フェダーイン・横島

作:NK

第93話




「ただいま、美衣さん」

「あっ、お帰りなさい横島さん。あの……お客様がみえていますけど……」

 後始末で居残る美神達に別れを告げ、目的を達成した横島は自分の事務所へと戻って来た。
 彼の目的は美神やその他のメンバーが、あの妖怪グモの毒に犯される事を防ぐという一点に尽きる。
 仕事自体は美神の腕前もあり、横島自身としては養生後の軽い準備運動にもならなかったため、久しぶりに雪之丞や九能市と一汗流そうと考えていた。
 そのために急いで戻って来たのだが、迎えに出た美衣が珍しく戸惑ったような様子で来客を告げたため、予定の修正を余儀なくされた。

「ふーん、さっそく仕事の依頼?」

「いえ、横島さんのお母様と仰っていますけど……」

「えっ? おふくろが? 確か親父の海外赴任はもう少し期間があったように思ったけど……?」

 母親が尋ねてきた、という予想外の事に一瞬怪訝な表情を見せた横島だが、まあ理由は会えばわかるだろうと思い直し部屋へと向かう。

『そう言えば中学を卒業して丸2年、一回も顔を会わせてなかったっけ』

 等と考えていたのは内緒である。
 と同時に、彼の冷静且つ冷徹な部分がアシュタロスの仕掛けかもしれないと警鐘を鳴らしていた。
 即座に気持ちを戦闘態勢に切り換え、心眼モードで来客を霊視してみる。

『おっ、確かにおふくろみたいだな。やれやれ……魔族の変身じゃなかったか』

 心眼での調査結果にホッとし、戦闘態勢を解く横島。
 時期が時期だけに、用心するに超した事はないのだ。
 ソファに座っていた、ややパーマの掛かった髪を腰まで伸ばした女性は、確かに横島の母親、横島百合子(旧姓:紅井)であった。
 年齢から来る変化は人間である以上回避不能だが、少々キツイ印象を与えるものの間違いなく美人といえる。

「久しぶり、母さん。元気そうだね」

「久しぶりじゃないわよ、忠夫。もう2年間も会っていないんだから。それにしても……随分逞しくなったみたいね」

 そんな経緯もあって、部屋に足を踏み入れ母親を見た途端に、えらく軽い口調で挨拶をする横島。
 丸2年間、顔を会わせていないとは思えない気軽さだ。
 だが、一瞬でも敵の罠を疑い、戦闘を意識したのだから仕方があるまい。
 そして壁越しとはいえ闘気を感じた百合子は、そんな横島にやや呆れを含んだ表情ながら本当に久しぶりに会った息子に顔を綻ばす。

「それで母さん、今回の帰国目的は?」

「おや、母親が息子の様子を見に来るのに、一々理由が必要かね?」

「いや、別に構わないんだけど……。ただね、それだけが目的なら事前に連絡が欲しかったんだが……。仕事でいないって言う可能性もあるんだから」

「そりゃそうね。でも、それなら帰るまで待っているつもりだったから、問題ないわ」

 会話をしながら、ちらっと部屋の隅に置かれている母親の大げさな量の荷物に視線を向ける横島。
 今口にした理由にしては荷物の量が多すぎるよな、と思って苦笑する。
 母親の言葉を全面的には信じていない事が、その態度から明白であった。

 そんな息子の姿に、百合子は自分が傍にいなかった2年間という時間に、彼が大きく成長した事を実感する。
 小学生の頃は、自分がちょっと気迫を込めるとすぐにうろたえて、なにやら企んでいれば洗いざらい喋ったものだったのに……。
 確かに中学生の頃から、妙に大人びるようになって、落ち着きも出てきてはいた。
 そして、自らの強い意志で高校進学を止めて、GSとなるための修行をしたいと言い出した時、百合子は息子の事をもはや一人の漢として見なければならないと、自分に言い聞かせたはずだった。
 しかし、久々に見る息子の姿はそんな百合子にさえ、自分のシミュレーションが甘かった、と感じさせるに十分過ぎるものだったのだ。



「それにしても……度々連絡は貰ってたけど、本当にこんな事務所を構えて、プロのGSとして活動しているんだねぇ」

「ははは……。前にも言ったように俺1人の力じゃないけどな。師匠の小竜姫様や色々な人のおかげで、まあ相応の稼ぎは得ているけどね」

 今初めてわかったような話し方をしているが、無論百合子は日本に来る前に息子の仕事ぶりや事務所の事を調べていた。
 時々届く連絡でも聞かされていたが、息子は1年間の厳しい修行に耐えて才能を伸ばし、昨年度の試験において首席でGS資格を取った。
 その後、魔族相手にプロとして初めての仕事を見事に完遂し、報酬を得た事は本人の口からも聞かされ、今までの御礼とプレゼントまで貰っている。
 最近は、大きな仕事をいくつかこなし、億単位で報酬を得る事もあったというのも知っている。
 百合子と大樹がナルニアで事前に調べた結果も、確かに息子はGSとして大成していると書かれていたのだ。
 様々な情報を総合すると、息子の忠夫は日本GS協会でも非常に高い評価を受けており、仕事の大半は普通のGSでは対処が難しいような対象を相手にしているらしい。
 受ける依頼額が大きいため、そうそう頻繁に仕事があるわけではないようだが、それでもかなりの売り上げと利益を上げている。
 これでは、息子が日本に残り希望の道に進んだ事に文句を付ける事はできない。
 それが、夫の大樹と共に出した結論。。
 今回の百合子の帰国は、自分自身の眼で実際の状況を確認するという、いわば最終試験のようなものだった。

「最初、高校にすら行かないと言い出した時には、どうしようかと思ったんだけど……。どうやら忠夫もちゃんと成功したみたいだね」

「うーん……。まあ一応成功って言っていいんだろうな。弟子というか、従業員も後2名いるし。ああ、今日は事務所にいないけどね」

 横島自身の口から聞かされた話は、かつて、村枝の紅ユリと言われるほどのスーパーOLだった彼女にも妙なところは感じられなかった。
 それどころか、息子から滲み出るやる気と自信が明確に感じられたのだ。
 それを自らの眼で確認した百合子は、ホッとすると同時に、一つ肩の荷が下りたような気がした。
 自分や夫の商才を受け継ぎ、分野は違うが成功を収めつつある。
 それは母親として誇らしくもあり、同時にえらく早く親離れを終えてしまった息子に対する寂しさも感じてしまう、矛盾を孕んだ感情ではあったが……。

「あんたが仕事で順調なのは見て分かったから、母さん安心したよ。今の仕事に熱意と誇りを持って取り組んでいる事もね」

「まあ、そりゃあ高校進学を止めて就いた職業だからなー。中途半端な事はできないって」

 これで今回の訪問の目的は、半分以上達成された事になる。
 だが、とはいえ……。
 とはいえ、である。
 もう一つ、彼女には確認すべき大きな問題が残っていた。
 夫の女性に関する性癖を熟知している百合子にとって、それは息子がそちらの方面で夫と同じかどうかを確かめる事。
 こればかりは、仕事に関する商才とは無関係だと、身に染みて知っているのだから。

「ところで、さっきの人はここの事務員さんか何かなの? ちょっと変わった雰囲気の人だけど……」

「ああ、美衣さんの事? うん、彼女は仕事で関わった妖怪なんだけど、人間と解り合える存在だから保護したんだ。隣の部屋に住んで貰って、ここの事務を一手に引き受けて貰っているよ。まあ、俺は殆どの時間を妙神山での修行に費やしているから、事務所の留守番をして貰っているっていうのが正しいかもね」

 会話をしながらも息子の様子を探る百合子だが、その表情と言葉からは全く嘘は感じられない。
 夫・大樹のように美人の女性にこまめにチョッカイをかけているようにも思えないため、あのやたらと色気のある女性と男女の関係になってはいないようだ。
 百合子は一通り話が終わって口を閉ざした息子の顔をジッと見詰めた。






「…ん? どうしたんだ、母さん?」

「ところで忠夫、今あんたに彼女はいるの?」

 ジッとこちらを見詰める母親に、訝しげな表情で尋ねた横島だったが、戻って来た返事はえらく真っ直ぐな問いかけだった。
 その問いに、横島もえらく呆気なく答えた。
 何ら躊躇することなく、それも百合子の予想を上回る内容で……。

「あー、一応いるよ。彼女って言うよりは、生涯連れ添う事を約束した相手、って言う方が正しいかな」

「へえ、そうなの。それで、その相手ってどんな娘なの?」

 ズイっと顔を近づける母親に、僅かに身体を退く横島。
 その表情から、有無を言わさずに相手の事を聞き出そうとする気迫を感じたからだ。
 『相変わらず、こういう事に関しては知りたがるなぁ……』等と思いながらも、隠す事でもないので答えるべく口を開いた。

「えーと、一人は俺の師匠で妙神山の管理人、竜神族の小竜姫様。俺が開業する時に色々と援助してくれたし、何より俺の命を助けてくれた。今でも公私にわたっていろいろ世話になっている(ひと)だよ。もう一人は、今は遠くにいて本体と会う事はできないけど、その身を捨てて俺の命を助けてくれた魔族の女性、ルシオラ。その二人が、俺にとってかけがえの無い女性さ」

「何ですって……? 二人相手がいるっていうの? あんた、父さんじゃあるまいし、なんてチャランポランな事を!」

 百合子にとって、今述べられた答えは看過できないものだった。
 額面通りに取れば、息子は二股を堂々と掛けていると宣言したようなものだからだ。
 スッと表情が険しくなりかかるが、ふと先程の話の中に聞き捨てならない箇所があったことに気が付いた。

「ちょっと待ちなさい。今、その二人に命を助けてもらった、って言ったわね。一体何があったの?」

 『さすがに聞き漏らさないな』と思いながら、横島は全ての事実を語るのではなく、自分の魂に二人の魂の一部が融合し、霊力(竜気)と魔力のバランスを取る事で自分の存在が保たれている事だけを話した。
 勿論、ある事件によってそうならざるを得なかった、という形に話を持っていったのだが……。
 いくら母親であっても、これから起こるアシュタロスの事件について、話す事はできない。
 まあ、話したところでこの時間軸では未だ起きていない事なのだから理解できないだろうし、裏付けもとれないだろうが。

「まあ、そういうわけで二人の霊基構造……魂と言った方がわかりやすいかな。そのコピーが俺の魂に融合しているんだ。俺に融合しているそれぞれの意識を通して、彼女達の本体と意志を伝え合う事もできるよ。おかげで、絶対に浮気なんか出来ないけどね」

 笑いながらそう言って、話を締めくくる横島。
 切れ者とはいえ、オカルトに素人な百合子は、息子の話を聞いて唖然としていた。
 二人の女性と生涯連れ添うというのが、その言葉通り魂まで一緒に生きていく事だとは思いもしなかった。
 今の状況に至る経緯の細かい部分を、息子が誤魔化そうとしている事は気が付いていたが、夫の浮気とはレベルが違いすぎる。
 人間社会……いや、日本の社会通念から考えれば、話された内容は当然インモラルなことではあるが、その二人の女性も納得の上と言われてしまえば文句の付けようもなかった。
 何より、その二人の愛情と献身のおかげで、息子はこうして元気に生きているのだから……。

「そう、じゃあ母さんもその人達にあって、おまえの命を助けて貰った御礼を言わなきゃいけないね。というわけで、その(ひと)達の所に連れて行ってくれない?」

「小竜姫様なら、妙神山に行けば本物と会う事ができるけど、ルシオラの方はさっき言ったように、今はまだ無理だよ。あっ、でも俺と融合しているルシオラの魂の意識となら、俺の能力で話す事ができるけど」

 静かだが、断固たる意志が籠もった百合子の言葉を聞いた横島は、小竜姫の事は後回しにしてルシオラの意識を半実体化させるべく、双文珠を創り出す。
 込められた『投影』の文字によって霊力が解き放たれ、横島の隣に淡い光と共にルシオラの姿が現れる。
 普通の人間から見れば、手品としか思えない光景にも動じず(内心では驚いていたが)に眺めていた百合子だが、現れた少女の姿が透けている事から本当に実体ではないのだと理解した。

「母さん、彼女がルシオラだよ」

「初めまして、ヨコシマのお母様。私、魔族のルシオラと申します」

「忠夫の母でございます。息子が大変お世話になったようで……」

 ごく普通に、隣に佇むルシオラを母親に紹介する横島。
 だが、横島の中でずっと話を聞いていたルシオラが、紹介が終わるや否やペコリとお辞儀をして挨拶を始めたため、いきなり嫁姑間の挨拶が始まる。

「いえ、元々は私の我が侭からヨコシマの命を危険に晒してしまいました。お詫びするのは私の方です……」

「そんな事はないわよ。経緯はどうであれ、貴女が自分の命を賭けて忠夫の命を救ってくれた事に変わりはないんだから。ありがとう、忠夫の事をそこまで想ってくれて」

 何となく取り残された感じの横島は、黙って、しかし二人の姿にどこか嬉しさを感じながら、そんな姿を眺めていた。
 自分の母親が、魔族であるルシオラを自分の彼女として認めてくれたのだ(無論、よく分かっていないだけかもしれないが……)。
 横島がそんな感慨に耽っている間に、いつの間にか二人の話題は横島が浮気をしていないか、というものに変わっていた。

「ルシオラさん、忠夫の奴、浮気とかしてない?」

「おい、母さん! 俺はそんな事してねーぞ! 全く、親父じゃあるまいし……」

「クスクス。わかってるわ、ヨコシマ。お義母様、ヨコシマはそんな事したことは無いですよ。それに、もしそんな事したら、私にも小竜姫さんにも直ぐに分かりますし」

「……そう。やれやれ、その辺は父さんに似なくて良かったわ。でも、忠夫が貴女を悲しませてないとわかって安心したわ」

 話していながら、ルシオラはさすが横島の母親だと感心していた。
 普通、息子の彼女が人にあらざるモノであれば、自分を拒絶してもおかしくないのだ。
 それを、横島と同じように何ら気にしていない。
 この二人が親子なのだと実感できてしまう。
 まあ、いつの間にか百合子をお義母様、と呼んでいる事は置いておくとして……。

 なお、ルシオラの姿を美衣に見られて構わないのか、という問題は、美衣が気を利かせて一時的に自分の部屋に戻っているため、解決済みであった。

 暫しの間、横島も時折交え楽しい会話を繰り広げていたルシオラと百合子だったが、横島もそろそろ妙神山に帰らなければならなかった。
 何しろ小竜姫も首を長くして待っているだろうし、雪之丞、九能市も同様だろう。
 シロは……先程まで一緒に除霊していたのだから、まあ帰ってきたら相手をすれば良い。
 だが最大の問題は、今はまだルシオラの姿を雪之丞達とはいえ見せるわけにはいかない。
 したがって、百合子とルシオラの会話はこれ以上できなくなってしまうのだ。
 仲良く話している二人の邪魔をするのは嫌だったが、これもやむを得ないだろう。
 溜息を吐きながら、横島は二人の会話に割り込んだ。

「あ――、お楽しみのところを悪いんだけど、そろそろ妙神山に戻らないとまずいんだ。ルシオラ、戻ってくれないか?」

「……そうね。残念だけど、まだ私の姿を公にするわけにはいかないから」

 残念そうに頼む横島に、こちらももの凄く残念そうに同意するルシオラ。
 まだ日頃、こうして触れ合うような逢瀬ができないため、本当に渋々という雰囲気が二人から醸し出されている。
 その姿を見て、百合子は息子とこの少女が想いの深さを実感した。

「忠夫、ルシオラさんは何かワケありなの?」

「ああ、でも理由はまだ母さんであろうと言うわけにはいかない。いつかは全部を説明できる日が来るだろうけど、今はダメなんだ」

「そう……。でも、ルシオラさんをきちんと幸せにするんだよ」

「わかってるさ。そのために、高校にも行かないで修行したんだからな。必ずルシオラと小竜姫を幸せにするさ」

 ルシオラの姿が揺らめき、名残を惜しむかのようにゆっくりと消えていく。
 手を振るルシオラに頷くと、横島は隣家の美衣に電話を入れて妙神山へのゲートに百合子を案内した。

「じゃあ、これからちょっと転位するけど危険はないから。小竜姫様に会わせるよ」

 美衣が戻って来た事を確認すると、横島はゲートを潜った。






「おかえりなさい、横島さん。……あら、そちらの方はどなたですか?」

 妖怪グモを倒して戻って来た横島を迎えた小竜姫は、彼の横に大きな荷物と共に佇む女性を見て首を傾げた。
 確か記憶にある人間の筈だ……。
 その容貌はどことなく横島に似ている……。
 そして唐突に思いだした。
 この世界では未だ会った事はないが、この女性は横島の母親であり、平行未来では姑だった百合子であると言う事を。
 平行未来の世界で最後に会った時に比べ、かなり若かったので見た瞬間にはわからなかったのだ。

「ただいま、小竜姫様。案件は無事に終わりましたよ。ああ、こっちは俺の母さんです」

「初めまして、小竜姫さん。いつも息子がお世話になっています。忠夫の母の横島百合子です」

「あっ…! 横島さんのお母様ですか。ご丁寧にどうもありがとうございます。でも、私の方こそいつも横島さんにいろいろと……」

 先程同様、小竜姫と母親との間に開始された、嫁姑間の会話に口を挟む愚を犯すことなく、横島はさっさと共有スペース(居間)へと移り腰を下ろす。
 幸いというか何というか、雪之丞と九能市は修業場の方に行っているらしく、ヒャクメとジークもこの場にはいなかった。
 これは事情を視ていたヒャクメが気を利かせて、ジークを適当な理由で連れて行ったためである。

 少し遅れて一緒にやって来た二人も、横島の傍に腰を下ろす。
 百合子は部屋の中に自分達以外のものがいない事を確認すると、深々と小竜姫に頭を下げた。

「小竜姫さん。貴女には息子の命を救って貰ったそうですね。それに仕事の面でも色々と力になってくださったとか。私からも御礼を申し上げます。本当にありがとう……」

「いえ、その事は私が望んだ事ですから……。私も、ルシオラさんも、横島さんの事をかけがえのない人だと思っています。それに、横島さんは私達にそれ以上の事をしてくださいましたし……」

 既に横島の魂に融合している霊基構造コピーの意識から、リンクによって横島が母親にルシオラの事を話している事、しかしその事件が既に起きた平行未来の事(魂の一部が事故で逆行し、この世界の横島と融合している事)だとは話していない事、を聞いていたため、小竜姫もそれに合わせた上で本心を語っていた。
 百合子は、先程のルシオラと、目前の小竜姫が、心から息子の事を想っているのだと理解させられた。
 それ程、二人の言葉からは真摯さと想いが溢れていたのだ。
 そして、息子もまた、二人の事をこの上なく大事に想っていると言う事も……。
 夫の大樹も、自分の事を愛していると言う事はわかっている。
 まあ、それでも浮気をして色々な女と関係を持ったりはしているのだが、自分の管理下で浮気をしている程度ならまあいいか、と彼女自身が思っているのだ。
 当然、その報いは与えるのだが……。

 しかし、息子の方は二股を掛けている、と言えるのだが真剣さという意味では、夫とは違うレベルで相手の事を愛しているようだった。
 まだ、肝心な事を自分に隠している事は察しているが、それは相当大きな事なのだろう。
 今は話す事ができない、と言う事は問題が解決すれば話すと言う事なのだから。

「まだ、いろいろと秘密があるようですけど、貴女とルシオラさんが忠夫の事を本当に愛してくれている、と言う事はわかりました。もう私は、忠夫と貴女達の事をとやかく言う気はありません」

「ありがとうございます、お義母様……」

 百合子の発言が、横島の相手として小竜姫とルシオラの事を認めた、と言う事を理解した小竜姫が感極まった表情で礼を述べる。
 そんな小竜姫に笑顔を返すと、百合子は息子に顔を向けた。

「忠夫、あんたもすっかり一人前になったみたいね。最初に相手が二人って聞いた時は怒ったけど、あんたが真剣だってわかったし、小竜姫さんとルシオラさんも納得した上でおまえの事を想ってくれている事がわかったから、母さんも認めるわ。でも、必ず二人を幸せにするのよ。裏切ったりしたら……わかってるわね?」

「……ああ、そんな事はしないさ」

 最後の一言を言う瞬間、凄まじい気迫が百合子から放たれていた。
 それは、歴戦の勇者である横島をも怯ませる、殺気ではないが凄味のある“気”である。

『相変わらず、すげープレッシャーを放つな、おふくろ……』

『中級魔族の私が……怯えているというの? な、なんて凄い気迫……』

『ぶ、武神の私をも竦ませる、この気迫は……』

 表面上は何とか受け流して見せた横島だったが、内心ではルシオラ、小竜姫の意識と共に冷や汗を流していたのだった。
 横島百合子……。
 もし霊能力を持っていれば、美神親子を凌ぐほどの霊能力者となったであろう女傑。
 横で見ている事しかできない小竜姫も、半ば引きつった表情で立ち竦んでいる。
 この世界のしばらく後に、アシュタロスの手から世界を救う横島達3人も、この母親の前では普通の息子と義理の娘に過ぎなかった。



「さて、忠夫の様子もしっかりと確認できたから、そろそろ帰らせて貰うよ」

 あれから30分ほど、くつろいで話していた百合子は時計を見てそう切り出した。

「じゃあ、東京の部屋に戻らないといかんな。……だけど母さん。本当は何をしに来たんだ?」

 いくらなんでも、これだけのために日本に来たとは思えない横島が、訝しげな表情で尋ねる。
 しかし、既に立ち上がり母親の荷物を持って歩き出しているのはご愛敬。

「大したことじゃないから、空港に行く途中で話すわ。じゃあ、小竜姫さん。これからも息子の事をお願いね」

「はい。では、またいらしてくださいね……」

 ゲートの所まで送ろうと考えていた小竜姫は、百合子が何か横島と話があるのだと思い、宿坊の入り口まで送ると中へと戻っていった。

「いい娘じゃないか、忠夫。小竜姫さんもルシオラさんも、あんたには勿体ないくらいだよ」

「ははは……。俺もそう思うよ。あんな二人が俺を想ってくれ、俺に手を貸してくれる。そりゃあ色々面倒な事もあるけど、俺は後悔はしてないさ。もう少しすれば、ルシオラとも一緒に住めるようになるだろうから……。いや、これは俺の願望か……。未来がどうなるかは誰も分からないな」

 百合子は、息子の顔に一瞬哀しみが過ぎるのを見逃さなかった。
 先程の会話でも度々感じたが、どうやら息子はこれから大きな事件というか、試練のようなものに遭遇するようだ。
 いろいろと対策は立てているが、結果がどうなるかは予想がつかないと言うか、予断を許さないのだろう。
 その事に、あの小竜姫は無論の事、ルシオラという娘が大きく関わっている事ぐらい、百合子にも理解できた。
 自分に愚痴らしきものをこぼさないのは、それだけ息子が成長したのと、傍で支えてくれる相手を既に見つけている為。
 息子の成長を嬉しく思う反面、一人前となって既に手元から羽ばたいて飛び出た事に寂しさを感じてしまう。
 だが、子供が成長しいつかは親の元を離れるように、親も子供から離れなければいけない時期がある。
 そう言い聞かせて、百合子は日常へと戻るゲートを潜ったのだった。



「……で。結局何で日本に来たんだ?」

「あんた、鋭くなったね……。実は、母さん、父さんと別れてきたんだよ!」

「わ……別れた……!? また浮気したのか?」

「それだけじゃないのよ。昨日も結婚記念日だっていうのに、社内に武装ゲリラが押し入った、なんて4回も使い古した言い訳ですっぽかそうとしたんだから」

「……それが言い訳になるって、何だかすげーとこなんだなぁ、ナルニアって……」

 東京事務所に戻り、予約しているホテルに向かう途中、百合子から今回の事を話して貰った横島は、日本との環境差に驚く他はなかった。
 まさか、武装ゲリラとは……。
 しかし、あの浮気癖の酷い父親ではあるが、いくらなんでも結婚記念日に浮気をするだろうか?
 そんな事を考えながらホテルへと到着した横島は、部屋にはいると文珠を取り出して『遠』『視』の文字を込めて父親を強くイメージした。
 発動した文珠の力が、空間に父親である大樹の姿を浮かび上がらせる。

「何しているの、忠夫?」

「いや、親父が今どうしているのか……ちょっと気になってね」

 そんな会話をしているうちに、手を上げて窓際に固まっている人々の姿が浮かび上がる。
 それはどこかの事務所であり、その中に父親の大樹の姿があった。
 その前には、銃を構えた迷彩服に覆面姿の連中が立ち塞がっていた。

「おー、こりゃあ……」

「忠夫、これって……」

「ああ、これが修行で身に着けた俺の霊能力の一つだよ。親父はどうやら会社にいるみたいだな。で、この連中ってゲリラなんじゃねーの?」

「あらあら、まだ解決してないのね」

 自動小銃を突きつけられた父親の姿を呑気に眺めている妻と息子。
 尤も、この状況では視えているだけなので、どうする事もできないのだが……。
 だが、横島はえらく呆気ない口調で話す母親に感じるモノがあった。

「なあ、もしかして……。いや、母さんの事だから最初から今回は本当だってわかってたんじゃないのか?」

「あら、何てこと言うのかしら、この子は。母さんの事信じられないの?」

「いや、母さんの事を良く知っているからこそ、本当の事を知らなかったなんてこと絶対に信じられないんだが……」

「…………」

「…………」

 横島の呆れた口調での言葉を受け、ギロッと睨む百合子の視線は並の人間なら正視できないほどの圧力を持っていた。
 だが、そんな視線を正面から受け止める横島。
 暫しの間、えらく真面目な表情で見つめ合う母子であったが、やがてフッと笑みを浮かべた百合子が視線を逸らした。

「あーあ、呆気なくばれちゃったわね。正直言うとそれを口実に日本に帰り、おまえを何とか私達の所に呼べないかと思って来てみたんだけど、すっかり一人前の漢になってるんで早々に諦めたのよ。それに、おまえにもルシオラさんと小竜姫さんっていう、大事な存在ができたみたいだしね」

「……だから、もう用事はないって、直ぐに帰る事にしたわけか」

「ええ、久しぶりに元気な忠夫の姿を、この眼で見た事だしね」

 ニコニコとこちらを見ている母親の言葉に、横島は母親が自分を心配しており、本当に親として離れて暮らす子供の様子を見に来ただけなのだと気が付いた。
 ふう、と溜息を吐くと、苦笑いをしながら今度はこちらが視線を逸らす。

「悪かったよ……。なかなか時間が取れなくって、親父や母さんに顔を見せに行けなかったからな」

「いいのよ、忠夫。おまえも一国一城の主になったんだから。そんなお前がチャランポランな事をしちゃ、従業員の美衣さんや弟子の二人はどうなると思ってんの? お前ぐらいの年齢なら、まずはがむしゃらに仕事に打ち込んで然るべきなのよ。お前を囲んでいる人達は、みんな良い人達じゃない。頑張んなさい」

「ああ、もう少しすれば多分一段落する筈だ。そうしたら、必ずルシオラと小竜姫を連れて遊びに行くよ。ありがとう、母さん」

 口から出た言葉は、正しく横島の本心からの言葉だった。
 自分は両親に愛されているのだと、思わず実感してしまう……。
 こうして、2年間も顔を見せなかった息子の事を心配して、わざわざ様子を見に来てくれるのだから。
 変に横島が老成しているために、母親の韜晦行動をさっさと見破ってしまったのは、百合子としても計算外だったのだ。

「明日、何時の飛行機に乗るの?」

「えーと、10時のフライトだから、9時前には空港にいないとダメね」

「わかった。明日の朝見送りに行くから、何時に来ればいい?」

 明日の待ち合わせ時間を決めた後、横島は母親と、本当に久しぶりとなる親子の会話を楽しんだのであった。
 こうして、横島とルシオラ、小竜姫の仲は、百合子公認のものとなったのである。




(後書き)
 えーと、短いけどインターミッション2はこれで終了です。
 原作の「Gの恐怖!!」、「ストレンジャー・ザン・パラダイス!!」、「グレート・マザー襲来!!」をお届けしたのですが、Gの恐怖はダイジェストにすらなっていませんでしたね……。
 さて、いよいよ次からアシュタロス編ですが、これは1章がもの凄く長くなるためまだ1/3程度しか書けていません。
 次の更新は少し間が空くと思いますがご了承下さい。
 最後に、以前は本文中に書いていたのですが、各キャラクターの霊力その他に関してまとめておきます。


 横島忠夫
  基礎霊力:170マイト
  制御チャクラ数:7
  チャクラ全開時:1,190マイト
  ハイパーモード時(最大霊力増幅):29,750マイト
  最大攻撃・防御霊力:チャクラ全開時3倍、ハイパーモード時2倍

 小竜姫(神族)
  総霊力:50,000マイト
  人界通常霊力:2,500マイト
  人界最大霊力:7,500マイト(横島とリンクしているため)
  最大攻撃・防御霊力:2倍

 斉天大聖(神族)
  総霊力:12,000,000マイト
  人界通常霊力:600,000マイト
  最大攻撃・防御霊力:2倍  

 ヒャクメ(神族)
  総霊力:7,000マイト
  人界通常霊力:350マイト
  最大攻撃・防御霊力:0.5倍

 ワルキューレ(魔族)
  総霊力:51,000マイト
  人界通常霊力:2,550マイト
  最大攻撃・防御霊力:0.6倍

 ジークフリード(魔族)
  総霊力:48,000マイト
  人界通常霊力:2,400マイト
  最大攻撃・防御霊力:0.6倍

 美神令子(人間)
  基礎霊力:97マイト
  制御チャクラ数:3
  チャクラ全開時:276マイト
  最大攻撃・防御霊力:1倍

 小笠原エミ(人間)
  基礎霊力:93マイト
  制御チャクラ数:3
  チャクラ全開時:279マイト
  最大攻撃・防御霊力:1倍

 伊達雪之丞(人間)
  基礎霊力:99マイト
  制御チャクラ数:4
  チャクラ全開時:396マイト
  魔装術使用時:594マイト(チャクラ全開で使用した場合)
  最大攻撃・防御霊力:1倍

 九能市氷雅(人間)
  基礎霊力:81マイト
  制御チャクラ数:4
  チャクラ全開時:324マイト
  最大攻撃・防御霊力:1倍

 犬塚シロ(人狼)
  基礎霊力:110マイト
  制御チャクラ数:1
  最大攻撃・防御霊力:1倍

 唐巣神父(人間)
  基礎霊力:89マイト
  制御チャクラ数:1
  最大攻撃・防御霊力:0.9倍

 弓かおり(人間)
  基礎霊力:65マイト
  制御チャクラ数:0
  最大攻撃・防御霊力:0.6倍

 氷室キヌ(人間)
  基礎霊力:51マイト
  制御チャクラ数:0
  最大攻撃・防御霊力:0.7倍

 アシュタロス(魔族)
  総霊力:200,000,000マイト
  人界通常霊力:10,000,000マイト
  最大攻撃・防御霊力:0.5倍 
  
 メドーサ(魔族)
  総霊力:51,000マイト
  人界通常霊力:2,550マイト
  最大攻撃・防御霊力:0.6倍

 再生メドーサ(魔族)
  総霊力:20,000マイト
  人界通常霊力:10,000マイト
  最大攻撃・防御霊力:0.6倍   
  ただし、サバイバルの館編・塔での戦い時の霊力(魔力)


BACK/INDEX/NEXT

inserted by FC2 system