フェダーイン・横島

作:NK

第100話




「アシュタロスの配下がどこに潜伏しているかは、ヒャクメ様の力でもわからないのかしら?」

「敵も相応の準備は整えていたみたいで、今のところ見つける事はできていません。それに、動いてくれればわかりますが、あまりにも索敵範囲が広いので……」

 都庁の地下施設内(臨時のオカルトGメン対アシュタロス特捜部)司令室で、美神美智恵は横島達の訪問を受けていた。
 今回の訪問メンバーは横島、ヒャクメ、雪之丞、九能市、シロである。

「そうですか……。でも、妙神山も今回の戦いで打撃を受けていますし、敵がどこにいるのか見当も付かないわけですから仕方がありませんね」

「それで横島君、妙神山の方はどうなんだ?」

 敵の戦力が低下している今こそ、攻撃の最大のチャンスだと考えている美智恵は、ヒャクメの答えに残念そうな表情を見せた。
 しかし、自分達も索敵にかけては手段がないため、できないことはできないと割り切る。
 西条は美智恵よりずっと神魔族の力を当てにしているため、妙神山の建て直し状況が気になっていた。

「霊子砲弾は何とか2発製造が終わりましたが、数を揃えるにはもう少し時間が掛かりますね。懲罰2号は既に問題ないように整備しましたが、ファイヤーミラーに関しては手付かずのままです。予備パーツを使って新しいミラーの作製に入りましたが、術式を組み込んだりしないといけないので、取り替えるのは数週間かかります」

「そうか……。と言う事は、当面人間界での対応は、我々で行わなければならない状況に変わりないわけか……。だが、敵移動妖塞の修理にも時間がかかるだろうから、それだけこちらも建て直しの時間が稼げるわけだ」

「だが敵も、神魔界と人間界の接続を遮断していられる時間には限りがあるはず。おそらく時間を無駄にはしないでしょう。修理と平行して魂の結晶、いや、メフィストの転生体である美神さんを捜すために動くと思いますよ」

 時間に関しては自分達に有利に動いていると考えた西条だったが、横島から聞かされた厳しい現実の前に黙ってしまう。
 横島としても、未だアシュタロス陣営にいるルシオラからの情報なので、はっきりと敵の動きを教える事ができないのだ。
 だが、横島の言う事は非常に妥当であるため、美智恵は十分あり得る事だと判断し対応を練ろうと考え始める。
 しかし、その思考は突然響き渡った声によって妨げられる。

 ドガッ!!

「ママっ!! 何で横島君が来ている事を私に教えないのよッ!!」

 それは前回の横島訪問時と異なり、なぜか同席していなかった美神が荒々しくドアを開けて登場したため……。
 その表情はまさに憤怒というに相応しい。
 美神の恋人として最近その地位を向上させた西条も、思わず座ったままで身体を退いてしまう程だ。
 その後ろでは、美神が回復するまで付き添っていたおキヌが、ぺこぺこと頭を下げて美神を押さえている。
 だが、母親たる美智恵は強かった。

「あら、気が付いたみたいね。別に悪気があった訳じゃないわよ。特訓で気絶していたから、休ませてあげようと思っただけで」

「そんなのママの理屈じゃない! 私だって状況がどうなっているか、横島君達に直接聞きたいわよ!」

「でも私は、貴女を無視した訳じゃないのよ。ちゃんと意識を失っている貴女に、声だけはかけたんですから」

 さすがに母親だけあり、怒れる美神が詰め寄ってもシレッとした態度で受け流している。
 西条だけでなく、横島もそんな美智恵の姿を賞賛の面持ちで眺めていたのは内緒である。
 シロなど、美神の剣幕に何やらトラウマを刺激されたらしく、尻尾を丸めて怯えていた。

「そう言えば……美神さんの特訓ってどうなってるんですか?」

 美神が最初からこの場にいなかった理由を聞いた横島が、ふと思い出したように尋ねたが、その反応は人によって異なっていた。
 美智恵は溜息を、美神はゲンナリとした表情を見せたのだ。

「…………上手くいっていないんですね?」

「ええ、アシュタロスの配下としてこの1年間に現れた魔族、特に香港での事件や月での事件で現れた魔族を相手にすると、どうしても令子は勝てないのよ」

「ちょっとママ! 普通に考えたら、どうやってもガチンコ勝負で中級中位魔族に勝つ事なんて無理があるわよっ!!」

 本当に家の娘は勉強ができないんだから、みたいな口調でヤレヤレと頭を振る美智恵に噛み付く美神。
 美神の言葉に、対戦相手の強さを理解している雪之丞、九能市、シロが無言で頷いている。

「美神さんの言うとおりなのねー。いくら美神さんがGSとして一流でも、霊動実験室での状況下ではマンティアやスパイダロスには勝てないですよ」

「確かにそうですね……。ただ単に戦わせても、そんなに簡単に霊波の質は変わりませんから」

「ヒャクメも横島君も、もっと言ってやってよ! ママったら、私が言っても全然聞いてくれないんだから!」

「令子! アシュタロスとの事は、貴女自身の事なのよ! 私だって好きで貴女を特訓させているんじゃ……」

 いつの間にか親子げんかの様相を呈してきた司令室。
 そんな親子の姿を見て、横島は苦笑を漏らしていた。

「西条さん。美神さん、楽しそうですねぇ」

「ははは……。横島君もそう見えるか?」

「ええ、お母さんに会えて、そして一緒に居られて嬉しいでしょうね」

「多分ね。ああ見えても、令子ちゃんは甘えんぼだからなぁ……」

 そんな会話をヒソヒソと交わしながら、横島、西条を始めとする外野陣は生暖かい眼差しを送っていた。



「さて、美神さんも揃ったところで対策を協議しますか……」

 ひと騒動の後、席に着いた美神と美智恵に苦笑を浮かべた横島が、話の再開を促した。
 そんな彼に大きく頷いた美智恵は、手早くこれまでの経緯を娘に説明していく。

「……ということで、アシュタロスの眷族達は現在態勢を立て直すために潜伏中。だけど、あまり時間が経たないうちに再び動き出すと予想されるわ。そして、今度のターゲットは令子、貴女よ!」

 最後にビシッと指を娘に突きつける姿は、横島の目から見ても冷徹な指揮官としての姿だった。
 そんな母親の姿に、僅かに気圧され後ずさる美神。
 だが、負けん気の強さでは美神も負けてはいない。

「そんな事はわかっているわッ! 既におキヌちゃんのクラスメイトが連中に襲われているしね!」

「弓さんも一文字さんも意識は取り戻しましたけど、一文字さんは打撲や擦り傷がまだ治っていません。弓さんはもう少ししたら戦えるまでに回復しますけど……」

 美神の言葉を補足するように、おキヌが数日前見舞いに行った時に聞いた内容を付け足す。
 おキヌとしては、友人達が命を失わなかった事に安堵していたが、敵の狙いが美神である事は明白なので来襲に怯えていた。

「さすがに、いくら連中でもこの施設をすぐには突き止められないだろう。おそらく、無関係な人を襲うなり何なりして、我々を誘き出そうとする筈だ。既に令子ちゃんが自分の事務所にいないと言う事は調査済みだろうしな」

「この前おキヌちゃんの友達を襲ったと言う事は、連中も魂の結晶を持っているのが美神さんだと特定していた訳じゃ無いと言う事です。ただし、あれから時間が経っていますから状況は変わっていると思います。連中が美神さんを突き止めているかどうかは、五分五分と言ったところじゃないでしょうか?」

 横島はそう言って、既に自分と雪之丞、九能市、シロが出動態勢を取っており、敵の出現をヒャクメが感知した途端空間転位で現場に駆け付ける事になっていると、美智恵や西条に説明した。

「でも、確かに敵戦艦の火力は、正面からやりあっても勝ち目がないわ。敵が船を使う事ができずに行動しているところを1鬼ずつ各個撃破するしかない……」

「でも……なるべくなら戦わない方が…。敵はずっと神界や魔界とのチャンネルを遮断してはいられないんでしょ? 時間切れまで隠れていた方が……」

 こんな時でも、積極的に相手を倒す事を考えている美神に対し、おキヌの方はなるべく戦わずに事を済ませたいと考えていた。
 だが、そんなおキヌの言葉を西条が否定する。

「そうはいかん! 一般人が襲われるのも放ってはおけない!」

「それに隠れていたとしても、もしアシュタロス一味が令子の事を突き止めたら、事を公にして街や人々を襲い、令子に出てくるようにし向けるかもしれないわ。そんな事になったら、例えアシュタロスを退けられてもこの社会で生きていく事が難しくなってしまいます」

 西条と美智恵の話を聞き、事がそう単純ではない事を思い知るおキヌ。
 そんなシリアスな会話を続ける美神達を尻目に、ポジティブ過ぎる意見が飛び出す。

「フフフ……。これまではメカ戦だったから出番がなかったが、これからは暴れられるってもんよ。やってやるぜッ!!」

「ちょっと雪之丞! そんな言い方は不謹慎ですわよ!」

「でも、拙者も先生と一緒に仕事ができて嬉しいでござる!」

 ここで漸く、それまで大人しく口を噤んでいた横島の弟子3人が言葉を発した。
 純粋に戦える事を喜んでいる雪之丞。
 それを窘める九能市の言葉遣いが、いつの間にか呼び捨てになっている事に気が付いたのは横島とヒャクメぐらいだろう。
 GS資格試験以来、何やら雪之丞と九能市の仲は急接近していたのだ。

「でも、どんなに急いだとしても後手になってしまいますけどねー」

「それは仕方がありません。こういう場合、攻める方が遙かに有利なんですから。我々は令子が敵の手に落ちないよう細心の注意を払いながら、何とか敵を退けるしか選択肢が無いわけですし……」

 ヒャクメの言葉に答える美智恵の表情は、全てに対処できない事を知る、苦悩する指揮官のそれだった。

「それで……可能ならばヒャクメ様だけじゃなく、横島君や伊達君、九能市さんやシロちゃんも私達と一緒にいて欲しいのだけれど……。無理かしら?」

「妙神山で何かがあった時は、すぐに帰る事を認めてくれるのならば構いませんよ。我々としても美神さんに融合している魂の結晶を、アシュタロスに奪われるわけにはいきませんから」

「飯を食わせてくれるなら、別に構わないぜ」

「雪之丞! 何でそんな恥ずかしい事を堂々と……」

「んだよ、食うもん食わなけりゃ、力がでないだろうが! 違うか、九能市!」 

「先生と一緒なら、拙者は構わないでござるよ」

 一部、どうにも微笑ましい光景が混ざっているが、横島は何とか計画通りに事態が推移している事に安堵していた。
 後はこの世界のルシオラとの関係がどうなるか、なのだが、取り敢えず美神の護衛と3姉妹の人間界での被害を食い止める事に集中しなければならない。
 会談で一応の結論が出た事を受け、横島は妙神山の小竜姫と連絡を取るべく通信鬼を取り出すのだった。
 なお、この会談で美神の特訓期限が1ヶ月延ばされた事は、ほんの余録である……。






 ここは埋め立て地に燦然とそびえるフ○テレビ。
 今正に、「オイオイオイ ミュージック・キング」の公開生放送が行われていた。

「次のゲストは!! 奈室安美恵ちゃんです―――!!」

「「「キャー! キャー!」」」

 司会者の紹介で、人気歌手の奈室安美恵がマイク片手に現れる。
 その姿を見た観客から上がる黄色い声援をバックに、2人の司会者のいるステージ中央に向かう奈室。
 無論、横島はこういう番組を日頃見てはいない。
 日中、修行に明け暮れている雪之丞達も見ていない。
 おそらく関係者の仲で、一番こういう事に詳しいのはおキヌであろう。
 だが、異変はこの場所で既に起きつつあったのだ。
 最初に気が付いたのは、調整室で全体をチェックしていたTV関係者だった。

「…!? おい、2カメ何やってる!? 画が来てないぞっ!?」

 本来送られてくるはずの画像は、サンドストームに取って代わられている。
 しかし、そのカメラを構えたカメラマンは奈室達の正面へと移動していた。

「何だ、あいつは――!? AD! 今すぐあの男を――」

 摘み出せっ! と続けようとした声は、突然の出来事に発せられる事はなかった。
 それだけ、予想もしなかった出来事が起こったのだ。

「芝居はもういいでちゅよ、キャメラン! 仕事を始めるでちゅ!!」

「ギ……アンギャアァ!!」

 スタジオの外から呟かれた声に反応して、いきなりカメラマンの首がポロリと取れ、服を引きちぎり身体が膨れ上がったかと思うと怪物の姿に変貌したのだから……。
 それは眼の変わりにカメラを装備した、巨大なカメだった。
 そして次の瞬間、空中にいきなり帽子を被った幼女が姿を現した。
 3姉妹の末妹・パピリオである。

「ジャジャ――ン! キャメラン、やっておしまい――っ!!」

 パピリオの嬉しそうな命令に従い、キャメランは奈室を確保すべく、ノソノソと前進を始める。
 突然の怪物出現に、スタジオはパニック状態になっていた。
 泣き叫び、出口へと殺到する観客達。

「ゴガアアァッ」

 パピリオの命令に従い、キャメランは口から強力なビームを放つ。
 エネルギー流は天井を突き破り、さらにはビルの上層階を全て突き抜き空へと伸びていった。
 そんなキャメランの力を目の当たりにした人々は、既に自分の安全しか考えられずに出口で他人を押しのけようと躍起になっている。
 そんな中、パピリオはゆっくりと探査装置である指輪を弄ぶように空中に浮かんでいた。

「さて……候補No.1の美神令子は出て来まちゅかね? 早く来ないと、関係ない人間に被害が出まちゅよ」

 そう言ってウキウキとしながら、本当のメインゲストの到来を待ちわびるパピリオだった。
 そう、わざわざ公開生放送中に襲撃をかけたのは、本当の獲物である美神を誘き寄せるためだった。
 転生追跡計算鬼・みつけた君が最有力候補として算出したのは、GSとして名高い美神令子。
 即座に美神の事務所を調べた土偶羅は、ベスパとパピリオを偵察に出した。
 そして、既に事務所もマンションももぬけの空である事を確認し、メフィストの転生体にほぼ間違いないと確信を持つに至る。
 だが、それでも探査装置できちんと調べない限り、100%とは言えない。
 美神の調査をした土偶羅は、彼女の人間関係をも把握しており、過去にオカルトGメンに所属した事があるということも調べ上げていた。

 そこで出された推測は、平安京で自分の前世に何があったかを知っている美神は、オカルトGメンによって保護されているのでは、というもの。
 自分に自覚があるのなら、そうそう出て来はしないだろう。
 だから、これは一種のメッセージなのだ。
 『いつまでも隠れていると、いろいろと世間にバラして居場所を無くすぞ』という。
 無論、それと同時に計算鬼が算出した他の候補者を調べないわけにはいかない。
 そのため、候補者に上がった奈室安美恵を調べるついでに、こうしてメッセージも送る一石二鳥の作戦。
 これでも隠れているようであれば、それこそ本当に何らかの形で一般民衆に事を暴露し、美神を出てこなければならい状況に追い込むつもりなのだ。
 つまり、今回の騒動は自分たちの存在と目的をアピールし、且つ、今後の美神の動向を見極めるための布石。

「テレビには十分映ったみたいだから、そろそろ調べまちゅか」

 邪魔な観客が我先に逃げ出すのを黙認していたパピリオだが、肝心の奈室が逃げ出せないようキャメランの出現位置を計算し、さらに自分の存在を以てこのスタジオから逃げられないようにしている。
 司会者も奈室も、出口への道を塞がれ隅っこに身を寄せるしかなかった。

「魂の結晶を持っているかどうか、調べるだけでちゅ。大丈夫、すぐ終わるから!」

 そうニッコリと笑いながら言うと、パピリオはヒュンと指輪型探査機を奈室に投げつける。
 巨大化した指輪は、弓や一文字の時同様、頭から爪先まで霊基構造をスキャンするとデータを記憶してパピリオの手元へと戻った。

『霊力22.45マイト。結晶存在せず!』

「あれ、やっぱりこっちはハズレでちゅか……。まあいいでちゅ。さて、そろそろ敵が来てもいい頃……。来ましたね!」

 さすがに候補者の中でNo.3だった奈室に、過大な期待を抱いていなかったパピリオだったが、あわよくばという気持ちがなかったわけではない。
 しかし、だからといって落胆はしていなかった。
 何より自分の役割は囮なのだから。
 さらに奈室が魂の結晶を持っていない以上、この作戦でのパピリオの役割は、今後のために邪魔となるであろう人間側の戦力と神魔族の生き残りがどの程度の驚異となるか、それを探る事へと変わるため、敵の出現は望むところ。
 そして今、漸く空間転位によって敵が現れたのだ。

「ちょっと遅かったみたいだな。まあ、あの指輪型探査機でスキャンされても死ぬ訳じゃないから、しゃーねーか。さて、お嬢ちゃん。お誘いに従ってやって来たぜ」

 えらく自然体で空中に浮かぶ男。
 既に竜神の甲冑を身に纏い、完全に戦闘態勢となった横島である。
 さらに同時に出現したヒャクメが、気絶した奈室を確保し即座に空間転位で退避させた。
 司会者2人は、パピリオの注意が横島に向けられている間に、脱兎の如く逃げ出して姿も見えない。
 なかなか見事な逃げ足だ。

「ちぇっ、私が囮だって気が付いていたんでちゅか?」

「当たり前だろ。いくら何でも目立ちすぎだ。本命は後から来るオカルトGメンを待ち伏せしているんだろう?」

「当たりでちゅ。でも、私とキャメランにたった1人で向かってくるとは、舐められたもんでちゅ。見たところ、その鎧から発する霊力は高いけど、お前自身の霊力はせいぜい1,000マイトぐらい。その程度でやる気でちゅか? お前なんかウチのペットで十分でちゅよ」

 チッチッ、と指を顔の前で動かして見せたパピリオの顔が、次の瞬間驚きで強ばる。
 目の前の男の霊力がみるみる上がっていくのだ。
 横島の身体が金色のオーラで覆われ、ハイパーモードによって1万マイト程度まで霊力が練り上げられる。
 虚空からいつものように飛竜を抜きはなった横島は、えらく穏やかな表情で呆然とするパピリオに話しかけた。

「あまり見た目で相手の事を判断すると、痛い目に会うって事を覚えておいた方が良いぞ。どうだ、これでお嬢ちゃんと互角ぐらいだろ?」

「信じられないでちゅ……。まさか、まさか、お前の名前はヨコシマ……」

「おっ、知ってるのか? 確かに俺の名前は横島忠夫さ。メドーサから報告がいってるみたいだな。で、お嬢ちゃんも名前を教えてくれるか?」

「ムッ! 私の名前はパピリオでちゅ! お嬢ちゃんなんて子供扱いするなっ!!」

 ドッ!

 そう言ってさっきから子供扱いされていた事に気が付き、腹を立てたパピリオは右手を上げて魔力砲を放つ。
 それは再生メドーサには劣るものの、パピリオ渾身の一撃だった。
 強力なエネルギーの束が横島に襲いかかる。
 しかし、パピリオは生まれて間もないためにパワーはあっても攻撃が単調且つ直線的なため、横島にとってパワー差がなければそれ程恐れる事もない。

「そりゃあ悪かったな。だが……甘いぞ、パピリオっ!」

 バシュウゥゥゥッ!!

 横島が真っ直ぐに振り下ろした飛竜は、怒濤の如く押し寄せるパピリオの魔力砲を斬り裂き、左右に分断してしまう。
 そして即座に左手を柄から離し、掌からそれなりに手加減した収束霊波砲を放った。

 ドオォォォオンッ!!

 それはパピリオと連携してキャメランが放ったビームと正面からぶつかり、エネルギーの対消滅による爆発を引き起こす。
 横島はこの爆煙に紛れて、即座に移動してパピリオの背後に回り込んだ。
 もしこれがメドーサであれば、こうまで易々と背後を取られる事はなかったろう。

「えっ!? しまった、後ろでちゅか!?」

 横島の姿を見失ったパピリオだったが、即座に動きを予想して回避行動を取る。
 この辺は土偶羅によって、ある程度の基本戦闘技術を詰め込まれた成果だが、いかんせん経験を伴ったものではない。
 そのため、パピリオの行動開始は一瞬遅れてしまう。
 このままでは確実にやられてしまう。
 そう思い、背筋を寒くするパピリオだったが、幸い彼女は1人ではなかった。

「ゴアッ」

 キャメランがパピリオを援護すべく、攻撃を行ったのだ。

「…ちっ!」

「お手柄でちゅ、キャメラン! コイツを倒すでちゅ!!」

 その攻撃をサイキックソーサーで受け止めると、即座にコースター程の大きさのソーサーを多数作りだしキャメラン目掛けて撃ち出す。
 それはソーサーと言うよりむしろ、サイキック手裏剣かサイキックカッターと呼んだ方が良さそうな技。
 その隙にパピリオは上へと全速で逃げ、横島から距離を取る事に成功していた。
 さらに、天井をぶち抜きビルの外へと遁走する。
 僅かな戦闘で、彼女は自分1人では横島に勝てない事を悟ったのだ。
 このままでは勝てない。
 外にいるはずのベスパと合流しなければならなかった。

「パピリオの奴、結構戦いの見極めができてるな。仕方がない、あのカメから先に倒すか」

 自分との戦いに拘らず、勝てないと見てさっさと逃げ出したパピリオに賞賛の言葉を呟いた横島は、残ったキャメランを心眼モードで霊査しコアの大体の位置を確かめる。
 キャメランは横島の放ったサイキックカッターの直撃を受け、甲羅こそ無傷だが身体の至る所から血を流していた。
 だが、まだまだ致命傷にはほど遠い事など、横島には一目でわかる。 

「大体あの辺か……。でもさすがはルシオラだな。ちゃんと内部が見えないようにジャミングをかけてある。俺も記憶で大体の位置がわかっていなけりゃ、見えなかったろうな。さて、一気に決めないと外の美神さんや雪之丞達が危ないな」

 そう呟くと左手を前に突きだし、飛竜を持った右手を引いた半身の状態で凄まじいスピードでキャメラン目掛けて突っ込む。
 その素早い動きに、キャメランは即応することができなかった。
 それでも、既にかなり接近した横島に対しビーム砲を放つ。
 だがそのビームは、横島の繰り出した鋭い突きと共に切っ先から流れ出る、円錐状の霊波スクリーンによって防がれてしまう。

 ドガッ!!

「ゴガアッ!?」

 そのまま鋭い突きがキャメランの首の付け根に深々と刺さり、ドリルのように周辺を削り取る。
 その傷みに身をよじって苦しむキャメラン。
 だが横島の破邪滅却はそれだけで終わる技ではない。
 突き入れた剣から一気に残りの霊力を爆発させるかのように叩き込まれたキャメランは、一瞬でコアを破壊され元のカメへと戻ってポトリと床に落ちた。

「よし、後は外にいる奴だけだな」

 当面の敵を排除した横島はキャメランだったカメを拾い上げると、外から感じる魔力に注意を向け『転位』の双文珠を発動させ次なる戦場へと向かった。






 横島がパピリオと戦い始める直前、TV局ビルの上で腰掛けていたベスパは、霊力の強い人間達が近付いてくるのを感じていた。
 さらに、どうやらビル内部では、パピリオと連れていた造魔のキャメランが本格的に戦闘を開始したらしい。
 パピリオに匹敵する強力な霊力と波動を、ほんの数秒前に感知したのだ。
 おそらく、妙神山にいる神族か魔族の中でも高位の存在が現れたのだろう。

「どうやら、人界に残っている神族や魔族の戦力は、結構大きいみたいだね。まあ、あの様子だとかなりの数が来たみたいだけど、キャメランもいるしパピリオがやられる事はないだろうね。さて、こちらも始めるとするか」

 そう言って立ち上がったベスパは、TV局目指して走ってくる車群の方に向かって飛び立った。
 だが、彼女もまさかパピリオとキャメランの相手をしているのが、たった1人だとは想像していなかったのだ。
 感知したのはあくまで霊力量のみであり、そのエネルギー量から数人分の霊力と判断したに過ぎない。
 それがベスパの犯した勘違いだった。

「西条クン、もっとスピードは出ないの?」

「僕の車は出ますけど、後続の輸送車は無理ですよ。下手に先行すると各個撃破されるかもしれませんし……」

「そうね……。でも、まさかTVの生放送で自分達の姿を見せるとは思わなかったわ」

「でも、ヒャクメが出現と同時に探知してくれたから、何とか横島君が行動開始直後に間に合ったかもしれないわ」

 2台の兵員輸送車両を従え、サイレンを鳴らして猛スピードでTV局を目指しているのは、西条の運転する対心霊装備を施したパトカーである。
 同乗者は美神、美智恵の2名。
 後続の兵員輸送車にはオカルトGメンの特殊コマンド部隊(南武グループのモンスター塔鎮圧に出動した部隊)の他に、雪之丞、九能市、シロの姿もあった。

 出足こそ遅れたが、敵がわざわざ戦力を分散させ1鬼で出てきた機会を無駄にする事などできない。
 そのため、日本オカルトGメンのほぼ全地上部隊を動員している。
 もう100m程でTV局正面玄関に到着しようとした時、西条は行く手に立っている人影を見た。
 どう見ても背の高い金髪の女性にしか見えないが、堂々と車道の真ん中に立ちこちらを見詰めている。
 遠目には人にしか見えないため、西条は慌ててブレーキを踏んで制動を掛けた。
 急停車したパトカーから顔を出して文句を言おうとした西条だったが、美智恵が持っていたウルトラ検鬼君が最大限の反応を見せた事で、あの女性が敵である事を悟った。
 愛剣であるジャスティスを掴むと、意識を戦闘モードに切り換えて車の外へと出る。
 後続の輸送車も次々と停まり、非常事態と判断したコマンド達が銀の弾丸を装填したマシンガンを持って下車し、佇む女を半包囲するように素早く展開し銃を構えた。

「おやおや、大層な人数を引き連れてご登場だね。あんたが美神令子だね?」

 1ダース以上のマシンガンを向けられても平然とした表情で立っていたベスパは、パトカーから降り立った人間達の中にターゲットである美神令子を見つけ、オヤッという顔をした。
 まさか、この段階で自分から最前線に出てくるとは予想していなかったのだ。
 姿を隠した事から、おそらく迫り来る危険を察知し、素早く逃げ出したのだと思っていたのだから。

「そうよ。竜の牙! ニーベルンゲンの指輪!」

 目の前に現れた相手をその言動から敵と最終判断した美神は、即座に小竜姫とワルキューレから与えられた霊具を発動させ、チャクラを全開にする。
 すると、最初は100マイトに満たなかった美神の霊力が、アッという間に2,700マイトを超える中級中位神魔族並に上昇した。
 西条も、敵わぬまでも第1チャクラを廻し霊力を可能な限り練り上げる。
 2人とも、横島と小竜姫によって施された修行の成果を遺憾なく発揮していた。

「貴女は包囲されているのよ。大人しく投降しなさい! そうすれば命まではとりません!」

「へえ……。人間にしては大した霊力だねぇ。人界駐留の神魔族と比べてもトップレベルの霊力とは恐れ入るよ。でも……コイツに勝てるかしら?」

 美智恵の呼びかけを無視し、美神の霊力に感心したように言ったベスパは、余裕を感じさせる動作で右手を掲げた。

 ジャッ!! ドオォォオン!!

「なに!?」

「くっ! まだ他にもいたのか!?」

 ベスパの合図と共に、空中に突然現れた直径2mほどの球体がコマンド達に向け攻撃をかけたのだ。
 爆発が次々と起こり、コマンド達が回避のために動き回る。

「アンタ達相手に私が出る事もないと思ってね。さあ、やっちまいな、大魔球1号!」

 漆黒の球体に目玉が一つ。
 そしてその目玉から四方に走る稲妻模様。
 まるで妖怪バックベアードを思わせる雑魚モンスター・大魔球1号は、全身から光を発すると稲妻のような怪光線を放ち美神達に攻撃を仕掛ける。
 それを大きくしたニーベルンゲンの楯で弾き返す美神。
 コマンド達がマシンガンを乱射して銀の銃弾を浴びせかけるが、全身に稲妻を纏った大魔球1号にさしてダメージを与える事はできない。

「どけ、あんたらじゃコイツに勝てねーみたいだ」

「美神さん、私達がこの怪物の相手をしますから、そちらの女幹部を……」

「じゃあ、アンタ達とシロにソイツの相手は任せるわ! ママ、西条さん、私と一緒にコイツを……」

 オカルトGメンのコマンド達を下がらせ、不適な笑みを浮かべた雪之丞が大魔球1号の前に出る。
 既に魔装術を発動させ、右手には五鈷杵が握られている。
 雪之丞の脇をかためるように一緒に前に出た九能市も、竜神の甲冑と装具を身に着け、ヒトキリマルを腰に差し準備万端。
 シロは……既に言うまでもなく霊波刀を出し、腰を少し落としていつでも飛び出せる態勢だった。

 一方、美智恵と西条はその手に魔族正規軍のライフルを持っていた。
 霊力では到底神魔族に及ばないが、これであればダメージを与える事ができる。
 美神が竜の牙とニーベルンゲンの楯を装備してパワーアップしているのに対し、美智恵も西条もそこまで都合の良いアイテムを用意できなかったのだ。

「へえ……。転生体候補のアンタ自らが、私の相手をしてくれるってわけか。うれしいねぇ」

 そう言ってバッと右手を突き出し、強力な魔力砲を放つベスパ。
 その強烈なエネルギーは、ワルキューレやジークなどのそれを遙かに凌ぐパワーで当たったものを吹き飛ばす。
 その一発が戦闘開始の合図となった。
 パピリオのものと同様に、強力だが直線的かつ単純な攻撃であったが故、美神達は即座に散開して躱しフォーメーションを取る。
 美神の言葉通りに、ベスパには美神、西条、美智恵が。
 大魔球1号には雪之丞、九能市、シロが立ち向かう。



 ドガアァァァッ!!

「なかなか上手く避けるじゃないか! でも、どこまで保つかね? ホラホラッ!!」

「ふんッ! 確かにアンタの攻撃は強力だけど、どんな大砲も当たらなけりゃ敵は倒せないわ!」

 ベスパから次々に放たれる魔力砲を、全能力を使って回避していく美神。
 これも二つのオカルトアイテムで霊力がアップし、その結果身体能力が著しく向上している事で可能となっている。
 だが、相手をからかうような口調とは裏腹に、一瞬でも気を抜いたり間違えたりすれば直撃を食らってしまう綱渡りのような戦況だった。
 すでに美智恵と西条はこの戦闘に付いていけていない。
 この戦況で2人ができる事と言えば、後方からの援護射撃ぐらいなのだ。
 そして、1対1にもかかわらず美神が予想以上に善戦している理由。
 それはベスパに美神を殺す気がない事だった。
 ベスパとしては、転生体候補者筆頭の美神が魂の結晶をもっているかを確認する事が最重要任務であり、そのためには殺さないように威力を抑える必要がある。
 したがって戦法としては、抵抗できないくらいに痛めつけ、指輪型探査機でスキャンし結晶を確認後、拉致して秘密基地に連行するといういささか消極的なものを選ばざるを得ないのだ。

「ちっ! アタシが威力をセーブしているとはいえ、大したモンだよ。だが……これならどうだい。そらっ!!」

 美神の回避能力を侮る事はできないと判断したベスパは、攻撃パターンを変えた。
 当てる事より、まず美神を疲弊させる事に目的を変更し、地上に押し込めるように魔力砲を速射する。
 ベスパには速射だが、ジークの全力で放つ魔力砲と遜色ない威力に、躱せないと判断した美神はニーベルンゲンの楯で直撃しそうな攻撃を受け止める。
 だが、その結果として空中戦に慣れておらず踏ん張りが効かないため、地上付近へと押し込められてしまった。
 そのため、やむを得ず地上へと降り立ち態勢を立て直そうとした美神だが、ベスパはそれを待っていたのだ。

 グワッ! ドドドドッ!!

「し、しまっ……!」

 それはベスパの巧妙な攻撃だった。
 美神に当てる魔力砲の威力を弱くした代わりに、至近弾となる一撃は本気の一発を放っていたのだ。
 予想外の爆風を浴びて、吹き飛ばされ倒れる美神。
 いくらパワーアップしているとはいえ、自分より数倍上のパワーを持つ敵との戦い。
 美神は善戦しているが、急速に体力と霊力を削ぎ取られていたのだ。
 そのため、強烈な爆風に踏ん張りきれなかった。
 怪我一つ負ってなどいないのだが、衝撃で竜の牙とニーベルンゲンの楯を手から離してしまった美神に、ベスパの攻撃に抗する術はない。

「フフフ……。大人しくさせてあげるよっ! なにっ!?」

 無様に大地に転がった美神目掛けて、麻痺レベルに威力を落とした魔力砲を放とうとしたベスパは、ゾクッとする感覚と直感に従って慌てて身体を捻り込み回避行動を取る。
 次の瞬間、身体の傍を弾丸が空気を斬り裂きながら通り過ぎていく。

「くそッ! これは魔族正規軍の精霊石弾か? いくらアタシでも直撃したら無傷というわけにいかない」

 即座にジグザグ運動に入ってライフルによる攻撃を躱したベスパは、チラッと射手を確認する。
 それはいつの間にか狙撃ポイントへと移動していた、美神美智恵と西条の2人。
 この戦法は月でのメドーサ対横島・美神戦を参考に、美智恵が考案した対魔族用のフォーメーションだった。

「ありがとう、ママッ! 西条さんッ!」

 その隙に態勢を立て直した美神は、援護してくれた2人に礼を言いながら再び跳躍する。
 ベスパは今、数の暴力が戦闘にとっていかに大切な事なのかを肌で感じ理解し始めていた。

「チッ! 霊力ならこの連中全部を足したって、アタシの攻撃霊力の半分ちょっとだっていうのに……。これが数の力っていう奴か!」

 なかなか敵(美神)を圧倒できないことに、苛つきの表情を浮かべたベスパが悔しそうに吐き捨てる。
 その時、彼女は妹がいるはずのTV局の方角から強力な霊力を感知した。
 目眩ましに魔力砲を放つと、即座に急上昇して美神達を振り切る。
 そして安全を確保したベスパが見たものは、自分の方に飛んでくるパピリオの姿だった。



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