フェダーイン・横島

作:NK

第101話




「ゴモモモモモモッ」

 しばらく睨み合っていた両陣営だったが、やがて焦れたのか大魔球1号が戦闘を開始すべく、上昇させた魔力を攻撃に転化しようと誘導しはじめる。
 空中に浮かびながら、自分に向かってくる雪之丞、九能市、シロを狙って雷撃を放つ大魔球1号。
 それ程高くはないが知能を持っているため、その攻撃は接近を許さぬよう速射によって弾幕を張るというものだ。

「ふん、これなら避けるまでもないぜっ!」

「この程度の攻撃、見切ってみせますわ!」

「音がうるさくて嫌でござるが、これなら躱せるでござる!」

 エネルギーを集約していないため、一発一発は500マイトを切る程度でそれ程威力があるわけでもない。
 普段ならいざ知らず、竜神の装具や甲冑を身に着けパワーアップしている3人には、彼我の霊力差が即座に理解できた。
 雪之丞は躱すことなく魔装術の装甲で受け止め、さらに跳ね返して見せる。
 そして最短距離で間合いを詰めようとする。
 九能市は霊力を込めたヒトキリマルを振るい、雷撃を弾き飛ばす。
 彼女も雪之丞同様、真っ直ぐに敵を目指しているようだが、飛行スピードに緩急を付け大魔球1号を惑わす事を忘れていない。
 シロはその素早い動きで攻撃を躱していくが、人狼であるため雷撃の音にやや涙目である。
 狼の聴覚は鋭いため、雷のような大音響はもの凄い負担を与えるためだ。

 ドオォォオンッ!

「ゴモッ!? ゴモモモモッ!」

 ジャッ!!

 自らの攻撃が通用しないどころか跳ね返され、結果として反撃を受けてしまった大魔球1号は、屈辱と怒りで身体を震わせながら、エネルギーを集約した強力な一撃を攻撃してきた雪之丞目掛けて放った。
 その一撃は先程までの雷撃の数倍の威力を持ち、さすがの雪之丞も直撃すれば相応のダメージを負ってしまう。

「ちっ! 今度はまともに受けるわけにはいかねーか。それなら!」

 ドンッ!!

 竜神の装具によって増幅された自らの霊力に匹敵する雷撃を前に、さすがにこれを跳ね返そうと正面から受ける事は危険と判断した雪之丞は、掌から集束霊波砲を放ち迎撃する。
 雷撃と集束霊波砲は真っ正面からぶつかり合い、強烈な閃光と衝撃波を生み出して爆発した。
 その余波を受けて、一瞬、雪之丞と大魔球1号が視界を奪われ動きを止める。

「チャンス! シロさん、一気にいきますわよ!」

「了解でござる!」

 雪之丞が作りだした隙を逃さず、九能市は圧縮させた霊波弾を放ち、シロは全霊力を込めて巨大化させた霊波刀を突き出す。
 その攻撃は、全方位に均等に張られていた大魔球1号の魔力シールドを突き破り、その滑らかな外観のボディに突き刺さり、大きな被弾痕を生み出す。

「ゴモ……モモモ…………」

 直撃を受け苦しげに身体全体を震わせる大魔球1号。

「ナイスっ! 九能市、シロ! 止めだッ!!」

 爆発の衝撃からいち早く立ち直った雪之丞は、右手の五鈷杵に霊力を流し込み強力な霊波ブレードを発生させると、空中を一気に飛翔して真上から襲いかかった。

「くたばれ、怪物っ!!」

 ドシュッ!

 その言葉と共に雪之丞は五鈷杵を逆手に持って、真上から勢いをつけて大魔球1号の身体に霊波ブレードを突き立てる。
 そして止めとばかりに、突き刺した霊波ブレードに事前に練り上げ溜めた霊力を一気に流し込み、ブレード自体を爆ぜさせた。
 その攻撃は、見事に内部から大魔球1号の身体を破裂させてしまう。

「ギアァアアァッ!!」

 内部からの攻撃という予想外の方法に、大魔球1号はそのコアを破壊され絶叫と共に滅ぼされたのだった。






「ベスパちゃーん!!」

「どうしたっていうのさ、パピリオ? まさかキャメランはやられちまったのかい?」

 慌ててこちらへと向かってくる妹に、冗談半分で声を掛けるベスパ。
 パピリオの様子から何か予想外の事が起きたのだと見当は付いたが、さすがに内容まではわからない。
 先程感知した霊力から、相応のランクと数の神族が現れたのだと判断していたベスパにとって、確率的に小さいとはいえキャメランがやられる事は想定内の出来事だった。
 無論、あり得るというだけでまさかそんな事にはならないだろう、と思っていたのも事実だったが……。

「悔しいけど、多分今頃はやられてると思いまちゅ!」

「なんだって!? おい、本当かいパピリオ? 敵の情報を教えな」

「土偶羅様の言っていた、ヨコシマが現れたでちゅ!」

「なにっ!? ヨコシマだって!?」

 パピリオが告げた敵の名に一瞬驚きの表情を浮かべたベスパだが、次の瞬間に苦々しげな顔になった。
 遙か下方で、自分が連れていた造魔・大魔球1号がやられた事を感知したのだ。

「ちっ! やれやれ……アタシが連れてきたのも人間共にやられちまったみたいだね」

「どうするんでちゅか、ベスパちゃん? このまま戦うんでちゅか?」

「うーん……どうしようかね。……っ! どうやらヨコシマっていうのが来たみたいだね」

 今後の行動を尋ねるパピリオに答えようとしたベスパは、強大な霊力を持つ存在が出現したのを感じ即座に神経を集中して戦闘態勢を取った。
 横では、パピリオも同様に魔力を上げて戦いに備えている。

「さすがに気が付いたか。おいパピリオ、ペットとか言ってたけど置いていくなんて酷いだろう。ほらっ、ちゃんと受け取れよ」

 いつの間にかベスパとパピリオの後ろへ姿を現した横島は、飛竜を小脇に抱えると持っていたカメをヒョイっとパピリオに放り投げた。
 ポカンとした表情を見せたパピリオだったが、慌てて手を差し出してカメを受け止めると頭の上へと乗せる。

「ふーん、随分と余裕じゃないか。その態度、気に食わないねぇ」

「俺の名前は知っているようだから自己紹介はしないが、アンタの名前を教えてくれるか? 気の強そうなお姉さん?」

「ふんっ! アタシの名はベスパ! パピリオの姉さ」

 先程から油断無く横島を観察していたベスパは、横島がえらく自然体でいるのが気に食わなかった。
 仮にも、人間界駐留の神族や魔族が相手にならない出力を誇る自分とパピリオを前にしているというのに、横島という男はまるで知り合いとでも話しているような態度なのだ。
 それに、まるでこの後に戦いが控えているのを無視するかのように、自分の名前を訊いてくるとは。

「ふーん、ベスパって言うのか。ひょっとしてハチに関係ある能力でも持っているのか? まあ、それは戦ってみれば分かるからいいか……。それから、あんまり苛々しない方が良いぞ。戦いは冷静さを欠いたら負けちまうからな。それで、この後どうするつもりなんだ? 引き上げるのか、それとも戦うのか、選択肢は二つに一つなんだとは思うけど、一応訊いとこうか」

 何ら気負いもなく小脇に抱えていた飛竜を握り直し、スッと正眼に構える横島だったが、内心ではルシオラや小竜姫の意識と会話を行っていた。

『うーん、俺の記憶にあるこの頃の2人より、総魔力は高いみたいだな……。再生メドーサから得られたデータを基に、再調整したってことか』

『そうみたいね。多分、攻防に使える魔力量も少し上がっていると思うわ。この前、こちらの私の意識とリンクした時、私も彼女の総魔力が少し高くなっているって感じたんだけど、私とのリンクの影響かなって思ってたのよね』

『俺も逆天号でこっちのルシオラに会った時、総魔力が高いように感じたけど、ルシオラと同じように考えてたんだよなぁ……。やっぱりアシュタロスの奴め、抜け目がないってことか』

『これでもし、ルシオラさん達が連携プレーを覚えていたら、結構手強い敵になると思いますよ……』

 無論、心の裡を悟られるようなヘマをする横島ではない。
 自然体の構えからは、ベスパやパピリオであっても圧倒するような氣と霊力が吹き出している。

「アンタ、かなり強いみたいだね。おもしろい、ちょっと戦ってみるとするか。パピリオ、今のままじゃ美神令子をスキャンする事はできない。人間共も色々持っていて結構手強いみたいだからね。それ以外の任務は予定通り終わったんだから、アンタは一足先に帰んな」

「でも……ベスパちゃん」

「いいからッ! アタシはちょっと派手に暴れてみたいだけなんだよ」

「わ、わかったでちゅ」

 姉の剣幕に押されて、パピリオは渋々といった表情でカメを抱えながら転位して姿を消した。
 妹が離脱したのを確かめたベスパは、抑えていた魔力を一気に解き放ち横島に向き直る。

「待っていてくれたわけか? 随分余裕だね」

「そんな事はないさ。妹との別れは済んだか?」

「はッ! そんな事をアンタに心配されるいわれはないさッ!!」

 ドドドンッ!!

 そう吐き捨てるように言い放つと、ベスパは右手を上げて全力の魔力砲を放つ。
 それは現段階で小竜姫が、実際の戦闘で隙を見せずに使う事ができる最大攻撃霊力に匹敵していた。
 小竜姫の場合、実際はこれ以上の霊力を攻撃に使う事はできるが、そのためには横島同様に“溜”が必要となるのだ。
 したがって、このように相手の攻撃を躱し、あるいは移動し、そして反撃するような戦闘の最中においそれと使う事などできはしない。

「すげーな……。小竜姫様の全力攻撃に匹敵してるぞ。この攻撃は……」

『そうね。いくらヨコシマでも直撃は避けた方が良いと思うわ』

 怒濤の攻撃を躱し、あるいは受け流し、迎撃しながらも、横島はベスパの力に素直に感心していた。
 そして、再生メドーサの時に見られた霊体と肉体のバランスの悪さも無いようだ。
 おそらく、かなりギリギリのところでバランスを取っているのだろうが、ベスパの完成度は高いと言って良い。
 改めて、アシュタロスの能力は凄いと感じる。

「でも……若いんだよなぁ……」

 その言葉と共に、横島は目前に迫った魔力砲をこれまでとは違い、余裕を持った態度で躱して見せる。
 多くの経験を積んだ横島は、幾度かの攻防を経てベスパの射線を見切ったのだった。

「くっ!? 何だって言うんだい、ヨコシマのヤツ……。いきなり動きが変わって攻撃が当たらなく………」

 ヒラリヒラリと、まるでツバメが飛び回るかのように自分の魔力砲を躱し始めた横島に、理由が分からず焦った口調で呟くベスパ。
 彼女の戦士としての直感が、このままでは横島に勝つ事はできないと告げていた。

 ジャッ!

「精確な攻撃だ……。だが、それ故躱すことができる」

『はい。射線が予測可能ですね』

 またもや無駄を感じさせない動きで魔力砲を回避した横島は、小さく呟き漸く反撃を開始した。
 集束霊波砲を3連射すると、一気に加速してベスパ目掛けて迫る。
 横島の攻撃を避けたことで即座に攻撃に移る事のできないベスパは、仕方なく先程までより威力の低い魔力砲を連射して弾幕を張る。
 だがその攻撃は躱すまでもなく、突進してくる横島に命中し弾き飛ばされた。

「な、なんだって?」

「甘いぞ、ベスパっ! その程度の魔力砲、避けるまでも無い」

 ベスパは双眸を見開くが、横島は言葉通りこちらの攻撃を意に介することなく突っ込んでくる。
 予想外の出来事にベスパの頭は混乱した。
 敵の、横島の霊力は自分などより遙かに高いのだろうか?
 弾かれた魔力砲の威力は先程までの半分程度とはいえ、生身であの砲撃を防ぐとは……。

「……っ! そうか、あの着込んでいる神族の甲冑の霊力と、自分自身の霊力をピンポイントで集め、前面の防御に集中させたってわけか!」

「当たりだが……戦いの最中に相手から注意を逸らしたらダメだぞ!」

 横島が見せた手品の種に思い当たったベスパだったが、それを表情に出してしまうのがメドーサと違い未熟なところと言える。
 その表情を見て、横島はベスパが混乱しているのを察して一気に懐へと潜り込んだのだった。

 シャッ!!

 袈裟懸けに振り下ろされた飛竜を辛うじて避けたベスパだが、続いて横島が繰り出した連続片手突きの前に防戦一方へと追い込まれてしまった。
 だが、ベスパがこうなるのも無理はない。
 横島の連続片手突きは、そのスピードによって数十の残像が見えるほどなのだ。
 凌いでいるべスパも防御に殆どの魔力を廻しているとはいえ、横島の刺突を全て防御するその技量はなかなかどうして大したモノだった。

『くっ……、両腕が痺れてきたね。だが、ここを凌げばアタシに勝機が……』

 横島の攻撃を耐え凌ぎながら、起死回生の策を練っていたベスパはその時を待っていた。
 自分単独では、目の前にいる男に勝つ事はできない。
 その事は、彼女の冷静な頭脳がとっくに回答を出している。
 だからこそ待っているのだ。
 自分の眷族が来る瞬間を……。

『来たッ!』

 突撃用の装備で自らの眷族たる妖バチが6匹、漸くこの戦場に到着した事を感じたベスパは攻撃を受ける覚悟で、離脱するために大きく後ろに飛び退いた。
 このまま横島が後を追って攻撃を掛けようとすれば、上下から突っ込んできた妖バチの直撃を食らうはず。
 自分もあの強烈な一撃を受けるかも知れないが、それと引き替えに横島にも致命傷を与えられるのであれば十分見合う取り引きだろう。
 だが……横島も眷族ではないが周囲に注意を向けてくれる存在を、己の裡に秘めている事をベスパは知らなかった。

『忠夫さん、何かが急速に接近してきます! その数、6!』

『これは……ベスパの妖バチよ、ヨコシマ! 回避しないと危ないわ!』

『わかった。ありがとうな!』

 ベスパが眷族の到着を感知したのとほぼ同じ時、横島側でも周囲の索敵を任されていた小竜姫の意識がそれに気が付いたのだ。
 即座にルシオラの意識が接近中の敵を分析し、その正体がベスパの眷族であることを突き止める。
 その答えを聞いた横島の脳裏に、平行未来で見た事のあるベスパの眷族の力が浮かんだ。
 そのため、ルシオラの忠告を素直に受け入れて、追撃を止めて回避行動に移る。

 キンッ! ギューン!!

 上下から迫ってきた妖バチの一撃を、紙一重で後ろに下がって躱す横島。
 さらに左右から迫った2匹を、こちらも衣服に掠りながらも躱してみせる。

「ベスパの眷族……これ程とはな。敵にすると思ったより厄介だって事か……」

 ベルゼブルを凌駕するスピードに、何とか直撃を回避しながら舌打ちをする横島。
 いかに小竜姫やルシオラの意識が周囲を視てくれていても、6方向から次々と攻撃を掛けられては対処するのは難しい。

「本当にさすがだね。アシュ様が警戒するのもわかるわ。でも、いかにアンタでも6方向からの攻撃は避けられないだろう? それに、あたしの眷族はまだいるんだよ」

 妖バチ達の最初の攻撃を回避した横島の俊敏さには驚かされたものの、今や形勢は一気に逆転していた。
 漸く一息ついたベスパは、先程までの横島の攻撃によってダメージを受けた両手に魔力を廻し、簡易的なヒーリングを行いながら必死に攻撃を躱す横島を見詰めていた。
 彼女自身は攻撃を行っていないが、それは妖バチ達を精確にコントロールするために魔力と神経を集中しているからだ。
 さらに、この間に遠方まで索敵に出していた眷族も呼び寄せる。

『どうするの、ヨコシマ? まだ何とか対処できるけど、これ以上眷族の数が増えたらまずいわよ』

『相手は小さい上に、ベルゼブル以上の高速性と連携を誇っています。どうにかして、この連携を崩す事ができれば各個撃破も……。忠夫さん! 新たな妖バチが4匹、接近中です!』

 一方、横島の方も頭の中でルシオラと小竜姫の意識が警告を放っていた。
 聞いている横島もそれは分かっているのだが、今のままでは状況を覆す事は難しいのだ。
 必死に回避しながら対策を考えていた横島は、小竜姫の意識の報告に、遂に切り札を公にする事を決意した。

『確かに2人の言うとおりだ。だから……文珠を使おう』

『……そうね。もうアシュ様との戦いは始まったのだから、これ以上隠しておく必要はないかもね』

『やむを得ませんね。忠夫さんの判断に賛成します』

 横島にベスパを殺す気がない以上、彼が文珠使いだと言う情報はアシュタロスに必ずもたらされる。
 それによって、必ずアシュタロスはその対策を練ってくるだろう。
 だが、ベスパを殺さずに退かせる方法を、これ以外に横島は考えつけなかった。

「お前さんも大したモンだぜ、ベスパ。まさかこんな技を隠し持っているとはな……。だから、代わりに俺も技を一つ見せてやるよ」

「何だって!? 技だと……? …………いかん、妖バチ達、そんな暇を与えるな!」

 そう話しながらも妖バチの攻撃を避けると、横島はバッと左手を上げて手を開く。
 その開いた掌から飛び散るように、四方向へと飛んでいく淡く輝く光の珠。
 ベスパは最初、それが何だか分からなかった。
 だが、このままでは横島の術中にはまると考え攻撃命令を下す。
 妖バチ達も光を警戒したのか、一度距離を取って様子を見ようとしたのだが、ベスパの命令を受けて方向を変え全方位から突撃を開始した。

 横島から放たれた4個の単文珠は、横島を中心とするようにポジションを取ると、それぞれが頂点となって霊波シールドでできた正四面体を形作る。
 それぞれに込められた文字は『絶』『対』『防』『御』。
 以前、平安時代に逆行した時、アシュタロス相手に使用した「雷光召喚」と同様、各文珠に術式を込めた法術文珠である。

「こ、これは……一体なんなのさ……?」

 突然現れた、強固な防御シールドに呆気にとられるベスパ。
 だが、直前に攻撃を命じられた妖バチ達は一気に全方位から突撃をかけていた。

「あっ! お、お待ち!」

 バシイッ!! ビシッ!!

 ベスパは慌てて指示を出したが、既に遅かった。
 まるで蛍の光のように黄緑色に輝く正四面体の10箇所で、魔力と霊力の衝突による火花が飛び散り、ベスパの妖バチ達は一瞬で全滅してしまう。
 さらに、妖バチ達の仇とベスパが全力で放った魔力砲までもが、その霊波シールドによって弾かれてしまったのだ。

「おのれっ! 私の蜂たちをよくもっ! だが、ヤツのあの術の前では、今のアタシの攻撃は通用しない。悔しいけど、今回は引き上げだね」

 一瞬、眷族をやられた事で怒りに身を任せそうになるが、即座に状況を受け入れて退却を決意するベスパ。
 この辺は、アシュタロスというか土偶羅の教育の賜物と言えよう。

「ヨコシマ! 今度会った時には決着をつけてやるよ。それまでせいぜい首を洗って待っていな!」

 横島が未だ術を発動させている隙に、ベスパはそう言い残すと即座に瞬間移動で姿を消す。

「退却したか……。まあ、緒戦はこんなもんだろーな」

『ええ、これでベスパもパピリオも警戒して、無闇に人間界で暴れないでしょう』

『こちらの手の内を一つ晒してしまいましたが、眷族まで動員したベスパさんを退かせるとなると仕方がなかったですね……』

 何とか作戦通り、ベスパに不信感を与えることなく撤退へと追い込んだ横島は、安堵しながら2人の意識と言葉を交わすと法術文珠を解除した。
 ベスパが連れてきた造魔は雪之丞達が倒しているので、当面の危機は去ったと言える。

「だけど……もうかなり、俺の知っている記憶とはかけ離れてきたよなぁ……」

 そう呟くと、横島は雪之丞や美神達と合流すべく地上へと降り始めた。
 さすがに、すぐに再襲撃を行うとは思えない。
 今夜はゆっくりと寝たいな、等と思う横島だったが、この世界のルシオラの事はどうしても頭から離れないのだった。






「お帰りベスパ。その様子だとヨコシマの戦闘力は情報通りらしいわね」

「姉さん……。ああ、確かに強かったよ。情報にはない妙な術まで使うし、眷族まで使ったけど勝てなかった」

 秘密基地(とはいってもこぢんまりした別荘だが……)に戻って来たベスパを出迎えたルシオラの問いかけに、悔しそうに答える妹の姿を見てチクリと心が痛んだ。
 先に帰ってきたパピリオより、横島が現れてキャメランを元のカメに戻してしまった事、自分ではおそらく勝てないであろう事を聞いた時、心の奥で自分が好きになった
 人間がそこまで強いのだと褒められているようで、何やら誇らしげな気分になったのだ。
 そして、ベスパの口から聞かされた今も、何やら嬉しそうな自分がいる事に気が付いたから。

 横島忠夫……。
 自分の主人たるアシュタロスの今回の作戦で、最大級の障害となる可能性がある敵。
 念法という不思議な術を使い、中級中位神族並の力を持つ人間。
 そして……生まれると同時に存在を知り、調整槽にいる頃から密かに自分が心を寄せる相手。
 もう1人の自分との邂逅以来、ルシオラは日増しに膨れ上がっていく横島への好意を抑えるのに苦労するようになっていた。
 いや、既に好意の範疇を超え愛情にまでなっているかもしれない。
 だが……ルシオラは未だ妹や上司、さらに創造主たるアシュタロスとの絆を捨て去る事に躊躇いを感じているのも事実なのだ。

「……ああ、あれね。私も映像を見ていたけど、あれは文珠だと思うわ。どうやら、ヨコシマは文珠を自由に使えるみたいね。データにはないけど、彼は文珠使いの可能性が高いわ」

「文珠!? あれが文珠なのか?」

 確かに映像を見てはいたのだが、ルシオラは横島が文珠使いだと言う事を知っている。
 その情報源は、横島に融合している平行未来の自分の霊基構造コピー意識から流れ込んだ記憶であるが、何より自分自身も逆天号で出会った時に彼から文珠を渡されていたのだから。

「ええ。土偶羅様がデータを確認したの。平安時代に逆行したヨコシマが、アシュ様と戦った時に文珠を使ったらしいわ。その時は、神族の菅原道真から貰ったのだろう、と考えたみたいだけど、どうやら彼自身が文珠を創り出す能力を持っていると考えるべきね」

「くそッ! 化け物めッ!!」

 忌々しそうな口調で叫ぶベスパだったが、ルシオラは人間達から見れば自分達の方が化け物なのだと知っている。
 だから、妹の言葉に苦笑を浮かべるしかなかった。

「そうそう、土偶羅様がお呼びよ。今回の情報を基にこれからの作戦を考えるんですって」

「そうか……。まあ神魔族の連中も予想以上に残っているみたいだし、これからの事は作戦を練り直した方が良いかもね。今回の作戦目標だった敵の戦力に関する情報はある程度収集できたんだし」

「ええ、ヨコシマの能力も1つ明らかになったし、人間達も油断がならないとわかっただけでも、大した成果だったと思うわ。さあ、行きましょう」



「戻ったか、ベスパ」

 リビングのソファに陣取った土偶羅が待ちかねたように言う。
 既にパピリオは大人しく椅子に座っており、一緒に歩いていたルシオラもソファへと腰掛けた。
 ベスパも疲れた身体を投げ出すように、土偶羅の正面にドカッと腰を下ろす。

「ベスパちゃんが眷族を使っても勝てない相手なんて、とても信じられまちぇん」

「情報通りなら、妖バチを突撃装備で10匹も投入して戦えば、勝てた筈なんだけどね。アイツめ、とんでもない奥の手を隠していやがった!」

 クリクリとした双眸を見開き、驚きを露わにするパピリオ。
 ベスパも、横島が文珠を使わなければあのまま勝てたのに、と悔しがる。

「でも、今日見せたのがヨコシマの全てかどうかは分からないわよ。まだまだ奥の手を隠しているかもしれないわ」

「ルシオラの言うとおりだ。ヤツの情報は以前から集めようと思っていたが、メドーサからもたらされた物以上には入手できなかったのだ。月であのメドーサを倒したのだから、相当な実力を持っているのだろうと考えていたが、予想以上だったというわけか……」

 ルシオラは、彼女の意見に同意しながらも考え始めた土偶羅からスッと視線を逸らし、空中を彷徨わせた。
 ルシオラは知っているのだ。
 平行未来から何らかの理由でやってきた横島が、この戦いに備えて長年準備してきたのだと言う事を。
 おそらく、自分達姉妹には勝てるだけの準備を整えている事だろう。

「でも、私達の中で一番強いベスパと正面から戦って、それを退ける力を持つ以上、まともに戦いを挑んだら勝ち目は薄いわ」

「悔しいけど姉さんの言うとおりだよ。アイツに勝つには、あたしの眷族をヨコシマが疲弊しきるまで投入し、その後で勝負を挑むしかない」

「でも、いくらヨコシマが強いと言っても、私達3人掛かりで戦いを挑めば勝てるんじゃないでちゅか?」

 パピリオの言う事は正しい。
 いかに横島が単体で3姉妹の各々を圧倒しているとはいえ、彼女たちの攻撃が通用しないわけではない。
 したがって、横島との戦いに必要な最低限のスペックは満たしているわけだから、ここは兵法の王道である物量戦を展開すれば良い。
 自分達はそのための訓練も受けているのだから。

「だが、我々が総出で襲いかかっても、ヤツ以外の神魔族達も生き残っている。向こうも数で来たら、勝敗は五分五分だ」

 その事は既に考えていたのだろう。
 土偶羅は忌々しそうにその場合の敵方の対応を口にする。
 その言葉にアッという表情になる3姉妹。

「そりゃそうか……。くそッ! 神魔族の人界拠点を全滅させられなかった事が、これ程大きく響いてくるなんて!」

「逆天号が直れば、今度こそ妙神山を奴ら毎吹き飛ばしてやりまちゅ!」

「そうね、パピリオの言うとおり逆天号の修理が終わるまで待つ、というのも一つの策ね。私達に時間制限があるのは確かだけど、焦って負けたらお終いだもの。でも、侵入したウイルスは思ったより厄介よ。逆天号を戦闘可能な状態にするのは時間が掛かりそうだわ……」

 ベスパ、パピリオ、ルシオラの意見を聞いて考えをまとめようとする土偶羅だったが、これなら必ず成功する、という作戦が思い浮かばない。
 考えれば考えるほど、ルシオラの言うように逆天号の修理を待った方が良いように思われる。
 だが、ルシオラの解析によって明らかにされた、敵コンピューターウイルスは予想以上に厄介な代物だった。
 何しろ、一度感染したらメモリーやバックアップなど、あらゆる所に名前を変えて潜り込み逆天号の戦闘システムを破壊するのだから。
 一番簡単な解決法は、逆天号の制御装置を始めとするコンピューターを一度全て取り外し、完全撤去後総取り替えする事だと報告を受けている土偶羅は、ワクチンプログラムの作成を命じていたが、それには今暫くの時間が掛かる。
 暫く考え込んだ土偶羅だが、当初の考え通り逆天号の修理を待つしかないとの結論に達した。

「確かに、人類側の戦力が予想以上に手強い事もわかったし、2正面作戦はまずいな。よし、取り敢えず逆天号の修理が終わったら、妙神山を再攻撃し今度こそ壊滅させるのだ!」

 そう高らかに宣言する土偶羅。
 だが、彼もこの後状況が大きく変わる事を予測できていなかった。






 ベスパ達のテレビ局襲撃から2週間。
 その間、予想された彼女たちの人間界襲撃は無く、都庁地下に集まったオカルトGメン達は無論、美智恵や西条も安堵と共に一抹の不安感と焦燥を持って過ごしていた。
 それは横島や雪之丞、九能市、シロも同様であり、美神は悪霊をシバけない事とお金が稼げない事に禁断症状が出始めていた。
 横島はと言うと、休憩室で偶々ヒャクメと二人っきりという状況になったのを幸いに、ヒソヒソと現在の状況検討を行っている。
 不安に押し潰されそうにヒャクメが、強引に引っ張ってきたのだ。

「横島さん、一体アシュタロス達はどうしたんでしょうね?」

「……わからん。だが、こちらが仕掛けたウイルスの除去に時間が掛かっているんだろう。あれは俺とルシオラが考えに考え抜いて作った極悪な奴だからな。いくらルシオラでもワクチンウイルスの作製には相応の時間が必要なはず」

「それはそうですけど……。でも、何でベスパやパピリオも現れないんでしょう?」

「この前の戦闘で、人間側の戦力が予想以上に強力だと慎重になっているのなら良いんだが……。だが、連中にとって時間は大事な筈なんだ。一番困るのは、何か俺達の予想もつかない計画を立てている事なんだが……」

 不安そうに尋ねてくるヒャクメに最も順当な答えをした後、ここ数日考えている悪い予想を半分だけ口にし、あるいは我々の意表を突くような作戦をな、と横島は心の中で呟いていた。
 そう、横島もまたこの嵐の前の静けさとしか言いようのない、何も起きない時間に不安を覚えていたのだ。
 いくら、逆天号の修理に相当時間が掛かるよう仕掛けた作戦が上手くいっていても、アシュタロスの事を知っている以上、横島でも不安は尽きない。

『私達の知っている平行未来とは違い、この世界では妙神山と神魔族の戦力が残っているからだと思うわ。いくら私達3姉妹が個々の戦力が大きいと言っても、前回のように数の上で遙かに不利ですもの』

『そうですね。忠夫さんがいる以上、造魔をいくら繰り出しても無駄だとわかったでしょうしね』

 そんな2人の意識の言葉に頷く横島。
 いや、彼も真相がそうであって欲しい、と思っているのだ。
 この場にいない小竜姫は逆天号再襲撃に備えて、1週間前から妙神山に籠もっている。
 そのため、この場では珍しく小竜姫の霊基構造コピーの意識が浮かび上がって、会話に参加していた。

「確かに、いくらベスパでも魔族正規軍のライフルで攻撃されれば、それなりのダメージを受けてしまう。この前みたいに騒ぎを大きくすれば、俺や小竜姫様、ワルキューレ達が出てくる事もわかっているし、動くには決め手が足りないってところなんだろうけど、どうも嫌な予感がするんだ……」

 横島が感じている嫌な予感は、ここにいる全員が感じている。

『ヒャクメさん、既にあの別荘にはいないんでしょ?』

「そうみたいなのねー。元々ジャミングがかかっていて見えにくかったんだけど、10日ぐらい前から全然視る事ができないの……」

『まさかと思うけど……アシュ様が目覚めたのかしら?』

 ルシオラの呟きにピクリと反応する横島。
 充分考えられる事だった。
 もしアシュタロスが目覚め、この状況を聞いたとしたらどうするだろう?

『忠夫さん……』

「ああ、俺がアシュタロスなら即座に南極の本拠地に引き上げて、美神さんがそこに行かざるを得ない状況を作り出すだろうな……。と言う事は、既にパピリオの眷族によって、核ミサイル搭載の戦略原子力潜水艦を乗っ取っているという可能性もあるか……」

『そうね。別に美神さんのお母さんをベスパの妖毒で犯さなくても、核ミサイルジャックをネタに世界を脅せば、アシュ様の目的は達成できるもの』

『妙神山に残っている神魔族も、もし核ミサイルを奪われたら迂闊に動けないでしょうしね』

 考えてみれば、土偶羅はいかに演算能力に優れていようが、会社で言う中間管理職に過ぎない。
 その土偶羅がタイムリミットがあるとはいえ、突然大きく方針を転換する事など通常考えられない事だ。
 その事に思い当たった4人の結論が一致した時、いきなりヒャクメが持っている通信鬼が緊急連絡を告げた。
 そのタイミングに、ビクッとしながらも即座に応答するヒャクメ。
 なかなか度胸が付いてきたとも言える。

「こちらヒャクメ! 一体何があったのね?」

『こちら虹姫! 今、妙神山前方20kmの位置に重力震を感知しました! おそらく、敵移動妖塞の再襲撃だと思われます!』

 通信鬼からもたらされた虹姫の声に、状況を瞬時に理解した横島が立ち上がる。

「しまった! アシュタロスは、神魔族の戦力を確実に殲滅する事を優先させたんだ!」

『すぐに戻らないと……』

『でも、これが陽動作戦なのかもしれません。どうします、忠夫さん?』

 小竜姫の意識が言うように、これは横島を都庁地下から誘い出す罠かもしれない。
 だが、妙神山には彼の大事な女性と仲間達がいるのだ。
 見捨てる事はできなかった。

「ヒャクメ! 俺はすぐに妙神山に戻る! 悪いけど、美神さんや美智恵さんに状況を説明してくれ。それから雪之丞達にくれぐれも警戒を怠るな、と」

「わかったのねー! 妙神山の事はお願いね、横島さん!」

 『転位』の双文珠を創り出し、即座に妙神山へと向かう横島。
 だが、彼の予想を超える動きでアシュタロスは野望実現のために動き出したのだった。



BACK/INDEX/NEXT

inserted by FC2 system