フェダーイン・横島

作:NK

第102話




「前方に位相空間を確認! これは……敵の移動妖塞だっ!!」

「何だとッ!? 本当か、ジーク!?」

 周囲の索敵を担当しているジークが探知した重力震を解析した結果、前回逆天号が出現した時のパターンと一致したのだ。
 その報告にワルキューレが鋭い声で確認を取る。

「間違いありません! 前回の出現時に計測したパターンと一致しました!」

「総員、非常態勢! 緊急迎撃戦よーい!!」

 総合指揮を執る小竜姫の指示で、妙神山に滞在する神魔族全員が予め決められた役割を果たすべく、急いで持ち場へと散っていく。
 ワルキューレは当直の部下が待機している自走砲へと乗り込み、虹姫は懲罰2号を緊急発進させるべくコントロールパネルに向かうジークに指示を出していた。

「小竜姫様、総員戦闘準備完了しました」

「…で、出てくるんだな……」

 ヤームが報告にやって来るのと同時に、懲罰2号の操縦をするジークに代わって索敵を担当したイームが逆天号の出現を告げる。
 日頃の訓練の賜物か、妙神山側は出現の兆候を感知してからの僅かな時間で、迎撃準備を整える事に成功していた。

「敵も2度目ともなれば、こちらを攻略する作戦を立てているかも知れません! 何としてでも妙神山を守り抜きましょう!」

 小竜姫の檄に、配備に付いた神魔族が歓声で答える。
 だが、小竜姫はこの戦いがかなり厳しい事になると予想していた。
 何しろ、前回の攻防戦でこちら側の手の内は殆ど晒してしまっているのだ。

「せめて……横島さんが戻ってくるまでは、持ちこたえなくては……」

 小竜姫の呟きは小さかったため、誰も聞く事はなかった。






「通常空間に出ました! 前方20kmに妙神山を確認! 敵からの先制攻撃はありません」

「よーし、今回は出た直後に先手を取られる事はなかったな! ルシオラ、敵の飛行兵器はどうしている?」

 前回、通常空間に出た途端攻撃を受けた事を思えば、今回の攻撃は比較的良い滑り出しだと言える。
 土偶羅は満足そうに頷き、ルシオラに状況報告を求めた。

「敵飛行兵器は現在、逆天号と妙神山修業場を結ぶ軸線上にいます。それに、敵の自走砲もこちらに照準を合わせてますわ」

「フフフ……。今度はそちらの手の内は全て分かっている。この前のようにはいかんぞ。ルシオラ、逆天砲魔連続発射だ」

「了解! 目標、敵飛行兵器。逆天砲魔発射!」

 土偶羅の命令に淡々と答えてパネルを操作するルシオラ。
 彼女にしてみれば、漸くワクチンプログラムを作成して逆天号の全システムをクリーニングした上で、制御プログラムを初期化・再インストールしたばかりの逆天号を、テスト運転もせずに実戦投入する今回の作戦に不満があるのだ。
 また、前回敵が行ったサイバー攻撃の教訓として、幾つかのシステムを経由した制御ではなく、各武装はパワーユニットに直結されている。
 そのため、断末魔砲のエネルギー出力はかなりパワーアップしているのだ。
 尤も、そのために断末魔砲を構成する装置群には過大な負荷が掛かるため、そうそう連射できないという欠点も生まれたのだが……。

 さらに、作戦への不満を上回る苛立ちとして、横島との再会がこんな戦闘である事への失望感があった。
 無論それは、とある理由から格段に厳しくなった監視の目のせいと言う事もあるが、自分が心を整理できずに会う事を戸惑っていた事が原因の一端にある事は確かだから。
 そんな感情を押し殺したルシオラの操作によって、逆天号の舷側から次々と発射される逆天砲魔。
 発射された爆弾はそれぞれがバラバラの飛行コースを取って、ファイヤーミラーを展開せずに装甲板と迎撃兵器で防御を固める懲罰2号へと迫る。



「敵ミサイル接近!」

「対空迎撃システム作動! 迎撃ミサイル発射!」

「了解!」

 神族戦士の報告を受けて即座に虹姫の命令が飛び、懲罰2号は上面部よりミサイルを連射する。
 放たれたミサイルは、それぞれ目標へと誘導され空中に巨大な火の玉がいくつも咲き乱れた。
 そんな迎撃ミサイル網をかいくぐって接近する数発の逆天砲魔目掛けて、近接迎撃システム(バルカン砲)が唸りを上げる。

「ワルキューレ、援護の攻撃をかけられませんか?」

「ダメだ。まだ霊子砲弾は3発しかない。それに、威力を増すために今みんなの霊力と魔力を充填中だ。後30秒待ってくれ!」

 小竜姫の要請に首を振るワルキューレ。
 前回、霊子砲弾では逆天号の霊波バリアーを突破できなかったため、今回は妙神山にいて懲罰2号のコントロールと自走砲に乗り組んでいる者を除いた全神魔族の霊力を増幅・充填して、霊子砲弾のエネルギーをパワーアップさせる作戦なのだ。

「仕方がありませんね。虹姫、もう少し頑張ってください」

「ええ、わかってるわ小竜姫。ジークさん、前方に弾幕を!」

 側面装甲板の一部がスライドし、両舷から1基ずつバルカン砲が現れると即座に火を噴いた。
 何とか逆天砲魔を防いでいる懲罰2号だが、ファイヤーミラーを展開できない状況に変わりはない。
 そして、土偶羅はこの状況を作り出そうとしていたのだった。



「よーし。敵の飛行メカは艦首反射装置を展開できないぞ。ルシオラ、断末魔砲発射だ。目標、妙神山!」

「自動照準よし! 妙神山にロック・オンしましたわ!」

「よし、発射!」

 ヴヴ…ヴ……ウウウウウッ…ギャアァア――――ッ

 自分で放った逆天砲魔ごと、断末魔砲が軸線上にいる懲罰2号を吹き飛ばすべく発射される。
 土偶羅は、懲罰2号のファイヤーミラーを展開させないようにして、断末魔砲で撃破するつもりだったのだ。

「フハハハ……、今度こそ妙神山も最後だな!」

 既に妙神山が吹き飛ぶ光景を想像し、ニヤリと笑う土偶羅だったが、そう簡単に戦いは終わらない。



「敵が…主砲を発射しました!」

「何ですって!? くっ、ファイヤーミラー緊急展開!」

「待った! 懲罰2号は全兵装を収納して全力噴射! 敵主砲に押し戻されないようにするんだ。それと、妙神山の結界シールド出力を最大にしてピンポイント防御!」

「横島さんッ!!」

 断末魔砲発射の報告に、珍しく焦った表情と口調で命令を出した虹姫だったが、それは後ろから放たれた男の声によって遮られた。
 待ち人の到来に気が付いた小竜姫が、表情を綻ばせ歓喜の声を上げる。
 小竜姫の言葉に、誰が言ったのかを悟ったジークは、殆ど反射的に横島の指示に従っていた。
 突然の横島の台詞に驚いた虹姫も、瞬時に考えて横島の指示の正しさを理解し頷く。
 そして、ヤームとイームも横島の指示に従って、妙神山を防御する結界シールドのエネルギーを最大にすべくコントロールパネルを操作した。
 さらに、断末魔砲の着弾エリアのシールドをピンポイントで強化する。

 ゴワッ!! オオォォォ………
 バチッ………ジジジ…………

 全武装を収納し、身を縮こまらせるようにして強烈なエネルギー流の中を耐えながら、押し流されないように推進力を全開にする懲罰2号。
 装甲表面が赤熱化しているが、熱による内部爆発など起こしていない。

「敵主砲、懲罰2号の防衛網を破って妙神山に直撃します!」

 ドオオォォォオン!!

 ジークの報告から数瞬後、解放された鬼門から砲身を覗かせる自走砲の10m程前方の空間が真っ白い光を発した。
 そして強烈な衝撃がそこに集まる全員を襲う。
 未だ、前回の攻撃によって流れ込む地脈を乱された妙神山は、以前の霊力を取り戻せていない。
 そのため、改良型霊力増幅器を使っても、万全の時の7割程度までしか修復は進んでいなかった。
 本来なら断末魔砲によって突き破られてしまうはずなのだが、横島とルシオラの意識はシールドエネルギーを着弾座標にピンポイントで集約させる事で対応しようと考えたのだった。

「小竜姫様、結界シールドは?」

「シールド出力85%! …70%、……55%、……」

 横島の問いかけに、結界シールドの状態を刻々と伝える小竜姫。
 その声は、出力を現す数値が小さくなるにつれて弱くなっていく。
 だが、その場にいる全員の祈りが届いたのか、眼前を染め上げていた光は彼等を飲み込むことなく、力尽きたかのように消滅した。

「いまだ! 霊子砲発射!」

 敵の攻撃を何とか防いだのと同時に、ワルキューレはパワーアップした霊子砲弾を発射する。
 いかに敵移動妖塞が強力であろうと、主砲を発射した直後ならエネルギーが落ちていると考えたのだ。
 数秒後、逆天号が爆発に包まれる。
 しかし、パワーアップして15万マイトの威力を誇る霊子砲弾であっても、修理された逆天号の霊波バリアーを破壊する事はできないだろう。
 その事をよく分かっている横島は、視線を逆天号の砲へと向けたまま傍らの小竜姫に話しかける。

「第1射は何とか凌いだが……。シールドは?」

「出力24%、シールド維持! でも……次は防げませんよ、横島さん」

「懲罰2号は?」

「装甲板が一部融解していますが、本体機能は無事です」

「ふーん。さすが超耐熱合金TA32だな……」

 報告を聞き終え、小声で感想を呟き考え込む横島。
 本来であれば、もう一発ぐらいは耐えられる出力を確保できるように、アシュタロスとルシオラの知識を使って霊波増幅器を改造したのだが……。
 いかんせん、前回の攻防戦で地脈の流れを寸断されたため、現状ではこれが精一杯だった。
 それでも、あの断末魔砲の直撃を耐えたのだから、2人で考えた対策は成功だったと言える。
 しかし、このままでは次の攻撃を防ぐ事はできない。

 そこまで考えると、横島は決意の籠もった瞳で小竜姫を視る。
 その視線の意味を悟り、少し沈痛な表情で頷くと小竜姫は振り返り、全員に聞こえる大きな声で指示を出した。

「懲罰2号と自走砲の要員を残し、総員撤退!! できるだけ遠くに散って!」

「妙神山を放棄するの、小竜姫?」

「そうだ! ここを失ったら我々はもう……」

 いきなりの撤退命令に色めき立つ神魔族。
 だが横島の眼も小竜姫の眼も、諦めなどではなく未だ闘志を秘めている。
 一緒になって騒いでいた虹姫も、そんな瞳を視て黙ってしまう。

「決して諦めた訳じゃないわ。でも、もう妙神山の結界では敵の砲撃を防げない。ここに残ったのは人間界に残った最後の、貴重な戦力よ。何としてでも生き延びる事が重要です」

「大丈夫だって。あの移動妖塞は必ず沈めるから。ワルキューレ、今から俺が攻撃をかける。それに合わせて霊子砲を発射してくれ。俺の攻撃と共に一点を狙えば、あの妖塞のシールドでも突破できる筈だ」

「わ、わかった」

 有無を言わせない雰囲気の横島の言葉に、頷くしかなかったワルキューレ。
 そして、不承不承という感じだが離脱を始めた神魔族を見て、横島は小竜姫へと声をかけた。

「じゃあ行きましょうか、小竜姫様」

「はい、横島さん」

「虹姫さん、ジーク。悪いけど2人も残って懲罰2号のコントロールを頼む。悪いな、貧乏くじ引かせちまって」

 声をかけた横島に、虹姫とジークも頷いて見せる。
 彼等とて戦士である。
 自らの役割を最後まで果たす事に異存など無かった。

 スッと横島に差し伸べられる小さな手。
 小竜姫の手を握り返した横島は、既に4つの文珠を手にしていた。
 次の瞬間、2人の姿は懲罰2号の上へと転位する。
 その前方には圧倒的な威圧感と共に逆天号が煙の中から姿を現していた。



「うぬぬ……。断末魔砲の直撃であっても、結界を破る事ができんとは……」

「…………」

 艦橋では土偶羅が、断末魔砲の直撃を受けながらも無事な姿を見せている妙神山修業場に対し、驚愕と苛立ちを隠せない口調で呟いていた。
 それに対しルシオラは無言で妙神山を見詰めている。
 あの中には、おそらく横島がいるはずである。
 断末魔砲が命中した時、心が締め付けられるように軋みを上げたのだ。
 そして、無事な姿を見て心の底からホッとしている自分。

『私……やっぱりヨコシマを失う事を恐れている。こんな事態になったら、もう自分の心を偽る事なんてはできはしないわね……。でも、今動いたらアシュ様が仕込んだ監視ウイルスが作動してしまう……』

 今すぐ逆天号の艦橋を飛び出して横島の元へと飛んでいき、その胸に飛び込みたいという願いをグッと押し殺すルシオラ。
 今この状況でそんな事をすれば、自分の霊体ゲノムに仕掛けられた監視ウイルスに感知され、自己消滅プログラムが作動してしまう。

『ヨコシマだけでも逃げて欲しい……。でも、私が見てきた記憶が確かなら、ヨコシマは絶対に諦めないし、ただ逃げたりはしないはず』

 そう考えて青ざめた表情をしていたルシオラは、いきなりスクリーンに映る敵飛行兵器の上に現れた人影を見て驚きの声を上げる。

「どうした、ルシオラ? ムッ!? あれは……小竜姫と…………ヨコシマか!」

 ルシオラの上げた驚きの声を聞いた土偶羅は、空中に浮かんでいる2人の姿を見て自らのデータベースで検索した結果、その正体を突き止めた。
 その容姿はこれまで集めた情報と同じであり、疑いの余地はない。

「クッ! 何のつもりかは知らんが、この逆天号相手ではいかに貴様でも何もできまい。いや、今こそ目障りなファクターを取り除く絶好の機会かもしれんな。よし、ルシオラ。リミッターを切った最大出力の断末魔砲で、ヤツ諸共妙神山を消滅させるのだ」

「…………」

「ルシオラ! 何をしている!? 断末魔砲発射だッ!」

「しかし……あの飛行兵器に断末魔砲を反射される恐れが……。それに、リミッターを切った最大出力の断末魔砲を撃ったら、逆天号に致命的な反動が出るかもしれません!」

「かまわん! いかに反射機能があろうと、リミッターを外した断末魔砲ならば撃滅できるはずだ。それに、ここで一気に妙神山とヨコシマを殲滅すれば、今後の戦闘は有利に運べる。これもアシュタロス様のご意志なのだ。発射だ!」

「…………わかりました。断末魔砲エネルギー充填。発射装置を土偶羅様に渡します」

 思い詰めた表情で、振るえる指を使ってコンソールを操作するルシオラ。
 聡明な彼女にしては珍しく、自分が叫んだ内容に矛盾がある事すら気が付いていなかった。
 逆天号が反動で自壊してしまう程のエネルギーであれば、いかに懲罰2号でも反射しきれる物ではないのだから。
 彼女の頭を渦巻いている思考はただ1つ。
 自分が好きになり、自分を好きになってくれた相手を、自分自身の手で殺す。
 いかに魔族として創られたルシオラといえども、それは辛く心が壊れかねない程の事に違いない。

『リミッターを外した断末魔砲は、逆天号のエネルギー出力とほぼ同等。いくらあの飛行兵器でも耐えられないわ。ヨコシマ……お願い、何とか逃げて!』

 そう心で叫んだ時、土偶羅の手で最大出力の断末魔砲が発射された。
 同時に、ルシオラは横島の上空に見た覚えのある魔法陣が生じ、雷光が煌めくのを眼にする。
 あれは……確か……横島が使う攻撃法術!
 防御を飛行兵器に任せて回避せず、横島は攻撃をかけようとしていると言うのか!?
 ダメだ!
 いくらあの飛行兵器でも、リミッターを外した断末魔砲の前には蟷螂の斧に過ぎないだろう。
 このままでは、横島は確実に消滅してしまう。
 この時、ルシオラの心からアシュタロスに対する忠誠や、妹達への思慕、土偶羅との関係といった足枷が全て吹き飛んだ。
 いきなりコンソールを叩き付けるようにして立ち上がり、スクリーンを凝視しながら叫ぶ。

「ダメよ、ヨコシマ!! ……今度の砲撃は防げないっ! 逃げて―――ッ!!」

「ル、ルシオラ?」

 いきなり立ち上がって敵の名前を呼び、逃げろと叫んだルシオラの行動に眼を白黒させる土偶羅。
 だが、そんな土偶羅を無視したルシオラの心の叫びは、懐に忍ばせた文珠を発動させるに十分な強さを持っていた。
 彼女の懐で光り輝く文珠。
 そこには『伝』の文字が浮かんでいた。



「よし! 爆雷降臨――!!」

 煙の中から姿を現した逆天号を前に、横島は右手を高々と掲げ叫ぶ。
 その言葉に応えるかのように、掌から飛び立ち空中へと舞い上がる文珠。
 それぞれに込められた文字は『爆』『雷』『降』『臨』。
 それは発動と同時に、天空に複雑な魔法陣を形作る。
 魔法陣の文字が光り輝くのを確認した横島は、掲げたままだった右手をスッと下ろし、逆天号の後部メインエンジンを強くイメージすると同時に指し示した。

 バリッ! ドガララララッ!!

 それぞれが2万マイトの霊力を誇る雷撃が6本。
 魔法陣より閃光と共に放たれ、空中で1本に集約すると横島がイメージしたとおりの場所へと突き進む。
 だが、その雷撃とすれ違うかのように横島達目掛けて迫る断末魔砲。

「横島さん、ファイヤーミラーの展開は終わりました。私達も懲罰2号の後方に下がりましょう」

 横島から預かった文珠をファイヤーミラーの前へと放り発動させていた小竜姫が、役目を終え退避しようと横島に呼びかける。
 本来なら横島1人でこの役目を果たすつもりだったのだが、法術文珠は制御が通常の文珠や双文珠よりもデリケートだ。
 防御力強化のため、懲罰2号のファイヤーミラーに反射魔法陣を追加付与する法術文珠の発動と制御を行うために、小竜姫は同行していた。
 さすがの横島も、2種類の法術文珠を同時制御することは、まだ困難だったから……。

「よし、わ『ダメよ、ヨコシマ! ……今度の砲撃は防げないっ! 逃げて―――ッ!!』…ルシオラっ!?」

『ヨコシマ、あの断末魔砲はリミッターが解除されてる! 逃げなきゃダメッ!!』

 小竜姫の言葉に了承の返事をしようとした時、いきなり横島の頭にルシオラの悲痛な叫びが鳴り響いた。
 そして僅かに遅れて、いつも聞き慣れている横島のルシオラの声が、迫る断末魔砲の危険性を告げる。
 ルシオラの意識だけは、今回の断末魔砲が暴走一歩手前の凶悪なシロモノであることに気が付いたのだ。
 だがその前に聞こえたのは、自らの魂に融合している霊基構造コピーの声ではなかった。

「今のは……この世界のルシオラか!? 小竜姫様、超加速で回避します!」

「は、はいッ!」

 霊基構造コピーの声は聞こえていた小竜姫も、横島の真剣な表情を見て即座に従い、2人は超加速に入って上方へと全力で飛翔する。
 無論、お互いの手をしっかりと握りしめて。

 バリバリバリッ! ズドオオォォオン!!

 増強されたファイヤーミラーは、断末魔砲のエネルギーの3割ほどを跳ね返したところで魔法陣が崩壊し、さらにファイヤーミラーを構成する人工ダイヤモンドが溶け、内部に直撃を受けたため大爆発と共に轟沈した。
 そして懲罰2号を飲み込んだエネルギーは、勢いを弱めながらも結界シールドが弱体化した妙神山に襲いかかる。
 ファイヤーミラーによって何割かは相殺されたものの、それでも通常時の出力に匹敵する凶悪極まりないエネルギーの直撃。

 ドッ!! バキバキ……グワッ! ドゴオオォォォォォオン!!

 弱体化した結界は数秒間ほど持ちこたえたが、やがて力尽きるかのように消滅し、凶暴なエネルギーが傍若無人に全てを席巻する。
 そして、巨大な火球と共に妙神山修業場は消滅したのだった。

「私の…妙神山が……!」

「くそっ! 守りきれなかったか…………。済みません、小竜姫様……」

 超加速で何とか断末魔砲から逃れた横島と小竜姫は、熱と炎の中に消えていく妙神山修業場を遙か上空から沈痛な表情で見下ろしていた。
 小竜姫にとっては、人界で暮らした全ての思い出が詰まった場所であり、横島にもこの2年近く、小竜姫と共に暮らした場所。
 それが今、戦いの劫火の中で消滅していくのだ。
 未来を知っているが故に、これまで最悪の事態を回避しようとしてきた横島にとって、妙神山を守りきれなかった事は痛恨の極みと言える。
 だが、今は感傷に浸っている時ではない。
 戦闘はまだ終わっていないのだから。

「逆天号は……ワルキューレの放った霊子砲弾と、俺の爆雷降臨のピンポイント攻撃で霊波バリヤーが破られ、メインエンジンがやられたみたいだな」

「はい。あれではもうコントロール不能でしょう。妙神山と相打ちと言う事ですね……」

「ワルキューレ達や、虹姫さん、ジークも無事に脱出したみたいだし、何とか最低限の目的は達したか……」

 手筈通り、ワルキューレと、自走砲に乗り組んでいた部下の魔族群兵士は、霊子砲発射の後即座に脱出し、懲罰2号を操作していた虹姫とジークも、横島達が逃げるのを見て即座に続いたため、辛うじて脱出に成功していた。

『それより……さっきこの世界の私の声が聞こえたわよね? ヨコシマも確かに聞こえたでしょ?』

「あっ! そ、そうだった! ということは、逆天号にルシオラが乗っていて、俺達の危機を教えてくれたって言う事だよな? 土偶羅がいるところでそんな事をしたのがバレたら……ルシオラは!」

「では、この世界のルシオラさんは、自分の命を省みずに……。 横島さん! 行ってください! 何とかしてルシオラさんを助けないと!」

「わかってます! 小竜姫様、後の事は頼みます!」

 そう言って横島は即座に双文珠を出すと、平行未来の記憶で知っている逆天号の艦橋を強くイメージし、『転位』していった。






 ドドドドンッ!!
 バチバチバチッ!

「キャアア〜!!」

「おわっ!?」

 轟音と共に艦橋にいるルシオラと土偶羅を襲う激しい衝撃。
 リミッターを解除して暴走寸前の強大なエネルギー出力で断末魔砲を発射したため、逆転号のエネルギー回路各部に負荷が掛かり霊波バリアー出力が低下してしまい、妙神山からの攻撃を防ぎきれなかったのだ。
 吹き飛ばされ、激しく床に叩きつけられたルシオラは、椅子に掴まって身体を起こすと逆天号の状況を確認する。

「くッ! うぅぅ……。 敵の攻撃が直撃しました。霊波バリアーは消失! メインエンジンのエネルギー伝導管に亀裂が入り、エンジンが緊急停止しました。さらに、今の断末魔砲発射の影響で、断末魔砲エネルギー回路が破損! 逆天号内部で誘爆が起きています。逆天号は損傷が激しく、もう制御不能です……。このままでは墜落します!」

「うぬぬ……! 逆天号もここまでと言う事か。だが、神魔族の人界拠点壊滅という作戦目標は達成した。アシュタロス様もお許し下さるだろう。アシュタロス様が入ったパワーユニット・セクションを緊急射出し、南極基地へと転位させねばならん」

 そう言うと土偶羅は、緊急射出装置を作動させ逆天号のエネルギー源として眠っていたアシュタロスを、南極の根拠地へと送る。
 そして、パワーユニット・セクションの転位を確認すると、実験対象を観察するような冷たい眼を横に座るルシオラへと向けた。

 パシッ! パリパリパリ…………

「うっ!? こ、これは……身体が……おかしい…?」

 急に身体が重くなり、何やらノイズのように身体から放電し始めたルシオラは、右手で胸を押さえた。

「やはり作動したか。ルシオラ……お前はかつてのメフィスト同様、不良品だったようだな」

「土偶羅様……何を?」

 そんな自分に冷たい眼を向け、突き放すような口調で話し始めた土偶羅に、弱々しい眼差しを向けるルシオラ。

「何を、だと? 先程、我々の敵であるヨコシマの名前を呼び、逃げてと叫んだではないか! メフィストと同じく、人間の男に、しかも我々の敵に心を奪われたというわけだな。お前達にも心がある以上、何をどう思おうと勝手だが、アシュタロス様が定めたコードに触れた場合、どうなるかは知っていたはずだ」

「……っ!!」

 先程、思わず横島の名前を呼んで叫んだ事を、ルシオラは言われるまで忘れ去っていた。
 というより、あれは無意識のうちの行動だったため、その後の緊急事態の対応に追われて認識すらしていなかったと言って良い。
 だが、土偶羅に冷徹に指摘され、自分の取った行動を思いだしたのだ。
 ルシオラの叫びが聞こえたかのように横島達が断末魔砲を回避したのだから、土偶羅にとっては利敵行為に見えたのだろう。
 アシュタロスが目覚めた事によって、テン・コマンドメンツの運用がかなり厳格になっていた事が災いしたのだ。

「お前は生まれてから調整の間に、何度か妙な魂の揺らぎというか…微弱な未知の反応を観測していた。どうやら、お前には初期段階でどこかにエラーがあったようだ。今回の作戦は、アシュタロス様にとって最重要のもの。不確定の要素は、なるべく早めに取り除く事が得策だ」

「……わ、私も……不良品…だか…ら………廃棄する……と…いう…の…ですか?」

「そうだ。私はアシュタロス様を追って逆天号から脱出する。お前はもうどうせ助からん。この艦と運命を共にするがいい」

 段々と苦しくなっていくルシオラの、途切れ途切れの言葉を聞きながら、土偶羅は脱出装置のスイッチを押して椅子毎床へと沈んでいく。
 もはや墜落しかない逆天号を見捨て、今後の作戦に備えるためだ。
 既に眼も霞み、体の自由も利かなくなったルシオラは、ドサッと床に倒れ懐に入れた文珠を掴んだ。
 2つのうち1つは『伝』の文字が浮かび上がり、それは未だに輝きを失ってはいない。

「…………ふふふ、自分の…心に…素直になったら……やっぱり…私は…消えちゃう…のね。……こんな事なら、もっと早く……お前の…基へと…行けば…よかったかしら? ……でも、もう……。さよならね……ヨコシマ。…………でも…私…死にたく…ない」

 意識が薄れていく中、ルシオラは文珠に語りかける。
 やはり恋をしたら、躊躇ったりしてはダメだったと今更ながら後悔していたのだ。
 そんなルシオラの最後の願いは、横島からもらっていた最後の文珠を発動させるのに十分だった。
 『蘇』の文字が浮かび上がると、文珠はその力を一気に解放し僅かではあるが彼女の霊基構造の消滅を遅らせる。
 しかし、その僅かに稼いだ時間が彼女の命を救う事になる。

 今正に消えようとしていたルシオラの意識は、彼女の身体をしっかりと掴む力強い霊波動を感じて覚醒した。
 最期の力を振り絞って、半分だけ瞼を持ち上げる。
 ボンヤリとした視界の中に、彼女が求めて止まなかった男の顔があった。
 真剣な表情で何かを言っている。
 ああ、ヨコシマは私の事を心配してくれるんだ……などと考えたルシオラだったが、自分の霊体の消滅が停止したのに気が付いた。

「ルシオラっ! ルシオラっ!! しっかりしろ! お前に組み込まれた監視ウイルスと自己消滅プログラムは、ワクチン・プログラムを投与して解除したんだぞ! だから、もう消えなくていいんだ! 眼を開けてくれ、ルシオラっ!!」

「……ヨコ…シマ、……来て…くれたの? ありがとう……」

「意識が戻ったか!? もう大丈夫だぞ! 後は失った霊基構造を文珠で再生すれば……」

「ダメよ……。私の霊基構造は…崩壊したんじゃ…ないの。消滅…したのよ……。だから、お前の…文珠でも、再生はできないわ……」

「そんな事! やってみないとわからないだろ!」

 そう叫ぶと、横島は自身が創る事ができる最大霊力を込めた双文珠を取りだし、『再生』の文字を込めてルシオラに押し当てた。
 眩い光が身体を包み込むが、ルシオラの言うとおりそれでも彼女の霊基構造は再生しない。

「くそっ! どうすれば……」

「ありがとう……。私のために必死になって……その上、泣いてくれるのね? お前の…胸に…抱かれて…死ねるなんて……嬉しい」

「死なせない! どんな事をしても死なせないぞ、ルシオラ!」

 切り札である文珠が通用しない事態に、思わず自らの無力を呪ってしまう横島だったが、ルシオラを助けるためにも激情を制御して必死に打開策を考えていた。
 感情のコントロールを失ってしまえば、救える命も救えないと言う事を平行未来の記憶で知っているのだ。

『ヨコシマ、一つだけ方法があるわ』

「どうすりゃいいんだ、ルシオラ!?」

『私が平行未来で行った事の逆をやればいいのよ。ただし、ちょっとアレンジしてね』

「わかった。指示を出してくれ」

『ええ、まずさっきと同じレベルの双文珠を創って。それから……』 

 横島は、ルシオラの意識の言うとおりに双文珠を創り出すと、そこに『融合』の文字を込める。
 そして、『融合』の双文珠をルシオラの身体に押し当て、その身体を同期合体の時のように自らの身体へと融合させた。
 既に瀕死のルシオラは、横島の行いに異を唱えず大人しく従い身を委ねる。

『忠夫さん、もうすぐ逆天号は地上に激突します! 続きはここから逃げてからにしましょう』

『そうね。どこか落ち着ける場所じゃないと、この後は難しいわ』

 2人の意識のアドバイスを受け入れ、横島は即座に『転』の文珠を発動させ、小竜姫の基へと転位する。
 ここで、逆天号と運命を共にするわけにはいかないのだ。
 艦内に誰もいなくなった数秒後、逆天号は地表へとその巨体を叩き付け、大爆発と共に生涯を閉じたのだった。






「ルシオラ! ルシオラ!」

「ううっ…。あっ! 貴女は平行未来の私!」

「そうよ。もう大丈夫。貴女は助かったのよ」

 眼を開けると、いつかの夢のように目の前に自分と同じ姿の少女が立っていた。
 今の状態を分析すると、自分はどうやらまた深層意識の世界にいるようだ。

「私は死んだんじゃないの?」

 それは当然の疑問。
 何しろ、横島の文珠を使っても助からない状況だったのだから。

「ええ、死んでなんかいないわ。横島の能力で貴女は助かったの」

「でも……ここは深層意識の世界でしょ? 助かったのなら、何でここにいるのかしら?」

 こんな時でも知的好奇心を求める自分に苦笑しつつ、ルシオラの意識は説明を始めた。

「貴女は、個体を維持するのに必要な量以上の霊基構造を失ってしまったの、かつての私みたいにね。本当なら、貴女の言うとおり助かるはずないんだけど、幸いにも殆ど同じというか、全く同じ霊基構造が手近にあったのよ」

「それって……ヨコシマに融合している貴女の事?」

「正解! だから、ヨコシマに頼んで貴女の身体を融合し、取り込んで貰ったのよ。そして、『増幅』の双文珠で霊基構造を増やし、十分な量になったら『分離』と『再生』の双文珠で、魂と身体を分離させ再構築させるの」

「へえ……。凄い事思いついたのね」

「そうでもないわ。規模はもっと大きかったけど、私も平行未来で同じ事をして再生したから……」

 そう、ルシオラの意識が横島に教えた方法は、正に平行未来で神魔族が行った方法の簡易版だったのだ。
 この方法は横島の魂に、意識を持ち十分な量のルシオラと同質の霊基構造があったからこそ可能だった。
 あの時のように大掛かりな装備を使わなくても、ルシオラの意識がある程度の制御作業を行えるからである。

「ありがとう。でも、と言う事は……私は貴女と一つになったのね?」

「ええ、そうしないと貴女が死んでしまうから、仕方がなかったわ」

「そうね……。でも文句は言わないわ。あのままだったらヨコシマが悲しむし、何よりやっと決心したんだから!」

「よかったわ、貴女がヨコシマを好きになってくれて。これでヨコシマも喜ぶし、私も肉体同士でヨコシマと触れ合えるわね」

「ええ、恋をしたら躊躇ったりしないって決めたの」

 そこまで話し合うと、ルシオラの意識は今後どうなるのかを説明した。
 小竜姫達と同様に、これからは2人のルシオラも同期リンクすることになる。
 そうすれば、強く意識すればお互いに記憶や意識を伝え合う事ができること。
 さらに、今までのように寿命を削らなくても、人間界で大きな霊力を使えること。
 諸々の説明が終わり、少し考えたルシオラは質問する。

「そうすると、ヨコシマの神魔人としてのバランスを再調整しないといけなくない? 今回の事はかなり大雑把な計算で私の霊基構造を増やしてるから、小竜姫さんも含めてかなり大掛かりな再チューニングが必要になると思うわ」

「その通りよ。でもこれで、ヨコシマに融合する小竜姫さんと私の霊基構造を増やす事ができたから、再調整が終わればヨコシマはさらに強くなるわ。そして、私達も……」

「ええ、今までの私の総魔力は23,000マイト。でも、貴女と一体になって共鳴リンクもしたから35,000マイトぐらいまで上がったのね。それに、貴女の記憶というか知識があれば、総魔力の10%を人間界で使える上に、ヨコシマも使っている念法で攻撃や防御に使う魔力をさらに上げる事もできるわね」

 2人はその後も、いろいろと今後の事や自分の身体の事などを話し合っていたが、やがてお互いの身体が透け始める。
 それは前回、意識が覚醒する時の状況に似ていた。

「どうやら、『増幅』が完了して、いよいよ身体を『分離』、『再生』する段階に入ったみたいね」

「ええ、暫しのお別れという訳ね」

「そうね。でも、お互い強く意識したり、ヨコシマが神魔共鳴してハイパーモードになれば、私達もリンクして記憶や情報を交換・共有し、話し合う事もできるわ」

「わかってるわ」

「それに、強く願えば……きっともう一つの望みも叶うわ。じゃあ、またね」

「ええ。そっちも重要ですもの」

 そう言葉を交わすと、2人のルシオラの姿は深層意識の世界から完全に消滅した。



 キイィィィィイン!

 甲高い音と眩い光が溢れる中、横島の目の前で再生されていくルシオラの身体。
 やがて光が収まると、しっかりと自分の足で大地を踏みしめているルシオラの瞳がゆっくりと開かれる。
 完全に見開かれた彼女の双眸には、期待と不安の両方を浮かべた横島と小竜姫の顔が映っていた。

「…………ルシ…オラ?」

「……ただいま、ヨコシマ。ただいま、小竜姫さん」

「ルシオラっ!!」

「きゃっ♪」

 怖ず怖ずと名前を呼んだ横島に、柔らかい笑みを返しながら口を開くルシオラ。
 横島はその一言で、小竜姫同様、この世界のルシオラが自分を選んでくれた事を理解した。
 そして、感極まった横島はガバッと彼女の細い身体を抱き締める。
 最初は驚いた表情だったルシオラも、自分に抱き付く横島の背中にそっと腕を廻した。
 しっかりと抱き合う2人の姿を、優しい眼差しで見守る小竜姫。

「これで……やっと私達全員が、3人揃った姿になったんですね……」

 小竜姫の万感を込めた言葉に、横島とルシオラも抱き合ったまま頷く。
 こうして横島は、この世界で望んだ最後の絆を手に入れる事ができた。
 守るべきものを手に入れた横島の、最初の試練とも言うべき最大の戦いは目前に迫っていたのだった。



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