フェダーイン・横島

作:NK

第96話




「それで、私への疑いは晴れたかしら、西条クン?」

「すみませんでした、先生。しかし状況が状況ですので……」

「ううん、私をチェックした事は怒っていません。むしろ当然の事を貴方はしただけよ。思っていたより、ずっと優秀になっていたわね、西条クン」

 厳正な検査の上、姿を現した美神美智恵は人間であり、呪術などで括られた存在ではない事が明かとなったため、美智恵を含んだ3人は一つのテーブルに座り積もる話に花を咲かせていた。

「それでママ、来てくれたのは嬉しいけど……一体どういう事なの?」

 美神の一言は、言外に死んだはずの美智恵がなぜここにいるのか、と言う事に要約される。
 これが偽物であれば、ある意味すっきりと受け入れられたろう。
 だが、間違いなく本物なのだから……。
 自分が中学生の頃に死んだはずの母親。
 美神の胸中はなかなかに複雑だった。

「……おそらく、これが私には最後の時間移動になります。事件解決まであなた方と行動するつもりです」

「……では、ここにいる先生は…………」

「ママ……、ひょっとして今のママって私が中学生の時の――!?」

 美神の問いかけに、美智恵はやや暈かした内容の回答を口にする。
 だが、美智恵の事を良く知る西条や、自身が同じ能力を持つ美神には、その一言で全てを理解する事ができた。
 ここにいる美神美智恵は、過去から時間移動でやって来たGSとして、心技体全てが最盛期の頃の彼女だということが。
 暫くの間、既に自分達には過去の事となった記憶を思いだし、静かな時が流れる。
 その沈黙をうち破ったのは、他ならぬ美智恵だった。

「その話は今は無しよ、令子! 任務中は私情は忘れなさい!」

 その一言で沈痛な雰囲気は霧散し、現在の厳しい状況に相応しい緊迫感が戻った。

「西条クン!」

「は、はい、先生ッ!!」

「今日から私もICPO付きです! 本部からの命令を伝えます。ただ今からあなた方(オカルトGメン日本支部員)は全員、私の指揮下に入る事!」

「え……!!」

「当分の間、おまえもICPO付きよ、令子!」

 美智恵の唐突な命令に、少し驚いた表情の西条と、キョトンとした顔の美神。
 それはそうだろう。
 いくら事態が切迫しているからと言って、過去から来た死人(現在の時間では)に対アシュタロス戦の指揮をまかせるとは……。
 そんな心の裡が、美神の顔に表れていたのだろう。
 美智恵はさらに話を進める。

「この事件は人類全体の将来を左右するものです! 異議は認めません! 私はICPOと日本政府に全権を委任されています! 未熟なあなた方だけではアシュタロスに対抗できないからです! 以後、指揮官として鍛え直してあげますから覚悟しなさい!!」

 そう言い放った美智恵の顔は、それまでの母親の表情ではなく冷徹な指揮官のそれだった。
 そのピリピリとする雰囲気に、西条も美神も思わず立ち上がって背筋を伸ばす。

「では令子、戦闘用装備を身に着けて司令室の方に出頭しなさい。それから西条クンは私と一緒に来て。あっ、それから今後私の事は美神隊長と呼びなさい」

 最初の命令を告げた美智恵も立ち上がり、2人と別れた美神はオカルトGメン職員に連れられて更衣室へと向かった。
 司令室へ向かう途中、美智恵は美神の事務所職員も早急にここへと連れてくるように西条に指示を出す。
 だが、彼女は未だ人類側の切り札が姿を見せていない事に、微かな苛立ちを覚えていた。






 プシュッ

「ママ――― じゃない、美神隊長!! 美神令子、出頭しました!!」

 カッと踵を合わせ、ビシッと敬礼を決める美神。
 その姿はなかなか様になっている。
 そんな娘の姿に、美智恵の表情も少し和らいだ。

「よろしい! 公私のケジメがついてきたわね」

 だが、美智恵の表情は直ぐに苦笑いを含んだ複雑なものとなる。
 表情を綻ばせた美神が、子供のようにピトっと抱き付いてきたのだ。
 甘えモード全開である。

「でさあ―― 聞いてよママ……! さっき西条さんたらさあっ(はあと)」

「――って、いきなり甘えるんじゃありませんっ!!」

「ちょっとぐらいいーじゃん、ケチ!!」

「気が緩みきってるな……!」

 母親に叱責され、チェッと拗ねた表情で舌打ちする美神の姿を見て、西条も苦笑しながらそう言うしかなかった。
 だからこそ、美神も西条も何かを決意したような美智恵の表情を見逃してしまったのだった。



「なんなのここは、ママ?」

『霊動実験室。―― 一種の仮想空間です』

 美智恵の命令でだだっ広いドーム状の部屋へと1人入った美神は、少し高い位置に取り囲むように設置された窓から自分を見下ろしている母親に尋ねる。
 それはそうだろう。
 戦闘装備を付け、実戦ではないのなら訓練に決まっている。
 だが、通された部屋には何も置いていないのだから。

『ここでは、記録された魔物や妖怪の霊波動を、再現してシミュレートできます! 例えば――こんなふうに』

 そう説明しながら目前のパネルのボタンを押す。
 すると、美神の眼前に光が迸り、いきなりかつて倒した筈の魔族が現れた。

「…!! バ、バイパー!?」

 驚く美神を尻目に、さらにハーピー、雪女、ブラドー伯爵、グレムリン、邪妖精等の魑魅魍魎が一斉に姿を現した。

「へえ……。で、ママ。まさか――こいつらと一度に戦えって言うんじゃ……!」

「さすがにそこまではしません。でもシミュレーション調整で連中の強さはオリジナルの10倍にしてあります。目標は百人抜き!」

「ひ、ひゃく!? オリジナルの10倍の強さって、魔族本来の実力の半分じゃない! そんなの無理よ!」

 はっきり言って、美智恵よりも魔族や神族の事に詳しい美神としては、月でのメドーサや元始風水盤作動時のマンティアを見ているため、美智恵の言う事は無茶としか言いようがなかった。
 そんなのが相手では、あの横島でさえ苦戦するはずなのだから。
 しかし母親は非情だった。

『無理でもやるのです!!』

「そんな無茶な…!」

『一月たってもできない時は、私の手でお前を殺します!』

 これ見よがしにホルスターから拳銃を取りだし、遊艇を引いて初弾装填する姿を見せつける美智恵に、違和感を感じながらも頷かざるを得ない美神。
 なぜなら、母親が本気だと言う事がわかってしまったから……。
 そして、美智恵の後ろで立っていた西条もまた、美智恵が本気である事を肌で感じていた。
 こうして美智恵主導の特訓が始まったが、彼女は自分の娘が常識から外れた存在になり始めていた事を知らなかった。



「極楽に逝かせてやるわッ!!」

 バシュウゥゥゥッ!

 美神の神通棍から伸びた霊波の槍が、プログラムによって実体化したハーピーの胴体を貫く。
 声もなく消滅していくハーピー。

「次はどいつよッ!」

 そう叫んだ美神の後ろに、コンプレックスが姿を現し襲いかかるが、即座に体を入れ替えた美神は神通棍で攻撃を受け流し、跳躍して距離を取る。

「30鬼目……」

『これはどういう事…? 令子は私の予想以上の力を身に付けている。霊力だってハーピーの時に会った時から3倍も上がっているし……』

 冷静に美神が倒した妖魔の数を告げる西条の声を聞きながら、美智恵の頭の中は疑問で一杯だった。
 しかも、美神の攻撃や防御に用いている霊力は、自身の最大霊力である270マイトとほぼ同等。
 それは美智恵の常識からはあり得ない数値だったのだ。
 先程オリジナルより10倍強いと言ったモノの、シミュレーション用の妖魔の力は実際2倍までもいっていない。
 それでも、普通の(美智恵の常識での)GSでは到底攻略困難な訓練なのだが……。

「令子の霊力は……下級魔族に匹敵しているわ。どうやってこんなに強くなったというの? でも、これでは…この方法ではパワーアップは……」

「無理ですね」

 殆ど独り言として呟いた美智恵の言葉に、いきなり返事が返ってきた事に驚き振り返る2人。
 視線の先には、壁にもたれ掛かりながら立っている1人の少年がいた。

「貴方は……横島君! やっと姿を現したわね」

「横島君、妙神山の方はいいのか?」

 美智恵にとって、人類の切り札と成るであろう男がそこには立っていた。
 だが、この場所に自分達に知られることなく入ってくるなど、彼はどれだけの実力を持っているのだろう。
 一瞬だが背筋に冷たいものが走った美智恵の声は、微かにだが震えていた。
 本来この場所に簡単に入ってこられるはずはないのだが、西条としては横島の非常識な実力を知っているため、素直に思った事を尋ねている。

「いや、それ程楽観できる状況ではないんですが、美神さんに渡すものがあるんで来ました。でも随分警戒が厳重な所ですね。なかなか入るのに骨が折れましたよ」

 そう言うと横島は壁から離れ、スタスタと西条達に近付くと窓から訓練中の美神を眺める。

「美神美智恵さん、いくら美神さんをパワーアップさせるためとはいえ、限界を超えさせるために一度ぶっ壊そうとするなんて、妙神山顔負けの荒行ですね」

 別に苦言や皮肉を言っているのではない。
 単純に美智恵の覚悟と娘への想いに感心しているだけである。
 何しろ、自分自身が通ってきた道なのだから、別に酷いとも何とも思わない。
 だが、美智恵には皮肉にしか聞こえなかった。
 それは、娘に真実を話さずに特訓を課している負い目からかも知れない。

「令子の力は私の予想を遙かに越えていた。でもその分、随分安定してしまっているわ。戦闘中の霊波の乱れは殆ど無いし、闘い方としても完成されている。一体何をやったの、横島君?」

 娘がこうなった原因は、絶対に目の前にいるこの男が原因だと確信していた。
 何より、ハーピーとの戦いで彼の非常識な力の一端を見ていたのだから。

「別に大したことはしていませんよ。妙神山に修業に来た美神さんに、小竜姫様の頼みで念法を教え、修行をつけただけです。美神さんも頑張りましたから、今では第3チャクラまでは自分の意志で自由に操作できるようになりました。だから霊力を練り上げて自分の霊力を3倍近くまで増幅できるし、攻撃や防御に持っている霊力と同じだけ使う事もできるようになった。それだけです」

「そう……。貴方が修めていた念法を令子にも教えてくれたのね、感謝するわ。でも、それだけではアシュタロスに勝つ事はできない」

 そう言えば、ハーピーとの戦い後、少しだけ持てた娘との時間で念法を教わり始めた、と言っていたような覚えがある。
 過去の人間である自分としても、随分昔の事なので良く覚えていなかったが(美智恵から見ても10年以上前の事である)……。

「貴女の言いたい事は分かります。でも、人間である以上、どれほど頑張っても力で魔神を凌駕する事はできませんよ」

「わかっているわ、そんな事は。でも、貴方と同じぐらいにはなれる筈よ。そうでしょう、横島君?」

「それでも、せいぜい700マイトぐらいまでが限界ですよ。それに美神さんのパワー(基礎霊力)は、妙神山での修行や念法の修行でほぼ限界まで引き出されています。残る方法は霊波の質を変える事だけ。貴女はそれをやろうとしているんですね? 美神さんをあらゆる抑圧や理性から解放させようとしていますから」

「先生、横島君は今回の事態を知った各国の上層部や世界GS本部の取るであろう方策を、かなり正確に見通しています。だからこそ、令子ちゃんをここに籠もらせるよう、僕に連絡をしてきたんですから」

 苦しげに言う美智恵に、あまり表情を変えずに淡々と話を進める横島。
 その姿は、この世界では誰1人として(ルシオラや小竜姫の意識は除く)知らないが、特命課・課長としての態度だった。
 そう、美智恵と同じく冷徹な指揮官としての姿である。

「そうなの、貴方も令子の暗殺が最も安全な策だと気が付いていたの……」

「死ねば美神さんの魂は転生します。つまり、魂は暫く行方不明。アシュタロスが神界と魔界とのチャンネルを封鎖している間には、絶対に魂の結晶を手にする事はできないわけですから、負けはありません。おそらく美神さんも、薄々は気が付いていますよ」

 そんな横島の言葉に、ガックリと肩を落とす美智恵。
 せっかく娘を守るために、過去から時間跳躍を行ってやって来たというのに、自分の力はあまりにも小さい。

「事態を知った私は本部に掛け合い、猶予を要請しました。私が指揮を執ればアシュタロスの調伏が可能だと説得したのです。最悪の場合、私自らの手で娘を殺すという条件でね」

「それには美神さんがパワーアップして、『上』を納得させないといけない、ですか?」

 横島の言葉に頷く美智恵。
 これほどの危機に、いくら口で説明したところで為政者達が納得するわけもない。
 目的達成のための手段があるのかどうか、確認しようとするのは当然だった。

「俺にも今度の戦いで絶対に譲れない目的がありますから、貴女の事をとやかく言う権利は無いんですけどね。ただ、今の世界には美神さん同様に念法をある程度修めている人間が4人はいます。人間は1人1人の力では魔神に及びませんが、多くの力を結集すれば道は開けるんじゃないですか? さて、俺は妙神山に帰らなければいけないんで、渡す物を渡さなくちゃね」

 その言葉にハッとする美智恵を尻目に、横島はポケットから何かを取り出すと西条の手にそれらのアイテムを置いた。

「これは……?」

「こっちの勾玉は小竜姫様からの『竜の牙』、指輪はワルキューレからの『ニーベルンゲンの指輪』。これを武器として使いこなせば、少なくとも霊力を10倍パワーアップすることができるはず。念法と組み合わせれば、2,700マイトという中級中位神族並の力が出せます。でも、アシュタロスに力で立ち向かっても勝ち目は薄い。それだけは肝に銘じてください」

 それだけを言い残し、横島は手にした文珠を発動させて妙神山へと転位していった。
 後に残された美智恵と西条は、横島が言い残した言葉の意味を考え黙り込む。
 管制室でそんなやり取りが行われている事も知らずに、美神は37鬼目となる魔族・グレムリンと戦いを繰り広げていた。
 後で、横島の到来を知らせず、尚かつ自分の事を忘れていた2人に美神が怒った事は言うまでもない。






「107カ所目の拠点が破壊されました。敵妖塞はいつものように異空間に潜航しましたが、先程、極めて微かな重力震が感知されました」

「いよいよ……ですね」

「最後の拠点である妙神山を壊滅させるため、敵妖塞が来るな……」

 ヒャクメの鞄の蓋に映し出される映像を見ながら呟くジーク、小竜姫、ワルキューレ。
 言葉を発しはしないが、虹姫やイーム、ヤーム、魔族兵達も後方で食い入るように見詰めていた。

「ところで、僅かに感知された重力震ですが……どういうことでしょう?」

「恐らく、連中の内の何人かが偵察に出た、と言う事でしょう。アシュタロスも魔族の拠点については完全な情報を持っているが、神族側の拠点については大雑把な情報しか持っていないはず。地上に降りて地脈の流れから神族最後の拠点を突き止めるつもりだ」

 虹姫の問いかけに答えた横島だったが、これは平行未来でルシオラに聞いた事である。
 だが、そうでなければあの時(平行未来で雪之丞や弓かおりが襲われた時)3姉妹が街中に現れる必要など無かったのだ。
 この段階では、土偶羅は神・魔族の拠点を破壊する事に全力を挙げていたのだから。

「神界に帰れない今、この妙神山を破壊されれば、俺達は霊力源を失い急速に衰弱するってことだ。何とか守らなけりゃな」

「か、帰れないのは、や、嫌なんだな!」

 神族側の兵士として参加し、無事に妙神山へと戻って来たヤームの言葉に、イームが情けなくも同意する。
 彼等は今回の任務に、天竜童子の肝煎りで参加したのだ。
 天竜としては、本隊が後から出動しアシュタロスと直接戦うため、単に手柄を立てさせようと思っただけだったのだが……。
 思わぬ所で主君の親切心が災いとなっていた。

「そう言う事だ。いくら敵の移動妖塞が最新型の超強力艦だとしても、1隻で戦争に勝てるモンじゃない。俺達だってそのために準備してきたんだ。必ず守り抜けるさ」

「横島さんの言うとおりです。我々はできる事を全てやりました。後は敵を退けるだけです」

 そんなヤームとイームに軽い口調で答える横島。
 同意する小竜姫の言葉と相まって、緊張に支配されていた空間が少しだけ和んだ。

「それで横島さん、雪之丞さんや九能市さん、シロさんはどうしたんですか?」

「ああ、あの3人には東京出張所で待機するように言ってある」

「へえ……。よく承知しましたね」

「ああ、今回は白兵戦じゃなくて大砲をぶっ放す超遠距離戦だと言ったし、単純に霊力が多くないと役に立たないと言ったからな。不承不承ではあるが、同意してくれたよ」

 ジークの問いに答えたように、横島は雪之丞達を妙神山から退避させていた。
 その際には一悶着あったのだが、最終的には横島と小竜姫の全力の霊気で納得させた。
 そして、万が一妙神山が落ちた場合、人間の力で世界を守らねばならない事、その時に3人の力が必要なため、今は大人しく待っていて欲しい事を話したのだ。
 そのため、既に東京出張所には多くの武器等が運び込まれている。
 反撃のために様々な方策を考えている横島達であった。

「横島、小竜姫。主砲の整備が終わったぞ。いつでも稼働させられる」

「間に合ったな。じゃあ準備に入るとするか」

「わかった。よし、門の外まで前進!」

『了解!』

「開門――ッ!!」

 ギィ…………ッ
 ゴゴゴゴ……
 ズゥンッ!!

 鬼門が開くと同時に、ヌッと長大な砲身が現れ進んでいく。
 それは横島作製(実質は横島の身体を借りてルシオラの意識が作った)の自走砲であった。
 外観は自衛隊が配備している99式自走砲にそっくりである。
 どうやら、資料として手近な物を使ったらしい。
 長砲身の52口径155mm榴弾砲を持つ、99式自走砲を精確に外観だけコピーしているのだが、その中身は神族と魔族の技術を混合した優れものだ。
 30kmの射程距離を誇り、砲弾として霊力と魔力を別々に圧縮・格納して、発射・着弾時に一気に混合して強力な対消滅反応を起こす霊子砲弾(カートリッジ式)を採用している。
 既に横島の文珠を利用して、霊力と魔力を充填した砲弾も4発用意されていた。

「これで攻撃の方は準備できましたね」

「ええ、後は防御ですね。敵の主砲を防ぐ事ができるかどうか……」

 そう言って隣にやってきた虹姫の言葉に頷きながら、横島は修業場の外に置かれている黒いノペっとした塊に眼を向ける。
 これこそ、ルシオラの意識と地下に籠もってギリギリまで造り上げていた秘密兵器なのだ。
 横から見た外観は、単なる台形の鉄の塊にしか見えず、唯一の突起として上面に多銃身機関砲のようなものを含む構造物が装備されている。

「この兵器と強化した結界シールドで、何とかなる事を祈るばかりですね……」

「大丈夫です。横島さんと私達が万が一の時に備え、密かに作っていた装備ですから。必ず敵を撃退してみせます!」

 逆天号の強大さを自分の目で見た虹姫が不安を口にするが、小竜姫は信頼を込めた口調で言いきった。

「こいつは遠隔操縦で動かすからな。ジーク、操縦は任せたぞ。こいつを上手く使いこなす事ができるかが、この防衛戦の決め手だからな」

「わかっています。この1週間、ずっと訓練してきましたから任せてください」

 自走砲はワルキューレを指揮官に、神族、魔族の兵によって運用される。
 現段階では意味不明の黒い塊にしか見えない物体は、虹姫の指揮の基、ジークによって操縦されるのだ。
 無論、火器管制システムとしてヒャクメが重要な役割を果たす事は言うまでもない。
 尤も、土偶羅のように高速で計算する事はできないから、敵の情報や位置をリアルタイムで流すことがメインだが……。
 そして全体の指揮は小竜姫が執る事になっていた。

「残る問題は……先行偵察に出た連中の事だな」

『いよいよ、この世界のルシオラに会う時が来たか……。俺は、再びルシオラの信頼を勝ち得る事ができるだろうか?』

『大丈夫よヨコシマ。この世界の私だって、「私」と同じだもの。必ずわかってくれるわ』

『ああ、そうなるように頑張らなけりゃあな……』

『フフフ……。頑張って私を口説いてね』

 小さく呟いた横島だったが、遂にやって来た運命の時を前に緊張していた。
 日頃の彼からは考えられないが、それを理解できるのは小竜姫とルシオラの意識だけだろう。
 そして、小竜姫がスッと近寄り横島の手を握る。
 その瞳は力強く、雄弁に語っていた。
 『出会いを恐れるな』と……。
 そんな小竜姫に力強く頷く横島。
 ここまで来たら、後は自分の持てる力を全て発揮するしかないのだから。
 第一次妙神山直上会戦は、もうすぐ始まろうとしていた。






 横島達が重力震を感知した暫く後、未だ迫り来る危機を知らない人類は平和な時を満喫していた。

「おキヌちゃん、公休扱いとはいえもう1週間以上学校に来てねえなぁ。一体どうしたっていうんだ?」

「そういえば、美神お姉様も臨時休業中って言っていたわ。どうも、何か起きているみたですわね」

 都庁近くを制服姿で連れ歩いているのは、六道女学院に通うおキヌのクラスメート、弓かおりと一文字魔理だった。
 いきなり学校に来なくなった友人であるおキヌのお見舞いに行こうと、学校帰りに下宿先に向かおうと思ったのだが、常識人の弓が電話をかけてみたところ人工幽霊壱号から丁重にいない事を告げられたのだ。
 いきなり目的を消失した2人はこのまま帰っても、というわけで非常に珍しい組み合わせで歩いていた(普通はおキヌが必ず一緒)。

「何かって何だよ、弓? ニュースじゃ何にも言ってないぜ?」

「バカね、貴女! オカルト的な大事件だったら、相応の情報管制が為されるでしょ! ……っ!?」

 ズンッ!! ゴゴゴゴッ……

 それなりに仲良く歩いていた2人の基に、突然強烈な霊圧のプレッシャーが襲いかかった。
 雛とはいえGSを目指す者。
 即座に身体が反応し、2人揃って後ろを振り向く。
 そこには、おそらくこのプレッシャーの基であろう小さな人影があった。

「な……何?」

「わからねえ……。何なんだ、この凄まじい霊圧は…?」

「どうやら……原因はあのおチビさんのようね」

 こちらにゆっくりと近付いてくる幼女。
 四つに先が分かれ先端にボンボンが付いた黄色い帽子を被り、黄色と黒の半袖ワンピース(スカートは短い)を着た、緑色の髪の少女にしか見えない。
 だが、間違いなく霊圧はあの少女から発せられている。
 そして、少女は歩いていてぶつかった大人を、『どけ』の一言で数十mも弾き飛ばしたのだ。

「人間じゃ無さそうね……! 友好的でもないわ!」

「俺達に用があるみたいだぜ! 気をつけろ!!」

 戦闘態勢とは言わないまでも、かなり高度の警戒態勢に入り構える2人。
 だが、これがもし神保理恵だったら、一目散に撤退しようとしていただろう。
 何しろ、あの少女から発せられる霊圧は、彼女が襲われたラフレールなどと比べ物にならないほど大きなものなのだから。
 しかし、残念ながら弓と一文字はそういう恐怖を味わった事がなかった。
 彼女たちは、それをこれから身を以て知る事となるのだ。
 人を吹き飛ばしたにもかかわらず、ニコニコと笑顔を向けた幼女、パピリオはスッと右手を上げて指輪のはまった中指を弓達に向けた。

「怖くないでちゅよ――。すぐ終わるから!」

 クスクスと邪気のない笑顔でそういった途端、パピリオの中指から指輪が独りでに飛び出し、アッという間に大きくなると弓に襲いかかった。

「!! な……!?」

 いかに幼少から訓練してきた弓とはいえ、このいきなりの攻撃に一瞬対処が遅れてしまう。
 指輪の4カ所に付いている髑髏の眼が光ると同時に、弓は自分のパワーが無理矢理吸い出されるような感覚に襲われ絶叫する。

「キャアアアアッ!!」

「ゆ、弓っ!?」

 喧嘩慣れしている一文字すら、何もできないほどの唐突な攻撃だった。
 唖然と一文字が見守る中、髑髏の眼から出る光でCTスキャンよろしく全身をスキャンされた弓が、意識を失いガックリと倒れる。

「弓ッ! おいッ!?」

 慌てて倒れる弓を抱き抱える一文字。
 だが、この騒動の張本人である幼女・パピリオは戻って来た指輪からスキャン・データの報告を受けていた。

『パワー分類、「仏教・C型」。種別、「ノーマル」。霊圧、62.3マイト。結晶存在せず!』

「なーんだ、ハズレでちゅね」

 つまらなそうに呟くパピリオの姿に、弓をそっと横たえた一文字がキレる。

「て……てめえッ!」

 拳に自分が攻撃に使う事のできる霊力全てを込めて殴りかかる。
 だが、鋭い一文字のパンチを前にして、パピリオは無造作に左手を向けた。
 しかも、指輪を見ており一文字には顔も向けず。

「食らえッ!! ……なッ!?」

 渾身の力と霊力を込めたパンチは、しかしパピリオの左人差し指一本で受け止められた。
 そのあまりのパワー差に愕然とする一文字。
 この時彼女は悟った。
 この相手は、自分などで歯の立つ相手ではなかったと言う事に……。

「クスクス、見た目で判断すると痛い眼に合うでちゅよ」

 そう言って受け止めていた人差し指を、そのままシュッと突き出すパピリオ。

「に……」

 ドンッ!

 かつて妙神山を訪れた美神が、小竜姫の解放した霊圧に吹き飛ばされたように、パピリオは魔力を1/10程解放し指先に集めた。
 それだけで一文字は吹き飛ばされ、盛大に地面を削るように吹き飛んでしまう。
 霞む意識で何とか顔を上げて、自分を吹き飛ばした幼女を見る一文字だったが、そんな彼女の視界に新たな人影が入ってくる。
 それはバイザーを着け、赤と黒を基調にしてお腹の部分が銀色な上、後ろ側が燕尾服のようにヒラヒラとしたコスプレじみた格好の女性と、身体にピッタリとしたボディスーツのような格好で、胸の大きな金髪の女性の2人。

「なーにやってんのさ、パピリオ!!」

「勝手に集合場所を動いちゃダメじゃない!」

「ベスパちゃん、ルシオラちゃん!」

 空から舞い降りたルシオラとベスパに、嬉しそうに呼びかけるパピリオ。
 尤も、ルシオラの方は自分でも夢に出てくる男を捜しに行きたいのを我慢しているだけに、勝手な行動を取ったパピリオに対して少し怒っていたが……。

「な…なんだ……こいつ…ら………」

 既に立ち上がり逃げる気力も残っていない一文字。
 弓は意識を失ったままで援護は期待できない。

「霊力が強目のがいたんでちゅ! 調べてみようと思って……」

「ふ……ん」

「成る程?」

 他の2人の承認を受け、パピリオは近づくと指輪を一文字目掛けて放つ。

「うわあああああッ!!」

 一文字の意識はそこで途切れた。
 ルシオラ、ベスパ、パピリオはスキャンの結果、一文字の中に結晶が存在しない事を確認すると、興味を無くしたかのように2人を打ち捨て、さっさと姿を消したのだった。






 ピピピッ ピピピッ!

「はい、こちらオカルトGメン対アシュタロス特捜部」

 司令室の直通電話が鳴り、西条が受話器を持ち上げる。
 美神はこの1週間の特訓で、既に念法修行によって3倍まで増幅した霊力を遺憾なく発揮したものの、70鬼抜きの辺りで足踏みをしていた。
 なぜなら、シミュレーションの対象としてアシュタロス配下だった、メドーサやマンティア、デミアン、スパイダロス等の中級中位魔族が登場したためである。
 いかに美神が単独で下級魔族や妖怪等と対等に渡り合う力を持っていても、このクラスの魔族に太刀打ちできる物ではない。
 今も美神が特訓によって意識を失ったため、仕方なく回復を待っていたのである。
 部屋には、美神の事を心配しているおキヌも一緒にいる。
 シロは東京出張所に引き上げており、姿は見えない。

「なにっ!? これまで確認された事のない強力な魔族が現れ、一般人や霊能者を襲った? それで、被害者の容態は?」

 西条の上げた声に驚き、美智恵とおキヌの視線が集まる中、暫く話を聞いていた西条は静かに受話器を置いた。

「先生、先程新宿駅付近に正体不明の魔族が現れ、接触した一般人1名と六道女学院の霊能科生徒2名を襲ったそうです。女生徒2名はセンサーのようなものでスキャンされたようですが、意識不明なため詳しい事は不明です。ただ、周囲の目撃者によると、その魔族は何やら探しているようだったと……」

「……時期が時期ね。アシュタロスの手先かしら?」

「西条さん、襲われたのって誰なんですか?」

 即座にアシュタロスとの関連を疑い考え込む美智恵に対して、自分の知り合いが襲われたのかも、と被害者の名前を尋ねるおキヌ。
 そして聞かされた名前は、果たしてクラスでも仲の良い弓かおりと一文字魔理の2人だった。
 慌てて見舞いに行こうとするおキヌを押しとどめた西条は、未だ意識が戻っていない事を告げ、何とかおキヌを思い止まらせたのだった。
 無論、事情聴取を行うため、オカルトGメン職員を病院に派遣する事は命じていたが……。

「動き出したのね、アシュタロス……。令子の強化を急がないといけないわね」

 そう呟いた美智恵の表情は、能面のように感情を押し隠した物だった。



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