フェダーイン・横島
作:NK
第90話
『しいぃぃ…で………まる……ぁ……。……死んでぇぇぇぇぇたまるかあぁぁぁぁぁ!!』
・
・
・
『こ……ころふ……。よ…よこ…ひま……かならふ…ころふうう……。まら…まらひねぬ……』
・
・
・
『ほのまま……では……ひへて……消えてしまうぅぅ……』
暗闇の中に響き渡る、全てを呪うようなおどろおどろしい声。
それは黒き怨念……。
死に際に現世に深い恨みを残した者の、それこそ魂をかけた強固な意志。
ヒトの身であっても、深く昏い想いは怨念として生きる人々に災いを為す。
それは怨霊と呼ばれ、それを祓うのが普通のGSと呼ばれる人々の仕事だ。
だが……怨霊は何も人間の霊魂だけが堕ちる存在ではない。
生前、強力な霊力や魔力を持った存在であれば、何か適当なコアがあれば特に強力な怨霊として現世に存在する事ができるだろう。
そう。平安時代にアシュタロスが造り上げた、菅原道真の怨霊のように……。
『……こ…こえは………ひから……ちから……力だあぁぁぁ!!』
既に何の力も持たない残留思念程度になっていたその存在は、近くに落ちていた強力な魔力を内包する破片(組織片)に意識の触手を伸ばし、必死に縋り付く。
自らの力を失った“コレ”は、この地に満ち満ちた濃密な魔力のおかげで、消滅する事を免れていたのだ。
そして今、自らの核(コア)となるべく物体が降り注いで来た好機を逃すまいと、残滓に過ぎなかった怨念を燃え上がらせていた。
『うぐうぅぅぅ……駄目か。元の形態を取るには……幽体が壊れすぎた…みたいだな』
月の大地に転がったヒドラの霊波片に、黒い霧のようなものがまとわりつき、さらに近くの霊波片を引き寄せていく。
暫くすると昏く淀んだガスの塊が、何となく人の顔のように整い始めた。
それは……憎悪の色をその瞳に湛え、裂けた口から牙を覗かせた女の顔……。
横島に三度敗れて消滅したはずの、若返ったメドーサの顔に見えた。
歪んだ顔の張り付いた、どす黒い炎のような瘴気の塊。
空気が存在しない月にいるにもかかわらず、ユラユラと瘴気がたなびく様は、まるでヘビの髪を逆立てたギリシア神話に語り継がれるメデューサの生首のようだった。
それが、地獄の底から自力で這い上がってきた、今のメドーサの本体。
『……まあ仕方がないか。既に私の霊基構造は破壊され、元の形態を取るには量が足りなさすぎる。現世に意志を持って留まっているだけでも、常識外な筈だからねぇ……』
そう、本来であれば平行未来のルシオラのように、復活のために十分な霊破片が集まらなければ、このように意志を持った状態でいられるはずもない。
メドーサの怨念が消え去らなかったのは、そしてこのような形であるにせよ復活できたのは、ここが濃い魔力で覆われた月であったため。
そして、たまたま近くに飛び散った、アシュタロスに送るべく掻き集めた月の魔力で満ち満ちたヒドラの破片をコアにできた事。
そんな二つの要因が、メドーサの怨念を現世に留まらせ、再び横島に復讐をする機会を与えたのだ。
『今の状態では……とても横島と正面切って戦う事なんてできやしない。あの霊刀を振るわれたら、問答無用で浄化されちまうのがオチだね。さて、どうやって奴を地獄の道連れにしてやろうか……』
暫し考えに没頭したメドーサの怨霊だったが、不意に何かを思いついたように空を見上げた。
確か……自分とベルゼブルが乗ってきた宇宙船がまだ周回軌道上を廻っているはずだ。
『……そうさね。何もアタシが直接戦わなくても、奴らを倒す方法があるじゃない。そう、ここは宇宙なんだし……。フフフフ……』
黒い瘴気の炎を揺らせながら、何やら嬉しそうに顔全体を揺らすメドーサ。
それは横島達が月神族の城で戦いの疲れを癒し、マリアの操縦する司令船に乗り移った時刻とほぼ同じ頃。
そして月に発生した魔力の歪みは、蝋燭の火が吹き消えるかのように揺らめき消失した。
「やっぱりこれぐらい地球が大きく見えないと駄目よね。やっと自宅に帰れるわ」
「再突入回廊へのコースに入ってますから、後数十分で大気圏突入です。海面に着水するまでは、何が起こるか分からないので気が抜けないですけどね」
『コース・異常なし。大気圏突入と・同時に・通信を含めた・一切の連絡が・途絶えます』
外部ユニットとして接続されているマリアから、全て順調との連絡を受けて計器から眼を離し、蒼く輝く地球を眺める横島。
その眼差しは優しく、全てに満足しきった老人のように穏やかだった。
『地球か……。何もかも皆…懐かしい……』
『…………』
悟りを開きたような表情で地球を眺めながら、横島は本当に満足しきったと言わんばかりに、心の中で某アニメ最終回での感動的な台詞を呟いていた。
そんな横島に、一瞬どう対処して良いか分からずに黙ってしまう二人。
しかし……。
『……何を悦に浸ってるの、ヨコシマ?』
『何を言う、ルシオラ! 今回の仕事を引き受けた時から、必ず地球に戻る際にはこの台詞を言おうと決めていたんだぞ!』
『……そ、そうだったの……。でも、それってどこかで聞いた台詞だし、やっぱり横になってないと……』
『私もそんな気がします、忠夫さん。それに、やっぱり写真を忘れちゃ駄目ですよ……』
無論、立ち直るや否や即座にルシオラから突っ込みを入れられる。
そんなルシオラに、珍しく強い口調で反論する横島。
何やら、その台詞に思い入れがあるのだろう。
だが、ルシオラと小竜姫の意識に、思いっきりパクリである事を指摘され、さらに演出不足にまで言及されてしまう。
この辺、この二人も横島と夫婦だった経験から、妙にノリが良かった。
『うっ……! だが、この光景を見た感動を表す言葉は、これしか思いつかなかったんや――!』
『何だか……精神年齢が下がってるわよ、ヨコシマ……』
『まあまあ、偶には忠夫さんも童心に帰る事もありますから……』
心の底からの叫び声を聞きながら、ジト眼で告げるルシオラと、そんな彼女を宥めつつ横島を慰める小竜姫。
『うふふ……。小竜姫さんの言うとおり、偶にはそんなヨコシマも良いかな……』
『ええ、どうであっても忠夫さんは忠夫さんですから……』
結局、最後は妙に和やかな雰囲気に落ち着いてしまう3人だが、これを肉体を持ってやっていれば文字通りバカップル(3人だとカップルではないが)の出来上がりである。
横にいる美神から、思いっきり突っ込みがあるかもしれないが、幸いにも精神世界でやっている限り余人に知られる事はない。つまりは無害である。
まあ、ヒャクメは聞く事ができるだろうが……。
しかし、そんなピンク色の時間も長くは続かなかった。
『警告! 船籍不明の・宇宙船が・当船に接近中!』
いきなりコックピットに響くマリアの声。
その予想外の言葉に、美神は思わず窓へと眼を向けるが、角度的な問題で接近中の宇宙船を見る事はできなかった。
「ハッチから外に顔を出さないと見えませんよ、美神さん」
「そ、そうね」
その声で現実へと戻って来た横島は、何やら嫌な予感を覚えて美神を促しハッチへと急ぐ。
そして、ハッチから身を乗り出した二人の眼に飛び込んできたものは……、星条旗の国がかつてアポロ計画で使用していたのと同じタイプの宇宙船だった。
「マリア! あの宇宙船の進路は?」
『本船の・再突入コースを・塞ぐように・進んで・います。このままでは・後15分後に・衝突・します』
「な、何ですって!?」
「もう、本船の姿勢制御用燃料も残り少ない。一旦コースを大幅に変えたら、元の進路に戻せないかもしれない。一旦、再突入を諦めてもう一周するか?」
「マリア! 地上管制センターに連絡!」
『イエス! ミス・美神』
一方、寒い国の星の町でもこの異変をキャッチして大騒ぎとなっていた。
「所属不明の宇宙船が、横島さん達の宇宙船に接近中!」
「まずいのう……。このままでは衝突じゃし、避けようと思えば再突入コースを外れてしまうぞい」
「…っ! そんな事になったら……」
「そうじゃ。大気圏で船が燃え尽き、爆発して終わりじゃ」
妙に冷静なドクター・カオスの言葉に青ざめる一同。
何しろ、距離がありすぎて小竜姫もヒャクメも、ジークもワルキューレも何もできないのだ。
「あの宇宙船は一体どこから現れたの!?」
「まさかとは思うが、人間の打ち上げた宇宙船がこの時期あったのか?」
小竜姫の悲鳴のような言葉に被さり、ワルキューレも少し狼狽えた声でジークに尋ねる。
「……い、いえ。今地球の周回軌道上には、どの国も宇宙船を打ち上げてはいません」
「じゃあ……ま、まさか、メドーサ達が乗っていた宇宙船?」
「そうみたいなのねー。今計算したら、あの宇宙船は月の方向から航行してきたみたいよ」
「えっ!? それじゃあ、あの宇宙船には魔族が乗ってるんですか?」
小竜姫の予測を裏付ける発言をしたヒャクメの言葉を聞き、それまで完全に蚊帳の外だったおキヌが狼狽した表情で尋ねた。
もしそうなら、大気圏突入直前に戦闘が繰り広げられる。
一歩間違えて宇宙船から離れれば、再突入の摩擦熱で燃え尽きてしまう危険性が高い。
「いくら横島だって、この状況じゃあ打てる策は少ないぞ」
「ええ、タイミングが悪すぎますわ」
「拙者、何もできないでござる……」
そして、何もできない3人の弟子達も青ざめた表情でスクリーンを見詰める。
そこには、横島が乗った宇宙船と、謎の宇宙船の予想コースが表示されている。
進路を表す線が見事に交差しており、そのポイントに向け宇宙船の位置を示す光点が粛々と進んでいく。
「ヒャクメ! あの宇宙船には誰が乗ってるの!?」
「ちょっと待って! いくらなんでも距離がありすぎるのよ……」
小竜姫に言われるまでもなく、ヒャクメは先程からジッと上を眺めていた。
それは遙かな距離を通して、静かに惨劇を引き起こそうとしている宇宙船へと、全ての感覚器官の焦点を合わせる姿だった……。
「どうすればいいの、横島君? ……横島君?」
切羽詰まった表情で横島に声をかけた美神だったが、なぜか横島は沈黙を守っていた。
怪訝そうに振り向くと、ジッと眼を凝らして接近中の宇宙船を見詰める横島の姿が眼に入る。
そして、彼があの宇宙船を霊視しているのだと気が付いた美神は、暫し口を噤み霊査の結果が出るのを待った。
「……ちっ! そうか、そう言う事か……」
「横島君、何かわかったの?」
視線を外して舌打ちする横島を見て、美神は彼が現状の真相を掴んだのだと判断し、覗き込むように尋ねる。
そんな美神に顔を向けると、横島はわかった事を話し始めた。
「あの宇宙船には実体を持った存在は乗っていません。所謂幽霊船です」
「幽霊船? あれが?」
「ええ、俺も迂闊でしたよ。月が地球の100倍魔力濃度が濃いって事を軽視してました。あの宇宙船には、メドーサの怨霊が憑依してるんです」
「ええっ!? メドーサの怨霊!? 魔族のくせに怨霊になったっていうの?」
迫り来る危機を忘れ、一瞬唖然とした表情を見せる美神。
それはそうだろう。
中級魔族のメドーサが、まさか怨霊になるなど誰1人として想像していなかったのだから……。
「俺も信じられない気分ですけどね……。でも霊視ゴーグルで見れば、美神さんも納得せざるを得ませんよ」
「へえ……。まあ横島君がそう言うのなら、事実なんでしょうけど……」
呆れたように言う横島に、頭では納得したものの感情的に受け入れたくないという雰囲気の美神。
だが、美神もいつまでも惚けているわけではない。
即座に現状を思いだし、横島に真剣な表情で尋ねかける。
「それで……問題はどうやって無事地上に戻るかよね。残り時間は後10分ぐらいよ」
「いや……そんなに時間的な余裕はないでしょう。あの宇宙船がメドーサに操られているとなると、俺達を殺すのに別に衝突させる必要はないですからね」
「メドーサの怨霊ですって!?」
「何と……。凄まじい執念だな。それ程横島が憎いのか……」
「間違いないわ。あの宇宙船にはメドーサの怨霊が憑依してるのねー」
横島が接近中の宇宙船に巣くう敵の正体を突き止めた頃、地上の面々もヒャクメからそれを聞かされ驚愕していた。
彼等の常識では、メドーサは月面で美神の放った精霊石弾に貫かれ、確かに死んだはずなのだから。
「どうやら月の濃厚な魔力と、吹き飛んだアンテナ状の魔物の破片を中核にして、自身の怨念を宿らせ復活したみたいですね」
「ジークの言うとおりなのね。元のメドーサのように強力な技は使えないけど、エネルギー量だけは大きいわ」
「アシュタロスへ送ろうとして溜め込んだ魔力は、おそらく膨大な量だったでしょうから、破片とはいえかなり大量の魔力を持っていたということですか……」
だが、続けてジークが語った推定を聞き、ヒャクメのフォローもあったため、小竜姫とワルキューレも納得せざるを得なかった。
魔族が怨霊化するという事は、可能性としてもかなり低い確率だが、それでもゼロではないのだから……。
「しかし……そうなるとまずいのう……」
「あん? どういうことだ、カオスのおっさん?」
神魔族の喧噪とは対照的に、それまで黙ってスクリーンを眺めながら、何やら考えていたカオスの呟きを耳にした雪之丞が尋ねる。
そんな二人の会話は決して大きな声ではなかったのだが、周囲の注目を集めるには十分な内容だった。
「いやのう、今小僧達がいるのは宇宙空間じゃからな。別にメドーサの奴は、自分の宇宙船を体当たりなんぞさせんでも、横島達の宇宙船を破壊できるんじゃ」
「「「……?」」」
この場で、科学的知識に関してドクター・カオスに勝る者はいない。
故に、それだけの説明では誰も理解する事ができなかった。
「知っての通り、宇宙空間では空気抵抗はないからの。もし近付いたところで宇宙船を自爆させれば、慣性の法則で凄まじいスピードで金属片が襲いかかる筈じゃ。あの宇宙船は戦車や戦艦と違って、装甲板も無いし、防御用のエネルギーシールドみたいなモンも持っとらん。じゃから、襲いかかってくる破片で船体が破損してしまうじゃろう」
「えっ!? それじゃあ、気密が破れてしまうし、被弾具合によっては大気圏再突入自体が無理じゃないですか?」
「うむ、お主の言うとおりじゃ。更に言えば、多数の破片がそんなスピードで衝突したら、それによって進路が変更されてしまい、再突入回廊から外れてしまうわい」
カオスの言うとおりだった。
宇宙空間では、本来銃を撃っただけでも、その反動で発射された弾丸とは逆向きのベクトルを与えられ、望まぬ宇宙飛行を強いられてしまう。
しかも大きくコースを外れた場合、残り少ない宇宙船の残存燃料では元のコースに戻れない可能性が高い。
それに加え、破片によって宇宙船が損傷を受けてしまえば、地球帰還など絶望的になってしまう。
「……ちょっと待てください!! それって凄くヤバイんじゃありませんか!?」
「だからマズイと言っておろうが! まあ、小僧の事じゃから……そのぐらい気が付いているじゃろうがな」
それまで会話に参加していなかった九能市が、漸く事の真相を理解し絶叫した。
事態はカオスを除く面々が想像していた以上に深刻だったのだ。
その言葉に、さっきからそう言っておろうが、と溜息を吐きながら応えるカオス。
まあ、カオスから見れば当たり前の事だった。
「では……残された対応策は一つですね」
「ああ、コレ以上近付かせないうちにメドーサの怨霊を倒し、宇宙船の進路を変えるしかない」
「そうでなければ、横島さん達は地上に帰って来られない……」
小竜姫の言葉を受けて、ワルキューレが厳かに解決方法を告げる。
その言葉通り、いよいよ月からの依頼に関する最後の戦いが幕を開けようとしていた。
「今説明したとおり、これ以上あの宇宙船を近付けるわけにはいかない。俺が出ます」
「理由は分かったけど……。でも、1人で大丈夫なの?」
「多分ね。一応、中級神族並の霊力を持ってますし、俺には文珠もありますからね。いざとなっても死にはしないでしょ」
「…………そう、わかったわ。確かに横島君の説明通り、なるべく遠くで処理しないといけないものね。だから……死ぬんじゃないわよ」
カオスが地上で小竜姫達に説明した事と同じ内容を美神に説明した横島は、美神の言葉を背に受けてその身を宇宙空間へと躍らせる。
しかも戦闘になるため、命綱も付けていない。
背中のバックパックに接続された空間移動用のバーニアが煌めき、方向を定めると一度だけ脚部のスラスターも使って加速し、敵宇宙船目掛けて接近する。
既に右手には飛竜が握られていた。
『まさか、また大気圏突入間際に戦う羽目になるとはな……』
『本当だわ。重力に捕まらないように気を付けてねヨコシマ。いくら貴方でも、生身での大気圏突入は相当負荷がかかるわ』
『ルシオラさんの言うとおりです。私も二度とあんな心配はしたくありません』
『ああ、俺だってゴメンだよ。だが、万が一を考えなきゃならないからな。一応、そうなった時の対応策も考えてはある。まずはメドーサを何とかしよう』
横島の言葉に、二人の意識も同意する。
今は目の前の敵を倒す事に集中しなければならない。
『とは言ったものの……なるべく破壊するわけにはいかないから、まずメドーサの怨霊を祓って内部に入り、進路を変えないといけないんだよな』
どんどん大きく見えるようになってくる宇宙船を見据えながら、内心でごちる横島。
破壊するのであれば、この距離から最大出力の集束霊波砲を撃つか、『爆』の文珠を放てばいいのだ。
既に10秒程のエンジン噴射によって、メドーサの宇宙船は美神とマリアの乗る宇宙船を遥かに上回る速度まで加速していた。
あまり時間的な猶予はない。
『そうね。側面に廻り込んで、出力を抑えた霊波砲を使ったエネルギー反動による強制針路変更は、メドーサの怨霊が健在な限り防がれちゃうでしょうし……』
『あの状態では細かい技は使えないでしょうけど、ほぼ全力で魔力を放出できますから、とにかく消滅させるしかないでしょう』
『そうだな。ともかくある程度接近しないとどうにもならない。来たぞ!』
戦闘方針を決めかねている横島の事を察し、ルシオラと小竜姫の意識も声をかけるが、まずはメドーサを祓わなければどうにもならない、という事実は変えられない。
霊力を使った攻撃では、メドーサに防がれてしまうだろうから。
まずは小手調べの攻撃をかけようとした横島だが、先手を取ったのはメドーサだった。
黒い瘴気の濁流が、もの凄い速度で接近してくる。
それは横島を迎撃するために、メドーサが放った魔力(既に魔闘気というレベル)だ。
即座にサイキックソーサーを作り出し、集束した瘴気めがけて投げつけると同時に、何も無い空間めがけて飛竜を振り下ろし霊波を放つ。
光り輝く霊力の盾と、暗黒の魔力の塊まりが激突し、一瞬の瞬きの後に消失し空間には何も存在するものは無くなっていた。
だが、続いて放たれた黒い瘴気の渦が即座に姿を現し、横島に殺到しようとする。
『…ムッ!? どこに行った? 』
しかし、先ほどまでいた場所と、そのまま進めばいるはずの場所には横島の姿は無かった。
先程、サイキックソーサーを放ったと同時に飛竜を振り下ろしたのは、霊波砲を放った反動を使って急速回避運動を行うためであり、さらに激突によって生じた閃光を目眩ましに使うという一石二鳥を狙った一手だったのだ。
『しまった、上か!? ぐふッ!』
過去の戦いを思い出し、似たような状況を思い出したメドーサが気配を探ろうとしたその時。
いきなり数発の霊波砲が、宇宙船を覆う黒い霧のようなメドーサを直撃した。
『やってくれたな、横島! だが、その程度ではアタシを倒す事などできないわ!』
霊波砲によって黒い瘴気の一部を消し飛ばされたメドーサだが、核としたヒドラの欠片が溜め込んだ膨大な魔力のおかげで即座に魔力を引き出し補充する。
『やっぱり駄目か……。一気に浄化するか、コアを破壊するしか倒す手立ては無いな』
『そうね……。何だか無駄に強いって感じよね』
『あの状態では、戦闘を続ければ長くは存在を維持できないんですけど』
『多分、メドーサもわかってるんだろうな。アイツは俺たちの宇宙船を壊せば、自分の目的を達成できると確信している。だから、それまで保てばいいんだ』
グオオォォォォッ!!
そんな音が聞こえてきそうな勢いで、再び迫り来る魔闘気。
普段なら正面から受けるなり、受けながら勢いを逸らすなりで防御する横島だが、そんな事をすれば足場の無い宇宙空間では後方に吹き飛ばされてしまう。
したがって、可能である限り回避するという選択になるのだ。
再び飛竜を振るうと同時に低出力の霊波砲を放ち、魔闘気を避けながら接近を続ける。
そんな行動を何度か繰り返し、満足できる接近を果たした横島はついに反撃に移った。
漸く、自分の攻撃の間合いに入ったのだ。
姿勢制御用のバーニアを巧みに使い、霊波砲を連射しながら回避行動を同時に行う横島。
メドーサの怨霊は、その黒い瘴気に浮かぶ巨大な顔、という姿の各所にその直撃を受け、そのエネルギーを削ぎ取られていく。
ただし、いかに横島といえども、宇宙空間で何のサポートも無しに移動と姿勢制御を行い、さらに攻撃を一点に集中する事は困難だ。
したがって、連射とはいえ普段の彼の攻撃から見れば、かなり集弾やタイミングが甘い。
そのために、メドーサの怨霊を倒すまでには至っていないのだ。
このままではメドーサを倒せない事を、横島は誰よりも理解していた。
『このままじゃ、メドーサを倒す事はできないし、私達の方が時間切れになるわ』
『わかってるんだが、奴の攻撃を受けるわけにはいかないからな。ちょっと良いアイディアが浮かばないんだ』
『私、思いついた事があるの、私の言うとおりにしてみてくれない?』
『……ああ、わかった。どーすりゃいいんだ?』
ルシオラの考えを聞いた横島は、その正しさを理解して即座に行動へと移したのだった。
メドーサは焦っていた。
このまま戦闘を続ける事は、最終的に自分の勝ちに繋がる。
もう少し、後数分で敵の宇宙船を射程に捉えられる。
敵は大気圏再突入を行うために、自分の特攻を回避する事さえ困難なのだ。
それはわかっているのだが、忌々しいのは近くを飛び回っている横島の存在だった。
『おのれッ! ちょこまかと!! 一体何の手品なんだい?』
横島が先程までとは違い、いきなり直線的な動きから強力な集束霊波砲を一点集中で撃ち込んできたのだ。
それはこれまでの回避行動を重視したものから、立ち止まっての殴り合いへと戦法を変更した事を意味していた。
自分のダメージは大きいものの、これで攻撃を当てやすくなると判断したメドーサは、反撃とばかりに次々と魔闘気を触手のように伸ばす(イメージ的には、かつての部下である陰念が使った、全身から出る霊気の刃と同じ)。
しかし、全ての触手は横島のかなり手前で壁に遮られるが如く、何の抵抗も無く消滅してしまうのだ。
『バカめ、手品は種が分からないからこそ手品なんだよ!』
わざわざ思念波を放ちながら、メドーサを悔しがらせるために律儀に返事をする横島。
ちなみに、メドーサの思念波は殆ど全開で周囲に放たれている。
『それにしても……流石だな、ルシオラ』
『そんな事無いわ。最初から思いついていればよかったんだけど……』
『いえ、大したものですよ。ルシオラさん』
この手品の種は、横島がメドーサには見えないように『浄化』の文珠を発動させているため。
文珠を中心に、横島の身体を球形に覆う浄化フィールドが形成されていた。
既にメドーサは、魔族ではなく怨霊となっている。
そのため、普通の悪霊や死霊と同じく『浄化』の文珠によって祓われてしまうため、触手のように伸ばした魔闘気は横島を吹き飛ばす事ができないのだ。
ちなみに、横島と彼女達の会話は意識的にシャットアウトしているため、メドーサには聞かれていない。
『奴の攻撃は全てキャンセルしている。飛竜を使って一気に念を叩き付け、メドーサを祓うぞ!』
『わかったわ』
『はい』
一気に止めを刺すべく、そう二人に告げると横島は急速に霊力を練り上げ、さらに飛竜へと膨大な霊力を込めていく。
それは一瞬で悪霊を祓い、浄化する聖念へと昇華していた。
『滅せよ、メドーサ! ハアッ!!』
ドウンッ!!
気合と共に振り下ろした飛竜から迸った霊力は、渦を巻くように直進して宇宙船ごとメドーサを飲み込んだ。
『うぐおぉぉぉッ!! 消える……アタシが消える。消えてしまうぅぅぅぅ!!』
自らの怨念を斬り裂き、滅していく横島の霊気。
苦しみ、身を悶えさせるかのように瘴気の中心の顔が歪み、徐々に黒い霧が薄れていく。
『やったわ、ヨコシマ! メドーサの怨霊はもう自分を維持できないわ』
『さあ、宇宙船の進路を変更しましょう』
既に滅びの運命が確定したメドーサを確認し、最後の仕事を果たすべく進言する二人。
この進言は当然の事であり、この戦いの最終目的でもあるため、横島も頷き宇宙船に側面から霊波砲を叩き込み、エネルギー反動による強制針路変更を行おうと視線を逸らした。
最も効果的な位置を決めようと、注意をそちらに向ける。
それは一瞬の隙……。
メドーサの怨霊はまだ完全に滅びきってはおらず、その隙を見逃さなかった。
『ううぅぅぅ……。もうアタシは消えるしかない。それに……美神の乗った宇宙船は…まだ少し遠い。しかし……横島だけなら道連れに!』
メドーサは最後の力を振り絞り、自分が憑依した宇宙船に生前、万が一の時に備えて取り付けた自爆装置を作動させた。
この距離では、敵の宇宙船には致命的なダメージを確実に与える事ができるかどうか、疑問が残る。
だが、至近距離にいる横島であれば、その位置取りから地球の重力圏に叩き落す事が可能なのだ。
『お前も道連れにしてやる! 死ね、横島!!』
『なにッ!? し、しまった!』
まさに背を向けて攻撃位置に移動しようとした横島は、メドーサの怨嗟の言葉に振り向き、彼女の意図を悟って絶句した。
ドオオォォォォォォン!!
そんな爆音が聞こえてくるような光景と共に、自爆した宇宙船の破片が横島に襲い掛かる。
いかに『浄化』の文珠を発動させていたとしても、これは純粋に物理的な衝撃だった。
無論、大気が無いため衝撃波が襲ったわけではない。
『まずい……ぐうッ!!』
慌てて美神の乗った宇宙船との間に『防壁』の文珠投げて発動させた横島だったが、さらにもう一つ同じ双文殊を、自分を守るために発動させようとしたが時既に遅く、大きな破片の直撃を食らい強制的に進路を変えられてしまう。
それはまさにメドーサの狙いどおり、地球へと向けて落下していくコースだった。
「横島君!! マリア、横島君の回収は可能なの?」
『インポシブル・です。ミス・美神。本船は・既に突入体勢に・入っています。今からの・針路変更は・自殺行為・です』
宇宙船の中でメドーサと横島の戦いを眺める事しかできなかった美神は、突然の爆発と、それによって吹き飛ばされ地球へと落下していく横島を見て、必死に感情を押し殺し低い声でマリアに尋ねる。
横島は咄嗟に文珠を使って、自分達の宇宙船を防御してくれた。
おかげで、破片の殆どは宇宙船に届く事はなかった。
だが、そのために身を守るのが遅れた横島が、命の危機に晒されてしまったのだ。
そして返ってきたマリアの返事は、美神の冷静な部分が辿り着いた結論を悪い意味で裏切らなかった。
「…っ! じゃあ横島君が帰還できる確率は?」
『横島さんが・自力で・本船に戻る事が・できる確率は・0.000087%』
「という事は、横島君はこのまま生身で大気圏に突入するだけなの?」
『残念・ですが・それ以外の・選択は・ありません。それより・本船も・後1分45秒で・大気圏突入を・開始・します。暫く・一切の通信は・不可能・と・なります。席について・耐ショックに・備えて・ください』
理性でも感情でも納得などできなかったが、今この場で自分ができる事など無いと理解している美神は、何かを振り切るかのように頭を振ると席につきベルトを締めた。
「……横島君。私のものにならなくてもいいから……死なないでよね。ごめん……小竜姫」
そう呟き目を閉じた美神だったが、目の前に一つ、二つと小さな水滴が浮かび続ける。
それは間もなく重力に引かれて、誰にも見られることなくヘルメットの中に落ちるだろう。
美神は今、人間である自分の無力さを痛感していた。
『ヨコシマ! ヨコシマ! 目を覚まして!』
『忠夫さん! 忠夫さん!』
暗闇に落ちた意識が、愛しい人の声によって徐々に引き上げられていく。
覚醒した意識は未だボンヤリとしていたが、自分に何が起きたのかを思い出した横島はハッと自らの状況を確認した。
『いかん! ここは……まずいな、かなり吹き飛ばされたようだ。俺達の宇宙船に戻らないと……』
『それどころじゃないわ、ヨコシマ! 私達は今、地球に向けて突き進んでいるの。かなり高度が下がっているのよ!』
『何だって!? くっ…! 霊波砲でコース変更を……』
確認できた状況は、横島をしてもかなり危険な状態だった。
しかも、このままでは生身で大気圏に突入してしまう。
『待ってヨコシマ! このまま減速しても遅いわ! 既に私達の宇宙船に戻るには距離が遠すぎるの。それに後数分で美神さん達は大気上層に突入するわ!』
『では……私達は戻れないんですか?』
『ええ、戻るには推力が不足しているの。既に宇宙服の姿勢制御用燃料は空だし、重力に引かれた状態で戻るには、ずっと霊波砲を撃ち続けなければならない。それはちょと無理よ』
メドーサが思いの他手強かったのと、初めての宇宙空間での戦闘により、当初の予想よりも戦闘が長引いたのだ。
しかも、メドーサが自分の宇宙船を自爆させたため、その破片と衝突して吹き飛ばされた事が致命的だった。
いかに横島といえども、もの凄いスピードで破片が直撃した衝撃で意識を失い、二人の呼びかけによって覚醒したものの、失った時間を取り戻す事はできない。
『では……このまま私達も大気圏に突入するしかありませんね……』
『小竜姫の言う通りだな。一応、万が一を想定して対応策は考えていたけど、まさか実際にやる事になるとは……』
『仕方が無いわ、ヨコシマ。もう他に助かる手段はないもの。私が『断熱』の文珠を制御するから、貴方は栄光の手を『盾』の文珠で強化して』
『そして私が、『冷却』の文珠を制御すれば良いんですね』
もはや覚悟を決めるしかないので、横島は即座に3つの文珠を創り出す。
この時取り出された単文珠は、横島が最大霊力を出した時に創っておいた切り札の一つだ。
その威力は、もう2つの双文珠と比較しても、持続時間を含めてほぼ同等という優れもの。
ただ、1回こっきりの使い捨て、という点は変わらないが……。
普段であれば、横島にとって3つ程度の文珠同時操作は何でもないのだが、肉体的にもかなりの負担がある今回は、各文珠の操作を二人に任せたほうが楽であり、より確実なのだ。
『さて、準備は整った……。後は覚悟を決めて突入するしかない』
『そうね。でも、月に行ったおかげでメドーサ同様、横島に融合している私の霊基構造もあの濃い魔力で強化されたわ。だから、きっと大丈夫よ』
ルシオラの意識が語った事は事実である。
月に満ちる強大な魔力は、地球上では決してできなかった、本体を抜きにしたルシオラの霊基構造コピー単独での魂の強化を実現させたのだ。
『ええ、地上の私が切り札を持っています。だからきっと成功します』
ロケットに乗り込む直前、横島は小竜姫に文珠を一つ渡していた。
それが彼女の言う切り札。
おそらく使う事など無いとは思ったが、平行未来の記憶から万が一を考えて手を打った保険。
『取り敢えず人事は尽くした。後は俺の生への執念と天命次第だな。さあ、行こうか二人とも!』
その言葉と共に、横島は『盾』の文珠を発動させる。
栄光の手が手甲から上下に伸びて広がり、大きな盾状の形となる。
さらに、ルシオラが栄光の手を纏う右手に握り締めた『断熱』の双文珠を、小竜姫が『冷却』の双文珠をほぼ同時に発動させた。
横島は、作り出した盾を身体の前に突き出し、文珠から発生させた冷気で周囲の高温を相殺させる。
既に大気圏の上層に接触した横島は、盾の外側が急速に赤熱化していくのを目にしながら、一気に自らの霊力を振り絞った。
「あら、流れ星……」
『令子が不幸になりますよーに』
「流れ星に願い事……。エミさんってかわいいのー」
その日、地上の夜の部分で一筋の流れ星が観測された。
日本でも、エミやタイガー、そして西条や唐巣神父にピートが見上げる中、それは流れる途中でフッと幻のように消え失せたのだが、多くの人の目に留まり願い事を唱えさせたのだった。
寒い国の地上基地で、呆然と画面を見詰める人々を除いて……。
(後書き)
ようやく原作の「私を月まで連れてって!!」編が終了しました。
この話で、再生メドーサは退場です。彼女は、コスモプロセッサでも使わない限り再度の再生の見込みはありません。
当初は、横島に生身の大気圏突入をさせる気はなかったのですが、少しプロットを変更してこんな感じとなりました。
さて、今後の予定ですが、インターミッションを数話挟んでいよいよアシュタロス編に入ろうと思います。
ただ、いろいろリアルが忙しいため、着手すらしていないので次ぎの章の投稿は少し間が空くと思います。
ご了承ください。(管理人 注:投稿当時の状況です。現在はもう少し進展していると思われます)
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