交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第ニ話 −やさしさのかたち− (05)




「サード・チルドレンが失踪してから三日経ちますが、未だ行方(ゆくえ)はわかっていません」

「……そうか」

 ケイジの一角を、ゲンドウとリツコが並んで歩いていた。
 やや遅れて、レイの姿も見える。

失踪(しっそう)したその日に、新箱根湯本駅でサード・チルドレンらしき少年の目撃情報があります。
 おそらく、第三新東京市を離れたのではないかと」

「これも予想された事態の一つだ。追い込まれた人間の行動というものは、以外と単純なものだよ」

「しかし、初号機パイロットの補充はきかないのですよ。それでいいのですか?」

 ゲンドウの足取りが、ピタリと止まった。

「……その場合は、初号機のパーソナル・データを、レイに書き換えるまでだ」

「はい……」




 シンジが消してから三日目の夜、ミサトは自分の家のキッチンで、缶ビールを空けていた。
 テーブルの下には、十本近くの空き缶が転がっていた。

「そりゃあ、叩いたのはやり過ぎだったと思うけどさ、何も家を飛び出さなくてもいいじゃない」

 酔って顔を真っ赤にしたミサトが、床の上を歩いていたペンペンを抱きかかえた。

「シンジ君……いったい何を考えているの? 今、どこにいるのよ……」




 妙神山を下山したシンジと横島は、テントで一泊したあと、第三新東京市へと向かう電車に乗った。

「結局、あの街に戻るしかないんだよな……」

 窓の外を流れる風景を見ながら、シンジが小声でつぶやいた。
 電車の中は人影はまばらで、シンジがひとり言をつぶやいても、誰も気づきそうになかった。

(どうしたシンジ? まだ戻りたくないって感じだな)

「頭ではわかっているんです。僕にはもう、あそこしか戻る場所がないってことを。でも……」

(感情で納得していないんだな。
 せっかく登山用具が(そろ)っているんだから、その辺で少しキャンプでもしていくか?)

「いいんですか?」

(前にも言ったけど、俺はネルフの人間じゃないんだ。
 あの連中は気にしているかもしれないけど、もう少し遊んでいこうぜ)

「横島さんって、けっこうお気楽なんですね……」




 新箱根湯本の数駅手前で下車したシンジは、ガイドブックを片手に箱根の外輪山へと足を踏み入れた。

「どうして、新箱根湯本まで行かないんですか?」

(家出少年の行方を探すには、駅で見張るってのが定番だからな。
 新箱根湯本くらいの規模の駅なら、ネルフの人間が張り込んでいても不思議じゃないよ)

 山を登りきる前に日が暮れてしまったので、山腹で泊まることにした。
 アウトドア活動に不慣れなシンジに代わって、横島がてきぱきと宿泊の準備を進める。

(横島さんって、何でもできるんですね)

 馴れた手つきでテントを張る横島を見て、シンジは感心していた。

「場数を踏んでるだけさ。山中で野宿しながら除霊をするなんて、数え切れないほど経験しているからな」

 テントを張り終わると、横島は荷物の中から携帯式のガスバーナーを取り出した。

「さてと、料理は頼んだぜ、シンジ」

 シンジは横島と入れ代わると、フライパンをバーナーの火で温めて、夕食の準備を始めた。




 次の日、外輪山の尾根近くで水が湧き出している場所を見つけた横島は、そこにテントを移した。
 昼食を食べたあと時間があったので、外輪山の内側に入ってぶらぶらと歩きはじめた。

(おい、シンジ。あそこにもテントがあるな)

「物好きなのは、僕たちだけじゃないんですね」

 シンジは物珍しそうな顔をしながら、そのテントに近づいた。

 パチパチ

 テントの前で飯盒(はんごう)が火にかけられており、ご飯の炊けるにおいが周囲に(ただよ)っていた。

「あっ……おいしそうなにおい」

 シンジたちは飯盒(はんごう)を用意していなかったので、ご飯はレトルトパックを温めて食べていた。
 おかずはシンジが腕をふるって調理しているとはいえ、ご飯ばかりはどうにもならない。

「おい、動くな」

 シンジも横島も、目の前の飯盒に気をとられていたため、人の接近に気がつかなかった。
 突然、背後から声をかけられると、何か硬い棒のような物が後頭部につきつけられた。

「誰だ、俺のメシを勝手に食おうとするヤツは」

「す、すみません。そんなつもりじゃ……」

 シンジはゆっくりと背後を振り返った。

「なんだ、碇じゃないか」

「ひょっとして……相田君?」

 そこには丸メガネをかけモデルガンのライフルを構えた、迷彩服姿の少年が立っていた。

「俺のことは、ケンスケって呼んでくれよ」

「ところで……こんなところで、なにやってるの?」

「戦争ゴッコかな」

「一人で?」

「ああ。それより、碇こそ、こんなところでどうしたのさ?」

「……」

 痛いところを突かれたシンジは、そのまま沈黙した。
 さすがに家出中とは、口にしずらいものがある。

「まあ、メシも炊けたことだし、一緒に食べようか」




 シンジとケンスケは、テントの前に座ってご飯を食べ始めた。
 おかずは茹でたウインナ−だけだったが、飯盒(はんごう)で炊いた飯のうまさは抜群だった。

「この前は、迷惑かけたね」

「使徒と戦った時のこと?」

「ああ。俺とトウジは、あの後ネルフの人にみっちり絞られたし、家に帰ったら、オヤジからも怒られたよ」

 ケンスケは、苦笑いを浮かべた。

「そうそう。ネルフの仕事はもう終わったのか?」

「いったい、何の話?」

「とぼけるなよ。昨日、トウジと一緒に碇の家に見舞いに行ったら、
 碇の上司のミサトさんが出てきて、碇は仕事で本部に泊まりこんでいるって言ってたぜ」

「あ……そ、そうだね」

 シンジはケンスケの話に合わせることにした。
 どうやらミサトさんは、学校には家出のことを伝えていないらしい。

「その時、ミサトさんどんな感じだった?」

「最初は普通に話していたけど、途中から顔色が急に変わったなあ。
 碇さあ、けっこう戦闘中に感情むき出しにしてただろ?
 それから、なぜかミサトさんの命令に、わざと逆らってたみたいだし……
 そんなことを話していたら、ミサトさん、急に考え込んじゃってさ」

「あの時、そんなにヘンだった?」

「ヘンっていうより、ふだんの碇と全然違うから、ビックリしたよ。
 まあ、あんなに凄い戦闘をしているんだから、普段と違っていても全然不思議じゃないけどね」

 ケンスケは、興味深々といった目つきをしていた。

「碇は大変そうだけどさあ、俺はすっげーうらやましいよ」

「なぜ? あれに乗るのは、見た目よりずっと(つら)いよ」

「エヴァでの戦闘が大変だってのは、この前のでよくわかったよ。
 でも、俺も一度でいいから、思いのままにエヴァを操縦してみたいんだ」

 ケンスケは、シンジの顔を見ながら、にっこりと微笑んだ。
 シンジは、迷いのないケンスケの目を見てハッとしたが、しだいに顔をうつむかせた。

「……そうだね。僕もそんなふうに、思えたらいいんだけどな」

「思えないの?」

「……ん、まあね」

 シンジは少し顔を上げると、パチパチと音をたてて燃える焚き火に目を向ける。
 ケンスケもそれ以上は何も言わずに、カップに入れたコーヒーを口にした。
 無言で焚き火と向き合う間、シンジは何とも言えない居心地のよさを感じていた。




(おい、シンジ!)

 リラックスしながら座っていたシンジに、突然横島が話しかけてきた。

(数人の人間が、こちらに近づいてくる。全員プロだな。たぶんネルフの連中だろう)

 シンジが周囲をきょろきょろと見まわすと、夕闇に包まれかけた草原に、懐中電灯らしき幾筋もの光が見えた。

「碇シンジ君だね」

 サングラスをかけ、ネルフのマークの入った上着を羽織った男が、シンジたちに声をかけてきた。

「な、なんだよ、あんたたちは!」

 ケンスケが、(あわ)てて立ち上がる。

「ネルフ保安諜報部のものだ。保安条例第八項の適用により、君を本部まで連行する」

(横島さん、どうしますか?)

(いったん、ここから逃げよう。俺と代わってくれ、シンジ)

 シンジは、体の制御を横島に渡した。

「ケンスケ」

 横島が小声で、ケンスケに話しかけた。

「なんだい、碇?」

「三つ数えたら、目をつぶるんだ」

「わかった」

「いくぞ……1・2・3!」

 横島は『閃』の文珠を作ると、保安諜報部の人間の中に投げ込んだ。
 その瞬間、激しい閃光がその場を包み込んだ。

「ぐわっ!」
「ギャッ!」

 サングラスをかけているにも関わらず、男たちは一斉に目を押さえた。
 それを見た横島は、後ろを向いて逃げ始めた。

「ケンスケ、また今度な!」

 保安諜報部のメンバーの視力が回復した時、シンジの姿はすでにその場から完全に消え去っていた。







「もう大丈夫だな」

 横島はネルフの保安部員をまいたことを確認すると、山中に設置したテントに向かって歩き出した。

「シンジ、これからどうする?」

(横島さん、ちょっとマンションに戻ってもいいですか?)

「ミサトさんのことが、気になるのか?」

(ええ、まあ……)

「そろそろ、潮時かもな。このままマンションに戻ろうか」

(はい)




 その日、ミサトが帰宅したのは深夜であった。
 夕方、保安諜報部よりシンジらしき少年を発見したと連絡があり、本部でシンジを待っていたが、やがて少年をロストしたとの報告にがっくりと肩を落とした。
 夜遅くまで本部で待機していたが、結局シンジは見つからなかった。

「ふう」

 疲れきったミサトがマンションのドアを開けた途端、部屋の灯りが目に入った。

(おかしいわね。部屋の灯りを切らずに出勤したのかしら?)

 しかし、ミサトの疑問はすぐに解消された。
 部屋の中から、帰宅したミサトを迎える声が聞こえてきた。

「おかえりなさい、ミサトさん」

「シンジ君!」

 ミサトは、大急ぎで靴を脱いで部屋に上がった。
 そして、そのままシンジに近づくと、シンジの体をギュッと抱き締めた。

(えっ!?)

 ミサトに抱擁(ほうよう)されたシンジは、意外な出来事にどぎまぎしてしまう。

「今までどこに行ってたのよ。本当に心配していたんだから……」

「ご、ごめんなさい!」

「いいのよ。こうしてシンジ君が帰ってきたんだから」

 ミサトは、ゆっくりと体を離した。

「私ね……家族が欲しかったのよ」

「家族?」

 その時ペンペンが、足元で一声クワァと鳴いた。

「ペンペンはね、私が前に働いていた所で実験に使われていて、
 用済みになって処分される寸前だったのを、あたしが貰ったの。
 こんな大食らいで役立たずな鳥でも、家に帰ってきた時に出迎えてくれると、嬉しいのよね」

「そうだったんですか」

「シンジ君……あたしは、ただの同情や仕事の都合だけで、他人と一緒に住めるような器用な女じゃないわ。
 そこだけは、誤解して欲しくないの」

「……」

「もしシンジ君が、ここにいるのがどうしても嫌なら、私は引き止めないわ。
 司令……いえ、シンジ君のお父さんにも、きちんと話をしてあげる。
 私は、ちょっち寂しくなっちゃうけどね」

 シンジはしばらくうつむいていたが、やがて顔を上げると、ミサトの目を見ながら話しはじめた。

「……ミサトさん。もし迷惑でなければ、もうしばらくここに居させてもらえませんか?」

「いいの、シンちゃん?」

「はい」

「それなら、今日からシンちゃんも私の家族ね。あらためて、よろしく!」

「よろしくお願いします」

 ミサトは冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、リビングに置いてあるテーブルに座った。

「あーあ。今日は本部でずっとシンちゃんを待ってたから、すっかりお腹が減っちゃったわ」

「急いで作ります。野菜炒めでいいですか?」

「シンちゃんの作るものなら、何でもオッケーよ〜〜ん」

 シンジは台所に駆け込むと、フライパンを火にかける。
 料理にいそしむシンジの姿を見ながら、ミサトは缶ビールのふたを開けた。
 ビールを飲みながら料理ができるのを待っているミサトの顔に、数日ぶりに穏やかな表情が戻っていた。




【あとがき】
 ようやく第二話が終わりました。貞元エヴァだと二巻終了ですね。

 今後の予定ですが、第五使徒戦(貞元エヴァの三巻)までは、ほぼ原作どおりの展開です。
 その後は、少しずつオリジナルの割合を増やしていきます。

 ちなみにJAはありません。
 使徒戦はなるべく省略したくないので、テレビ版のシーンを挿入しますが、幾つかはカットします。
 今のところ、ガギエルとイロウル戦はカットの予定です。

 それでは、続きもよろしくお願いします。


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