フェダーイン・横島

作:NK

第110話




『何だか……後ろからの視線が刺さるようだな……』

『ねえ、ヨコシマ。これってやはり、南極で聞いた事を確かめたいんじゃないかしら?』

 会議が終わり、西条や美智恵への説明のために美神とエミを一旦送り返す事になったのだが、なぜか横島はルシオラと共に地上へと向かっていた。
 後ろに続く美神とエミが、戻る前に妙神山修業場がどうなったのか見たい、と言いだしたからだ。
 都庁地下へは小竜姫も同行する事になっており、最近事ある毎に横島がルシオラを同行させるのは、西条達人間側となるべく接点を多く持たせるという、戦後を考えた配慮があるためである。
 そんな会話を脳内でしつつ、黙って付いてくる美神とエミをまっさらな荒野となった修業場跡地へと連れ出した。
 ちなみに、地上から地下へ通じている通路は存在しない。
 正確には埋もれてしまっている。
 したがって、出入りには空間転位を使うという不経済な仕様である。

「これが妙神山修業場跡地ですよ。ご覧の通り、綺麗さっぱり消し飛んでます。再建する事を考えると、頭が痛いですよ……」

 先程の脳内会話を忘れたかのように、美神達に振り向いて両腕を広げてみせる横島。
 ルシオラは黙って横島の少し後ろに控えている。

「本当に……綺麗さっぱり無くなったワケ」

「横島君、大変だったわね……」

 一応、横島の言葉に答えた2人だったが、やはりその態度はどことなくぎこちなかった。
 その後、しばらく誰も口を開こうとせず、4人が荒野に佇んだまま時間が過ぎていく。
 やがて……美神が漸く絞り出すように言葉を発した。

「あのね、横島君。南極でアシュタロスと話してた事なんだけど……」

「未来の記憶を持っているって、どういう事なワケ?」

 言いにくそうな美神だったが、エミはズバッと核心に触れる事を尋ねてきた。
 そんな2人に表情を改め、横島は取り敢えず当たり障りのない部分を話す事に決め、説明を始める。

「どういう事、と言われても…………。アシュタロスが言ったように、俺とルシオラと小竜姫様は既に平行世界となった未来の記憶を持っているんですよ。ああ、勿論3人とも身体も魂もこの世界の自分自身であって、美神さんのお母さんのように時間逆行者というわけではありません。簡単に言えば、平行未来から俺達の魂の一部が、とある事故で逆行してきてこの世界の魂に融合したっていうのが正しいですね」

「ヨコシマの言うとおりです。私も平行未来の記憶を持っているから、この世界の私が生まれてから1年にもならないっていうのに、ヨコシマとの深い絆を持っているんです。小竜姫さんも同じよ」

 全てを伝えてはいないが、言った事は全部事実である。
 美神とエミは注意深く2人を観察していたが、横島とルシオラの表情や態度からは嘘を言っているとは思えなかった。
 それに、一応魔神であるアシュタロスがそう言っていたのも聞いている。
 2人の知識では、疑いを挟む事すら難しかったのだ。
 相手を誤魔化すには、適当に事実を交えて肝心なところをぼやかすのが一番効果的なのである。
 例え疑っても、判断する材料が足りない上に、提示されている事は事実なのだから、正しいと判断せざるを得ないのだ。

「あの……横島君と2人は、その……未来では……どういう関係だったの?」

「うーん、はっきりと言ってしまえば、深い魂の絆で結ばれた夫婦……でしたね。平行世界での俺は、アシュタロスの起こした事件によっていろいろな事があった結果、純粋な人間ではなくなっちまって、神魔族と同じように殆ど不老になったんで、お互い文字通り、永遠に添い遂げる相手ってところです。事故が起きる前までであっても数十年は3人で一緒に暮らしてたんですよ」

「そう……そうだったの」

「平行世界とはいえ、過去に戻っても絆は消えなかったってワケね。でも2人となんて、横島君もお盛んね」

「ええ。それに俺の魂には、意識をもった形でルシオラと小竜姫の霊基構造の一部が融合しています。もう分かっていると思いますが、俺は3人の霊波をシンクロさせる事で、念法によって増幅した俺の霊力と、小竜姫の竜気、ルシオラの魔力を同期連係させているんです。尤も、俺に融合している2人の霊気構造コピーは、それぞれ1人分には足りないんで、完全にシンクロしても肉体込みの普通の同期合体に比べれば増幅度は低いですけどね」

 エミのからかいに苦笑しつつ、横島は自分の能力に関する秘密を簡単に説明する。
 話している間にいつの間にか近づき、ピトっと寄り添うようにしているルシオラ。
 そんな彼女の姿に、美神は少しだけ羨望と嫉妬が混じっている視線を向ける。
 小竜姫との時も思ったが、2人の寄り添う姿はもの凄く自然に見えるのだ。
 エミもそれは感じており、こちらはどこかからかうような表情を向けている。

「それで……この事は西条さんや美智恵さんにも内緒にしておいてほしんです。確かに平行未来では、人類はアシュタロスに勝ちました。この世界でも勝たなければならないのは同じですけど、既に起きた事や結果は俺達が動いた事で変わってきています。変な先入観は与えたくないんですよ」

「そうね。土偶羅様を消滅させたから、アシュ様の動きはさらに遅くなると思うけど……。でも、スペアパーツを組み合わせて予備を造るかもしれないから、油断はできないわ。未来を知っている事は確かに有利だけど、それに拘ると大きな失敗をしてしまうから」

 横島とルシオラの言葉に、さすがに少し考え込んでしまう美神とエミ。
 2人の言う事は尤もであり、この世界では彼等の知っているとおりにはならない可能性が高い。
 おそらく、さっきのコスモプロセッサに関する情報は、横島達の未来の記憶に基づいたものなのだろう、と美神達は判断していた。
 確かに横島達は、未来の記憶を基に様々なシミュレーションを行い、考えられるだけの対応策を練っている。
 今思えば、これまで横島が事件の兆候すらないうちに、いろいろと動いていた理由もわかろうというものだ。
 まあ、美神達は知らない事だが、知っている結果より被害を少なくしよう、と横島達が意図しているのだからそれは当然なのだが……。

「わかったわ。私は、この事は誰にも話さない。約束するワケ」

「私もよ。ママにも言わないわ」

 そう言ってくれた美神とエミに、深々と頭を下げて感謝する2人。
 いきなり頭を下げた横島達に、慌てて頭を上げるように言う。
 こうして横島達の秘密に関しては、人間サイドでは本当に少数の者にしかバレずに済んだのである。



「では、横島君や小竜姫様は妙神山跡地に令子ちゃんを匿い、このまま時間切れまで守るのが得策だと考えているんですね?」

「はい。タイムリミットがあるとはいえ、普段の生活の中で常に警戒し続ける事は困難ですし、美神さんの精神的な負担も重くなります。それに、現在考えられているアシュタロスの目的は、今話した内容だと言って良いと思いますが、状況の変化に応じて変更する事も考えられます」

「もう一つは、もしアシュ様が姿を現した場合、ここや美神さんのマンションでは周囲への被害が甚大です。その点、妙神山跡地であれば少なくとも人間への被害は最小限ですから」

 美神とエミを連れて転位してきた横島、小竜姫、ルシオラからもたらされた提案は、即座に西条と立って歩けるようになった美智恵によって検討されることになった。
 3人は、神魔族情報部と自分達が南極の戦いで得た情報を基に分析した結果、と言ってアシュタロスの目的を説明したのだ。
 当然、アシュタロスとの直接対決の場にいなかった西条では、隠された部分、つまり横島達が未来の記憶を持っているという事を知らない。
 その上、横島達と話をした美神とエミが口裏を合わせているため、この話を否定できる材料は2人にはなかった。
 したがって、美智恵と西条は、この話を比較的素直に受け止めていた。

「……小竜姫様やルシオラさんの言うとおりね。確かに令子を24時間態勢で監視・護衛するのは難しいわ。多分、プライバシーだ何だと言って、令子もごねるでしょうしね。理屈から言えば、横島君の案はこちらの戦力を集中できるし、最善の策だと思います」

「わかりました。先生がそう仰るなら、僕も反対はしません。では、対アシュタロス特捜部の拠点を妙神山跡地に移しましょう」

 西条は美智恵の決定に頷くと、直ぐに内線電話で部下に指示を出し移転のために荷造りをするよう伝えた。
 その間に美智恵は横島達の方をジッと見詰め何かを言いたそうにしていた。
 横島は美智恵の言いたい内容を察していたので、こちらから水を向ける。

「美智恵さんが考えているのは、先の核ミサイルジャックのようにアシュタロスが何らかの人質を取って、美神さんの引き渡しを要求することですね?」

「その通りよ、横島君。例えばもし、アシュタロスが今度は街を一つ占拠して堂々と令子の身柄を要求してくれば、私達は動かざるを得ないわ……」

「その恐れは確かにあります。でも、そういう場合はどこに籠もっていても同じです」

 横島の言葉に頷き、自分の恐れている事を話した美智恵だったが、小竜姫の言葉に頷かざるを得なかった。
 恐らく、小竜姫や横島も同じ事を考慮に入れた上で、一番手堅い作戦を選んだのだろう。
 納得し移転の準備を終えた美智恵と西条、美神、エミを連れて、3人は妙神山へと転位で戻ったのだった。






 こうして妙神山跡地に美神を匿い、関係者一同が人間界から姿を隠す生活が始まった。
 横島や雪之丞、九能市、シロなどは狭いながらも設けられた訓練室で、相変わらず修行も続けている。
 さらに、良い機会だとばかりに美神やエミも念法の修行を、集中講義よろしく受けていた。
 大筋ではこれまで通りの生活を続けている面々だが、とある一日の様子を切り出して見てみよう。



「取り敢えず『究極の魔体』に関しては手を打ってある。残る問題はコスモプロセッサとアシュタロス本人だけだ……」

「……そうね。いくらアシュ様とはいえ、魔体起動と同時に自動展開するように設置した捕縛用積層魔法陣を破るのは難しいはずよ」

「最終的には破られるかも知れませんが、冥界チャンネルの復活によって神魔族の援軍が来るまでは、持ちこたえられるでしょう」

 既に皆が寝静まった地下施設内の一室で、キングサイズのベッドに身体を横たえた横島が天井を見ながら呟いた。
 その声に即座に応じたのは、彼の右横に身体を密着させて横になっているルシオラ。
 そのルシオラの言葉を補足するように、左隣で横島に抱き付いている小竜姫が後を受ける。
 ここは妙神山地下の横島達に割り当てられた寝室(割り振ったのは小竜姫)。
 彼等3人は一旦今夜の修行を切り上げ、休憩と称してつい先程まで気怠い時間を過ごしていた。
 尤も、3人ともシーツを身体に掛けているため、外から見えない部分で何をしているのかは分からない。

「一応、平行未来の記憶に従って、主砲の付け根のエネルギーパイプにダメージを与えて、見た目ではわからないように細工しておいたけど、アシュタロスがきちんと点検すればバレちまうかもしれない」

「アシュ様は、私達が未来の記憶を持っているって気が付いたから、既存の弱点は補強しておくでしょうね……」

 横島達は、ルシオラを味方に引き入れた後、密かに小笠原諸島の嫁姑島まで赴き、格納されている究極の魔体に2重の罠を仕掛けていた。
 一つは強力な積層型捕縛結界の設置であり、もう一つ(これが本命)は主砲へのエネルギー供給パイプに細工をし、主砲を発射しようとした際にエネルギー圧に耐えきれず、破損するようにしておくという辛辣なもの。
 こうすれば、エネルギー漏れで主砲を発射することはできない。
 つまり、究極の魔体はその切り札の一つを封じられる事になるのだ。
 だが、おそらくバリアーの欠陥は相応の対処をされてしまうだろう、とルシオラは予想していた。

 話している内容とは裏腹に、横島の肩に顔を寄せているルシオラの表情は幸せそうだ。
 それは反対側の小竜姫も同じ事なのだが……。
 会話だけ聞けば、この戦における重要な内容を話し合っているはずなのだが、いかんせん会話している3人の格好がその緊迫感をぶち壊している。

「まあ、考え出すとキリがないし、全ての可能性に対処するだけのリソースがあるわけでもない。取り敢えずはみんなで決めた作戦でいくしかないな……」

「……そうですね。人事を尽くして天命を待つ、っていう心境ですね。ふふふ……、私、一応神様なのに変ですけど」

「仕方がないわ。魔族だ神族だ、と言っても私達クラスでは全知でも全能でもないんだから」

 睦言にはほど遠い会話を続けながらも、時折彼女達の口から甘い声が上がる。
 外からでは分からないが、おそらく横島がシーツの中で手を動かして悪戯をしているのだろう。
 遂にルシオラと小竜姫が顔を赤らめ、モジモジと身体をくねらせ始めると、横島はゆっくりと身体を起こしシーツを剥ぎ取った。

「ルシオラの言うとおりだ。と言う事で、俺達は俺達ができる事を、すべき事を頑張るとしよう」

「こ、今度は一方的に翻弄されはしませんよ」

「わ、私だって……」

 3人はインターバルを終え、再び夜の修行に汗を流すのであった。



 翌日、肌の艶めきが尋常ではない2人と共に、横島はみんなが集まる会議室に顔を出した。
 昨夜、警戒に当たっていたワルキューレと九能市は休んでいるようで、姿が見えない。
 美神が妙神山地下施設に籠もった日から、周囲はルシオラによる警報システムとヒャクメの千里眼による警戒が行われ、夜間も神魔族の誰か1人が必ず休まず待機するというシフトが組まれていた。
 尤も、ワルキューレとジークの場合は憑霊した方が戦闘力が高いため、それぞれ九能市と雪之丞が一緒に待機することになっている。
 これは、仮想敵としてベスパを想定しているためである。

「おはよう、横島君。小竜姫様とルシオラさんも」

 微笑みながら声をかけてくる美智恵の表情は、子供が隠そうとしている事を全て見通している母親のものに近い。
 横島もここ何日かで慣れたのか、見た目は平然としながら挨拶を返す。

「おはようございます、美智恵さん。西条さんと美神さんは?」

「令子は夜型だから、まだ寝てると思うわ。西条クンはさっきまでいたけど……」

 美智恵の言葉に頷きながら、横島はパピリオ、雪之丞、シロ、エミに朝の挨拶をしていく。
 退屈なのか、それとも九能市がいないので不満なのか、ボンヤリとした表情で座っている雪之丞。
 シロは散歩ができなくて不満そうだ。
 ヒャクメは焦点の定まらない眼差しで、椅子にぐでぇ〜と腰掛けている。

「ヒャクメはまだ監視中か。もうみんな起きているし、警報システムもあるから休めばいいのに」

「ええ、でもヒャクメはああ見えて結構責任感もありますから」

 ヒャクメはみんなが寝静まった夜間に、その全ての感覚器官を使って周囲の監視を行っている。
 霊波、光波(可視光以外も含む)などオールレンジで監視できるヒャクメは、警報システムより数段優れているのだ。
 だが、常にフルスペックで感覚器官を使い続ける事は、彼女にとっても大きな負担となる。
 したがって、普通昼間は休む事になっているのだ。

「でも、もう2週間も頑張ってるんだから、きちんと休みは取った方がいいわ」

「皆さんの顔を見たら休むのねー。だって、夜しか起きてないと会う事ができるヒトが限られるんですもの……」

「それはそうですね。考えてみれば、夜のシフトの時以外はヒャクメさんと会うのは朝だけです」

「そうなのねー。それじゃあ、いくら何でも寂しいでしょ。だから、偶にはこうしてしばらくいさせて欲しいのね」

 元々、ヒャクメの身体を気遣って言った事なので、そう言う理由であれば横島、ルシオラも何ら言うべき事はない。
 そのまま頷いて椅子に座る。
 ルシオラが席に座ると、待ちかねていたようにパピリオがニコニコと話しかける。

「ルシオラちゃん、昨晩はだいぶお楽しみだったみたいでちゅね」

「な、何を言うのよ、パピリオ!」

「だって、肌の艶やかさが違いまちゅよ」

「こ、こらっ! 昼間っからそう言う事を言うんじゃないの、パピリオ!」

 姉をからかっているパピリオだが、どうやら根底には姉が横島を独占している事に対する嫉妬があるようだ。
 パピリオとしては、横島ともっとゲームなんかで遊びたいのだ。
 ただ、夜は何やらそそくさと3人で寝室へと消えていくため、パピリオとしては遊び足りなく大いに不満なのである。
 精神的に、また外見的に幼女とはいえ、パピリオは知識はきちんと持っている。
 それ故、姉が夜にヨコシマと何をやっているのかは、ちゃんと理解していた。
 知っているが故に、さすがに家族とはいえ夜に姉の寝室に突撃するほど常識外れではないから……その不満はパピリオの中で蓄積されていく。

「わかった、わかった。今日は昼間、ずっとパピリオとゲームで対戦してやるから。だが、手加減はしねーぞ。後で泣いてもしらないからな」

「むっ! 私も雪之丞相手に練習したから、今度はヨコシマを負かしてやりまちゅ! 後で泣くのはそっちでちゅよ」

 苦笑しながらルシオラとパピリオのやり取りを見ていた横島だが、パピリオが寂しがっているのだと気が付き、対子供モードで話しに加わる。
 その途端、パッと嬉しそうな顔で憎まれ口をきくパピリオだった。
 この分かりやすさというか、素直さがパピリオの美点でもある。
 そこへ西条が別の入り口から入ってきて腰を下ろした。

「西条さん、ここに籠もりっぱなしで身体が鈍りますか?」

「ははは……。そういう事じゃないんだが、何となく体を動かさないと落ち着かなくてね」

「あー、俺ももっと身体を動かしたいぜ! 横島、もっと広い部屋はないのかよ!?」

 パピリオから解放されたルシオラが西条が話していると、妙神山修業場の時のように全力で暴れられる空間が無い事に不満を述べる雪之丞。
 これには、さすがに苦笑するしかできない横島だったが、

「あ、皆さん揃いましたねー? じゃあ朝ご飯にしましょう」

 そんな喧噪の中、台所からおキヌが顔を出す。
 このメンバーでは戦闘能力は格段に低い彼女だが、美神除霊事務所の一員であり人質にされる恐れがあるため、保護を兼ねて賄いさんとして連れてこられたのだ。
 それ以来、朝はなぜか彼女だけで、昼と夜は小竜姫もしくはワルキューレと共にみんなの食事を作っている。
 美神がこの時間にいないのはいつもの事なので、おキヌもそれ以外の人間がいれば準備を始めてしまうのだ。
 食事が運ばれて美味しそうな匂いが部屋から流れ出す頃、それに釣られるように美神が起き出してくる。
 それをエミがからかって、美神がそれに応戦する、というのがここ最近の朝の流れだ。
 とは言っても、、美神の起きる時間は日に日に少しずつ早くなってきてはいる。
 アシュタロスの驚異さえなければ、何やら平和で和やかな日々、と言えなくもない。



『あたたたたたっ! あたあっ!!』

『ほげえっ! ……た、たわばっ!!』

 画面上で横島の操るキャラが、目にも留まらぬスピードで拳を繰り出し、パピリオの操るキャラをタコ殴りにする。
 そして、横島キャラの攻撃が終わると、妙な悲鳴と共にパピリオキャラが内部から爆発するように吹き飛んだ。
 画面に現れる「GAME OVER」の文字。

「わははははっ! まだまだ修行が足りないようだな、パピリオ!」

「くうぅぅぅっ! ま、また負けたでちゅ! 何でヨコシマに勝てないんでちゅか!?」

 仲良く並んで対戦型ゲームをやっていた横島とパピリオだったが、12回目のチャレンジも不敵に笑う横島の牙城を突き崩す事は敵わなかった。
 悔しそうにコントローラーを握りしめるパピリオ。
 もう少し感情的になれば、握力でコントローラーを握りつぶすような勢いである。

「フフフ……。パピリオ、このゲームの原作を知らないお前は、ゲームキャラの選択を間違えている! いいか、このゲームで強いのは美形の拳士ではない! ましてや、筋肉隆々のマッチョでもない。北○兄弟(三男を除く)こそが最強のキャラなのを知らなかったようだな!」

「ず、狡いでちゅ!! ヨコシマはその事を知っていたから、このゲームを選んだんでちゅね!?」

「戦いにおいて、事前の情報収集は非常に重要だ。それを怠ると、こうして痛い目に合うんだよ。じゃあ次は、キャラを交換してやってみるか?」

「当たり前でちゅ! で、ヨコシマ。原作ではどのキャラが強いんでちゅか?」

 先程までの悔しそうな表情はどこへやったのか、横島の提案に笑顔になったパピリオは登場キャラクターの一覧を見ながら、横島にべったりと引っ付く。
 その様子は、歳の離れた実の兄妹のようだった。

「パピリオ、予想以上に横島さんに懐いてますね」

「ええ、ここまでとは私も予想しなかったわ。でも、ちょっとくっつき過ぎよ」

「あら、パピリオに焼き餅ですか、ルシオラさん?」

「そ、そんな事はないけど……でも、何となく許せないの!」

 朝食後、楽しそうに遊んでいる横島とパピリオを眺めながら、小竜姫とルシオラはくつろいだ態度で話をしていた。
 義兄にじゃれつく妹、そしてそんな妹にちょっとだけ嫉妬心を覚える自分。
 ルシオラはそれが平和の賜物だとわかっていたし、小竜姫もそれを分かっていてからかっているのだ。
 そんな事を2人で話しているうちに、再びゲームが始まりパピリオが今度こそ、と燃えながらコントローラーを操っている。
 それに応じて、こちらも凄い速さでコントローラーを操作している横島。
 ゲーム猿となった斉天大聖老師には敵わないものの、それでも遊びの達人と幼い頃に異名を取った横島という壁は、パピリオにとってかなり高いようだった。

「でも、横島さんがこんな子供みたいに遊んでる姿なんて、平行未来の記憶を遡ってもちょっと覚えがないですね」

「そうねぇ……確かにヨコシマにこんな無邪気な面があるなんて、想像できないわ……」

 平行未来では、家族としてパピリオと暮らすようになったのは、アシュタロスの事件終了から3年以上経ってからだった。
 そのため、さすがにパピリオもその間に成長し、ここまで無邪気に遊ぶ事はなかったのである。
 そう言う意味では、パピリオと同じ背丈になって遊んでいる横島を見られた事は、2人にとってちょっとした発見なのだ。

「……パピリオ、本当に楽しそうだわ」

「精神年齢から言えば、パピリオも幼子と大差ないんでしょうね」

 創られた存在であるから、知識は十分詰め込まれている。
 経験に関してはどうしようもないが、それを補うために知識量は相当なものなのだ。
 だが、精神的な成熟というのは、知識を詰め込んだからと言って直ぐに為されるものではない。
 3姉妹の中で一番幼く設定されたパピリオは、知識はともかく実体は子供そのものなのだから。
 こうしてこの日、日中は子守に精を出した横島だったが、パピリオに取られたため、やはり精神年齢が見た目より低いシロが1日中機嫌が悪かったとか……。



 昼過ぎ、一汗かいてきた雪之丞が食堂兼リビングスペースに戻り遅い昼食を食べていると、九能市がまだ少し眠そうな顔でやって来て向かい側に腰を下ろした。
 部屋には、雪之丞の他はワルキューレが同じように少し前にやって来て昼食を食べているだけで、閑散としている。
 横島はルシオラ達と4人で食後の歓談をしていたが、雪之丞と入れ違いに戻っていった。
 おそらく、午後もパピリオ主体でゲームをやるのだろう。

「よお、良く眠れたか?」

「ええ、私は元々忍ですから徹夜も大丈夫ですし、5時間も寝れば十分過ぎますわ」

「俺の夜間警備は明日の夜だな。今晩は横島の筈だから」

「そうでしたね。じゃあ、今晩はルシオラさんと小竜姫様が不機嫌かしら?」

「そんな事はねーんじゃねーか? 今朝は3人共満ち足りた顔をしてたぜ」

 そんな事を話しているうちに、ワルキューレは軍人らしくさっさと食事を済ませると、食器を片付けて出て行く。
 こうしておけば、おキヌが後でまとめて洗ってくれるのだ。
 あるいは、雪之丞と九能市に気を遣ったのかもしれない

「誰もいねーな。…………氷雅、えーと……今晩部屋に行っていいか?」

「えっ!? え、ええ…………大丈夫ですけど、時間は?」

「あ……えーと、8時ごろでいいか?」

「…………わ、わかりましたわ。ではそれまでに用事は終わらせておきます」

 ワルキューレが出て行って周囲に人がいなくなったと見るや、雪之丞が小声で尋ねる。
 いきなりの話題転換に少しだけ戸惑った九能市だったが、すぐに質問の意味を理解して微かに頬を赤らめながら返事をすると同時に、時間の確認をするあたりが抜け目無い。
 そそくさと部屋を訪ねる時間を決めると、一度だけ周囲に気を配り聞かれていない事を確認して席を立つ。
 逢瀬の約束を取り付けた雪之丞は、一瞬顔をにやけさせたが、すぐにいつもの表情に戻るとトレーニングに向かった。
 九能市の方は、いざという時に憑霊するパートナーのワルキューレと共に、昨夜は夜勤シフトだったため、今日は休みなのだ。
 私生活では猛烈なピンク空間を作り出し、下手をすると周囲を汚染しかねない横島達がいるために目立たないが、雪之丞と九能市も着実に二人の仲を進展させているのだった。
 いや、単純に2人とも汚染されたのかもしれないのだが……






 さらに数日後、横島と小竜姫、雪之丞、九能市、シロは50mほどの奥行きの何やら射撃訓練所のような部屋に集まっていた。
 それだけではなく、横島達の反対側に向き合うように、ベレー帽を目深に被ったジークとワルキューレが立っている。
 そして真ん中には、何やら目をキラキラさせたルシオラが数挺の銃火器を持って、楽しそうに説明を行っていた。

「……で、これが魔界正規軍の精霊石弾のノウハウと、人間界の銃器メーカーの技術を参考に、私が造った拳銃と短機関銃よ。外観は、拳銃はファブリィク・ナツィオール(FN)社のファイブ・セブン、短機関銃はP90のコピーだけど、中身はきちんと精霊石弾対応にしてあるわ。それでね、この2種類はこれまでの魔界軍の銃弾とは違って、5.7mm×28っていう小型だけどボトルネック形状をしていて、弾丸の初速が高くてジークさんが身に着けているボディアーマーを撃ち抜く貫通力を持ってるものを使用しているの。さらに、人体等の軟体に命中すると弾丸が回転する性質を持っていて、するりと貫通せずに体内の傷口を広げるのでストッピングパワーも高いっていう優れものなの!」

 ワルキューレとジークは魔界正規軍士官ということもあり、興味深そうにルシオラの説明を聞いているが、横島達にすれば細かい技術的な事などよくわからないし、それほど重要ではない。
 要するに、弾丸を小型化したために装弾数を多くでき、撃ち合いに有利であり、小型だが威力は現在の魔界正規軍採用の拳銃弾丸より強力なのだ、と理解すればいいと思っていた(ただしライフル弾よりは弱い)。
 横島としては、ルシオラの説明好きは良く知っているし、一度始まったらなかなか終わらない事も熟知している。
 それに、アシュタロスがハニワ兵などを使った物量戦を仕掛けてくる事も想定していたため、銃火器の扱いにも精通する必要があることは了解している。
 だから、半分ぐらいは理解できなくても真面目に聞いているのだ。
 とにかく、一度説明を始めるとルシオラの話は長い。
 そして、それはもう嬉しそうに喋り続ける。
 まあ、それでもこうしてまじめに聞く振りをしているのは、遮ったり、聞かなかったりすると彼女が不機嫌になるから、という理由に集約される。
 漸くルシオラの説明が終わり、最初に銃火器の取り扱いに長けているワルキューレとジークが、部屋の向こう側に設置されたマン・ターゲット目掛けて拳銃のトリガーを絞った。
 数発撃ったところで、銃の癖を掴んだ2人は、銃声を轟かせフルオートと思える程の勢いで5.7mm弾を吐き出しつつ、薬莢をまき散らす。
 初めて撃つ銃にもかかわらず、ターゲットの頭部と心臓付近に殆どが集弾しているのは、さすがに職業軍人と言うべきか。
 続いて短機関銃を試射していた2人だが、1弾倉(50発)を空にすると銃を置きルシオラの所に戻って来た。
 こちらはサプレッサー装備なので、見ていた横島達もそれ程五月蠅くなかったのが幸いだった。
 なお、今回の試射では勿体ないので、精霊石弾ではなく同じサイズの普通の弾を使っている。
 何しろ、ターゲットは霊的なものではないのだから。

「どうかしら、ワルキューレ。使い勝手は?」

「ふむ……銃自体が軽いな。それに弾は小さいが威力は説明通りかなりあるようだ。これなら、使い勝手としては申し分ないな」

 ワルキューレの言葉にジークも頷く。

「そう、プロの2人がそう言うなら、まあ成功ね。じゃあ、横島達も撃ってみて」

 その言葉に促され、横島が拳銃を持って弾倉を入れ、ターゲットに向けて見事な姿勢でトリガーを絞って速射し、たちまち弾倉を空にする。
 撃ち終わった横島は弾倉を抜き、テーブルの上に置くと今度は短機関銃を手に取る。
 そして左手で銃をしっかり押さえると、軽快なリズムでターゲットの心臓部分を吹き飛ばしていく。

「横島の腕前は大したモノだな。というより、かなり撃ち慣れている感じがするのだが……?」

「ええ、平行未来では私も小竜姫さんもヨコシマも、一通り銃火器の扱い方は覚えたし、訓練もしていたから」

「成る程、納得した」

 あまりにも堂に入った射撃スタイルを見せる横島に対する疑問を漏らしたワルキューレだったが、小声で囁いたルシオラの答えに納得し、頷いた。
 そうでなければ、あれ程のスキルを持っているはずがないのだ。
 横島の横に立って射撃している小竜姫も、ルシオラの言葉通りかなり手慣れた様子で拳銃、短機関銃ともに使いこなしていく。
 ワルキューレ達から見ても、3人は申告通り腕前も標準以上のものを持っていた。
 自転車の乗り方と同じように、平行未来の経験とはいえ一度覚えてしまえば、そうそう忘れたりしないのだろう。

 一方、雪之丞や九能市など弟子3人組も、以前の月での事件の際にワルキューレ達からライフルの扱いを教えられており、実戦も経験していたため、最初はフルオートの短機関銃に戸惑ったものの、ワルキューレやジークの指導によって瞬く間に技能を取得していった。
 無論、嫌がるヒャクメも、遊んでいたいパピリオも、この訓練に動員された事は言うまでもない。
 美神とエミは、なぜか銃器を保有していると言うこともあり、腕前はそこそこだった。
 それより、地下施設に閉じこもっているストレス解消のため、結構積極的に訪れ練習している。
 西条や美智恵は、何度か撃って銃の癖を掴むだけでOKだったようだ。
 しかし、西条はオカルトGメンで射撃訓練を受けているからいいとして、なぜ美智恵がそこまで銃器の扱いに長けているのかは不明だったが……。



 こうして時間は静かに、しかし確実に流れていく……。
 そんな中でも、いつ襲ってくるかも知れないアシュタロスへのプレッシャーをねじ伏せるかのように、様々なスキルを貪欲に取得しながらもその日その日を楽しむ、という日々を送る横島達であった。



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