フェダーイン・横島

作:NK

第114話




「グオオオオオッ!!」

「キシャアァァァアッ!!」

 強靱な肉体同士がぶつかり合い、その衝撃波は周囲の家屋の窓ガラスを破砕する。
 マンティアの残像によって数十にも見える鎌の斬撃を、驚くべき動態視力を以て躱していく雪之丞。
 そして反撃にと振るわれる強大なパワーと鋭利な爪を、こちらも素早い動きで回避するマンティア。
 だが雪之丞は追撃とばかりに集束霊波砲を放つ。
 ビームと呼んでも過言ではない攻撃を、魔力を凝集させた鎌を振り抜き、切断波を飛ばして斬り裂く。

「ハア、ハア、ハア……。予想以上にやるじゃねーか、カマキリ野郎! 横島との戦いを見ていたからただ者じゃねえと分かっていたが、ここまでとはな」

「ギ、ギ、ギギ……。貴様もな。まさかあの男以外に、これ程の力を持つ者がいるとは思わなかったぞ。なかなか楽しませてくれる」

「そりゃどーも。喰らえっ!!」

 ドンドンドンッ!
 
 お互い着地し、肩で息をしながら言葉を交わす雪之丞とマンティア。
 雪之丞は魔装術を展開しているので、傍目には悪魔同士の凄惨な戦いにしか見えないところが悲しい。
 制御可能なチャクラを全開にし、魔族のジークフリードと憑霊して中級中位魔族レベルの力を手にした自分が攻めあぐねる相手。
 無論、敵の攻撃も自分は防ぎきっている。
 だが、マンティアの実力を素直に認めた雪之丞は、膠着した戦闘を抜け出るべく、いきなり後ろからルシオラ謹製のFN・ファイブ・セブンを抜いて発砲した。
 至近距離からの精霊石弾の回避は、例えマンティアでも難しいだろうと考えての攻撃。
 無論当てる気だが、雪之丞としては五鈷杵を取りだし霊波ブレードを抜き放つための時間稼ぎを狙ったもの。

 キンッ! キンッ! キキンッ!!

「なにっ!?」

 銃撃と共に後方へと跳躍した雪之丞は、空中で五鈷杵を抜きながらその眼を大きく見開いていた。
 マンティアに襲いかかった精霊石弾が、全て空中でその進路を変えビルの壁や道路面に突き刺さったのだ。
 着地と同時に油断無く霊波ブレードを構えた雪之丞は、過去の戦闘シーンを思い出し敵の技の正体を悟った。

「そうか……。魔力糸を使うんだったな、アンタ」

「よく覚えていたな! では斬り刻まれるがよい!!」

 言葉と共にマンティアの左手が振るわれ、翼を広げて空へと飛び上がった雪之丞が寸前まで立っていた道路のアスファルトが無数の破片となって、空中へと舞い上がる。
 舌打ちしたマンティアは魔力糸を巻き取ると、こちらも跳躍から飛行に移り雪之丞を追撃した。



「ククククッ! おんなぁ!! そのツラも身体も斬り刻んでやるぜぇ!」

「ちっ! ゲスめが!」

 欲望に忠実な表情で喚きながら、手の甲から生やした剣状の鋭い突起を突き、あるいは薙いで斬撃を繰り出すスパイダロス。
 それを時にはヒトキリマルで防ぎ、あるいは躱し、そして手裏剣を投げて敵の攻撃意図を挫く九能市。
 だがスパイダロスを相手にする以上、ワルキューレとの憑霊レベルは最大にしなければならないため、口調や考え方の境界が曖昧になりつつあった。

「ひゃははははっ! どうしたよ小娘、いやワルキューレが取り憑いているんだったな。お前を嬲り、切り刻めるとは嬉しいぜ!」

「そうですか。では私から銃弾のプレゼントですわ」

 足元目掛けて吐き出されたクモの糸を、羽ばたき空へと逃れる事で躱した九能市は拳銃を抜いてポイントし、まるでフルオートのように連射する。
 だが拳銃を支えている細腕は、連続射撃による反動にもビクともしない。
 スパイダロスは自分目掛けて発射された精霊石弾を、再び口から放ったクモ糸の束で絡め取り全てを無力化し、右手の突起をブーメランのように投げつける。
 唸りを上げて飛来する刃を、こちらは魔力弾を放ってぶち当て軌道を逸らす事で回避した。
 弾かれた刃は横のビルの壁面に突き刺さり、舌打ちをするスパイダロス。

 ドンッ! ドンッ!

 九能市は敵の攻撃を躱し即座に魔力弾を連射して反撃するが、スパイダロスはクモ糸を伸ばして巻き付け、跳躍すると横のビルの壁にへばりついた。
 さらに背中からベキベキと長い脚が4本生え、壁をしっかりと掴むとカサカサと素早く壁を這い回る。
 予想外の動きに九能市とワルキューレの動きが一瞬止まる。
 その隙を逃さず、スパイダロスは口から何条ものクモ糸を吐き出し、九能市の左右の動きを封じ込めようと糸を張り巡らせた。

「えっ!? これは……クモの巣!?」

 触れてしまえば動きが取れなくなると判断し、FN・ファイブ・セブンを撃ちながらさらに上昇しようとする九能市。
 だがスパイダロスは正にクモという動きでそれを躱し、九能市の頭を押さえるかのように大量のクモ糸を吐き、それ以上高く飛べないよう網を張ってしまう。

「まずい! このままでは敵の術中に陥ってしまいますわ」

「そういうことだ。ひゃははははっ! これでテメエは俺様の巣に掛かった哀れな獲物ってわけだ。じっくり楽しませて貰うぜ」

 そう告げると、スパイダロスはさらに下方にも網を張り、九能市をクモの巣という檻の中に閉じこめた。
 そして壁から離れ、静かに巣の上に乗り滑るように動き回る。
 彼が以前小竜姫と戦ったような地形は、本来彼の得意とするフィールドではない。
 スパイダロスは、このように立体的に動き回る事のできる場所を、自分の狩り場として好んでいた。

「本当にまずいですわ……。何か脱出の手段を捜さないと」

『確かにな。奴の動きは素早い。このままだと奴の攻撃を捌ききれなくなるぞ』

 自分に憑霊しているワルキューレと話し合い、九能市は懐から竹筒のようなものを取り出した。
 その中身は油……。
 それを張り巡らされたクモの糸に垂らし、ニヤリとしながら火を点けた。



 ドッ! ドンッ!!

 パピリオの右手から魔力砲が連射される。
 迸る光条は進路上に迷い込んだ悪霊を瞬時に消滅させながら目標へと突き進むが、狙われた標的はパピリオの魔力砲発射と同時にその弾道を見切り、身を翻して攻撃を躱した。

「ふんっ! 確かにパワーは私より上だが、戦い方がなってないな。そんな力任せの単調な攻撃で、私を倒せると思うか!?」

 翼を広げジグザグに飛びながら、お返しとばかりに魔力砲を撃ってくるガーノルド。
 ルシオラの導きのよって集束度を上げたパピリオの攻撃だが、流石に闘い方までは未だ以前とそれ程変わっていない。
 人界で強大な魔力を使えるように生まれてきたパピリオは、確かに戦闘の訓練を受けていたが、それは自分の特性を活かしたパターンが主だった。
 したがって、手の向きや視線、微細な筋肉の動き等を見る事で、ガーノルドはパピリオの魔力砲を見切る事ができたのだ。

「クッ! おまえもヨコシマや小竜姫のような事を言うんでちゅね!」

 悔しそうに呟くパピリオだが、それでもここ数週間で教えを受けた事を忠実に守り、技で圧倒的に優れるガーノルドと近接格闘戦をしようとはしない。
 南極で防御を固めたものの、雪之丞達の攻撃で内部にダメージを受けた事を忘れてはいないのだ。
 しかし、ガーノルドとてパピリオを倒す決め手に欠けている事は事実。
 何しろ彼の持ち味は、魔剣を操る剣技にある。
 それには何としても、パピリオとの近接戦闘に持ち込む必要があった。

「こいつ……戦い方が上手いでちゅ。やっぱりこれまでもみたいな、単純な力押しだけでは倒せないでちゅね」

 元々人界駐留の神魔族と、たった3鬼で戦えるように創られたパピリオである。
 ベスパやルシオラ同様、組み込まれている戦術サブルーチンは優秀なのだ。

「まあいいでちゅ。それならそれで、戦い方を変えればいいんでちゅから……」

 敵であるガーノルドは、地上にある建物を巧みに使って動き回っている。ならば、それらを使えないようにするか、こちらがそれを無視できる状況にすればいいのだ。
 そう呟いて頷いたパピリオは、いきなりベクトルを90度上へと変更させると、高速で空高くを目指して飛翔した。

「ふん、チビのくせにいろいろと考えてはいるようだな……」

 自分の上を抑えようとしているパピリオの考えを読んだガーノルドは、舌打ちをしながら自らもパピリオを追撃する。
 遮蔽物が無くなるのは辛いが、このまま距離を開けた砲撃戦となれば負けないまでも勝ち目もないから。
 こうして雪之丞とマンティアに続いて、パピリオとガーノルドも空中戦へと突入した。



「大丈夫、西条クン!?」

「僕はまだ平気です!」

 神通棍を持つ美智恵と、聖剣ジャスティスを構えた西条は、襲いかかってくるスコルピオの連撃を必死になって防いでいた。
 スコルピオはサソリ型の魔族である。
 その尻尾の先端には、強力な毒バリが付いているのだ。
 だが毒バリだけではなく、猛スピードで振るわれる尻尾自体も恐るべき武器となる。

「喰らえ、銀の弾丸!」

 後ろに飛んでスコルピオの攻撃圏から脱した西条は、懐から愛用の拳銃を抜き素早く腰を落とすとトリガーを連続して絞る。
 銀の弾丸は狙い違わずスコルピオに当たったが、彼女の外殻はその程度ではビクともしなかった。

 その返礼は即座にやって来た。
 スコルピオの双丘が光り、2条の魔力砲が放たれたのだ。
 薙ぎ払うように放たれた魔力砲を、姿勢を低くして躱す西条と美智恵。
 熟練のGSである2人であっても、この距離で攻撃されては防戦に廻るしかない。
 そんな2人を、冷たい微笑みを浮かべて眺めているスコルピオ。

「フフフ……、人間にしては結構やるじゃないか。だけど、これでお終いさ」

 スコルピオの言葉と共に、薄暗い地面がガサリと動いたような気がして西条は地面を凝視した。
 すると……彼の眼は地面に蠢く多数の物体を認める。

「先生、これは!?」

「…っ!?」

 西条の声に視線を落とした美智恵も、這い回る無数の影に驚きの表情を見せた。

「この子達は、私の可愛い下僕である人食いサソリさ。香港では使う間もなくやられたからね。さあ、お行き!」

 スコルピオの言葉と共にガサガサと進み始めるサソリの群。
 慌てて対処しようとする2人に、ニヤリと口の端を吊り上げ魔力砲の照準を付けるスコルピオだったが、ハッとして上へと顔を向ける。
 彼女の視線の先には、上から襲いかかってくる人影があった。

「くっ!? やつらの仲間か?」

「拙者、犬塚シロと申す! 覚悟!」

 シロは美智恵達と事前に打ち合わせ、スコルピオに見つからないよう身を隠し、勝機を窺っていたのだった。
 右手に輝く霊波刀が振り下ろされ、慌てて上げられたスコルピオの鋏の腕と火花を散らす。
 空中のシロを串刺しにしようと繰り出された尻尾の一撃を、左手から放った霊波砲の反動を利用して躱すと、シロはスコルピオの前に着地する。

「お前、人狼か?」

「その通り! 行くでござるよ!」

 人間を遙かに越える動きで、シロはスコルピオとの距離を一気に縮め霊波刀を繰り出した。



「おキヌちゃん、我々が守るから君はネクロマンサーの笛を吹き続けるんだ!」

「ミス・おキヌ、悪霊は・一つたりと・近寄らせ・ません」

「みんな〜頑張って〜」

 強敵である再生魔族を雪之丞、九能市、パピリオ、美智恵、西条、シロに任せ、残りのメンバーは空を埋め尽くさんばかりの悪霊達を掃討していた。
 それぞれが別れてから、おキヌはピート、マリア、冥子の12神将に守られ一生懸命ネクロマンサーの笛を吹いている。
 冥子の場合は、式神を出して自分はカオス同様守られている状態だが……。
 ネクロマンサーの笛により、GS目掛けて集まってきた悪霊のかなりの数は成仏していったが、強力なものは残って襲いかかってくるのだ。
 先程までエミもいたのだが、今はタイガーと唐巣と一緒に突撃して数十m先で戦っている。

「このッ……!」

「いくわよ、霊体撃滅波!!」

 タイガーがその巨体を使い襲ってくる悪霊を吹き飛ばし、さらには凄まじい勢いの連続突っ張りで跡形もなく消し飛ばしていく。
 少し前までエミもブーメランに霊力を流し込み、それを振り回す事で悪霊達を引き裂いていたが、戦いをタイガーと唐巣に任せ霊力を練り上げていた。
 そして守ってくれる2人に声をかけると、一気に練り上げた霊力を全方位に放射する。
 念法修得によって、チャクラを全開にする事で溜を殆ど作らずに放てるようになった霊体撃滅波は、エミ達の周囲にいた悪霊達を一瞬で消滅させ、一時的にこのエリアを安全地帯へと変えた。
 それを見て、おキヌ達が戦いを止め全力でエミ達の元へ走り寄る。

 エミ達が先行して霊体撃滅波を使って橋頭堡を築き、悪霊達が一時的に殆どいなくなった隙に残ったメンバーが前進。
 そしてエミが回復するまで全員で守る、というパターンで突き進んできたのだ。

「後少しでコスモ・プロセッサに着きますね」

「他のみんなは大丈夫かしら〜?」

「今は信じるしかないワケ! 私は少しの間霊力の回復に努めるから、その間はまたお願いね」

「任せてほしいですのー!」

 こうして、横島達がアシュタロスと戦いっている間も、各所で戦いが繰り広げられていた。






「でも、美神さんがこのタマゴの心臓部である、魂の結晶がある場所を見つけていてくれて助かりました。これで時間が短縮できる」

「無限の可能性を内包する宇宙のタマゴ。あのバベルの塔内で見たものの完成品がこれとはね……」

 亜空間を連れ立って移動する横島と美神の魂。
 横島は自分の記憶を辿って中心部に行こうと考えていたが、美神が既にその場所を探し当てていたため、最短距離でそこへと向かっていた。
 尤も美神が先導しているが、横島も平行未来の記憶を頼りにチェックはしている。
 やがて、目前に通路が現れた。
 この先に間違いなく、宇宙のタマゴ……いや、コスモ・プロセッサの心臓部があるのを感じて、横島は美神と共に通路に飛び込んだ。

 ヴュ…ヴンッ

 通路を潜り抜けた横島は、目の前にこれまでとは違った空間が広がっているのを確認した。
 そこは、空間を囲むように無数の通路が存在する、奇妙な場所。

「ふーん、この通路が全て、タマゴの中に存在する可能性の世界へと繋がっているわけか。確かにここは……」

「ええ、亜空間迷宮の心臓部……! これで――奴の首根っこを押さえたってわけよ!!」

 記憶にはあるが、実際に眼にするのは初めてだった横島は、この空間を一目で理解した。
 ここから魂の結晶のエネルギーを使い、アシュタロスの望む事象を持つ世界と現実の世界を繋ぎ、天地創造を可能たらしめる。
 正にコスモ・プロセッサの中心部と言ってよい。
 そして迷い無く進む彼等の前に、やがて眩い光を放つ魂の結晶が見えてきた。

「成る程……エネルギー結晶ってわけだ」

「そうね、こんなのが私の魂と融合していたとはね……」

 それぞれが湧き上がる思いを胸に、暫し魂の結晶を見詰める横島と美神……。
 横島は、平行未来でルシオラの復活をアシュタロスに妨害された事を。
 美神は朧気に浮かんできた、前世での高島との死別を。
 各々の、魂の結晶に関わって一番強く残っている記憶を思い出す。
 だが、感傷に浸っている時間は無いのだ。

「じゃあ美神さん、ここから装置を逆操作して復活を」

「ええ。さーて、私の指先一本で……あんな奴でんぐり返してやるッ!! 私が美神令子だってこと―――アシュタロスも思い知るのよッ!!」

 言葉と共に指先を魂の結晶に近付けた美神の願いに応え、コスモ・プロセッサが作動して美神の魂を再生していく。
 そして再生と共に、外の世界へと出ていくのを感じる美神。

「OK! 魂が再生されながら外へ出ていく…! 逆操作成功よ!! 身体に戻れる!!」

「多分コスモ・プロセッサ周辺は、小竜姫とルシオラが制圧しているはずです。2人と合流してください」

「わかった! 私は外に戻っちゃうけど、装置の破壊はお願いね!」

「了解!」

 消え去ろうとする(外へと出た)美神の魂に了承の意を告げると、横島は魂の結晶を鋭い目つきで睨み付ける。

「これが魂の結晶……。アシュタロスの計画全ての源……か」

『これさえ取り外してしまえば、コスモ・プロセッサはもう動かせないわ。持って帰って破壊しましょう、ヨコシマ!』

『今回は迷う必要はないですからね、忠夫さん。急ぎましょう』

 ルシオラと小竜姫の意識の言葉に頷くと、横島は魂の結晶に手を伸ばす。
 今ここで破壊してしまうと一気に亜空間が崩壊し、脱出が困難となるため、このまま持ち出して現実世界で破壊した方が良いのだ。
 そして同時に4個の単文珠を取り出し、アシュタロスの追撃に備える。
 取り出した単文珠は、既に文字と術式が込められた法術文珠だ。
 だが正に横島の指が結晶に触れようとしたその時、いきなり背後に通路が現れて腕が出てきたかと思うと、即座に高出力の魔力砲が放たれる。

「くそっ! もう来たか、アシュタロス!」

「調子に乗るなよ、ヨコシマ! 今のを見逃してやったのは、私にとっても、メフィストとの魂をここから除去する事が都合が良かったからだ。たかが人間1人の生死など、私にはどうでもいいからな。あいつは外に出た! 残ったお前は、私がここで殺す!泳がせるのはここまでだ!!」

 背後に現れた魔力を感知し、即座に反応して攻撃を避けながら横島が呟く。
 攻撃は躱されたものの、通路から完全に姿を現したアシュタロスが、ピクピクとこめかみを引きつらせながら横島に抹殺宣言を告げる。
 アシュタロスからは、抑えようとしても抑えきれないほどの怒りが見て取れた。

「ここでお前と一騎打ちをする気はないぜ、アシュタロス。それに無理に魂の結晶を壊さなくても、外では今頃ルシオラと小竜姫達が土偶羅をハッキングして、こっちの支配下に置いているはずだ。お前より先に戻って、コスモ・プロセッサごと破壊してやれば、そっちの計画はお終いだしな」

 今のアシュタロスに正面から戦っても勝ち目など無い、と冷静に彼我の戦力を計算した横島は、即座に踵を返して逃げにかかる。
 この辺、横島は極めてシビアな現実主義者なのだ。
 だが、アシュタロスがそれを見逃すはずもない。

「逃がしはしないぞ、ヨコシマ!」

 全速で逃げ始めた横島を追撃しながら、アシュタロスは魔力砲を連射する。
 それは掠りでもすれば、横島など一瞬で身体の半分を持って行かれるほどの出力を誇っているのだ。
 次々と放たれる魔力砲を懸命に躱しながら、横島は先程から持っていた4個の文珠を作動させるタイミングを計っていた。
 このままでは、いつかやられてしまうだろう
 自分は何としても、元の世界に戻らなければならない。

「土偶羅! 外の状況はどうなっている!? 土偶羅!? どうした? 報告しろ!!」

 一方、アシュタロスは横島を追撃しながらも、外の世界でコスモ・プロセッサの制御を行う土偶羅に対し呼びかけを続けていた。
 先程の横島の言葉で、土偶羅Uから小竜姫とルシオラが戻って来て攻撃を仕掛けていると、報告された事を思いだしたのだ。
 呼びかけても答えない忠実なる兵鬼の名を呼びながら、アシュタロスは外の状況がかなり危機的なものになっていると認めざるを得なかった。

「………どうやら、ヨコシマは囮も兼ねていたようだな。かくなる上は、ここでヨコシマを確実に殺し、その後外の連中も皆殺しにするしかないな」

 そう呟いた時、アシュタロスは横島の手から小さな球体がこぼれ落ちるのを見た。
 そして、それが何だか瞬時に理解する。

「あれは……文珠か!?」

「そうだ! 気が付くのが遅かったな、アシュタロス。今お前が見たのが最後の1個だ。暫く迷路を彷徨うがいい。『次元迷宮』!」

 横島の声と共に、アシュタロスを取り囲むように配置された、4個の文珠が光り輝く。
 文珠の作動を確認した横島は、進行方向に現れた通路へと身を躍らせた。

「お、おのれッ、これが次元迷宮か!? この私をこんな迷宮の術へと閉じこめようとは! 小癪な!!」

 横島を追撃しようとしたアシュタロスは、突然自分が目的としている場所ではなく別の空間にいる事を知って声を震わせる。
 怒りを堪えつつその後、数度の脱出を試みたが文珠によって展開された法術は一筋縄ではいかなかったのだ。

 そう、横島がアシュタロスの攻撃を受ける前に準備していた法術文珠はこれだったのだ。
 『次元迷宮』は、文字通りこの亜空間に横島が設定した特殊な閉鎖空間を作り上げる術である。
 スコルピオが、香港の地下で使った亜空間迷宮の上級バージョンと言えばわかりやすいだろう。
 尤も、中級神魔族相手であればそれこそ月単位で閉鎖空間内を彷徨わせる事ができる術なのだが、魔神であるアシュタロス相手では少しの間の足止めにしかならないことなど、仕掛けた横島も承知している事。

 これが横島の立てた策だった。
 美神の魂復活が成った今、とにかくアシュタロスより先にここから抜けだし、現実世界で対処する時間を稼がなければならない。
 そこで必要となるのが、アシュタロスを宇宙のタマゴ内部に足止めし、次の作戦発動までの時間を稼ぐ事だったのだ。

 何度通路を通っても、元の場所に戻ってしまうと言う状況に陥ったアシュタロスは、ついに堪忍袋の緒を切らせた。
 つまりアシュタロスは、またもや横島に出し抜かれた事への怒りと、早く戻ろうとする焦りに全身を委ねながら、この忌々しい術を破るべく最も単純で早く、且つ消耗の大きい方策を選んだのだ。

「お…おのれ――――ッ!! おおおおおッ……!!」

 怒りにまかせて全身から強大な魔力を爆発的に放射し、一瞬で術を構成する術式や霊力諸共、圧倒的パワーで自らを閉じこめている空間を吹き飛ばす。
 それは己の持っている魔力の、それ相応の量を消耗する下策とも言える手段。
 だが、一刻を争う上にここで怒りを発散しておかねば、またもや横島達に出し抜かれる可能性が大きいのだ。

「フヒ……フヒヒヒヒ! ハーハッハ! これで私をこの場に縛ろうとする物は全て排除した! 待っているがいい、ヨコシマ!」

 アシュタロスは、目の前に浮かぶ通路へとその身を沈めていった。






「小竜姫さん、そっちは終わった?」

「はい、こちらは終了です。ルシオラさんの方は?」

「終わったわ。後はヨコシマが上手くやってくれるのを待つしかないわね」

 アシュタロスがタマゴに入った後、あらゆる手段を使って防御に当たるハニワ兵達を駆逐した小竜姫とルシオラは、各々の役割を果たすべく一心不乱に作業を行っていた。
 小竜姫の足元にはうず高く積まれたハニワ兵の残骸が山を成しており、さらに湧き出してくるハニワ兵を神剣で破壊しコスモ・プロセッサ周辺を制圧。
 ルシオラの方はと言えば、どこからか取り出したノートパソコン(逆天号戦で使ったジーク所有の物)の画面を食い入るように見詰めながら、眼にも留まらぬ速さでキーボードを操作している。
 よく見れば、ルシオラのPCからは何本かのケーブルが土偶羅Uへと伸びており、その先端のアンカーが突き刺さっている。
 そして土偶羅Uは虚ろな目をしており、何も話さずグッタリとしているというのが、その状態を説明するのに相応しかった。

「よしっ! これで土偶羅様のプログラム修正は完了よ。もう私達の命令通り動いてくれるわ」

「よかった。横島さんが出てくるまでに間に合いましたね」

 ポンッとエンターキーを押したルシオラが、漸くホッとしながら顔を小竜姫の方へと向ける。
 その言葉に、作戦の第2段階が上手くいった事を喜ぶ小竜姫。
 彼女達が行おうとしている事は、簡単に言えば最初の対逆天号戦で採用した作戦と同じである。
 逆天号同様、土偶羅も兵鬼であり、その思考や行動はインプットされたプログラムによって支配されている。
 つまり、土偶羅も土偶羅Uも、アシュタロスに絶対的な忠誠を誓っているのは、そのようにプログラムされているからなのだ。
 アシュタロスが横島を追って宇宙のタマゴに飛び込み、防御がハニワ兵のみになった隙を突いて土偶羅Uにサイバー戦を仕掛け、これを制圧する事こそ小竜姫とルシオラに託された作戦だった。

「作戦通りにいっていれば、そろそろ美神さんが復活しても良い頃なんだけど……」

 ビクン……バチバチバチ

 ルシオラがそう言いかけた時、突然それまで屍のように転がっていた美神の肉体が、微かに動き光り始めた。

「小竜姫さん、美神さんの肉体に変化が!」

「ええ、魂が再生され肉体に戻りつつあります。横島さんが成功したようです」

 小竜姫の言葉が終わらないうちに、美神の瞳がカッと開かれ開かれ光を纏いながら身体を起こす。
 その姿を見て、ホッと胸をなで下ろすルシオラと小竜姫。

「も……戻った!!」

「美神さん。よかった……ヨコシマが上手くやったみたいですね」

「復活できて何よりです。それで、横島さんはどうしました?」

 美神を覗き込みながら、片膝を突いて笑顔を見せるルシオラ。
 小竜姫も同様だが、横島の事を尋ねるあたりは流石だ。

「横島君はコスモ・プロセッサを破壊するために、中心部に残っているわ。多分、もうすぐ出てくると思うけど………。それより、アシュタロスが出てきたらどうするの? アイツの魔力は半端じゃないわよ」

「後はヨコシマが、アシュ様より先に出てこられるかどうかね。土偶羅様、ヨコシマとアシュ様の現状は?」

『……現在、ヨコシマは亜空間迷宮より出てこちらに向かい移動中。アシュ様は次元迷宮に囚われ、足止めされています』

「そう、ありがと。どうやら今のところ順調みたいね……」

 既に会話が美神とルシオラのみで行われているが、小竜姫は再び湧いてきたハニワ兵を蹴散らしているためである。
 だが、ルシオラは微妙に暈かして話をしており、策はあるようだがその内容を語ろうとしない。

「まあ……対抗策がきちんとあるなら問題ないわ。ところで、他のみんなはどうしたの?」

「皆さんは、コスモ・プロセッサによって再生された魔族達と戦っています」

「私達をここに来させるために、防衛網を引き付けてくれたの」

 さり気なく、ハニワ兵を掃討し終えた小竜姫が戻って来ていたが、そんな事は美神にとって些細な事。
 言われてみれば、無数の悪霊が空を飛び回っているし、確か宇宙のタマゴ内部で魔族が復活するのを見ていた事を思い出す。
 おそらく、彼女の恋人である西条もここではない場所で戦っているのだろう。
 そう思ってコスモ・プロセッサから眼を離そうとした瞬間、宇宙のタマゴがまるで放電するかのようにバチバチと輝き始めた。

「来るわよ、小竜姫さん!」

「ええ、アシュタロスはまだのようです!」

 2人が緊張のあまり身構える中、タマゴ表面にエネルギーが集約し横島がその姿を現した。

「横島さん!」

「ヨコシマ!」

「横島君!」

 3人の叫び声をバックに、横島は空中で身体を丸めて回転させ、見事な着地を披露する。
 だが横島は、即座に立ち上がると、急いでコスモ・プロセッサの操作席へと走り寄り、戸惑うことなく座ると鍵盤型操作パネルに手を伸ばした。
 そして、自らの記憶からアシュタロスのものを選り分けて整理し、横島は完全にコスモ・プロセッサの操作方法を理解する。
 その行動に、横島達が何をしようとしているのかを悟った美神は驚いて叫ぶ。

「横島君、まさかこの装置を使ってアシュタロスを倒すつもり!?」

「その通りですよ、美神さん。現状でアシュタロスを倒すだけのエネルギーを持つ物は、魂の結晶をエネルギー源としたこのコスモ・プロセッサだけです!」

 そう言われて美神はさらに驚いたのだが、言われた事自体は至極わかりやすい事だった。
 確かに、現状で最もエネルギー量が大きいのはこの装置だろう。
 アシュタロスだけでは不可能だった、コスモ・プロセッサを動かし、天地創造をするだけのエネルギーを持つ魂の結晶。
 そのアシュタロスが数百年追い求めた物を使って、逆に魔神を倒そうというのは、かつてパイパーを倒した際の美神の発想と同じなのだから。

 ギュバッ! バチバチバチ……
 ……ヌッ!

 横島が今正に操作を行おうと指を動かした時、宇宙のタマゴが光り輝き激しく放電を始めた。
 そして、中から浮かび上がるように姿を現すアシュタロス。
 その表情は怒りに震えている。

「貴様が作った迷宮は破壊した。もう小細工など通用せんぞ! 今度こそ邪魔者を全て排除…………何をする気だ、ヨコシマっ!?」

「今度こそケリをつけようってことさ、アシュタロス。わかってるんだろう? この状況でお前を倒す……いや、救う事ができるのはこのコスモ・プロセッサだけだって事に……」

 身体半分までを出現させ、怨嗟の言葉を吐きながら横島達の事を睨み付けたアシュタロスだったが、横島が堂々とコスモ・プロセッサの操作席に座っている姿を見てギョッとしたような顔で、思わず敵に対してえらく素直に質問してしまう。
 それに対する横島の答えは、これまたとても静かに、しかし断固とした意志が籠もった声で返された。 

「……っ!! そうか貴様、コスモ・プロセッサを使って私を―――」

「正解だ、アシュタロス! お前をこの世界から完全に、消去(デリート)だ!」

「な……」

 バアアアッ!

 決め台詞を放ちながら横島の指が鍵盤を操作すると、コスモ・プロセッサは忠実に操作者の意志を反映させ、その性能を余すところ無く解放する。
 やっと宇宙のタマゴから全身が抜け出したアシュタロスは、瞬時にその身を強大なエネルギーに包まれた。

「なぜだ!? あのコスモ・プロセッサをなぜ奴が動かせる? そうか、平行未来での知識とこの前の『模』の文珠で私の記憶と思考を―――」

 自分の霊基構造が着実に消滅していくのを感じながら、アシュタロスは横島が自分と同じように躊躇無く且つ的確にコスモ・プロセッサを操作できるのだろう、と考える。
 だが、アシュタロスの優秀な頭脳は即座に正解を導き出した。
 そう、横島は平行未来ではあるが様々な知識を持っているはずだし、何より南極で自分の魔力も記憶も、知識さえもコピーして自分の物にしたではないか。
 故に、横島はコスモ・プロセッサの的確な攻略法を考えつく事ができたし、その操作方法もマスターしていたのだ。

「おぉぉぉおっ! 私が……消えていく。これで、我が野望は潰えたが――魂の牢獄からは抜けだし、滅びる事ができる……」

 先程までの怒りの表情が嘘のように穏やかになり、満足そうな笑みを浮かべるアシュタロス。
 彼の望む天地創造は阻止されたが、これで自分は完全に滅びる事ができる。
 何より、自ら構築した理論に基づいて作り上げたコスモ・プロセッサの性能を熟知しているアシュタロスである。
 自分に何が起こり、そしてどうなるのかを理解した故の表情だった。

「…………アシュ様、嬉しそう」

「これで最早……神魔族の最高指導者でさえ、奴の魂をどうこうする事はできない。アシュタロスは――漸く死ねたんだ」

「そうですね。……もう誰もアシュタロスを魂の牢獄に繋ぎ止める事はできないでしょう」

 光と共に消滅していくアシュタロスを、なぜか厳粛な気持ちで見送っている横島達。
 彼が旧主であるルシオラは無論の事、横島も彼の記憶を得て、その思いを知っているからこそである。
 そして小竜姫も、横島やルシオラの意識から感じたアシュタロスの苦悩を知っている。
 数千年の時を掛け、自らの消滅をこそ願っていた魔神の最後を、彼等は立ち会いその目に焼き付けたのだった。

 ――そして魔神は、その魂を完全に消滅させた。



 まるで友人の最期を看取るかのような3人の姿に、声をかける事ができず傍観者になっていた美神。
 以前から横島達は、アシュタロスに対して同情のような感情を持っている事に気が付いていた。
 そして、ルシオラに関連して横島がアシュタロスと浅からぬ因縁を持っている事も……。
 それ故、珍しく静かにしていたのだが、ある事に気が付いて声をかけた。

「横島君、アシュタロスは何とか滅びたようだけど、このコスモ・プロセッサはどうするのかしら?」

「こんな究極の世界操作装置を残して置くわけにはいきません。これで用済みですから完全に破壊しますよ」

 美神の問いに、笑みを浮かべながら応える横島。
 そしてその言葉と共に、何か小さな物が宇宙のタマゴの中から飛び出して地面に落ち、ちょこちょこと横島の足元へと近づく。

「な、何!?」

「こいつが俺の『奥の手』です。あのタマゴの中心部から逃げる際、『奥手』と文字を込めた双文珠を密かに『遮蔽』の文珠と共に置いてきたんです」

「成る程、文珠で作ったマジック・ハンドっていうわけね!」

「ええ、これでエネルギー結晶を抜き取りましたから、もうコスモ・プロセッサはハリボテと同じです。後は魂の結晶を破壊すれば、全ては終息ってわけです」

 そう言うと、横島は最大霊力を込めて双文珠を創りだし文字を込める。
 そして右手に現れた文珠に『破壊』の文字を込めると、左手に持った結晶へと押し当てて文珠を作動させた。

 ガッ! ドオォォォオッ!!

 文珠の作動と共に、横島の手元から強烈な光が迸り魂の結晶は破壊された。
 そしてその反動か、同時にコスモ・プロセッサも崩壊を始める。

「ヨコシマ! ここは危ないわ!」

「すぐに退避しないと危険です!」

 ルシオラと小竜姫の言葉に、これでコスモ・プロセッサが壊れる事を知っている横島は即座に頷く。
 ルシオラが美神を抱き抱えると、横島達はその場から飛び去った。






「見て、横島君! 空を埋め尽くしていた悪霊達が次々に消滅していくわ!」

 崩壊するコスモ・プロセッサから離脱し、ホッと息を吐く横島の耳に美神の嬉しそうな言葉が飛び込んでくる。
 その言葉に釣られて視線を周囲に向けると、コスモ・プロセッサからのエネルギー供給が途絶えた悪霊達は、急激にその力を失い、姿を見せるエネルギーすら維持できなくて消えていくところだった。

「後は復活した再生魔族だけど……急速に弱体化するだろうから、おそらく雪之丞達なら大丈夫だろう」

「とは言っても、魔族達は消滅するわけではありません。コスモ・プロセッサが作動している間は、無尽蔵に魔力エネルギーが供給されていましたから、それをいきなり失ってエネルギーを使い果たすだけです」

「そうね。いわば無茶しまくっていた身体に、急速に反動がでたような状態ね。戦闘どころじゃないはずよ」

 3人の言葉を聞いた美神は、今度こそ本当に危機が終わった事を痛感する。
 これで自分が魔族につけ狙われる事も無いはずだ。
 しかもこれからは、以前のように悪霊をしばき上げ、多額の報酬を手にする生活だけが待っている。

 美神が感慨に耽っているのを尻目に、事態の収束を確認した横島達は静かに着地すると美神を下ろした。
 後は仲間達と合流し、お互いの無事を確認するだけ。

「令子ちゃん……! 令子ちゃんなのか!?」

「やっぱり生き返ったワケ…!」

「横島ー! 無事か?」

 15分ほど経って、美神の忍耐力がそろそろ危険になってきた頃、階段を上がってきた西条達が姿を現した。

「どーも! 久しぶり!!」

 自分の中では恋人候補No.1の西条や、日頃は喧嘩ばかりしているが友人でもあるエミの姿を目にして、美神は自分が生きているのだと実感する。
 生きていると言う事は……そして自分を想ってくれる人間が共に生きているという事は、何と嬉しい事なのだろう。
 美神は、そんな当たり前の事を改めて考えている自分に苦笑する。

「よかった……! 無事生き返ってたのか……!!」

「心配かけてごめんなさい。でも、もう――」

 駆け寄ってきた西条にギュッと抱き締められ、美神は珍しく素直にその身を委ねる事ができた。
 西条の心からの喜びと、そして感じていた心配が良く分かったから……。

「雪之丞、再生魔族はどうした?」

「もう一息まで追い込んだけど、悪霊共が消えていくのを見た途端、慌てて逃げていきやがった。残念だけど逃がしちまったよ……」

「そうか……。まあ仕方がないさ。今度出てきたら倒せば良いんだから、焦る事はない」

 雪之丞と九能市が横島と話している横では、パピリオがルシオラに抱き付いているし、シロは小竜姫に褒められて嬉しそうに尻尾を振っている。
 ふと視線を美神の方へと向けると、そこには西条と美智恵、美神が3人で寄り添っていた。

「やれやれ……。今度こそ本当に終わりにして欲しいもんだ」

 そう横島がぼやいた時、ふと何かに気が付いた小竜姫が空を指差した。

「あっ! 横島さん、天界からのゲートが開きました!」

「本当だわ。あら、魔界の方も開いたみたいね」

 小竜姫と反対側に寄り添っていたルシオラも、それを見て嬉しそうな口調で横島に見るようにと即す。
 そこには、漸くやって来た上級神魔族達の姿があった。

「やれやれ、これで俺達の仕事は終わったな……」

 横島の嬉しそうな呟きは、再び平穏を取り戻した空へと溶けていく。
 確かに困難な仕事だったが、彼には十分な報酬があったのだ。
 その両腕には、それを実感させる重みと温もりが確かに感じられるのだから……。


 ――こうして、横島達3人にとってのアシュタロス事件は終わりを迎えた――




(後書き)
 漸くフェダーイン・横島も最終まで来ました。
 正直言って、私ではアシュタロスの望みを叶え、且つこの状況を終息させる手段として、コスモ・プロセッサを使う方法しか思いつきませんでした。
 後はエピローグをちょっと書いて、この話もやっと終わりです。
 では、もう少しだけお付き合いください。


BACK/INDEX/NEXT

inserted by FC2 system