フェダーイン・横島

作:NK

第99話




 いつも来ているコスプレまがいの戦闘服ではなく、普通の人間と変わらない服装に着替えたルシオラ達3姉妹は、電車を乗り継いでとある田舎の別荘に向かっていた。
 ルシオラは上下とも黒だが、お嬢様風のロングスカート姿にチェック柄のショートジャケットを羽織っている。
 ベスパはゆったりとしたハイネックのセーターの上に黒いコート、下はパンタロンという大人びた格好。
 パピリオはどこから見ても普通の幼女風の格好だが、デザインは違うものの相変わらず帽子を被っている。好きなのであろう。
 全員が標準以上の美女、美少女なのである意味目立つのだが、普通の人間にはとても世界を滅ぼそうとしている魔族には見えない。
 目立つと言えば、3姉妹の持っている荷物も少し変わっていた。
 まずは巨大なザック。
 これには、土偶羅が頭を出すような格好で入っている。
 さすがに動く土偶にしか見えない土偶羅は目立つので、置物という事で誤魔化そうというのだ。
 このザック、4人向かい合わせの座席ボックスの空き席に置かれているが、一番パワーがあると言う事でベスパが担ぐ事になっている。
 ルシオラの手には、大きな飼育ケースがあった。
 実際のヘラクレスオオカブトムシより、少しだけ大きなサイズにまで小さくなった逆天号が入っているのだ。
 これも兵器ではなく兵鬼であるが故、できる芸当だ。
 幼女にしか見えないパピリオは手ぶらである。

「今頃、妙神山にいる連中も必死になって私達を捜してるだろうね」

「灯台もと暗し……。まさかこんな所にいるとは思うまい! 妙神山で姿を消して、我々がこっそり東京に戻って電車に乗り換えているとは! 完璧なトリック!!」

「土偶羅様、いくら他に乗客が少ないからって、喋ったらせっかく擬装しているのにバレるじゃないですか」

 ベスパの言葉に得意げに言った土偶羅だったが、ルシオラの一言に慌てて口を噤む。
 そんな3人を面白そうに見ながら、電車の旅を楽しんでいるパピリオ。
 無論、この3人(と1体)は慰安旅行中などではない。
 妙神山攻防戦で予想外の反撃を食らい中破した逆天号を安全に修復するためと、態勢を立て直し今後の作戦を立てるために、兼ねてから用意してあった秘密基地へと向かう途中なのだ。

「ルシオラちゃん、降りる駅はどこなんでちゅか?」

「もう少し掛かるわね。でも、そこでローカル線に乗り換えなければならないわ」

「ぶー! それじゃあ、まだしばらくは着かないでちゅね……」

「そう言うなって、パピリオ。これまで連戦だったからね。ここで一休みって言うのもいいじゃないか」

 だがそんな状況をも楽しむかのようなのどかな会話を車中で繰り広げながら、最終的に一行が降り立った駅は各駅停車しか停まらないようなド田舎の駅だった。
 そこから歩いて十数分。
 海を眺める丘の上の林の中に佇むこぢんまりとした別荘が、彼女たちの言う秘密基地。

「ほらよ! ゆっくり休んで怪我を治しな、逆天号!」

 みんなが別荘を眺めているうちに、ベスパは飼育ケースから取り出した逆天号に声を掛けて手近な木の幹へと掴まらせた。
 手を離した途端、ゴソゴソと動き出す逆天号。
 今が夏であれば違和感のない光景なのだろうが、未だ春先で寒さを感じる林の中でヘラクレスオオカブトムシが動いているのは一種異様な光景とも言える。
 尤も、右の羽が失われているため標本や飼育対象としての価値は低いのであるが……。
 まあ、こんな時期に昆虫採集目当てにやって来る人間などいないだろうから、問題はないだろう。

「ここで2週間の休暇を過ごすわけでちゅね?」

「休暇じゃないわよ、パピリオ。逆天号のハード部分は自己再生能力で2週間もあれば大体回復するけど、私は逆天号のシステムを全部再チェックしなければならないわ。それに、仕込まれたコンピューターウイルスの本格的な解析とワクチンプログラムの作成には結構時間が掛かるのよね。だから、貴女とベスパにはその間に魂の結晶を探して貰おうと思っているの」

 えらく呑気な事を口走るパピリオを、軽く咎めるような口調で今後の役割分担について話し始めるルシオラ。
 まあ、どのみち逆天号の損傷が修復し終わるまで、この場を動く事はできないのだ。
 アシュタロスが起きてくれば話は別なのだが……。

「神魔族の人間界拠点を全て破壊するという作戦は、一時延期だ! 逆天号を万全の状態にせんかぎり、妙神山を落とす事はできん! まあ、生き残った神魔族共も妙神山への地脈を乱してやったから、あそこに籠もっている事ぐらいしかできまいが……」

「じゃあ、もう一つの目的である魂の結晶捜索にシフトするわけだね?」

「そうだ! この秘密基地の地下でルシオラがそのための機械を造り上げる。そうしたら行動開始だ、お前達!」

「ふーん、わかったでちゅ。でも、と言う事はしばらく遊べるって言うことでちゅね!」

 屈託のない表情でニパッと笑うパピリオに、何となく頭痛がしてくる土偶羅であった。
 だがルシオラもパピリオの言っている事を否定はしない。
 おそらく1週間ぐらいは動き出すわけにもいかないだろう。
 しかし、妹達の遊んでいる間に自分だけが忙しいのに釈然としないルシオラは、先程から少しだけ不機嫌だったため、パピリオを窘めたのだ。

『まあいいわ。その間に私は自分の心をもう一度整理してみなくっちゃ! 私がヨコシマを好きなのはもう誤魔化しようのない事実だけど、ヨコシマに……あの人間に対する私自身の想いと、私に与えられた使命。私にとってどちらが大事なのか、ね……』

 そう割り切ると、ルシオラは別荘に入り地下室へと向かった。
 転生追跡計算鬼を作るためである。
 物を作る事が大好きなルシオラは、割り切ったために少し前の不機嫌さなど消し飛び、すでに鼻歌を歌うほど機嫌が良くなっている。
 そう、自分に素直に生きようと思い始めているルシオラなのだ。
 だが、割り切ったと思いながらも、ルシオラの心の片隅には横島に言われた事が刺さった棘のように引っ掛かっていたのだった。






 予定より早く転生追跡計算鬼の設計・作製に取りかかったルシオラだったが、このこぢんまりとした秘密基地では逆天号の艦内ほど環境が充実しているわけでもない。
 取り敢えず設計するには問題ないのだが、造るとなるとつまらない制約が色々出てくるのだ。
 この別荘に腰を落ち着けてから3日後の夜、ルシオラは昼間の疲れから深い眠りについていた。

『ルシオラ……ルシオラ……』

「うーん……。誰、私を呼ぶのは…? 起こさないでよ、疲れているんだから……」

『どうしても貴女とお話しがしたいの。悪いけど起きてくれないかしら?』

「むう……、一体誰なのよ……?」

 何やらしつこく自分を呼ぶ声がするので、不承不承で眼を覚ましたルシオラだったが、周囲と自分を見てこれが実際の世界ではない事に気が付く。

「……私、何で戦闘服を着ているのかしら? 確か……寝ていたわよね? それにここは……意識だけの世界みたいね」

『眼が覚めたみたいね?』

「えっ!? 誰!?」

 いきなりかけられた声に、さすがのルシオラもビクッと身体を震わせ声がした方に振り向いた。
 考えてみれば、自分の意識世界の中で声をかけてくるなど、ただ者ではないのだから。
 すると彼女の目の前で、淡い光が集まり人の形になっていく様が眼に飛び込んでくる。

「これは……私なの……?」

『そうね、私は貴女であって貴女でない存在、とでも言うしかないわね』

 まるで蛍の化身のように淡い光に包まれた人影は、紛れもなくルシオラと殆ど変わらない容姿をしていた。
 僅かな違いとしては……ルシオラよりも若干胸が大きく、Cカップ(ルシオラ鑑定による)はありそうだという点のみ。
 だがそれは、胸が小さい事にコンプレックスを持つルシオラにとって、激しく許せない違いだった。

「これはいつもの夢? いえ、今まで勝手に流れ込んでくるビジョンでは、こういう形で会話はできなかった……。と言う事はいつもと違うわけね。どちらかというと夢魔からの精神攻撃に近いような……」

『好奇心旺盛なのね。さすがは私だわ。初めまして、この世界の私。私の名前はルシオラ』

「この世界……? 貴女の言い方だと、こことは違う世界があるようだけど……。未来から来た? いえ、それなら未来の私と言うわよね。あっ! 平行世界という事も理屈では考えられるけど…………さすがにそれは飛躍があるかしら?」

『あら、私が説明をする前に色々理解してくれたみたいで助かるわ。そう、私は平行世界の未来からやってきたルシオラの霊基構造コピーに宿る意識よ』

「霊基構造のコピー? と言う事は私自身というわけではないのね。考えられるのは、私の意識や記憶を何らかの形で引き継いだクローンのような存在……?」

 本来であればこんなに呑気にしてはいられないのだが、どうせ夢なのだと割り切って考え込むルシオラ。
 元来、こういう事に眼がないのだ。
 知的好奇心旺盛で、明らかに技術系のルシオラである以上、こういう反応はやむを得ない。

『本当に余計な説明はしなくて良いみたいね。そう、私は肉体を持たない魂と意識だけのクローンと言うべき存在。どうしてなのか理由は分からないけど、貴女がこの世界で意識を持った時から弱いリンクで繋がっているの。だから、貴女が私の記憶や見た光景をビジョンという形で追体験しているのも知っているわ』

「……そう、あれは貴女が見て感じた事なの。と言う事は、貴女はヨコシマという人間とどういう関係なの?」

『そうね、自分自身に隠し事をするのも嫌だから正直に言うけど、私はヨコシマを守るために存在している。私が愛し、身も心も捧げた人を守るために、平行未来の世界で私も私の本体も、持てる力全てを注いでいたわ。そして、ヨコシマも私達を力の及ぶ限り守ってくれた。だからヨコシマは、私の存在意義そのものよ。私がいた世界では、私(の本体)とヨコシマは夫婦だったしね』

 最後の方は頬を赤めながら、何となく照れたような様子で話すルシオラの意識。
 口調も心なしか早くなっている。
 そんな様子に、ルシオラは目の前のクローンとも言うべき自分と横島の間にある、強固な絆を感じていた。

「どうやったのかは分からないけど、貴女がヨコシマと、人間とそういう関係になって生きていると言う事は…………アシュ様は、私達は、貴女の世界では負けたのね。それに、貴女の本体も1年で消滅せずに生きているみたいだし……。でも、私という存在がある以上、この世界での貴女の本体は無いと言う事になるわね。それでも存在していられると言う事は……。そうか! 貴女はヨコシマの魂に融合しているのね、意識を持った状態で!」

『本当に大したモノだわ。この状況でそこまで理解できるなんて……』

 これまで見たビジョンと今の話を合わせて考え、ルシオラは目の前の存在と横島の関係に一つの推論を導き出した。
 さすがに頭脳明晰なルシオラである。
 そして、ルシオラの意識の言葉から、それが正しかった事を確信する。
 だが……一つだけ確認せずにはいられない事があった。

「ところで……私のコピーだというのなら、何で私より胸が大きいのよッ!!」

 魂の叫びとも言うべき一言に、ルシオラの意識はガクッと体勢を崩す。
 そこまで分かったところで確認すべき事が、まさか胸の大きさの違いだとは……。
 しかし、自分の事を振り返れば、確かに再生の時それを一番に念じていた事を思いだし苦笑する。

『話せば長くなるから細かい事は省くけど、胸が大きくなったのは私自身が強く願った事と、私がヨコシマを愛した事、そしてヨコシマが私の事を一杯一杯可愛がってくれたからよ。魔族は幽体が皮を被っているようなものだから、心のあり様が身体に反映されるの。それに貴女、私と生まれた時から弱いながらもリンクしていたせいか、平行世界のこの頃の私と比べると貴女の方が少し大きいのよ、胸』

「……そ、そうなんだ。私の方が少し大きいんだ…………」

 ルシオラの意識の話を聞き、内容を考えてみれば確かにあり得る事だと思い至る。
 さらに、彼女はパピリオに時々揶揄されるように、自分の胸が決して終わってしまったわけではないと知り、嬉しさを噛み締めると共に安堵していた。
 だが、フッと先程目の前のもう1人の自分が言った事を思い出す。
 自分の方がこの段階では胸が大きかったという一言。
 Bカップではある自分より小さかったと言う事は、おそらくAかギリギリBだったのだろう。
 少しだけ、目の前の相手の過去に同情してしまう。

 ここで平行世界のルシオラの名誉のために言っておくが、彼女のバストサイズは初めて横島と会った頃、12cmをやや切るぐらいであった。
 ちょうど、平均的なBカップよりちょっと小さいぐらい、だったと言えばわかりやすいだろう。
 そして再生した際に平均的なBカップより少し大きくなり、さらに加速空間での厳しい(?)修行によって見事Cカップへと成長したのである。
 ちなみにこの世界のルシオラは、ちょうど再生前と再生した直後の中間ぐらいのプロポーションになっている(要するに12.5cmほど)。

 そこまで考え、ルシオラは漸く目の前の相手と呑気に胸の話をしているような状況でない事に気が付く。
 いや……個人的にはもの凄く重要な話ではあるのだが。
 ともかく今は他に話すべき事があると気が付き、ハッとしたような表情を見せた後、バツの悪そうな顔で話題を本来のものへと戻すのだった。

「む、胸の話はもういいわ。ごめんなさい、話の腰を折って。ところで、何で私に話しかけたりしたの? 本題を聞きましょうか?」

『貴女がヨコシマと直接会った事で、私とのリンクが少し強化されたみたいでね。こうして話しかけられるようになったのよ。それで確認したいんだけど、私とのリンクをこのまま繋いでおく事を希望する? 嫌なら今までぐらいに留めておくけど。完全に遮断する事は、ちょっと無理みたいなの……』

 ルシオラの意識の質問に、少しだけ驚いた表情を見せるルシオラ。
 てっきり、横島の味方になるように説得しに来たのだと思ったのだ。

『何だか意外そうな顔をしているわね。私が貴女に、私のようにヨコシマを好きになって欲しいと言うと思ったの? アシュ様を裏切るように頼むと思ったの?』

 見つめ合う相手の表情から、その心情を察したルシオラの意識が尋ねると、コクリと頷くルシオラだった。

『そりゃあ、そうなってくれた方が私としても嬉しいし、小竜姫さんのように本当の身体を通してヨコシマと触れ合えるもの。その方が良いに決まっているわ。でもね、その身体は貴女の物だもの。そして、今は未だ私と貴女は似ているけど異なる存在。小竜姫さんの場合と私達ではちょっと状況が違うけど、この世界のルシオラという肉体も魂も併せ持つ存在は貴女の方だから……』

 そこまで言うと、ルシオラの意識は一度言葉を切り寂しそうに顔を伏せる。

『だから、貴女の事は貴女自身で決めるのよ。例えそれが、私達の知っている未来とは異なるものだとしても、ヨコシマも私も貴女の決定に文句は言わないわ。ヨコシマは悲しむだろうけどね。でも、貴女は貴女。それは覆せない事実だから……』

 悲しそうではあるがはっきりと言い切ったもう1人の自分の言葉に、ルシオラは強く頷いた。
 そう、自分であれば、自らの将来を決めるのは自分自身の意志で行いたい。
 その事を、もう1人の自分もよく分かっているのだろう。
 だから、そんなもう1人の自分とも言える存在に、素直に感謝しているルシオラだった。

 なぜなら、今の会話から彼女は多くの情報を手に入れていた。
 あの妙神山の女戦士・小竜姫が横島の大事な存在だと言う事、平行未来で自分と小竜姫の魂の一部が横島の魂と融合しており相思相愛である事、そして原因はわからないがあの横島は平行未来の記憶を持ち、自意識を持つ小竜姫ともう1人の自分の魂を融合させた、人間を超えた存在である事。
 さらに、なぜ自分が生まれた時からあのようなビジョンを見たのか、と言う事まで。

「今日は色々教えてくれてありがとう。おかげで、自分に起きていた事がどういう事か理解できたわ。少し私自身で考えてみたいから、リンクはなるべく遮断しておいてくれると助かるわ。今日聞いた事は土偶羅様にもアシュ様にも、妹達にも話さない。そしてどうすべきか決めたら、必ずヨコシマと会うって約束する。だから……少し時間を頂戴」

『そうね……。いきなりこんな話をしても混乱するわよね。貴女にもアシュ様、土偶羅様、ベスパ、パピリオという大事な絆があるんですもの。私は決断の時、それら全ての絆よりヨコシマとの絆を選んだけど、それには相応の覚悟が必要だった。逆天号の修理には時間が掛かるはず。その間にゆっくりと考えて。だけど、最後に言っておくわね。ヨコシマはちゃんと貴女の事を見ている。一度完全にリンクすれば別だけど、私と貴女の事は別々の存在とちゃんと区別しているわ』

 そう言うと目の前のルシオラの意識は、ゆっくりと姿が透け始める。
 おそらく、ルシオラの頼み通りリンクを遮断しようとしているのだろう。

「あっ! 待って!! もう少ししたらベスパとパピリオはメフィストの転生体を探すために、人間達の世界に赴くわ。それだけは教えておくから、ヨコシマに伝えておいて!」

 消えゆく自分に投げかけたルシオラの言葉に、ルシオラの意識は大きく頷くと完全に姿を消した。
 既に自分の周辺には気配一つ感じない。

「平行未来での私か……。何だかとても幸せそうだったわね」

 相手から感じられる魂の波動は、何やら幸せそうだった。
 おそらく平行未来から来た自分の意識は、ヨコシマという最愛の相手と共に生きる事に至上の喜びを見出しているのだろう。
 彼女の話から考えると、アシュ様や妹達まで捨ててあの男を選んだのだから、初恋の相手と結ばれ、ある意味一心同体となった以上、幸せに違いない。

「私達の一生は短いわ……。恋をしたら―――躊躇ったりしないって思ってたけど…、貴女はその気持ちに素直に従ったのね。ちょっと羨ましいかな…? そう…そうよね。どうせ1年以内に消滅するのなら、惚れた男と結ばれて終わるのも悪くないものね」

 フッと微笑みを浮かべたルシオラは、そう呟いて俯く。
 確かに横島と逆天号の上で出会った時、心がときめいたのを覚えている。
 あんな劇的な形ではあったが、調整槽から出て以来会いたかった相手と出会えたのだから……。
 しかし、湧き上がる愛おしさとは別に、なぜ自分が横島という男にこのような感情(好意)を抱くのか、という疑問が常に心の一方にあったのも事実。
 今では、あの時感じた疑問の答えを知っている。
 横島の身体から霊力(竜気)と魔力を感じた理由も、その魔力の波動が自分のものと酷似している理由も。
 そして横島が自分を見た時、なぜ嬉しそうな中に憂いというか悲しみを同居させた表情を浮かべていたのかも。

 だがそれを知った時に、ヨコシマは自分という存在をちゃんと見ているのだろうか、という疑問を感じたのだ
 ひょっとすると、ヨコシマはあのルシオラの意識の本体である平行未来のルシオラを、この世界の自分に重ねて見ているのではないか?
 ヨコシマの眼は自分を素通りして、自分ではなく、平行未来の彼女の面影をその先に見ているだけなのではないのか?
 そんな考えを見透かしたように、もう1人の自分は最後にあんな事を言ったのだろう。
 なかなかにお節介焼きだと、自分自身の事とも言えるのに苦笑してしまう。
 まあ良い。
 考える時間はあるのだから……。 

「ヨコシマが私に問いかけてきた事の半分は、もう1人の私のおかげで答えが分かったわ……。後は、ヨコシマが言っていたアシュ様の本当の願いというヤツね。それにしても……もう1人の私の世界では、アシュ様が負けるなんてね…………。でも、ひょっとしてアシュ様の願いは叶えられたのかしら? もう1人の私は勿論、ヨコシマもアシュ様の真の願いというのを知っているんだろうし、アシュ様に対する態度も何となく微妙な感じだったしね」

 そこまで呟いた時、ルシオラは自分の身体が目覚めようとしている事に気が付いた。
 おそらくもう少しでこの世界は消滅してしまうだろう。

「多分、眼が覚めても今の事は覚えているはず。転生追跡計算鬼を造る間に、しっかりと考えないといけないわね」

 そう思いながら、ルシオラは自分の覚醒に従ってこの世界と今の自分が消えていくのを感じていた。







『おはよう、ヨコシマ』

「おう、おはようルシオラ……。でも珍しいな、朝から声をかけてくるなんて。その様子だと俺が起きるのを待っていたみたいだし……」

 翌朝、妙神山の自室で目覚めた横島に、早速声をかけるルシオラの意識。
 確かに人目のないところではよく声をかけてくるが、このように朝から待っているような事は少ない。

『ヨコシマ、私ね、昨夜この世界の私と話をしたの』

「えッ!? い、一体どーやって?」

『理由はよく分からないけど、本体の私が眠っている間に自然とリンクが繋がって、それが今までより強い物だったみたいでお互い意志の疎通ができたのよ』

 そう言って、ルシオラの意識は昨夜に起こった、この世界の自分の意識との会話を語って聞かせた。
 勿論、ベスパとパピリオが美神令子を捜すために、もう暫くすると人間社会に現れる事も、転生追跡計算鬼を造っている事も、全て包み隠さず話したのだった。
 この世界のルシオラが悩んでいる事を聞いた横島は、少しだけ苦しんでいるような表情を垣間見せたが、すぐに普段通りの表情へと切り換える。
 口には出さないが、自分の存在がこの世界のルシオラを苦しませている事に、罪悪感を感じたのだ。
 何しろ、この世界では出会い方も全く別だったし、ルシオラの命を救うという一大イベントも発生していないのだから……。
 それでも自分は、この世界のルシオラを求めてしまう。

「そうか、わかった。おまえにも苦労をかけちまってるな、ルシオラ。済まない……」

『何言っているの、ヨコシマ! この世界の私が、私同様貴方を好きになれば、私が抱えている問題は一気に解決するわ! そうすれば、一番問題がない形で私も身体が手に入るし……』

 ルシオラは結構黒い事を言っているが、横島からすれば自分に罪悪感を抱かせないように、わざとこんな事を言っている事ぐらいわかっていた。
 何しろ長い付き合いであり、本当に心も身体も連れ添ってきた仲なのだから。

「でも、俺もルシオラの意見に賛成だ。自分の事は自分自身で決めたいし、決めさせてやりたいからね、俺も」

『ありがと、ヨコシマ。きっとこの世界の私も、貴方のそういう良いところを分かってくれると思うわ』

 朝からまったりとした雰囲気が醸し出され、横島も暫し遠くを見るような眼でボンヤリとしていたのだが、そんな良い雰囲気は長く続きはしない。
 怖ず怖ずという感じで、小竜姫の意識が浮かび上がり会話に参加してきたのだ。

『あの……済みません、忠夫さん。でも、ベスパさんとパピリオの事はどうしますか?』

「あっ、済まない小竜姫。ちょっとボンヤリしちゃったな……」

『いえ、本当は声をかけない方がいいのでしょうけど、どう対応するかによって準備が必要だと思って……』

 横島としてもその事は頭の片隅で引っ掛かっていた。
 だが同時に、小竜姫の意識がちょっと拗ねているのにも気が付いていた。
 そんな小竜姫を可愛く思いながら、彼女の言葉に頷くとベッドから立ち上がり着替えを始める。

 自分達の動きを教えてくれたのは、この段階での彼女の精一杯の好意の表れなのだ。
 そして、同時に妹達を殺さないで欲しいというメッセージも込められているのだろう。
 横島としても、ベスパやパピリオ相手に必要以上の力を奮いたくはない。
 だが同時に、彼女たちの行動を上手に邪魔して、人間側に極力死傷者を出さないようにしなければならない。
 この世界のルシオラが最終的にどのような決断をするにせよ、この戦いの後でもなるべく平穏に生きていけるように布石を打っておくべきなのだ。

 さらに、本心を言えばなるべくアシュタロスのことも消滅させたくはない。
 アシュタロスは、この世界が続く限り自身が魔物という邪悪な存在である事に耐えられなかった。
 邪悪な存在である事を拒んだ故に、結果的にこの世界にとってコントロール不能な、最も凶悪な魔物となってしまったのだから。
 横島はアシュタロスという存在そのものを『模』したために、その思いも苦しみも知っていた。
 完全に理解する事など他人である以上できはしないが、それでもアシュタロスは邪悪な魔神などでは無かったと言う事ぐらい理解している。
 なにしろアシュタロスも元々は、古代カナン地方で人々に崇拝されたイシュタルという豊穣の女神なのだから。
 それに、キリスト教系魔族の多くは一神教によって否定された土着の神である、ということ以上に、何より横島にとって最愛の相手の父親に当たる。
 だが、この世界を消滅させるのを黙って見ているわけにはいかない。
 この世界に生まれた以上、望む望まざるに関わらず、生命体には生きていく権利があるのだ。
 まずは、アシュタロスの表面上の願いを打ち砕き、自分達が生き残らなければならない。

「さて、おそらく造魔を繰り出してくるんだろうな。今の美神さんやエミさん、雪之丞達でも1人ではそう簡単には倒せない相手だ。だが、この後の展開を考えると小竜姫様やワルキューレの力を借りるのは得策じゃないな」

 そう1人で呟くと、横島は小竜姫やヒャクメ達と今後の行動を相談すべく部屋を出た。






「これで完成か?」

「えーもうバッチリ!」

 ルシオラがもう1人のルシオラと睡眠中に邂逅した4日後、別荘の地下室に集まった面々の前で意気揚々とスパナ片手で胸を張るルシオラの姿があった。
 取り敢えず、発明をしだしたら止まらず、できた発明品を嬉しそうに説明する癖はこちらのルシオラにもあるようだ。
 ルシオラの前には、両側にコードに繋がれた脳髄のようなものが浮かんだ縦長のカプセルが設置され、中央に長いアームとそれに続くスクリーンを備えた機械らしき物体が置かれている。
 さらに、前方にはデータ入力と操作用のキーボードまで設置されていた。

「転生追跡計算鬼『みつけた君』!! あとはデータを打ち込むだけですわ、土偶羅様!」

 自分が造った計算鬼の名称を誇らしげに紹介する姿は、何やらとても嬉しそうである。
 そしてルシオラはスタスタとキーボードに近付くと、華麗な指裁きでキータッチを始めた。

「手元にあるメフィストのデータを残らず入力―――後は数分から数時間で、生まれ変わりを高精度に予測計算するってわけ。あてずっぽうで捜すより、遙かに効率はよくなります」

 説明しながらも、ブラインドタッチでデータを入力していたルシオラは、話し終わるのと同時にエンターキーを押しスクリーンに眼をやった。
 すると、スクリーンに「計算中」の文字が浮かび、みつけて君がヴ――ンと唸り作動を始める。

「ほ―――!」

「よし、これでメフィストの生まれ変わりを捜し出し、奴の魂に含まれているエネルギー結晶を手に入れれば、多少人間界に神族や魔族が残っていようが恐れるに足らん!」

 ルシオラの発明品に感嘆の声を上げるベスパと、作戦の修正を考え何とかシナリオ通りに事を運び、アシュタロスに怒られまいとしている土偶羅。
 パピリオは、この計算が終われば別の意味で遊べると考えてニコニコしている。

「じゃ、計算が終わるまでに、これからの作戦に使う造魔を造っちゃいましょう。そうすれば、こっちの作戦での私の仕事は終わりよね。これでゆっくり逆天号の整備と修復に取りかかれるわ」

「姉さんにはそっちの仕事もあるからねぇ……。まっ、こっちはアタシとパピリオでやっておくよ。逆天号の事はお願いね」

「ルシオラちゃん、私のペットから1匹、使って良いでちゅか?」

 計算に時間が掛かるため、少しでも時間を無駄にしたくないルシオラからの提案に、キャイキャイと囀りながら部屋を出ていく3姉妹。
 その騒々しさに眉をひそめつつも、その後に続いていく土偶羅だった。

『さて、ヨコシマ……。おまえの事は大好きだけど、実力を含めてもう少しおまえ自身の事を教えて貰うわ。尤も、再生メドーサを倒すだけの力があるなら、私が造った造魔ごとき敵にもならないでしょうけど。でも……これって、好きな相手に意地悪したくなるって心境なのかしら?』
 
 今後どうするにせよ、今の自分には横島を理解するデータが殆ど無い事に気が付いたルシオラは、任務を隠れ蓑に横島の情報を集めようと考えていた。
 日に日に増していく、自分の心に渦巻く横島への好きという気持ちと、創造主であるアシュタロスや妹達との絆のどちらを選ぶにせよ、ビジョンや記憶ではなく自分自身の眼で見て判断しようと思った結果である。
 そのためには、なるべく幅広く横島の事を知らなければならない。
 ただ、いかんせん経験が少ないため、少しズレた感覚で自分の心境を分析していたが……。

 そして30分後、スクリーンに現れた計算結果を見詰めている土偶羅達の姿が、再び室内で見られた。
 スクリーンには確率の高い順に3人のデータが映し出されている。
 そして堂々の1位(最有力)に輝いたのは、確率99.8%の美神令子だった。

「ふーむ、コイツか。だがまともに捜したら神魔族どもの妨害が入るかもしれん。作戦を考えんといかんな」

「妙神山に籠もっている連中は、一応戦闘員として対応可能な連中だろうからね。何人も出てこられたら面倒な事は確かだね」

「でも、私やベスパちゃんより強い奴なんて、そうそう人界にはいないはずでちゅ!」

 考え込む土偶羅を余所に、かなり楽観視しているパピリオ。
 彼女達3姉妹は総魔力こそあまり大きくはない(小竜姫の半分以下)が、再生メドーサというプロトタイプによって得られたデータを基に、人界で発揮できる魔力と安定性とのギリギリのバランスを追求してチューンアップされた正式採用タイプである。
 通常であれば、いかなる人界駐留の神魔族を相手に戦ったとしても、圧倒的な出力差を以て勝つ事ができる。
 だが、それはあくまで1対1の場合だ。
 状況の変化から、対横島用に連係プレーもできるように訓練されていたが、それはあくまで自分達が戦う際を想定しての事。
 逆に自分達3姉妹と戦うため、相手が連携プレーで挑んでくる事を失念しているパピリオだった。 

「油断は禁物よ、パピリオ。敵は神族の戦士と魔界正規軍の兵士なんだから。この前の戦闘でも数十人はいたんだから、罠を張られて物量戦で来られたら勝てないわ」

「姉さんの言うとおりだよ、パピリオ。敵に通用するだけの戦力が用意できれば、戦いは結局数が多い方が勝つんだからね」

「わかったでちゅ。でも、そのために造魔を何体か連れて行くんでちゅよね?」

「ええ。神族や魔族の連中が来ても、パピリオ達の仕事が終わるまで足止めには使えるはずよ」

「さすがはルシオラちゃんでちゅ。これでアシュ様を目覚めさせる事ができまちゅね」

 嬉しそうに言うパピリオを見ていたルシオラは、スッとその視線を妹から外した。
 これから自分がする事は、妹達を裏切る事になるかも知れない。
 だが、自分の気持ちを偽る気にはなれない。
 いかにアシュタロスに造られた存在とはいえ自分は生きており、思考や感情を持つ以上、自分の欲しいもの、やりたい事があるのは当然の事なのだから……。

『アシュ様は……なぜ私達に心を持たせたのかしら……? 千年前にメフィストが裏切ったために、私達の霊体ゲノムには監視ウイルスと自己消去プログラムが組み込まれている。でも任務だけを考えれば、始めから感情なんて持たせなければいいだけなのに……』

 その時、フッと思いついた疑問。
 唐突に閃いたこの疑問が、アシュタロスの心の奥に隠された本心を解き明かす鉤になるような気がしてならないルシオラであった。






「そうですか……。横島さんに融合しているルシオラさんの魂とこの世界のルシオラさんの魂は、私の時のようにお互いが同意しなくても話し合うこができる程、深い共鳴をこの段階でしているんですね」

『ええ。彼女と話した感じでは、おそらくこの世界の私が生まれた時(意識が定着した時)にちょうど斉天大聖老師の修行によって、私や小竜姫さんの意識もパワーアップしたみたいで、その事で同じ魂を持つ者同士、強く引き合ったみたいなの』

 起きてきた横島は、小竜姫とヒャクメに声をかけ、今は小竜姫の部屋で話し合いの最中であった。
 何しろ今の妙神山には、イームやヤーム、ワルキューレに虹姫を始めとする大勢の神魔族が逗留している。
 そのため、一番秘密の保たれる小竜姫の部屋での打合せとなったのだ。

「それより、ベスパやパピリオの件はどうするのねー?」

「勿論、人間側に大きな被害を出さないように、俺が食い止めるつもりだ。だが、いつ、どうやって襲ってくるのか…………」

『そうね。平行未来でも私が造った転生追跡計算鬼は、ちゃんと美神さんの事を最有力候補として弾き出したものね』

 その後に、横島の文珠で誤魔化されちゃったけど……と笑いながら付け加える。
 そんなルシオラの言葉に苦笑しながら、横島はヒャクメの方に眼を向けた。

「頼んだぞ、ヒャクメ。ベスパ達が現れたらすぐに情報を教えてくれ。すぐに俺が空間転位で駆け付けるから」

「わかっているのね。私はこういう事でしか役に立てないから、しっかりと監視するのねー」

「横島さん、本当に私も一緒に行かなくて良いんですか?」

「ええ、本当に厳しいのはこの後ですから。小竜姫様にはここで霊力を無駄に消耗して貰うわけにはいかないんです」

 分かってはいても思わず尋ねてしまう小竜姫に、穏やかな笑顔で応える横島。
 彼の言った事は間違っていない。
 本来であれば、地脈を乱され霊力が低下した妙神山の現状から言って、小竜姫は人間界で激しい活動などできないのだ。
 それを可能にしているのは横島謹製の文珠ネックレスであり、それとてもエネルギー量に限界がある。
 小竜姫には、南極の戦いまで力を温存して貰わなければならない。

「さて、今回は雪之丞や氷雅さんにも活躍して貰うとしよう。2人とも妙神山攻防戦では、何もできなかったとストレスを溜めていましたからね」

「ふふふ……。昨日もそう愚痴っていましたよ。2人とも、ここに帰ってきてからずっとそうですからね」

『それに可能性は低いけど、ベスパが妙神山に潜入破壊工作を行わないとも限らないわ。虹姫さんやワルキューレさん、ジークさんには、皆さんと一緒に妙神山の護りをかためて貰わないと……』

「ルシオラさんの言うとおりですね。それに、アシュタロスの部下がルシオラさん達3人だけとは限りません。警戒はしておかないといけません」


 こうして、新たな局面に対する妙神山側の対応は決定された。
 これまでの神魔族同士という桁外れの戦闘はひとまず終了し、いよいよ美神達GSレベルの戦いが始まるのだ。
 まずは西条達オカルトGメンと、今後の事について打ち合わせしなければならない。
 横島は雪之丞と氷雅、シロを呼び集めるため、腰を上げ部屋を後にした。
 戦いはまだ、最初の一幕が終わっただけなのだから。



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