交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第一話 −使徒・襲来− (04)




 横島が目を開けると、見なれた天井が目に入った。

「うーーん」

 うなり声をあげて体を起こして、周囲をキョロキョロと見まわす。
 そこは間違い無く、自分の部屋だった。

 チュンチュン

 窓の外で、スズメが鳴いている。
 六畳の和室の中に、太陽の光が優しく差し込んでいた。

「あれ!? エヴァンゲリオンはどこにいったんだ? シンジは……って、いないよな。やっぱり」

 鏡を見てみると、そこにはシンジではなく自分の姿が写し出されていた。

「夢……にしては、生々しすぎるよな」

 あの狭いエントリープラグの中で聞いたシンジの悲鳴も、エヴァと同期(シンクロ)して一体となった感覚も、そして霊波刀で使徒のコアを突き刺した感触まで、はっきりと覚えている。

「うーん。いったい、何がどうなっているんだか……」

 布団の中でしばらく考えてみたが、どうにも結論が出なかった。

「仕方ないか……。まぁ、縁があれば、また会えるさ」

 横島は問題を棚上げすると、着替えをして朝食の準備をはじめた。




「うわあああっ!」

 シンジは大声で叫びながら、目を覚ました。
 よほどの悪夢を見たのか、動機がおさまらず、また体中に冷や汗をかいていた。

「知らない天井だ……」

 目の前には、見たことのない天井があった。
 上半身を起こして辺りを見回すと、どうやら病室のようである。
 半分開いた窓からは涼しい風が流れ込んでおり、窓の外からセミの泣き声が聞こえていた。

「今、何時だろう……」

 ベッドの隣にあった小机の上に置かれていた時計を見ると、午前11時であった。

(エヴァから降りた記憶がない……、僕はいったいどうしたんだろう?)

 しばらくシンジはボーッとしていたが、ふと昨日ずっと一緒だった人のことを思い出した。

(横島さん?)

 シンジは心の中で横島に呼びかけたが、返事はなかった。

「横島さんの気配を感じない……。突然いなくなっちゃった」

 夢を見ていたんだろうか。シンジはそう考えざるを得なかった。




『正午のニュースをお伝えします』

 シンジは病院内をうろうろと歩き回っていた。
 そしてテレビが設置されているロビーを見つけると、そこから流れるニュースに見入っていた。

『まず昨日の第三新東京市の爆発事故についてですが、政府の見解では──』

 テレビから流れるニュースでは、エヴァや使徒について一切触れられていなかった。

(やっぱり……夢だったんだろうか……。
 僕がエヴァに乗ったことも、使徒と戦ったとこと、そして横島さんと出会ったことも……)

 しかし数秒後には、シンジはその考えを捨てざるをえなかった。
 目の前を二人の看護師が、ストレッチャーに載せられた一人の少女を運んでいた。
 蒼銀の髪と紅い瞳をもつその少女は、昨日シンジがエヴァに乗り込む前に、その手で抱きかかえた少女に間違いなかった。

 カラカラカラカラ……

 ストレッチャーはわずかな音をたてて、シンジの横を通りすぎていく。
 シンジがが遠ざかっていく少女をじっと見つめていると、シンジの視線の先に一人の男が姿を現した。

「……!」

 あごひげを生やしたその男は、シンジの父親、そしてネルフの司令である碇ゲンドウであった。
 ゲンドウはストレッチャーを止めさせると、少女と言葉を交わしていた。

「と、父さん」

 シンジは小さな声で父親を呼んだ。
 ゲンドウはシンジの方を振り返ると、口を開いた。

「シンジ。おまえ、何か武術を学んでいたのか?」

「いえ、なにも……」

「そうか、ならいい」

 ゲンドウはそれだけ言うと、その場を離れていった。

「ひどいわねぇ。傷心の息子を、少しはいたわらないのかしら?」

 シンジが背後を振り返ると、そこにはミサトが立っていた。

「ミサトさん……」

「迎えに来たのよ。ケガは大したことないんだってね」

「ええ、まあ……」

「あなたの家まで送っていくわ。本部があなた専用の個室を用意したそうだから」

「はい」

 シンジはうつむきながら、ミサトに返事をした。

「いいの、一人で?」

「いいんです。一人のほうが気楽ですし、父さんだって僕なんかいない方が──」

「もう、無理しちゃってぇ。ガマンしていないで、言いたいことがあったら素直に言った方がいいわよ」

「ほっといてください!」

 シンジが感情を噴出させた。

「余計な心配をしてくれなくても、いいんです!」

「なによ、その言いぐさ。私はあなたのことを心配して……」

「ミサトさんなんか、関係ないでしょ!」

「あっ、そう」

 ミサトがシンジをじろりと(にら)みつけた。逆ギレしたのか、完全に目が座っている。
 ミサトは上着のポケットから携帯を取り出し、電話をかけた。

「もしもし、リツコ? 私だけど。あのねぇ、シンジ君を私のマンションに引き取ることにしたから」

「はぁ!?」

 シンジの目が思わず点になってしまう。

「大丈夫だって。子供に手を出すほど、飢えてないから。それじゃあ、上の許可取っといてね」

 ミサトは即座に携帯の通話を切ると、シンジの方を振り返った。

「これで、よしと。それじゃあ、行きましょうか」

「ちょ、ちょっと、勝手に決めないでくださいよ!」

「なによ、上司の言うことが聞けないの!」

 ミサトは、視線でシンジを威圧する。
 さきほどの同居の話で気勢を削がれていたシンジは、ミサトの気迫の前に完全に抑えこまれてしまった。




 部屋に戻って着替えをしたシンジは、ミサトの車に乗ってネルフ本部を後にした。

「ホホホホッ。今日はパーッとやらなきゃね!」

「パーッとって、何をやるんですか?」

「決まってるじゃない。同居人の歓迎会よ」

「……僕はそんな気分じゃないです」

 シンジは()ねた目をしながら、窓の外を流れる風景に目を向けていた。

「もう、なにふてくされてんのよ」

「別に……」

「しかたないわね。ちょっと、寄り道するわよ」

 ミサトは環状高速道路を下りると、郊外に向かって車を走らせた。




 ミサトは街を見下ろす展望台で車を止めると、車を降りて歩きはじめた。

「なんですか、ここ?」

 ミサトは見晴らしのよい場所まで歩くと、腕時計に目を向ける。

「そろそろ時間ね」

 夕焼けに照らされた街のあちこちから、大きなモーターの駆動音が聞こえてきた。
 街のあちこちの地面に埋め込まれたゲートが開くと、地下から大きな構造物がせり上がってきた。

「すごい……。ビルが地面から生えてくる」

「対使徒迎撃要塞都市。これが第三新東京市の真の姿よ。今、地面の中から出てきたのは、兵装ビルというの」

 シンジは初めて見る光景に、心を奪われていた。

「そして……あなたが守った街よ、シンジ君」

 ミサトがゆっくりと、シンジの方に振り返った。

「そういえば、使徒はどうなったんですか?」

「何言ってるのよ。あなたが倒したじゃない」

「僕が……ですか?」

「カッコよかったわよ〜〜。右手から剣みたいなのを出してさ、使徒の急所をグサッと突き刺したの」

 シンジは、ミサトの顔からすっと視線を下ろした。
 その表情には、明らかに困惑した様子が現れている。

「……覚えてないんです」

「えっ?」

「あの時、使徒が僕の……いえエヴァの頭を(つか)んで、それから目の前が光ったあと衝撃が走って……。
 次に気がついた時には、病院のベッドの上でした」

「あんなに華麗に、エヴァが動いていたのに?」

「ええ。本当に知らないんです」

「変ねぇ。シンジ君が動かしていないとしたら、誰が動かしていたのかしら? まあ、この先はリツコの仕事ね」

(横島さんだ)

 シンジは直感で事態を把握した。
 そうとしか考えられない。意識を失ったシンジの変わりに、シンジに憑依(ひょうい)していた横島が戦ったのだ。

「ATフィールドの展開の仕方とか、剣の形に収束する方法とかいろいろ聞きたかったんだけどね」

「ATフィールドってなんですか?」

「そうねえ。バリアみたいなものよ。これがあれば、ミサイルなどの通常兵器は、ほぼ無力化されるわ。
 エヴァがATフィールドを展開できることは、理論的にはわかっていたんだけれど、
 実際にATフィールドを張ってるところを見たのは、今回が初めてね」

(横島さん……エヴァの能力のことを知っていたんだろうか?)

 セカンド・インパクトの前の時代からきた、職業がGSという謎の青年。
 彼はいかなる手段でやってきて、またどのようにして去っていったのだろうか?
 少なくとも、目の前の女性にこのことを告げても、気違い扱いされることだけは理解していた。

「なんにせよ、あなたがエヴァに乗って、この街を守ったのよ」

「そんな立派なものじゃありません。
 僕がエヴァに乗ったのは、人類を救うためとか、あの子を守るためとかじゃないんです……」

「分かってるわ」

 ミサトのその言葉を聞いたとき、シンジの胸にあったつかえが少しだけ外れた。
 その反動からか、シンジの目から涙が数滴こぼれ落ちる。

「あらら……。シンジ君、私なにか悪いこと言った?」

「な、なんでもないです、ミサトさん」

 シンジは片手で涙をぬぐった。

(本当は……)

 本当はあの人から、その言葉を聞きたかったのだと。
 だがシンジは、その思いを口にすることができなかった。




【あとがき】
 ようやく、入り口の部分を書き終えました。
 他のエヴァSSと比べてもそんなに差はないのですが、それでも横島を活躍させたり、
 ユイを登場させるなど、できるだけ差別化を計ってみました。

 このSSのシンジは、原作どおりのへなちょこシンジです。
 しかしそのシンジが、横島をはじめ多くの人物と触れ合う中で、人間的に成長していく
 過程を描いていきたいとボンヤリ考えています。

 エヴァのシナリオを頭の中で何度も反復させましたが、どう考えても破滅の方向に
 転げ落ちるしかなさそうです。
 悪の組織NERVの傘下で、14歳の少年・少女が世界の運命を支えるというには、
 あまりにも荷が重過ぎる使命です。
 シンジが逆行するとか、スーパーシンジが登場するなど、イレギュラーな要素が付加
 されないと、結末はひっくりかえりそうにないというのが、私なりの結論でした。

 GSとのクロスの作品にしたのは、私がGSのSS書きだというのが一番の理由ですが、
 横島という要素をエヴァの世界に付加することで、破滅へと向かうエヴァの世界の流れを
 変えてみたいという目論見もあります。
 話の途中で、シンジをGSの世界に飛ばすことも考えています。

 書きかけの作品が幾つもありますが、今後もよろしくお願いします。(;^^)


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