フェダーイン・横島

作:NK

第89話




「ではこちらの部屋をお使い下さい。私は外に控えていますから、何かあれば声をおかけ下さい」

「ありがとう、朧さん。じゃあ悪いけどグローブを取るのだけ手伝ってくれる?」

「はい、それくらいお安いご用です」

 美神は神無に、横島は朧に更衣室となる部屋まで案内されて来たが、美神はさっさと神無と共に部屋へと入っていた。
 横島としては、無論宇宙服の下にはアンダーウエアを着ているのだが、わざわざ朧に手伝って貰うのも気が引けるため外で待っていてくれるように頼んだのだ。
 宇宙服を脱ぐのに邪魔だったグローブを外して貰い(気密の関係で外すのが厄介)、ヘアバンドを預けて部屋へと入る。
 1人になると横島は即座に宇宙服を脱ぎ、小竜姫から貰い今では彼の標準装備となった甲冑を外していく。
 胴当てや脛当て、籠手等と結構なパーツがあるのだが、取り敢えず全部を部屋の片隅に並べる。
 そして再度宇宙服を着ると朧を呼んだ。

「朧さん、お願い」

 その声にすぐさま入ってくる朧。
 部下らしき女官に横島が外した甲冑を持っていかせる。

「横島さんはこの後どうされますか? 怪我や具合の悪いところはありませんか? 私、多少のヒーリングができますが」

「多分大丈夫だと思います。さっきメドーサの霊力吸収結界で霊力を奪われたけど、少し休ませて貰えば戻ると思うんで……」

「わかりました。そちらのベッドをお使い下さい。エネルギーの補充が終わり次第、これらの装備はお持ちしますので」

 そう言って、何やら意味ありげな眼差しをこちらに向けてきた朧に丁重に礼を言った横島は、ドサリとベッドにその身を横たえた。
 さすがの彼も、疲労を覚えていたのだ。

『ルシオラ……。漸く時間ができた。俺の霊気の流れやチャクラの状態をスキャンしてくれ。小竜姫は俺の身体に異常がないか頼む』

『わかったわ。任せてヨコシマ』

『あまり時間はありませんから、早速始めましょう』

 短い会話を交わし、横島はスッと瞼を落とす。
 短時間ではあるが、自分の状態をチェックし体力を回復させる機会を無駄にする気はなかったから……。



 30分後、エネルギーの補充を終えた装備を再び身に着け、今度は朧に手伝って貰いながらしっかりと宇宙服を着用した横島は、先程のメーターが沢山ある部屋に立っていた。
 1人で休んでいる間に、ルシオラと小竜姫の意識によって状態をチェックした横島だったが、何の異常も見つからなかったためホッと胸をなで下ろしていた。
 さらに、吸収された霊力もある程度回復し、霊力、竜気、魔力のバランスの厳密な再チューニングも完了して万全の体勢なのだ。
 今はスクリーンに映るヒドラの姿をジッと見詰めている。
 部屋には他に迦具夜姫と朧がいるが、美神と神無の姿は見えない。
 女性であるが故に、準備に色々手間取っているのだろう。

「意外と厄介な奴だな……」

『それに月の主権という問題もある。このまま一方的に俺達が事件を解決したら、神無や月警官達のプライドもあるだろうしな……。ああ、こういう事は面倒だ!』

 口に出した言葉とは別に、内心では今回の事件の落としどころを考えていた横島。
 本来、こんな事は考えなくても良い事なのだが、平行未来での特命課課長としての経験が余計な事まで考えさせてしまう。
 取り敢えず、神無達の出番というか、月神族もヒドラ殲滅戦に参加させた方が良いと判断する。 
 そんな事を横島が考えていると、神無を従えた美神が入ってきた。

「ゴメン、ちょっと準備に時間が掛かって……」

「いや、構いません。それより見てください」

 横島に促され、画像に眼を向ける美神。
 その表情が仕事用の真剣なモノへと変わる。

「成る程……。コイツってやっぱりアンテナね」

「ええ、こいつで月の魔力を地球のアシュタロスへ送るつもりみたいですね」

「まあ……! これを使って月の魔力を地球に……」

「ええ、こいつを破壊するのが、私達の最大の目的なのよ」

 全員が揃ったところで、迦具夜姫や朧達に我々の目的とアシュタロスの狙いを説明する。
 一応、この月での主権は月神族にあるのだから、横島達にも説明責任があるのだ。

「侵略者め、厚かましい!」

「メドーサを倒せばすぐに片づくと思ったけど、甘かったわね」

「これが地球上であれば、連続して戦っても良かったんですが、さすがに竜気がそこまで保たなかったですね」

 それまで黙って聞いていた神無が、忌々しそうに拳を握りしめて吐き捨てるように言い放つ。
 これまで多くの部下をメドーサやベルゼブルに殺されてきたため、侵略してきた魔族に対する憎しみが膨れ上がっているのだろう。
 頷きながら悔しそうに言う美神に同意し、ハイパー・モードの詳しい説明ができないために、一時撤退した理由をこれ幸いと誤魔化す横島。
 横島としても、本来ならあの場で決着をつけたかったのだ。

「あの火力じゃ、もう一度近付くのも難しいわ。私達を敵だって認識しているしね」

「既に根を張って魔力を蓄えているみたいで、俺の集束霊波砲もあまり効果がなかったですしね」

 先の戦いでの事実を述べる横島だが、今度は何ら障害がないため一気に全力を出して攻撃しようと考えていた。
 さすがのヒドラも、全力を出した横島の攻撃を食らえば、深刻なダメージを受けるのは間違いない。
 ルシオラの意識の計算でも、それは裏付けられている。

「悪いけど、某国「星の町」に通信を繋いでくれる?」

「はい」

 美神の要請に頷いた神無がパネルらしきものを操作すると、ビデオパネルが切り替わりジークの顔が映し出された。






「横島さん、美神さん、無事だったんですね!」

『今のところはね。それよりマリアと司令船は無事かしら?』

「はい、信号をキャッチしていますし、マリアとは定時通信も入っていますから、無事です」

『そう、よかったわ。それより敵の近距離からの映像を送るから、ヒャクメに分析して貰って弱点を探して欲しいの』

「はいはいなのねー。やってみますね」

 ジークを押しのけて画面に割り込んだヒャクメだが、すぐに真剣な表情になってメインの画面を見詰めた。
 その間、通常の通信は小さいサブ画面によって行われている。

「横島さん……どうですか、そちらは?」

『メドーサの霊力吸収結界のために、ちょっと霊気の流れが狂いましたが、さっきチェックしたら特に問題はありませんでした。もう霊力も回復しましたよ』

「そうですか、良かった。いよいよ最後の戦いですけど、無理しないでくださいね」

『ええ、でも任務は必ず果たします』

「はい。……無事に帰ってくるのをお待ちしています」

 だが……いきなり画面に現れた小竜姫によって、なぜか恋人達の甘い語らいとなってしまったのはご愛敬。
 その後、次々と人が代わって横島や美神と話している間も、ヒャクメは分析を続けていた。
 このところにしては珍しく、仕事熱心なヒャクメであった。

「あの――分析結果が出たんだけど、私が話してもいいかしら?」

 仲間はずれにされ、ちょっと拗ねが入った口調のヒャクメが咳払いと共に他の面々をどかす。
 さすがに気が咎めたのか、雪之丞やおキヌもヒャクメに席を譲る。

『ご苦労さん。で、ヒャクメ。あいつの弱点は?』

「側面は相応の装甲を持っていますねー。でもアンテナの鏡面がおそろしく脆いように見えます。あの中心を撃てば、一撃で殺せると思いますよ」

「そうか……! 厳重な警備はそれを警戒して…!」

 ヒャクメの分析結果を聞き、ワルキューレはアシュタロスが強化されたメドーサとベルゼブルを月に一緒に派遣した理由を悟った。
 ジークも姉の言葉に大きく頷いている。

「鏡面のかすかな凸凹がどんどん消えていくわ。全部きれいになったら送信する気ね。正確な時間の計算は……」

『予測時刻・1時間24分後!』

 計算しようとしたヒャクメの声を遮って、別のサブ画面からマリアの声が聞こえた。
 どうやら先程から静かだったが、こちらもいろいろ分析し計算していたようだ。

『オーケー! とにかくやるしかないわ! 超加速状態で突っ込めば、迎撃を躱せる事は実証済みだもの』

『美神さん、奴のビーム砲の射程距離は半端じゃありませんよ。いくらなんでも、奴の探知圏外から超加速に入ったら、俺でも辿り着く前に加速が切れますって』

「横島さんの言うとおりです。何か超高速で接近する別の方法を――」

 美神のいささか無茶な提案を窘める横島。
 小竜姫もそれに同意し、他の手段が必要な事を教える。
 ここは平行未来の記憶通り、迦具夜姫と“月の石船”の協力を仰がねばならなかった。



「それでしたら私が……!」

 横島達の通信を聞いていた迦具夜姫が、静かに申し出る。
 その落ち着いた表情と態度を見て、案外胆力があるんだな、等と呑気な事を考えてしまう横島だった。
 だが、大切な女王自らにそのような危険を冒させる事を、臣下であり月警官の長である神無としては黙視できようはずもない。

「姫! まさか“月の石船”を!?」

「ええ、あれなら相手の攻撃も躱せます」

 迦具夜姫の意図を悟り、血相を変えて迦具夜姫に詰め寄る神無。
 しかし、迦具夜姫は威厳に満ちた静かな声でそれを肯定してもせる。
 まるで何でもないのよ、と諭すように。

「しかし船を動かせるのは迦具夜姫だけ……! これは元々、地球の連中が持ち込んだトラブルです! それなのになぜ、姫がそのような危険を冒す必要があるのです?」

 神無の心配は迦具夜姫を護る者としては当然の考えであり、その姿勢は非難されるものではない。
 だが彼女は忘れていた。
 あくまで今回の事件の主体は月神族であり、主権は月側になるのだと言う事を……。
 今回の事件で、これまでのところ月神族は実質的にこれまで何もできなかった。
 護衛の魔族に攻撃を何度か仕掛けたが、ことごとく返り討ちに合い月警官の犠牲者を増やしただけ。
 ここでヒドラを倒すために自分達も参加すれば、月神族の力で侵略者を追い払ったと言う事も(無論、詭弁に近いが)可能なのだ。

 横島と小竜姫は、平行未来の経験からそういう事が下らない事ではあるが、政治的には軽視できないという事を知っている。
 今後も月神族が中立を保つためには、あくまで地球側は協力というか救援という形にしておくに超した事はない。
 だからこそ、あえて月の石舟の出動を促す方向に状況を持っていったのだ。
 迦具夜姫も、薄々ではあるがそんな二人の意図に気が付いていたため、渡りに舟とばかりに提案を行ったのだった。
 したがって、神無の発言に対しての返答は……。

「口を慎みなさい! これは元々月の問題なのですよ。私達が倒せなかった魔族を、この方達は倒しました。しかも彼等は侵略者である魔族とは無関係の人間ではありませんか! 人の身で我々の救援要請に応え、この死の世界に赴きあの強敵を倒したのです! これ程の知恵と勇気がありますか! 月神族は誇りにかけて、それに応えるべきでしょう…!」

「……! はッ…!」

 迦具夜姫に怒られ、その上本来自分の役目である月の治安を保てなかった事を思い知らされ、がっくりと項垂れてしまう神無。
 迦具夜姫の言うとおり、護衛の魔族がいなくなり、自分達にあの残った魔物を攻撃する手段がある以上、月の石舟を出すのが当たり前なのだ。
 月警官の長として、そんな初歩的な事に気が付かなかった自分を責める神無。
 俯きしょんぼりとした神無を、朧が慰めている姿が微笑ましかった。


「じゃあ美神さんは迦具夜姫と共に、月の石舟を使って攻撃をかけてください。俺は……相手にまだ隠し球があったときのことを考えて、そこの神無を連れて地上攻撃をかけられるよう待機します」

「なんですって!? ちょっと横島君、そんな事したら敵に発見されて集中攻撃をかけられるわよ!」

「大丈夫ですよ。あれから考えたんですけど、奴は超加速に入った俺達を探知できなかったんですから、文珠で『遮蔽』した俺達も探知できないんじゃないか、って思ったんですよ。それに、もし奴が探知できると分かれば、今度はこの部屋をイメージできるから、文珠を使った転移で逃げられますし」

「成る程、そういう策もあるか……」

「ええ、まあ地上からアンテナ中央部分を攻撃するのは難しいですが、攪乱ぐらいはできるでしょう。それに敵を攻撃する手段は多い方がいいでしょ? なあ、神無?」

「…あ? ……あ、ああ。無論だ」

 横島はそこまで説明するといきなり神無の方を向き、ニヤッと笑いながらいきなり話を振る。
 一瞬、神無は何のことだかわからなかったが、少し考えて横島が自分にも月警官として戦う機会を、部下の仇を取る機会を与えてくれるのだと言う事に気が付いた。
 決意を込めた瞳で頷いてみせる。
 尤も、横島がこのような支援攻撃を申し出たのには、もう一つの理由がある。
 それは、ヒドラの自己防衛システムが平行未来よりも強化されている可能性を考えたためだった。
 既に横島が色々とアシュタロスの行動を妨げていたため、敵がそれに対応してより高性能になっている可能性は決して低くないのだから……。

「迦具夜姫、いくら月の石舟がスピードが出るとは言え、彼奴の探知網を突破するだけの加速を得られるんですか?」

「生身の人間を乗せて大気圏への突入はできませんが、速度はあなた方の船より出ます。ただ、十分な加速を得るためには、月面を一周しなければなりません。そうすれば目標に十分な速度で接近できます」

「成る程、ではその分時間が掛かるわけですね」

「はい」

 既に作戦内容は確認するまでもないため、即座に行動を開始する一同。
 月の石舟は操縦を迦具夜姫、攻撃手に美神。
 地上攻撃は横島と神無。
 横島達はヒャクメと共に適切な出現位置を割り出すために先程の部屋に残り、美神と迦具夜姫、朧は神無の部下2名と共に地下格納庫へと降りていく。
 漸く舟に到着した時には、既に残り時間は40分程になっていた。

「すぐ出発しましょう。モタモタしているとアンテナが作動して、帰る地球が無くなっちゃう!」

「よろしい。後ろに乗ってください!」

 コックピットは1人乗りの設計のため、美神はその後ろにしがみつくような格好で乗る事になる。
 朧達の見ている前で、エンジンを始動させた月の石舟は、その船体をゆっくりと宙に浮かべいきなり加速すると前方に開いたゲートの中へと消えていった。

「姫……」

 見送っていた朧はそう呟くと、月警官達を即して外の状況を把握すべく、先程の部屋へと戻っていった。






「どうやら、文珠を使った遮蔽を探知するだけの能力は無いようだな」

「横島どの、本当に大丈夫なのか?」

 ヒドラまで100m程に接近した横島が、ニヤリと笑みを浮かべる。
 対して、一緒に付いてきた神無はどこか不安そうだ。
 横島は双文殊に『遮蔽』の文字を込めて、自分と神無の姿を不可視化し、さらに熱や霊波をも完全に遮断していた。
 尚かつ『飛翔』の双文殊を使って、月面に足跡すら残さない徹底振り。
 その代わり、神無をもその影響圏に入れるために手を繋いで一緒に宙を移動中という、ルシオラや小竜姫の無言のプレッシャーを感じざるを得ない状況ではあったが……。

「うーん、ここまで近付いても攻撃してこないんだから、一応大丈夫だろう。まあ、さすがに真上に出れば感知されるかもしれないけど……。さて、神無もこれを持って」

 神無をリラックスさせるつもりか、へラッとお気楽そうな笑みと共にまず『遮蔽』の文珠を手渡した。
 渡された物が一瞬何だか分からず、キョトンとした表情で横島を見返す神無。
 さすがの月神族も文珠を見た事はなかったようだ。
 そして、しげしげと渡された文珠を目の前に持っていき、凝視する。

「横島どの、これが文珠なのか……?」

「ああ、そう言えば実物を見るのは初めてだっけ? そう、これが文珠だ。これを持っていれば、コイツには探知されないだろう。この辺は砂地でもないから、足跡もできないしな。残る可能性は地面からの震動だけど、それも文珠である程度遮蔽できるはずだ」

「……凄い物なんだな……」

 感心したような表情で横島を見る神無。
 人間だという横島の奇蹟のような霊能力と、画面越しで僅かとはいえ見た魔族との戦いを思いだし、素直に感心しているのだ。

「後はこれだ」

 尊敬の眼差しで見ている神無に、そう言ってさらに数個の文珠を渡す。

「これは?」

「中に込めた文字は『惑』。これでコイツのセンサーは攪乱されて、一時的に殆どの探査機能を失う。計算通りなら後数分で石舟が攻撃圏に接近する。大丈夫だとは思うが、念のためだ。後はこれ、『爆』。危ないと思ったら投げつけて、“爆発しろ”と念じるんだ。そうすれば強力な爆弾になる」

「横島どのはどうするのだ?」

「俺は同じ『惑』の文珠を神無さんと反対側に置く。この『惑』の文珠でコイツの四方を固め、完全にコイツの探知機能を妨害するんだ」

「わかった。私は横島どのと反対側の2カ所に文珠を置けばいいんだな?」

「ああ、それじゃ始めようか。迦具夜姫と美神さんが来てからじゃ、間抜けだもんな」

 その言葉を合図に、横島と神無は二手に分かれて作業に入った。



「後どのくらい!?」

「数分で目標に到達します。銃の用意を……!」

 大気がないため摩擦や空気抵抗はないものの、凄まじいスピードで飛行中の石舟にしがみついている美神はかなり大変だった。
 しかし、その苦労も後数分で終わるのだ。
 それに、万が一アクシデントがあっても、横島達が控えている。

「チャンスは一度だけよ! 外さないでください!」

「まかせて! 発射地点で超加速すれば外しっこないわ!」

 超高速で接近中の美神達であったが、次の瞬間息を呑む。
 彼女たちの行く手から、眩いばかりの光の柱が立ち上ったのだ。
 それは、地球のアシュタロスへと送られる魔力エネルギー。
 遂に試射がはじまったのだ。

「始まったわね……」

 思わず唾を飲み込んだ美神は、この一撃が最後のチャンスなのだと自分に言い聞かせるのだった。



『乱反射面、修正完了! 魔力エネルギー充填99%! 試射ヲ開始……!』

 ヴヴヴヴヴ……!

 ヒドラの各所から光が迸り、アンテナ鏡面上に凄まじい光とエネルギーが集まっていく。
 それは膨大な魔力。

「……な、何だ!? ちっ、予想より試射の開始が早かったってことか。どうやら防衛システムは大して変わらなかったみたいだが、エネルギー発射システムは俺の記憶よりかなり速く撃てるように改良したみたいだな。保険をかけておいて良かったってことか……。ならばちょっと危険だけど、邪魔するか」

 唸りだし、発射態勢に入ったヒドラに気が付いた横島は、舌打ちをすると少しでも送るエネルギーを少なくするために攻撃をかける決意をする。
 こうなると神無を連れてきた事は失敗だった、と悔やむがそれも一瞬の事だった。

『ハイパー・モードで一気に側面から打撃を与えるか。さすがにあのエネルギービームを浴びたら、俺なんて消滅しちまうもんな』

 そう心の中で思うと、スッと飛竜を取り出す。
 そしてチャクラを全開にし、心を一つに……。
 だがそれを行う事は取り敢えずできなかった。
 作業を終えた神無が駆け寄ってきたのだ。

「横島どの! これは一体?」

「神無、どうやら予想よりも早く試射を開始するみたいだ。俺は美神さん達を待たずに攻撃をかけて、少しでも試射を妨害する。神無はどうする?」

「む、無論私も戦う!」

「わかった。じゃあ俺がこのデカぶつの外殻を破壊するから、そうしたら傷口にさっき渡した『爆』の文珠を投げ入れるんだ。できるか?」

「投げれば良いんだな? わかった、任せてくれ!」

「OK。じゃあ俺は、ちょっと全力を出す準備をするから、少し待っていてくれ」

 横島の真剣な表情を見て、神無はコクリと頷くと少しだけ横にずれる。
 それを確認して、スッと表情を消す横島。

 ドウッ!!

 そして遂にヒドラから、魔力がエネルギービームとして地球目掛けて発射された。
 その姿をチラリと見上げると、即座に目を瞑る。

『さあ、行こうかルシオラ、小竜姫』

『ええ!』

『はい!』

「神・魔・共鳴!」

 ドンッ!!

「す……凄い」

 一気に横島の霊力が跳ね上がり、身体の隅々まで力が満ちていく。
 愛する二人と、心が一つになっていくのを感じ、横島は満ち足りた想いにその身を委ねそうになるが、自分の為すべき事を想起してカッと眼を見開いた。
 そして『遮蔽』の文珠を解除する。
 横島の全開の霊力を至近距離で浴びたため、呆気にとられていた神無だったが、横島が飛竜を構えるのを見て自分も文珠をいつでも投げられるように右手に握る。

『……敵ヲ至近距離デ確認! 直チニ排除ニ移ル!!』

 至近距離から立ち上った強力な霊力に、自己防衛プログラムを作動させるヒドラ。
 だがその行動は、既に満を持して攻撃準備を終えていた横島より、一瞬遅かった。

「発ッ!!」

 横島の飛竜が光り輝き、十文字の霊力切断波がヒドラの側面に音もなく突き刺さり、外殻を切断しさらに組織内部へと食い込んでいく。
 横島の念法奥義「蛍光十字裂斬」である。

『グオオオォォォォオッ!!』

 かなりの深手を負ったのだろう。
 だが、本体に関係なく自己防衛プログラムは作動し、次々と攻撃腕が生えて横島を殲滅せんと狙いを定める。

「よし、今だ神無!」

「たあっ!」

 ……ピカッ!!

 しかし横島達も、ヒドラの反撃を黙って待つわけもなく、蛍光十字裂斬が決まるとすぐに神無が『爆』の文珠を大きく裂けた傷口へと放り投げる。
 そして傷口の奥で閃光と共に火球が生まれ、肉片が吹き飛び広がった傷口はまるでザクロが弾けたようだった。
 爆発の影響はアンテナ鏡面にまで及び、外縁部の一部が内部からの爆発で損傷してしまう。
 それが原因で突如、迸るように伸びていたエネルギービームが消失し、ヒドラが身体を痛みと苦悶で震わせた。

『グウゥゥゥゥッ…………』

「取り敢えず追撃できないようにして撤退するか……。蛍光裂斬!」

 ヒドラの苦悶の思念波を感じ、ビームが途絶えたのを見た横島は、目的を達した事を悟る。
 この上は、一刻も早く神無を連れて無事撤退しなければならない。
 その意志を言葉で現すと共に、霊力を練り上げて飛竜に込め、やや上を向かせ横薙ぎに一閃する。
 発せられた切断霊波は、横島を攻撃しようと振り上げられた複数の腕を一瞬で切断してのけた。

「よし、これで十分だ。文珠!」

 神無と共に後ろに跳躍し距離を取った横島が、神無と共にバラ撒いた『惑』の文珠を起動させた。
 その効果はたちどころに現れ、ヒドラは近くにいる横島の姿を完全にロストしてしまう。

『グググ……。目標ガ消エタ…? 今ノウチニ自己修復ヲ……』

 その隙を突いて、横島はさらに『転移』の文珠を発動させ、二人揃って鮮やかな撤退を果たしたのだった。






 ―寒い国・星の町―

「エネルギーを送り出した……!」

「着信地点はわかるか? そこに敵のボスもいるはずだ!!」

 正面のメインスクリーンに映し出される、月から地球へと伸びる光の線。
 衛星軌道上に待機しているマリアからのリアルタイム映像だ。
 その様子を見て呟いたヒャクメに、ジークが軍人らしく自らの職務を遂行する。
 試射とはえ、敵にエネルギー照射を許した以上、可能な限り敵根拠地に関する情報を掴んでおかなければならない。

「南米付近と言うところまではわかるけど……正確な座標の特定は不可能だわ!」

「くそッ!! 本送信を始めたら防ぐ手だてはない……!」

「先生や美神殿は失敗したのでござるか!?」

「いや、まだわからないわ、シロちゃん……」

「そうじゃ、見ろ! 敵のエネルギー照射が急に止まったぞい」

 敵基地の位置を割り出そうと尽力しているヒャクメとジークを余所に、横島と美神の身を案じるシロやおキヌ。
 そんな中、なぜか妙に冷静なドクター・カオスの声が響き渡る。
 カオスの指摘通り、スクリーンに移っていた光線が唐突に途絶えたのだ。

「まだ10秒ぐらいしか照射していないわ! 計算では20秒程度照射すると推定されていたのに……」

「美神の攻撃が成功したのか!?」

「いえ、計算では後20秒後に直上を通過予定です」

 ヒャクメが真剣な表情で、いきなり途絶えたエネルギー照射について分析を行いながら叫ぶ。
 自分の計算が間違っていないか、再計算を行っているのだ。
 ワルキューレがもしや、と希望的な見解を口にするが、石舟の動きをシミュレートしトレースしていたジークによってその考えは即座に否定される。

「じゃあ……」

「ええ、きっと横島さんの地上攻撃が、あの魔物に大きなダメージを与えたんだわ!」

 美神が未だ攻撃に入っていないと確認したヒャクメが、照射停止の原因を思いつき言葉を発しかける。
 その言葉を受けるかのように、小竜姫が顔を綻ばせて、握った拳を胸の前に上げて歓喜の声を上げた。
 小竜姫は横島からこの作戦に入る前、ある程度自分の記憶に沿って事態を推移させるため、試射はさせるが送らせるエネルギー量は半分以下にすると伝えていたから……。

『横島さん……私に言ってくれたように、以前よりすっと少ないエネルギー照射で食い止めてくれましたね。お疲れさまでした……』

 さすがにこの場で、口に出して言う事が出来ない小竜姫は、眼を閉じて心の中で想い人に労いの言葉を掛ける。
 だがこれで終わったわけではない。
 まだヒドラ自体は死んだわけではない。

「さあ、いよいよ止めです。頑張って、美神さん」

 横島の後を受けて攻撃をかける美神に、自分が何もできない事をもどかしく思いながらも、声援を送る小竜姫だった。






「見えた!! 10秒で直上を通過します! 攻撃を……!!」

「了解っ!! 超加速!!」

 途端に、周囲の物の動きが全て遅く感じられる。
 いつもであればほぼ停まって見えるのだが、現在は超高速で飛んでいるため、石舟自体は車で安全運転をしているぐらいの動きとなっていた。

 ボヒュ! ボヒュ! ボヒュ!

 石舟の上で膝射(ニーリング)の構えを取り、狙いを付けて3回引き金を引いた。
 発射された精霊石弾は、慣性の法則により飛び出した時には石舟よりも速い速度を得る事ができる。
 弾はゆっくりと、でも確実にヒドラの鏡面中心を目掛けて飛んでいく。
 さすがのヒドラも、超高速で飛来する小さなライフル弾を探知し迎撃する事は不可能に近い上、今は横島の『惑』の文珠によって探知システムを狂わされているのだ。
 気が付いたとしても手の打ちようがない、というのが正解かもしれない。

 しかも、横島や小竜姫の知っている平行未来のように、メドーサが生きていて妨害するわけでもない。
 よって、横島や小竜姫にとって今回の作戦の成功率は、かなり高いものとなっていたのだ。
 勿論、そんな状況であっても、横島も小竜姫も微塵も油断はしていなかったが……。

「よしッ! 全弾命中だわ!」

 発車後も超加速を解かず、撃った弾の行方を眼で追っていた美神は、3発の弾丸が吸い込まれるようにヒドラの鏡面中心へと突き進んでいくのを確認し、思わずガッツポーズを取る。
 そして即座に石舟にしっかりと掴まると、超加速を解いた。

 ピッ…! グワッ!!

 石舟がヒドラの上空に達する直前、精霊積弾が鏡面中心付近に命中したヒドラは、側面の防御力が嘘のように脆くも大爆発を起こして粉々に吹き飛んだのだった。
 尤も、音のない世界故に閃光と共に火球が生じ、破片が凄い勢いで飛び散っていくだけで、何とも静かなものではあったが……。

「これで任務は終了ね。帰りましょう、迦具夜姫」

「そうですね、減速し月神族の城へと戻りましょう」

 既に横島と神無も戻っているだろう。
 ホッと溜息を吐いた美神は、今回の仕事が完全に終わったという安心感に浸っていた。
 後は無事生きて地球に降り立つだけなのだが、今一宇宙旅行の安全性を信用できない美神は、数日とは言え暗黒の宇宙空間を航行する事を取り敢えず頭の中から追い出す。
 今は仕事を成功させた喜びだけを感じていたかったから……。






『ご苦労でした、横島さんに美神さん。今回のミッションは無事終了です。後は無事地球に戻って来てください』

『お二人は地球を守りきったのです。ありがとうございました』

「月神族の協力があったから、最後も上手くいっただけさ」

「私も月旅行なんて得難い経験をしたけど、あんな狭い宇宙船に何日も閉じこめられるなんてもうこりごりよ。早く帰ってフカフカのベッドで寝たいわ」

 メーターだらけの部屋で地球との交信を行い、アシュタロス配下の魔族の殲滅と任務の完了を報告する。
 その報告に、心からの感謝を込めるジークと、感謝だけではなく安堵が感じられる口調の小竜姫。
 そんな二人に、こちらも軽い口調で答える横島達であった。
 既に地球上でも映像を通して見ていたため、交わされる言葉もどこか余裕が感じられる。

『横島さん、早く帰ってきてくださいね』

「そのつもりですけど、竜神の装具へのエネルギー補充もありますし、少し休んで体力も戻さないと……。でも、なるべく早く帰りますよ、小竜姫様」

『……はい、お待ちしています』

「帰ったら、どこか遊びに行きましょうか、小竜姫様?」

『えっ!? 本当ですか?』

 公式の連絡が終わると、即座に小竜姫が通信機の前に陣取り、再び横島とピンク色の雰囲気を醸し出して語らいを始めてしまう。
 どうやら、ずっと実際には会えないために少しだけ甘えモードになっているようだ。
 それを察している横島も、いつもより優しい口調で機嫌を直すような提案をしている。
 デートのお誘いを切っ掛けとし、その後も何やら場違いとも感じられる甘ったるい会話が続く。
 
『……わかりました。楽しみにしています』

『話が終わったんなら、俺にも話させてくれよ。よお、さすがだったな横島。やっぱりお前は凄いぜ』

『帰ってきたら、また修行をお願いしますわ』

『先生、お土産はないのでござるか?』

 だが、そんな二人に遠慮無く、話が一段落したと見るや否や、弟子達も通信に割り込んできた。
 内心で怒っている小竜姫の事を考えつつ、苦笑しながらそれに応える横島。
 見れば、その横で美神もおキヌとプライベートな会話を楽しんでいた。

 こうして今回の作戦は一応の終わりを告げた。
 翌日、前夜に月神族より歓迎と慰労の宴が催され、1日だけ月でのんびりとした横島と美神は、マリアの乗る司令船に無事回収され地球へと向かう。
 実に、アポロ17号以来の月の大地を踏みしめるという、ある意味偉業を成し遂げた3人(横島、美神、マリア)は段々と大きくなってくる地球を眺めながら、既に帰った後の事に思いを馳せるのだった。



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