「ちぇっ、電話もだめか。モノレールも止まっちまったし、こんなとこで足止めくって、どーすんだよ」

 人気の絶えたモノレールの駅の構内で、少年はガチャリと音をたてて、公衆電話の受話器を置いた。
 少年は半袖のYシャツに学生ズボンをはいている。
 
『本日12時30分、東海地方を中心とした関東と中部全域に、特別非常事態宣言が発令されました。
 住民の方々は、速やかに指定のシェルターに避難してください』

 街中に設置されたスピーカーから、ひっきりなしに避難を呼びかけるアナウンスが流れる。

「まいったな。よりによってこんな時に待ち合わせなんて」

 少年は駅を出ると、駅前の階段に腰を下ろした。
 しゃがんで一息ついていると、太陽の光が少年の背中をゆっくりと暖めていった。

(迎えが来るまで、ここで待つか……)

 やがて少年は、こっくりこっくりと居眠りをはじめた。





 交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第一話 −使徒・襲来− (01)






(あれ、ここはどこだ? 確か自分の部屋で寝ていたはずだが)

 横島が目を開けると、まったく見覚えのない場所に座っていた。
 夜中に仕事を終えると、シャワーを浴びてそのまま寝床になだれ込んだはずである。
 しかし目を覚ました場所は屋外の、しかも見たこともない駅前の広場である。

(人気がまったくないな……)

 横島が立って周囲をきょろきょろと見回したとき、誰かの声が直接脳内に聞こえてきた。

(う、うわっ! なんで僕の体が勝手に動くんだ!?)

「おかしいな? 人の姿が見えないのに声が聞こえる。悪霊かなにかか?」

 横島は霊の気配も調べてみたが、まったく感じられない。

(僕が(しゃべ)ってないはずの声が聞こえる。いったいどうしたんだ!?)

「また声が聞こえた。ひょっとして……俺の中にいる!?」

(き、君はいったい誰? 何が起こったの?)

 横島は声を出さずに、自分の中にいる存在に向かって語りかけた。

(俺、横島忠夫。君は?)

(僕は碇シンジ。なぜ自分の体なのに、自分で動かせないのさ?)

(自分の体って……ひょっとしたら)

 横島は近くのトイレに駆け込むと、洗面台の上にある鏡に自分の姿を映し出した。

「うわっ! 俺なのに、俺じゃないヤツがうつってる!」

 その鏡には、半袖のYシャツに学生ズボンをはいた中学生くらいの少年の姿が映っていた。

(これは僕の姿だよ!)

「ということは……」

 横島は考えた。この状況からすると──

「えーっ! 俺が碇君に憑依(ひょうい)しちまったのか!」

 横島は韋駄天に()かれたことはあるが、他人に()いたのは始めてである。
 しかも、自分でやった記憶がない。

(あ、あの、憑依(ひょうい)って何です?)

「う〜ん。分かりやすく言うと、魂が他人に乗り移ってしまうことさ」

(魂? そんな非科学的な!)

「まぁ、GS以外の人間には理解できないよな。とりあえず座ってゆっくり話そうか」

(GSって何です? ガソリンスタンドのことですか??)

「全然違うけど……。ま、いいか。とにかく、状況を整理しよう」

 横島は憑依(ひょうい)しているシンジの体で、元の駅前の階段へと向かった。




 横島は最初に座っていた駅前の階段に腰を下ろした。
 スピーカーから流れるアナウンスもいつのまにか途絶え、街は静寂に包まれている。

「じゃあ、自己紹介からしようか。俺は横島忠夫。19歳。職業はゴースト・スイーパーさ」

(僕の名は、碇シンジです。14歳。現在は中学生です。
 ところでゴースト・スイーパーって何ですか? 大昔にそんな映画がありませんでしたっけ?)

「それはゴーストバスターズ! ゴースト・スイーパーというのは、依頼に応じて悪霊や妖怪を退治する仕事さ。
 略してGS。ところで、ここはどこ? 今は何年?」

(今年は西暦2015年。ここは新箱根湯本ですけど)

「2015年! あっちゃ〜〜、時間移動までしちまったのか」

 驚いた様子の横島に、シンジが恐る恐る話しかけた。

(あの、時間移動って何ですか?)

「ああゴメン。驚かせちまったな。いや、実は俺、1995年の東京にいたはずなんだ。
 前にも200年先の世界に飛んだことがあるんだけど、その時は他人に憑依(ひょうい)なんてしなかったしな」

(何のことかまったくわからないですが、とりあえず元の状態に戻してください)

「わからん」

(……)

「いや、俺がどうやって碇君に憑依(ひょうい)したか分からないのに、元に戻る方法がわかるわけないじゃないか」

(僕のことは、シンジって呼んでいいですよ。とりあえず、体を返してください)

「それなら、たぶんできるよ。こっちの力を抜くから、体を少し動かしてごらん」

 シンジは手のひらを広げてみた。

「うわっ! ちゃんと動く!」

(おっ、きちんとできたな。じゃあ、もう一回代わってみるか)

 次の瞬間には、再び横島がシンジの体を動かしていた。

(ああっ! また動かなくなった)

「シンジ君より俺の霊力の方が強いみたいだな。まぁ、心配しなくていいよ。あまり勝手なマネはしないから。」

 横島はもう一度、体の制御をシンジに戻した。

「すみません。やっぱり体が動かないと、落ちつかなくて」

(誰でもそうさ。ところで、何で昼間なのに人影がまったく無いのかな?)

「さっきまで、警戒警報が出てましたから。みんなシェルターの中に避難していると思います」

(シェルターって……。ひょっとして戦争?)

「さぁ、僕にもさっぱり……」

(ところで、何でシンジ君は避難しないんだ?)

「待ち合わせしてますから。父に呼び出されたんです」

(これからシンジ君のお父さんが、迎えに来るんだ)

「……いえ、父はそんな人じゃありません。代わりに、この人が来ると聞いています」

 シンジは胸のポケットから手紙を出すと、そこから一枚の写真を手に取った。

(へぇー。ちょっと年増だけど、なかなかイイ女じゃん。胸は美神さんより、少し大きいかなぁ)

 その写真には、ノースリーブのシャツを着た女性の姿が写っていた。
 男性を挑発するかのように胸の谷間を強調したポーズをしており、ピースサインをしていた。

「僕はヘンな女だと思いますけど……」

(仕事で、グラビアモデルでもやってるのかな?)

 お父さんの愛人かと横島は聞こうとしたが、さすがにその言葉は胸の内に収めておいた。




 ゴオオォォォ……

 その時、シンジのすぐ上空を、一機の戦闘機が轟音(ごうおん)をあげながら通過していった。

「あんなに低く飛んでる」

(や、やっぱり戦争なのか!? 憲法第九条はどこへ行ったんじゃーー!)

 シュパアアアーーッ

 さらに巡航ミサイルが駅前のビルのすぐ上を、低空で飛んでいった。

 ドーーーーン!
 ズズズーーン!

 シンジがミサイルの飛んでいった先を見ると、山の稜線(りょうせん)の向こうから二本足で立つ巨大な化け物が姿を現した。

「な、なんだよ。あれ」

(けっこうでかいが、究極の魔体に比べればまだまだだな。未来にも、あんなヤツがいたのか)




 シンジも横島も巨大な化け物を目の前にしながらも、ほとんど慌てていなかった。
 だが、彼らと戦っている国連軍の部隊は、彼らのような余裕はまったくなかった。
 すべての攻撃が通じていないのだから、当然の反応とも言える.

「ミサイル攻撃でも歯が立たんのか!」

「全弾直撃のはずだぞ。なんてヤツだ!」

 その化け物は二本の足でゆっくり歩きながら、街中に向かってゆっくりと進んでいる。

「後退! 後退!」

 空中浮揚型の複数の戦闘攻撃機が、バルカン砲を連射しながら後退していく。
 そこに向かって、化け物が勢いよく手を伸ばした。その手の先から光の槍が発射され、一機の翼を突き抜いてしまう。

 ズシャーーッ!

 翼を撃ち抜かれた機体はバランスを失い、シンジのいる方に向かって落下してきた。

「わああっ!」

 シンジは慌てて逃げ出す。

 ドドドーーン!

 走り出したシンジの背後に国連軍の戦闘攻撃機が落下し、爆発した。

 キキキーーッ!

 その時、真横から一台のルノーが現れた。
 ドリフトしながら車体を横向けにして、シンジの目の前で停車する。

「お待たせ、シンジ君! 早く乗って!」

「か……葛城(かつらぎ)さん?」

 運転席に座っていたのは、先ほどシンジが持っていた写真に写っていた女性であった。

「いいから急いで!」

「はっ、はい!」







「しっかりつかまってんのよ!」

 ハンドルを握っていた女性は、シンジが車内に入ると、ドアを閉める前に車を急発進させた。
 過大なトラクションをかけられたタイヤが、激しくスキール音をあげる。

「ごめんね、遅れちゃって」

「いいえ、僕のほうこそ」

 シンジは助手席の窓を少し開けて、車の後ろを振り返った。

 ドーン!
 ズドーン!

 周囲に並び立つビルよりもさらに大きな化け物に、何発もミサイルがヒットした。
 しかしその化け物は、ミサイルの爆発をものともせず、着実にこちらに向かってくる。

「国連軍の湾岸戦車隊も、全滅したわ……。軍のミサイルじゃ何発撃ったって、あいつにダメージを与えられない」

「あの、いったい何なんですか、あれって?」

「状況の割に落ちついているのね」

「そうですか?」

「あれはね、“使徒”よ」

「使徒?」

「今は詳しく説明しているヒマがないわ。それから、私のことはミサトと呼んでちょうだい」

 そのとき前方から、目標をロストしてしまったのか、不規則な動きをした巡航ミサイルが飛んできた。

「まっずーーい!」

 ズガーン!

 ミサイルはシンジたちの乗る車の少し前に落下した。
 ミサイルは爆発し、そのあおりでシンジたちの車がひっくり返る。

「もーっ! あいつらどこ見て撃ってるのよ! 大丈夫、シンジ君?」

「ええ……。なんとか」

 シンジとミサトが、ひっくり返った車の中から這い出してきた。

「あ〜〜っ! うそ、ひっど〜〜い!」

 ミサトが驚きの声をあげた。

「破片直撃のベコベコ〜〜っ。まだローンが33回もあるのに〜〜」

(車の傷の心配をしている時じゃないと思うんだけどな)

(それには同感だぜ、シンジ)

 シンジと横島が、同時に心の中でツッコミを入れた。

 だが次の瞬間、シンジたちの周囲が巨大な影に覆われた。
 シンジが上を見ると、さっきの使徒が自分たちの真上をジャンプしていた。

「シンジ君、伏せて!」

 ミサトがシンジを突き飛ばして、地面に伏せさせようとする。
 しかし、別の方角から別の巨大な影が現れ、使徒に向かって急速に近づいた。

 バッ!
 ドカッ!

 二つの巨大な物体が、空中で激突する。
 使徒は新たに現れた巨人の体当たりで弾き飛ばされ、ビルの一つに激しくぶつかった。

「も、もう一匹増えた!?」

「違うわ、シンジ君。これは味方よ」

 巨人は片手を伸ばすと、ひっくり返ったミサトの自動車を元に戻した。

「ロボット……なのか?」

「いけない、もうこんな時間! こうしちゃいられないわ。早く車に乗って!」

「時間?」

「できるだけここから遠くに、離れなくてはいけないわ!」

 ミサトは自動車を急発進させた。

 巨人はしばらくこちらの方を見ていた。
 しかし、背後から使徒が襲いかかり、巨人をビルに叩きつける。

 ガッ!

 使徒はさらに巨人を掴むと、遠くに投げ飛ばした。
 巨人は受身も十分にとれず、地面に叩きつけられてしまう。

「一方的にやられてる!」

(わかっていたことだわ……。今のレイには荷が重過ぎる)

 ステアリングを握りながら、ミサトが心の中でつぶやいた。

(う〜ん、なんか体の動きがちぐはぐだな。まるで、素人を戦場に引っ張り出したみたいだ)

(でもあの巨人が負けたら、僕たちも危ないですよ)

(まあ、逃げるだけなら、何とかなるとは思うんだが)

 使徒の動きを見ていると、人間一人一人については、ほとんど無視している。
 使徒の狙いが町の破壊や人の殺傷とは別にあるのであれば、それを邪魔しない限り、逃げ延びることは十分可能であろう。

(おや、アイツ……)

 横島は、使徒から霊波が出ていることを感じていた。
 あの使徒という化け物は、やはりロボットではなく生物のようである。

(どこかに弱点があるはずだ)

 横島は今までの経験から、完全無欠な敵などまずいないということを知っていた。
 しばらく敵を注視していた横島は、やがて使徒の胸にある巨大な赤い玉に注目した。

(あの玉……やはりあそこから、一番強い霊波が放出されている)




「パイロット、脈拍・血圧ともに低下! A10神経シンクロ値5%! 胸の縫合部(ほうごうぶ)より出血!」

「N2作戦まであと180秒!」

「仕方がない。ルート192で高速回収しろ」

 巨人はハッチらしき場所に移動し、地面に膝をついて座った。
 やがてハッチが開き、巨人が地下へと吸い込まれていく。
 敵を見失った使徒は、その場で立ち止まった。
 やがて使徒の周囲を旋回していた国連軍の戦闘攻撃機も、使徒から遠ざかっていく。

「ミサトさん、みんな怪物から離れていきます!」

「顔を引っ込めて、ショックに備えて!」

 カッ!

 その直後、使徒の立っていた場所が激しく光った。
 やがて爆風がドーム状に広がり、辺りを飲み尽くしていく。

 ズゴゴゴゴーーーン!

 シンジたちの乗っていた車も、その爆風に巻き込まれてしまい、数回横転してしまった。




「やった!」

 遠く離れた発令所で、軍服を着た白髪混じりの男が喚声をあげた。

「見たかね! これが我々のN2地雷の威力だよ。これで君の新兵器の出番は、もう二度とないわけさ」

「電波障害のため、目標確認まで今しばらくお待ち下さい」

「あの爆発だ。ケリはついとると思うがね」

 オペレーターの男性は三次元レーダーに向かって、必死に目を凝らしていた。

「爆心地にエネルギー反応!」

「なんだと!」

「映像回復しました」

 回復した映像には、しゃがみながらN2地雷の攻撃を堪えきった使徒の姿が映し出されていた。

「我々の切り札が!」

「町を一つ犠牲にしたんだぞ!」

「なんてヤツだ、化け物め!」

 やがて使徒は立ち上がると、活動を再開した。
 その時、白髪の軍人の電話が鳴った。

「はっ、わかっております。では失礼いたします」

 白髪の軍人は受話器を下ろすと、自分の目の前に座っていたメガネをかけ、あごひげを生やした中年の男性に声をかけた。

「碇君、本部から通達だよ。今から本作戦の指揮権は、君に移った。お手並みを拝見させてもらおう」

 碇と呼ばれた中年の男は、その場でゆっくりと立ち上がる。

「我々国連軍の所有兵器が、目標に対し無効であったことは素直に認めよう。だが碇君! 君なら勝てるのかね?」

「ご心配なく。そのための“ネルフ”です」



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