交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第一話 −使徒・襲来− (03)




『冷却終了。ケイジ内、すべてドッキング位置』

『パイロット、エントリープラグ内コックピット位置につきました』

『了解。エントリープラグ挿入!』

 シンジの乗ったエントリープラグが移動をはじめ、エヴァンゲリオン初号機に挿入された。

(なあ、シンジ。さっきは口をはさむ(すき)もなかったけど、おまえはよくやったと思うぜ)

 エントリープラグ挿入のわずかな時間を見計らって、横島がシンジに話しかけた。

(僕が……ですか?)

(何年も会わなかった父親と再開した途端、ロボットに乗って敵と戦えだなんて言われたら、
 普通は誰でも逃げたくなるさ。
 だけどな、人間には引いてはいけない一線が、どこかにあるんだ。
 苦しんでいる女の子を見捨てて逃げるなんて、それは男のすることじゃねーしな)

(僕は、そんなつもりじゃないです。父にボロクソに言われて悔しかった……ただそれだけなんです)

(いいってことよ。結果としては、同じなんだから)

『プラグ固定終了。第一次接続開始』

『エントリープラグ注水』

 シンジの足元から、水のような液体が突然溢れ出してきた。

「うわっ! な、なんだ、これ!?」

「心配しないで。肺がLCLで満たされれば、直接酸素を取り込んでくれます」

 発令所から、リツコがシンジに話しかけた。
 やがてその液体──LCL──は、シンジの口元にまで水位を上げる。

「う、うわっ! 僕、泳げないのに……」

 やがてLCLはシンジの頭上にまで達した。
 とうとう息を我慢できなくなったシンジは、口の中の空気をガボッと吐き出す。

(うっ……このままじゃ使徒と戦う前に死んじまうよ!)

(へえー。不思議だ。本当に水の中で息ができる)

 シンジの体に憑依(ひょうい)しているとはいえ、横島に肉体の苦痛は、直接的には伝わらない。
 シンジの感覚を通して、間接的に認識しているだけである。

『主電源接続。全回路動力伝達。起動スタート』

『A10神経接続異常なし。初期コンタクトすべて問題なし』

『双方向回線開きます』

「すごいわ……」

 リツコが驚きの声をあげた。

『シンクロ率、起動値を確保しています』

「始めてで、これだけの数値を出すなんて……。いけるわ!」

 リツコがミサトに視線を向ける。ミサトはコクリとうなづいた。

「エヴァンゲリオン初号機、発進準備!」

『第一ロックボルト、解除』

『解除確認。アンビリカルブリッジ移動』

『第一・第二拘束具除去』

『1番から15番までの安全装置解除』

『内部電源充電完了。外部電源コンセント異常なし!』

 ゴゴゴゴ…………

 シンジの乗る初号機の周囲の機械が、うなりをあげる。

『エヴァ初号機、射出口へ』

『5番ゲート、スタンバイ!』

 エヴァ初号機が、発射台に固定された。

『進路クリア。オールグリーン』

『発進準備完了』

「了解! 碇司令、かまいませんね?」

 オペレータから準備完了の報告を受けたミサトが、司令のゲンドウに最後の確認をとった。

「もちろんだ。使徒を倒さぬ限り、我々に未来は無い」

 発進許可をとったミサトが、出撃命令を下した。

「発進!」

 その瞬間、初号機を載せたカタパルトが、真上に向かって急加速した。

「くっ!」

 急激なGを受け、体をシートに押さえつけられたシンジは、思わずうめき声を()らしてしまった。




 第三新東京市は、既に夕闇に包まれていた。その街並みには、人影一つ見られない。
 ただ一つの例外は、路上に立っている巨大な使徒の姿だけであった。
 その使徒の数百メートル前方にあるハッチが開き、そこから初号機が姿を現した。

「……」

 シンジは息を呑んだ。
 初号機が起動すると、自分の座っているエントリープラグに、初号機の周囲すべての光景が映し出されていた。
 前方に巨大な使徒の姿が見えた。
 シンジは、エントリープラグの中にいるにも関わらず、自分が丸裸で使徒と相対しているような感覚を感じていた。

「いいわね、シンジ君!」

「は、はい!」

「最終安全装置解除。エヴァンゲリオン初号機、リフト・オフ!」

 ミサトの声とともに、初号機を拘束していた最後の装置が解除された。
 拘束を解かれた初号機は、自然に半歩前に進む。

「!!」

 シンジは緊張した。手のひらが自然と汗ばんでしまう。

「シンジ君、とりあえず歩くのよ!」

「あ、歩くって、どうやって?」

「意識を集中して、歩くことだけを考えて。考えるだけでいいのよ」

(歩く)

 初号機の左足が、ググッと持ち上がった。

(歩く)

 ズシン

 左足が地面につき、大きな地響きをたてた。

(歩く、歩く、歩く……)

 ズン ズン ズン

 初号機が左足と右足を交互に前に出して、歩き始めた。

「やった!」

「歩いたわ!」

 発令所でリツコとミサトが、喜びの声をあげた。

(止まれ)

 シンジは初号機を停止させようとする。
 しかし、初号機の動きが鈍くはなったものの、完全には止まらなかった。

「と、止ま……くっそう、そのまま行け!」

 初号機を思うように止められない操れない苛立ちからか、シンジは初号機で駆け出した。

 ズンズンズンズン

 あたかも人が走るように、初号機が両手を振りながら、使徒に向かって突っ込んでいった。

「うわあああああああっ!」

 しかし初号機と使徒が接触する瞬間、使徒がスッと体をかわした。
 勢いのついた初号機は止まることができず、やがて前方に建っているビルに正面から激突してしまう。

 ドガッ! ズズズズゥン

 初号機はビルを一つ崩壊させると、前のめりに倒れてしまった。

「ううっ……」

「シンジ君、しっかりして!」

 スピーカーを通して、発令所にいるミサトの声がシンジに聞こえてくる。

「早く、早く起き上がるのよ!」

 しかし、シンジが一時的なパニックから回復する間に、使徒が初号機に肉迫していた。
 使徒は左腕を伸ばすと、先端に付いている三本の爪を広げて初号機の頭に手をかけた。

「ぐあっ!」

 使徒が初号機の頭をがっちりと(つか)むと、シンジの頭に激痛が走った。

「お願い! シンジ君、逃げて!」

 発令所から聞こえてくるミサトの声は、もはや指示ではなかった。
 祈るような思いで、必死にシンジに呼びかけている。

 ガシッ

 さらに使徒は、空いている右の腕で、初号機の左腕を握り締めた。

「あぐっ!」

 今度は、シンジの左腕に激痛が走る。

「ぐああああっ!」

「シンジ君、落ちついて! (つか)まれているのは、あなたの左腕ではないのよ!」

 バキッ!

 使徒が右腕に力を込めた。
 初号機の左腕が砕け、血のような液体がその傷口から流れ落ちる。

『左腕損傷。回路断線!』

「何とかしてよ、リツコ! こんなんじゃ戦えないわ!」

「わかってるわよ。神経回路のフィードバック側のレギュレーターを下げられる?」

「やってみます!」

 発令所でリツコたち技術陣が、エヴァの調整を行う。
 しかし、目だった効果は見られなかった。

 ググググッ!

 使徒が初号機の頭部を持ち上げ、初号機を宙吊り状態にした。
 使徒の左手にエネルギーが集中する。

「いけない! シンジ君、よけて!」

 宙吊りにされ、痛みを(こら)えるのに必死であったシンジはどうすることもできなかった。

 バシュッ!

 使徒の左手に集まったエネルギーは、左手の手のひらの中央に開いた穴から、光の槍となって発射された。
 ゼロ距離から発射された光槍は、初号機の顔面にヒットする。
 その衝撃で初号機は、はるか後方に吹き飛ばされてしまった。

 ドゴン!

 初号機は背中からビルに激突し、そのまま動かなくなってしまう。
 光槍がヒットした頭部からは、大量の血のような色をした液体が流れ落ちていた。

『頭部破損!』

『制御神経断線!』

『シンクログラフ反転! パルスが逆流していきます』

「回路遮断。せき止めて!」

「だめです! 信号拒絶。受信しません!」

「シンジ君は?」

「モニター反応しません。生死不明」

『初号機、完全に沈黙しました』

「作戦中止! プラグを強制射出して!」

「ダメです。完全に制御不能です!」

「何ですって!」







 その頃、シンジは初号機の中で、完全に意識を失っていた。
 だが、シンジに憑依(ひょうい)していた横島には、今のところ何のダメージもない。
 シンジの意識が表に出ていたため、肉体の苦痛が直接伝わらないためであった。

(あかん。いくら、こんなロボットに乗ってるからって、ムチャしすぎだぞ)

 どう考えても、ネルフの作戦には無理があった。

(シンジを起こすか……。でも、この痛みじゃあ、すぐにまた気を失うよな)

 使徒の攻撃でシンジが相当の激痛を受けていたことは、横島も間接的に感じとっていた。

(かといって、このままじゃあ、あの化け物になぶり殺しにされるのがオチだしな……。
 仕方ない。俺が代わりに動かすか)

 横島はシンジに代わって、表の意識に出た。
 その途端、シンジの肉体の苦痛が、横島の精神に伝わってくる。

「くっ……、こいつはかなりキツイぜ」

 左腕と右の額の上に、強烈な痛みを感じた。

 横島は、先ほどのリツコやミサトとの会話を聞いていて、初号機の動かし方をおおよそ理解していた。
 さらに彼女たちが口にしなかった、もう一つの事実を把握している。

(生きているんだよな……このロボット)

 横島は使徒から霊波が出ていることを感知していたが、それと同様にこの初号機からも霊波が出ていることも感じ取っていた。

(気配が二つある。一つは弱いが、シンジ君によく似た霊波。
 もう一つは……ひどく異質だな。こっちがこのロボットの本体だろう)

「も……文珠!」

 横島の右手に『同』『期』の文珠が生成された。
 今の体はシンジのものであるが、魂はまちがいなく横島本人である。
 霊能力の使用には、何の問題もない。

 カッ!

 横島は『同』『期』の文珠を発動し、自分の霊波を初号機本体と思われる霊波にシンクロさせた。
 霊波のシンクロが進むにつれて横島の意識が拡大し、やがて自分が初号機と一体となったような感覚となった。




『初号機に反応がありました。シンクロ率が上昇していきます!』

 発令所でオペレーターが、モニターの表示内容を報告した。

「「な、何ですって!」」

 ミサトとリツコが、同時に驚きの声をあげる。

『シンクロ率上昇します。20……40……60……80……81.6パーセント!』




「まっ、この辺にしておくか。シンクロさせ過ぎると、いろいろとマズイしな」

 横島は今までに何度か、他のGSと霊波をシンクロさせて、莫大なパワーを引き出す技を使っている。
 その経験から、霊波をシンクロさせ過ぎると自我が保てなくなるという副作用についても熟知していた。

「次は……」

 横島は右手に、『治』の文珠を作った。
 その文珠は自分の右手ではなく、初号機の右手の中に現れる。

「よし、イメージどおりと」

 横島は初号機の右手を動かして、頭の傷のところに手をあてた。
 そこで文珠が発動させると、頭の傷だけでなく左腕のケガまで回復していた。

「さーて、いっちょ戦うとしますか」

 横島が初号機を立たせようとした時、横島の脳裏に呼びかける声が聞こえてきた。

(あなたは、誰ですか!? シンジじゃありませんね)




 横島は驚いた。自分以外に、シンジの体に憑依(ひょうい)している霊がいるのであろうか?

(体は間違い無くシンジですが、意識はシンジじゃありませんね。あなたは誰ですか?)

(あの、横島忠夫っていいます。わけあって、シンジ君の体を借りているんですが……)

 どうやら横島に呼びかけているのは、女性のようである。
 シンジを呼び捨てにしているところを見ると、シンジの家族であろうか?

(すみません。お名前は何と言いますか? それからシンジ君とはどんな関係で?)

(私の名は、碇ユイです。シンジの母親です)

(シンジ君のお母さんですか!? それがなんでこんなところに?)

(私の体は、10年前にこの初号機に取り込まれてしまいました。
 ずっと眠り続けていたのですが、シンジの気配を感じて、つい先ほど目覚めたのです)

 横島は状況を理解した。初号機から感じたシンジに似た霊波は、ユイのものであったのだ。

(はあ。何となくですが、理解できました。
 それで俺の方なんですが、今日気がついたらシンジ君の体の中にいたんです。
 説明になってないかもしれませんが、俺もこれ以上のことはわかっていませんので……)

(それであなたは、これから何をするつもりですか?)

(シンジ君、そこの化け物と戦っていて気絶しちゃいましたからね。
 シンジ君を見殺しにするわけにもいかないんで、俺が代わりに戦おうかなあと)

(あなたがですか?)

(これでも、けっこう修羅場はくぐっているんですよ。それに、このロボットの動かし方も、だいたい分かりましたし)

(ロボットではありません。エヴァンゲリオン初号機です)

(それにしても便利ですね。霊波をシンクロさせれば、自分の思うとおりに動くんですから)

 横島は初号機を立ち上がらせると、膝を曲げて屈伸運動(くっしんうんどう)をはじめた。

(あの……何をしているのですか?)

(いえ、戦う前に少し体をほぐしておこうかと思いまして)

(……それは不要です)




『初号機の再起動を確認。えっ!? 初号機、屈伸運動(くっしんうんどう)をしています』

「「何をしているの、シンジ君!!」」




(シンジ君のお母さん、いろいろと聞きたいことがあるかと思いますが、
 先ずはあの使徒って化け物を倒してからにしましょう)

 横島は間合いを取りながら、初号機を使徒の真正面に移動させた。
 使徒は立ったまま、初号機の動きをじっと見つめている。

(文珠が使えたから、たぶんこれもできるだろう……)

 横島は左腕を上げて、胸の前に構えた。

「サイキック・ソーサー!」

 初号機の左腕に、光り輝く霊気の盾が現れる。




『初号機の左腕に、ATフィールドの発生を確認』

「そんな! ATフィールドの展開方法は、まだ解明されていないのに……」




「うおおおおああああっ!」

 横島はサイキック・ソーサーを構えたまま、初号機を使徒に向かって突進させた。
 それを見た使徒は、右腕を上げると初号機に向かって光の槍を発射する。

 バシッ!

 光槍はサイキック・ソーサーに当たると、別方向へと弾かれてしまった。

「どっせええいっ!」

 横島はサイキック・ソーサーを、使徒に向かって投げつけた。
 しかしサイキック・ソーサーは、使徒の前方に現れた薄い壁に阻まれ、そこで爆発してしまった。




『使徒、ATフィールドを展開しました! 初号機のATフィールドぶつかって、中和されます!』

「やはり使徒も、持ってたんだわ!」

「ATフィールドを張っている限り、初号機は近づけない。どうするの、シンジ君?」




「サイキック・ソーサーがダメなら、いくぜ、霊波刀!」

 横島は初号機の右手に、霊波刀を出現させた。
 そして、新たに張りなおした使徒のATフィールドに向かって、正面から突っ込んでいく。

「うおりゃっ!」

 横島は霊波刀を一閃させる。
 使徒のATフィールドが、パリンという音をたてて崩壊してしまった。




『初号機、右腕にATフィールドを展開。剣の形に収束しています!』

「なんですって!」

『初号機のATフィールドと使徒のATフィールドが接触! 使徒のATフィールドが消滅しました!』




「とどめだ!」

 ATフィールドを壊された使徒は、(あわ)てて胸の仮面から光線を放とうとする。
 しかしその前に、初号機の霊波刀が使徒のコアに深々と刺さった。

 ゴリッ

 横島は使徒に刺した霊波刀を(ねじ)って、コアを確実に破壊する。

 ビュッ ガシッ!

 使徒が突然、初号機に飛びつき、体を丸めてしがみついた。




『初号機を中心として、エネルギー反応が急速度に高まっています!』

「まさか、自爆!?」




(横島さん、使徒が自爆します! 急いでATフィールドを張ってください)

(え、ATフィールドって!?)

(さっきまで使ってたではないですか! あれで全身をカバーしてください)

(りょ、了解。えっと……、サイキック・フィールド!)

 初号機を中心として、球状の薄い壁が広がりはじめた。
 初号機にしがみついていた使徒は、そのフィールドが広がるにつれて、初号機から離されていく。

 カッ! ズドドドーーン!

 初号機の辺りから、激しい閃光と爆風が広がった。
 そこから発した閃光は空高く舞いあがり上がり、空中に十字型の光跡を残す。

 ズシン ズシン ズシン

 その爆炎を背景に、力強く歩む初号機の姿が、発令所のモニターに映し出されていた。




『初号機、およびパイロットの生存を確認』

『回収班出動! 救急隊に連絡!』




(横島さん……)

(何ですか、シンジ君のお母さん?)

(シンジをよろしくお願いします。あの子にはこの先、数多くの戦いと試練が待ち受けています。
 まだ子供のあの子が、一人で越えていくには、あまりにも困難な道のりです。
 どうか、あの子を助けてやってください)

(俺の方がシンジ君の体を借りてますからね。しばらくは運命共同体になりますから、大丈夫ですよ)

(これ以上意識を保てません。どうか、シンジをよろしくお願いします……)

 碇ユイの意識が少しずつ弱くなり、やがてその気配が完全に途絶えた。

「はあぁ〜〜、これからどうなるんだろうね」

 横島は救援が来るまで、寝て待つことにした。
 戦闘の余波で軽い興奮状態にあったが、体をほぐしてシートに深く座り目を閉じると、すぐに強い眠気がおそってきた。




【あとがき、というより少しだけ補足】

 ○サイキック・フィールド
  サイキック・ソーサーをそのまま広げ、全身を防御する技。このSSのオリジナルです。
  原作のGS美神をどんなに読んでも、この技は出てきませんので、ご注意ください。(;^^)


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