フェダーイン・横島

作:NK

第98話




 驚愕を抑え込み、ことさら無表情を装った横島は、ゆっくりと頭だけでなく身体全体をルシオラの方に向ける。
 その手には武器らしい物が見あたらない。
 ルシオラは最大級の警戒心を保ったまま、煙が薄くなっていくに従い明かとなっていく相手の姿を注意深く観察している。
 それはそうだろう。
 戦闘真っ最中だというのに、自分達の移動妖塞の損傷部位に見知らぬ男がいて何かやっていれば。

「見つかっちまったか……。こんなに早く修理に出てくるとは。さすがに優秀だな。……それにしても、やっぱり美人だ……」

「……っ!! な、何をしていたの?」

 ルシオラは両手に膨大な魔力エネルギーを凝集して、横島も練り上げた霊力を両手に導きながら、お互いを目を逸らさずに凝視している。
 だが、横島の心は平常を保つ事に苦慮していた。
 何しろ自分の最愛の相手が、しかし自分の事は何一つ知らないはずの相手が、敵という立場で目の前に立っているのだから。
 さらに普段頼りになるルシオラの意識は、この段階で魂をリンクさせるとこの世界のルシオラの意志を混乱させるだろうと、一時的に奥へと戻っている。
 だからこそ、普段の彼らしくない素直な賞賛の言葉が最後に零れ出たのだろう。

 一方、ルシオラも不審者を見つけ、誰何し戦闘態勢を取ったものの、相手の姿を見て動揺を隠す事ができなかった。
 相手の顔を見た途端、これまで夢として見てきた数々の映像が、感覚が、一気にフラッシュバックしてきたのだから。
 自分の心の何割かを占める見知らぬ人間。
 その相手が目の前に立っている。
 実に呆気なく尋ね人は見つかってしまったのだ。

「君達にも事情があるんだろうけど、妙神山を吹き飛ばされるわけにはいかないんだ。だから君達に攻撃を諦めて貰うために、破壊工作に来たのさ」

「こ、この逆天号を、おまえ1人来たところで外側からどうにかできると思っているの?」

 強い意志の力で無表情を保ちながら、横島は肩をすくめてみせる。
 そんな相手を見詰めながら、ルシオラは口に出した事を自分でも信じていなかった。
 なぜか、この男ならそんな大それた事も可能だと納得してしまう自分がいる。

「そりゃあ、やってみないとわからないけどね。ところで、名前を教えてくれるかな、美しいお嬢さん?」

「あら、他人に名前を尋ねる時は、まず自分からっていうのが人間界の礼儀らしいけど?」

「そりゃそうだな。俺の名は横島忠夫」

「ヨコシマ…タダオ。……そう、私の名はルシオラ。おまえがアシュ様の言っていた手強い敵なのね?」

 ヨコシマタダオ……。
 探し求めていた人間の名前を、そして姿形を、頭の中に刻み込むルシオラ。
 日本に来れば、なぜか夢に出てきた人間に出会えると思ってきた。
 理由は分からないが、その事を当然と考えている自分がいたのだ。
 だが、微かに懸念していたとおり、自分の探していた相手はアシュタロスによって与えられた知識の中で、上位に位置する敵対存在。

 ここでルシオラが横島の情報を与えられていたにも関わらず、この場で自己紹介を受けるまで夢に出てきた男だとわからなかったのには理由がある。
 平行未来と同様、アシュタロスはこの世界でもミスを犯していたのだ。
 メフィストに関して、彼は霊的特徴しか伝えていなかった。
 それと同様、横島に関しても竜神族の力を使える人間という事は伝えても、その人相風体は全く教えていない。
 まあ、その結果ルシオラが心理的な要因で挙動不審にならなかったため、不良品としての判断を免れたのだから、横島達としては良かったのだが……。

 一方、動揺を完全に隠しながら話している横島も、ルシオラの一言にさらなる大きなショックを受けていた。
 さすがにルシオラから『手強い敵』と言われたのはきつかった。

『敵……、敵か。そうだよな。平行未来で出会った時だって、最初は敵だったものな……。でも、やっぱりルシオラって綺麗だよなー』

 そう自分に言い聞かせて、目を逸らさず現実のルシオラと対峙している横島だった。
 まあ、後半は漸く出会えたこの世界のルシオラの容姿に見惚れていたのだが……。
 さらに会話を続けようと口を開きかけた横島は、逆天号の前部側面からミサイルのようなモノが発射されたのを見て予定とは異なる台詞を口にした。

「逆天砲魔か……。さすがだな。懲罰2号がエネルギー兵器しか反射できないのを見越して、実体弾による攻撃をかけるとは。その間に後退を図るつもりだな」

「ご名答。それだけじゃないけどね……。でも、なぜおまえが逆天砲魔の名前を知っているのかしら?」

「なぜ、か……。識っているから、としか言いようがないけど」

「ふざけないでっ! でもちょうど良いわ、おまえを捕まえて妙神山の防衛能力を含め、知っている事を残らず話して貰うわよ!」

 その言葉を聞いて、なぜか冷や汗を流す横島。
 自分の知っているルシオラならば、拷問などしはしないだろう。
 だが、絶対に妙な発明品の実験台にしようとするに違いない。
 そんな事は、平行未来で長く連れ添った記憶から明らかだ。
 その場合、秘密を隠し通す事は非常に難しい。
 だが横島は再び逆天砲魔が発射されたのを感じ、微かな不安を感じた。

「まあそう怒らないで。ほら、君達が発射した逆天砲魔を迎撃するために、懲罰2号の対空兵器が稼働している。敵の戦力を観察しなくていいのか?」

「それはそうだけど……。何かおまえと話していると、調子が狂うわね」

 用心深くルシオラが敵飛行メカに眼を向けると、ミサイルとバルカン砲でこちらの逆天砲魔を迎撃している姿が見えた。
 盛大な爆発が次々に空中を彩る。
 ルシオラの意識の何割かが懲罰2号に向いている隙に、横島は瞬時に3個の単文珠を創り出すと損傷箇所を囲むように展開させた。
 無論、ルシオラは気が付いていない。
 懲罰2号は発射された逆天砲魔のうち3発を撃墜したが、散開して発射されたため最後の1発は迎撃網を擦り抜け、結界シールドに直撃した。
 轟音と閃光、盛大な爆煙が湧き起こったが、横島の顔には微かに心配とも不安ともつかない表情が浮かんだだけだった。
 彼は逆天砲魔の強大な破壊力を知っていたが、強化した霊力増幅器と改良した結界シールドであれば、操作を間違えない限り1発なら直撃しても防げると自信を持っていたのだ。
 未だ爆煙に包まれている妙神山だったが、横島のことを同時に観察していたルシオラは、その表情から今の逆天砲魔による攻撃でも妙神山の結界を破ることができなかったと理解してしまった。

 しかし、横島は懲罰2号が逆天砲魔の第1波を迎撃している間に、妙神山を狙ったとは思えない第2波に意識を向け考えていたのだ。
 明らかに妙神山をターゲットとした攻撃ではない。
 それは妙神山から離れた山間部に散開しながら向かっていく。
 横島の脳細胞が猛スピードで回転を始め、一つの結論へと導いていく。
 横島が逆天号側の狙いを理解した時、轟音と爆煙が地上数カ所で湧き起こった。

「…っ!! そうか、妙神山に流れ込む地脈を……!?」

「あら、さすがね。そうよ、正面から戦っても妙神山の守りを崩すのは難しいみたいだから、こちらも頭を働かせたの」

 さすがの横島やルシオラ、小竜姫の意識もそこまでは予想していなかった。
 ルシオラの頭の回転にいまさらながら驚いた横島だった。
 確かに、この攻撃を受ければしばらく妙神山の霊力は低下したままだろう。
 今、妙神山に避難している神魔族全てに霊力を与える事は難しくなる。

「大したモンだよ、ルシオラ。これで妙神山のエネルギーは激減するだろう。だが、まだ負けた訳じゃないぞ。逆天号のバリアーは消滅したままだ。こちらの砲撃が命中すれば撃沈できる」

「それはそうね。でも……大したものじゃない、あの飛行兵鬼も結界シールドも。どうやらおまえの仕業みたいだけど、いつの間にあんなのを作ったの?」

「そちらが、こんな移動妖塞を密かに建造していたのと同じ事さ。そちらの兵鬼ほど大したモノじゃないけどね」

「そう。私、おまえに少し興味がでてきたわ。だから、大人しく捕ってくれると助かるんだけれど……。大丈夫、痛い事なんかしないわよ(はあと)」

「俺としては、君みたいな女性と敵同士にはなりたくないんだけどね。そのお願いはいくら何でも聞けないな」

 お互い、かなり真剣な表情で話しているのだが、台詞だけ聞くと穏やかな語り合いといった感じだ。
 だが、少しでも妙な事をどちらかがすれば、この脆い均衡は崩れ去るだろう。

「そう。でもおまえがどう思おうと、私達姉妹はアシュ様の野望を果たすために創り出された道具だもの。だから、アシュ様の野望の妨げになる相手は敵になるわ」

「道具か……。本当に君は道具でしかないのか? 君自身の願いとかやりたい事はないっていうのか?」

「それは……、でも私達の存在意義はアシュ様の願いを叶えるためにあるのよ!」

「知的生命体にとって、自らの存在意義なんて自分自身で探すモノだと俺は思っている。でもそれは俺の意見に過ぎないから押し付ける気はないさ。でも、アシュタロスの願い、か……。参考までに教えて欲しいんだが、アシュタロスの目的っていうのは何なんだ?」

「それは……天上天地、全ての世界の王として君臨する事よ」

 平然と話しているようで実際は横島が精神力をかなり消耗しているように、実はルシオラもかなりの精神力を振り絞って会話を続けていた。
 横島の眼はこちらの全てを見通すかのような、深い何かを湛えている。
 それは横島が心眼モードになっていることと無関係ではない。
 だが、別に横島はルシオラの心を覗こうとしているわけではなかった。

「世界の王か……。じゃあ何で、アシュタロスは世界の王になりたいと思ったんだろうな? そして、世界の王になったアシュタロスは何をするんだ?」

「……それは……」

「ハルマゲドンを起こし、自分を中心とした魔族主体の新たな世界を作るつもりなのか? 普通に考えれば、全ての世界の王になるっていうのはそう言う事だよな。だが、神界や魔界と人間界とのアクセスを永遠に妨害し続ける事はできない。それに、そんな事では魂の牢獄から逃れる事はできない事ぐらい、アシュタロスだって知っている筈だ。だから、奴の目的はそんな表面的な事じゃないと思うよ」

「おまえは一体何を言っているの? ……魂の牢獄? それは何?」

 目の前にいる横島という男、先程から注意深く観察しているが、自分に対する敵意は全く感じられない。
 さらに敵である横島に対して、改めて鮮明に蘇ったイメージと感覚から自分があの男に好意を持っており強く求めているのだと、改めて認識したルシオラは、あの胸に飛び込んでいきたい衝動を抑えるのに苦労していたのだ。
 その上彼女を混乱させたのは、横島の口から放たれた疑問に対して、咄嗟に答える事ができなかった事だった。
 アシュタロスが心の奥で考えている事など、彼に創られた存在である自分に窺い知る事などできない。
 そう思っている自分がいる。
 だが、続けて横島の口から出た「魂の牢獄」という言葉が妙に気に掛かる。 
 一見訳の分からない事を言っているように見える横島だが、ぼやかしながらも何かとんでもない事を自分に教えようとしているのではないか?
 そんな事さえ考えてしまう。
 生来、知的欲求が強いルシオラは、現在の状況を忘れ横島との会話を楽しんでいる自分に気が付いた。
 そう、実際に会い、話している間に、目の前に立つ横島への好意がさらに上がったと言う事に……。
 本来であれば、すぐにでも異空間潜航装置の修理をしなければならないのだ。
 妙神山を覆っていた爆煙は晴れ、敵の拠点は無事な姿を現しているのに、続けられる横島の話に引き込まれている自分をどうする事もできないルシオラだった。

「所詮神族と魔族は、同じカードの裏表にすぎない。だがデタントによって魔族は、この世界が続く限り永遠に邪悪な存在としてあり続ける。決して勝ってはいけない、茶番劇の悪役を務め続ける運命。普通は『陰』の存在としての本能が勝り、そこまで気が付かないし、深刻に悩まないんだろうけどな」

「陰としての本能……。おまえは何を知っているの、ヨコシマ? それに、おまえは一体何者? 神族のようにも見えるし、人間のようにも見える。だけど……おまえには魔力も感じるわ」

「さすがだよ、ルシオラ。でも、今の君には果たすべき役割があるだろ? もし、もっと俺と話したいというのなら、これをあげるよ。君が話したいと強く念じれば、俺と話す事ができる。勿論、時間の制限はあるけどね」

「……これは、文珠?」

「当たり。会ったばかりだけど、俺は君とは戦いたくない。可能なら俺の傍で一緒に生きてほしいって思っている。だからルシオラ、連絡してくれるのを待ってるよ」

 いきなり放り投げられた2個の文珠を受け取ろうとしている間に、横島は新たに取り出した文珠に『転』『位』と文字を込めると姿を消してしまう。
 残されたルシオラは手にした文珠をしまい込み、漸く本来の目的を果たすべく行動を開始した。
 異空間潜航装置を修理しなければ、自分達のこの先は無いのだから……。
 だからルシオラは気が付かなかった。
 横島が修理箇所を囲むように、『超』『加』『速』と文字を込め発動させた3個の単文珠を置き土産としていったことを。






「よし、これで予備回線の修理は完了ね。でも変ね……。敵は何で、こんな絶好の機会に攻撃してこないのかしら?」

 神速とも言うべきスピードで回線を迂回するバイパスを設定し、バイザーを降ろして応急修理をしていたルシオラは、作業を終えて顔を上げたが周囲の静けさに違和感を覚えてキョロキョロと様子を探る。
 すると、周囲の物体が殆ど全て静止している事に気が付いた。
 損傷ヶ所から吹き出る煙がたなびいていない。
 さらに、逆天号は動いているはずなのに、周囲の景色が動いていないのだ。

「これはっ!? 景色が逆天号と同じスピードで動くはずはない……。それにこの煙も……。と言う事は、私と私の周囲が時間から切り離されているの? まさか、これって超加速!?」

 自身の頭脳にインプットされているデータベースに照らし合わせ、ルシオラは回答らしきものに辿り着いた。
 確か、アシュタロスの部下であるメドーサが持っていた能力だったはず。

「まさか……ヨコシマが私のために…?」

 敵という立場にあるにもかかわらず、なぜ逆天号の修理を行わせるような事をしたのだろう?
 そう言えば、破壊工作に来たと言っていなかったか?

「と言う事は、私はベスパ達に連絡を取る事が出来ない? しまった!」

 慌てて艦内に戻り、全力で艦橋へと向かう。
 すると文珠の有効範囲から出たのだろう。
 艦内に入った途端、ルシオラと周囲の時間の流れが同じモノへと切り替わる。

『普通の時間に戻ったみたいね……。ということは、あれから殆ど時間が経っていないと言う事? でも考えるのは後ね』

 疑問はたくさんあったが、取り敢えず今しなければならない事を為さなければいけない。
 ルシオラは自動ドアが開くのももどかしく、艦橋へと足を踏み入れた。

「……逆天砲魔、1発命中! さらに第2波は地脈に命中、敵の結界シールド出力が低下しました!」

「爆発でセンサーが乱れている内に後退だ! いくら何でも、この状態ではセンサーが乱れて攻撃はできまい! 距離を取ったら砲撃だ!」

 ルシオラが艦橋に入ると、ベスパと土偶羅のやり取りが聞こえ、自分の考えが正しかったとわかる。
 やはり、横島と逆天砲魔が迎撃されるのを見た時から、ほとんど時間が経っていない。
 今、逆天号は全力後進をかけているところだった。

「ベスパっ!」

「どうしたのさ、姉さん?」

「逆天号のシステムは大丈夫?」

「艦の航行に問題はないでちゅよ」

 ルシオラの問いかけにパピリオが答える。
 緊急事態のため、ベスパやパピリオも真面目に艦橋要員としての職務を遂行していた。

「ルシオラ、異空間潜航装置の修理は?」

「大丈夫、応急修理は終わったわ。バイパスを作って回路を迂回させたから、あまり長時間の潜航には耐えられないけど……」

「よくやった。では最大出力の断末魔砲をお見舞いして、我々は即座に異空間へと潜るぞ!」

「了解、断末魔砲エネルギー充填! ……って、あらら?」

「どうしたベスパ?」

 最大級の一撃を放ち、即座に戦場を離れようという土偶羅の作戦はそれほど悪いモノではなかった。
 何しろ妙神山の結界シールドは、逆天号の攻撃によって半分まで低下したのだから。
 今攻撃すれば、完全に吹き飛ばす事は無理かも知れないが、かなりのダメージを与えられるだろう。
 しかし、それを実行しようとしたベスパが気の抜けた声を上げる。
 すかざず確認しようとする土偶羅。

「それが……断末魔砲の制御装置が反応しないんだ!」

「なんだとッ!?」

「いくらコンソールで操作しても、ウンともスンとも言わないんだよ!」

「では、もう一度逆天砲魔発射だ!」

「だめでちゅ! 武装系統の回路が反応しない!! それどころか、ようやく再生しかけた霊波バリアーも消滅しまちた!」

 全員の視線がルシオラに集中する。
 こうなった以上、この原因を特定し、修理できるのはルシオラしかいない。
 そんな期待を十分すぎるほどわかっているルシオラは、自分のシートに座ると即座にシステムの再チェックを開始した。
 これで武装回路の修復に関しては、残りのメンバーにやれる事はない。

「どうするんですか、土偶羅様? これじゃあ戦闘するなんて自殺行為だよ?」

「攻撃も防御もできまちぇん。それに逆天号はかなり損傷していまちゅ」

「くそっ! 今なら妙神山に決定的なダメージを与えられるというのに……。こーなったら仕方がない! 危険は承知で緊急異空間潜航で脱出する!」

「了解!」

 ベスパやパピリオに言われなくても、土偶羅とてバカではない。
 これ以上、この場所に留まり戦闘を継続しても得るものが少ない事ぐらい、既に承知していた。
 さすがに神族、魔族の俗界拠点を全て破壊するという作戦は、簡単ではなかったと考え直す。
 というより、107ヶ所の拠点を攻撃した際、あまりにも呆気なかった事をもっと真剣に考えるべきだったのだ。

「敵の様子は?」

「理由は分からないけど、沈黙を守っているね」

「飛行兵器の方は反射攻撃がメインだし、地上の大砲は地脈の流れを堰き止められた事で弾(霊力)が無くなったんじゃないでちゅか?」

「いえ、違うわ! 敵の自走砲は私達をちゃんと狙っている! 見て、仰角を変えているもの!」

 もの凄いキータッチでシステムをチェックしているルシオラが告げた事実が、パピリオの甘い希望を打ち砕く。
 土偶羅達の眼には、確かにルシオラの言うように砲の狙いをつけている自走砲の姿が映っていたから……。

「敵が発砲してきたッ!!」

「緊急潜航――ッ!!」

 妙神山から発射された霊子砲弾が命中する直前、逆天号は強引に異空間へと潜航しその姿を消した。
 そのタイミングは、まさに危機一髪というものだった。
 目標を失った砲弾は、空しく空の彼方へと飛び去ったのだった。



「敵艦、異空間に入りました」

「我々の砲撃はギリギリで躱されてしまったか……」

 自走砲内で悔しそうに呟く魔族兵の言葉に、こちらはやや残念そうに答えるワルキューレ。
 だが、彼女はこの戦闘が辛うじての勝利だと言う事を理解していた。
 最後の霊子砲弾を撃ってしまえば、こちらから攻撃する術は無くなってしまうのだから。
 そして、なぜか妙神山の結界シールドが信じられないほど低下してしまい、敵の攻撃の余波ですら防げるかどうか、という危ない現状もある。
 だが、3発目の砲撃と、懲罰2号の攻撃はかなりの損害を敵に与えたのも確か。
 どうやら、最後は武器系統にトラブルが出たらしく、反撃もせずにかなり無茶な異空間潜航を行い離脱していったようだが……。
 小竜姫が、最後の霊子砲弾発射に妙に慎重だったため、こちらの砲撃が遅くなった事が悔やまれる。
 無論、ワルキューレも軍人であるから、最後の一発を撃つタイミングに慎重だった小竜姫の心情も察する事ができるため、その考えを口には出さなかった。

「よし、戦闘態勢解除! どちらにしても、もう我々には撃つ弾が無いのだ」

「了解!」

 砲身を下げると、ワルキューレは自走砲を後退させ、鬼門から距離を取る。
 一方、懲罰2号はジークの操縦の基、下面ノズルから噴射を行い垂直着陸を行っていた。

「懲罰2号着陸後、直ちに各部の点検と整備を開始して」

「了解!」

 虹姫の指示に素直に頷くジーク。
 神族の兵士達も同様に頷く。
 既に横島から懲罰2号の整備マニュアルを渡され、1週間ずっと訓練してきたため問題ないのだ。
 こうして妙神山は戦闘態勢を解き、漸く束の間の平穏を手に入れようとしていた。

「ヒャクメ、妙神山の霊力が激減しています。予想はつきますが、原因を突き止めてください!」

「わかったのねー。でも、小竜姫が考えているとおり、敵ミサイルの第2波が妙神山に流れ込む主要な地脈の流れを変えたり、堰き止めた為だと思うんだけど」

「私もそう思いますが、正確な被害状況を知りたいのでお願いします」

 小竜姫は、激減してしまった妙神山の霊力を何とかしようと慌てて現状把握をヒャクメに頼んでいた。
 まさか逆天号が、あんな手段を使ってくるとは予想外だったのだ。
 だが、あの攻撃は非常に効果的に妙神山の霊力を削り取ってくれた。
 このままでは、復旧にかなりの時間と労力が必要となるだろう。
 もし、逆天号が再攻撃をかけてくれば、今の戦力では陥落してしまうと容易に予想できるのだ。

「ただいま、小竜姫様」

「おかえりなさい、横島さん。作戦通り、逆天号は撤退しましたね」

 唇を咬んで考え込んだ小竜姫だったが、いきなりかけられた愛しい声にハッと顔を上げ振り向いた。
 そこには、逆天号から戻った横島が立っていた。

「すみません、まさかあんな方法で攻撃してくるとは予想できませんでした。結局、妙神山にもかなりの被害が出ましたね」

「仕方がありません。戦いは必ず相手があり、こちらの予想通りに動くとは限らないんですから……。でも、作戦が何とか上手くいってホッとしました」

「ええ、少し予想外の事もありましたが、コンピューターウイルスも感染させました」

 答える横島の表情に浮かぶ翳りから、何があったのかを大推測した小竜姫は僅かに躊躇したが意を決して口を開く。

「…………この世界のルシオラさんと会ったのですね?」

「…………ええ、修理に出てきたんです。異空間潜航装置が破損したらしくてね」

「辛いですね。でも、焦ってはいけませんよ、横島さん」

 横島を思いやる小竜姫の言葉に、黙って頷いた横島は霊力増幅装置の様子を見るためにその場を後にした。
 かなりの負荷が掛かったであろう装置の整備を行い、ダメージがないかどうか確認しなければならない。
 それに、今の妙神山の霊力を何とか上げる事ができないか、検討も必要だろう。
 戦いが終わった妙神山では、後始末のために大勢の神魔が動いていた。
 そう、戦いはまだ緒戦が終わっただけなのだから。



 ゴオン、ゴオン、ゴオン…

 漸く戦闘空域を脱して、通常空間に戻った逆天号のデッキに上がったルシオラはボンヤリと夕日を眺めていた。
 昼と夜の一瞬の隙間であるこの光景を、彼女は殊の外美しいモノと認識している。
 したがって、これ程ボンヤリと見ているのは珍しい。
 ルシオラの様子がおかしいのは、一つには先程までずっとシステムのチェックを行っていたためである。
 結局、横島が施した破壊工作が一種のコンピューターウイルスを感染させた事だと見抜いたのだが、完全に除去するためにはワクチンプログラムを作るか、コンピューターを一度初期化して、全て再インストールするしかないとわかったのだ。
 ワクチンプログラムを作成するには解析も含め数日かかるし、初期化・再インストールするためには基地に戻らなければならない。
 どちらにしても、神族や魔族、そして人間達に見つからぬよう、どこかに身を潜めなければならないだろう。

「それにしても……全く嫌らしい手段を使ってくれたわね」

 考えれば考えるほど、愚痴でも漏らさないとやってられない気になってしまう。
 だが、それにも増してルシオラの心を悩ませているのは、かねてから会いたいと願っていた人間と出会った事。
 せっかく出会えたというのに、夢に何度も出てきて会いたかった男は敵だった。
 そして、自分にこんな面倒な仕事をさせる原因まで作ってくれた。
 しかし……しかしである。
 横島と実際に出会い、話をしてしまったために、彼女の胸に沸き上がる愛おしさはますます大きくなってしまったのだ。
 おそらくこれを一目惚れというのだろう。
 何もかもかなぐり捨て、横島の胸に飛び込みギュッと抱き締められたい。
 そんなことすら思ってしまうルシオラであるが、自分の存在意義を考え辛うじて自制している状態なのだ。

「でも、何だか憎めないのよね。それに、やっぱりあの時は私を助けてくれたみたいだしね。結果的には私達全員の命が助かったわけか……。あのまま戦っていたら、確実に私達は死んでいた。まあ、土偶羅様はおろか、ベスパやパピリオも知らない事だけど……。でも、どうしておまえは私の夢に何度も出てくるの、ヨコシマ……?」

 実際に会うのは初めてなのに、どう思い返しても初対面だとは思えない。
 無論、夢で何度も会っているのだが、初めて聞いた声も、感じた雰囲気も、なぜか慣れ親しんだもののように感じられた。
 何より、あの男の発している気配というか霊気は、ただの人間とは思えないのだ。
 確かに人間の霊気も感じた。
 だが同時に、神気というか竜気も感じられたし、何より魔力も感じられた。
 しかも、その魔力の霊波長は共鳴するかのように自分と同じモノだったのだ。

「……なぜ? どうしておまえは…私と同じ霊波長をもっているの? ヨコシマ、おまえは一体何者?」

 アンニュイな表情で思い悩んでいたルシオラは、とっくに夕日が沈んでいるのに気が付いた。
 どうやら、大好きな夕日も見ずに考え込んでいたらしい。
 苦笑したルシオラは、着陸態勢に入った事に気が付いたため、中へと入っていった。
 基地に着いたら、やるべき事は沢山あるのだ。
 だが、彼女の心の中では、もう一度横島と会いゆっくり話をしたいという欲求が抑えきれないほど膨らんでいた。
 そして、アシュタロスの事に関しても、横島は何かを知っている筈。
 創られた存在ではあるが、自分で考える事もできるし、何より心は自分だけの物なのだから。
 ルシオラは横島から貰った2個の文珠をギュッと握りしめる。
 この存在は土偶羅にも話さなかった。
 そう、これはルシオラが横島から貰った物。
 今は未だ、いつ切れてもおかしくないあの人間とのか細い、たった一つの絆なのだから……。






「それで……一時的とはいえ敵の移動妖塞に損傷を与え、戦闘不能にしたわけですね?」

「ええ。何とか妙神山が他の霊的拠点のように破壊される事は免れました。しかし、問題の原因であるアシュタロスをどうこうできたわけではありません。それに、眷族達も依然健在です」

「そうなの……。それで、神族と魔族の実働戦力はどのぐらい残っているの?」

 妙神山攻防戦から2日後、小竜姫、ワルキューレ、横島は後片づけを虹姫とジークに任せ都庁地下に美神親子を訪ねていた。
 既に妙神山の霊力増幅器や結界、自走砲や懲罰2号に関してのチェックは終了し、整備と修復が開始されていた。
 しかし、現在はまだしも人界での活動という点では、妙神山の戦力は激減することになるのだ。

「直接妙神山を破壊される事は防いだんですが、敵もただでは撤退しなかったんですよ。妙神山に流れ込む主要な地脈に強力な爆弾を落とし、現在妙神山の霊力は普段の1/3に低下してしまいました」

「それに、霊力増幅器もかなり負荷が掛かりましたから、あまり無茶もできないんです」

「頼みの綱の懲罰2号も、この前の戦いで不都合が生じている……」

 美神の問いに、戦いによる損害を告げる横島、小竜姫、ワルキューレの表情は曇る。
 霊力増幅器に関しては、現在主要な部品をオーバーホールしているので、数日中には復旧する見込みだ。
 だが、懲罰2号はファイヤーミラーを構成する人工ダイヤモンドに微かな歪みが検出されていた。
 これは断末魔砲のエネルギーが、予想以上に大きい事を意味している。
 即座に溶け出し使用不能になるわけではないが、収束率が若干落ちるのと、次の戦いでそう何度も断末魔砲を反射することはできないだろう。
 自走砲の霊子弾頭も作らないといけない。
 やるべき事は山積みだった。

「まあ、さすがにアシュタロス側もすぐに再攻撃をかけてはこれないだろうし、その間に何とかして貰うしかないわね……」

「それで小竜姫様、機動兵器以外の実働部隊としての戦力はどのぐらいなのですか?」

 敵妖塞に多大な損害を与え、修理に時間が掛かる事を聞いた美神は安堵しているようだが、美智恵としては眷族がゲリラ攻撃を仕掛けてくることを警戒していた。
 そうなれば、人間側の戦力だけでは勝ち目が薄い。

「物理的な問題としては、1週間ほどは地脈や各装備の修復・整備にかなりの人数が取られています。それに、妙神山の霊力が激減してしまい、他の霊的拠点が全て破壊されてしまったため、冥界とのチャンネルを遮断された現状では人間界で力を振るえる神魔族はそれ程いません」

「そういえば、小竜姫様も妙神山に括られた神だったわね。その理屈で言えば霊力が1/3になってしまったわけ?」

 最初に聞いた事を思いだし、まさかと思いながらも尋ねる美神だった。
 この美神の懸念は、実は正しい。
 本来であれば、小竜姫の霊力は激減してしまうのだ。

「いえ、私は確かに妙神山に括られた神ですが、今ではごく普通に妙神山から離れても力を使う事ができます」

「それを聞いた時は私も驚いた……。だが、私も本来魔力の供給を断たれたのだが、これまで通り力を使う事ができる。コイツのおかげでな」

 美神の懸念を払拭した小竜姫に続き、ワルキューレも口を開き、首からかけていたネックレスを掌で掬い上げるように持ち上げた。

「……これは?」

「……まさか、横島君の文珠!?」

 美智恵は未だ見慣れていないために、文珠のこのような応用例に気が付かなかったが、付き合いの長い美神は看破した。
 しかし、やはりその表情は意外な物を見たと言った感じだった。

「ご名答! これは俺の文珠を加工して作った、霊力源ネックレスです。プロトタイプは美神さんも見た事があるはずです。元始風水盤事件の時、香港で小竜姫様が似たようなネックレスを掛けていた事、覚えていませんか?」

「……あっ! だから小竜姫様があんなに香港で活動できたの?」

「ええ。今小竜姫様が掛けているのが完成品です。これを使えば、戦闘のように霊力を激しく消耗する行動をしなければ、最低1年間は現状でも活動できます。ワルキューレが掛けているのは、急遽改造した魔族用のバージョンですよ。エネルギー量はほぼ同じですが、霊力を魔力に変換しなければならない分、ちょっと効率は落ちますけどね」

 何となく見た目は安物のネックレスにしか見えないのだが、神魔族にとっては貴金属で作られたソレよりも遙かに価値のある一品だった。
 そうでなければ、ワルキューレも既に衰弱が始まっていただろう。

「横島君……。貴方って本当に規格外の人間ね……。それで、貴方はこれからどう行動するの?」

「取り敢えずは、妙神山の各装備の整備ですね。今のままでは再攻撃を受けた場合、陥落は確実ですから。それから美智恵さんの質問に対する答えですが、人間界で普段通りの活動や戦闘を行えるのは、神族では小竜姫様とヒャクメ。魔族ではワルキューレとジークぐらいです。何しろ、この文珠ネックレスは元々小竜姫様の遠征用に作っていたので」

「そう……。では他の神魔の方々はどうなるの?」

「それは……妙神山に居る限りは何とか活動できますが、そこを出たら1ヶ月ぐらいで徐々に衰弱してしまうので、霊力代謝を落として冬眠状態になりますね」

「今の妙神山では、山以外の場所でそれ程多くの神魔の活動エネルギーを賄う事ができないのです……」

 感心したような、呆れたような美智恵の言葉に答えた横島だったが、その内容は美智恵を力付ける物には遠かった。
 小竜姫の沈んだ表情を見れば、横島の言う事が真実であると認めるしかない。
 人間界での実働戦力は非常に少ないという事なのだから……。

「こういう時のために、雪之丞と氷雅さんの甲冑や装具には竜気をチャージしておきました。これで雪之丞、氷雅さん、それにシロは、人間界では中級下位魔族とも互角に戦える霊力を持つ事になります。無論、そう何回もその状態で戦う事はできませんけどね」

「それって、私が月に行った時に身に着けた竜神族の装具って言うか、甲冑の事よね? あのボディアーマーみたいな形をした」

「その通りです。それに美神さんには“竜の牙”と“ニーベルンゲンの指輪”を貸してあります。アレ等を使えば、今の美神さんなら2000マイトを超すパワーアップをなす事ができます」

「横島君から念法を教わっていたおかげで、あの2つのオカルトアイテムを使ったパワーアップで、もの凄くスムーズに力を制御することができたわ。フェンリル事件の時、シロがアルテミスを降臨させた際も念法のおかげで、圧倒的な力を何とかコントロールできたみたいだしね」

 横島に続いて小竜姫が美神に言った事は嘘ではない。
 今の美神は、強化再生前のメドーサと霊力で互角以上に渡り合う事も可能なのだ。
 そして、雪之丞、九能市、シロが竜神の装具を身に着けた際の実力は、月での事件の際、ロケット発射時の攻防ですでに実証している。
 相手が中級中位ぐらいまでの魔族であれば、力を合わせれば十分勝利できる戦力なのだ。

「そうね、横島君や小竜姫様の言うとおりだわ。当初、私が考えていたよりも遙かに高い戦力を確保できているものね。これなら、アシュタロス本人が出てこない限り、何とか負けないで戦う事ができそうだわ」

 美智恵は、この戦いの先に漸く確かな光明を見たような気がしたのだった。



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