フェダーイン・横島

作:NK

第106話




「ジーク、頼むぜ!」

「わかりました。いきますよ、雪之丞さん」

「お願いしますわ、ワルキューレさん」

「了解だ」

 パピリオと対峙したGS達の中から前に出た雪之丞、ジーク、九能市、ワルキューレは、一気に霊力と魔力を最大レベルへと上げた。
 さらにジークは被っていたベレー帽を投げ捨てる。
 そして、雪之丞と九能市はその手に横島から貰った文珠を持ち、ジークとワルキューレも同じく文珠を片手に掲げる。
 それぞれの文珠が光り輝き、そこに文字が浮かび上がる。
 雪之丞と九能市が持つ文珠に浮かんだ文字は『憑』。
 一方、ジークとワルキューレの持つ文珠に浮かんだ文字は『霊』

『憑霊』

 ジークとワルキューレの身体が黒い霧のような粒子へと変わり、次いでかき消えるように雪之丞と九能市の身体へと吸い込まれていく。
 横島が渡した文珠によって、文字通りジークは雪之丞に、ワルキューレは九能市に、魔族の本体である霊体(霊魂)の状態で取り憑いたのだ。
 2人の中に流れ込んでくる、人間から見れば圧倒的とも言える魔力と、陰のものとしての本能(破壊と殺戮の衝動)。

『やっぱり、何度やっても中級魔族の魔力ってのはすげーな。だが…………ジークが俺に協力してくれる以上、魔装術と念法の両方を修行した俺なら、この力を制御する事に問題なんて無い!』

『ワルキューレさんの力、大きくて力強くて凶暴……。後は、魔族の本能を私の理性で制御すればいいだけ!』

 チャクラを全開にし、一気に何倍にも増えた霊気を整流し、練り上げていく雪之丞と九能市。
 この地に来る間、都庁地下と「しばれる」の艦内で何度か訓練を行っていたが、何度やっても制御に神経を集中させた2人には安定まで掛かる時間がとても長く感じられた。
 だが、横島達の指導により、実際には5秒程の時間で全てのコントロールを掌握している2人。
 そして、2人の身体は金色のオーラで包まれながら、頬にジークやワルキューレのような隈取りが浮かび上がる。

「な……何が起きたというんでちゅか!? これは……パワーが……人間の範疇を超えて!?」

 パピリオが驚くのも無理はない。
 ジークとワルキューレの身体が前に立つ2人の人間に吸い込まれたと思いきや、所詮は人間と侮っていた相手が、10秒にも満たない間に想像もしなかった存在へと変貌したのだから。
 雪之丞と九能市の霊力は、今や自身の霊力にジークとワルキューレの霊力(魔力)を上乗せしたものになっていたのだ。
 その霊力は3,000マイトに届こうというものであり、明らかに中級中位神魔族のパワーである。
 そう、雪之丞と九能市は魔族の力と人間の頭脳を合わせ持つ存在、デ○ルマンとなったのだ。

「ククク……! 身体の奥底から込み上げてくる力と高揚感が、俺を戦いの場へと誘うってワケだ。いくぜチビ助!」

「雪之丞、暴走させちゃダメですわよ!」

 雪之丞はそう叫ぶと、瞬時に魔装術を発動させ翼を広げて空へと舞い上がる。
 九能市も前腕部だけを魔装化させた上で、さらに爪を鋭い剣のように伸ばしてパピリオに襲いかかった。

「おまえらなんか…! 弱っちい人間なんかが―――私に勝てると思ってるんでちゅか――――ッ!!」

 目前の敵が動き出した事で我に返ったパピリオは、相手の動きに反応して正面から向かってくる九能市(ワルキューレ)目掛けて魔力砲を放った。
 パピリオの人界での最大攻撃魔力は4,600マイト程度である。
 今回放った魔力砲はそこまで出力を上げた物ではない。
 だが、それでも軽く3,000マイト程の威力を誇る一撃だった。
 パピリオの常識では、地上から向かってくる敵は今の魔力砲で撃退できたと考えるのも当然である。
 何しろ、相手の総霊力と同じレベルの攻撃を行ったのだから、当たれば殺せなくても大ダメージを与えられるはず。

 そう判断したパピリオは、既に注意を空に舞い上がって襲いかかろうとする雪之丞へと向け床を蹴った。
 その瞬間、放った魔力砲が爆発して着弾した事を知る。

 バッ!

 自分の攻撃に使う事のできる魔力を目一杯引き出し、近接戦闘で雪之丞を迎え撃つべく跳躍したパピリオ。
 その動きは素早く、後方で見ている西条達は何とか付いていくのが精一杯だった。
 だが……この面子のことをパピリオは侮っていたのだ。
 大して情報収集を行わなかった事が、この戦いの決定的要因となる等、考えもしていないパピリオだった。

「図に乗るんじゃないでちゅよ! 多少策を弄したところでパワーの差を埋める事はできないって事を教えてやるでちゅ!!」

「そうかい? てめーこそ戦いってもんをわかってねーようだな。俺がその考えを修正してやるぜ!」

 勝ち誇って拳に魔力を込めるパピリオ相手に、ニヤリと不適な笑みを浮かべ上から突っ込む雪之丞。
 パワー差を考え勝利を頭に思い描いたパピリオだったが、いきなりガクンという衝撃と共に前へと進もうとする力が失われた。

「な、なにっ!?」

「ナイス! 氷雅!! GS錐揉み反転キ―――ック!!!」

 ドギャッ!!

 動きの止まってしまったパピリオに、上空から突っ込んできた雪之丞はクルリと回転してキックの体勢となり、さらに錐揉み状態で回転モーメントを加えたキックを喰らわせる。
 そしてキックの反動のベクトルを変え、再び上へと跳躍するとクルリと反転して再び方向を変え、二発目のキックを叩き込んだ。

 ザアァァッ

 何が起きたのかもよくわからず、強烈な二段蹴りを受けたパピリオは豪快に吹き飛ばされ、背中から叩き付けられる。
 その際にスカートがまくれ上がり、思いっきりパンツをご披露する事になったが、この場にはそれを好む性癖のヒトはいないためスルーされた。

 ここで雪之丞と九能市が行った今の攻撃を説明しよう。
 九能市は変化させた右手に攻撃用の霊力を練り上げて集束させ、振り下ろす事で切断波として放ち、集束度の甘いパピリオの魔力砲を斬り裂き、ルシオラから貰った鞭(神通棍のように霊力を効率よく流す事のできる、ルシオラ謹製のアイテム)を振るって跳躍したパピリオの足に巻き付けたのだ。
 そのために突撃する事ができなくなったパピリオに、上空より勢いをつけた雪之丞の一発目の蹴りが炸裂。
 次いで反動で再び宙を舞った体勢を反転させて、二発目を繰り出すわけだが、周囲で見ていた西条達も、攻撃を受けたパピリオも、一発目と二発目をほぼ同時に叩き込まれたとしか認識できていない。
 それは、雪之丞は身に着けた竜神の装具に仕込まれた術式を使い、極短時間だったが超加速を使ったためだ。
 しかも雪之丞の蹴り足には、念法を使って集束された渾身の霊力が溜められていた。
 普通であれば、中級魔族ですら身動きできないほどの攻撃だったが…………。

「いった〜〜!! や……やったなあああっ!!」

 ムクッと起きあがったパピリオは、床を転がったために汚れた格好で眼に涙を浮かべながらも、鋭い視線を攻撃者達に向ける。

「……ちっ! やっぱり奴の魔力シールドを突き破ってないから、大して効いてねーな」

「元々パワーの桁が違うとはいえ、どうやら防御が強化されているみたいですね」

 予想していたとはいえ、思った以上にダメージを受けていないパピリオを見て忌々しそうに呟く雪之丞。
 頷きながらも冷静に相手を分析している九能市。
 そう、先程の雪之丞の攻撃は熾烈な物だったが、それでもパピリオの魔力防御を突き破る事はできなかったのだ。

「ちっ! 油断したでちゅ! どうやらさっきの魔族を憑依させ、自分のパワーに上乗せたってワケでちゅか。それに、あのヨコシマと同じく念法まで使えるってことでちゅね?」

「ご明察! だから霊力ではおめーに勝てねえけど、攻撃力は何とか通用するってことさ」

 一方、予想外の攻撃を受けたパピリオも、事前にルシオラや土偶羅から与えられた情報を基に敵のやった事を正確に推理していた。
 あの身体から感じられる霊力とほぼ同じ出力で攻撃ができる以上、報告にあった念法を修得していると考えるべきだろう。
 そして、改めて記憶を辿ってサーチした結果、あの2人の人間は横島の弟子だと気が付いたのだ。

『この2人……連係攻撃もできるようでちゅから、このまま戦うのは不利でちゅ。ここは後ろにいる連中から片付ける方が効率的でちゅね』

 戦術サブルーチンによって即座に取るべき戦術を決定すると、パピリオは再び魔力を解放して踏み込み、超加速には及ばないが素早いダッシュで跳躍して雪之丞と九能市の横を抜き、後方の西条達へと攻撃の矛先を向けた。
 それは戦術として間違いではない。
 だが……やはりパピリオは敵の情報を得る事の大事さを、本当に理解してはいなかった。

「だったら……そっちのお前達を先に引き裂いてやりまちゅ!!」

「くっ…! 速い!」

「……しまった!」

 パピリオの作戦はある意味で成功した。
 その動きに、前衛の雪之丞と九能市は反応が遅れたのだ。
 九能市は背中から漆黒の翼を出して後を追おうとしたが、その必要がない事を悟り宙に浮いたままその場に留まる。
 一方、防衛戦を突破したパピリオは、掌に魔力を集め一気に吹き飛ばそうと手を突き出した。

「抜かれたぞ、西条。唐巣とピートだけで維持している複合シールドでは、あの一撃を防げんぞ。どうするんじゃ?」

「大丈夫。ガードは最小限でいいんだ。なぜなら……こちらには剣がもう二振りあるからね」

 カオスのどうでもよさそうな口調での問いかけに、何やら自信満々で答えた西条の言葉が終わると同時にパピリオの前に現れる影。
 それはバーニアを全開にしてジャンプしたマリアだった。

「!!」

「ロケットアーム!!」

 バキッ

「だ――っ!?」

 カウンターで入ったマリアのロケットアームによって、左頬にパンチを喰らって再び吹き飛ぶパピリオ。
 マリアは今回の作戦のため、カオスとルシオラの2人によって強化型対霊装備が施されていた。
 そのため、その攻撃は中級神魔レベルにも有効となっているのだ。
 吹き飛んだパピリオ目掛けて、すかさず空中へと舞い上がった雪之丞、九能市、シロが集束霊波砲を放ち追撃する。
 たちまちのうちに、床に倒れたパピリオは火球と爆煙に覆い隠された。

「タイガーの精神感応力の応用さ! ヒャクメ様の心眼で動きを捉え、それをリアルタイムで僕にテレパシー送信。さらに僕の意志を転送して雪之丞、九能市君、マリア、シロ君を手足として使う…! 究極の連係フォーメーションということだよ」

「まあ……最悪の場合、防御は横島の小僧から貰った文珠もあることだしのう。これで敵の嬢ちゃんの力を削ぎ落とすわけか……」

 そう言ってカオスは、この作戦の要であるヒャクメとタイガーの方にチラリと視線を向ける。
 ヒャクメは真剣な表情で神経を集中しているし、タイガーは獣人(虎)の姿になって能力を解放していた。

 ここで今回西条が採用した戦法は、月に行く際のロケット発射基地攻防戦で小竜姫達が取った戦法の改良バージョンである。
 平行未来ではヒャクメの霊力が無くなったため、おキヌが彼女より心眼を借りて作戦参加したが、この世界では横島達によってヒャクメも無事であるためおキヌの参加は見合わせられた。
 防御に関しては、唐巣の神聖力とピートの魔力(本人としてはやや不本意だが)による複合シールドであるが、唐巣もピートも念法修行によって平行未来とは防御に廻す事ができる霊力が多少上がっているため、何とか同レベルのシールド展開を可能にしている。
 それ故に、平行未来での戦法より完成度は高くなっているのだ。
 何より、攻撃用の人員が4人であり、その威力は段違いなのだから。

 だが、パピリオも1対多数の戦いを想定して対応策を取っていた。
 彼女の一見ワンピースにしか見えない服は、実は横島や雪之丞達が装備している竜神族の甲冑と同じ防御装備なのだ。
 それにはアシュタロスの魔力が込められており、今の雪之丞や九能市レベルの攻撃であっても防御を崩す事ができないほど強力なシールドを形成している。
 したがって、先程の雪之丞の渾身のキックでも、畳の上で受け身を取りながら投げ飛ばされた程度のダメージしか受けていなかった。

「く…くっそー!! 二発もぶん殴った上に、集中砲撃までやってくれまちたねええっ!?」

 殆どノーダメージ(多少痛い程度)で、むくりと起きあがるパピリオ。
 その表情は怒りで一杯だ。

「うーむ……、あの攻撃でもやっぱ効いてねえっ!」

「……ま、あんなもんじゃないでしょうか」

「驚異的な打たれ強さでござる!」

 一見幼女にしか見えないパピリオが、あれだけの攻撃を受けて尚、無傷で起きあがってくる姿はまさに驚異である。
 呆れたような雪之丞、九能市の口調と、眼を見開いて驚きの声を上げるシロの姿に全ては凝縮されている。
 さすがにアシュタロスが、僅か3鬼で人間界侵攻を任せるだけの事はある。
 それが西条以下全員の感想だった。

「大丈夫! 一撃ごとのパワーは小さくても、包囲して波状攻撃を繰り返せばダメージを重ねられる! 回転を上げて音を上げるまで繰り返すんだ!」

「わかってるって! 確かにそうでもしなけりゃ倒せないみてーだからな」






 西条の指揮の基、雪之丞、九能市、シロはパピリオを包囲して戦闘を再開した。
 それは常に誰か1人が、パピリオの背後を取るべく遷移しながら包囲を崩さないように戦う、というパターンを基本にしている。

「ちっ! まずは私の前にいる魔族みたいな奴をぶっ飛ばしてやりまちゅ! 潰れろっ!!」

 頭に血を上らせたパピリオは、正面に立ち塞がった雪之丞目掛けて、一気に床を蹴って肉迫しつつ魔力を集約した拳をすさまじいスピードで振るう。
 それは本来であれば、雪之丞ですらきちんと視る事ができないほどの速さで、最高のタイミングと間合いで放たれた拳だった。
 だが雪之丞は、その動きをまるで読んでいるかのように綺麗に躱してみせる。

「クッ!? 何で当たらないんでちゅか?」

 躱されたことに驚きながらも、第二第三の拳を繰り出すパピリオ。
 そのどれもが必殺の威力を秘めた一撃だ。
 だが、その全てを雪之丞はある程度の余裕を持って躱し続ける。

『成る程……。確かに横島や小竜姫が言ったとおりだな。こいつの攻撃、威力は凄まじいし速いけど、いつどこに攻撃を仕掛けるかすぐに分かっちまう……』

 流れるような動きで攻撃を躱す雪之丞は、パピリオの拳を最早見切っていた。
 確かにパピリオの攻撃は、威力、スピード共に申し分無い。
 だが、攻撃に入る際の動作が素直すぎるため、雪之丞や九能市のように日々修行を積んできた者であれば、何度か手を合わしさえすれば容易に動きを予測できるのだ。
 それは、筋肉の動きであり、パピリオの眼の動き等に顕著に現れている。

『よっと、次は右正拳っと!』

 そして、雪之丞にはパピリオを攻撃しようと言う意図はない。
 今の彼は囮であり、本命は既に真後ろに遷移した九能市なのだ。

「このっ! いい加減に当たるでちゅ! …はっ!?」

 視野狭窄を起こして雪之丞に殴りかかっていたパピリオだったが、いきなり背筋に悪寒が走り本能的に後ろを振り返った。
 視線の先には、変化させた右手より伸ばした剣のような爪を、今正に繰り出そうとしている九能市の姿があった。

 シャッ!!

 霊力が集束された貫手を、床に倒れ込んで辛うじて躱したパピリオ。
 攻撃を躱された九能市は、即座に後方へと跳躍しパピリオからの反撃を警戒する。
 だが、パピリオが安心するのはまだ早かった。
 床を転がった先には、姿勢を低くして構えているシロがいたのだ。

「せいっ!!」

 1500マイトほどの威力を誇る霊波刀が振り下ろされ、躱す事ができないと判断したパピリオは腕をクロスさせてその一撃を防ぐ。
 攻撃を仕掛けたシロは、防御を斬り崩せないと判断すると即座に後退する。
 小生意気な人狼に反撃しようと追いかけようとしたパピリオは、背中に強烈な一撃を喰らい顔から床にダイブした。
 背中を襲った一撃は強力で、魔力シールドは突き破られなかったが、一瞬衝撃で呼吸が止まるほどのダメージを受けたのだ。
 攻撃を仕掛けた雪之丞は、全霊力を注ぎ込んで突き入れた霊波ブレードを即座に五鈷杵へと引き戻し、再び攻撃を躱す体制に入っている。

「けほッ……。い、今のはなんでちゅか?」

「余所見をしている暇は無いですわよ!」

「ぐうっ!?」

 立ち上がって不用意に後ろを向いたパピリオに、今度は九能市が放った最強レベルの霊波弾が右横から直撃した。
 さらに追い討ちをかけるように、稲妻のように霊力を纏った鞭の先が、超音速で叩き付けられる。
 九能市のダブル攻撃を受け、再び膝を突くパピリオ。

 既にパピリオは、完全に西条の作戦に絡め取られている。
 パピリオが前衛の誰かに攻撃を掛ければ、それに相対した者は攻撃を止めひたすら回避に努める。
 そしてパピリオが、その囮に意識を集中している間に残り2人の誰かが後方に回り込み、もう1人が側面に遷移し波状攻撃を掛けるのだ。
 それをひたすら繰り返すこの戦法は、ヒットアンドアウェイによる連続攻撃の変形に過ぎない。
 だが、一度包囲網に落ちたパピリオにとっては、抜け出す事が困難なアリ地獄のようなものだった。
 パピリオ本体には怪我1つ無いのだが、雪之丞達の攻撃はジワジワと彼女の身体にダメージを蓄積させていくのだから。

「そーれ!その調子でチクチク攻撃を重ねるんだ! 我々の正義を見せつけてやりたまえ!」

「セコくて趣味じゃねーけど、攻撃が効かないんじゃ仕方がねーな」

「勝つためでござる!」

「……このいやらしい戦い方が、お前等の正義でちゅかっ! やっぱり人間嫌いーっ!!」

 その後もひたすら繰り返される、包囲からの一撃離脱戦法はパピリオを根負けさせ音を上げさせる事に成功する。
 こうして15分程の戦闘を経て、パピリオは荒い息を吐き、もう身体を思うように動かせないほどダメージが蓄積し疲弊しきっていた。

「な……なんで!? こ、こいつら…私にトドメをさす事もできないのに――――なんで…こんなになるの!?」

 相変わらずその身体には傷らしい傷はないのだが、ボロボロになったという形容がピッタリな姿となったパピリオが呻く。
 彼女としては全く納得できなかった。
 アシュタロスによって与えられた防具は、自分の身体を完全にガードしている。
 にもかかわらず、自分は疲れ切って戦闘継続が不可能な状態にまで追いつめられているのだ。

「へっ! それが未だに理解できないのが、おめーの敗因さ!」

「完全に連係が取れている数の暴力を甘く見ましたわね」

「いい加減、降参するでござるよ!」

 五鈷杵を持った雪之丞、鞭を手にした九能市、霊波刀を出したシロが包囲をしたまま、口でもパピリオを精神的に追いつめる。
 さらに仕上げとばかりに、霊力を練り上げた集束霊波砲の集中攻撃を掛ける3人。

「わ〜〜っ!」

 これまた身体には傷一つ付いていないが、多大なダメージを負うパピリオ。
 すでに立ち上がる気力もない。

「な……なんで?」

「そこが人間の恐ろしいところでな!! しかしもー大丈夫!! ここらで一発、楽にしてやるぞ!!」

「な!?」

 倒れ伏すパピリオの前に、黒ずくめの大男がズイッと立ち塞がる。
 顔だけ上げて目の前の敵を見たパピリオの顔が、なぜか恐怖に引きつった。
 大男、ドクター・カオスは不気味な薬液を入れた、もの凄く巨大な注射器を持ち不気味な笑いを張り付かせていたのだ。
 元々はチョウであるパピリオは、その姿と雰囲気に本能的な恐怖を感じたのだろう。
 何とか逃げようと後ずさるが、そのスピードはナメクジのようにのろかった。

「逃がしはせん。コンチューサイシューッ!!」

 ぶすうっ

「あ゛〜〜〜ッ!!」

 人間が相手であれば、確実に猟奇殺人だと言われるシーンが展開され、巨大注射器を刺され謎の薬液を注入されたパピリオは悲鳴と共にチョウの姿へと戻ってしまう。
 どうやら麻酔薬だったらしく、へタッとそのまま床に落ちているパピリオ(チョウ形態)。

「魔力だけを見たらどうにも勝てそうになかったが……、予想以上に上手くいったな!」

「ああ、いかに外側は強固で傷つかなくても、あれだけ衝撃を受け続ければ内部にダメージが重なっていく事に、最後まで気が付かなかったな」

「これまで、ほとんどパワーだけで押し切っていたんでしょうね」

 安堵の溜息を吐く西条に、実際に戦っていた雪之丞と九能市が同意しながらパピリオの敗因を述べる。
 そう、パピリオは確かに雪之丞達の攻撃を、アシュタロスに与えられたアイテムで完全に防いだ。
 その証拠に、身体には殆ど傷はない。
 だが雪之上の言うとおり、彼等の攻撃は身体内部にダメージを蓄積させる技法を使っていた。
 そのため、パピリオは攻撃を防いでいると思っている裡に、身体内部にダメージを受けてしまったのだ。

「……殺したんですか?」

「バカな! ここからが面白いんじゃよ、ここからが!!」

 ピートの問いかけに、クククッ、と笑いながら答えるドクター・カオス。
 その様子は、マッドサイエンティストと呼ぶに相応しい。

「ちょっと! 横島さんが必要以上に痛めつけないで、って言った事を忘れたんですかー?」

「忘れとりゃせんよ! 横島の小僧に言われておらなんだら、今頃とっくに解剖しとるわい!」

 横島の意を受けているヒャクメが慌てて言うが、カオスはさらりと受け流す。
 この辺は、さすがに大物と言ったところだろう。

 シュンッ!

「助かったぜ、ジーク! でも、制限時間ギリギリだったな」

「ええ、でも横島さんが勧めたこの方法は、パワーの割に私の魔力消費が少なくて済みますね」

「ありがとうございました、ワルキューレさん。でも、あのパワーは凄かったですわ」

「いや、こちらも久々に人界でこれだけのパワーを出す事ができた。今度、もし任務で必要な時は協力を頼むかもしれん」

 捕獲されたパピリオを尻目に、雪之丞と九能市は攻撃態勢を解き、さらに憑霊させていたジークとワルキューレを分離させていた。
 というよりも、横島から貰った文珠の効力が切れただけだったが……。
 そして、今回採用した戦法の有効性を4人は改めて確認していたのだ。

「さて、取り敢えず第一の障害は排除した。先に進むか」

「そうだな。だが……」

 この場での任務が終わった事を理解している雪之丞がそう声を掛けると、同意しながらもワルキューレが苦笑しながら残ったメンバー達を指差す。
 その態度に、九能市やジークも訝しげな表情で顔を向けた。
 そこには、捕獲したチョウ形態のパピリオを嬉々として摘み上げ、虫かごへと放り込むドクター・カオスの姿が……。

「やれやれ、ドクターはお楽しみの最中か。 おーい、急いだ方がいいぜ!!」

「そうだね。………でも、この扉をどうするかだな」

「さすがに開けるのは、力ずくというわけにはいかんのう……」

「攻撃・しても・ビクとも・しません」

 西条達の方に顔を向けた雪之丞は、声を掛けて全員に次の行動を思い出させた。
 その言葉に、呆れたような表情で眺めていた一同が、ハッと我に返る。
 だが、美神とエミの後を追う事を思いだしたものの、一行は目の前に立ち塞がる巨大な扉を前に途方に暮れる事となった………。 
 取り敢えず、この場で最も有効そうなマリアの機銃やエルボーバズーガ等の火器でも、表面に多少の傷が付く程度なのだから。
 このホールに残された彼等には、待つ事ぐらいしか選択肢がなかった。






「この……壁一杯に並んでいるモノは何かしら?」

「何だか……タマゴみたいなワケ?」

 地上十数階建てのビルほども高さのある両側の壁を見上げて、敵地で仲間と切り離された状況に関わらず妙に落ち着いている美神。
 何とか美神に付いて来たエミも、楕円形の窓のような所に近付き中身を見た感想を述べている。
 そんな2人を見ながら、ベスパは呆れたような視線を送っていた。

『美神っていうのは神経が図太いって言うか……怖いモノ知らずだね。それに……もう1人の女はどうやってここまで付いて来たんだ?』

 そう、自分は確かに美神1人を連れてきたはず。
 上手いタイミングで飛び込んで来たのだろうか?

「別に教えてやる必要もないんだが、これは『宇宙のタマゴ』さ。簡単に言えば、このタマゴは新しい宇宙の雛形だよ」

 忌々しそうな表情で説明するベスパだったが、その内容にえっという表情をする美神とエミ。

「新しい宇宙って――――これ…全部そうなワケ?」

「こんなに作ってどーする気!? 何のためにこんな……?」

 数百はあると思われる宇宙のタマゴを見回し、怪訝な表情を浮かべる2人。
 その頭の中では、奇しくも同じ事が浮かんでいた。

『貴重なエネルギーをこんな事に注ぎ込むなんて……。私達、アシュタロスは魔族が世界を支配するために事件を起こしたと思っていたけど、奴の目的はひょっとして何か別にあるの……?』

「それより、小笠原エミだったか……? とにかくお前は外に出ろ! 美神令子を連れて来いというアシュ様の命令だ!!」

「まった!! そーはいかないわ!!」

「ちょ、ちょっと待つワケ!」

「そっちの頼みをきいてわざわざ来てやったのよ! それとも……人間が1人増えたら怖いのかしら?」

「……なに!」

 女性であるエミの腕を掴みグッと引っ張ったベスパに対して、同期合体の切り札たるエミを引き離されたくない美神も対抗上もう片方の腕を掴む。
 もしベスパがこのまま力を入れれば、人間であるエミの身体を引き裂くのは容易いだろう。
 美神の挑発に乗りかけたベスパの腕に、ギリッと力が込められ掛けたその時……。
 突然ベスパは背後に背筋が凍るような殺気を感じて、エミの腕を放し振り返る。

「い…今のは一体? 一瞬だが恐ろしい殺気を感じた……」

 自分が感知できない敵がいる、と感じたベスパがキョロキョロとしていると、突如天井から声が聞こえてきた。

『かまわんよ、ベスパ』

「アシュ様……!」

『彼等の言い分はもっともだ。私を倒すために何か準備をしてきたようだしね。それに……隠れている人間、君も姿を現したらどうかね?』

「えっ!?」

 アシュタロスの言葉が終わると、いきなりベスパが先程見ていた辺りの空間が歪み、自然体の横島が姿を現す。
 その全く力んでいない姿を見て、ベスパは驚きの声を密かに上げていた。
 自分は先程殺気を感じ、その辺りをスキャンしたのだが全く分からなかったのだ。

「さすがはアシュタロス。俺の穏行を見破ったか……」

『君がヨコシマ君だね? なに、先程もう1人の女性がここに現れた時の状況が、いささか不自然だったからね。真面目にスキャンさせてもらったよ』

「まあ、アンタ相手に騙し通せるとは思っていないさ。それより、俺も招待してもらえるのか?」

『フフフ……。人間の身で何をするのか私も興味があるし、君の事はそれを抜かしても格別の興味を持っていたからね。ベスパ、全員を連れてきたまえ。私の専用通路を使うといい』

 アシュタロスの言葉と共に、いきなり4人の目の前に姿見が出現した。
 どうやら空間ゲートらしい。

「よし……入れ!」

 ベスパは、自分を謀りここまで侵入した横島に憎悪の視線を向けていたが、やがてそこに入るように告げた。

『ヨコシマ、タダオ……。姉さんが消滅する原因を作った男! 必ず一矢報いてやる!』

 姿見型のゲートへと入ろうとしている横島の背中を、ギンッと睨み付けながらベスパはその後に続く。
 彼女の脳裏に、姉妹3人が揃っていた頃の光景が浮かんでは消えていった。






 ヴゥン!

 鏡を抜けた場所は……文字通り王との謁見の間といった感じのホールだった。
 荘厳な石造りの構造が、ここがバベルの塔の内部だと思い出させてくれる。
 そして彼等の正面には階段があり、そこを上がりきった所に佇む人影。

「ア……アシュ…タロス……!!」

 その霊波動を受けた美神は、魂の部分で目の前の存在がアシュタロスである事を感知した。

「ねえ、横島君……。あれがアシュタロスなワケ?」

「ええ、俺も1000年前の平安京で会っただけっスけど、あの姿と霊波動は確かにアシュタロスですね」

 初めてアシュタロスを眼にするエミが、ヒソヒソと横島に尋ねるが、横島の答えは至って普通の口調だった。
 何しろ、横島としては平行未来でのアシュタロスの記憶を持っている。
 さらに、一度はアシュタロスを文珠で『模』しているのだ。
 見間違えようがない。

「アシュ様……! メフィスト――いや、美神令子が参りました」

 横を向いているアシュタロスの影から、ひょこっと姿を現したのは土偶羅である。
 撃沈された逆天号から脱出した彼だったが、平行世界とは異なり横島の前に姿を現したのは初めてだった。
 土偶羅の姿を確認した瞬間、横島の眼がスッと細められ冷たい視線を送り込む。
 それと同時に一瞬ではあるが、土偶羅に対する殺気が横島の身体から立ち昇った。

「横島君……あれは何?」

「多分……あれがルシオラの言っていた土偶羅だと思います」

 横島が漏らした殺気に気が付いたエミが、即座に気配を再び消し去った横島に再び尋ねた。
 その問いに、えらく平坦な声で答える横島。
 一歩前へと踏み出した美神を尻目に、ヒソヒソと続けられるエミと横島の会話を耳に挟んだベスパは、その中に出てきたルシオラという名前に反応する。

『そういえば……ヨコシマは一体いつ姉さんと知り合ったんだ? ルシオラが単独行動を取り、尚かつヨコシマと会う事ができたのは……第一次妙神山攻略戦の時しかないはず。あの時1人で艦の外に出たとはいえ、大破した異空間潜航装置の修理を行っていたんだから、それ程話す時間は無いと思うけど……?』

 可能性で言えば逆天号が中破し、一時潜んだ秘密基地に居る間も可能だが、もし横島が自分達の居場所を知っていれば攻撃を掛けてきたはず。
 そうすれば、彼等は妙神山を失わずに済んだのだから。

『わからない……。どうも土偶羅様が言った事だけじゃないみたいだね。姉さんとヨコシマの間に、一体何があったって言うんだ?』

 ベスパが自分の思考に没頭している間に、アシュタロスは向き直り魔力の一部を解放した。
 大半の魔力を神魔界とのチャンネル遮断に用いていながら、残ったほんの一部を解放しただけでも自分達を圧倒するような濃密な魔力。

「……神は自分の創ったもの全てを愛するというが――――低級魔族として最初に君の魂を作ったのは私だ。よく戻って来てくれた、我が娘よ……! 信じないかもしれないが、愛しているよ」

 言葉と共に階上から吹き降りてくる魔力の霊圧に、咄嗟に両腕を上げて顔を覆ってしまうエミ。
 横島はそうでもなかったが、これ程の霊力を浴びた経験が斉天大聖老師との修行の時しかないエミは、体が竦むのを感じていた。
 思わず美神の事を見るエミだったが、その美神はガクガクと身体を震わせている。
 それは自分とはまた別の反応のように、エミには感じられた。

「奴の霊波動が、美神さんに影響を与えているんだ……。前世の記憶が、封印が解かれるのか?」

「……えっ!?」

 そんな美神の姿を黙って見ていた横島の呟きは、エミにはよく理解できなかった。
 だが、横島は未だに落ち着いていたし、その表情はいつもと変わらない。
 それがエミの心を急速に落ち着かせていく。
 そして、何やら異様な反応を見せている美神へと注意を注いだ。

「ベスパ……」

「な、なんだい?」

 一方、美神に起きている事を理解している横島は、美神の事を放置して後ろへと振り返り、何気ない口調で後ろに立つベスパに声を掛ける。
 ベスパとしては、この状況で横島から声を掛けられるとは思っていなかったので、少しだけ狼狽したのを無理矢理心の底へと押し込む。

「お前はもう、アシュタロスの本当の目的を聞いたのか?」

「なにッ!? アシュ様の本当の目的?」

「いや……知らないのなら良い。さて、美神さんの反応次第では戦闘開始だ。悪いが、今度は手加減しねーぞ」

「何を当たり前の事を……これはっ!?」

 未だ上の階に立っているアシュタロスの見詰めながら、横島は既に霊力を練り上げ神魔共鳴に入っていた。
 自分が気が付かない裡に、瞬時に霊力を20倍ほどに上げてしまった目の前の男に、ベスパは微かな恐怖を感じてしまう。
 この力は、前回戦った時よりも遙かに大きい。
 そして、その身体から発せられる霊波動の中に、記憶にある懐かしい姉のモノを感じ眼を見開いた。

「ヨコシマ……お前は、何者だ!?」

「今に分かるさ。それと、これだけは教えておく。ルシオラは消えていない。生きている」

「……えっ!?」

 それだけを告げると、既にハイパーモードになった横島は、ポケットから何かを取り出す。
 それは、角の欠片のようなモノと、一匹の蛍。

「さあ、行こうか小竜姫、ルシオラ!」

「わかりました、横島さん!」

「ええ、いよいよ直接対決ね!」

「ね、姉さんっ!?」 

 横島の声と共に、角は小竜姫の、蛍はルシオラの姿へと変わった。
 消えたはずの姉の姿を目の当たりにしたベスパは、混乱しながら思わず呼びかけてしまった。

「何だとっ!?」

「…っ! ざけんなクソ親父――ッ!!」

 ドギャッ!!

 いきなり登場した小竜姫とルシオラの姿に驚いたアシュタロスの霊圧が、僅かに揺らいだその瞬間。
 近寄っていたアシュタロスに、渾身のヘッドバットを喰らわす美神。
 美神の前世の記憶を聞かされ、思わず傍観していたエミも我へと帰る。
 戦いのゴングは高らかに鳴らされたのだった。



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