フェダーイン・横島

作:NK

第95話




『接敵したみたいね……。どうやら逆天号を起動させるみたい』

「そうか。と言う事は……小竜姫様、どうですか?」

「まだ大丈夫……あっ! 今、冥界とのチャンネルが遮断されました。妨害霊波を出し始めたようです」

 ワルキューレ達が逆天号の驚異を目の当たりにしている頃、妙神山では微かにリンクしているルシオラ本体の心の揺れを感知したルシオラの意識が、横島達に状況を伝えていた。
 それを聞いてから妙神山の冥界とのチャンネルを監視していた小竜姫だったが、遂にそれが遮断された事を報告する。

「いよいよ動き出したか。向かった部隊を壊滅させた後、逆天号は世界各地の神族、魔族の俗界拠点を強襲し、神魔族の霊力源を断とうとするはずだ」

『ええ、アシュ様は月から転送した魔力エネルギーを使って、逆天号のエネルギー源となっているはずよ。私達姉妹は体内にエネルギー結晶程ではないけど、ヨコシマが作った文珠ネックレスのような魔力エネルギー・コアを内蔵しているから、人界の霊力源を全て破壊しても1年間は動けるように調整されているの』

 横島が今後のアシュタロス一味の行動を予測すると、ルシオラの意識が情報を補足していく。
 小竜姫も知識としては知っているので、頷きながらも無言だ。

「おそらく、ここ妙神山を除く107カ所の拠点は、ろくな反撃もできずに破壊されてしまうでしょう。何しろ、霊力増幅器の性能が違いすぎますから……」

『そうね。妙神山の霊力増幅器は私とヨコシマでかなり改造したけど、逆天号のモノに比べれば出力は落ちるわ』

「そろそろヒャクメ達が戻ってくるな。そうしたら雪之丞達にも事情を説明して、総力を挙げて迎撃する準備を行おう」

 そう横島が締めくくった時、フッと彼の視線が虚空を彷徨った。
 その様子にルシオラの意識と小竜姫が怪訝そうな表情を見せる。

「……どうしました、横島さん?」

「いや……ヒャクメ達が転位してきます。結界強度を弱めてなるべく多く転位してこられるようにしないと」

「わかりました。直ぐに操作しましょう」

『私は一旦深層に戻るわね。アレの説明をする時になったら呼んでね』

 結界出力の操作を小竜姫に任せ、横島は宿坊から外へと出ると、鬼門の方へと歩き出す。
 ルシオラの意識も奥へと戻っていった。
 怖い思いをしたであろうヒャクメを出迎え、ワルキューレやジークの労を労うためだ。
 数十mほど歩くと、彼の目の前に光が広がって多数の人影が見え始める。
 大雑把に数を数えたが、向かった神魔混成チームのかなりの人数を助ける事ができたようだ。

「緒戦は確かにお前の勝ちだな、アシュタロス、だが……俺達は最後に勝つか、負けなきゃいいんだぜ」

 部隊が完全に実体化するのを見詰めながら、横島はポツリと呟く。
 そう、戦いは百戦して百勝する、という必要はない。
 重要で必要な戦いで勝利を収めればよいのだ。
 もしくは、決戦で負けなければ冥界チャンネルを封鎖できなくなったアシュタロスは、自動的に敗北する。
 後にアシュタロス・クーデター事件と呼ばれる戦いは、遂に戦端を開いたのであった。






「霊的物体存在せず。全滅した模様」

「流石は逆天号。凄まじい力だね」

「フッフッフッ、今の断末魔砲は本来の1/4の出力に過ぎん。あの程度の連中にはこれで十分だがな」

 逆天号の艦橋では、正面中央の艦長席(?)に座ると言うより乗っかった格好の土偶羅がふんぞり返って断末魔砲の威力を誇っていた。
 その土偶羅の左手前方の席に座り、センサーの表示パネルを覗き込んでいる黒髪・ショートボブの女性。
 冒頭に報告をしていたのも彼女である。
 彼女の姿は、横島の『投影』の文珠によって映し出された、ルシオラと瓜二つ。
 違いと言えば、ややバストが小さいぐらいであろう。
 とはいえ、平行未来での同じ時期に比べれば、少し大きいのが差と言えなくもなかった。
 彼女こそ、この世界のルシオラである。

 逆天号の威力に感心していたのは、ルシオラの妹で腰までの金髪に隈取りのようなアイシャドウが特徴のベスパ。
 姉を遙かに凌駕する、巨乳の持ち主である。
 もう1人、末妹のパピリオがいるが、なぜかこの艦橋に姿はない。

「もう十分じゃないですかあ、土偶羅様?」

「よし、これより本艦は世界各地に設置されている、神魔族の俗世界拠点全てを破壊する。これが本作戦の第一段階だ。異空間潜行準備!」

「了解! 異空間潜航装置作動! 」

 土偶羅の命令を実行すべく、テキパキとコンソールを操作していくルシオラ。
 だが、操作を行いながらもルシオラは、心の中で全く別の事を考えていた。

『……これで大手を振って、あの夢に出てくる男を捜す事ができるわ♪ なぜかはわからないけど、必ず会えるような気がする。与えられた知識では、あの人間は日本人っていうタイプね。いつ日本には行けるのかしら?』

 表情は真面目そのものだったが、心の中ではこんな事を考えているルシオラはかなりの高揚感に包まれていた。
 もう少し慣れてきたなら、鼻歌でも歌い出しそうに機嫌が良いだろう。
 ルシオラ以外、誰1人としてそんな彼女の心の中を知らない一行は、戦いを一つ終えた事で緩んでいく雰囲気の中、自分の席へと座る。
 やがて逆天号は前方に展開された異空間へと、その巨体を沈み込ませていった。






「……こ、ここは?」

「何とか助かったみたいなのねー」

「???」

 敵の砲撃が自分達を襲う寸前、いきなりヒャクメを中心に発生した光が自分達を包み込み、気が付けば敵の姿など見えない静かな場所で座り込んでいた。
 何が起こり、ここがどこなのか知っているヒャクメだけは、命が助かった事に安堵して空を見上げている。
 しかし、ジークを始めとする混成部隊の神族、魔族は、何が起きたのかすら理解できていない。
 いや、ジークだけは朧気ながら何が起きたのかを想像できていた。
 周囲を見回したワルキューレは、ようやくここが妙神山の敷地内だと言う事に気が付いた。

「ジーク、ここは妙神山だな?」

「はい。どうやら我々全員を何者かが 強制的に転位させたみたいですね」

「こんな真似ができるのは…………考えるまでもないな」

 この会話だけで状況を把握したワルキューレとジークが、1人だけ気が緩んでいるヒャクメに視線を向けた。
 だが、ヒャクメは急に真顔になると自分の正面を見詰める。

「よお、ヒャクメ。無事だったか、良かった」

「うぅ……よ、横島さん、怖かったのねー!」

 ヒャクメはガバッと立ち上がり、姿を現した横島に抱き付こうと走り出す。
 そして呆気にとられるワルキューレ達を尻目に、タックルするかのように抱き付いた。

 ボスッ! モニュ……

「へっ……? 何なのね、このモニュっていう感触は?」

 ギュッと身体に廻される腕に、確かに自分は生きて帰ってきたのだと実感する。
 だが、何やら予想もしなかった柔らかくやや弾力感のある感触に、埋めた顔を上げるヒャクメだったが…………。
 そこには笑顔の竜がいた。

「あらあら、涙目になっちゃって……。そんなに怖かったんですか、ヒャクメ?」

「しょ、小竜姫――!? な、なんで貴女がいるのね? 横島さんは?」

 目の前に見えたのは、親友たる妙神山管理人・小竜姫の笑顔。
 だが、ヒャクメが呟いた瞬間、ギリッと廻された腕に力が込められる。
 その強い力に、確かに横島の胸目掛けて飛び込んだはずのヒャクメは、不思議そうに首を捻ると本来の目標を探すべく首を動かした。
 そして、小竜姫の後ろで引きつった笑みを浮かべ、自分を哀れむように見詰める横島の姿を捉える。

「よ、横島さん、どうしたの――! ちょ、ちょっと…い、痛いのねー小竜姫!」

 そう言いながら、小竜姫から離れようとしたヒャクメは、しかし…そうする事ができなかった。
 小竜姫の腕が、ギリギリとヒャクメの身体を締め上げる。
 その力は尋常なモノではなく、ヒャクメにはその拘束を抜け出る事などできなかったのだ。

「ヒャクメ、何をしようとしたんです?」

「えっ!? 生きて帰ったから……痛いの〜! よ、横島さんに抱き付いて……慰めて貰おうと思っただけ……あががががっ!」

「私はここの管理人ですから、いるのは当たり前ですよね。それに、迎えに来た親友を差し置いて、横島さんに抱き付こうとしたんですか?」

 ニッコリと笑う小竜姫の顔は、どこから見ても、誰が見ても笑顔なのだが、その心情は正反対なのだとそこにいた全員が理解していた。
 うっかりと小竜姫に本音を零してしまったヒャクメは視線と痛みによって、アワアワと引きつった表情で腰砕けになっているのだが、しっかりと小竜姫が抱き締めているので倒れる事すらできないのだ。

「ひいぃぃぃっ! か、勘弁してほしいのね、小竜姫! は、離してなのねー!」

 お慈悲を、と叫ぶヒャクメだったが、いつもの事からそう簡単に情けをかけて貰えるとは思っていなかった。
 だが、小竜姫はあっさりと身体に廻した腕を解き、ヒャクメを解放する。
 その行為に、いつものお仕置きが炸裂すると思っていたヒャクメは、安堵しつつも不安を覚えていた。

「あ、ありがとうなのね……」

「状況が状況ですから、今回だけは勘弁してあげます。でも……次はないですよ」

 ニコニコと笑顔のままそれだけを言うと、小竜姫は本来の役目を思いだし、転位して戻って来た神族部隊の指揮官を捜すためにその場を後にした。
 ヒャクメに保険として文珠を持たせた事、その文珠が危機を前にヒャクメの意志で発動し、部隊を妙神山へと転位させた事を説明するためである。
 その間、ヒャクメとワルキューレ、ジークは横島の基へと近づき、御礼を言っていた。

「どうやら、また助けられたらしいな。すまん……」

「これも文珠の力ですか。凄いモノですね。でも助かりました、ありがとうございます」

「無事帰ってくる事ができたのねー。横島さん、ありがとう」

 素直な感謝の言葉と態度を向けられた横島は、少しだけ照れくさそうにすると口を開く。

「いや、とこかくみんな無事で何よりだ。俺もアシュタロスと平安時代で戦った事があるから、いざと言う時の逃げ道だけは何とかしないと、と思ってヒャクメに文珠を持たせたんだ。それで、どうなったのか状況を教えてくれるか?」

 横島の言葉に、真剣な表情に戻ったワルキューレ達が頷く。
 そして重い口を開き明かされる戦いの記録。

「アシュタロスの基地近くまで進軍した私達の部隊は、突然湧き出たハニワみたいな兵鬼の攻撃を受け交戦状態に入った」

「ハニワ……? 変わったモノが出てきたんだな」

 倒しても倒しても一向に怯ないどころか、続々と湧いて出る援軍に右翼部隊を率いるワルキューレは危機感を覚えた。
 これでは消耗戦である。
 確かに敵は弱い。
 ライフルや拳銃の一撃で破壊されてしまう。
 とはいえ、とはいえである。
 今は問題なく敵を撃退しているが、やがて敵の数に蹂躙されるのは明確だからだ。

「だから神界と魔界に連絡を取り、主力部隊を呼び寄せようとしたのだが、いきなり妨害霊波らしきもので通信も移動手段も封じられてしまったのだ。即座に撤退を考えたものの、アシュタロスは間を置かずに巨大な移動妖塞を繰り出してきた。その妖塞の砲撃で我々が消滅させられそうになった時、横島がヒャクメに渡した文珠のおかげで命を助けられたってことさ」

「そうか……。だが、一撃で指揮官の中級中位神魔族を部隊ごと消し飛ばすなんて、凄い威力だな」

「ええ、推定ですが敵のエネルギー砲出力は、低く見積もったとしても10万マイトはありました。敵機動妖塞に至っては、60万マイト程度だと思います」

 ワルキューレの説明は、見えてはいなかったが大体横島が予想した通りの展開だった。
 それにしても、いかにアシュタロスがエネルギー源とはいえ、逆天号のエネルギー出力は反則なまでに高い。
 冥界チャンネルを封鎖するためには、アシュタロスといえども多大な魔力を使う。
 本来、人界では1千万マイトほどの魔力を振るう事ができるが、実に自分の魔力の98%をチャンネル封鎖に費やしている。
 だから、今の状況ではアシュタロスの人界最大魔力は20万マイト程度まで落ちていた。
 それを、最新鋭の霊力増幅器を使い、3倍まで増幅させる事ができるのだ。
 無論、常時それだけの出力を出しているわけではなく、砲撃などの戦闘時における場合に限るのだが。

「そいつは厄介だな……。そんな妖塞と正面から戦えば、まず勝利は覚束ないだろう」

「そうですね。横島さんの言うとおり、現在の我々の装備ではまず勝ち目はありません。いかに妙神山の結界といえども、あのエネルギー砲の前には破られるでしょう」

「それに……我々の持っている小火器程度では、あれに傷一つ負わす事はできない」

 この先の展開を考え、暗い表情で話すジークとワルキューレを元気づけようと横島が口を開きかけた時、小竜姫が1人の神族と共に近付いてきた。

「小竜姫様。部隊の指揮官との話は終わりましたか? ……えっ!?」

 小竜姫が来た事に気が付いた横島が、振り向きながら声をかけてアッと驚く。
 それは小竜姫の横にいる神族に見覚えがあったため。
 この世界では未だ会った事はなかったが、平行未来では非常に良く知っており、親交があった神族だったのだ。
 下げている刀は日本刀風だが、格好は小竜姫に似ている。
 年齢は若干小竜姫より上に見えるが、緑がかった黒髪に整った顔立ちの美しい女神。
 美人である事は疑いもないが、体格は小竜姫同様小柄だった。。

「あ…あれっ? こ、こう……」

「横島さん、紹介しますね! こちら、私と幼馴染みで竜神族の虹姫です。今回の混成チームの神族部隊副官だそうです。私もさっき会うまで、虹姫がアシュタロス基地探索の任務に就いていた事を知らなかったんで、驚きました」

「虹姫です。今回は危ないところを助けて頂き、ありがとうございました」

 思わず虹姫の名前を呼びそうになった横島の言葉を遮るように、いつもより少し大声で虹姫を紹介する小竜姫。
 紹介された虹姫も、感謝の念を込めて頭を下げる。
 おかげでボロを出さずに済んだ横島は、ホッとしながらも小竜姫に内心で感謝していた。

「あ、えっと……いえ、無事に戻ってこられて何よりでした。ワルキューレに聞いたんですが、かなり危なかったらしいですね」

「ええ、私が指揮する神族で構成される左翼部隊も、敵の妖塞の砲撃によって壊滅するところだったのですが、ヒャクメからもしもの時にと貰っていた文珠のおかげで助かりました。聞けば、ヒャクメは横島さんからいただいたそうで、本当に御礼の言葉もございません」

 少しだけ動揺が残っていたせいか、やや言葉に詰まりながらも普通に会話しようと試みる横島だったが、えらく礼儀正しく受け答えする虹姫。
 深々と頭を下げる虹姫に、横島の方がやや慌てた感じで頭を上げるように頼み込んでいる。
 そんな姿を見て、小竜姫はクスリと笑った。
 そしてヒャクメの方に視線を移す。
 眼が合ったヒャクメも、ニコリと笑みを浮かべ返す。
 そんなヒャクメに近づき、耳元に顔を寄せた小竜姫は小声で尋ねた。

「平行未来の事を知っていたので、虹姫に双文珠を一つ渡したのですね?」

「そうよ。だって、小竜姫やルシオラさん、横島さんも未来で世話になったし、何より小竜姫の幼馴染みでしょ」

「ええ。でも、本当にありがとうヒャクメ、虹姫を助けてくれて」

「水くさいのね。虹姫だって私の友達ですもの」

 そんなやり取りが行われている間も、横島と虹姫の会話は続いていた。

「でも、他の方達は残念でした……。部隊が横に広く展開していれば、いくら文珠でも影響を及ぼすのに時間がかかってしまいますから」

「はい。いよいよ敵基地に接近するとなった際、ワルキューレの指揮する部隊にお目付として派遣されるヒャクメが、私にこっそりと渡してくれたのです。そうでなければ今頃私も消滅していた筈です。実際、神族と魔族それぞれの指揮官は、中央部隊と共にやられてしまいましたし……」

「まあ、小竜姫様の親友である虹姫さんが無事だったのは何よりです。俺も小竜姫様が悲しむ姿は見たくないですから」

「ふふふ……。噂には聞いていましたが、小竜姫のことを本当に大事に想ってくれているようですね。これからも、小竜姫の事をよろしくお願いします」

「あ…、は、はぁ……。まあ、そちらの方は心配しないでください」

 何やら妹の事を託す姉のようだな、等と感じてしまう横島だった。
 実際、この時の虹姫の心境はその通りだったろう。
 横島としても、平行未来でいろいろと親しかった虹姫が助かり、今更ながらホッとしていたのだ。
 平行未来では、虹姫はこの部隊に参加していなかった筈。

『こんな所にも、俺が知っている世界の記憶と違っている部分が生じているんだな』

『そのようですね。まさか虹姫がこの部隊に所属していたとは……』

『本当に危なかったわね。でも私だって、虹姫さんが逆天号の断末魔砲で死にそうな目に合うなんて、想像もしてなかったわ』

『これから相違点はどんどん多くなっていくだろう。俺達ももっと気を引き締めていかないとな』

『そうですね』

『そうね。アシュ様のことだから、油断はできないわ』

 横島の元に戻った小竜姫とヒャクメが、虹姫と話し始めた姿を見ながら、横島はルシオラ、小竜姫の意識と決意を新たにしていた。
 そして、小竜姫に真剣な口調で話しかける。

「アシュタロス一味が、その機動妖塞で妙神山を攻撃してくるのは、まず間違いないでしょう。生き残った神族、魔族の協力を得て防衛体制を取らないといけませんね」

「ええ、横島さんの言うとおりです。幸い、多少の時間はありそうです。直ぐにワルキューレや虹姫と相談したいのですが、よろしいですか?」

 横島の提案に即座に頷く小竜姫。
 そして小竜姫に尋ねられたワルキューレと虹姫にも異存など無かった。
 何しろ、自分達の部隊の半数がやられたのだ。
 上手くいけば仇が取れるだろうし、何よりアシュタロスを逮捕すべき主力部隊は当面人界にやって来る事ができない。
 残された自分達で、人界を護らなければならないのだから。
 だが……妙神山の地下へと連れて行かれたワルキューレと虹姫は、そこで見せられたものに驚かされる事となる。
 そこにあったものは、彼女たちの想像を超えていたのだ。
 こうして、横島達が知っている記憶とは徐々に変化が大きくなりながら、戦いは次の局面へと動くのだった。






「横島君、ちょうどよかった。こちらから連絡を取ろうと思っていたところだ」

「西条さんの訊きたい事は大体わかりますが、緊急に連絡しなければ成らない事が発生しました」

 ヒャクメ達を収容し、虹姫、ワルキューレ、ジークと迎撃体勢を話し合った横島は、妙神山を小竜姫に任せオカルトGメン日本支部に西条を訪ねていた。
 西条も各国のオカルトGメン支部からもたらされる情報に、至急横島に確認を取ろうと思っていたためこの訪問は渡りに船だった。
 ソファに座りながら真剣な表情で向き合う2人。
 やや狼狽している西条に対し、横島の表情はキツイが焦っているようではなかった。
 何しろ、この時に備えて5年間の時を準備に当てていたのだから。

「取り敢えず、西条さんの方の話から聞きましょうか」

「わかった。ここ数日で10カ所以上の霊的拠点が世界各地で破壊されてしまった。現在、ICPOの総力を挙げて調査しているが、我々人間側には何が起きているのか全くわからない。君の方で何か情報を持っていないか?」

 横島に促された西条は、直球で現在の状況の原因を尋ねる。
 それは潔いぐらいど真ん中の直球であった。

「その前に、霊的拠点が破壊されたと言う事を、どうやって知ったんですか?」

「ああ、それは偵察衛星からの情報だよ。それによると、霊的拠点は完全に消滅していた」

「オカルトGメンの情報収集能力に敬意を表しますよ。俺がここに来たのも、その事について人間側の迎撃体勢を整えるためです。今回の事件の原因はアシュタロスです。奴が遂に本格的に美神さんの魂に融合する『エネルギー結晶』を奪い取り、何らかの計画を発動させるために人界侵攻を開始しました」

「何だって!? アシュタロスの人界侵攻!」

 さすがの西条も、告げられた事態の深刻さを瞬時に理解し顔色を青ざめさせる。
 アシュタロスが美神の前世と何らかの因縁があった事は、平安時代から戻って来た美神から聞かされていた。
 無論、細かい事は知らないが……。
 魔界で六大魔王の1人と言われる、超上級魔族が人界に降臨する事だけでも異常なのだが、神族、魔族両方の霊的拠点を破壊している以上、明らかに魔界の指導部に対しても反抗の意志があるということだ。

「神界と魔界は、漸くアシュタロスの人界基地を突き止め拘束のために軍を出動させようとしましたが、寸前で妨害霊波によって人界との移動を封じられ、現在は身動きがとれません。基地を探索していた強行偵察部隊は、敵の移動妖塞によって半数を失いましたが何とか妙神山まで撤退し、現在迎撃体勢を整えるべく動いています」

「そうか……。神界と魔界からの援軍は望み薄なんだね」

 ガックリと肩を落とす西条に、ワルキューレや虹姫から聞かされた南米での戦闘の顛末を話して聞かせる横島。
 敵の戦力はかなり強大であり、おそらく世界各地の霊的拠点を破壊しているのは、カブトムシ型の移動妖塞であろうと言って話を締めくくる。

「残念ですが、神界、魔界の人界派遣戦力は我々と部隊の残存戦力だけとなってしまいました。霊的拠点に駐留している神族、魔族の方々には、拠点を放棄して妙神山に集結するよう呼びかけていて、約1/3は応じてくれました。アシュタロスの軍勢は恐らく、後10日前後で妙神山に攻撃を仕掛けてくると思います」

「横島君は小竜姫様達と、妙神山防衛戦に参加するわけか……」

「ええ、そのつもりです。だけど、アシュタロス側の戦力はよく分かっていません。別働隊が美神さんを捜すために、我々の世界で行動を開始するかもしれないんです」

「……そうなっても、横島君達は妙神山を動くわけにはいかない、と言う事だね?」

 西条の問いかけに黙って頷いてみせる横島。
 西条にも、小竜姫を愛している横島が、この緊急事態に彼女1人を戦わせるわけがないとわかっている。
 だが、そうなると美神をいかにして守るかが問題となるのだ。
 自分が守れればよいが、西条とて自分の実力はよく分かっている。
 おそらく下級魔族相手でも、互角に戦う事ができるかどうか……。
 何しろ、今では美神の方が霊力が上なのだ。

「僕や小笠原君、冥子君、唐巣神父を集結させても、戦力としては十分とは言えない。さらには、敵の戦力すら明かではない……」

「美神さんは絶対に嫌がるでしょうが、どこか霊波を遮断できて防御力の高いところでジッとしているのが一番良いんですけどね。どこかありませんか?」

「うーん、ある事はあるんだが……」

 考え込む西条を見ながら、横島はそれが都庁地下に設置された心霊災害管理施設の事だと考えていた。
 だが、現時点では西条に使用の許可が下りるかどうかは微妙である。
 霊的拠点が幾つか破壊されたとはいえ、人間側は何が起きているかの情報や証拠を持っていないのだから。

「どうやら、オカルトGメンの権限を持っても、自由に使える場所じゃないようですね。今、世界中で何が起きているのか、俺とヒャクメが出向いて説明しましょうか、西条さん?」

「いや、それには及ばないよ。横島君も分かっているとは思うが、アシュタロスの目的を考えれば令子ちゃんを殺す事が最も簡単に人類側が負けない事だと、直ぐに気が付くだろうからね。ここは上手く韜晦しておかないといけない。僕もオカルトGメンの日本支部長だ。必ず上を説得してみせる」

 西条に言われるまでもなく、横島も一番簡単に負けない方法は、この時点で美神を殺してしまう事なのだと理解している。
 この段階で人類はアシュタロスの目的を知らないはずなのだから、事故に見せかけて美神を殺してしまえば1年以内に探し出せないアシュタロス側は追いつめられる。
 おそらく、少しでも事情を知った指導者達はそう考えるだろう。
 実際、平行未来でも世界GS協会は暗殺チームを都庁地下に潜り込ませていた。
 無論、その事を知ったアシュタロスが自棄を起こして、平行未来のようにジャックした核兵器を都市に撃ち込むとか、究極の魔体を繰り出して神族や魔族の体制側と人間界で最終決戦に及ぶとか、かえって平行未来の記憶より被害が拡大するだろうと横島は考えているが、そんな事は西条にすら説明のしようがない。
 逆に、平行未来よりもっと簡単に終わる可能性だってゼロではないのだし……。
 
「じゃあ、お任せしましょう……あっ、通信なんでちょっと待ってください」

 まあ、美神さんの母親も何らかの形で介入してくるだろうし、等と思いながら話していた横島は途中で話を切り、通信鬼を出現させると顔を近付ける。

「横島です。何かあったんですか?」

『横島さん! さっき20カ所目の拠点が破壊されました。敵の移動妖塞は異空間に潜り込んだらしく、現在位置は不明です』

 通信鬼に話しかけた横島に答えたのは、緊張した声色のヒャクメだった。
 どうやら、自慢の千里眼で各拠点を監視していたらしい。

「そうか……。わかった、美神さんの保護については西条さんに事情を話して、手配して貰える事になったから直ぐに戻るよ」

『早く戻って来てね、横島さん』

 通信を終えた横島は、通信鬼を消すとソファから立ち上がった。
 西条も横で聞いていたため、何も言わずに見送る。

「じゃあ、後の事はよろしくお願いします、西条さん。いくらアシュタロスでも、そんなに長期間、人間界と冥界を切り離してはいられません。要は負けなけりゃいいんですよ、俺達は」

「そうか……そうだな。アシュタロスに勝つ事は難しいかもしれないが、何とか負けないようにすればいいと言う事か」

 少しだけ明るくなった西条に頷くと、横島は文珠を取りだし瞬間移動で妙神山へと戻っていった。

「さて、令子ちゃんと話をしなければ……」

 残された西条は、隣の美神除霊事務所を訪れるべく、入り口へと向かうのだった。






「今回のアシュタロス侵攻に対して、漸く都庁の地下施設の使用許可を取ったよ。これで令子ちゃんも安全だ」

「都の安全と繁栄のために作られた祭壇や霊的構造物。確かにここならアシュタロスであっても、簡単には覗く事ができないでしょうから、身を隠すにはもってこいだけど、まさか私がここの世話になるとは思わなかったわ……」

 都庁地下に設けられた鳥居を潜り、心霊災害管理施設へと向かいながら会話する西条と美神。
 先を歩く西条は少し疲れた顔をしている。
 さすがに事情が事情であり、前に横島から警告されていた事もあって、美神もそれ程文句を言わずに身を隠す事に同意したのだが、神族・魔族混成チームが敗退した事を聞かされた美神が不機嫌になったのだ。
 それを宥め賺してここまでやって来たのだが、昨日から各所に出向いて折衝を繰り返してきた西条は心身共に疲れているのだ。
 尤も、美神が不機嫌な理由は、横島が西条を通して自分に説明した事に拗ねているだけなのだが……。

「でも、横島君が妙神山の防衛戦に釘付けなのは痛いわね。横島君や小竜姫の事だから負けはしないと思うけど、彼の言うとおり別働隊が動き出したら人間側の戦力では太刀打ちできないかもしれないわ」

「その辺は僕に考えがある、オカルトGメンというか、ICPO付きと言う事で、小笠原君や冥子君にも協力を依頼するつもりだ」

 話ながら司令室へとたどり着いた2人は、先に来ていたであろう人影を見て首を傾げる。
 色々根回しした結果、ここには関係者以外入れなくしたのだから。
 と言う事は、あの人影はICPOの関係者と言う事になる。
 そこまで考えた西条の顔が急に険しいものとなり、懐の拳銃へと手を伸ばす。
 自分は上手くやったつもりだが、少し利口な人間なら美神暗殺を考えつくはずだ。
 あの人影は刺客かもしれない。

「そこに立っている君! 両手を頭の上に乗せ、姓名・所属を名乗りたまえ!」

「西条さん! 気を付けて!」

 即座に抜いた拳銃を構える西条の姿に、同様の結論に達した美神も神通棍を伸ばして臨戦体勢を取る。
 だがその表情は、ゆっくりと振り向いた人影の顔が明らかになった途端、酷く狼狽したものへと変わった。
 それは西条も同じ。
 なぜなら、自分達の前に立っていた人物は、2人が良く知っているが決してここにはいるはずのない存在だったから。

「……久しぶりね、令子、西条クン」

「ママ! ママなの? でも何で?」

「美神先生!! どうやって……」

 神通棍を降ろして呆然と言葉を絞り出す美神と、やはり呆然としつつも拳銃の狙いだけは外していない西条に声をかけてきたのは……美神が中学生の頃に死んだはずの美神美智恵。
 自分の師匠であり、美神の母親である美智恵に銃など向けたくはなかったが、美智恵は死んだはずだ。
 偽物である可能性がある以上、ここで油断するわけにはいかない。
 自分の心を叱咤しながら左手を横に上げて美神を制し、銃を構えたまま再び声を上げる。

「申し訳ありませんが先生、事態が事態なので先に検査を受けて頂きます。両手を頭の上に乗せていただけますか?」

 そんな弟子の態度に苦笑した美智恵だったが、状況を考えればその程度の事をしないで信用するようでは甘すぎるだろう。
 何より、しっかりと自分の娘を守ってくれているのだから、文句を言う筋合いはない。

「わかったわ、西条クン。積もる話はその後でね」

 大人しく指示に従う美智恵に、本物である事を確信する西条。
 こうして人間側の戦力も、急速に整備されていくこととなる。
 漸くアシュタロス側、神族・魔族側、人間側それぞれの役者が出揃い、全員が舞台へと上がったのだから。




(後書き)
 さて、いよいよこの世界のルシオラ、ベスパ、パピリオ(名前だけですが)がきちんと登場しました。
 第93話で現時点の主要キャラの霊力を示しましたが、追加で3姉妹の霊力を書いておこうと思います。


 ルシオラ
  総霊力:23,000マイト
  人界通常霊力:8,050マイト
  最大攻撃・防御霊力:0.6倍(4,830マイト)

 ベスパ 
  総霊力:24,000マイト
  人界通常霊力:8,400マイト
  最大攻撃・防御霊力:0.6倍(5,040マイト) 

 パピリオ
  総霊力:22,000マイト
  人界通常霊力:7,700マイト
  最大攻撃・防御霊力:0.6倍(4,620マイト) 

 3姉妹とも、再生メドーサから得たデータを基に、総霊力の35%まで人間界で発揮できるよう調整されている。
 また、体内に内蔵霊力(魔力)コアを持っているため、冥界チャンネルを遮断した状態でもパワーが落ちる事はない。
 ただし、これらチューンアップの代償として、寿命は1年間となってしまっている。


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