フェダーイン・横島

作:NK

第109話




 ドゴオォォォオン!!

「ちっ! やっぱり少ししか削れてねーぜ」

「予想以上に分厚いし、頑丈ですわね……」

「うーむ、ライフルや拳銃では論外だし、爆薬を使ってもこの程度とは……」

「やはり、この扉を無理矢理破壊する事は無理みたいですね」

 横島達を送り出し、パピリオをどうにか拿捕する事に成功した西条達は、目の前に立ち塞がる岩の扉を何とかしようと悪戦苦闘していた。
 まずはワルキューレとジークが魔界正規軍の拳銃とライフルで攻撃をかけたが、多少表面を削り被弾痕を残しただけだった。
 それでは、と破壊工作用の爆弾まで持ち出したのだが、結果は前述の通りである。

「くーん……。先生の所に加勢には行けないでござるか?」

「我々の装備では、この扉はどうにもならないな。悔しいが、横島君達や令子ちゃんが戻るのを待つしかない……。むっ!?」

 西条は処置無しと肩をすくめたが、懐に入れた文珠が光り輝いたのに気が付いて、潜入した彼等が戻ってくるのだと気が付いた。

「どうしたのでござるか、西条殿?」

「どうやら、小僧達が帰ってくるようだの。だが、バベルの塔がアシュタロスの精神エネルギーで創られたものならば、どうやら仕留め損なったようじゃの」

「しかし、負けたのなら素直に戻ってこられるとは思えないんじゃがノー」

 何となくみんなに無視されたタイガーの言葉が終わると同時に、光と共に5人の人影が彼等の前に現れた。
 補足すると、西条達はタイガーを意図的に無視したわけではない。
 単に、横島達が現れるとわかったので、全員が意識をそちらに集中しただけである。
 まあ、無視された事に変わりはないので、何となく寂しそうな表情のタイガーではあったが……。

「横島さん! 無事でしたか!」

「無事戻ったよ、みんな。ところで時間がないんだ。パピリオはどうした?」

「ふははははっ! チョウチョウ娘ならここじゃ!! よーく眠ってもはや身動きはできん!!」

「ね……眠ってるの!? パピリオ! なに呑気に寝てるのよ!!」

 嬉しそうに駆け寄ってくるピートに手を上げて応える横島だったが、事態は一刻を争うため直ぐにパピリオがどうなっているか尋ねる。
 するとズイッとみんなをかき分け、愉快そうに、且つ自慢そうに虫かごを見せるカオス。
 一瞬呆れた表情になったルシオラだが、慌ててカオスの手から虫かごを引ったくり怒鳴りつける。
 無論、そんなことでパピリオが起きるはずもないのだが……。

「一体どうしたんだ、横島君? アシュタロスは倒したのか?」

「いえ、もう少しと言うところまで追い込んだんですが、奴め、情勢が不利となるや核ミサイルを発射したんです。それで、残念ですがミサイルを処理するために戻って来ました。今頃は悠々と逃げているかもしれません」

「核ミサイルを何とかしないと、アシュタロスに勝っても人界が壊滅してしまいますから」

 横島と小竜姫が、状況を尋ねる西条やワルキューレ達に説明している間に、ルシオラは虫かごの中でチョウの姿に戻った末妹に霊波を流し込み強制覚醒を行っていた。
 状況に乗り遅れた雪之丞達弟子組は、大人しく事態の推移を見守っている。

 ヴンッ!!

「パピリオ! パピリオ!?」

「ん〜〜〜、むにゃむにゃ。なに〜〜〜? ルシオラちゃん、生きてたの〜〜?」

「ええ、私は生きてるわ! それより……ミサイルを呼び戻しなさい!! ア…アシュ様の命令よ!!」

「え〜〜〜アシュ様〜〜?」

 ルシオラが流し込んだ霊波によって、再び人間形態へと戻ったパピリオだが、カオスの注射した麻酔薬は強力でかなり寝ぼけていた。
 それでも、長姉の声を聞いて嬉しそうにルシオラの名を呼んできたのを聞き、微かに顔を俯かせるルシオラ。
 だが、今は一刻の猶予も無い。
 目を瞑ったままカクンカクンと揺すられるがままだった頭が、アシュタロスの名を聞いてしっかりと止まり半眼が開かれた。

「わかったでちゅ〜〜。むにゃむにゃ、ミサイルをこっちに向ければいいんでちゅね〜?」

「えっ?」

 そこまで言うと、力尽きたように眼を閉じ再び眠りにつくパピリオ。
 妹の言った事を理解したルシオラは、少しだけ呆然とした表情を見せたが、即座に横島へと視線を向ける。

「ごめん……ヨコシマ」

「まあ、しょーがねえな」

『まあ、これでアシュタロスの南極本部を壊滅させるから良いか……』

 済まなそうに謝ってくるルシオラに、仕方がないと慰めの言葉を掛ける横島だが、内心では満足していた。
 尤も、それを表に出すような彼ではないのだが……。

「なあ……こっちに来るっていうことは…………」

「それはつまり…………」

「はわっ! せ、先生! に、逃げるでござるよ!!」

 漸く話しに加われた雪之丞達だったが、シロの一声がそこにいる全員を正気へと戻し、為すべき事を理解させた。

「そうだ! みんな、逃げるんだ! 少しでもこの場所から離れ……」

 西条が指揮官らしくそう叫んだが、途中で声が尻すぼみになる。
 彼の視線の先には、既に全力で走っている美神とエミの後ろ姿があった。

「れ、令子ちゃん……」

「それっ! 美神さん達に続け!!」

 横島の声に、一斉に走り出す面々。
 横島はパピリオを背負いながら、それでも他の仲間と同じようなスピードで走る。
 彼等が数百m程離れた時、空から無数のミサイルが飛翔し、空いたままになっている異空間へと侵入しバベルの塔へと降りそそぐ。
 タイミングを合わせたように、ミサイルが飛び込むと同時に閉じる異空間。
 これは、残してきた文珠の力である。

「空間は閉じたけど、衝撃波は漏れてくるはずよ!! みんな、伏せて!!」

「ひ――っ!!」

 だが、衝撃波が漏れてくると言う事は、放射能も当然漏れてくると言う事である。
 伏せただけでは、全員放射線障害を受ける事は明らかだった。

「くっ! 文珠、全員を転位させろっ!!」

 横島は、最大霊力で創った文珠ストックの最後の一個を使い、全員を「しばれる」へと転位させる。
 と、同時に、強烈な衝撃波と放射能が周囲を襲った。
 それは、核爆発によってバベルの塔が完全に破壊された証。
 だが既にこの地に生あるモノは何一つ存在せず、雪に覆われた大地がこれまでと何ら変わりなく荒涼とした姿を見せるだけだった。






「……みんな、よくやってくれたわ。ご苦労様」

「よかった、ママ……! 回復が早くて安心したわ」

 南極の戦いから1週間後、既にカレンダーは6月になっている。
 実際、既に南極は冬へと向かい天候は日増しに荒れ始めており、早く出航したがる船長を宥め賺して待って貰い漸く戻って来たのだった。
 帰国後、一旦自宅へと帰った美神は、西条と共に母親の見舞いへとやって来ていた。
 留守を預かっていた魔鈴は既に店を開けるべく戻っており、病室にはおキヌが付き添っていたのだが今は席を外している。

「しかし……問題はまだ解決していません。眷族であった土偶羅は破壊、パピリオは捕まえましたが、横島君の話ではアシュタロスはまだ生きています。奴は必ず、令子ちゃんの魂に融合している『魂の結晶』を奪いに再び現れるでしょう」

「…………そうね」

「ま、心配してもしょーがないから、いーじゃん! それより、横島君達はどこいったのかしら?」

 横島達は砕氷船でオーストラリアのシドニーまで一緒だったのだが、そこから飛行機に乗らず空間転位で小竜姫、ルシオラと共に姿を消していたのだ。
 その際、捉えたパピリオを連れて行ったのは言うまでもない。
 ついでというか、ワルキューレも一緒に付いて行ったため、一緒に戻ったの神魔族はヒャクメとジークのみである。

「さあ…? まあ、いくら強引に連れ出したといっても、あの娘にとって人間はまだ敵だからね」

「そうね。彼女にしてみれば、騙されて敵に加勢した上に捕虜にされたのよ。復讐を考えてもおかしくないんだから、そのままにしてはおけないわ」

 置いて行かれたというか、行き先を告げずに消えられた事に少し腹を立てている美神。
 そんな美神を、西条と母親が諭すように理由を説明し、宥める。
 横島の恋人の1人たるルシオラにとって、パピリオは可愛い妹なのだ。
 その妹を何とか説得し、人間に対する敵対行為を止めさせようとする事は当たり前である。

「あーあ、さっさと元の状態に戻って欲しいわ。そうすれば、悪霊や妖怪をシバいて、お金をがっぽがっぽ稼げるっていうのに……」

「何言っているの。本当なら念のために、アシュタロスの霊波が消滅するまでは、貴女をどこかに隔離した方がいいのよ。仕事をするなんてもってのほかです!!」

「金…………仕事…………あああっ。妖怪しばきたいっ!!」

 軽い発作を起こした美神の事を、生暖かい眼差しで見詰める西条と美智恵。
 西条も、以前もっと酷い状態に美神が陥ったのを見ているため、この程度なら慣れたようだ。

「でも……逃げたアシュタロスの動向が気になるわね。魔王ともあろう者が、そうも簡単に撤退するなんて……」

「ええ、それに奴に残された時間はもう殆どありません。冥界チャンネルの遮断も、後2ヶ月は保たないでしょう」

 だが、どれだけ心配してもアシュタロスの行方は検討もつかない。
 ヒャクメでさえ見る事ができない以上、人類側に探査する方法はなかった。






 一方、シドニーで別れた横島達は、横島の事務所があるアパートではなく、都庁地下ほどではないが同じような地下施設にいた。
 まあ、強いて言えば特撮モノに登場する悪の秘密基地といった雰囲気なのだが……。
 彼等が佇む直径30m程の半ドーム状の殺風景な部屋の中央には、ふて腐れた表情のパピリオが座らされていた。
 よく見れば、彼女が座っている床には魔法陣が描かれており、どうやら魔力を吸収してしまう力を持っているらしい。
 この部屋は、対魔族用の拘禁用装甲室である。
 周囲の壁は分厚い特殊複合装甲を用いており、例えベスパのフルパワーでも破壊する事はできない。
 ましてや、魔力を弱められた今のパピリオでは、どう頑張っても脱出は不可能だった。

「そろそろ機嫌を直してくれないか、パピリオ?」

「ふんっ! 私はルシオラちゃんとは違いまちゅ!! 元々アシュ様を裏切る気なんてなかったし――人間なんかと馴れ合う気も無いでちゅよ……!!」

 心底困ったという表情で言ってみた横島だったが、返ってきたのはふて腐れたパピリオの声だった。
 砕氷船の上で横島とルシオラによって投与されたワクチン・プログラムにより、既にパピリオの霊体ゲノムに仕込まれた監視ウイルスと自己消滅プログラムは無効化されている。
 だがそれだけではパピリオを助けた事にはならない。
 さらに、人界で使う事ができるパワーを落とし、総霊力を若干上げるという処置を施さなければ、彼女達の1年間という限られた寿命を延ばす事はできないのだ。
 さすがにこの処置は、ルシオラと違い横島とリンクしていないパピリオでは、丸一日ほど掛かる作業だった。
 処置は是非自分にやらせて欲しい、と申し出たルシオラによって行われ、小竜姫が助手として付き添った。
 横島は2人を信じて、ただ待っている事しかできなかったが、平行未来の記憶があるためそれ程不安を感じはしなかった。

 そして今朝、漸く眼を覚ましたと思ったら暴れ出そうとしたパピリオを取り押さえ、この部屋へと引っ張って来て落ち着かせ、姉のルシオラが彼女と横島の関係や、自分が生きていた理由(横島によって助けられたと説明)、さらにはアシュタロスの真の願いというか目的に関して一通りの話しを聞かせた。
 まあ、さすがに平行未来での記憶の事は話していなかったが……。
 尤も彼女は、この妙神山修業場跡地に来る前から今朝まで文珠によって眠らされていたため、自分にどのような処置が施されたのかは知らない。
 元々、パピリオはこういう技術的な事にあまり興味が無く、ルシオラと違って専門知識もない。
 しかし、姉が生きていた事は嬉しかったモノの、ルシオラが敵の、あろう事か人間の男に惚れて創造主を裏切りこの場所にいると聞かされ、複雑な思いを抱かざるを得なかったのだ。

 さらに結果だけを見れば、眠らされて知らないうちに創造主への裏切り行為の片棒を担がされたのだから、不本意極まりない。
 したがって、ルシオラの語る事の内容にではなく、感情的な物で姉達を拒絶しているのだ。
 半日をかけて妹の説得を行ったルシオラだったが、今のところその苦労は報われていなかった。
 そこで、このままでは進展が無さそうなため、横島や小竜姫も参加する事にしたのだった。
 だが、敵は手強く状況は膠着したままである。

「パピリオ……。どうしてもわかってはくれないの?」

「大体、私はどこに連れてこられたんでちゅか? それぐらいは教えて貰いたいでちゅ」

「ああ、そういえば言っていいませんでしたね。ここは、貴女も良く知っている場所ですよ。妙神山修業場があった場所の地下に造られた秘密基地です」

 悲しそうに尋ねたルシオラに対し、相変わらずふて腐れ、眼を合わせようとしないパピリオ。
 そんなパピリオの質問に、これまで少し後ろに立ち黙っていた小竜姫が答えた。
 そう、ここは妙神山の地下に造られた施設なのだ。
 正確には、元々地下に設置されている霊力増幅装置の改造を行うついでに、いろいろと拡張工事を行い、いくつかの部屋を付け足したシロモノである。
 この装甲隔離室は爆発物の処理や、暴れる恐れがあったり、最悪自爆する可能性のある捕虜を入れる部屋だった。

「成る程……。土偶羅様は断末魔砲で吹き飛ばしたって言ってたけど、それは地上部だけだったんでちゅね?」

「ええ、そうよ。あの時、何とか断末魔砲の威力を削いで、被害を地上部分だけに止めたの」

「何もかも、事前に準備してたってわけでちゅね?」

「まあな。アシュタロスは今回の作戦のために500年以上かけて準備してきたけど、俺達はたったの2年間だ。ここまでが精一杯だったんだよ」

 妙神山修業場を守りきれなかった事を後悔しながら、パピリオの問いかけに答える横島。
 横島の身体から立ち上る怒りの波動を感じ、僅かにパピリオが怯えたような表情を見せる。

「あっ、悪かったな。ちょっと感情が漏れちまったみたいだ……」

 バツが悪そうに頭を掻く横島。
 その瞬間、横島が纏う雰囲気は、いつものように少し軽めで明るいものへと戻っていた。
 そんな姿に、パピリオはどちらが本当の横島の姿なのか分からなくなり、戸惑ったような表情に変わる。
 目の前の男は、長姉であるルシオラが好きになった相手であり、頼もしく陽気な人間のように感じられた。
 だが、時折見せる真剣さや凄味もまた、横島の持つ側面なのだ。
 そして横島は、ルシオラに代わって本格的に自分がパピリオを説得する決意を固め、2人にアイコンタクトして義妹の前に歩み寄った。

「ところでパピリオ……。この前戻してやったカメは元気か?」

「はあっ? カ、カメでちゅか?」

「ああ、キャメランとかいう造魔にしてたカメだよ。お前のペットなんだろ? 今でも元気にしてるのか? お前をこっちに連れて来ちゃったから、餌やる人がいないんじゃないか? 今はどこにいるんだ?」

「あ……、ああ、ペット達でちゅか。ペット達は元々逆天号の中で飼ってたから、逆天号が修理のために小さくなった時に大部分は逃がしまちたよ」

 屈み込み蹲ったパピリオに視線を合わせてきた横島の質問に、えっという表情を見せ言葉に詰まる。
 話がいきなり飛んだために、思考が付いて来られなかったのだ。
 だが、直ぐにフ○テレビで戦った際に、元に戻したカメを返して貰った事を思い出した。

「へえ……。じゃあパピリオは、あのカメ以外にもペットを飼ってたのか?」

「そうでちゅ。カメの他に魔界から連れてきたケルベロスとか、いろいろな魔獣も飼ってまちたよ」

 いきなり話の内容が変わった事に作為的なモノを感じはしたが、自分としても楽しい話題だったためそれまでの不機嫌さを一時棚上げして会話するパピリオ。
 横島はふーんと言う顔をしていたが、その雰囲気からは先程自分を怯えさせた何かは感じられない。

「ケルベロスを始めとする魔獣達か……。なあ、パピリオ。その連中って魔界に戻したワケじゃないよな? ひょっとして人間界に放したのか?」

「そうでちゅ。だってアシュ様が妨害霊波を出して、魔界とのチャンネルを遮断してまちゅから」

「そ……そうか」

 横島はヤレヤレといった表情で小竜姫にアイコンタクトした。
 その意を察して小さく頷く小竜姫。
 後で場所を聞いて、人間に被害が出ないよう手を打つ必要があるのだ。

「じゃあ、あのカメは他のペットを逃がした後でも、手元で飼っていたんだな?」

「そうでちゅよ。だってあの大きさなら、あの別荘でも問題なく飼えまちゅからね。アシュ様が目覚めればどうせ飼えないって思ったから、ルシオラちゃんに頼んで造魔にして貰ったんでちゅ」

「そうか、造魔にすれば手元に置いておけるものな」

「そうでちゅ。でも、ヨコシマに元に戻されたんで、別荘から退去する際に近くの雑木林に放してやりまちた」

 先程までの不機嫌さを忘れたように饒舌なパピリオを見て、穏やかな表情で会話を続ける横島。
 パピリオはいつの間にか立ち上がっている事に、自分自身で気が付いていなかった。
 その姿は、平行未来で義妹に接しているのと同じものだと、見守っていた小竜姫とルシオラも心が和むのを感じてしまう。

「なあ、パピリオ。何でそんなにペットを飼うのが好きなんだ? それってアシュタロスの目的には全然関係ないよな?」

「あ…それはそうでちゅけど……。でも私にも心はあるんでちゅ! それに動物は育つじゃないでちゅか。その姿を見るのがとっても好きだったから……」

「成る程なぁ…………。そういえばルシオラから聞いたけど、お前達姉妹って寿命を1年に設定して創られたんだっけ。それに、その姿のまま成長もしないよう固定されてたんだな。だからルシオラの事を終わった胸、なんてからかってたそうじゃないか。ルシオラの奴、怒ってたぞ」

「…………お前の言うとおりでちゅ。でも……そんなにルシオラちゃんは怒ってまちたか?」

「いや…まあ……今では何とも思っていないと思うぞ。ルシオラもスタイル良くなった事だし」

 自分で話を振っておいて何だが、横島は背後で微かに湧き上がる怒気を感じて言葉を濁す。
 その発生源が自分の後ろに立っている、最愛のルシオラであることは百も承知の上だ。

『じ…事実なんだし、今は平行未来でのサイズに戻ったんだから、怒る事はないだろ……』

『ヨコシマ……女の子って愛する人にいつでも綺麗に見られたいものなのよ。でも今の言葉を聞くと、ヨコシマは以前の私の胸が小さいって思ってたのね?』

『そ、そ、そ、そんな事は無いぞ、ルシオラ! それに……俺は元からお前や小竜姫の胸は大好きだったし……』

『クスクス……。そんなに慌てなくても良いわよ、ヨコシマ。ちょっとからかっただけだから』

『……ル、ルシオラ………。あまり俺を苛めないでくれよ。あっ! 後、本体のルシオラにもちゃんとそう言っておいてくれよな!』

 本体の心を代弁するかのような、魂に融合しているルシオラ霊基構造コピーの意識による突っ込みに、内心ダラダラと汗を掻きながら言い訳する。
 恋人の怒りに怯える姿は情けないのだろうが、こう言うところで素直な反応を示す姿は変わっていないのだ。
 それを知りつつ、時折こういう悪戯を仕掛けてくるルシオラに、情けなく溜息を吐いてみせる横島だった。
 しかし、今目の前で向き合い会話しているパピリオに対しては、全くそれを悟られないようにしているのはさすがである。

「パピリオ…………お前、寂しかったんじゃないのか?」

「……っ!? そ、そんなんじゃないでちゅ!!」

 囁くように響いてくる横島の言葉に、見事図星を突かれたパピリオは大きく動揺し、間近にあった横島の胸を照れ隠しにボカボカと小さな拳で殴りつける。
 その光景は、人間同士であれば幼子が親に甘え、拗ねているだけのようにも見え、微笑ましいと言えるかもしれない。
 だが、人界で発揮できるパワーが落とされたとはいえ、パピリオは中級魔族である。
 その拳を連続で受け止める事など、人間では不可能だ。
 見た目がいくら微笑ましくても、パピリオの一発一発は人間を数mぐらい軽く吹き飛ばす威力を持っているのだし……。
 黙ってパピリオの好きなようにさせている横島だが、ハイパーモードにこそなっていないがチャクラを全開にして霊的防御を固めている。
 小竜姫とルシオラも、そんな横島の姿を微かに不安げな表情で見守っていた。
 やがて気が済んだのか、それとも疲れたのか、パピリオは叩くのを止めて腕を下げて再び俯き押し黙ってしまう。

「……じゃあ、寂しくはなかったのか?」

「あ、当たり前でちゅ! わ、私はそんな事……」

 再度の問いかけに答えるパピリオの声は弱々しく、その姿はどこか儚さを感じさせた。
 平行未来での長年の取り調べ経験から、横島はもう少しでパピリオが落ちると確信して最後の一押しを加える。

「飼っているペット達に、1年でこの世からいなくなり、大きくもなれない自分の願いっていうか希望を託したかったんじゃないか?」

「………………」

「別にその事を恥ずかしく思ったり、卑下したりする必要はないんだぞ。何でもいいから自分の生きていた証を残したいって思うのは、人間でもごく普通の行為だからパピリオの考えは普通だと思う。でもな……家族の間で強がる必要なんてないんだ」

「……家族……でちゅか……?」 

「もうパピリオは普通に永き時を生きられるし、ちゃんと成長だってできる。お前が飼っていた動物(?)を羨ましがる必要もないんだ。それに、俺もルシオラも一緒に生きていくんだから、寂しい思いだってすることはないぞ」

 横島は、大人しくなったパピリオの横髪を優しく撫でながら言葉を紡ぐ。
 それは、聞きようによってはまるで口説いているかのようだった。
 パピリオから見れば、この時の横島はまさに暖かく優しげな微笑みを浮かべ、彼女の心の中に染み渡るような言葉を口にしていた。
 横島の醸し出す穏やかな雰囲気に包まれた彼女は、この心地よくいつまでも浸かっていたいと感じさせる誘惑に抗しきれなかった。

「………………本当でちゅか?」

「……んっ?」

「本当に……家族として…………ルシオラちゃんやヨコシマと、一緒に楽しく、普通に暮らしていけるんでちゅか? 私も普通の魔族みたいに、大きく……大人になる事ができるんでちゅか?」

「なれるさ。だってパピリオは既にそのための処置を受けただろ。だから時間は掛かるけど大人になれるし、永い時を生きていける。それに、パピリオはルシオラの妹だろ? だったら、俺にとっても可愛い義妹さ」

「う…………わ…私の――負けでちゅ……!」

 心の隙間に入り込み、柔和な表情と甘言を弄して巧みに誘導していく横島の前に、遂にはガックリと膝を付いて俯き、これまでの事に反省の涙を零すパピリオ。
 そんなパピリオの事を優しく起こし、立たせてやる横島。
 何やら、そのへんの手際は妙に慣れている。

「…………何だかねぇ。平行未来の記憶でわかってはいるけど、ヨコシマってスケコマシの才能充分よね」

「……そうですね。まあ、今回は必要な事ですから大目に見るとしても、私達に最近ああいう台詞や態度を取ってくれないのは、問題だと思いませんかルシオラさん?」

「そうよね、小竜姫さんの言うとおりだわ。今晩、2人でヨコシマをとっちめてやりましょうか……」

 エグエグと啜り泣くパピリオをあやしながら、横島は後ろから聞こえてくる奥さんズの不穏なやり取りを聞いて、器用に外からは見えない部分に冷や汗をかいていた。

『な、なぜなんだ!? ルシオラがパピリオを説得できなかったから、代わりに俺がやったというのに……なぜそういう事になってしまうんだ!?』

『うーん……今回は、ヨコシマは悪くないっていうのはわかっているんだけど……』

『そうですねぇ……。見事にパピリオの心を開かせて、説得しただけなんですけど……』

『『……でも、やっぱり私達以外の女性に、そこまで甘い言葉を囁くのは気分が良くないってことで!』』

『ちょっ、ちょっと待てえぇぇぇっ!! 俺は全然悪くないじゃないかぁぁぁ!!』

『まあまあ、ヨコシマ。女心は複雑なのよ!』

『私達にもああいうふうに接してくれればいいだけですよ、忠夫さん』

 こうしてパピリオを味方に引き入れる事に成功した横島達だったが、頭の中では別の極めて重要な案件を議論(?)していたのだった。
 その夜、いつにも増して1対2の修行が激しく行われた事は、言うまでもない。 
 だが、後にこの日の顛末を聞いた美神達は、横島が極めて危険な人物である事を再認識したとか、しないとか……。






「さて……諸君も知っての通り、アシュタロスは未だ死んではいない。今後の我々の作戦方針を決めなければならん」

 妙神山の地下施設の一室に集まった面々を前に、堅苦しい軍人口調で話し始めるワルキューレ。
 パピリオを味方に引き入れる事に成功したため、今後の方針を話し合うべくメンバーに招集がかけられたのだ。
 当初は横島、小竜姫、ルシオラ、ヒャクメ、ワルキューレ、ジーク、パピリオ、雪之丞、九能市といったメンバーで議論するはずだったのだが、通信鬼でヒャクメ達に連絡を取った際に偶々近くにいた美神とエミに見つかってしまい、シロ共々付いてきてしまったため、かなりの大人数となっていた。
 ちなみに、横島除霊事務所勤務の美衣とケイ親子は、危険を避けるためにあえて自分達の部屋で待機している。

 そして、これまでの調査の結果ということでアシュタロスの目的である「宇宙の創造」と、その手段であるコスモプロセッサに関する報告がジークの手によって行われる。
 一応、横島が『模』の文珠でアシュタロスの記憶や思考を呼んだ結果、判明した事実と言う事にしてあるので、今後美智恵や西条に知られても問題なかった。
 雪之丞、九能市、シロはここで初めてアシュタロスの目的とその手段に関する細かい情報を聞く事になった。
 無論、南極で横島達の秘密の一端を聞いてしまった美神とエミも、こうして詳しい説明を聞くのは初めてだった。
 2人としてもいろいろと聞きたい事があったのだが、さすがにこの場で騒ぐ事はなく大人しくしている。
 やがて、ジークの説明をヒャクメが多少補足し、状況説明は終わった。

「南極の件でアシュ様のエネルギーは、もう底をついているはずよ……!」

「ええ、おそらく2ヶ月以上は冥界チャンネルを遮断し続ける事は無理だと思われます」

「それに、コスモプロセッサ作動に必要な土偶羅ユニットを破壊されたんですから、その代わりができる何かがない限り天地創造は不可能です」

 ここに集った神魔族は、ある程度平行未来での出来事を知らされているため、アシュタロスが直ぐには動けない事は分かっている。
 だが、今後アシュタロスが取るであろう行動に関しては、意見が分かれるのは当然だった。
 ある程度アシュタロスの手の内を知っているルシオラの意見に小竜姫が賛成し、ジークがアシュタロスの苦しい懐事情から分析した意見を述べる。

「俺がアシュタロスだったら、やはり美神さんの魂の結晶を奪うのと平行して、新しい土偶羅というか高速演算ユニットの製造に全力を傾けるな」

「確かに、無限の可能性を考慮して演算を行う上に、あの装置を制御するとなると、相当の能力を持っていないと無理なのねー」

 ジークの意見に追従するように、横島も比較的順当な意見を述べる。
 コスモプロセッサとは何なのか、と言う事を知る者であれば、土偶羅ユニット無しでの作動など考えられないからだ。

「だがよ、アシュタロスのヤツが土偶羅ユニットのスペアを持ってるって可能性はないのか?」

「そうですわね……。これだけの作戦ですから、魂の結晶と宇宙のタマゴ以外は複数揃えている可能性は否定できないのでは?」

 こういう場にしては珍しく、雪之丞と九能市が発現する。
 なかなか2人揃ってのタイミングが良い。
 2人の仲は着実に進行しているのだろう。
 だが、提起された意見は聞くべき価値を持っていた。

「確かに雪之丞の言うとおりだな。それに、完成したユニットはなくても、ある程度まで作りかけたスペアならあるかもしれないし」

「確認したいんだが、もし一から土偶羅ユニットを製造する場合、どのぐらいの時間が必要なのだ? それが我々の猶予の最大値となる筈だ」

 ワルキューレの問いかけで、横島、小竜姫を除くメンバーの視線はルシオラに集中した。
 無論パピリオでも良いのだろうが、ルシオラのスキルを既に知っている一同としては当たり前の反応だった。

「そうねえ……土偶羅様の頭部というか演算・思考回路が無事なら、ボディのレストアは直ぐにできるけど…………最初から造るとなると2週間は掛かると思うわ。ああいう外観だけど、土偶羅様ってかなり高性能なのよ。そう簡単には造れないわ」

「ルシオラちゃんでも造れるんでちゅか?」

「うーん……設計図があれば造れるとは思うわ。でも、そこから始めるとなると、私でも数ヶ月はかかるんじゃないかしら……」

 ルシオラが指を顎に添えて考え込む。
 いかにルシオラとはいえ、土偶羅を造るとなればかなり大変な事なのだ。
 妹の無邪気にも思える視線に対し、思わず苦笑するしかなかった。
 まあ、実際は横島の頭の中に記憶として大まかな設計図があるため、2週間ぐらいでできると計算しているのは内緒である。

「どうやら、アシュタロスの潜伏は最大でも2週間程度と考えた方が良さそうだな。次に、既に手の内を読まれたと気が付いているアシュタロスが、今後どのような策を弄してくるか、だが…………」

「既にエネルギー的にも余裕が無いはずですし、ベスパさんだけでは再度核ミサイルを奪取する事も難しいはずです。そうなると、美神さんに近付き何らかの方法で魂の結晶を奪う以外、アシュタロスが目的を達成する事はできません」

「じゃあ、後2ヶ月間は令子をどっかに隔離しておいて、全戦力でガードすればいいってワケね?」

「そうですね。それが最も順当な方法ですね。そうなると………どこに美神さんを収容するか、ですね」

 全員が小竜姫とエミの意見に大きく頷き、美神以外のメンバーが一斉に考え込み始める。
 なぜなら、その場所こそアシュタロスとの最終決戦の地となるのだから。
 第一の候補は都庁地下の施設だが、あそこは既にアシュタロスのダミーに侵入された過去がある。
 第二候補としては、この妙神山地下施設が挙げられる。
 ここであれば、横島を含めた人界駐留の神魔族の全戦力が結集しているし、霊力増幅器が生きているから相応の防衛体制も取る事が出来る。

「やはりこの地下施設が一番最適じゃないか? アシュタロスにはまだ1人、眷族もいる事だし」

「ベスパちゃんなら、多少の防御装置であれば突破するだけのパワーを持ってまちゅ」

「ええ、ベスパは潜入作戦とかの隠密行動は苦手でも、パワーは強烈だわ。単純な霊力量では横島ぐらいしか上回る存在はいないでしょう」

 ルシオラの言うとおり、彼女の通常人界霊力は3,500マイト程であり、小竜姫に比べ多少時間は掛かるが、念法によって練り上げる時間さえあれば最大攻撃・防御霊力は7,000マイトまで上げられる。
 小竜姫も基本的には人界での霊力は2,500マイトであるが、ルシオラ同様に最大7,500マイトまで上げることが可能だ。
 小竜姫の方が増幅度が高いのは、やはり彼女が神剣の達人であり、神剣を使うことで容易に霊力を練り上げる事ができるためである。
 普通の神族や魔族では、完全に修得しても念法による人界での霊力増強は2倍が限界だが、小竜姫は横島(彼女の霊基構造コピーの意識とも)とリンクしているため、そこまで上げる事を可能にしていた。
 さらに、武芸などを極めていないルシオラが2倍までの増幅を可能にしているのも、小竜姫同様、横島とリンクしているためである。

 とは言っても、全力を出すためにはその前に溜を作り霊力や魔力を練り上げなければならない。
 不意打ちなどを受けて咄嗟に対応するとなると、せいぜい2人とも4,000マイトぐらいまでだろう。
 したがって、不意打ちを食らった場合、ベスパにパワーで押し負けてしまう可能性があるのだ。
 ジークやワルキューレでは無論、パワーという点では話にならない。
 ようするに、ハイパーモード時の横島以外、正面からベスパとぶつかり合える者はいないということになる。 
 だが、ここで後数ヶ月を籠城して耐え抜けば、アシュタロスの負けは確定するのだ。

「まあ、ワルキューレの言うとおりここでアシュタロスを迎え撃つ、というのが妥当だよな。西条さん達にはこの後、提案という形で伝えてみよう」

「そうですね。小笠原さん、済みませんが、もう少し美神さんと一緒にいてください。いざという時、同期合体すればアシュタロス本人は無理でも、ベスパさんなら退けられます」

「こっちも商売あがったりなんだけど、横島君と小竜姫様の頼みだから仕方がないワケ。令子、私に感謝しなさいよ。ア・ン・タ・のために、この小笠原エミ様が一緒に残ってやるんだからね!」

「ぐぬぬぬ…………『令子、ここは我慢よ…………! エミには全てが終わったら、必ず後悔させてやるわ!』」

 エミに優越感に満ち満ちた視線を送られ、悔しさのあまり手をギュッと握りしめる美神。
 だが、小竜姫の言うように、自分1人では万が一の時対抗しようがない。
 それ故、悔しいが今はエミの言葉を受け入れ、辛抱するしかなかった。
 その悔しそうな表情でどう考えているのかバレバレなのだが、必死に心の中で自分自身を抑えるべく復讐を誓い、怒りを爆発させないように努めているのだ。
 そんな美神を眺め、さらに止めを刺すように高笑いをするエミ。
 遂にさほど太くない忍耐がぶち切れ、掴みかかろうとする美神を後ろから羽交い締めにして止めるワルキューレの姿を見て、パピリオは思わずニヤニヤとしてしまう。

「ふーん、何だか人間の世界っていうのも、よく見ていると面白いものでちゅね。みんな終わったら、ヨコシマに頼んで街を案内して貰うのが楽しみでちゅ」

 おまえ、この緊迫した事態を把握していないだろう、と突っ込みたくなるような、どこかズレているパピリオ。
 既に彼女は、姉のルシオラが危惧を覚えるほどに横島に懐いていた。
 こうして新たな戦力を加えて、人界側の最終決戦に向けた準備は粛々と進んでいくのだった。



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