フェダーイン・横島

作:NK

第105話




「ふーん……。それが私を呼んだ理由なワケ?」

「そうだ。今話したように、人間がアシュタロスに対抗するにはその方法しかない」

 やって来たエミに、美智恵から先程聞かされた内容を説明していた西条だったが、話を聞き終えたエミの第一声がこれだった。
 西条は重々しく頷いて、視線を一緒に聞いていた横島へと向ける。
 その瞳は、言った事に間違いがあるかという問いかけ。

「さすが美神さんのお母さんですね。多少ヒントというか材料を与えたとはいえ、よく俺のことをそこまで推理したものです……。だけどまぁ…話はそっちじゃないですね。今の美神さんに、美智恵さんが意図していた霊力の爆発的向上を求めるとしたら、西条さんの言った方法で間違いないですよ」

「そうですね。普通であればいくら文珠を使っても、完全に霊波をシンクロさせる事は難しいですけど、念法を修行した美神さんとエミさんなら霊力の完全同期連係も可能です」

 そんな西条に、予想以上に美智恵が念法や自分の奥の手を解明した事への苦笑を浮かべながら、肯定してみせる横島。
 横に座る小竜姫も同様の表情で横島をフォローする。
 ちなみに、ルシオラは抗血清を作るためドクター・カオス、マリアと共に研究室の方へと行っている。
 したがって、この部屋に現在いるのは、西条、エミ、横島、小竜姫、雪之丞、九能市、シロ、唐巣、ヒャクメ、ワルキューレ、ジークという面々である。

「まっ、横島君や小竜姫様がこう言うんだから間違いないんだろうけど、それにしても令子と1つになるなんて何だかむかつくワケ!」

「そりゃあ、私の台詞よ!! いくらママの考えた方法とはいえ、何で私がアンタと合体しなきゃいけないわけ!?」

 嫌そうにエミが言い捨てた直後、いきなり美神の怒声が響き渡った。
 美智恵の事が一段落したのだろう。
 その後ろにはカオス、マリア、おキヌもいる。
 肝心のルシオラはどこに行ったのだろう、と思って視線を彷徨わせた横島のすぐ横に、フワリと舞い降りた黒と赤の人影。
 フッと香る甘い匂いに振り向いた横島の眼に、嬉しそうに微笑むルシオラの姿が映る。

「おかえり、ルシオラ。美智恵さんの具合はどう?」

「私の毒から抗血清を作って投与したから、もう大丈夫だと思うわ。ベスパの毒は抜けるのに時間が掛かるけど、1週間以内に完全に復調するでしょう」

「そうか。じゃあ南極での戦いに間に合うかな?」

「うーん……それはちょっと微妙ね」

「ルシオラさん、取り敢えず私達がしなければならない事は終わったみたいですから、座ったらどうですか?」

 穏やかな表情を浮かべた横島は、カオスに付き合っていたルシオラに労いの言葉を掛ける。
 美智恵の状況を伝えたルシオラに、反対側の隣に座る小竜姫が椅子を勧め、ルシオラも頷いて腰を下ろした。

「まあ、エミとの事はこれからゆっくり話し合うとして……。横島君、横に座っている初めてお会いする女性を紹介してくれないかしら?」

 戻って来て眼を合わせた瞬間に、ああ、この人物が横島君の言っていた、かけがえのない半身の1人である魔族の女性なのだと直感してはいた。
 だが、横島の口から直接聞かなければ、それは推測に過ぎない。
 まあ、尋ねる口調に僅かな険が含まれていたのはご愛敬である。

「美神さんにはまだ紹介していませんでしたね。以前平安京に行った時に話した、俺が命に代えても護りたいと想うもう1人の女性、ルシオラです」

「初めまして、美神さん。見て分かると思いますけど、魔族のルシオラです」

 本当に何でもないかのように紹介する横島と、極々普通に挨拶するルシオラに、美神も毒気を抜かれたように頷くしかなかった。
 無論、その後ルシオラがアシュタロスによって創られた存在であると聞かされた時、何とか表には出さなかったが美神の胸中はかなり複雑だったことは間違いなかったが……。



 横島から美神へのルシオラの紹介が終わると、改めて西条が司会役となって作戦を練るべく話し合いを再開する。

「令子ちゃんを危険に晒したくはないが、アシュタロスが核兵器を奪って南極に来る事を要求してきた以上、行かざるを得ない」

「目的地は……ほう、南極大陸か。しかもこの位置は――――ほほう!! 南緯82度、東経75度! 『到達不能極』じゃな!」

 各自の手元スクリーンに映し出された、アシュタロスが残した地図を見ていたカオスが感心したように言う。
 小竜姫を始めとした神魔族や、全てを知っている横島、博識の唐巣、美神、エミはその言葉に頷くが、おキヌやシロ、雪之丞や九能市にとって、カオスの言った「到達不能極」の言葉は意味不明だった。

「なんだいそりゃあ?」

「南極といってもいろいろあるんじゃよ、小僧!」

 雪之丞の質問に、親切に説明を始めるカオス。
 この辺は、腐ってもヨーロッパの魔王である。

「南極大陸の全海岸線から最も遠い内陸にあり、人間の到達が最も困難な場所としてその名がついたが、南極大陸の中心であるそこは霊的にも特殊な地点なのじゃ!」

「地球上の地脈が最後に辿り着くポイント……。いわば地球の霊力中枢(チャクラ)! アシュタロスがアジトにしたのも頷ける」

 ドクター・カオスの地学教室が終わり、普段出番のない唐巣がこの場所の霊的特徴を簡潔に告げた。
 その説明に感心したように頷いている雪之丞達である。

「まあ、話を聞くとアシュタロスは特に期限を切らなかったみたいですね。頭の中では美智恵さんが毒で死亡するまで、つまり8週間から12週間以内に来る事を予想しているんでしょうが……。どのようにアシュタロスと戦うかとは別に、どうやってこの場所まで行くか。その手段も考えないといけませんね。もう5月も半ば。南半球は秋になっています。冬になったら砕氷船でも南極に行く事は不可能です」

「確かに横島君の言うとおりだ。期限ギリギリまで粘ろうとしても、物理的に南極まで行く事ができなくなってしまう」

「そうね。幸い南極越冬隊交代のために南極に行った日本の砕氷船が帰途についているけど、現在オーストラリアに寄港中よ。そこまで飛行機で行って、砕氷船にUターンして連れて行って貰うしかないわね」

 戦闘以外の最重要ポイントを喚起する横島の言葉に、重々しく頷く西条。
 冬に入った南極に行く術など、未だ人類は持っていない。
 それこそ、瞬間移動や空間転位でも使うしかないが、到達不能極を正確にイメージ出来る者などいない。
 既に横島の依頼で、その辺を調査済みだったルシオラが最も妥当な行き方を提示する。

「ということは、なるべく早く出発しなけりゃダメってことね?」

「ええ、悔しいけどその通りです」

 代表するかのように尋ねる美神の質問に、溜息を吐きながら肯定する小竜姫である。
 この辺は、ルシオラ、横島共々役者だ。
 一方、ワルキューレ、ジークは下手な事を口走らないように沈黙を守っている。

「西条さん、日本政府と世界GS協会本部を通じて、砕氷船『しばれる』に協力要請をお願いします」

「そうだな。直ぐに手配するよ。取り敢えず、誰かに先発して現地入りして貰おうと思うんだが、誰がいいだろう?」

 西条はそう言ってみんなを見回す。
 だが、そうは言っても候補者は限られている。
 美智恵がああなった以上、西条は指揮官代行として最後までここにいなければならない。
 ターゲットたる美神、そして切り札となるエミも同様に現地入りは最後になるだろう。
 小竜姫、ルシオラ、ヒャクメ、ワルキューレ、ジークの神魔族組も、さすがに人間との交渉に行っても仕方がない。
 雪之丞や九能市は強いが、こういう交渉というか調整役としては未熟だし、おキヌやシロは論外。
 すると残りはドクター・カオスか唐巣神父となる。

「やはり……私しかいないんじゃないかな、このメンバーでは……」

「済みません、神父」

「いや、私が此処にいてもあまりお役に立てないようだからね。この打ち合わせが終わり次第、ピート君と一緒に先に行かせてもらうよ」

 そう言って静かに頷く唐巣だった。
 西条もそれ以上は言わずに、本題へとはいる。

「次の問題は……どうやってアシュタロスの本拠地に乗り込み、負けないで戻るか、と言う事なんだが……」

       ・
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「人間にはまだまだ可能性が秘められている、ということです。この方法ならば、べスパとパピリオのどちらか一方が相手であれば、勝てなくても負けない戦いができます」

「成る程……、確かにこの方法であれば何とかなるか」

「でも油断は禁物ですよ。我々の戦力が予想以上に高い事は、アシュ様も十分わかっているはず。必ず何か対応策を講じていると思うわ」

「確かに、アシュタロスならそのぐらいの事をしてきそうだわ。でも、目的地に着くまで今言った作戦のための訓練をしないといけないわね」

 2時間ほど掛かった会議も終盤となり、提案者でもある横島が締めくくるように語った言葉は、この場にいる全員の思いでもあった。
 これで何とかアシュタロスの眷族に関しては、対処する事ができるだろう。
 西条が少しだけホッとしたような表情を見せる。
 西条個人としては、何ら策も無く愛する美神を敵地になど行かせることは出来ない。
 しかし、指揮官代理としてはそうも言っていられないのだ。
 だが、一瞬緩んだ雰囲気を引き締めるようにルシオラが懸念材料を告げる。
 美神としても、ルシオラが言った事は想定内だったため頷きはしたが、だからといってやるべき事は変わらないのだ。

「まー、その辺は令子の言う通りなワケ。でも、令子と同期合体するとはね……。生き残るためには仕方が無いとはいえ、良い気持ちはしないわね」

「フンっ! それはこっちも同じよ! いい、私の足を引っ張るんじゃないわよ、エミ!」

「それはこっちの台詞なワケ!」

「まあまあ、二人とも喧嘩はやめましょうよ……」

 友人とはいえ、いつもの調子で言合いを始めた美神とエミを宥めるおキヌ。
 この姿を見て、唐巣はなんとかいつもの調子に戻った事を感じていた。

「でも……ルシオラさんは妹達と戦うことになりますが、大丈夫なんですか?」

「そうだな。いくら横島の事を好きだとはいえ、身内で戦うのは辛くねーか?」

「ええ……。でも、そこいらはもう割り切ったわ。二つを同時に求めても無理な時は、大事な方だけを何としても手に入れないといけないでしょ。私の願いはヨコシマと共にある事。だからべスパやパピリオと戦うことを躊躇いはしないわ」

「でも、いざという時はなるべく私が相手をします。それで構いませんよね、横島さん?」

「そうですね……、その方がいいかもしれません。でも、俺としてはなるべく二人揃って戦って欲しいんですよ。そうすれば負けない確率も傷つかない確率もずっと上がりますから」

 九能市と雪之丞の気遣いに、弱々しい笑みを返しながらも、毅然とした態度で決意を告げるルシオラ。
 彼女にとっては既に一度、平行未来でべスパと死闘を繰り広げているため、この問題は解決済みだった。
 だが、その事を知っていても小竜姫としては、ルシオラがべスパやパピリオと命をかけて戦う状況は回避させたいと思っている。
 だから、横島にべスパとは自分が戦うという意思を伝えたのだが、横島からの返事はより確実性と安全性が高いやり方だった。

「でも……やはり姉妹で戦うのは……」

「小竜姫様の気持ちはわかります。でも、二人で対処すればべスパやパピリオの命を奪わず、どちらの被害も小さくした上で無力化できると思うんです。二人のパワーは強大ですから、甘く見るわけにはいきません」

「……わかりました」

「そうね。その方が確実に勝てるだろうし、べスパ達を傷つけないでしょう」

 渋々といった表情で頷く小竜姫だが、納得はしたようだ。
 一方のルシオラは、考えてみた結果、その方が傷つけずに妹達を倒せると理解して、横島の考えを受け入れた。

「では、南極に行くメンバーを最後に確認しよう。令子ちゃんと小笠原君は確実だ。そして僕と横島君、ルシオラ君に小竜姫様、ヒャクメ様、ワルキューレにジーク。後は伊達君に九能市さん、シロ君、タイガー君、ドクター・カオス、マリアで問題ないね? そして先発してもらう唐巣神父とピート君で全てだ。出発は1週間後。成田からオーストラリアに向かい、向こうで砕氷船『しばれる』に乗艦する」

「了解です。俺の方も幾つか準備しなければいけないことがあるんで、数日間は事務所に篭ります。連絡は美衣さんにお願いします」

 西条の確認に頷いた横島が立ち上がると、両隣に座っていた小竜姫とルシオラも追随する。
 美神やエミ達も、既に席を立ち自室や自宅へと向かうべく歩き始めていた。

「悪いが雪之丞と氷雅さん、シロはこの場に残ってくれ。万が一という事もあるからな。それにここの方が訓練もできるし良いだろう? 俺も明後日には顔を出す」

「うん? 何か秘密の「わかりました! 私達のことは気にしないでくださいね。何かあれば連絡します」」

 怪訝そうな顔で尋ねた雪之丞の言葉を遮り、九能市が笑顔で横島に答え、さらに手まで振って送り出そうとする。

「お、おい、九能市!」

「貴方は黙っていなさい! では、小竜姫様、ルシオラさん、また明後日にお会いしましょう」

 いきなり話を遮られた雪之丞が九能市を睨みつけるが、彼女は一括した上にギンッと相手を上回る迫力の視線で黙らせると、一転してにこやかな表情で横島達に振り返った。

「あ、ああ……。ありがとう、氷雅さん。じゃあ、俺達はこれで」

 何となく九能市の迫力に押された横島だったが、ルシオラと小竜姫に促され、御礼を言ってその場を後にした。
 後ろの方から、なにやら言合いする九能市と雪之丞の声が聞こえたが、気にしたら負けだと自分に言い聞かせる。
 流石に美智恵が倒れたため、美神に配慮して腕を組んだりはしていないが、殆どピッタリと言う感じで寄り添う二人にしてみれば、九能市の配慮は嬉しかったが恥ずかしくもあった。

「じゃあ小竜姫様、これから事務所に戻ったら『融合』しますか」

「はい♪ ようやく私もここまで来ました。楽しみです(胸も大きくしなければいけませんし…)」

「それが終わったらヨコシマ、……あの……その……リンクの強化のための術を…」

 司令室を出たところで、横島がウキウキといった感じの小竜姫に話し掛ける。
 無論、小竜姫が否という事など無く、もの凄く嬉しそうに答えが返ってきた。
 そして、何やらおずおずと言った感じで顔を真っ赤にしたルシオラが、俯き加減でおねだりするような口調で話し掛けてくる。
 その様は非常に可愛らしく、横島でなくとも思わずお持ち帰りたくなってしまう程だ。
 ルシオラの言う「術」の詳しい内容は全くの謎であるが、彼等が平行未来でも主として夜間に励んでいた物であり、1対1は無論のこと、1対2の時もあるらしい。
 一説には、房中術を応用したというか、房中術そのものではないか、とも言われているようだが……。
 何はともあれこの修行の成果として、ルシオラも小竜姫も平行未来の人間界で、信じられないほどの霊力と魔力を揮う事ができたのである。

「えっ!? あ、ああ……そうだな。もう構わないかもな」

「横島さん、だったら私とも構いませんよね?」

「…うっ! えーと……あーもう面倒くさい事を考えるのは止めじゃ―――!! 今度ばかりは小難しい事は考えんぞ! こうなったら何でもOKだ―――!」

「うふふ、それでこそ横島さんです」

「あん♪ ここじゃダメよ、ヨコシマ」

 潤んだ瞳で横島を見詰めるルシオラに、暫し悩んだもののあえなく陥落する横島の理性。
 少しだけ頬を赤くし、何となく緩んだ表情で承諾する横島だったが、今度は小竜姫がとても色っぽい表情で尋ねてくる。
 そのダブルパンチで、普段は抑えている横島の煩悩が一時的に封印を突き破り表へと出てきてしまうが、ルシオラと小竜姫はどちらも態度を変えず、都庁を出るとにこやかにそれぞれが腕に抱き付き帰路についたのであった。 

 彼等が人前から消えた2日間(夜)、横島除霊事務所の隣の部屋(事務所を挟んで美衣達と反対側の部屋)で何が行われたかは定かではないが、朝起きた時には3人が一つの布団に包まっていた事だけは申し添えておく。
 部屋の空気は……鋭敏な感覚を持つ化け猫の美衣さんが後に語ったところによると、新婚さんの寝室のものと非常に良く似たものだったそうな……。






 2日後、都庁地下のアシュタロス対策本部へと顔を出した横島達を迎える雰囲気は、見事に対極化していた。
 西条、九能市、雪之丞、エミ、ワルキューレ、ジークは何やら楽しそうに。
 ヒャクメ、美神、おキヌ、シロ、タイガーは何やら複雑な表情(羨ましそうだったり不機嫌そうだったり)で。
 だが……おそらくこの場にいる全員が、この3人の間で行われた事を正確に推測しているのだろう。
 その様子から、自分たちの行動がある程度最初からばれていたと気が付き、横島達は照れくさそうにそっぽを向いたり、俯いたりしていたが、それでもしらばっくれて席へと着く。
 まあ、雪之丞と九能市の場合、どうも最近、完全にくっついたようなので余裕があるためだろう(雪之丞には九能市が説明した)。
 エミは狙いが違うので、これまた利害関係が無い。
 ワルキューレ、ジークは取り敢えず自分に関係の無いため、横島達が上手くいっていることを素直に祝福している。
 西条は、美神が横島に好意をもっていることを知っているため、既成事実が出来た事によって美神が完全に諦めるだろうという計算が働いていた。

 なお、3人に向けられた女性の不機嫌そうな視線の中で、おキヌとシロのものは他の2人とは微妙に異なっていた。
 その理由は、小竜姫のプロポーションが2日前とは異なっている事(胸が1カップ分、サイズが大きくなっている)。
 まあ、美神にとってみれば、その差は誤差範囲のようなものであるために、原因は純粋に嫉妬に属するなのだろう。
 さすがに、会議の席上では大勢に影響はないので、誰もその事を口にする事なかったが……。

「横島、俺たちの方は上手くいったぞ! これで足手まといにはならねー!!」

「横島様の予想通り、特に問題もありませんでした。おそらく数十分は大丈夫でしょう」

 横島が姿を見せなかった昨日に、対アシュタロス眷族用の秘密特訓を行った弟子2名が誇らしげに報告してくる。
 今回は外れたシロは何となくつまらなそうだ。

「そうか。まあ、二人とも念法の修行をずっとしていたから大丈夫だとは思っていたけど、上手くいって何よりだ。さすがだな」

 雪之丞と九能市に頷きながら、横島は労いの言葉をかける。
 既に念法とは何なのか、を理解している二人ならできても当然ではあるが……。

「横島君、ママの容態は安定化したわ。もう大丈夫みたいだけど、やはり今回は大事を取って居残り組ね。ありがとう、ルシオラ。貴女のおかげでママは命を取り留めたわ」

「それは良かったですね、美神さん。俺も一安心ですよ」

「元々、アシュ様の命令とはいえ妹のしたことですから……。気にしないで下さい、美神さん」

 美智恵の容態が回復に向かった事で、美神も精神的に少しは楽になったようだ。
 そんな美神からの謝礼の言葉に応える横島とルシオラ。
 これで残るは、アシュタロスとの直接対決のみである。

「オーストラリア行きのチャーター機は手配した。各自の用意を済ませて、前日に此処に集合して空港に向かおうと思う。それまでは、各自訓練をするなり、体を休めるなり、好きにすごしてくれたまえ」

「おそらくアシュタロスは、我々が南極に到着するまで手を出してこないでしょう。しかし、だからといって油断は禁物です」

 簡単に今後の予定を確認し、最後の締めくくりとしての西条の言葉を受けて、小竜姫が油断せぬよう武神らしい事を言う。
 そんな小竜姫を愛しそうに眺めている横島であった。
 どうやら、ルシオラ、小竜姫共に、一度完全に融合合体したことで精神的に満たされているようだ。
 こうしてそれぞれの時間が過ぎていき、5日後に一同は機上の人となり一路オーストラリアを目指す事なる。
 なお、完調していない美智恵は居残りとなったが、その傍には西条の要請で魔鈴めぐみとおキヌがつくことになっていた。



(おまけ)

「小竜姫様……。あの……突然胸が大きくなったみたいですけど、どうやったんですか? 私にも教えてください!」

「え…えっと………そ、それは秘密です!」

 会議が終わり各々が席を立って部屋を出ていこうとしている時、おキヌはスッと小竜姫に擦り寄り、声を潜めて個人的には極めて重要な事を尋ねた。
 訊かれた小竜姫は、おキヌの心情は察して余りあるというか、非常に良く理解できたので教える事はやぶさかではないのだが、その方法がおキヌには適用できないとわかっているため、言葉を濁した末に秘密と答えてしまう。

「ず、狡いです、小竜姫様! そうやってプロポーションを良くする方法を独り占めする気なんですね!」

「い、いえ……そう言う事ではなく、神族や魔族でないと無理な方法なのです! 人間であるおキヌさんには使えません」

「ええっ!? ……そうなんですか…………」

 涙を浮かべるおキヌに、内容は告げずに人間ではできない方法だと断じる小竜姫。
 彼女の事を導いてくれた女神だと敬っているおキヌは、小竜姫の言葉を信じて心から残念そうな表情を浮かべフラフラと離れていった。
 その後ろ姿は哀愁を感じさせるモノであり、おキヌの落胆の大きさを現している。
 まあ、出来事としては些細な日常の一コマではあったが、結構この面子の神経は図太いのかもしれない……。
 なお昨日の昼間が、合わなくなった下着を揃えるために費やされた事は、横島達3人の秘中の秘であった。






 ザザザザッ…………

 波を切り裂き、順調に航海を続ける「しばれる」。
 辛うじて渡航可能な季節に間に合ったが、すでに秋も半ばとなった南極圏を吹く風は冷たい。
 砕氷船である「しばれる」は最高速力が20ノットと、それ程船足が速くない。
 また、スタビライザーが装備されており、それ程揺れもしないので、比較的ゆったり・快適な船旅となっていた。
 既にオーストラリアの港を出港して4日。
 一路南下する「しばれる」の甲板に出た横島は、10分ほど前から落下防止用の手すりに掴まりボンヤリと海面を眺めていた。

「何を見ているの、ヨコシマ?」

 スッと彼の視界の端に入ってきた影に気を向けるのと同時に、愛しいヒトの声が掛けられる。
 横島はボンヤリとした表情のまま顔を彼女の方へと向け、ルシオラの顔を見ると穏やかな微笑みを浮かべた。

「ルシオラか……。南極に着いた後の事を考えると、結構悲壮な覚悟って奴をしなけりゃいけないんだろうが、今こうしている間は穏やかな船旅なんでギャップを感じちまってなぁ」

「そうねぇ……。確かに到着したらアシュ様との戦いが待ってるものね」

「でも、先にどんな困難が待っているとしても、今この時を大切にしたいですね」

 話しにもう1人の愛しい女性が加わり、横島はルシオラから眼を離し、今度は優しげな視線を小竜姫へと向ける。

「小竜姫も来たんだな。……でも、小竜姫の言うとおりだ。今この時だけを見れば、まるで船で新婚旅行に来ているみたいだもんな」

「そう言われてみればそうね。飛行機でオーストラリアまで来て、その後は南極へとクルーズですものね」

「ものは考えようと言いますけど、横島さんの言うとおりですね。でも、新婚旅行ですかぁ……。本当にそんな感じですね」

 新婚旅行という言葉に反応したのか、ルシオラと小竜姫はススッと横島の身体に密着し、ギュッとその腕を抱き締める。
 腕を通して横島は、Cカップとなった2人の柔らかく弾力のある胸の感触と温もりを密かに楽しみながら視線を海へと向けた。
 尤も甚だ無粋ではあるが、横島は未だ17歳であるため日本の法律上は結婚できないのだが、そんな事はルシオラと小竜姫には関係ない
 3人はそのまましばらく海を眺めていたが、海面は所々氷によって覆われている。
 その光景が、今居る場所が南極海だと教えてくれるのだ。
 もう少しすれば船足は遅くなり、バキバキと海面を覆う氷を割りながらの航行となるだろう。
 出港時はオーストラリア海軍のフリゲート艦2隻が護衛に付いていたのだが、氷のために航行に支障が出始めたため引き返している。
 そのため、「しばれる」の周囲には人工物など何一つ見えない。
 普通であれば、まず見る事などできない光景と言えよう。

「そういや、雪之丞はどうしてるんだ?」

「えーと、さっき九能市さんと反対側のデッキに行くところを見たわ」

 せっかく3人で過ごしているというのに、いきなり興醒めな事を言い出す横島。
 尤も彼としてはただ単に、今日は朝から殆ど姿を見ていない弟子の事を思いだしただけなのだ。
 横島に連れ添う2人はその事を十分に理解しているため、嫌な顔も見せずに真剣に記憶を探ったルシオラが答えた。

「へえ……。どうやら平行未来の記憶とは違って、雪之丞と氷雅さんっていうカップルに本当になったんだな」

「そうですね。小さな事かも知れませんが、こんな身近なところでも変化は起きているんですね」

 感慨深そうに呟く横島だが、それは喜んでいるのか、変えてしまった事を悔やんでいるのか、判断する事はできなかった。
 だが、この世界の雪之丞にとっては、今流れている時間と出来事のみが全てであり、真実でもある。
 小竜姫は、横島もその事を理解しているとわかっているため、記憶を持っている者としての素直な反応を返す。

「まあ、本人達が幸せならそれでいいんだから、俺達は応援してやればいいか……。さて、そろそろ寒くなってきたし、船内に戻ろうか」

 自分の言葉にコクリと頷いた2人を伴い、横島はハッチを開けて暖かな船内へと向かった。
 後数日もすれば、あのバベルの塔で命を賭けた戦いが待っている。
 横島としては、何としてもこの南極基地での戦いでアシュタロスを倒すつもりなのだ。
 そして同時に、彼等の計画で最重要ターゲットである存在をも破壊しなければならない。
 そんな彼の決心を、小竜姫もルシオラも良く知っている。
 だが、良くも悪くも精神的に成長している横島は、その時その時を最大限楽しもうという考えなのだ。
 それは平行未来から来たそれぞれの霊基構造コピーとリンクし、1つになった小竜姫、ルシオラも同じだ。
 自分達の船室へと戻った3人は、到着の日まで周囲をピンクの空間で汚染しながら、本当の新婚旅行のように振る舞うのであった。






 バラバラバラ……キュンキュンキュン

「どうやら到着したみたいね……」

「だが…何も無いみてーだな」

 「しばれる」搭載のヘリコプターで、途中某国の南極基地で燃料を補給しながら目的地へとたどり着いた一行は、一面雪に覆われた大地を眺めていた。
 そう、目の前には荒涼とした白い大地が広がっているだけで、建造物らしきものは見あたらない。
 美神の呟きに応えた形の雪之丞だが、その声は拍子抜けしたものだった。

「地下じゃないのか?」

「センサー・には・何も反応・無し。地下に・アシュタロスの・拠点らしき物・発見できず」

「マリアのセンサーで感知できないとすると、地下にも何もないようじゃの」

 唐巣の考えも、マリアとカオスによって否定される。
 となると、外に出て捜さなければならない。
 だが……。

「外は……−40℃! 長くいたら死んでしまいそうジャー!」

「タイガー、アンタ少し黙るワケ!」

「こうしていても仕方がない。とにかく全員降りて状況を確認しよう」

 密林というか暑い地方出身のタイガーにとって、この常識外の寒さは想像を絶していた。
 あまりの外気温の低さに、降りる事を尻込みする一同だったが、西条の言葉で渋々全員がヘリから厳寒の大地へと降り立つ。
 その格好は、防寒着でかなり着ぶくれしていた。
 美神やエミは、そんな姿を周囲に見せる事はさぞ嫌だったろう。

 ヒュウウウウッ

「……体感温度・−42℃!」

「ア…ア、アシュタロスはどこだ…?」 

「まずいですわね。こんな所でウロウロしていたら死んでしまいますわ」

 マリアから正確な気温を聞かされたとて、誰も嬉しくはなかったが、とにかく体を動かしでもしないと寒くてたまらない。
 震えながらも敵の姿を捜す雪之丞に、九能市は冷静に現状のまずさを告げる。
 このまま動かずにいたら、体温の低下で動きが著しく悪くなってしまう。

 ヘリから降りたのは11人。
 面子は美神、エミ、西条、唐巣、ピート、雪之丞、九能市、シロ、タイガー、カオス、マリア、ヒャクメである。
 なぜか横島とヒャクメ以外の神魔族の姿は見えない。

「全く! 人を呼びだしておいて出迎えもないっつーのは、一体どういう事よ!!」

「さ…寒さが半端じゃないワケ……」

 極寒の中で佇んでいる事に文句を言う美神とエミ。
 口こそ開かないが、残った面々も気持ちは同じだった。

 キイイィィィイン!  ヴュウウウウンッ!!

「「「「……!?」」」」

 だが、エミの言葉が終わった途端、いきなり金属音と共に前方の空間が歪み、裂けたかと思うともの凄い勢いでそれまで全く見えなかった景色が広がった。
 草木も生えない荒涼さは同じだが、大地には雪も氷もなく剥き出しの土である。
 そして、そこにそびえ立つのは……巨大な、超巨大な古めかしい塔。
 その塔が遙か彼方の空へと伸びており、上の方は霞んでよく見えないほどだ。

「バベルの塔……!!」

「異界空間にこんな巨大な構造物を……!?」

 唐巣とピートが驚愕の表情で叫ぶ。
 そう、その塔こそは聖書に書かれた人間の傲慢を現すシンボル。
 バベルの塔を呆然と見詰める一同の前に、どこからともなくハチとチョウが現れ空中に静止する。
 本来であればその2匹に、ここにいるGS達であれば魔力を感じてもおかしくない
 だが、目の前のバベルの塔から発せられる巨大な魔力によって、彼等の感知能力はその力を乱されていた。

 バッ!!

 次の瞬間、ハチは金髪、長身の女性型魔族に、チョウは帽子を被った緑髪の幼女型魔族へと姿を変える。
 それはルシオラを失った(と思いこんでいる)3姉妹の次姉・ベスパと末妹・パピリオである。

「この塔はアシュ様の精神エネルギーで作られたモノさ。砂や氷の粒子が波動を帯びただけで、こんな形に結晶するんだ。良く来たね、美神令子!」

「フン! よーやくお出迎えってわけね! アンタは……確かベスパっていったけ?」

 表情がキツメの金髪女性、ベスパが口を開き歓迎(?)の言葉を述べるが、それに対する美神の態度はいつの通り挑発的な物だった。
 何しろ、フ○TV上空で直接戦った過去があるのだ。
 美神にしてみれば、敵としか認識できなくても仕方がないだろう。

「そうさ、さすがに覚えていたか……。 まあいい、付いて来な…! 入り口はこっちだよ!」

 姿を現して以来、何も話さず睨み付けているパピリオの手を引き、ベスパは踵を返すと塔の方に歩き始める。
 仕方なしに後ろに続いた一行は、空間の境界を超えると気温が過ごしやすいレベルである事に気が付いた。

「――――! 異空間の中は暖かいですわ!?」

「どーやら、この不細工な服は脱げそうね」

 エミの言葉に、防寒服を脱ぎ出す面々。
 そんな行動を冷めた、というか、全く感情の籠もらない瞳で眺めているベスパとパピリオである。
 2人の心中には、長姉であるルシオラを失った事が、大きな影を落としているのだ。
 土偶羅よりルシオラが不良品であり、アシュタロスを裏切った行為を行い消滅した、と告げられたのだから……。
 そして、ルシオラが消えた事に対する怒りを向ける場所が無かった2人は、それを人間達と神魔族へと向けている。
 それ故、一行を見る眼には冷たい怒りが湛えられているのだ。

 ゴオォォ……ォン

 巨大な石の扉が上へとせり上がり、塔の入り口が不気味な闇を湛えて待ち受ける。
 微かな恐怖を抱きながら、美神達はベスパ、パピリオの後に続き暗い塔の中へと足を踏み入れた。

『おかしい……。アシュ様は別に神魔族を連れてくるな、とは言わなかったはず。なのになぜ同行しているのが、戦闘力が皆無に等しいこの下級神族だけなんだ? あのヨコシマと言う奴や、噂に名高い小竜姫とかはなぜ来なかったんだ?』

 歩きながらベスパは、あまりにも素直に人間だけでやって来た一向に不信感を持っていた。
 だが、いくら魔力を鋭敏にして周囲を探査しても、後ろの人間達とヒャクメ以外の存在を感知できない。
 と言う事は、ルシオラが犠牲になった戦いで、それ以外の神魔族はダメージを受けたのだろうか?
 いや、妙神山を失った彼等は力を失っていてもおかしくはない。
 戦闘力の高い者ほど、大きなエネルギーを必要とするため、弱体化が激しいのかもしれない。
 同行している神族は、かなり霊力が低いと言う事も自分の考えを裏付けている。
 そこまで考えてからベスパは自嘲気味に唇の端を吊り上げる。

『まっ、いいか……。どうせ誰が来ようと、アシュ様の前では赤子同然なんだからね』

 そう考えて不信感を追い出すと、ベスパは歩みを止めて振り返った。

「止まれ! この先は美神令子1人だ! 来い!」

 そう言っていきなり美神の腕を掴むと、空間ゲートのようなものへと引っ張り込む。
 すると同時に、ゲートへの通路を塞ぐように上から分厚い岩が降りてきた。

「美神さん!」

「いかん! 彼女と小笠原君を離すな!」

 このままでは分断されると焦る西条が声を上げたのと同時に、エミの姿も一瞬ぶれるとともに姿を消す。
 エミの姿が消えた事で、西条は密かに安堵の溜息を吐いた。

『後は頼むぞ、横島君!』

 そう心の中で呟くと、西条は残ったパピリオへと神経を集中させる。
 既に重そうな岩の扉が降りてしまい、向こう側へは行けそうもない。
 それに、彼等には彼等の役目があるのだ。

「そりゃねーぜ、おめーら。せっかく来たんだ、俺達も通して貰うぜ!」

「ダメでちゅ! お前達の相手は私がするでちゅ!!」

「おもしれえ! だが、てめーは戦いってもんがわかってねーようだな。この数の不利をどうやって覆すか、見せて貰おうか!」

 前へと踏み出した雪之丞の言葉と共に、いきなり空間が揺らぎ魔族戦士が2人姿を現す。
 その様子に眼を見開くパピリオ。
 彼女のスキャンでも、ベスパ同様ここに人間達とヒャクメ以外の神魔族がいるとはわからなかったのだ。

「ふむ…、さすがに横島の文珠は大したモノだな」

「はい、『遮蔽』と『同調』の文珠で、姿を隠した上に微かに漏れる魔力や霊力を、ヒャクメの霊波と同調させて誤魔化すんですから……」

 姿を現したワルキューレとジークが、呆れ半分、感心半分で述べた台詞によって、事態を把握したパピリオ。
 と言う事は、同じように姿を消してベスパの方へも神族や魔族が付いていった事は間違いない。
 その事を見抜けなかった自分に対する怒りが、ギリッと歯を食いしばらせる。
 だが、自分はアシュタロスに与えられた役割を果たすだけ、と考え気持ちを落ち着かせるパピリオ。

「確かに……数だけは揃えてきたようでちゅね。だけど……私達が対抗策を考えていないと思っているんでちゅか?」

 土偶羅の教育によって、数の不利と言う事を十分理解しているパピリオだったが、こういう状況に備えて用意していた物があるため不敵な笑みを浮かべる。

「ルシオラちゃんの仇……! 1人も無事に帰さないでちゅよ……!!」

 霊力を上げて戦闘態勢に入るパピリオと西条達GS軍。
 南極決戦における、緒戦とも言うべき戦いの幕が切って落とされようとしていた。



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