フェダーイン・横島
作:NK
第97話
ここは異界空間。
本来何も存在しないはずの空間に、巨大なヘラクレスオオカブトムシのような物体が浮かんでいた。
世界各地の神族、魔族の霊的拠点を次々に破壊した、アシュタロスの創った兵鬼、移動妖塞「逆天号」である。
107カ所目の拠点を破壊した後、ルシオラ達3姉妹を偵察に出し、本体はこの空間に潜伏していたのだ。
カブトムシの頭部にあたる場所に設置された艦橋で、椅子の上の乗った土偶羅は窓から3姉妹が帰ってくる様子を眺め呟いた。
「あの……バカども…! やっと戻って来おった!」
不満げに呟く土偶羅。
彼は一応、この作戦のコマンダーなのである。
「一刻でも時間の惜しい大事な時に――簡単な偵察にモタモタしおってからにも――!!」
そう言うと通信機のスイッチを入れ、ルシオラを呼び出す。
通信スクリーンに映し出されるルシオラの顔。
「ルシオラ! 神族の拠点の位置はわかったのか!?」
『ええ、ごめんなさいね、遅くなって。地脈は妙神山に流れ込んでいます。間違いなくそこが――』
「そこが最後の目標か……!」
ルシオラの報告を遮り、ニヤリと笑いながら頷く土偶羅。
遮光器土偶に似た外観で、メフィストによって魂の結晶を奪われ、アシュタロスの手で処刑された土偶そっくりである。
こんな形をしているが、中身は超高性能演算器なのだ。
満足気に通信を切った土偶羅は、椅子から身を乗り出し配下のハニワ兵に命ずる。
「ベクトル修正、右三ッ!! 目標、妙神山ッ!!」
「ポ―――ッ!」
どう見ても巫山戯た外観の(埴輪そのものの)ハニワ兵が、何を言っているのか不明な言葉を返すが、土偶羅には意味が分かるようだった。
「神族の女戦士・小竜姫の城……! 奴を片づければチェックメイトという訳か……!!」
ふっふっふっ、と笑みを浮かべて頷いた土偶羅は椅子から降り、作戦室へと向かった。
そして、秘密基地にあったのと同じ、壁に設置されたアシュタロスの巨大レリーフに向かって話しかける。
「偉大な我らが神、アシュタロス様!! もう間もなくですぞ!! もう間もなく――あなたを天上天地、全ての世界の王として頂く時が――!」
そう言いかけた時、アシュタロスのレリーフの眼が光り輝く。
逆天号のエネルギー源として眠っていたアシュタロスが眼を覚ましたのだ。
そんな状況の変化に、土偶羅は慌てたように頭を下げ平伏する。
現在、神界や魔界と人間界を遮断するために大半の魔力を使っているアシュタロスは、自分で活動する事は困難なのだ。
地上の神族、魔族を排除するためには、今振るう事のできる魔力でも不可能ではないが時間が掛かってしまう。
それ故の最新型霊力増幅器と移動妖塞・逆天号なのである。
そして、逆天号は当初の役割をほぼ達成し、残る神・魔族の人間界拠点は妙神山のみとなっていた。
「眼を覚まされましたか、アシュタロス様」
『土偶羅、現状はどうなっている?』
「現在、本艦は最終目標、『妙神山』へ向け進行中! 既に全世界107ヶ所の神族、魔族の俗世界拠点を強襲、これを破壊しており、残すは妙神山ただ一ヶ所のみ!」
『よろしい、土偶羅魔具羅! お前にしては上出来だ! 部下の3人はどこにいる?』
目覚めたアシュタロスに得意顔で報告する土偶羅に、お褒めの言葉を掛けるアシュタロス。
ここまでは彼の計画通りに事が進んでいたためだ。
だが、部下の事を尋ねられた土偶羅はギクッと身体を震わせた。
本来、帰還したらすぐに出頭するよう命じたはずの3姉妹が未だに現れないのだ。
「そ…それがその……、暫く前に帰投しましたので――もう来るはずなのですが……。す、すぐに呼んで参りますっ!!」
自らの管理不行き届きを咎められているように思った土偶羅は、踵を返して3人を呼びに行こうとしたが、それを鷹揚にもアシュタロスは止めた。
彼にとって、この場にルシオラ達がいようがいまいが大して関係ないのだろう。
『よい。我が全霊力を傾けたこの度の作戦――大詰めに来て私も少々疲れている。もう眠る事にするよ。だが土偶羅よ、決して油断はするなよ。妙神山にはおそらくあの男がいるに違いない』
「……横島…忠夫でございますね?」
『そうだ。強化調整した再生メドーサを月で倒した相手だ。必ず小竜姫と共に我らの邪魔をしてくるだろう。万が一を考え、少しでも多くの霊力を艦の運航に残しておいた方がよいだろう。後の事は任せる。必ず妙神山を破壊して後顧の憂いを絶つのだ』
「ははっ! 必ずやご期待に添います」
土偶羅の返事を聞くとレリーフ像の眼から光が消え、アシュタロスの放つ威圧感も霧散していく。
土偶羅は内心でホッとしながら、いつまでたっても現れない部下達を呼ぶため、作戦室を後にしたのだった。
そして、いきなりシャワールームで裸体にバスタオルを巻いただけのルシオラ、ベスパの所に乱入し、変態中間管理職、セクハラ上司と呼ばれる羽目となったのは、土偶羅の職務への忠誠心故であろうが、情けないエピソードとして語り継がれる……。
「もう一度状況を説明しておきます。現在、冥界と…今やこの妙神山しか残ってはいませんが、霊的な拠点を結ぶチャンネルが遮断され援軍は期待できません。そしてチャンネルを遮断している妨害霊波が敵の秘密兵鬼より発せられている事、そして兵鬼のエネルギー源がアシュタロスに違いないと言う事です!」
妙神山防衛戦を前に、小竜姫は生き残った神・魔族混成チームの面々に状況と作戦を説明していた。
本来、横島がやった方が良いのだろうが、一応人間である横島よりは聞く者達の抵抗が少ないだろう、ということでの人選である。
自走砲を指揮するワルキューレ、秘密兵器を指揮する虹姫も真剣な表情で聞き入っている。
「我々も今日まで準備を進めてきましたが、それでもあの敵移動妖塞を破壊する事は難しいでしょう! しかし、我々の霊力源を失わないためにも、そして人間界を奴の自由にさせないためにも、我々は負けるわけにはいきません! 何としても敵を撃退するため、全員作戦に従って全力を尽くしてください!」
話を締めくくった小竜姫に対し、次々と歓声を上げて応える神・魔族。
彼等とて、このままむざむざやられるつもりなど無いのだ。
横で話を聞いていた横島は、この日のために用意した装備を確認し、ジークより借り受けた重要機材を背中のザックに放り込んだ。
後は、作戦通りに敵が動いてくれれば、何とか負けないで済むだろう。
そこへ開戦を告げる報告が響き渡る。
「前方に位相空間!!」
それを合図に、そこにいた全員が所定の配置へと走る。
「砲撃準備! 砲弾装填! 照準諸元入力!」
ワルキューレの命令の基、ヒャクメからもたらされる情報を瞬時に読みとり準備を進めていく各員。
土偶羅が計算する逆天号とは違い、マニュアル操作の部分が多いが訓練の成果によって淀みなく作業は進んでいく。
すでにアイドリング状態だった自走砲の52口径155mm砲の砲身がゆっくりとせり上がり、霊子砲弾の初弾が全自動で装填されていく。
離れたところでは、ジークがコントロールパネルをオンにして操縦桿を操作すると、修業場の外に置かれている黒いノペっとした鋼鉄の塊が重低音とともに起動する。
「懲罰2号(スー○ーX2)、発進!」
「了解、懲罰2号発進!」
下面に設けられた6基のノズルが煌めき、ゆっくりと浮上し始める黒い塊・懲罰2号。
そして滑らかな動きで鬼門前方の空中に静止する。
「コントロール機構、異常なし」
「よし、ファイヤーミラー展開準備」
「了解」
自走砲、懲罰2号共に戦闘準備が整った頃、遂に前方に発生した位相空間の揺らぎが大きくなり、巨大な影が浮かび上がった。
「来るのねー!!」
すかさずセンサー役のヒャクメが警告を発する。
「懲罰2号、誘導弾攻撃用意! 煙幕弾発射!!」
上面装甲のシャッターが開き連装ミサイル発射装置が迫り出すと、虹姫の命令でヒャクメが予測した逆天号出現位置目掛けて発射されるミサイル。
作戦の第一弾はこうして開始された。
ドギャッ!!
ミサイル発射とほぼ同時に、空間に空いた穴から姿を現す逆天号。
「よーし、それじゃメカ戦だ―――ッ!!」
「今週のびっくりどっきりメカー!!」
通常空間に戻った逆天号艦橋では、何やら妙に嬉しそうな土偶羅と、それに合わせるかのようにハイテンションなパピリオの姿があった。
ルシオラとベスパはその横で呆れ顔をしていたが、自席パネルからの警戒音に慌てて席に着く。
「前方よりミサイル接近! 妙神山から発射された模様!」
「何だと! 小賢しい、我々の出現を予測して先制攻撃をかけてきたか。だがその程度の攻撃でどうなる逆天号ではないことを見せてくれる!」
ルシオラの報告にも強気を崩さない土偶羅は、引きつった笑いと共に言い放ちそのまま逆天号を進撃させる。
無論、シールドを強化する命令は発していたが……。
「あっ? ミサイルの弾頭が別れたでちゅ!」
「多弾頭ミサイルか?」
パピリオとベスパの言葉通り飛来中のミサイルの弾頭カバーが外れ、中から小型ミサイルが飛び出し逆天号を包囲するように散らばり、一斉に爆発した。
「……自爆? いや、煙幕か?」
「ただの煙じゃないわ!! 霊波を帯びている! 視界ゼロよ!!」
意外な展開に首を捻るベスパだったが、レーダースクリーンを見ていたルシオラの報告に敵の狙いが自分達の目をふさぐ事だったと気が付く。
だが、こんな状況でも土偶羅はお茶を啜りながら余裕を持っていた。
「何かの罠には違いないが――視界を奪ってどうする? 既に妙神山の座標は分かっているのだから、諸元入力後に断末魔砲発射だ。どうせ霊波を帯びているこの煙幕の中では、連中も我々の精確な座標を掴めまい」
「了解、諸元入力! 自動照準で妙神山の座標をロックしましたわ!」
「安全装置解除ッ!!」
「主砲エネルギー充填100%。発射準備完了!」
ルシオラとベスパの報告に、ニンマリとしながら発射装置のボタンに手をかける土偶羅。
その表情はほぼ勝利を確信した物だった。
「死ね! 神族と、それにおもねる腰抜け共……!」
だが、何やら格好をつけて悦に入る土偶羅の耳に敵弾接近の報告が届く。。
「敵弾接近! 回避不能!!」
「何っ!?」
「司令官気分に浸って、いちいちタメてるから……」
ベスパの呆れたような声と共に霊子砲弾が直撃し、艦橋は激しい衝撃に襲われた。
ドドドンッ! ドンッ! ドドンッ!!
複数に分裂した小ミサイルが次々と爆発し、逆天号が煙幕によって覆われる。
それによって、懲罰2号の操縦用スクリーンが逆天号側同様、サウンドストーム状態となってしまうが、ジークは慌てずスクリーンをヒャクメの千里眼とのリンクへと切り換えた。
即座にクリアーとなる映像に、満足そうに頷くジークと虹姫。
「ファイヤーミラー展開。敵艦の主砲軸線上、妙神山の前へ」
「ファイヤーミラー、セットオン!」
虹姫の指示に従い、ジークがコンソールを操作すると、所定の座標に移動中の懲罰2号の機首部分装甲が左右に開き、耐熱法術とエネルギー反射術式を組み込んだ合成ダイヤモンドで作られた鏡の集合体・ファイヤーミラーが現れる。
そして自走砲の射線を妨げないように、妙神山の前方へと向かい滞空静止した。
ジーク達と平行し、ワルキューレ指揮の自走砲はやはり火器管制をヒャクメの千里眼とリンクさせ、スクリーンの映像を頼りにマニュアル操作で逆天号の予想位置を推定する。
「敵艦、主砲の軸線上に乗ります」
「発射っ!!」
ヴォォォムッ!!
索敵手の報告に頷くとワルキューレは主砲発射を命ずる。
淀みなく発射ボタンを押した砲手は、発射の衝撃が終わると即座に次弾を装填させる。
「霊子砲弾、目標に向け直進中! 大丈夫、命中するのねー!」
霊波ではなく、完全に通常の物体を見るようにピントを合わせたヒャクメの千里眼と透視眼によって、妙神山側は完全に煙幕中の逆天号の姿を捉えていた。
そして、ヒャクメの眼は自走砲の放った砲弾が逆天号に直撃するのを確認する。
その言葉に僅かに遅れ、煙幕の中で閃光が煌めき、引き続いて轟音が大気を振るわせる。
「やったぞ!」
「命中だ!」
ヒャクメの眼が捉えた姿をスクリーンでリアルタイムに見ていた神族、魔族から歓声が上がる。
だが、虹姫、ジーク、ワルキューレ、小竜姫は表情を緩めたりはしなかった。
「懲罰2号を敵の正面へ」
戦果に喜ぶでもなく、小竜姫は虹姫に指示を出す。
虹姫、そしてジークもその指示に異存など無く、即座にコンソールと操縦桿を操作する。
「直撃しましたが……やはり、アレを食らっても倒せないでのでしょうか?」
「ええ、貴女の話を聞く限り、敵の霊波シールドはかなり強力です。おそらくエネルギーを削った程度でしょう。後は懲罰2号が頼みの綱です」
爆発に包まれる逆天号を見ながら尋ねる虹姫に、小さく頷いた小竜姫が答える。
その言葉が終わるのを待っていたかのように、ほぼ無傷の逆天号が爆煙の中から姿を現した。
だが、まだ煙幕の影響が残っているため、逆天号側からはこちらの様子を見る事はできないだろう。
「やはり……」
「き、傷も付いていない……!」
「敵主砲エネルギー臨界点! 撃ってきます!」
「総員、耐ショック、耐閃光防御!! 妙神山の結界シールド最大出力!」
小竜姫が総司令官として全員に命令し、妙神山は最高レベルの防御態勢へと移行した。
「霊波バリアー出力、68%。バリアー維持!」
「あーびっくりした。思ったよりも強力なエネルギー弾だったな。神族連中も侮れんな。ルシオラ、主砲はどうなっている?」
ルシオラの報告を聞きながら、ハンカチで冷や汗を拭う土偶羅。
敵の砲撃は逆天号のバリアーを破る事はできなかったが、艦内はかなりの衝撃に見舞われたのだ。
予想以上に妙神山の装備が強力な事に、土偶羅は微かな不安を感じはしたものの、それをねじ伏せて反撃へと思考を切り換える。
「主砲エネルギー損失20%! 再充填まで17秒!」
「よし。しかし、この忌々しい煙幕はまだ晴れないのか?」
「もう少しで突破するよ。それより敵が見えないけど撃つんですか?」
予想以上の攻撃を受けたため、シートに座って真面目に戦闘態勢を取ったベスパが一応尋ねるが、土偶羅にとってその質問の答えは自明だった。
ヴヴヴ……ヴヴッ バリバリバリ!
昆虫の身体で言う頭から生えた角と、胸部背中側から生えた角の間に強力なエネルギー場が発生し大きくなっていく。
再び主砲である断末魔砲のエネルギー充填が臨界を迎えたのだ。
「エネルギー再充填完了!」
「断末魔砲、発射!!」
今度こそ勝利を確信し、土偶羅は発射スイッチを押した。
ウ…ウ…ウウ……ウウウウッ ギャアァァァア――――ッ!!
「いつもながら趣味悪い音……!」
戦闘態勢なのだが、ルシオラは指で口を押さえながらポツリと呟く。
前回の神・魔族混成チームを攻撃した時と違い、今回は40万マイトという通常出力での砲撃であるため、砲撃音もそれなりに大きいのだ。
だが、ルシオラはなぜか一抹の不安を感じている自分に気が付いていた。
そして、それにも増して自分の心に高揚感が湧き上がってくる事も……。
『もしかしたら……あの男に会えるのかしら?』
パネルを見ながらそんな事を考えていたルシオラだが、仕事はきちんとこなしていた。
「閃光と衝撃を確認……。断末魔砲、着弾したようですが感知されたデータがあまりにも弱いため、どうやら防がれたようですわ」
淡々と報告したルシオラだったが、彼女が覗き込んでいたパネルが表示したデータに、一気に表情を引き締める。
なぜなら、断末魔砲と同じぐらいの出力のエネルギーが、自分達目掛けて接近中だと示していたのだから……。
「懲罰2号の位置は大丈夫?」
「ええ、軸線上に布陣しているわ」
迫り来る断末魔砲のエネルギーをキッと見据えたまま、後ろの虹姫に尋ねる小竜姫。
ジークはファイヤーミラーと断末魔砲の角度を、スクリーンを見ながら最適な物へと微調整していたが、満足のいくものになったようだった。
そうしているうちに強大なエネルギーが懲罰2号に襲いかかるが、展開したファイヤーミラーから魔法陣が浮かび上がりほぼ同等のエネルギー弾として弾き返した。
無論、大きさの関係から全てのエネルギーを反射することはできなかったが、残滓は妙神山の結界シールドによって受け止められる。
「ファイヤーミラー、敵エネルギー砲を反射しました! 収束率87%!」
「やった!」
「成功だ!」
見事に断末魔砲を跳ね返した懲罰2号の勇姿に、神・魔族から歓声が上がる。
そして弾き返されたエネルギー弾は逆天号の霊波バリヤーを貫通し、その船体を掠めただけだったが装甲板を破壊し内部爆発を誘発させた。
だが小竜姫の表情は未だに厳しいまま。
そんな彼女にスッと近付いた横島は、耳打ちする。
「小竜姫様、次の攻撃で逆天号に損傷を与え、シールドが消失したら行きます」
「わかりました……。必ず生きて戻って来てくださいね」
「はい」
神・魔族の群れから離れた横島は、ヒャクメに目配せをすると建物の影へと入り文珠を取り出した。
「前方から高エネルギー反応接近! 緊急回避!!」
ズウゥゥゥゥウン!! ドオッ!!
「う……うわああああッ!?」
「や、やられたのか?」
ルシオラの機敏な操作で直撃を免れた逆天号だったが、強烈な衝撃を逃す事は慣性制御装置でも無理だったため、先程直撃を食らった時以上の衝撃が艦橋を襲う。
その衝撃は凄まじい物だったが、耐G仕様のシートに座っていたためルシオラ達は吹き飛ばされる事を免れたのだ。
「右舷後部、被弾!!」
「まさかっ…!? 神族とそれにおもねる腰抜け共が……我々と同じ威力の魔法兵鬼を―――!? 信じられん!!」
「でも……威力も同じぐらいだったよ!」
「ああ、逆天号の霊波バリアーが破られたんだからね!」
土偶羅、パピリオ、ベスパが口々に驚きの声を発するのを尻目に、ルシオラは簡潔に損害を報告した後、懸命にシールドの再生に励んでいた。
被弾箇所のブロック周辺の隔壁を降ろし、被害の拡大を食い止める事も必要だ。
そうしなければ、逆天号艦内で次々に誘爆がおきるかもしれない。
「バリアー再生完了! でも出力は通常の50%よ!」
なんとか再構築に成功したバリアーだったが、その出力ははなはなだ低く、不安定な物だった。
それでも、展開できているのとできないのでは、戦闘の結果が大きく異なるだろう。
「土偶羅様! もう一度攻撃を仕掛けますか? どうします?」
「とにかく敵の様子が分からないまま、闇雲に攻撃を仕掛けるのは危険よ! 煙幕から出て状況を確認しないと……」
「今の攻防で煙幕はあらかた消し飛んだみたいだね。長距離スクリーンが回復している」
「メインスクリーンに映像出します! これはっ?」
ベスパが土偶羅に尋ねるが、さすがの土偶羅も情報が少なすぎるため判断できず、珍しく静かだ。
そんな中、ルシオラは冷静に現状を分析し、状況把握の重要性を説く。
そんなルシオラに応えるように、一連の攻防で消し飛ばされたのか煙幕が薄れ、レーダーを始めとするセンサー類が機能を回復し始めているのに気が付いたベスパ。
回避パターンをとりつつ妙神山になお接近中の逆天号は、漸く敵陣地の情報を得る事に成功したのだった。
スクリーンには妙神山の門から長大な砲身を覗かせている自走砲と、空中に浮遊して機首をこちらに向けている黒い飛行物体が映っていた。
おそらく、今の攻撃はあの飛行物体が行ったのだろう。
機首を左右に展開させている以上、あそこが主砲なのだとルシオラは判断した。
そして何より、ルシオラが予想したように先程の断末魔砲による攻撃にもかかわらず、全く無傷の妙神山の姿。
「どうやら妙神山の結界シールドは情報以上に強化されているみたいね……」
「これまで破壊してきた神魔族の拠点の大半が、妙に無抵抗だったのも妙神山に戦力を集中するためだったのか……」
「むう……生意気でちゅ」
「「あっ!」」
口々に状況に対する考察を述べ合っていた3姉妹だったが、スクリーンに映っている自走砲から砲撃がされたのを見て再びシート深く身体を沈め衝撃に備える。
「ルシオラ、断末魔砲は撃てるか?」
「エネルギー充填完了まで後10秒! あの攻撃を躱した後なら可能ですよ」
「よし、バリアー出力最大で防御後、全力砲撃で敵飛行メカごと妙神山を吹き飛ばせ!」
「回避しないんでちゅか?」
「あの砲撃は先程被弾した物よりも出力が弱い。躱さずに受け止め、砲撃位置をキープし回避する間を与えず殲滅だ!」
「了解、砲撃準備!」
土偶羅の命令に復唱し、テキパキと準備を進めるルシオラだったが、心の中には一抹の不安感が湧き上がっていた。
状況から考えれば、あの飛行メカが逆天号を攻撃してきたとしか考えられない。
では、なぜ最初に敵は煙幕を張ったのか?
単純に考えれば、先手を取って攻撃するつもりだったというのが順当だ。
事実、最初の攻撃を敵に許してしまったし、自分達が目を塞がれた状態でも敵はかなり正確に砲撃を加えてきたのだから……。
だが、何かが違うような気がしているのだ。
何やら、質の悪いペテンにかけられているような気が……。
「直撃、来ます!」
「総員、耐ショック!!」
全員が改めてシートにしがみつくように座ると同時に、衝撃が逆天号を揺さぶる。
通常なら間違いなく吹き飛ばされるような衝撃を何とかやり過ごし、ルシオラは艦のダメージパネルに眼を走らせる。
「新たな艦の損傷認めず! でも……バリアー出力30%! これ以上の攻撃を受けると保たないわ! 土偶羅様、断末魔砲発射準備完了!」
「これで決めてやるッ! 断末魔砲、最大出力で発射――ッ!!」
ウ…ウ…ウウ……ウウウウッ ギャアァァァア――――ッ!!
直撃すれば、小さな山ならば跡形もなく吹き飛ばすほどのエネルギーが艦首の角の間から放たれる。
エネルギーは真っ直ぐに、生意気にも妙神山を守るように正面へと移動した敵飛行メカへと伸びていくが、敵メカは砲口を晒したまま逃げるでもなく悠然と浮かんでいた。
そしてルシオラは見た。
敵の機首付近に浮かび上がる魔法陣を。
「!! あれは……エネルギー反射魔法陣――!! ということは、さっきの攻撃は―――!」
「な、なんだと!?」
「ベスパ、緊急回避よっ!!」
「わかった……って、間に合わないっ!!」
閃光と共にファイヤーミラーを直撃した断末魔砲のエネルギーは、その大半が向きを変えて逆天号へと襲いかかった。
「みんなっ、何かに掴まって!!」
グワッ! ズドオォォォンッ!!
「きゃああああっ!!」
「わ――――ッ!!」
「な、なにイ―――ッ!?」
重心が低く安定感のある土偶羅は辛うじて椅子から転げ落ちなかったが、耐Gシートに座っていたにもかかわらずルシオラ、ベスパ、パピリオの3人は、凄まじい衝撃でシートから吹き飛ばされてしまう。
痛む身体を堪えてシートに掴まり立ち上がると、ルシオラは自分の身体のダメージを確認するよりも早く、即座に艦の状態を確かめる。
「右舷補助エンジンノズル損失! 装甲翼ごと吹き飛びました! 異空間潜航装置大破!! 異界に脱出できなくなりましたわ!!」
「くっ……! まさか自前の火力では逆天号のバリアーを破れないので、我々の断末魔砲を反射するとは……。こりゃやられるぞ……!」
「確か……矛盾でちたか?」
「今はそんな事言ってる時じゃないだろ、パピリオ!」
「さらに、上部第8から第10ブロックまで損壊! 損傷ブロック、隔離します!」
艦橋内ではかなり狼狽しながらも、全員が現状のまずさに気が付いていた。
異空間潜航装置が損傷し断末魔砲を封じられた逆天号は、機動性の低い単に大きな的に過ぎないのだ。
敵には断末魔砲より弱いとはいえ、自前の攻撃力があるのだから。
しかも、今の逆天号ではあの砲撃すら防ぎきるのは難しいだろう。
そして、敵自走砲からの第3射が確認される。
「敵が砲撃を――!」
「回避―――!!」
ドオオォォォン!!
「シールド消失っ!! 左舷後部中破!! メインエンジン、出力低下! 通常航行に支障はありませんが、戦闘速度は無理です」
「ちくしょう! 私の眷族達が!」
自走砲の第3射は、バリアーを破壊し偶然にも逆天号の左舷部分を直撃し、ベスパの妖蜂達の巣を吹き飛ばしていた。
これで、万が一の時は逃げられる確率が上がったのだが、そんな事は妙神山の神魔族の知るところではない。
だが、ベスパの怒りは相当なものだった。
「メインエンジン、出力60%。右舷補助ノズルは補助エンジンごと破壊され、無事なのは左舷補助エンジンとノズルのみ。逆天号の機動性は大幅に低下しています。これ以上の戦闘は危険だわ! いくら逆天号といえども撃沈されてしまう可能性が高いもの!」
「だが、今反転したら敵の砲撃の好餌となってしまうッ! 後ろから直撃を食らうぞ!」
「大丈夫、敵の飛行メカはエネルギー兵器しか反射できないわ! だから逆天砲魔で攻撃して、その隙に後退するのよ! それに、逆天砲魔で妙神山に流れ込んでいる地脈を攻撃して、流れを一時的にでも減少させれば妙神山もエネルギーが不足するはず!」
「成る程! 直ちに妙神山に向け逆天砲魔を発射だッ!! そして全力で後退しつつ、敵のエネルギーが低下したら断末魔砲をお見舞いしてやる!」
「しかし、それではまた、反射された断末魔砲で損害を……」
「心配ない。十分に距離を取れば、反射されてきたエネルギーを躱す事も可能だからな。もしかすれば、敵の飛行メカもエネルギーが低下して破壊できるかもしれん。それに、ルシオラがそれまでに異空間潜航装置を修理すれば、断末魔砲発射と同時に緊急潜航に入り離脱する事も可能だ」
だがこの時、ルシオラ達は焦る必要はなかったのだ。
小竜姫達はこれ以上の攻撃をかけるつもりも、余力もなかったのだから。
既に自走砲の霊子砲弾は残り1発であり、懲罰2号も主兵装は反射兵器。
そして何より、小竜姫には逆天号を撃沈するつもりはなかったのだから……。
なぜなら、既に横島が逆天号の損傷部分に瞬間移動して、外殻に取り付いていたのだ。
これ以上の攻撃は横島を危険に晒してしまうため、一時的に攻撃を控えたと言う事を、残念ながらルシオラ達は知る由もなかった。
シュンッ!
瞬間転位で逆天号の上に現れた横島は、静かに着地すると損傷部位を目指して走り出す。
やがて、大きく抉れた破口を見つけると、スッと膝を付いてザックを降ろし、中からジークより調達の魔族製パソコンを取り出した。
さらに幾つかの機械を取り出すと、手早くパソコンと接続して全てのスイッチを入れる。
パソコンが立ち上がると接続状態を確認し、さらにザックの中からケーブルコードのようなものを何本か取り出した。
「ルシオラ、このコードをどこに接続すればいいんだ?」
『そうね……、ヨコシマの右側にあるリレー装置が生きていたら、そこに繋いで』
「わかった」
脳内でルシオラの意識と会話した横島は、静かに立ち上がるとテスターのような物を手に、ルシオラの意識が指示したリレー装置に近づき機能しているかどうかを確認すると、手際よくコードを繋いでいった。
その姿は、正に破壊工作員といった感じだ。
「接続完了っと……。これでルシオラ謹製の極悪コンピューターウイルスを感染させれば、逆天号のメインコンピューターがシステムダウンして、逆天号は戦闘不能になるってわけだ」
『ええ、生命維持装置系は無事だけど、霊波バリアーも断末魔砲のエネルギーバンクも、パワーコンジットがオーバーロードして停止するわ』
これこそ、横島達が色々考えた末に到達した、対逆天号用の秘密兵器。
いかに逆天号が強力であり、外部からの攻撃には難攻不落を誇っていても、あくまで兵鬼なのだ。
兵鬼は兵器と違って、それ自体で一つの意識を持った存在ではあるが、内部に乗り込んだルシオラ達が操作し、コントロールする以上、制御用の機構が存在する。
そして、横島は平行未来でのアシュタロスの記憶を持っており、ルシオラの意識も技術者として様々な知識を持っている。
ルシオラにいたっては、実際に修理なども行えるほど構造や装備について熟知しているのだ。
ならば、制御機構を支配してしまえば火力で劣っていようが、負けないように戦う事はできるのだ。
「さすがにそうなれば、逆天号といえども撤退するしかないだろう」
『ええ。でも見た感じ、異空間潜航装置も破損しているわね……。これじゃあ逃げられないわよ』
「そうか……。じゃあさっさとやらないとな。下手したら、ルシオラが修理のために出てくるかもしれない」
『そうね。じゃあエンターキーを押して、ヨコシマ』
「了解。ポチッとな」
横島の人差し指がポンッとキーを押すと、凄い速度でウイルスプログラムが逆天号のコンピュータに送り込まれていく。
しかも逆天号のファイアーウォールに精通しているルシオラが作ったため、巧妙に擬装されたウイルスは防壁をかいくぐって次々にシステムに入り込んでいった。
一度感染してしまえば、ワクチンプログラムを作らない限り、逆天号がその力を再び発揮する事はないだろう。
正にサイバーテロというべき手段を選択した横島達だった。
「よし、サイバー攻撃完了! 効果が出るまで5分少々っていうところだな。引き上げるか」
コード類を外してパソコンと機器をザックにしまい込み、そう呟きながら立ち上がった横島は背後に誰かの気配を感じて振り返った。
そして、アッと驚いたような表情になる。
「誰っ!? そこにいるのは誰!?」
キツイ口調で横島を誰何する声は……とても懐かしいモノであり、日頃よく聞いているモノだったから……。
損傷部から吹き上がる煙によって、お互い相手の姿がはっきりとは見えない。
しかし、あの声、そして霊波長は間違いなく彼女のモノ。
そう、そこには横島が会いたくてたまらなかったこの世界のルシオラが、険しい表情でこちらを見詰めながら立っていたのだ。
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