フェダーイン・横島

作:NK

第113話




「喰らいなっ! 裏切り者!!」

 ヴォムッ!!

 戦闘はベスパの放った魔力砲によって開始された。
 リミッターを解除し、南武グループの塔での再生メドーサ並にパワーアップしたベスパの魔力砲は、小竜姫やルシオラでも念法によって霊力を練り上げ、一点集中でシールドを展開しないと防ぐ事はできない。
 だから横島は2人の前に進み出ると、左手を上げて霊波シールドを張り僅かに半身になって衝撃に備える。

 バキンッ!!

 硬質の音と共に、ベスパの放った魔力砲は横島の霊波シールドによって食い止められた。
 だが、ベスパは魔力砲を連射することで横島をその場に釘付けにする。

「ちっ! ベスパめ、俺達をここで食い止めて時間を稼ぐつもりか……」

 横島が小さく舌打ちする。
 攻撃を受けてみてわかったが、ルシオラと小竜姫では万が一ロックオンされた場合にこの攻撃を防ぎきれない。
 そのため、ここは自分が防御に専念しなければならないのだ。

「止めなさいベスパ! 私達は貴女を殺したくないの!!」

「ふん…! アシュ様の命令は必ず実行する! 今の私には、アンタや小竜姫じゃ勝てないよ」

 横島の後ろで叫ぶルシオラの言葉を、冷たく拒絶するベスパ。
 だがパワーだけを見れば、彼女の言っている事は正しい。
 小竜姫とルシオラが霊力や魔力を最大限練り上げれば、今のベスパに匹敵する事は可能だ。
 だが、ギリギリの戦闘状態でそこまで出力を上げる余裕はないだろう。
 したがって、念法を使えるとはいえ、スペック上2人の戦闘力はベスパよりやや低いぐらいと言える。

「ですがベスパさん! 貴女は3対1で勝てると思っているのですか?」

「私の攻撃の前に、防戦一方の連中に言われたかないねっ!」

「そこまで言うなら仕方がねーな。恨むなよ、ベスパ!」

 説得は無理と判断した横島は、宣言と共にルシオラと小竜姫にアイコンタクトを取る。
 横島に融合している各々の霊基構造コピーの意識を通じて、横島と意志疎通できる2人であれば想い人の意図を理解するには一瞬で十分なのだ。
 横島はベスパの砲撃タイミングを計り、その一瞬の間隙を突いて意識加速を発動させる。
 同時にルシオラと小竜姫は全速で左右に分かれさらなる高みへと加速した。

 ドオオォォォオン!

「しまった!? ヨコシマはどこに行った?」

 自分の攻撃が抵抗する霊波シールドを消し飛ばし、敵を飲み込むように突き進んだのを見てベスパはニヤリとしたが、それは刹那な時間に過ぎなかった。
 躊躇い無く飛翔した姉と小竜姫の態度が、横島がやられなどせず何か仕掛けてきたのだと悟らせる。
 と言う事は、自分は横島の姿を見失った、ということだ。

「後ろか!? いや、下か!!」

 感度を増強させた感覚器官が、下方の空気の乱れと微かな殺気を感知する。
 ベスパはその感覚を信じて下へと顔を向けた。
 視線の先では、自分目掛けて手にした飛竜を振り抜いた横島の姿があった。

 ズバッ!!

 慌てて回避したベスパを掠めるように、横島が放った霊力切断波が通り過ぎる。
 冷や汗をかきつつ、ベスパも回避しながら魔力砲をお返しとばかりに撃ち放った。
 大気を振るわせながら横島目掛けて突き進む魔力の奔流は、下から迎撃のために発せられたビーム状の霊波砲とぶつかり合い、その瞬間衝撃波と閃光を放つ。

「くっ! 横島の姿が見えない!?」

 再び横島の姿をロストしないよう、探査用の全神経を横島の索敵へと振り向ける。
 それは、対横島という点からは正しい選択だった。
 だが、ベスパは己の敵が後2人いる事を、この瞬間失念してしまったのだ。

 ドンッ!!

 微かに耳に入った発射音に、思わず意識の一端を上へと振り向けたベスパは己の失敗を悟った。
 音の正体は、いつの間にか上空で再集結した小竜姫とルシオラの放った霊波砲だったのだ。
 さらに、目を眩ませた隙に間合いを詰めた横島が、ベスパから見て正面斜め下より再び霊力切断波を放った。

「3対1だったねぇ……。ここは後ろに避けるしかない!」

 追いつめられた状況に、瞬時に回避パターンを検討・選択すると、ベスパは両手を前に突きだして魔力砲を放ち、その反動をも使って後方へと急加速する。
 そして、まず先に小うるさい小竜姫と姉を黙らせようと、ベクトルを変化させようとした瞬間、ベスパは至近距離で姉の声を聞いたのだった。

「私が蛍の化身だと言う事を忘れたの、ベスパ?」

 その言葉を聞いた瞬間、ビクッと身体を震わせながら、ベスパは上空で小竜姫と共にいたルシオラの姿が幻影だったのだと気が付いた。
 だが……彼女の理解は僅かに遅かったのだ。

 ビシッ!!

「うッ!!」

「光を操り―――獲物に麻酔する! それが私の得意技よ。3対1なら、色々な罠を仕掛ける余裕があるって気が付かなかったのが敗因だったわね」

「く、くそッ! ア、アシュ様……申し訳ありません――――」

 既に身体は痺れ、全く動かす事ができない。
 それでも漸くそれだけを口にしたところで、ベスパの意識は急速に遠のいていった。

「済まないルシオラ……。お前にベスパを倒させちまって…………」

「ルシオラさん…………」

 即座に傍までやって来た横島が頭を下げ、小竜姫も済まなそうに俯いている。
 再びベスパと対決するような時、この方法がルシオラにとってもパピリオにとっても一番良いだろうと考えて選択した作戦だった。
 ベスパを無傷で無力化させるために、最も安全且つ確実な作戦なのだが、それでもルシオラに妹を倒させてしまったのも事実なのだ。
 そんな2人に、ベスパを抱き抱えたルシオラはニコリと笑って見せた。

「何を言ってるのよ、2人とも。平行未来の記憶と違って、こうやってベスパを無傷で無力化できたのよ。大成功じゃない」

「でも……ルシオラさんは平気ですか?」

「平気じゃないけど……ベスパを傷つけないためには、これが最善の手段だったって私は信じているわ」

 努めて明るい口調で話すルシオラに、それでも罪悪感を感じてしまう小竜姫が尋ねるが、ルシオラの答えは既に迷いを払拭したものだった。
 その言葉を聞いて横島も小竜姫も、ルシオラの強さを改めて感じる。

「わかったルシオラ、もうこの話は止めよう。ベスパは俺の文珠で動きを封じておく」

「ええ、それがいいわ」

 自分の申し出をルシオラが受け入れたため、横島は直ぐに双文珠を創り出すと『拘束』の文字を込めてベスパの身体に押し当てる。
 すると文珠は光り輝き、霊力でできた拘束衣に似たモノを創り出すと、ベスパの身体をスッポリと包み込んでしまった。
 これでベスパは魔力を封じられ、さらに身動きする事すらできない。 
 さらに『転位』の双文珠を使って、東京出張所へとその身柄を移した。

「よし、これでベスパの確保は終わった。いよいよアシュタロスと最後の決戦だな」

「ええ、何とかしてアシュ様を出し抜き、宇宙のタマゴ内に入らないと……」

「魔族を復活させた後アシュタロスに動きがないのは、やはり取り込まれた美神さんによって演算エラーが起きているのでしょうか?」

「恐らくその通りだと思うわ。何しろあの美神さんだから、その執念は尋常じゃないでしょうし」

 3人は頷き合うと作戦の確認を行った後、横島から文珠を手渡されコスモ・プロセッサに向へと向かった。






「ダメだ…!! 宇宙のタマゴ内部にはあらゆる可能性が無限に広がっている! 外からでは異物を追尾しきれん…!! 私自ら中に入るしか――」

 ベスパがルシオラによって倒された頃、アシュタロスは操作盤に手を突き忌々しげに叫んだ。
 究極の魔体用に蓄えていた予備エネルギーを使ってコスモ・プロセッサを起動させ、美神を宇宙のタマゴ内に転送し、そこに用意した世界で美神が心を開くのを待った。
 そして遂に、西条になりすましたアシュタロスに心を許した美神の隙を突き、メフィストに奪われた魂の結晶をこの手に握ったのだ。
 当然、メフィストの魂は崩壊しバラバラとなったが、アシュタロスにとってそんな事はどうでも良い事だ。
 自らの望みであった天地創造の手始めとして、これまで人間達に倒された妖魔や自分の部下だった魔族を蘇らせ、さらに大量の悪霊を召喚して地上に混乱と破壊をもたらせたのだ。
 そこまでは順調だったのだ。
 だが……土偶羅Uに演算範囲を無限に設定させ、この世から自分に従わない全ての神と悪魔を消去しようとした時、いきなり演算エラーが発生した。
 土偶羅Uの報告に訝しむアシュタロスだったが、いきなり目の前でコスモ・プロセッサを逆用して復活しようとした美神の魂を見て、エラーの原因を悟る。
 そう、美神は執念で魂の原形を維持し、宇宙のタマゴ内に残留しているのだと。
 驚くべきは美神の執念だ。
 まさか人間風情に、そんな非常識な事ができようとは、想定外だった。
 おそらくここにやって来るであろう横島達の足止めをベスパに命じた後、アシュタロスは懸命にシステムのデバッグに努めたのだが、その結論が冒頭の台詞だったのだ。
 だが、言葉の途中で瓦礫が崩れる音を聞いたアシュタロスは、途中で口を噤み音のした方に顔を向けた。

「ちっ! ヨコシマに小竜姫、そしてルシオラか……。思ったより早かったな。どうやらベスパは倒されたらしい」

「ああ、ベスパは倒した。最後まで…お前のために精一杯戦ったぞ」

「そうか……。だがこんなに早いとは思わなかった。この周囲にはマンティアやメドーサ、スパイダロスを配しておいたのだが、全て倒したのかね?」

 姿を現した横島達に素朴な疑問を問いかけたアシュタロスだったが、その時になって初めて周囲が霧に覆われたように霞んでいる事に気が付く。
 眉根を寄せて訝しげに周囲を見回しているアシュタロスの耳に、自分の左後方から声が聞こえてきた。

「メドーサとベスパは俺達で倒した。残りの連中は、我々の仲間が相手をしている。この世界をぶっ壊されるわけにはいかねーからな」

「アシュ様、貴方の目的は魂の牢獄からの脱出……つまり完全な消滅でしたね。既にここまでやれば、天界も魔界もアシュ様の死を認めるでしょう。これ以上人間界を破壊する必要はないのではないですか?」

 目の前の横島達に注意を残しつつ、アシュタロスは斜め後ろに眼をやる。
 すると、そこにはやはり横島、ルシオラ、小竜姫が立っていた。
 霧の中から浮かび上がるように、3人揃ってこちらに鋭い視線を送っている。
 幻術か? と考えたが、彼の眼を以てしてもどちらが本物かはわからない。
 声が聞こえはしたが、その程度はいくらでもトリックを使えば誤魔化す事ができる。
 そして、どうやらこの霧も横島達の手による物らしい、と見当を付ける。

「それとも、やはり天地創造を行って自分が神になりたいのか?」

「貴方の本当の目的は何なのです? 死が認められさえすれば、誰も踏みにじりたくはないのではありませんか?」

 さらに追い討ちをかけるように、今度は右後方から声と共にやはりこちらを見下ろす横島達の姿が霧の中から現れる。
 今や、アシュタロスを囲むように3組の横島達が現れ、ジッと滅びを願う魔神を見下ろしていた。

「ふむ……幻術かと思ったが、単純にそれだけでもないようだ。相変わらず君達は、私を楽しませてくれるね」

「楽しんで貰えて何よりだ。だが反則だなアシュタロス。冥界チャンネル妨害は、コスモ・プロセッサに肩代わりさせたか」

「……本当だわ。アシュ様の放出する魔力が南極の時とは桁違いね」

 余裕を失わないアシュタロスだが、その理由は横島やルシオラが言うようにこれまで冥界チャンネルの封鎖を自身の魔力で行ってきたのを、魂の結晶の膨大なエネルギーに切り換えたため、その力を存分に振るう事ができるからだ。
 既に横島達は理解しているが、全力を出したアシュタロスに対して勝ち目はない。
 だが、理論的には全力を出す事ができるが、魔力の供給源は自分が断っている事と、これまでの間に大部分を消耗してしまったため、ほんの僅かだが負けない可能性は上がっているのだ。
 何しろ、膨大なエネルギー量を誇るとはいえ、魂の結晶はコスモ・プロセッサの作動にその大半を振り向けているのだから。

「最早正面から戦っては、私達では全く太刀打ちできないほどの霊力差ですね」

「そうだな。これまで打ってきた策でボディブローのように、ジワジワと奴の魔力を削る事ができたと思っていたんだけどな……。まあ、本来の最大人界霊力に比べればかなり低いわけだから、失敗って事はないんだが」

「忌々しい事だが、君達の言うとおりだ。おかげで私の力は本来の1割程度しか使えん。しかし、このぐらいでも君達を捻り潰すには十分だろう?」

 そう言ってニヤリと口の端を吊り上げるアシュタロス。
 目の前の3人が、自分を邪魔する最後の敵だとわかっているのだ。
 いかに魔力を消費したとはいえ、それでもなお100万マイトもの力を持っている。
 それ故の余裕だった。
 この連中を倒してしまえば、最早自分の天地創造を妨げる者は存在しない。
 後は宇宙のタマゴ内で小癪な抵抗を続けている、メフィストの魂を破壊してしまえば何も憂いは残らないのだ。

「君達の狙いは、メフィストの魂を復活させるため、この宇宙のタマゴの中に入ることだろう? だが、私がそれを許すと思うかね?」

「そりゃあ許すわけないよな。だが、俺達には俺達の都合ってもんがあるんでね」

「いきますよ、アシュ様!」

 自信タップリに言い放つアシュタロスの言葉を素直に認めながら、それでも横島は自分達の目的を果たすと宣言し身構える。
 全てのルシオラが戦闘開始を告げると、3組の横島達が手を真ん中にいる横島に合わせるように置き、一斉に集束霊波砲を放った。
 どれか一つが本物だろうと考えていたアシュタロスは、微かに驚きの表情を浮かべた。
 なぜなら、3本とも相応の威力を持つ霊波砲だったのだ。
 しかし、そのまま悠然と攻撃をその身に受ける。
 轟音と衝撃が周囲に響く中、横島達は一斉に宇宙のタマゴ目掛けて跳躍する。

「バカめ! その程度の攻撃など目眩ましにもならん! それに、同じ手は二度と通用しない事を教えてやろう!!」

 だが爆煙の中から躍り出たアシュタロスは、全く無傷の身で叫ぶと両手を握りしめ身体全体から強烈な魔力を迸らせた。
 南極の戦いで、横島の幻術に引っかかり傷を負った経験から、アシュタロスは自分に向かってくるもの全てを、一瞬で吹き飛ばす方法を選択したのだ。
 放たれた魔力は全方位に爆発のように広がり、一瞬で接近していた横島達全部を紙切れのように吹き飛ばす。
 今のアシュタロスにとって、この攻撃は自分の魔力のほんの一部を、一瞬で外部に放出させたに過ぎない。
 だが、その威力は凄まじく、中級神魔程度では防ぐ事など到底無理なのだ。

「むっ!? 全部幻覚か!?」

 しかし、吹き飛ばされた横島、ルシオラ、小竜姫の姿が歪み、『朧影』の文字が入った双文珠となって消滅するのを見たアシュタロスは舌打ちをした。
 裏をかいたつもりが、更にその裏をかかれた事に気が付いたのだ。
 となれば横島の事だ、自分が魔力を放出した後の隙を突くにきまっている。
 見てみれば先程まで立ちこめていた霧も、今の自分の一撃で吹き飛んでいた。
 やはり、横島の文珠かなにかで作り出したモノだったのだ。
 慌てて周囲を見回し敵の位置を探る。
 すると……先程横島達の立っていた場所のうち2箇所で、何やら抱えていた筒状の物を捨てて走り去ろうというルシオラと小竜姫の姿があった。
 どうやら、霧に紛れて隠れていたらしい。
 そして、さらに重要な情報として、2人から発射されたと思われる砲弾のようなものが、高速で接近中なのだ。

「なっ…なんだああ―――っ!?」

 グヴァァアアッ!!

 アシュタロスの意表を突いた攻撃は見事に成功し、ルシオラと小竜姫の放ったロケット弾はアシュタロスに直撃し、豪快な爆発を引き起こす。
 2人の撃ったロケット弾は純粋なHEAT(対戦車榴弾)弾頭であり、西条を通して自衛隊より供与を受けた「110mm個人携帯対戦車弾」と呼ばれるシロモノだ。
 最大700mm以上の圧延均質装甲板を貫通でき、人員携帯型ロケット弾としては最大級の貫通力を持つ。
 したがって、このロケット弾でアシュタロスを倒す事はできないのだが、この攻撃は強靱な貫通力で物理的ダメージを与え(平行未来の一斗缶によるダメージを想像して欲しい)、さらに爆発によって目眩ましをする事が目的なのだ。
 つまり、思いっきり殴りつけて目を眩ます、という事である。

『今よ、ヨコシマ! アシュ様が面食らっている隙に!』

『撃った私達の本体は、既に退避しました』

「よし、美神さんの魂を迎えに行くか!」

 ルシオラ達にアシュタロスへの牽制攻撃を任せた横島は、幻影に隠れて密かにアシュタロスの上に移動していたが、アシュタロスにロケット弾が直撃したと同時にトップスピードへと加速し、一気に宇宙のタマゴへと飛び込んだ。
 宇宙のタマゴの表面が波立ち、突っ込んできた横島の身体が吸い込まれるように消え去る。

「こ…こんなバカな……!!」

 痛みを堪え、爆煙の隙間からその光景を見たアシュタロスは絶叫していた。
 こんなつまらない手に引っ掛かったと知り、怒りを抑えられない。
 横島を追う前に、目障りな小竜姫とルシオラを消し飛ばしてやろうと見回せば、既に姿など跡形もなく見えなくなっている。
 攻撃に110mm個人携帯対戦車弾を選択したのは、無誘導型であるため撃ち放ったら即座に逃げ出せる利点があったからだった。
 既に超加速を使って、一時的にこの場を離脱している小竜姫とルシオラ。

「おのれ、不愉快な奴らだが今は構っていられん! 急いでヨコシマの奴を追わねばならん」

 自分の怒りと苛立ちをぶつける事ができる相手がいないと理解したアシュタロスは、渋面を作りながらもこの場の守りを固めるために命令を下す。

「ハニワ兵! 全鬼出ろ!! 私はタマゴの中に連中を始末しに行く!! 戻るまで何も近付けるな!!」

 その声に応えるように、ぽーぽー言いながら無数のハニワ兵が床からぽこぽこと湧き出し、アッという間にコスモ・プロセッサの周囲をハニワで埋め尽くした。
 彼等的には、これで防壁を築き完璧な防御態勢を敷いたつもりなのだろう。
 ハニワ兵が防御態勢を取るのを見下ろしながら、アシュタロスは自ら決着を付けるべく宇宙のタマゴの中に飛び込み、横島の後を追った。
 だが、その表情は未だ苦い物を噛み潰したかのように険しい。
 神魔人対魔王の戦いは、その戦場を亜空間迷宮へと移すのだった。



「……アシュ様は、どうやらタマゴの中に入ったみたいね」

「ええ。今コスモ・プロセッサの周囲には、ハニワ兵しかいません」

 アシュタロスが姿を消して数分後、瓦礫の後ろから姿を現したルシオラと小竜姫は状況を確認して話し合う。
 そう、彼女達は超加速を使ってこの場から離れ、物陰に姿を隠すと直ぐに文珠を使って自らの姿を遮蔽し、急いで再び戻って来たのだ。

「美神さんの肉体はどこにあるのでしょう?」

「えーと……あっ! あそこよ小竜姫さん!」

 これから行う事で美神の肉体を傷つけぬように、2人はキョロキョロと顔を動かして目的のものを探し始めたが、やがてルシオラが探し当てた。
 小竜姫がルシオラの指差す方を見ると、宇宙のタマゴの横、狭い段となっている所に無造作に転がされている美神の肉体が目に映る。

「取り敢えず、攻撃と同時に文珠を投げれば、爆発とかから守れそうね」

「場所がハニワ兵達から少し離れているし、宇宙のタマゴが遮蔽物となってくれますから」

「それじゃ、計画通り私達は最後の詰めのための準備をしましょうか」

「はい。後は横島さんを信じましょう」

 その手にはいつの間に取り出したのか、FN・P90がしっかりと掴まれている。
 さらには、足元に置かれたザックからはみ出ているのは、ストックの付いた大型手榴弾である。

「まずはハニワ兵の掃討ね。準備を考えると、急がなくちゃいけないわね」

「かなりの数ですが、とにかくサッサとやってしまいましょう」

 ウンザリと言った表情でハニワ兵達を見て呟いたルシオラに、小竜姫も深く頷くが、それでもやるべき事を成さねばならない。
 そのために、横島はわざわざ囮として行動したのだから。

「じゃあ、まずは両翼から吹き飛ばしましょうか」

「はい」

 2人はFN・P90を側に立てかけ、無造作に足元から手榴弾を掴み出すと次々に放り投げ始める。
 自身が強力な爆弾であるハニワ兵は、このいきなりの攻撃によって吹き飛ばされ破壊されていくが、それよりも誘爆によって壊れる方が多いという皮肉な結果を生み出していく。
 ザックに入っていた手榴弾を粗方消費し、左右のハニワ兵集団を壊滅させたルシオラと小竜姫は、置いてあったFN・P90を取り上げ構えると、お互い頷き合う。
 セレクターをフルオートにし、残敵に対し躊躇無く2人はトリガーを引き絞った。






「ここは……どこだっけ――――?」

 宇宙空間のようにも見える、小さく瞬く光が散らばる闇の中で、美神令子として機能していた魂は意識を取り戻した。
 何とかコスモ・プロセッサを内部から逆操作して復活しようと試みたのだが、土偶羅Uが放ったシステム防御用のプログラム・ワームに追い立てられ、既に動き回るどころか魂としての個体を維持する力も尽きかけ、ここまで逃げてきて意識を失っていたのだ。

「私は…………えーと…………、ダメだわ、思考がまとまらない。魂がもう――形を保っていられない……。誰か――」

 既にエネルギーの大半を失っているため、なぜここにいるのか分からない以前に、自分が何者かも思い出す事ができない美神。
 人間は自分1人の絶対的な孤独の基では、自分自身を正確に認識する事は困難だ。
 良かれ悪かれ人間は、他人や他人が理解している自分という情報をフィードバックさせ、自己をある程度客観視する事で自分というものを認識している。
 早い話、自分以外誰もいなければ、孤独ではあるが自分がどういう人間なのか考える必要もないのかもしれない。
 美神は今、何もない空間に漂う事で自分という物をイメージできなくなっているのだ。
 だが、遙か遠くに自分を呼んでいる存在を、朧気ながらも感知する。
 だからこそ、意識を取り戻したのだ。

「…!! 気配……! あれは――」

 すでにまともな思考をする事さえ困難だったが、美神は最期の力を振り絞り懐かしくも愛しい気配目掛けて移動すべく、通路へと向かうのだった。



「うーむ、多分二回目って事になるんだろうけど、相変わらずよくわからん場所だな」

『なんたって、亜空間迷宮っていうぐらいだものね。ここは、世界をアシュ様の望むように自由に再構築するための材料となる、無限の『可能性』が詰まっている筈だから、普通の感覚では理解できないわ』

『それを外の現宇宙と部分的に入れ替えるというわけですね。理屈では理解していましたが、実際にこの眼で見ると凄い発明ですね……』

 闇ではなく、薄ボンヤリとした何もない空間を全速力で進む横島は、自分の魂に融合している2人の霊基構造コピーの意識と、この不可思議な空間に関して話し合っていた。
 宇宙のタマゴに飛び込んでから、ずっとこの何もない空間を移動しているのだ。
 横島達も平行未来の記憶としてこの空間の事は覚えているし、知識としても理解はしている。
 だが実際に目の当たりにすると、やはりここは何ともつかみ所のない場所だった。

「さて……こうして闇雲に移動していても埒があかないし、うかうかしているとアシュタロスに追い付かれちまうな」

『そうね。でも美神さんは今魂だけになっているから、前世であるメフィストの力も多少は発現しているはず、ヨコシマが高島として強く美神さんの事を想えば、お互い呼応しあうと思うわ』

 ルシオラに言われ、横島は魂の奥底に眠る高島の意識と記憶にアクセスする。
 それは魂の最奥部に眠る、前世としての部分。
 心の中で小竜姫とルシオラに済まない、と呟き横島は美神の事を強く念じた。
 暫く美神の事を思いながら飛んでいると、やがて前方に淡く輝く六角形の光が見えてくる。

「……あれが美神さんのいる場所に繋がる通路か?」

『ええ多分そうだと思うわ。まあ違ったとしても、取り敢えず分岐点から別の空間に行かないとね。あの通路らしいのに入って、ヨコシマ』

「了解!」

 ルシオラの意識の言葉に頷いた横島は、前方に浮かんでいる縦長六角形状の通路目掛けて方向を修正する。
 横島の探知能力は、こちらを猛スピードで追撃してくるアシュタロスの存在を捉えており、ここで引き離しておかないと彼等の計画に支障が出る。
 外にいるルシオラと小竜姫が、きちんとに作戦を進めている事を信じつつ、横島は美神を復活させるために速度を加速させ通路へと飛び込んだ。



 横島の姿が消え去って暫く後、漸く追い付いてきたアシュタロスは遠目で横島が通る事を確認した通路前で、外にいる土偶羅Uに指示を出す。

「土偶羅!! 奴に引き離された! 再出現位置を計算しろ!! 先回りする!」

『了解! ……相対位置計算中………! 暫くお待ちを……』

「メフィストの方はどうだ!? 追跡は続行中だろうな!?」

『こちらも間もなく補足可能で―――補足しました! ヨコシマに向かって移動しているようです!!』

「奴の気配に惹かれているのか……? フンっ、流石に前世でメフィストを誑かしただけはあるな。だが好都合だ…! 合流したところをまとめて始末してやる。待っていろ……!」

 こめかみに青筋を浮かべながら自らの手で邪魔者を引き裂く姿を想像し、アシュタロスは凄惨な笑みを浮かべる。
 だが、彼の暗い悦楽は部下からの報告で中断された。

『――警報! アシュタロス様、先程撤退した連中がコスモ・プロセッサに攻撃を仕掛けてきました。現在、護衛のハニワ兵が応戦中です』

「むっ!? 敵はルシオラと小竜姫か? だが私が今戻るわけにはいかん! 何としても護衛のハニワ兵を結集してコスモ・プロセッサを死守するのだ!」

 アシュタロスにとってコスモ・プロセッサの正常作動は最優先課題である。
 この宇宙のタマゴ内部で、あの横島に好き勝手されるわけにはいかないのだ。

『――しかし、敵は中級神魔族です。ハニワ兵では支えきれないと……』

「そんな事はわかっている。だが、もしヨコシマに魂の結晶を破壊されれば、私の天地創造はそこでお終いだ。何としても死守せよ!」

『……りょ、了解しました』

 常に冷静だったアシュタロスも、ここにきて予想外のトラブルや抵抗に見舞われ、内心は相当怒り狂っていた。
 もしいつものように冷徹かつ冷静であれば、まずは外にいる小竜姫やルシオラと相対し、痛めつけた上で捕まえるという選択肢も考えついたであろう。
 だがこの作戦が始まって以来、最大級の苛立ちと怒りがアシュタロスの視野を非常に狭い物へとさせていた。
 それ故、アシュタロスは土偶羅Uからもたらされた新たな情報を、真剣に考慮しなかったわけではないが後で処理すべき物と判断してしまう。
 しかし後々、彼はこの時の判断を痛切に後悔する事になるのだった。






 ドビュ!

 空中に浮かぶ通路から横島が姿を現し、フワリと空中に静止する。
 周囲を見回すと、そこは眼下には豪華客船が見える。

「亜空間からは出たけど……ここは記憶にある客船とは少し違うような気が……?」

『そうね。でも、アシュ様がタマゴの中に造った世界の一つなのは確かだわ』

『この世界に美神さんを連れて来て、魂を抜き取ったのでしょうか?』

 空中を滑るように移動しながら、様子を伺い別の通路が存在しないか確認していく横島。
 さすがに美神から、連れ込まれた世界で何があったのかは平行未来でも聞いていなかったため、横島も今一つ確信が持てない。
 それは、同じ記憶を持つルシオラの意識も同様だった。
 小竜姫の意識は、実際に経験として見るのは初めてなため、何となく感心したような口調になっているのは仕方がない。

『……やっぱり人影は見えないわね。美神さんの魂の気配も、近くからは感じないわ。この世界から外に出たのね』

『でも、きっと美神さんの魂はこの世界にやって来ますよ。横島さん同様、前世の部分がお互いを感知するはずです』

「あそこに通路が残っている。そこで少しだけ待ってみよう。あまりゆっくりしていると、アシュタロスに追い付かれる」

 2人の意識が自分の言葉に頷くのを見て、横島は飛竜を抜き放ち周囲に気を配りながら、通路から少し離れた場所に立った。
 すると1分も経たないうちに通路が光り始め、そこからもの凄い勢いで光る何かが飛び出し、佇む横島の周りを高速で回転し始めた。
 平行未来では、アシュタロスの追跡かと考え文珠を出し戦闘態勢を取った横島だが、既にこれが美神の魂だと知っているため優しげな眼差しを送っている。
 やがて周りを回っていた光は瞬時に上昇し、エクトプラズムのように何かの形を取り始める。
 それは虚ろな瞳の、上半身だけの美神の姿になるとたどたどしく言葉を発し始める。

「…よ……こし………ま………く…ん」

「美神さん! よかった、まだ完全に魂が分解していない! 助けに来ました美神さん! 気をしっかり持って!!」

「み……かみ…………?」

 横島の言葉に微かな反応を返した美神だが、既に意識は殆ど無いようでコミュニケーションが成立していない。
 さらには、その姿が消えようとしている蝋燭の火のようにユラユラと揺らいでいる。
 そんな美神の様子を見て、横島は最早一刻の猶予も無いと言う事に気が付いていた。

「……やばいな。もう魂が分解寸前だ。ルシオラの時の経験で無理だとは思うが、応急処置にはなるかも知れないな」

 そう呟きながら、横島は自身の最大霊力発揮時に創った双文珠を出し、そこに『復活』と文字を込めて発動させようとした。
 しかし、横島の悪い予想は当たり、文珠は作用しない。

「やっぱり込められた霊力の問題じゃないみたいだな……」

『そうね。私の時もそうだったけど、ここまで壊れた魂を戻すのは文珠でも無理みたい。やはりアシュ様の装置を使わないと』

『そうですけど……美神さんはもう自分を保つのが限界みたいですよ? 応急処置として何かしないと……』

 小竜姫の言葉に考え込む一同。
 美神の魂は二文だの三文だの呟いている。
 おそらく、三途の川の渡り賃の値切り交渉を行っているのだろう。

「いかん…! もう気合いが殆ど残っていないぞ、こりゃあ……。このままだと分解を止められない!」

 平行未来では、捨て身の策として横島が「シリコン胸!」との暴言を吐き、その結果美神の再び元気になった。
 だが、今の横島と美神の関係は、平行未来でのそれとは異なるのだ。
 どちらかと言えば、この場合体を張るのは恋人である西条の役目だろう。

『どうしますか、忠夫さん?』

「……ここは、西条さんに泥を被ってもらうか」

 そう呟くと、横島は美神から少し距離を取り、『伝』の文珠を放り投げるとスーッと息を吸い込み大声で叫んだ。

「美神さんっ! 西条さんが魔鈴さんと浮気してますよー!! やっぱり守銭奴より家庭的な女性が良いそうです!!」

「……な、なんですって―――っ!! 何で私が魔鈴なんかに負けるのよ―――!! ……はッ? …って、あれ? ここは……?」

 ほとんど脊髄反射で声の主を殴ろうとした美神だったが、横島は文珠を介して声を伝えたため、その稲妻のようなフックは空しく空を切った。
 そしてその拍子に、美神は一時的に意識を取り戻したのだった。

「ここはアシュタロスが宇宙のタマゴ内部に創った世界です。いやーよかった。危ない状況だったけど、一時的とはいえ何とか持ち直しましたね」

 何食わぬ顔で美神が意識を取り戻した事を喜ぶ横島。
 だが、2人にそれを喜んでいる時間は与えられなかった。
 いきなり通路が空中に出現して光り、そこから人形だが異形の存在が2体現れ、2人に向かってきたのだ。

「ピ――ッ! ピキュ――ッ!」

「!! 横島君、文珠を……! 奴らを吹っ飛ばして!!」

「ワームか……! ここはアシュタロスに知られたようだな」

 既に横島が平行未来の記憶を持っている事を知っている美神は、細かい説明を抜きにして現れたワームの処分を横島に依頼。
 横島も、美神の言葉を聞く前に既に『滅』の文珠を取りだし、即座に目標に投げつけた。

 ビキッ! ドシュウゥゥゥウウッ!!

 流石のプログラム・ワームも、今の横島の文珠の前では敵になるわけもなく、一瞬で2体とも消滅させられてしまう。
 当面の敵は倒したが、横島は即座に行動を開始した。

「今のワームが送った情報で、アシュタロスは俺達の位置を掴んだはずです。急いで亜空間迷宮の心臓部に行き、逆操作で美神さんの魂を再生し、さらに装置を破壊しないと……」

「よーし! 横島君が一緒なら力強いわ! 逃げるのはもう終わりよ! やっと……あのクソ野郎に一発カマすチャンスが来たわ…!! 溜まっている借りを――百兆倍にして返すッ!!」

 いつの間にか上半身を完全に形作った美神の魂は、鼻息も荒く復讐宣言を告げる。
 その姿に、横島は単純に感心していた。

『この執念が、今まで美神さんを支えてきたんだな……』

『そうみたいね。でも……この執念は凄まじいわ。美神さんの魂って、人間離れしたパワーを持っているわね』

『まあ、美神さんですから……』

 頭の中で、三者三様の感想を述べ合う3人だったが、元気になった美神を連れて再び亜空間迷宮へと向かうのだった。



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