って順調だ」

『フフフ……さすがワシじゃ』

「何かあったら洒落にならんだろーが! それより……小竜姫様はいるか? 後、雪之丞、氷雅さん、シロも……」

 連絡すべき事項を終えた横島は、少し躊躇ってから自分達の発進のために命がけで闘った仲間を出してくれるよう頼んだ。

『横島さん! 無事に周回軌道に乗ったんですね! よかった……』

「ええ、無事にここまで来ました。それより……ありがとうございました。怪我なんかしてないでしょうね?」

『はい……。私は大丈夫ですよ。スパイダロスも護衛の兵士も、合体魔である魔物も私達で倒しました。奥義を使っちゃいましたけどね』

「手強い相手だったんですね……。でもよかった……。小竜姫様が無事で。今度は俺達の番ですね。必ず成功させて戻りますよ」

『はい……。待ってますね、横島さん……』

 完全に周囲を無視して二人っきりの空間を作りだし、何ともカユいやり取りをする小竜姫と横島。
 会話は終わったようだが、ジッと二人は見つめ合う。
 しかしそんな時間は長くは続かない。

 シロや雪之丞、九能市が画面に割り込んできたのだ。

『せんせ――! 拙者、頑張ったでござるよ!』

『横島、修行の成果を遺憾なく発揮したぜ!』

『ご無事で何よりですわ、横島様!』

「そうか、ありがとうみんな……。それで、怪我はないのか?」

 その後、二人からシロが無茶をした事を聞かされた横島は、簡単にシロに説教をした後、美神にチャンネルを渡す。
 おキヌと何やら話している美神の横で、横島は静かにルシオラと小竜姫の意識と会話していた。

『無事出発できたけど、小竜姫様やシロ達には随分苦労かけちまったな……』

『水くさいですよ、忠夫さん。私も本体も、横島さんのためなら闘う事を躊躇ったりしません。何より私達は武神ですから……』

『あーあ、いいわねぇ小竜姫さんは……。私なんかヨコシマの力になりたくったって、今はまだ何もできないんだから……』

『そんな事無いぞ、ルシオラ。俺が何の勉強もせずにロケットなんてモンを動かせるのも、未来の知識とお前のおかげなんだから』

 少し拗ねたようなルシオラの意識に、慌ててフォローしようとする横島。
 だが、今回ばかりは実体のないルシオラでは、協力できる事は少ないため機嫌がなかなか直らない。

『頭では分かっているのよ、ヨコシマ。でもね、やっぱり実体がないっていうのは寂しいわ……』

『ルシオラには月に到着してから、しっかりと助けて貰うさ。何しろ、ヒドラは結構手強かったしな。月で闘う際には、ヒャクメの分析は無理なんだから』

『そうですよ、ルシオラさん。月に到着したら、忠夫さんのサポートが私達の最重要課題なんですから』

『ええ、私達の全身全霊をあげて、今回の依頼を無事完遂させるわ。ヨコシマ、頑張ろうね』

『ああ、頼りにしてるよ、二人とも……』

 会話を終え二人の意識が魂の奥へと沈んでいった頃、美神とおキヌの通信も終わりいよいよ周回軌道離脱の時が迫っていた。

「第3段ロケット、再点火!」

「点火確認! ロケット加速中! 速度、秒速10.845kmに到達。地球引力圏、離脱します!」

 再点火された三段目のロケットエンジンにより、二人を乗せた宇宙船はぐんぐん加速しながら高度を上げ、遂に地球引力圏を離脱した。

「エンジン停止。第3段ロケットを切り離し、外部カバーをパージ」

『こちら・マリア。第3段・ロケット・切り離し・成功! 続いて・カバーを・パージします』

 美神の指示によってカバーがパージされ、カオスと寒い国共同作製の司令船(機械船と一体型)と月着陸船が姿を現す。
 そして周回軌道を離脱した宇宙船は、このまま慣性航行に身を任せ月へと向かうのだ。
 さらにこの先、月に近付いたら姿勢制御を行い月の周回軌道に入らなければならない。
 これに失敗すれば、横島達は月を逸れて深宇宙へと飛び出してしまうのだ。

「取り敢えず、月に付くまでは順調にいきそうですね。しかし、地球があんなに小さくなっちまった。……小竜姫様とも暫くは通信でしか会えないなぁ……」

「あーら、横島君。恋人に会えなくて寂しいのは分かるけど、こんな美人と一緒だって言うのに何か不満があるの?」

「…えっ!? いやあ……美神さんが美人って言う事は異議無いっスけど、やっぱり恋人は別格じゃないっスか」

「あらそう。だったら、横島君の秘密のベールに隠された、普段の生活の事でも聞かせて貰おうかしら?」

「ははは……。それは勘弁してくださいよ。それより、俺達が着くまでは月神族に時間稼ぎを頼むしかないが、大丈夫っスかね?」

「上手く誤魔化したわね……。でもまあ、それ以外に方策がないんだから、しんどくてもやって貰うしかないわね」

 しかし、中の二人の様子は普段とあまり変わらない。
 横島は内心で月神族の朧や神無の事を心配はしていたが、とにかく月に到着しない限り自分ができる事はないと分かっていたから……。






「――現在、彼等は月へ向かうコース上にあります。正確な位置を申しますと…、え――」

 とある光に満ちた一室で、ジークは手を後ろに組んで緊張を隠せない態度でスクリーンに映る横島達のこれまでの経緯を報告していた。
 しかしその言葉は、茨の冠を頂いた光り輝く人影に遮られた。

『結構、要点だけわかればよろしい』

『一応、上手い事月へは行けそうみたいやな。どない思うキーやん』

『どうもこうもありませんね……。貴方のところのアシュタロスという人、こうなる前に抑えられなかったのですか?』

『ああいう連中は、わしとちごて宇宙を維持していく責任が無いさかいな――』

 ジークの正面に座る、光り輝く人にしか見えない存在と、やはり光り輝いているが6対の羽を持ち頭に2本の角を持つ存在が、何となく軽い口調で喋っている。
 しかしそれを聞いているジークは、緊張感でカチンコチンに固まりながら、早くこの部屋から解放されないかとそればかり考えていた。
 やがて……。

『もったいないこっちゃ……。ここまで生物と霊的エネルギーが進化して多様化した空間は滅多にないのにな。……ま、上手くいったらまた何ホールかまわりまひょ。ブッちゃんとアっちゃんにも、あんじょう言うといて!』

 そう親しげに告げると、羽を持った存在がフッと姿を消す。
 それを手を上げて見送るもう一方(キーやん)。

『貴方もご苦労でした。引き続き任務を遂行して下さい。小竜姫たちにも、そして横島君にもよろしく』

「はッ!」

 緊張して立っていたジークは、キーやんから労いの言葉を受け取ると敬礼をしながら瞬時に転移に入った。
 向こうの二人には何ら悪気もなく、キーやんに至ってはえらく気安く労いの言葉などかけてくるのだが、精神的なプレッシャーは凄まじいモノなのだ。
 そのためジークは、なぜキーやんほどの存在がわざわざ横島によろしく、等と言う事の異常さに気がつかなった……。
 その後、姉や小竜姫達が待つ管制室に戻って来たジークを労う者はいても、次回に役目を代わろうと言う者が1人としていなかった事からも、神と魔の最高指導者と相対する事がどれほど疲れる事か察せられるだろう。
 こうして、着々と決戦の時は近付いていった。






 ブ…ン!
 何者も動く者がいないはずの月面に、突然光が瞬く。
 そして、ややSFチックな衣装に身を包んだ美女の姿が浮かび上がった。
 美女はキッとした目つきで、前方の不気味で生物チックな構造物の上に佇んでいた人影を睨み付ける。

「私は―――月神族の女王・迦具夜姫……! 三度目の退去を命じます! 立ち去りなさいっ!!」

「またか……! 懲りない奴らだねえ!」

 迦具夜姫に気が付いた人影は、声のした方に顔を向け、呆れたような、バカにしたような口調で答える。
 僅かにムッとした表情を見せた迦具夜姫は、右手を前に出し部下を呼び出す事で人影の無礼に応えた。

「お行き……! 月警官たち!!」

 その言葉と共に、妙な仮面を着け黒い鶏冠が付いたようなヘルメットを被った一団が、手に片刃の長剣を握り飛び出す。
 そして迦具夜姫の命令に従って、ダッと駆け出し人影に襲いかかった。
 この一団は、迦具夜姫の治める月世界の治安を護る、月警官である。
 月神族は全員が女性なので、月警官も当然女性だ。
 それは胸部プロテクターに、胸の膨らみに対応するものがある事からも想像できる。

 迫ってくる月警官4人を眺めながら、対象となっている人影は悠然としていた。
 なぜなら、彼女にとって月警官など恐れる必要のない、脆弱な存在なのだから……。
 だが、人影――メドーサは掌から愛用の二股矛を取り出すと、構造物から飛び降り笑みを浮かべながら迎撃する。

「月は巨大な魔力の塊――。この衛星では空気の代わりに濃密な魔力が満ちあふれている…! 私達は今までこの1/100の魔力濃度で暮らしてたんだよ。つまり――あんた達とは鍛え方が違うんだよッ!!」

 元々、人界で強大な力を振るえるように調整されたメドーサである。
 彼女は南武グループの事件後、アシュタロスの許可を得て再調整を行い、若干魔力レベルを落とす代わりにさらに2ヶ月ほどの寿命を得たのだ。
 そしてその体質は、月という魔力に満ちた世界に身を置く事により、かなりの安定を見せるようになっていた。
 つまり、元々魔力濃度が薄い場所で無理矢理高出力を出せるように改造されたため、周囲の魔力濃度さえ上がればより魂と肉体に負担をかけずに活動できるのだ。

 ザシュッ! ビキッ! ドシュッ!

 すれ違い様に、アッという間に4人の月警官を叩き斬るメドーサ。
 技も、魔力(霊力)も、月神族とは桁が違う。
 月神族達では、メドーサの動きにすら付いていく事は難しいのだから……。

「くっ……」

 向かわせた月警官が、あまりにも呆気なく瞬時に倒されたのを見て、迦具夜姫はフッとその姿を消して逃亡した。
 文字通り、歯が立たないのだ。
 これ以上の戦闘は無意味であろう。
 戦場には斬り捨てられ屍となった月警官が残された。
 そんなモノに興味など持っていないメドーサは、二股矛を仕舞うとのんびりと相棒のベルゼブルが近寄ってくるのを待つのだった。



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