フェダーイン・横島

作:NK

第112話




「横島君、あれは……?」

「美神さんに見えますね。でも、本物かどうかはわかりませんよ」

「……そうね。相手は魔王・アシュタロス。どんな策でくるかわからないわ」

 西条の疑問に答える横島だったが、その眼は心眼モードとなり、アシュタロスの手の中でグッタリとしている美神が本物かどうかを探っていた。
 横島が発した平坦な声に、同意するように呟く美智恵。
 それは西条に言うというよりも、自分自身を戒めようとしているようにも見えた。

「もしあれが本物の美神さんだったら、もう魂の結晶は奪われてしまったんでしょうか?」

「……そうであれば令子ちゃんは魂を破壊されたという事だ。そうなったら、急速に生命エネルギーを消失して死んでしまう。最早彼女の肉体は抜け殻に過ぎない」

「そ、そんなっ!」

 怖ず怖ずと尋ねるおキヌに、沈痛な面持ちで状況を説明する西条。
 それはおキヌにとって、絶望を感じさせるのに十分だった。
 だが、狼狽え我を忘れそうになったおキヌの肩を掴み、小竜姫が眼を合わせて優しく諭す。

「西条さんの言っている事は間違っていません。でも、肉体を延命処置していれば、直ぐに魂を戻す事によって生き返る事ができます。おキヌさん、貴女ならどうすればよいかもうわかりましたね?」

「は、はい…………。美神さんの身体と魂を取り返して、私の時みたいに合わせればいいんですね?」

「その通りです。この戦いで全ての決着を付けるのです」

 小竜姫の言葉に、漸くするべき事を理解して頷くおキヌ。
 かつての自分のように美神の肉体を保存し、魂を戻せば彼女は復活できる。
 自分にできた事が、あの美神令子にできないはずはない。
 西条と美智恵の顔にも、小竜姫の言葉を聞いて安堵の表情が浮かぶ。

「じゃあ、早速美神の旦那の肉体を奪い返しに行くか」

 雪之丞の言葉に、横島も頷き文珠を創り出す。
 この場に集まった全員の姿が、次の瞬間、かき消すように見えなくなった。
 アシュタロスとの2度目の対決は、今そのゴングを鳴らしたのだった。






「おや、漸く登場だね。待ちかねたよ」

 転位してきた横島達を確認して、グッタリとした美神を両手で抱えていたアシュタロスはニヤリと口の端を吊り上げた。
 そう、彼は待っていたのだ。
 自分を一度は敗北に追い込んだ横島達が来る事を。

「せっかく御大将自ら足を運んで貰ったんだ。直接出迎えないと失礼だろ? まあ、お前にもいろいろ言いたい事はあるだろうが、まずは美神さんを返して貰おうか」

「ふむ、この女の肉体はもう抜け殻だ。魂は消滅し、もう用は済んだからそうしても構わないのだろうが、私としては君達が苦しむ姿を見てみたい気もする。だから……こんなのはどうかね?」

 アシュタロスに返事を返した横島の言葉は多少戯けているが、その顔からは感情という物が削ぎ落とされていた。
 無表情を以てして、敵にこちらの心を読まれないようにするためだ。
 だが、何やら楽しそうに横島達を見回し美神美智恵に目を留めると、アシュタロスはいきなり抱えていた美神の肉体を上へと放り投げた。

「――っ!!」

 蒼白な顔色で眼を見開いた美智恵が慌てて前に出ようとするが、小竜姫が手を横に上げてその動きを抑える。
 美智恵が突っ込んでも、あっさりと捻り潰されるだけなのだ。
 だが次の瞬間、横島や小竜姫もアシュタロスの取った行動に驚かされた。
 眼にも留まらぬ速さで右腕を伸ばし、宙に浮いた美神の喉をガシッと掴んでダランとした肉体を吊したのだ。
 そして見せつけるかのように、ゆっくりと手に力を込めていく。
 美神の白く細い首に悪魔の指が食い込んでいく様は、冷静な指揮官である美智恵の感情をむき出しにさせるには十分だった。

「れ、令子っ! やめなさいっ!! アシュタロスっ!!」

「アシュタロス、キサマっ!!」

 その死体を弄ぶような行為に、怒りを露わにする美智恵と西条。
 魔神なのだからこの程度の残虐さは本来当たり前なのだろうが、親として恋人としてその行為は許せる物ではない。
 だが、そんな2人の怒りは隣から聞こえてきた声によって一瞬で冷まされた。

「……アシュ様、魔界の大公爵ともあろう方が、そんな事をして楽しいですか?」

 冷たく響く声は横島の隣に立つルシオラから発せられたもの。
 そしてその声音は、激発しようとした美智恵や西条をも落ち着かせる冷たさを纏っていた。

「ルシオラか。君達にはさんざん邪魔をされたのだから、この程度の憂さ晴らしは構わんだろう? それに、メフィストはお前同様、私にとっては裏切り者だ。裏切り者には相応の報復をしなければな」

「私は今まで、この身をアシュ様に創られた事を誇りに思っていましたが……残念です」

 横島同様、ルシオラの顔も能面のようだった。
 神界と魔界が現体制となってから初めて、三界を巻き込んだ叛乱を起こしたアシュタロス。
 自らの創造主を敵として割り切り、戦う事を決意したとはいえ、ルシオラはアシュタロスの事を密かに尊敬していたのだ。
 その膨大な知識と天才的な頭脳は、いつかは追い付きたいと願う大きな目標だったから……。
 そんな父とも呼べる魔神が、眼前で行っている行為はあまりにも小悪党的で安っぽかったから……絶対に修正してやらねばならない。
 そのため感情は急速に冷えていき、極北の氷のような冷徹な怒りへと変わっていく。

 溜息を吐きながら言葉を零すと、いきなりルシオラが恐ろしい程のスピードで右手を上げ、アシュタロス目掛けて手に握った拳銃のトリガーを絞った。
 手の中のFN・ファイブ・セブンは機関銃のような勢いで5.7mm弾を吐き出しながら、空薬莢をまき散らす。
 しかし、そのほっそりとした腕は微動だにしない。
 一方、アシュタロスは美神令子の肉体が楯になるため(無論、精霊石弾を浴びても自分が深いダメージを受ける事などないとわかっている)、ルシオラが拳銃を撃つ姿を悠然と眺めていた。
 これで美神の肉体に当たるようであれば、それはそれで良い余興になるだろうと考える。
 だが……ルシオラの放った銃弾はアシュタロスに当たることなく、少し離れた空間を斬り裂くのみだった。

「ル、ルシオラちゃん!?」

 いきなりアシュタロスではなく、暗闇目掛けて発砲した姉の行動に訝しげな表情で声をかけるパピリオ。
 そしてアシュタロスも怪訝そうな表情で、思わず視線をルシオラに固定してしまった。
 その瞬間に小竜姫は動いた。

「……? どこを狙って――むっ!? ちょ…兆弾!?」

 ギャギャギャギャッ! ドンッドンッドンッ!

 アシュタロスの横を通り過ぎていった弾丸は、先程破壊した電波妨害装置の残骸に当たって跳ね返り、兆弾となって幅広いアシュタロスの背中に襲いかかったのだ。
 無論、普通に当たった弾丸に比べれば威力は落ちるが、まるで機関銃の連射の如く身体に叩き込まれる攻撃は、アシュタロスの動きを一瞬とはいえ止める。
 そして視線を外したアシュタロスに、小竜姫は超加速で接近しこぼれ落ちそうになっていた美神の身体を奪い、後方に跳んで距離を取るとすかさず横島へと美神を放り投げた。
 美神を抱いたままでは、万が一のアシュタロスの攻撃に反応できないからだ。
 こちらも超加速に入っていた横島が、美神の身体を受け取り術を解く。
 その時には、小竜姫も横島の隣へと戻り超加速を解いていた。

「流石はルシオラに小竜姫。見事なコンビネーションだったぜ。とゆーことで美神さんの肉体は返して貰ったぞ、アシュタロス」

「いやいや……本当に君達は面白いよ。私が想像もしないような攻撃方法を見せてくれる。それに裏切ったとはいえ、自分の娘の成長を見るのは楽しい物だぞ、ルシオラ。この状況で即座に今の攻撃を考えつき、躊躇いもなく実行するとはね」

 未だ余裕の表情で横島の言葉を受け止めるアシュタロス。
 そんな彼の態度に、眉根を寄せて感じた違和感を探ろうとする横島だったが、その表情は瞬時に驚愕へと変わる。
 アシュタロスを注視しながらも、後ろから近づいてきた美智恵に美神の身体を渡さなければと考え僅かに注意を向けた彼の眼に、いきなり眼を見開いた美神の姿が映ったのだ。
 それは、娘が心配で間近に来ていた美智恵にも見えた。

「令子、無事なのっ!? ―――えっ!?」

「ヨコシマっ! 危ない!!」

 眼から入ってくる情報と、美智恵とパピリオの声によって喚起された注意を脳内で統合した横島は、人形のように無表情で身体を起こそうとしている美神の身体を前方へと放り出す。
 それは瞬時の判断というか、本能的に取った行動と言える。
 なぜなら、上半身を起きあがらせ、まるで横島に抱き付こうとしているように見える美神の右手には、いつの間にか短剣が握られていたのだから。
 この時、ルシオラと小竜姫はアシュタロスを牽制するために、横島に襲いかかった美神に気が付くのが遅れたのだ。



『魂のない肉体を操られているのか? それとも……』

 シュッ! ピッ!

 離れゆく美神の腕の先に銀光が煌めき、その軌跡の後に僅かな赤い色が飛び散る。
 そのまま宙を飛んでいた美神は、虚ろな表情のまま身体を丸めて回転し、手を突いたものの無事着地を決めた。
 目の前で起きた事を理解できずに呆然とする美智恵や弟子達を尻目に、小竜姫とルシオラは完全な戦闘モードで横島の前に出て守るように構えを取る。

「ヨコシマ、万が一の事があるから文珠で『解毒』と『解呪』を!」

 前を向いたままのルシオラが指示を出す。
 平行未来で多くの戦闘経験を持つ横島も、彼女の声を聞くまでもなく即座に最大霊力を込めた双文珠を3個取りだし、それぞれに文字を込めて傷口に押し当てた。
 『解毒』、『解呪』そして『解除』の文珠が光を放ち、応急処置を終えた横島はさらに『治』の文珠をも取り出して傷を治す。

「アシュタロス! なんて卑劣な真似を!」

「卑劣? それは妙な事を言うね。今ヨコシマを攻撃した美神令子は私が造った傀儡人形であり、私の手駒だ。それが敵を攻撃しただけの事。姿形に惑わされた君達が未熟なだけだ」

「……美神さんの細胞を使って、人造魔族を造るのと同じようにしたって事か。確かにお前の知識と技術力を以てすれば、その程度は朝飯前だろうな」

 小竜姫の抗議の声を、微笑を浮かべて聞き流すアシュタロス。
 その言葉から目の前の美神の正体はわかったが、それを鵜呑みにするわけにはいかない。
 相手は狡猾な魔王である。
 魂を抜き取った美神の身体に、何らかの疑似霊体を入れて操っている可能性も否定できないのだ。

「しかし流石だね、ヨコシマ。君達人間がその人形に触れると同時に起動する、条件付き発現型のプログラムだったのだが……見抜いたとは大したモノだ。それにすかさず毒や呪いに対する処置を行った点も見事だよ」

「そりゃどーも。尤も、アンタに褒められても喜んで良いかどうかは微妙だけどな」

「なに、素直な賞賛と思ってくれてかまわんよ。コレが持っている短剣には、人間の霊的、肉体的機能を停止させる霊体プログラムを仕込んで置いたのだが、君の素早い対処で効力を発揮することなく破壊されてしまったがね。尤も…………」

 アシュタロスの言葉が終わらぬうちに、胸の奥に微かな違和感を感じた横島は空いている左手を胸に当てた。
 自らの霊気の流れに異常が発生した事を悟り、融合している小竜姫とルシオラの意識に呼びかける。

『霊力のシンクロに異常がある。どういうことだ、小竜姫、ルシオラ?』

『アシュ様の作ったウイルスプログラムの影響よ! 停止機能は発現前に破壊したけど、即効性の攪乱機能もあったみたい』

『そのために私達の霊波を上手くシンクロさせられません。このままでは暴走してしまうので、一時的に共鳴をレベルダウンさせないと……』

『わかった。ウイルスプログラムへの対処は任せる。回復にはどのぐらいかかりそうだ?』

『プログラム自体は既に破壊されているから、後は影響が収まれば問題はないわ。私達も調整するけど、大体5分ぐらいで正常状態に戻るわ』

 2人の意識の言葉に頷いた横島は、自らの力が抜けていくのを感じながら前に立つ2人に声をかけた。

「済まん……。状況は融合している2人が言ったとおりだ。少しの間、俺は再チューニングで戦う事ができない。頼む」

「わかってるわ、ヨコシマ。少し休んでいて、ここは私達で何とかするから」

「ヒャクメ! あの美神さんは本物ですか?」

 やや苦しげな表情で後ずさる横島に、安心させるように普通の口調で答えるルシオラ。
 そして小竜姫は、先程から押し黙っている親友にこの後の行動を決定する大事を尋ねた。
 必ずや、ヒャクメがやるべき事を為し、その答えを突き止めているだろうと信じて。

「全身を詳細に調べたけど、確かにその身体は美神さん本人ではないみたいなのね! テロメアの長さが標準値よりかなり短いわ。アシュタロスの言うように、精巧に出来た偽の身体よ!」

 横島達の後ろで動き出した美神を調べていたヒャクメが、全能力を挙げての調査結果を告げた。
 それは人間の身体を精密にスキャンして、漸く見分けを付けられるといった程の精緻なダミー。
 アシュタロスに抱かれている状況では、見分けが付かなくても仕方がなかった。

「許さないわよ、アシュタロス!」

「横島君が一時的に戦えなくても、我々の力を合わせて必ず倒してやるぞ、アシュタロス!」

 娘と想い人を冒涜された美智恵と西条が、怒りに燃えてそれぞれの武器を構える。
 無論、黙ってはいるが雪之丞達やジーク達も既に憑霊を終えて戦闘モードとなっており、いつでも戦いを始められる状態だ。

「アシュ様、いくらなんでも卑劣でちゅ! そんなアシュ様は嫌いでちゅよ!」

「ふん、裏切ったお前にそんな事を言われても、なにも感じないよパピリオ。お前にもルシオラ共々、これから罰を与えるのだしね」

 その言葉に、僅かに残していた葛藤を振り切ったパピリオは魔力を戦闘レベルまで上げる。
 自分のために色々してくれた横島達や、姉であるルシオラと共に生きていくと決めたパピリオにとって、目の前のアシュタロスは排除しなければならない敵なのだ。
 既に延命処置を終えたパピリオは、ルシオラ同様総霊力は上がっているが人界で発揮できる霊力は以前に比べ3割ほどに落ちている。
 レベル的にはジークより若干下なのだ。
 横島が戦えない状態では、小竜姫、ルシオラに次ぐ戦力群であり、それが本気になった事は大きい。

「俺が美神の旦那のダミーを倒す! 残りは前の2人と共にアシュタロスを!」

 そう言うや否や、ジークを憑霊させた雪之丞が集団から横に抜け出し、五鈷杵に霊力を込めて一気に撃ち出した。
 ビームのように一直線に伸びた霊波ブレードは、避けようとした美神ダミーを一気に撃ち抜き四散させる。

「全員の攻撃をアシュ様に集中させて!」

「攻撃!!」

 ルシオラの言葉に、全員が悠然と構えるアシュタロス目掛けて狙いを定め、小竜姫の号令で一気にその攻撃エネルギーを一点目掛けて解き放つ。
 全員の放った攻撃が次々とアシュタロスに突き刺さり、閃光と轟音、そして爆煙によってその姿が隠される。

「何だか凄い威力だな……。あれならアシュタロスといえども、ほんのちょっぴりはダメージを受けそうだ」

『……本当だわ。私の本体もえらく強力な一撃を放ったわね』

『それだけ皆が、アシュタロスのやった事に怒りを覚えたと言う事でしょう』

「そうだよなぁ……。でも、これでダメージを受けるようなら、あのアシュタロスもダミーって事になるんだよな……」

 横島の言葉と共に爆煙が薄れ、そこには相応のダメージを負ったアシュタロスの姿があった。
 まさか先程の攻撃で、これ程のダメージを与えられるとは思っていなかった雪之丞達は、驚きと疑念の表情を浮かべる。

「やはり…………貴方もダミーのようですね」

「流石ですね、アシュ様。私達を怒らせて、ここでダミーの相手をするように仕向けたってわけですか」

 横島と意識を繋げている小竜姫とルシオラの感心したような台詞で、漸く美智恵や西条もあの小悪党じみたアシュタロスの行動の真意を悟る。
 尤も、横島やルシオラ達も確信があったわけではない。
 単に、自分達が知っているアシュタロスとは思えないような事をするため、おかしいと思ったに過ぎない。
 それが確信へと変わったのは、今の攻撃に対してアシュタロスが反撃らしい事をせず、なおかつダメージまで負ったからだ。

「小竜姫様……ということは?」

「我々をここに引き留めるための囮ですか? これまでの全ては!?」

 美智恵と西条の言葉に、悔しそうな表情で頷く小竜姫。

「ははは、やっと気が付いたかね? そうとも、これは都庁の地下に送ったのと同じ、私のダミーパーツを組み上げた物だ。勿論、簡単に見破られないように中級上位魔程度の魔力を付与しているがね。おかげで私が、メフィストから傷つけずに魂の結晶を手に入れる時間を稼げたよ」

「そうか……宇宙のタマゴ内に美神さんを取り込んで、ゆっくりと時間をかけて心を許す瞬間を狙ったんだな? そして、その時間を稼ぐために我々を東京に向かわせないように、美神さんのダミーまで使ったわけか」

「その通りだ! おかげで私は、我が望みを叶えるために必要なパーツを全て手に入れる事ができた。私を倒したいのであれば、急ぎ東京にやって来るんだね。その時こそ―――」

 心底楽しそうに話していたアシュタロス・ダミーだったが、それ以上喋る事はできなかった。
 その身体に、5本の霊波砲が突き刺さり、貫いたのだ。
 それぞれ最大出力の霊波砲を放ったのは、ルシオラ、小竜姫、雪之丞(ジーク)、九能市(ワルキューレ)、パピリオ。
 これ以上、ここで無駄な時間を過ごすわけにはいかないのだから。
 爆発と共に消滅したアシュタロス・ダミーの事など即座に切り捨て、全員が真剣な表情で顔を突き合わせる。

「ヨコシマ、身体の方はもう大丈夫なんでちゅか?」

「ああ、ウイルスの影響はもう無いし、再調整も今し方終わった。身体の方は万全だよ、パピリオ」

「そうでちゅか、よかった……」

 恋人たる姉を差し置いて、何やら心配そうに横島を見上げるパピリオ。
 自分を義妹と呼び、この世界で受け入れてくれた横島を心配しているのだ。
 それはベスパが依然敵であるものの、彼女にとって大事な家族だという認識があるため。
 そんな義妹の思いがわかる横島は、帽子の上に手を置いてパピリオに安心するように告げる。

「フフ……、パピリオに先を越されましたね、ルシオラさん」

「そうね。パピリオがここまでヨコシマに懐くなんて計算外だったわ。でも、家族なんだからこれはこれで良いのよ」

 そんな微笑ましい光景に、苦笑混じりの笑顔を見せるルシオラ。
 小竜姫のからかうかのような言葉に、ふと平行未来での生活を思い出したのだ。
 ここまで直接的ではないが、あの世界でもパピリオは彼に懐いていたのだから……。

「横島の身体も治った事だし、急いで東京に戻った方がいいんじゃねーか? アシュタロスの奴がコスモ・プロセッサとやらを本格的に作動させる前に叩いちまおうぜ!」

「そうですね。こうなった以上、時間が経てば経つほど我々は不利になります」

「氷雅の言うとおりね。あのコスモ・プロセッサっていうのは、何でもアイツの望み通りにこの世界を変更できるんでしょ? 下手をすれば、私達も消滅させられてしまうワケ!」

 エミの言葉に一同は大きく頷いた。
 このまま座してアシュタロスによる天地創造を許すわけにはいかないのだ。

「よし、みんなを一気に東京まで転位させます。向こうに着き次第、戦闘態勢を取ってください!」

 横島の言葉に同意する一同は、妙神山より決戦の地へと姿を消した。






「土偶羅U、状況報告」

 宇宙のタマゴから出てきたアシュタロスは、既に魂を失ってグッタリとしている美神の身体をハニワ兵に放り投げると、手に持った魂の結晶をコスモ・プロセッサにセッティングして状況の報告を求めた。

「予備エネルギーからエネルギー結晶へと、リアクターの切り換え処理中。…………変更完了! 全回路異常なし、現在待機中」

「よろしい、これで漸く本来の姿になったわけだな。では試運転だ! 祝杯を新規出力!」

 アシュタロスのキー操作によって、操作席の傍らにテーブルと高そうな酒とグラスが実体化する。
 酒をグラスに注ぎ、その香りを楽しむかのような仕草を見せたアシュタロスは、手を高々と掲げた。

「永い間待っていたぞ、この時を……! フ…フハハハハ、ハハハハハハ!! 乾杯だ! 私の世界に――――!!」

 宿願を漸く叶えられるとあって、実に楽しそうにそう宣言したアシュタロスはクイッと前祝いの酒を飲み干し、グラスを床へと叩き付ける。
 ガシャンという音と共に砕け散り、キラキラと光を反射する破片を眺めたアシュタロスは、ゆっくりと操作席に向かい腰を下ろした。
 だが、フッと視線を宙に舞わせる。

「ふむ、ダミーは既に倒されたか。と言う事は、ヨコシマ達がやって来るというわけだな。だが、ここまで進んだ局面をどうやってひっくり返す気かね? 彼等の知っている未来では私に勝ったようだが、さて……この世界ではどうなるかな?」

 横島達の襲来を察知したアシュタロスは、自分を一度は敗退させた敵へと思いを巡らせるが、即座に考え直す。
 ここまで来た以上、最早自分のやるべき事は決まっている。
 それに、どう考えてもこの段階で自分に勝てるとは思えない。
 いざとなれば、コスモ・プロセッサで敵対する者を消去してしまえば良いのだから……。

「ベスパ! 始めるぞ!! 邪魔者が来たら追い払え!!」

「はっ! 邪魔者はこの私がお引き受け致します。アシュ様は心おきなく天地創造をお楽しみ下さい」

 いつの間にか傍らに立っていたベスパは、声をかけてきたアシュタロスに恭しく頭を下げる。
 必ずやって来るだろう姉とその連れ合い、そして妹。
 アシュタロスに最後まで付いていくと決めた以上、自分の全力を尽くしてその3人を倒さなければならない。
 戦力的にはかなり無茶だが、その辺はアシュタロスが何とかしてくれるはず。
 そう思って表情を消し、自分が必要とされる時を待つベスパだった。

「まあ、あの連中以外は私達に太刀打できまい。では少し楽しむとするか、創造と――破壊を…!!」

 クワッと眼を見開いたアシュタロスが、鍵盤型の操作キーに指を走らせる。
 すると巨大なコスモ・プロセッサが光り輝き、周囲を真昼のように照らした。






「あれがコスモ・プロセッサか……。実際にこの目で見てみると巨大だな」

『本当ですね。あれ程巨大だとは……』

 既に戦闘モード全開の雪之丞は、自分に憑霊しているジークに話しかけていた。
 あのような巨大な装置を造り上げていたアシュタロスに、単純に畏怖を覚えたのだ。
 ジークも同じ気持ちなのだろう、帰ってきた言葉は少ないものだった。

「あっ! いきなり光り始めたでござる! 作動したのではござらんか?」

「どうやら嬢ちゃんの言うとおりのようじゃ。作動し始めたな……」

 転位を終え周囲を警戒していた雪之丞達は、シロの声と共にいきなり光り輝いたコスモ・プロセッサに思わず顔を向ける。
 アシュタロスの魔法技術の集大成とも言えるコスモ・プロセッサを目の当たりにし、知的好奇心を非常に刺激されているカオスの呟きには、何が起きるのかと楽しみにしているような響きが感じられたが、一同からの突っ込みはない。
 そこまで余裕がないのだ。

 横島達が姿を現した場所は、ちょうど美神のマンションまで1km程の所だった。
 あまり不用意に近付くと、アシュタロスが結界などを展開していた際に面倒な事になるため、ヒャクメが絶対に安全と言った所に転位したのだ。
 そしてこの場所で、西条によって連絡を受け駆り出された唐巣やピート、冥子、タイガー、ドクター・カオスとマリア達と合流を果たしていた。

「天地創造が可能ともなれば、何が起きても不思議はありませんね。ワルキューレさん、どんな感じですか?」

『大丈夫だ……。まだまだ戦えるぞ。霊波長のシンクロも上々だ』

「これ以上、アシュタロスに好き勝手させないように急ぐワケ!」

 それぞれ自分の状態を再確認した一同は、エミの言葉に進撃を開始した。
 コスモ・プロセッサ(美神のマンション)まで後100mほどに迫った時、先頭に立って歩いていた横島は後ろにいるヒャクメに声をかける。

「ヒャクメ、ここから先に結界とかトラップはあるか?」

「見た限り、そういうものは何もないのねー。ちょっと意外だわ……。あっ!?」

 そのヒャクメの言葉が終わらないうちに、再びコスモ・プロセッサが光り輝く。
 すると空中にプラズマ状の光球が多数出現し、そのまま悪霊へと姿を変える。
 さらに、バチバチと放電しながら人間大の光球が進行方向に現れ、それは人型をとなって実体化した。

「ハイ♪ 久しぶりっ」

「メドーサか……。どうやらコスモ・プロセッサの力で復活したみたいだな」

 場違いな挨拶と共に現れたのは、月での戦いで滅ぼしたはずのメドーサ(コギャルバージョン)。
 横島はいたって平坦な口調で目の前の存在を受け入れる。
 そしてメドーサの復活を見て、横島同様平行未来の記憶を情報として知っているメンバーは、世界各地で大量の悪霊とこれまで倒してきた魔族が復活した事を悟った。
 だが、西条や美智恵は状況を理解できずに驚きを露わにする。

「メドーサですって!?」

「どういうことだ?」

「さーね、私にも詳しい事はわからないけど、そっちの横島や小竜姫達はあまり驚いていないし、台詞から原因もわかってるみたいじゃないか」

 どうやって復活したのか、などどうでも良いメドーサは素直に答えるが、目の前にいる横島の落ち着き具合と発言から事情を知っていると判断した。
 西条達の視線は当然、横島や小竜姫、ルシオラへと向かう。

「コスモ・プロセッサがアシュタロスの望む天地創造を成し得る装置なら、一度滅んだ魔族を復活させる事は勿論、新たな部下を創り出す事だって可能でしょう。このメドーサは……言うなれば特撮モノの再生怪人みたいなモンですね。おそらく、メドーサだけではなく自分のかつての部下の中でも選りすぐりの者達を、コスモ・プロセッサ防護のために配置しているでしょうね」

「はい、多分マンティアやスパイダロスといった魔族達が待ち受けているでしょう。苦しい戦いになりそうです」

「あら、そう言っているうちに新たな敵が実体化するわ。今度は誰かしら?」

 メドーサの復活という事態に、全員がそれなりに緊張しているというにもかかわらず、横島達3人はいつも通りの口調でそれぞれの武器を構えた。
 ルシオラの指摘通り、メドーサの後ろには小竜姫が告げたマンティア、スパイダロスが姿を現し、さらに部下だったガーノルドやスコルピオ達まで実体化する。
 そして、周囲を飛び回る悪霊達が何かに惹かれるかのように集まり始めていた。

「予想通り、結構面倒な連中が出てきたな。さて…」

「待てよ横島。アシュタロスはお前達じゃないと倒せねーんだろ? この連中は俺達が相手をするぜ。だから、お前は真っ直ぐに奴の所に行けよ」

 飛竜の切っ先を上げようとした横島を、後ろにいた雪之丞が肩に手をかけて制した。
 自分達が行ったところでアシュタロスを倒すだけの力はない。
 可能性があるとすれば、横島、小竜姫、ルシオラの3人による攻撃しかないのだ。
 だが目の前の魔族達であれば、憑霊状態である自分や九能市が互角以上に戦う事ができる。
 ならばやるべき事は決まっていた。
 この場は自分達が何とかすべきだ。

「そうですわ、横島様。今一番大事なのは、コスモ・プロセッサを破壊し、美神さんの魂を取り返す事です。行ってください」

「拙者達で大丈夫でござる! さっ、先生。行ってくだされ」

 弟子達の決意は十二分に理解できたが、この場にはあまり戦闘力の高くない者もいる。
 僅かに視線をおキヌやカオスの方に向けたが、大きく頷く一同の姿に横島は迷いを捨て去った。

「わかった。この場は頼むぞ、みんな。行こう、ルシオラ、小竜姫」

 横島の言葉に頷いた2人は、スッと横島に身を寄せる。
 既にハイパー・モードになっている横島の霊力は、2人の比ではない。
 ここは3人揃って超加速を使い、一気に突破してアシュタロスの所へと向かうのが得策、と考えたのだ。
 同じ考えだった横島も、2人の顔を交互に見ると一気に霊力を放出し術を作動させた。



 一瞬でマンティアやスパイダロス達を抜き、空中を一直線に断ち切る刃の如く超高速移動する3人。
 超加速とは自分の周囲の時間を加速させ、相手に対処不能なスピードで移動し敵を倒す術。
 アシュタロスほどの魔力があれば対応可能だろうが、中級中位レベルの魔族では対処不能であるため追撃を心配する必要は無い筈だった。
 しかし……。

「逃がしやしないよ、横島っ!! アンタには何度も殺されたからね! こーして復活したからには、今度こそアンタを真っ先に殺す!!」

 復活した魔族達の中で唯一超加速を使う事のできるメドーサが、確固とした殺意を瞳に込めて追撃してきたのだ。

「……メドーサか。さすが蛇だな、執念深い」

「ごめんヨコシマ。私に合わせているせいで、メドーサを振り切れないのね……」

「いいって、ルシオラ。どうせここで倒しておかないと、アシュタロスの所に着いてから面倒だからな」

 横島だけであれば、メドーサの超加速の上をいく意識加速(速度を任意に変化させられる)を以て、一気に突き放す事ができる。
 だが、小竜姫のように元々超加速を使う事のできないルシオラは、ハイパー・モードになっている横島に融合するコピー意識とのリンクによって、限定的だが超加速を使う事ができる。
 平行世界で竜神の装具を着けた美神と横島が、月で超加速を使えたのと同様に、横島を経由して小竜姫の能力を使えるようになっているのだ。
 だが、パワーアップした小竜姫と違って元から持っている能力ではないため、メドーサと同レベルにしか加速できない。
 したがって、横島達はメドーサに追撃されている。
 しかし、この事態を逆手にとって、横島は再生メドーサをここで葬る事に決めたのだった。

「ルシオラ、鞭でメドーサを攻撃してくれ。小竜姫は万が一に備えてバックアップを頼む」

「「了解!」」

 小声で簡単に作戦を打合せると、横島達はベクトルを上に90度変更し、パッと三方に散った。
 それを見て二股矛をグッと握り、そのまま横島目掛けて突っ込もうとするメドーサ。
 だが、その意図は横島の左側に浮かぶルシオラが振り下ろした鞭の一撃によって阻まれる。

「クッ! 邪魔するな!」

 メドーサですら見切る事が困難なスピードで飛来した鞭の先端を、二股矛で迎撃する。
 衝撃と共にぶつかる矛と鞭。
 メドーサは完全にルシオラの攻撃を防いだが、ルシオラによって操られる鞭は生き物のように二股矛に絡み付く。

「なっ!? し、しまった!」

「気が付くのが遅かったな、メドーサ! 再生怪人は弱いってのが、お約束なんだよ、メドーサ!!」

 武器である二股矛を引っ張られ、バランスを崩したメドーサの眼に迫り来る横島の文珠が映る。
 そこに込められた文字は『滅』。
 しかも、凄まじい速さで伸ばされる横島の「栄光の手」に握られているため、超加速中のメドーサであっても避ける事はできない。

 ドシュウウウ……

「ガッ……! ま、また負けるのか……」

 文珠の発動と共に広がった輝きに包まれたメドーサは、苦悶の表情と共にその姿を消滅させていった。



「メドーサは倒した。一気にアシュタロスの所に乗り込むぞ」

「ええ、行きましょう横島さん!」

「待って! アシュ様の最後の部下が来たわ……」

 メドーサの消滅を確認した横島が、超加速を解除して後数十mに迫ったコスモ・プロセッサを睨み付け口を開く。
 小竜姫がそれに同調した時、ルシオラが微かに悲しみを浮かべた表情で視線を左の方へと向けた。
 釣られて顔を動かした横島達の眼に、マンションの影から躍り出てこちらに向かってくるベスパの姿が映る。

「……そうか、そうだったな。アシュタロスの所に行くには、どうしてもベスパを倒さなきゃいけなかったな」

「大丈夫、今の私達ならベスパを殺さなくても無力化できるわ。やりましょう、ヨコシマ!」

 平行未来同様、ルシオラにとって悲しくも辛い姉妹対決が始まる……。



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