フェダーイン・横島
作:NK
第103話
「身体に異常は無いか? 大丈夫か、ルシオラ?」
「ん―――! 心配性ね、ヨコシマは♪」
『うおっ!? ル、ルシオラの身体……柔らかい。い、いやっ! 今はこの幸せに浸っているわけにはいかん!』
横島にしっかりと抱き付き、ゴロゴロと喉を鳴らす猫のように彼の胸に頬を擦り付けているルシオラに、心配そうに声をかける横島。
だが、横島の魂に融合していた平行未来のルシオラの霊基構造コピーに宿る意識と完全にリンクし、自らの経験と記憶に彼女の知識と記憶を上乗せしたルシオラ(本体)は、漸く感じる事ができた肌と肌の触れ合いをやめようとしない。
そんな恋人の無邪気な行動に、思わずサワサワと指を動かしルシオラの身体を確かめたいという衝動が湧き上がる。
だが、何とか今置かれている状況を思いだし、5年ぶりの暖かいルシオラの身体を堪能したい気持ちを抑え、横島は苦労しつつ理性を再構築した。
「そ、そうは言ったって……あの時はルシオラが消えるのを止められないって思ったし、平行未来の時の様に大規模な施設があって、きちんと調整したわけでもないだろう? 何らかの不具合が出たっておかしくないじゃないか」
抱きついているルシオラの気持ちを理解できるものの、それでも心配が上回る横島は抱きしめる腕に力を込めて、やや強い口調で言う。
だが、その言葉の端々には彼女を気遣う心が溢れていた。
まあ、その中にほんの少しだけ、後ろに立つ小竜姫の心情を思い、怯えが含まれてはいたが……。
彼女は、律儀に抜け駆けしないと言う約束を守っていたのだから、横島としてはここで理性を崩壊させるわけにはいかない。
「…………そうね。ごめんね、ヨコシマ。私とした事が、つい嬉しくって聞き分けの無い事を言っちゃったわね」
「い、いや……。俺だって、ルシオラとこうしているのは嬉しいけどさ……。でも、なあ……」
横島の真剣さを理解したルシオラは、済まなそうな口調で答えると、名残惜しそうな表情をしつつも身体を離し自らの身体機能を確認し始めた。
そんな彼女の姿に、いきなり弱気な口調になる横島。
小竜姫の前でもそうなのだが、自分の愛する者の前では案外弱い横島であった。
「うーん、特に身体に不具合は無いようね。それに霊基構造の方も快調よ。それから……言うのが遅くなっちゃったけど、助けてくれてありがとう、ヨコシマ」
シュタッと背筋を伸ばし、クルリと廻ったりしながら身体の動きをチェックし終えたルシオラは、横島にニコリと笑いかけながら安心するように告げ、さらに言い忘れていた感謝の気持ちを言葉にする。
その答えを聞いた横島は、漸くホッとしたような安堵の表情を浮かべた。
だが、それとほぼ同時に後ろで湧き上がった、冷たい竜気を感じてビクッと身体を震わせる。
そして……ゆっくりと後ろを振り向いた横島が見たものは……。
横島に笑顔を向けたまま立っているルシオラのある部分を、キッと見詰めている小竜姫だった。
「……あの……小竜姫…様?」
「ど、どうしたの? しょ、小竜姫さん?」
やはり、先程ルシオラが抱き付いていた事に嫉妬しているのだろうか?
そんな事を思いながら少し恐れを抱いている横島と、彼と同様の推論を得て抜け駆けした事を少し悔いているルシオラ。
だが……小竜姫はそんな事を問題にするほど心が狭くはなかった。
「ルシオラさん……、貴女……いつの間に胸をそこまで大きくしたんですか!?」
「へっ……!?」
「はぁ…?」
小竜姫の唐突な一言に、唖然とした表情で間抜けな対応をしてしまう横島とルシオラ。
それはそうだろう、まさかいきなり責めるような口調でそんな事を訊かれるとは想像していないのだから。
だが、横島から離れてルシオラが自己チェックを始めてから、小竜姫の視線がずっとルシオラの胸に固定されていた事からも、彼女に何らかの拘りがあったのだろう。
「どう見ても……Cカップじゃないですかっ! 多少誤差があるにせよ、平行未来での大きさに戻っていませんか? ……確かにこの世界のルシオラさんは、最初からあの世界のルシオラさんより胸が大きかったです。でも、同じ存在たる私がBカップとはいえ平均よりちょっと(ほんのちょっとです!)小さいのに、この差は何なのですか、横島さん!」
「小竜姫様、落ち着いてください!」
「そ、そうですよ。私だってそんな事を言われても困るし……」
「で、でもっ!!」
日頃は冷静な小竜姫なのだが、なにやらかなりクリティカルなところにヒットしたらしく、今回は完全にヒートアップしている。
クワッと双眸を見開いた表情は、なまじ美人なだけに鬼気迫るものがある。
そんな小竜姫の剣幕に、完全に及び腰となった横島とルシオラ。
ルシオラの口調がなんとなく敬語っぽくなっているところからも、小竜姫の迫力が分かろうというものである。
既に感動の再会というシチュエーションは粉々に吹き飛んでいた。
だが、やはりというか何と言うか……、暴走寸前だった小竜姫を止めたのは自らの分身であった。
『落ち着きなさいッ!! 私がルシオラさんの胸が大きくなった理由を説明してあげますから!』
頭に直接響き渡った声に、ハッとしたような表情で我へと帰る小竜姫。
そして、俯き加減にしおしおと身を縮ませる。
「あ、あの……お恥ずかしい姿を見せて済みませんでした」
「あー、いえ……別に気にしてないですから、顔を上げてください」
「そ、そうよ。私も気にしていませんから」
ルシオラとしては、自分も平行未来で再生する際、必死で胸を大きくしようと願ったことを思い出したため、小竜姫に対して怒ったり呆れたりすること等できなかった。
何しろ、恋する乙女としては重要なことなのだから。
無論、適正サイズや好みのサイズというのは、個人個人によって異なるだろうが、小さいよりはある程度のサイズである方が良いのは事実なのだし……。
洗濯板のような胸では、女としては悲しい。
それ故、落ち着きはしたが秘密を教えてもらう事はしっかりと覚えていた。
「えーと、それで謎解きを教えてくれませんか、横島さんの中の私」
『仕方がありませんね……。少し考えれば分かる事なのですが……』
そう言って小竜姫の霊基構造コピーの意識が語った内容は、確かに少し考えれば分かることだったが、横島としては知っていたもののここでは言う事を控えたい事だった。
「つまり……ルシオラさんは横島さんと魂と肉体レベルで完全に一度融合し、魂と肉体を補強・再構成する際に平行未来での身体イメージが反映されて胸が大きくなったと……」
『はい、その通りです』
「横島さんッ!! その事を最初から知っていたのですか?」
キッと厳しい眼差しを向けてくる小竜姫に射竦められ、横島は迂闊にもコックリと首を縦に振ってしまったのだ。
「あ、えーと……でも、その可能性は考えた事がありますけど、あの場合はそんな事を気にしていられなかったじゃないっスか!」
だが、即座にまずかったと考え当然な内容の言い訳を行う。
まあ、言っている内容はともかく、その姿は腰が引けて情けないものだったが……。
「…………確かに横島さんの言う通りでしたね。私とした事が……。でも私も、その事を責めているのではありません」
「……へっ?」
「私も横島さんに、肉体レベルでも融合します。ええっ! 今そう決めました! だって、横島さんの神魔人としてのバランスを再調整しないといけませんし、私もそろそろ来るべき戦いに備え、完全な共鳴リンクを行わなければなりません。構いませんよね、横島さん?」
小竜姫は自ら語った論理に絶対の自信を持ち、笑顔とは似て非なる表情を浮かべながら、既に自らの裡で決定事項とされた事柄の履行を横島に迫まった。
横島は狼狽しながらも、後ろに立つルシオラに振り返り助けを求める。
だが……眼を合わせたルシオラはゆっくりと頭を横に振った。
「横島さん? 構いませんよね!?」
「う……はい…………」
所詮横島は、プライベートなレベルでは小竜姫やルシオラに勝てない(夜の性活を除いて)。
再度迫られた横島は、首を縦に振るしか道はなかった。
まあ、考え様によっては再調整が必要なのだから、いずれ行わなければならない事のため、横島も強く断れなかったのだ。
というより、横島としては、既にルシオラには命を助けるためとはいえ行っているというのに、小竜姫を拒むという選択肢など無い。
戸惑ったのは、単にあまりにも堂々と言われたからに過ぎないのだし……。
「でも小竜姫さん、今は無理よ。逆天号は沈んだけど、妙神山も上の建造物は完全に吹き飛んじゃったし。ワルキューレやジークさん、虹姫さん達がどうなったか確認しなければいけないし、残してきたヒャクメさんや美神さんの事もあります」
「確かにそうですね……。では横島さん、時間が取れ次第融合しましょう。宜しいですね?」
「わかりました、どうせ一度はやらないといけませんし。でも、今は取り敢えずジーク達の安全を確認しましょう。鬼門達の事も気になるし」
「あっ! そうですね。鬼門達はどうしたでしょうか……?」
自分の修行所の部下に関して、完全に綺麗さっぱり失念していた小竜姫が大きな汗を垂らす。
まあ、それだけ小竜姫にとって胸の大きさに関する事は重要事項なのだろう。
横島をしっかりと捕まえておくために、と言いなおした方がいいかもしれないが……。
相手の横島は、それ程二人の胸の大きさに拘ってはいないのだが、そこはそれ、乙女心というものだろう。
漸く通常の冷静さを取り戻した小竜姫の姿に、安堵の溜息を吐きながら横島は妙神山跡地へと向かった。
「よかった、無事だったか鬼門。ワルキューレにジーク、お前達も無事で何よりだ。魔族の中でやられちまったり、怪我した者はいるか?」
「虹姫、無事で良かった……。それに他のみんなも! それで死傷者はいませんか?」
ルシオラと小竜姫を引き連れて妙神山修業場跡に戻った横島は、所々汚れてボロッちくなっているワルキューレ達魔族と、虹姫や鬼門達神族の姿を確認して近寄り、死傷者がいないかを確認した。
まあ、ルシオラの姿は見えないように『遮蔽』の双文珠を使っているのだが。
離脱したタイミングから、おそらく大丈夫だったとは思うが、怪我を負った者がいてもおかしくない。
「死亡した者はいない。怪我した者もいるが皆軽傷だ」
「いいえ。全員無事でしたし、せいぜいかすり傷程度です」
後ろの方で座り込んでいる面々を振り返りながら、尋ねられたワルキューレと虹姫が答える。
その答えにホッと胸をなで下ろした横島と小竜姫だが、妙神山修業場が破壊されたためここにいる神魔族の大多数は暫くすると活動できなくなってしまうだろう。
「だ…だけど……お、俺達はもう…人間界で…ほ、ほとんど活動できないんだな」
「確かにその通りだ。後はそこにいる横島君と貴女達に任せるしかない」
イームが意外と冷静に自分達の置かれた状況を把握している事を披露すると、魔族兵士の1人も同意しながら小竜姫の方を見る。
それに釣られるかのように、そこにいる全員の眼が小竜姫、ワルキューレ、ジーク、横島の4人の注がれる。
何しろ、神族だ魔族だと言っても、人間界で冥界チャンネル遮断後に霊力を維持できるアイテムを作ったのは、ここにいる横島という人間なのだ。
そして、彼の作ったアイテムが、既に小竜姫、ワルキューレ、ジークに与えられている事も、ここにいる面々は知っている。
「まあ、霊力維持用のアイテムは4個までしか作れなかったからなぁ。今後の戦いを考えて、残る1個はヒャクメに持たせてある」
「敵の動きを知るためには、ヒャクメの存在は欠かせないからな」
横島がそれ以上与えるアイテムがない事を説明すると、ワルキューレが軍人(指揮官)の立場で横島の人選を支持する。
まあ、純粋に戦闘能力だけを考えれば、ヒャクメより虹姫の方が適任ではある。
しかし、戦闘という事を考えると、ヒャクメの索敵能力は非常に重要となるのだ。
「申し訳ありませんが。皆さんにはこの妙神山周辺で霊力代謝を落とし、冥界チャンネルが再度繋がるまで冬眠して待機してください。そして冥界チャンネルが繋がり次第、神界から来る援軍を迎え入れ、合流してください」
「このまま戦線を離脱するのは心苦しいですが、状況を考えるとやむを得ませんね。後は頼みますよ、小竜姫」
「ひ、姫様っ!」
横島作の文珠によるアイテムがない以上、いかに望もうとも人間界での活動はどうにもならない。
悔しそうな表情ながら、状況を的確に判断した虹姫は小竜姫に後を託す。
鬼門達も一時の別れに寂しそうだ。
「ワルキューレ大尉、後は頼みます。ジークフリート少尉も」
「わかった。魔族正規軍士官として任務を必ず全うする」
「正直、アシュタロスは強大すぎる敵だ。だが、横島さんや小竜姫さんが共にいれば、必ず何とかできると信じている。反撃の時まで身を隠してくれ」
魔族側も、こちらは軍人だけあって任務の引継のような口調で、ワルキューレとジークに全てを託している。
まあ、ワルキューレがこの中で一番階位が高いので、自分達が死ぬわけでもない事から、本当に上官に後を任せるといった心境なのかも知れない。
『頑張ったが、結局俺が持っていた記憶と同様、妙神山は破壊されちまったか……。だが、小竜姫様やワルキューレ、ジークも今回は参戦できる。少しずつ、本当に少しずつだが未来は変化している。』
残される者達とも一時の別れを終えた横島達は、妙神山修行所跡地を後に空へと舞い上がり東京を目指す。
目標は取り敢えず妙神山東京出張所だ。
この日のために、横島は事務所がある階の他の部屋を幾つか購入していた。
それは万が一の時の保険である。
そしてそのまま東京へ入る――筈だったのだが、横島がワルキューレとジークに紹介したい者がいると言って、妙神山跡地が遙か遠くになってから空中で停止したため、一行は地上数百mの位置で顔を突き合わせていた。
「それで、紹介したい者というのは誰なんだ、横島?」
「こんな空中でですか?」
ワルキューレとジークが訝しげに尋ねる。
それはそうだろう。
いくら何でも、こんな場所で紹介すると言っても周囲には誰もいないのだ。
2人の疑問はある意味当然だった。
「俺には魂を分かち合い、未来を共に生きようと誓った相手が2人いる。1人はここにいる小竜姫様。ジークとワルキューレもその事は既に知っているよな? もう1人は、これまでヒャクメ以外には秘密にしてきたんだが、もうその必要もなくなったんだ。だから紹介しようと思ってな」
「神族や魔族では、一夫多妻は珍しくはないが……、普段の小竜姫との関係を見ていると、お前にもう1人相手がいるとは思わなかったな」
「小竜姫さんは承知の上……なんですよね?」
横島の日頃の小竜姫との関係を知っているジークや、それ程多く会ってはいないが2人の間にある絆を感じているワルキューレには、この横島の言葉は意外だった。
ジークは恐る恐る小竜姫の方に視線を向けるが、全てを承知している小竜姫は平然とニコニコして横島の側に立っている。
そんな小竜姫の態度から、修羅場になる事はないと理解したジーク。
いかに竜殺しの勇者の系譜であるとはいえ、こんな所で逆上した竜と戦うのは御免被りたいだろう。
ワルキューレの方は、日頃はそんな事に関心を示さないのだが、相手が横島と言う事もあって興味を引かれたようにリアクションを待っている。
「紹介するよ。俺の最愛の人っていうか、半身の1人……魔族のルシオラだ。ルシオラ、『遮蔽』を解いて姿を見せて」
誰もいないはずの虚空に話しかける横島。
だが、横島の言葉が終わるかどうか、という時に、不意に空間が揺らぎ1人の少女が姿を現した。
それは頭にバイザーを着け、コスプレまがいの際どい格好をした、紫がかった瞳とショートボブにした艶やかな黒髪を持ち、頭から一対の触角を生やした女性。
「初めまして、になるのよね。ワルキューレさん、ジークさん、ルシオラと言います。よろしく」
「……あっ! 既に知っているようだが、私はワルキューレ。魔界第2軍所属特殊部隊大尉だ」
「情報士官のジークフリートです。でも、貴女の気配というか霊波動はどこかで感じた事が……?」
丁寧に頭を下げるルシオラに、呆然としていた2人は慌てて挨拶を返す。
小竜姫と付き合っている横島が、まさか魔族の女性と二股を掛けているとは思ってもいなかったのだ。
しかも、小竜姫はそれを容認しているように見える。
神族と魔族の女性を、魂を分かち合い、未来を共に生きる相手だと明言した横島の事を、ここまで大物だったのかと改めて考える2人。
「済まない。ルシオラは俺達が妙神山に戻った時、最初から一緒にいたんだよ。だが、色々あって文珠を使って姿を消していたんだ」
「ふむ……流石は横島の文珠だな。我々全員が見抜けなかったのだから」
「でも、あの場でルシオラさんを紹介しなかったのには、何か理由があるんでしょうか? いつもの横島さんらしくないというか……」
ジークは、これまで一緒に妙神山で生活をしている時、フッと横島からこの霊波動を感じる事があったのだ。
それは、横島が脳内でルシオラの意識と話をしている時なのだが、普通では感知できないような微弱な波動を感知したジークを褒めるしかない。
「それは、ルシオラさんの生まれというか、置かれた状況がちょっと特殊だからです。正直に言ってしまいますと、ルシオラさんはアシュタロスが創った眷族の1人なんです。だけどその魂の一部はこの5年間、ずっと私や横島さんと共にありました」
「なにっ!?」
「本当ですか!?」
アシュタロスの眷族、というところに反応して警戒するように身構えるワルキューレとジーク。
そのために、小竜姫が言ったこの5年間という言葉に疑問を感じていないようだ。
だが、そんな2人をルシオラも小竜姫も穏やかな表情で見ている。
そして肝心の横島は……静かに文珠を2つ差し出した。
「2人が警戒するのも尤もだと思うが、ルシオラは敵じゃない。それに、今まで隠してきた俺の秘密を教えようと思う。俺とルシオラの関係を知りたければ、この文珠を取ってくれ」
『伝』の文字が刻まれた文珠をジッと見詰めていた2人だったが、これまで接してきた横島の態度から複雑な事情があるのだろうと察し、各々が文珠を手に取る。
すると文珠は発動し、かつてヒャクメに見せた平行未来の出来事がワルキューレとジークの頭の中に流れ込んできた。
「こ、これはっ!? 未来の…記憶? いや、平行未来か!」
「横島さん、貴方は……これ程の経験を……」
アシュタロスの野望の根幹である魂の結晶を、愛するルシオラの復活と天秤にかけた末に破壊する横島。
そして、究極の魔体を破壊した後、現れた神界と魔界の使者により、最高指導者の元へと向かい、そこでルシオラの復活が可能であると知らされる。
横島が人間である事を捨てる代わりに、ルシオラは復活した。
そして、横島は小竜姫とルシオラの魂の一部を己の魂と融合させ、意志を伝え合うどころか会話まででき、神族と魔族の魂を人としての魂と共鳴させる事で中級神魔以上の霊力を発揮できるようになったのだ。
「これが……横島さんの強さの秘密だったのか」
人間を遙かに越える常識外れの力を、なぜ横島が揮う事ができるのかを理解したジークだった。
そして、平行未来の世界でパズスとの戦いによって霊体の一部が逆行し、この世界の横島と融合する事で新たな歴史が生まれた事。
この5年間、ひたすらに自らを鍛え、様々な準備をしながらこの戦いに備えていた事。
無論、全てを見せたわけではないが、横島とルシオラの関係に関しては必要な部分を隠すことなく伝えたのだ。
「成る程……。私の事も初めから知っていたのだな?」
デミアン達の魔手から美神を守る任務の際、自分を巧みにあしらった理由が分かって憮然とするワルキューレ。
さすがに、このような相手では勝てないのも仕方がない、と思うのだが、何となく悔しかったのだ。
「ははは……。あの時は悪かったよ。でも、普通に尋ねても任務のことは話さなかっただろ? それに、なるべく被害は小さくしたかったからなー」
「まあいい。事情を知った今なら、あれはやむを得なかったのだと理解できるからな。それに……アシュタロスとの戦いに私も参加できるようにしてくれたのだから、この前の事はチャラにしてやる」
ジロリと睨んだワルキューレに、頭を掻いて謝る横島だった。
だが、ワルキューレも根に持ってはいないので、それ以上は責めなかった。
そして、なぜ横島がいろいろ先回りできたのかを知った今では、彼の行動理由がなるべく被害を少なくしたいという事だったと理解できたのだ。
さらに、平行未来では早々にエネルギー源を断たれたために、軍人にもかかわらず役に立たなかった自分を、今回はしっかりと参戦できるようにしてくれた。
彼女は、この事だけで横島に感謝していた。
「まあ、横島さんが知っているというか、体験したのはあくまで平行未来での事です。既にこの世界では様々な変化が現れているようですから、記憶に全てを頼る事はできませんね」
「ああ。時期や順番は結構変わったし、最近は俺自身の行動のせいでかなり変わったからな。でも、今回はヒャクメだけじゃなくて、小竜姫様やワルキューレ、ジークだっている。平行未来に比べれば、戦力は格段に上なんだ」
「あら、ヨコシマ。私だっているのよ。忘れないで欲しいわね」
「ル、ルシオラ! べ、別に忘れている訳じゃないぞ! 平行未来だってルシオラは俺の味方だったじゃないか」
ルシオラの突っ込みに、慌てて弁明する横島。
ルシオラとは、平行未来で共にアシュタロスやベスパと戦った間柄故、一緒にいる事が当然と思ってしまったためのミスである。
まあ、この世界でもルシオラと良い仲に慣れたため、ホッとしてしまった事もあるのだが……。
「クスクス……。冗談よ、ヨコシマ。でも、逆天号は沈めたけど妙神山を守りきれなかったわ。やっぱり、アシュ様相手に被害が少なくなるようにして、負けない戦いをするのは難しいわね」
「ああ。流石はアシュタロス、伊達に魔王は名乗ってないよな。何とか一手先んじたと思っても、結果自体を大幅に変えることは難しいってことだ」
これまでの事件でも、重大な事件に関しては横島の暗躍にもかかわらず、平行未来同様何らかの形で起きている。
例えば、GS試験の時にメドーサを倒したにも関わらず、他の魔族の手で元始風水盤事件は起きてしまった。
今回も、一度は撃退したが、結局は再度の攻撃によって妙神山は陥落した。
山ごと吹き飛ばされた平行未来に比べれば、被害は格段に少ない上に逆天号の撃沈という多大な成果があるにせよ、マクロな視点で見れば事件は未来の記憶通り起き、その記憶通りの結果となったのだ。
それでも、何とか自分の望み通りの結果を導き出している横島は、良くやっていると言える。
「とにかく、お前の相手とその秘密に関しては了解した。ルシオラが信頼できる相手だと言う事もな」
「横島さんが選んだ相手ですし、今は全ての枷から解き放たれているようですからね」
ワルキューレとジークが、ルシオラの事を認めた発言をしたため、横島は安堵の溜息を吐いていた。
ここで話がこじれると、厄介だと思っていたからだ。
「よかったですね、横島さん。これで私達3人、大手を振って一緒に暮らせます」
「そうですね、小竜姫様。ここまで来るのに、長かったですねぇ……」
「私もこの日が来るのを、ずっと待っていていたわ。尤も、この世界の私は生まれてから数ヶ月だけどね」
最後のルシオラの言葉に、和やかな雰囲気で笑う横島と小竜姫だった。
だが、状況はいつまでも3人に甘い世界に浸る事を許しはしなかった。
「そういえば……、今見せて貰った平行未来の記憶では、美神美智恵はベスパの妖毒にやられるんじゃなかったか?」
「そうでしたね。横島さんの経験からかなり出来事が変わりましたが、都庁地下にいる美神さん達が心配ですね」
そんな魔族2人の言葉に、その危険性を思いだした横島達。
妙神山で戦っている隙に、アシュタロスの分身か、ベスパ若しくはパピリオが眷族込みで都庁を急襲する可能性もあるのだ。
「やべえな……。ルシオラとの事に意識を集中しちまって、その可能性をすっかり失念していた。急がないとな」
「ええ、ヒャクメや雪之丞さん達がいるといっても心配ですね」
「行きましょう、ヨコシマ!」
5人は湧き上がってきた不安を胸に抱き、東京を目指して飛行を再開した。
『霊能者の悪い予感って、当たるんだよなー』
等と横島が内心思っていた事は内緒である。
「この状況は……やはり」
「ええ、どうやら私達の危惧が当たったみたいね」
都庁地下のオカルトGメン対アシュタロス特捜部に辿り着いた横島達5人が見たものは、倒れ伏す美神美智恵と母親を抱き抱え心配そうに覗き込む美神の姿だった。
その横で、西条やおキヌが呆然と見詰めている。
こちらに向かう途中、ヒャクメから緊急連絡を受けて空間転位に切り換えてやって来た5人である。
姿を現すなり、予想していた事態が起きていたのだ。
「やはり妖毒によるものですね。状況から見ると、ベスパさんかその眷族の仕業のようです」
即座に美智恵の様子を確認した小竜姫が、立ち上がり横島に報告する。
ワルキューレとジークは、今のところできる事がないため大人しく佇んでいるしかない。
やがて呼ばれてやって来た医療スタッフによって、美智恵は集中治療室へと運ばれていった。
美神も心配そうな表情で付いていく。
おキヌも後を追って姿を消した。
「横島君、妙神山の方はどうだった?」
「残念ながら妙神山修業場は壊滅しました。ただし、攻撃してきた敵移動妖塞・逆天号も撃沈しましたから、相打ちと言ったところですね」
横島達を残して全員が司令室を空けるわけにもいかず、責任者代行という形で残った西条が美智恵を見送った後に尋ねてきた。
西条の問いに簡潔に答えた横島だったが、結果を告げた後、戦闘に関する詳しい内容を説明し始める。
そんな横島の説明に、美智恵に付き添わず司令室に残ったヒャクメや雪之丞、九能市、シロはジッと耳を傾けていた。
まあ、ヒャクメはこの場にいながら結構な部分を遠見で眺めていたのだが……。
「そうか……妙神山修業場は…なくなっちまったのか……」
「……残念ですわ」
「…………せんせー、拙者は悔しいでござる!」
最後まで話を聞き終えた弟子3人は、悔しそうに俯きながら口を開く。
自分達がその場にいなかった事を悔しがっているのだ。
だが、長距離からの砲撃戦に終始したあの戦いでは、単純に霊力の大きさが重要となったため、この3人では役不足なのも事実。
無論、説明されているので頭では分かっているのだが、何もできずに自分達の家とも呼べる場所が壊されたのは悔しいのだ。
「僕からは…何と言っていいのか……。だが、構造物だけの被害だったのは、不幸中の幸いだったね」
「そう言う事です。建造物は修理ができますからね。強力な敵妖塞と相打ちだと思えば、諦めもつきますよ」
「ところで……そちらの女性は初めて会う方だが?」
そう言って西条は、横島のやや後ろに付き添うように佇んでいるルシオラのことを尋ねる。
優れた霊能力者である西条は、ルシオラが魔族である事を見抜いていた。
ただ、現在はワルキューレやジークといった味方の魔族がいるため、ルシオラが魔族であっても何ら妙なところはない。
だが西条の眼には、初めて見る魔族の少女と横島の間に無視できない絆のようなものを感じたのだ。
そう、それは常日頃、横島と小竜姫の間に感じた雰囲気と同じもの。
「あ、初めまして。私、ルシオラと言います。ヨコシマから聞いています。オカルトGメンの西条さんですね。よろしくお願いします」
「いえ、ご丁寧な挨拶を頂き……」
穏やかな雰囲気でペコリと頭を下げるルシオラに、慌てて挨拶を返す西条だった。
そんな西条に苦笑しながら、横島は雪之丞達も問いかけるような視線を向けている事に気が付く。
「西条さん、ルシオラはこの通り魔族ですけど、小竜姫様と並んで俺の大事な女性なんですよ。長らく事情があって一緒に暮らせませんでしたが、漸く共に生きていけるようになったんです」
「私も横島さんも、ルシオラさんが戻ってくるのをずっと待っていたんです。これで漸く、3人で過ごす事ができるんです」
何でもない事のように告げる横島と小竜姫の言葉に、さすがの雪之丞、九能市、シロも唖然とした表情を見せて固まっている。
小竜姫と恋仲なのは知っていたし、人間と神族という種族を超えた付き合いに感心していた3人の弟子達だったが、まさか魔族の女性とも恋仲だったとは……。
何やら横島が、デタントの象徴のような存在に見えてきてしまったのだ。
だが、そんな彼等の気持ちは、ルシオラの爆弾発言によって吹き飛ばされる事になる。
ルシオラは表情を真面目にすると、既に事実を知っているヒャクメ、ジーク、ワルキューレ以外の人々を見回し口を開いた。
「隠すのは嫌だから最初に言っちゃうけど、私のこの身体はアシュ様によって創られたの。つまりアシュ様の眷族として生み出されたわけね。そして、私の霊体ゲノムには監視ウイルスと自己消滅プログラムが仕掛けられていて、アシュ様の定めた禁止事項に触れると消滅するようになっていたわ」
「なにっ!? アシュタロスに創られたのか、アンタ?」
「待ちたまえ、雪之丞君! 今、逆らうと消滅するようになっていると言ったね」
いくら横島の愛する相手とはいえ、アシュタロスに創られた眷族と聞いて表情を険しくする雪之丞。
だが、重要な部分を聞き逃さなかった西条が、立ち上がろうとした雪之丞を抑え静かに訊き返す。
「ええ、今回の妙神山攻撃で思わずヨコシマを庇った私は、テン・コマンドメントに触れたため消滅しかかったわ。でも、ギリギリのところでヨコシマによって命を助けられたの。おかげで、堂々とこうしてヨコシマと一緒に過ごせるようになったけどね」
そう答え、途中から顔を綻ばせたルシオラは、嬉しそうな表情で横島の腕を抱きしめる。
その姿を見て、負けじと小竜姫も残された片腕を抱え込んだ。
3人の姿は、周りから見ると所謂バカップル(3人だが)状態である。
「成る程……。君は自分の命をアシュタロスに握られ、無理やり協力させられていたってことになるね」
「ええ。実際、墜落しようとしていた逆天号に突入した時、ルシオラの霊基構造は半分以上消滅していましたからね。本当に紙一重で間に合ったんだ……」
「神界や魔界との接続が絶たれているため、最終的にどうなるかはわからないが、オカルトGメンとしては君を拘束したり、罪に問おうとはしないと約束するよ」
「西条さん……。ありがとうございます」
平行未来の時と同じく、ある意味寛大な結論を出した西条に、横島の腕を放して丁寧にお辞儀をしながら礼を言うルシオラ。
その魔族らしからぬ礼儀正しさに、雪之丞や九能市、シロは目を見張る。
「まあ、俺たちの師匠である横島が選んだ相手なんだから、俺たちがとやかく言うことじゃないんだろうが、アンタは創造主に逆らい俺たちに味方してくれるんだな?」
「確かに私という存在をこの時代、この世界に生み出したのはアシュ様よ。でも、道具として作られたとはいえ、私にも心があるし、この心は私だけのもの。だから私は、自分の心に忠実でいたい。私はヨコシマを愛しているし、私の命の半分はヨコシマと共にあるの。これは魔族にとって、契約にも等しいわ。だから、例え生みの親を敵に廻す事になっても、私はこの世界でヨコシマと共に生きていくと決めた。小竜姫さんと同じく、私は決してヨコシマを裏切らないわ」
「私もルシオラさんの事は良く理解しています。絶対に大丈夫です」
雪之丞の問いかけに、きっぱりと答えるルシオラ。
本当はこんな面倒くさい事を言う必要も無いのだが、まさか平行未来でずっと夫婦として生きてきたという絆を話すわけにもいかない。
だから、人間が持つ魔族という概念から理解しやすい内容を話したのだ。
小竜姫も合わせてフォローを入れる。
雪之丞もここまできっぱりと言い切られ、横にいる横島が信頼しきった眼差しを向けている事から、これ以上言う必要は無いと考えたのだろう。
頷くとスッと手を差し出した。
「いろいろ言って悪かったな、これから宜しく頼むぜ。どうせ、横島の彼女っていうからには、かなり強いんだろ?」
「こらっ! そんな言い方は無いでしょ、雪之丞!」
「フフッ、雪之丞さんって面白いヒトね。ええ、これから宜しく」
雪之丞の相変わらずの発言に、慌てて嗜めるように背中をたたく九能市。
そんな二人の姿を見て、微笑ましさを感じながらルシオラは雪之丞と握手を交わした。
「拙者、先生の弟子のシロと申します。よろしくお願いするでござる」
「私は九能市氷雅と申します。やはり横島様の弟子ですわ。よろしくお願いします」
雪之丞に続き、シロと九能市もルシオラと固い握手を交わす。
そんな姿を嬉しそうに眺めている横島と小竜姫。
だが、ほのぼのとした雰囲気は長くは続かない。
ルシオラのお披露目を終えた横島は、表情を変えて西条に向き直る。
横島の雰囲気が変わったのを見て、口を挟むと話がややこしくなると考え大人しくしていたワルキューレ、ジーク、それにここに残っていたヒャクメも頭を切り替えた。
「さて、俺が妙神山の防衛に向かった後、何があったのか説明してくれますか?」
「そうだね。実はアシュタロスがメッセージを送ってきたんだよ。詳しく話すから座らないか?」
西条の言葉に、円卓になっている席に各々が腰をおろす。
こんな時でも、横島の両側は小竜姫とルシオラで固められているのが微笑ましい。
戦いの最中とはいえ、3人が望んだ姿となったことが嬉しいのだ。
「結論から言おう、アシュタロスによって戦略原潜が乗っ取られたみたいなんだ。アシュタロスは核兵器を使って我々人類に要求を突きつけてきた」
西条の言葉を聞いた時、最終決戦に向けまた一つ階段を上がった事を横島達は感じたのだった。
(後書き)
漸くルシオラが横島と共に過ごせるようになりました。
ここまで来るのに、随分時間が掛かったように思います。
無事にルシオラが横島達と合流したところで、いよいよ南極での戦いとなります。
一応、南極での戦いは書き終えているのですが、現在通しで推敲中ですので、一週間程間が空く事になると思います。
今後は、ルシオラの妹達をどうするか、アシュタロスとの決着をどうつけるか、等々課題が山積みですが、何とか最後まで終わらせるように頑張ります。
BACK/INDEX/NEXT