フェダーイン・横島

作:NK

第94話




「そろそろ……だものなぁ」

「ええ、いつ起きても不思議ではありませんでした」

「そうね。それに時々感じる弱いリンクからも、この世界の私は調整槽の中から出たみたいよ。タイミング的には合っているわ」

「…………」

 草木も眠る丑三つ時。
 妙神山の一角でヒソヒソと語り合う4つの影。
 言わずと知れた横島、小竜姫、ルシオラの意識、ヒャクメである。
 遂に神族上層部から、ヒャクメに特殊任務――アシュタロス一味の逮捕――が通達されたのだ。
 ほぼ時期を同じくし、ジークも魔界に呼び戻されていた。
 おそらく、姉のワルキューレ共々、魔族上層部から特殊任務が通達されているのだろう。

「アシュタロスの南米秘密基地の大体の位置がわかったんだろ、ヒャクメ。 ……ヒャクメ?」

「…………」

 極めて重大な話をしているのだが、なぜか押し黙り俯いているヒャクメ。
 自分の問いかけに返事をしないので、横島が訝しげにヒャクメの顔を覗き込む。
 だが……ヒャクメは気が付かないのか、俯いたままだった。

「ヒャクメさん、どうしたの? どこか具合でも悪いの?」

「ヒャクメ、どうしたのです?」

 そんなヒャクメの態度に、ルシオラと小竜姫も心配そうな表情で尋ねた。
 なお、ルシオラの意識は双文珠『投影』によって半実体化している。

「…………イ…な……ね」

「えっ? 何を言ってるんだ、ヒャクメ?」

 ブツブツと呟いているヒャクメの声を聞こうと、横島は耳を近づける。
 今のヒャクメは何やら思い詰めているようなので、こちらから近付かなければいけないと考えたのだ。

「……イヤなのね―――!! 何で私がアシュタロス逮捕に向かう、神族・魔族混成チームに入らなければならないの!?」

 そんな横島の耳に、いきなりヒャクメの大声が直撃した。
 キーンという耳鳴りと共に、頭を押さえる横島。

 ぎゅっ! 
 ボカッ!

 次の瞬間、相反するイメージの音が生み出された。
 ダメージを受けた横島の頭を、すかさず自分の胸に抱き寄せるルシオラの意識。
 そのために、瞬時に霊力を上げて身体の密度を高めるあたりが凄い。 
 一瞬速く横島を奪われ、親友と言う事もあり制裁役に廻った小竜姫。
 その拳は見事にヒャクメの頭を直撃していた。

「ヨコシマ、大丈夫?」

「……あ、ああ」

「ヒャクメ! 今は大事な話をしているんですよ! 貴女自身の事もあるんですから、真面目に参加しなさい!」

 何やら嬉しそうなルシオラと、横島を抱き締められなかった怒りをも転化した小竜姫は見事に対照的な態度であった。
 涙目のまま、それでもヒャクメは恨めしそうな表情で他の面々を睨み付ける。

「私は真面目よ! だって、今回の神魔混成チームが壊滅的打撃を受けるのは、わかっているはずなのね。私なんて所詮下級神族だし、下手すれば死んでしまうかもしれないのよ。それがわかっているのに、みんな私に神族上層部の命令通り参加しろだなんて酷いのね!」

 ヒャクメは思い詰めた表情で、声音は真剣だった。
 それを聞き、こちらも真剣な表情に変わる横島達。

「じゃあ、ヒャクメはこの命令を無視するのか?」

「うっ……」

「理由無く命令に違反する事は重罪ですよ」

「そ……それはそうだけど」

「それに、理由話せないわよね?」

「…………」

 至極真面目な顔で、次々と逃げ道を塞いでいく横島、小竜姫、ルシオラ。
 正論で彼等を論破できないヒャクメは、再び黙り込んでしまう。
 そんなヒャクメに、思わず溜息を吐きながら表情を和らげる3人。

「あのなヒャクメ。何も俺達の記憶にある平行未来の時のように、相手に捕まれと言っているわけじゃないだろ」

「そうです。そのために『転位』の文珠を貴女に持たせるのですよ」

 そう、横島達はヒャクメに部隊への参加を勧めていたが、その目的は記憶の再現などではない。
 神魔混成チームの犠牲者を最小限に留めるための布石だった。

「平行未来では、ワルキューレやジークの他にも結構な数が妙神山に戻って来たそうだよ。だから今回ヒャクメが一緒に行けば、逆天号の力を知っているから即座に全員を避難させて、犠牲者を出さないようにできると思うんだ」

「この世界の逆天号が私の記憶通りの性能であれば、今回派遣されるチームは本当に壊滅してしまうわ。まあそうは言っても、後で小竜姫さんから結構な数のメンバーが生き残ったって聞いた時、よく逃げられたなって驚いたけど、掃討作戦は行わなかったから不思議ではないわね……。でも、逆天号の火力はチームを壊滅させるのに十分な威力を持っている事は事実よ」

 横島、小竜姫、ルシオラから聞かされる言葉に、少しだけ冷静になったヒャクメも考え込む。
 確かに、自分がいれば相手の行動をいち早く察知し、全メンバーに退却を勧告できる。
 行動さえ素早ければ、おそらくかなりのメンバーが妙神山へと辿り着けるだろう。

「横島さん……。この双文珠、どれくらいの霊力が込められているの?」

「えーと、今の俺の最大霊力の時に創ったから、80,000マイトぐらいだな」

「……それって、この世界のルシオラさん達姉妹でも、一撃で倒せる威力がありませんか?」

 先程与えられた双文珠を取りだし、しげしげと見詰めたヒャクメは確認するかのように上目遣いに尋ねた。
 その問いに何でもないように告げた横島だったが、ヒャクメは大きく眼を見開いてポカンと口を開けてしまった。
 なぜなら、手にした文珠に込められた霊力は驚愕に値する。
 これまで修行に明け暮れた横島が、神・魔・共鳴によって29,000マイトを超える最大霊力を出す事ができると知っていてもだ。

「文珠は、俺の持つ最大霊力を数倍に凝縮して創るモノだからな。勿論、霊力が大きくなればなる程凝縮できる率は小さくなる。強大な霊力を上手くコントロールして文珠にするのは結構大変なんだよ」

「この双文珠があれば、逆天号に反撃を受けた時、周囲にいる部隊のメンバーごと転移できるでしょ?」

「今、平行未来での知識を持っている者で、このチームに参加できるのは貴女しかいません、ヒャクメ。これで一緒に赴く同胞達の命を助けてください」

 ヒャクメとしても、横島達の話を聞いてしまえば今回の命令に従わざるを得ない。
 確かに、このチームがどうなるかを予測できるのはヒャクメしかいないのだ。
 それに、横島から貰った反則技である双文珠もある。
 逆天号に攻撃を受けても、おそらくかなり高い確率で逃げおおせるだろう。

「…………わかったのね。正直言って怖いけど、私がやれる事をやればいいんでしょ?」

「ええ。済みませんヒャクメ。戦士でもない貴女にこんな事を頼んで……」

「でも、私達はまだ動けないわ」

「本当は、俺が行けばいいんだろうけど……。無理だろうな」

 横島が言ったように、確かに彼がチームに同行すれば被害が最小で済む事は疑いない。
 いや、場合によっては逆天号を機能停止に追い込めるかもしれない。
 そのための隠し武器は、既に幾つか完成している。 
 少なくても、逆天号に装備されている断末魔砲並の火力があれば、外殻装甲版を破壊しダメージを与える事ができるのだ。
 尤も、横島にはそんな事をしなくても何とかなる切り札があるのだが……。

「ヒャクメ、死ぬなよ。危なくなったら直ぐに文珠を使うんだぞ」

 そう言いながら横島は、先程渡した2個の双文珠の他に、さらに幾つかの単文珠をヒャクメに手渡した。
 先程の双文珠に比べれば込められている霊力はかなり弱いが、それでも8,000マイト程の力を秘めていた。

「いいんですか、私にこんなに文珠を渡して?」

「これでヒャクメが無事に帰ってこれる確率が、少しでも上がるのなら安いもんだよ」

「必ず無事に戻って来てくださいね」

「この頃の私達は、まだ知識はあっても経験値が乏しいから、案外雑なのよ。大丈夫、ヨコシマの文珠があればきっと切り抜けられるわ」

「わかったのねー。必ず無事に戻ってくるわ」

 ある意味これ以上ない程のアイテムを渡され、ヒャクメは厳しい任務に就く事を承諾すると同時に、覚悟を決めた。
 自分もこの最終決戦を終わらせるために、できる事をやろうと。
 横島に平行未来の記憶を見せられた時、そう思ったのではなかったか。

 こうして、アシュタロスとの最終決戦は人間達に知られることなく、密かに始まったのだった……。



「ヒャクメ、ジーク、それにワルキューレ。無事に帰ってきてくれよ」

「私と横島さんは一緒に行く事ができませんが、これも任務です。頑張ってきてください」

「敵は凄い奴らしいが、頑張れよ!」

「ご武運を……」

 真剣な表情で仲間を見詰める横島、小竜姫、雪之丞、九能市。
 雪之丞と九能市がここに一緒にいる理由は、単に誤魔化す事ができなかったからだ。
 ジークがワルキューレを伴い出撃の挨拶をしに来たため、さすがにばれてしまったとも言える。
 シロの姿が見えないのは、既に美神のところへ出勤しているためだ。

「正直、この戦力でアシュタロスを捕らえる事ができるかは疑問だが、任務である以上全力を尽くす」

「一応、場所を確定すれば援軍が派遣される手はずなので、何とかなると思います」

「必ず役目は果たしてみせるのね」

 出撃を前にしたワルキューレ、ジーク、ヒャクメはそう言って頷くと、派遣チームのメンバーと合流すべく転位していった。
 平行未来の記憶では、この後南米に向かいアシュタロスの基地を見つけた神魔混成チームは、神界、魔界の主力部隊と連絡を取ろうとするがアシュタロスの妨害霊波によって冥界とのチャンネルを遮断され、逆天号の逆撃を受ける事になる。
 元々、敵の秘密基地を探り当てる偵察部隊というかコマンド部隊の意味合いが強く、逆天号のような巨大機動兵鬼と戦闘を行う事など想定していないのだ。
 これでは勝てるわけもない。
 今回派遣されるチームは、神族側が中級神を主力とする武神60名、魔族側が中級魔を中心とする正規軍士官60名から成っている。
 大体一個中隊程度の規模であり、前回アシュタロスが派遣してきた、スパイダロスが率いていたレベルの魔族で構成される部隊程度であれば、多少の戦力差があろうと問題なく圧倒できるだろう。
 だが、眷族を持つルシオラ達3姉妹が相手なら苦戦するだろうし、逆天号が出てくれば蹴散らされてしまう程度の戦力だ。

「これでやっと、美神の旦那も狙われなくなるってわけか」

「ええ、神魔族が本格的に動き出したみたいですし」

 未だアシュタロスの力を知らない(当然であるが)雪之丞、九能市は、どこかホッとしたような口調でお互いに頷き合う。
 まあ、アシュタロスとまでいかなくても上級魔族と相対した事の無い二人では、その強大さは実感できないだろう。
 強いて言えば、悪意と殺気を向けてくる斉天大聖老師と対峙するようなものなのだから。
 これまで横島と戦った魔族(アシュタロスの部下)は、一番強力なものでも中級の下の方に位置している。
 上位の中級魔族であれば、今の横島であってもそうそう勝てないのだ。

「取り敢えず何が起きるか分からないから、あの部隊が何らかの結果を出すまで個別に動く事は慎んでくれ。もし神界から依頼があれば、俺達も動かなけりゃならん」

「わかった。じゃあ、それまで身体をほぐしておくか」

「いいですわ。昨日の一勝がまぐれでない事を教えて差し上げます」

 禁足令を出した横島に頷いた雪之丞は、九能市を誘って修業場へと向かった。
 このところ、暇があれば修行をしている二人である。
 まあ、以前に比べ二人でいる時間が随分長くなっているようだが、横島も小竜姫も何も言わずに見守っていた。

「さて……俺達の出番は、今の部隊が逃げ帰ってきてからですね」

「そうですね……。妙神山の結界は横島さんとルシオラさんのおかげで、平行未来に比べ遙かに強固になりました。攻撃用の武器も……」

「あくまで計算上だけど、逆天号の断末魔砲でも確実に1撃目は防げるわ。2撃目となると……ちょっとギリギリだけど」

 二人の姿が見えなくなると横島が真剣な表情で口を開き、小竜姫も表情を硬くしながら同意する。
 一瞬遅れて姿を現したルシオラの意識は、表情は硬いものの、この時のために準備してきた事柄にある程度自信を持っているため、口調は少しだけ明るい。
 だが、彼女も逆天号や自分達3姉妹の力を十分知っているが故に、準備が万全ではないと理解していた。

「まあ、対逆天号用の装備も何とか完成したから、妙神山がそう易々と落ちる事はないだろうけど、いよいよこの世界のルシオラと会う訳か……。そしてベスパとパピリオ……か」

「ヨコシマ、まずは妙神山を防衛する事だけを考えて。私の事は……まだ時間があるわ」

「そうです。私達にできる事を一つ一つ、確実にやっていきましょう」 

 どこか言葉に迷いを感じさせる横島に寄り添い、元気づけるルシオラの意識。
 小竜姫も自分に言い聞かせるように言う。

「なぜだかわからないけど、ルシオラの意識はこの世界のルシオラと、時々弱いながらも魂がリンクする。おそらく戦闘になれば、細かい事はわからないが始まった事だけは、こちらにもわかるって言う事だな」

「ええ、そのぐらいならわかると思うわ」

「では……いよいよ『シナリオ1』ですね」

 ルシオラの答えに、グッと首からかけたネックレスを握りしめる小竜姫。
 それは死津喪比女事件の時に横島から渡された、文珠ネックレスの改良版(というか新品)だった。
 あの時に比べ大幅に霊力がアップした横島が、再度小竜姫のために文珠を創りだし、ルシオラの技術の粋を集めた制御装置内蔵の優れもの。
 これで、冥界とのチャンネルが断たれ、万が一妙神山が陥落したとしても、アシュタロスの件の結果が出るまでは支障なく活動できる。
 この装備一つ取ってみてもわかるように、この時のために3人は2年間を費やしてきた。
 既に自分の記憶にある平行未来とは異なる出来事が多くなったため、今回も全員が無事に生き残り、勝てるかどうかはわからない。
 だが、自分を、そして仲間を信じて戦うしかないのだ。
 時に平成○○年4月1日。
 この時間軸での横島とルシオラ(本体)との最初の出会いまで、あと2週間と迫っていた。






「あはようでござる!」

「お邪魔します」

 美神除霊事務所に朝から元気な声が響き渡る。
 バイト(正社員ではない)の犬塚シロが出勤してきたのだが、今日はその声がいつもに増して弾んでいる。
 その原因は、彼女の後ろから事務所に入ってきた男性が一緒だったため。
 シロの師匠の1人、横島が今朝は用事があると言って出勤するシロと共にやって来たのだ。

「あれ? どうしたんです横島さん。何かあったんですか?」

「あら、横島君。妖怪グモ事件以来ね。どうしたの? 今日は修行する日じゃなかったと思うけど……」

 横島が現れたのを知り、単純に顔を綻ばすおキヌと違って、美神は笑顔を見せつつ眼付きを鋭くさせる。
 何しろ、アポ無しで横島が現れる場合、決まって強力な妖怪や魔族が絡む事件の前触れなのだから……。

「ええ、実は美神さんに伝える事がありまして……」

「何かしら?」

 来客用のソファに場所を移し、おキヌが持ってきたお茶を前に向き合う横島と美神。
 ニコニコしたシロとおキヌがそれぞれ横に座っている。

「漸くというか、やっとアシュタロスの秘密基地の所在がわかったみたいで、神族と魔族の混成チームが逮捕に向け動き出しました。先行偵察部隊が昨日出発したんで、基地の正確な場所を確認次第、主力部隊が出動する筈です」

「えっ!? それって本当?」

「はい」

「よかったですね、美神さん! これで魔族から命を狙われなくなりますよ!」

「よかったでござるな、美神殿」

 横島の言葉に嬉しそうに言うおキヌとシロだったが、美神としてはわざわざ横島がこの事を言いに来た事が引っ掛かった。
 何やら言葉の裏に隠されている真実があるのではないか?
 そんな懸念が拭いきれず、思考を巡らす。
 そして即座に辿り着いた結論は……。

「横島君、と言う事はアシュタロスが形振り構わず、私の魂に融合した『結晶』を奪いに動き出すって事ね?」

「「えっ……?」」

「さすがは美神さん、ご明察の通りです。もし捕まれば少なくとも再び美神さんが転生するまで、『結晶』を奪う事ができなくなる。いや、これまでの事がバレて計画自体が瓦解してしまうでしょう。アシュタロスは本気で乗り出してきます。気を付けてください」

 ゴクリ、と自分の唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。
 おキヌはいきなり飛び出た美神の言葉と、それを肯定する横島の言葉を理解できなかった。
 いや、何が起きるのかと言う事は理解できた。
 だからこそ、きっと青ざめた表情をしているだろうし、普段は気にしないような音がやたらと大きく聞こえたのだろう。
 理解できなかったのは、なぜそういう展開になるのか、と言う事。

「あ、あのー、私……どうしてそうなるのか理解できないんですけど……」

「も、申し訳ござらん。拙者も理解できなかったでござる」

 困惑気味な従業員2名に、溜息を吐きながら説明を始める美神。
 計画が発覚したクーデター犯の場合、大人しく諦めるか、自暴自棄になって逆撃に出るか、何とか逃げ延びて潜伏し次の機会を待つか、ぐらいの選択肢しか残されていない。
 そして、前世からの因縁を持つ自分を500年間捜し続けたアシュタロスが、そう簡単に全てを諦める筈などない。
 そこまで説明されれば、おキヌとシロにも美神と横島の危惧が理解できた。
 それは、話の途中から顔色が悪くなっていった事からも明かだろう。

「そ、それで美神さん! どうするんですか?」

「せ、先生! 拙者、どうしたら……」

 明らかに狼狽する2人を落ち着かせようと、美神は両手を上げて前に突き出す。

「落ち着きなさい。そのために神魔合同部隊が動いているんでしょ。それに、もしその部隊がやられてアシュタロスが本気になっても、両軍の援軍が来ればいかにアシュタロスでも年貢の納め時っていうもんよ。ね、横島君?」

「そうですね。でも暫くは身辺に十分注意してくださいね。俺はこの関係であまり妙神山を離れられないかもしれません。一応、これを渡しておきますけど」

 2人を安心させようと、わざと軽く口調で横島に確認を取った美神に頷くと、横島は文珠を3個ほど取り出して手渡した。

「この前のメドーサ・クラス魔族の攻撃であれば、何とか一撃は防御する事ができるでしょう。これを使って俺に連絡をくれても良し、妙神山に転位しても良し。使い方は美神さんに任せます」

「ありがとう、横島君。この好意は無駄にしないわ。私もGS・美神令子よ! 例え世界が滅んだって生き抜いてみせるんだから!」

 強がりとわかっていたが、そんな美神の配慮を汲んで頷いた横島は、用事が終わった事を告げて美神除霊事務所を辞した。
 取り敢えず、美神の方に手は打った。
 後は、戦端が開かれるのを待つだけである。

「……ヒャクメ、大丈夫かな?」

『まだ部隊は接敵していないみたいよ』

『未だ妨害霊波も展開されていません』

『そっか……。じゃあこれから戻って最後の仕上げをしなきゃな』

『そうね。でもヨコシマ、その前に……』

『ああ、気が付いているよルシオラ』

 一言呟いた後、なぜか横島は言葉を口に出さずにルシオラ、小竜姫の意識と話していたが、人気のない事を確認し文珠を取り出すと一瞬で『滅』の文字を入れる。

「おい、そこで息を潜めている魔族! 敵でないのなら俺の前に姿を現せ! 別に魔族だからというだけでどうこうしやしない。だが、もし逃げようとすれば命はないぞ!」

 言葉に力を込め、いきなり足を停めたままそう叫ぶ横島。
 既に張り巡らせた彼の霊波探知網が、微かな心の動き(動揺)を感知する。

「もう一度だけ言う、姿を見せろ。用があるなら聞く。だが攻撃してきたり、逃げようとすれば容赦はしない!」

 再度横島が言い放った時、敵の動きが微かな空気の乱れとなって横島に魔族の動向を伝える。
 それに従い心眼の焦点を合わせると、今しも1鬼の魔族が踵を返し逃走しようとしていた。
 その発散する、間違いようのない敵意を感じた横島は、相手を敵と判断する。

「警告はしたぞっ!」

 ビュッ!!

 隠れている存在の動きを見極めた横島は、手に隠し持った文珠を礫の如き勢いで10m程離れた塀目掛けて投擲した。

「ガッ……!!」

 ドシュウウウッ!

 文珠が見えない何かに当たり、光が輝くと共に絶叫が迸る。
 塀から滲み出るようにカメレオンのような姿をした魔族が現れ、瞬く間に文珠『滅』の威力によって光と共に消滅していった。

「今朝から俺を監視していたようだからな。これ以上は企業秘密なんで見せてやれねーんだ。悪く思うなよ」

『忠夫さんにデタント派の監視や護衛が付いていない事は、昨日ワルキューレやヒャクメに確認済みでしたから。アシュタロスの手の者に間違いないですね』

『そうね。こちらの警告にも従わなかったんだから、自業自得よね』

「動き出したみたいだな、アシュタロス」

 魔族の消滅を確認した横島は、何でもなかったように歩き出す。
 その足は当然の如く、妙神山東京出張所へと向かっていた。






『気が付かれたようだな……』

「はっ。申し訳ありません、アシュタロス様」

『それにしても、ファーシフの穏行術を呆気なく見破り、瞬時に倒すとはな』

 薄暗い一室で、アシュタロスを象ったレリーフの眼が明滅する。
 その眼下に控えるは土偶羅。
 横島を監視しているはずの魔族・ファーシフからの定時連絡が途切れたのである。
 カメレオン型魔族のファーシフは、相応の能力を持つ下位の中級魔族なのだが既に倒されているとアシュタロス達は判断していた。
 平安京でアシュタロスと戦った時の実力を思えば、アシュタロスの判断は当然と言える。
 また、土偶羅も月でメドーサやベルゼブルを倒したと思われる横島の実力を考え、主人と同じ結論に到達したようだった。

『やはり一筋縄ではいかん相手のようだな。土偶羅、移動妖塞・逆天号の準備はどうなっている?』

「既に最終的な調整は終了しております。アシュタロス様がエントリーしていただければ、直ぐにでも行動を開始できます」

『そうか。月からの魔力奪取が、予想外に少ない量に終わったのが残念だ。今の状態では、いかに私でも艦の運航にほぼ全ての霊力を注ぎ込む事となるだろう。殆ど眠っている状態となるのは必定。よいか、土偶羅魔具羅! 必ずやエネルギー結晶を取り戻し、私を起こすのだ! よいな!』

「ははっ! 必ずや……」

 圧力を伴うようなアシュタロスの言葉に、恭しく頭を下げて答える土偶羅。
 彼にとって、創造主たるアシュタロスへの絶対的忠誠はプログラムされた至上命題である。
 故に、自分の全能力をかけて任務を遂行しなければならない。

『ところで、部下の3人はどうした?』

「既に調整槽から出て、今は各技能の確認訓練を行っています」

『そうか……。今回の我が全霊力を傾けた作戦の戦果は、お前とあの3人にかかっている。必ずや任務を果たさせよ。いつぞやのメフィストのようにならぬようにな……』

「ご安心下さい。あの3人の霊体ゲノムには、監視ウィルスを組み込んでおります。『テン・コマンドメント』に触れる行動を取れば、その場で消滅しますから裏切りなどあり得ません」

『なるほ「ビーッ! ビーッ! ビーッ!」……』

 アシュタロスの言葉を遮るように、突如基地内に警報が鳴り響く。
 壁面のスクリーンが次々と起動し、いきなり騒々しくなる室内。

「な、何事だー!?」

 土偶羅が叫んだ時、基地内通信機のコール音が鳴り女性の声が聞こえてきた。

『土偶羅様、何者かが基地外の探知システムに接触しました。現在ハニワ兵を確認に急行させていますが、どうやら戦闘になった模様です』

「そ、そうか! ではお前達はすぐに逆天号へと搭乗するのだ。私も直ぐに行く」

『了解』

 報告を受けながらスクリーンで状況を確認した土偶羅は即座に命令を伝えると、アシュタロスのレリーフ像へと向き直る。

「ご覧のように、神族とそれにおもねる腰抜け共が遂にここを嗅ぎつけ、攻撃してきたようですな。アシュタロス様、援軍が来ぬうちに作戦開始を……」

『よかろう。私も逆天号に移る事にしよう。そして、妨害霊波を放ち始めるとするか。いよいよ、最終段階だな』

 楽しそうにそれだけ話すとレリーフ像の眼から光が消え、何やら機械音のようなものが聞こえ始める。
 それを見届けると、土偶羅は既に役目を終えた司令室を後にした。



 ドンドンッ! バシュッ!
 ズズウゥゥゥウン!!

「ちっ! 後から後から湧いて出てくるな……」

「あれは兵鬼の一種なのねー! 魔族ではなくロボットみたいなものだわ」

「ヒャクメさんの言うとおりです。敵の兵士からは魂の反応が感じられません!」

 遮蔽物の影からライフルを撃ちまくりながら、一向に減る様子のない敵に忌々しそうな表情を向けるワルキューレ。
 周辺に展開している部隊も、敵の攻撃に対して猛烈な応射を行っている。
 ところで、この右翼部隊は魔族正規軍士官29名から構成されている。
 それなのに、なぜヒャクメがこの部隊にいるのか?
 左翼部隊は神族の武神から成る部隊だが、こちらにヒャクメと同様の能力を持つ魔族士官が加わっていた。
 中央部隊は各々の部隊の混成となっている。
 要するに、交流と監視を兼ねて、1名ずつを交換しているため、ヒャクメはこちらの部隊に派遣されていたのだった。

「だが、これだけの厳重な警戒網と兵力。ほぼ間違いなく、ここがアシュタロスの秘密基地だ! ジーク、ヒャクメ、両界へ援軍出動の要請を連絡しろ!」

 自分達の任務はあくまで敵基地の発見と、可能であればその潜入・破壊工作だと言う事を熟知しているワルキューレが指示を出すが、それは焦った表情のジークの返答によって不可能だと知らされた。

「ダメです! 魔界への通信ができません!」

「神界にも繋がらないのねー!」

「何だって!? 一体どういう事だ?」

「妨害霊波のようなものが放射され、冥界と霊的拠点を結ぶチャンネルが遮断されましたっ! これでは援軍はおろか、我々が自分達の世界に戻る事すらできません!」

 ジークとヒャクメの報告を聞き、ワルキューレは即座にこの後の行動を考え始める。
 もはや援軍は期待できない。
 しかも、これだけの出力を持つ妨害霊波を出す以上、アシュタロス本人がいると判断するしかない。
 となると、この部隊の戦力では到底勝ち目など無い。
 しかも、ここは敵の本拠地。
 どのような隠し武器があるかもしれない。
 勝ち目のない戦いをダラダラと継続させるのは、指揮官として無能の誹りを受けるだろう。
 何しろ、ここで踏ん張る事に意味など最早無いのだから……。

「ジーク、部隊司令に連絡しろ! 即座に撤退すべきと具申するんだ!」

「わかりました!」

「右翼部隊、直ちに撤退準備に入れ!」

 混成部隊の右翼を率いていたワルキューレは、事態の深刻さを理解し麾下の部隊に撤退を命じた。
 だが敵は待ってはくれない。
 足元から不気味な鳴動が聞こえてきたのだ。

「な、何か地中から出てくるのねー!」

 ヒャクメの千里眼は、敵基地のドックから浮上を始めた逆天号の姿を明確に捉えていた。
 おそらく、敵が不可視結界を用済みと言う事で解除したのだろう。
 このままでは、自分が聞かされた未来での話のように、部隊は壊滅的打撃を受ける事となるに違いない。
 ヒャクメの眼には、今正に天井を突き崩そうと上昇する逆天号の、強大な霊波出力が嫌でも見えてしまうため、そう理解せざるを得なかった。

「ワルキューレ、ジーク! 早く逃げなきゃダメ! 連中はとんでもないモノを用意しているわ! あれは……巨大な機動妖塞が出てくるわ。推定霊圧……最低でも約20万マイトのとんでもない奴よっ!」

「「…っ!?」」

 ヒャクメの叫ぶような声に、近くにいた魔族の兵士が思わず振り返る。
 それはこの人界であり得ないレベルなのだ。
 なぜなら、これだけの力をもつとなれば、400万マイトの上級神または上級魔に相当する。
 しかも、それは起動したばかりのレベルでだろう。
 実際に戦闘態勢に入れば、その数倍になる筈だ。

 ゴゴゴゴゴゴゴッ!

 大地の揺れはますます酷くなり、最早まともに立っていられないほどの激しさになっていた。
 ふと視れば、いつの間にか前方に展開していたハニワ型兵鬼の姿が消えている。
 撤退したのだろう。

『…ジ…ジジッ………総員、直ちに退却せよ! 敵にはどうやらとんでもない切り札があったようだ。総員退却!!』

 通信鬼から部隊司令官の声が響き、各員は即座に動き始めた。
 だが、遙か前方の大地が陥没し、そこから巨大なカブトムシのような格好の兵鬼が悠然とその姿を現す。

 ズドドドドッ!  

 全員が瞬時に悟る。
 自分達が持っている戦力では、あれに対抗する事などできない、と。
 こうなったら、一刻も早く撤退し逃げ切らなければならない。

 ゴゴゴゴゴッ………

 空中に静止した敵機動妖塞は、獲物を探すかのようにゆっくりと旋回を始め、ワルキューレ達の方へとその艦首を向けた。

『隊長! ゲートが……ゲートが開きません!』

『このままでは、我々は自分の世界に戻れませんっ!』

 通信鬼を通して、部隊の各所から狼狽したような声が飛び交う。
 ワルキューレは、ジークやヒャクメからその事を聞いていたため、妙神山に逃げようと考えていたが、当然異なる選択をする者もいる。

「いかんっ! 隊長、妙神山に一時撤退するよう、全員に通達を!」

 ウゥゥゥゥ……ギャアァァァァッ!!

 だがワルキューレの提言は遅きに失した。
 敵機動妖塞の艦首に付いている2つの角が光り輝き、その間から強烈なエネルギー砲が発射されたのだ。

「ダメッ! 助けて、横島さん!!」

 ヒャクメが涙目となって叫んだ時、手に握りしめた『転位』の文字が込められた双文殊が光を発した。
 その光は急速に広がり、辺り一帯を包み込んでいく。

 グワッ!! ズガアァアァアァアァン

 しかし、それと同時に巨大な火球が生み出され、その範囲に存在する者全てを焼き尽くしたのだった。



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