交差する二つの世界
作:湖畔のスナフキン
第三話 −決戦! 第三新東京市− (03)
零号機のエントリープラグの中で、レイは実験の開始を待っていた。
(なぜ私は、これに乗るの……)
LCLは既にプラグの中に注入されている。
レイはシートに座り、軽く目を閉じていた。
(あの人の願いだから? それとも、私がここにいてもいい理由だから?)
突如レイの心に、前回の起動試験の失敗の記憶が浮かび上がった。
強い不安感が、彼女の心を蝕んでいく。
「レイ、準備はいいか」
ゲンドウの声が、暗い深淵に引きずり込まれようとするレイの心を、現実へと引き戻した。
「はい、問題ありません」
レイは、操縦桿を握る手に力を込める。
(大丈夫。今の私には、絆(があるから……)
レイの返事を聞いたゲンドウは、脇に立っていたリツコに実験開始を指示した。
「これより、零号機の再起動実験を行います」
リツコの指示のもと、オペレーター達がエヴァ起動のための操作を開始した。
『第一次接続開始』
「主電源コンタクト」
『稼動電圧、臨界点を突破』
「了解。フォーマットをフェイズ2に移行」
『パイロット、零号機と接続開始』
『パルスおよびハーモニクス正常。シンクロ問題なし』
『オールナーブリンク終了。中枢神経に異常なし』
『1から2500までのリストをクリア。絶対境界線まであと2.5』
シンジとミサトも、制御室でレイの再起動実験を見ていた。
リツコたちの作業の邪魔にならないよう、部屋の後ろの方に立っている。
(信じているのは父さんだけってか……)
シンジは、零号機の起動実験そのものについては、成功することに疑いをもっていなかった。
初号機を何度も動かしているシンジは、エヴァが起動するのは当たり前のことだと思っている。
(どうして……そんなに父さんのことを?)
シンジは、先日のケイジの出来事を思い出していた。
普段は周囲に無関心なレイが、ゲンドウに対して強い関心を持っていることは、離れて見ていたシンジにも読み取ることができた。
(不思議だ。こんなに他人のことを気にしたことは、今までなかったのに……)
『0.5……0.4……0.3……0.2……』
オペレーターのマヤが、次々に数値を読み上げていく。
『ボーダーラインクリア。零号機起動しました』
オーッという喚声が、制御室の中に湧き起こった。
『引き続き連動実験に入ります』
その時、ゲンドウのすぐ脇に置かれていた電話のベルが鳴った。
ゲンドウの斜め後ろに立っていた冬月が、その電話の受話器を取る。
「碇っ!」
電話に出た冬月は、すぐに受話器を戻した。
「正体不明の飛行物体が接近中だ。おそらく、第五の使徒だ」
周囲の視線が、冬月とゲンドウにいっせいに集まった。
「テスト中断! 総員、第一種警戒体制」
「零号機は使わないのか?」
「まだ戦闘には耐えん。初号機は?」
「380秒で出撃できます」
リツコがゲンドウの質問に答えた。
「よし、出撃だ」
ゲンドウとリツコはそのまま制御室を出ようとするが、ゲンドウの視線が一瞬、シンジの視線と絡み合った。
「どうした。さっさと行け」
ゲンドウはそう言い残すと、部屋を出ていった。
(僕には命令だけ……。『がんばれ』の一言もないのか)
反発と諦(めの入り混じった感情が、シンジの胸中を渦巻(いた。
ピラミッドを上下に張り合わせたような幾何学的な形の物体が、空中に浮かんでいた。
低空で飛ぶその物体は、箱根の山の稜線(を越え、第三新東京市に向かって移動している。
『目標は芦ノ湖上空へ侵入』
『エヴァ初号機、発進準備完了』
「エヴァ初号機、発進!」
ミサトの指示とともに、シンジの乗る初号機が地上に向かって射出された。
『目標内部に、高エネルギー反応!』
「なんですって!」
『周縁部(を加速。収束していきます!』
「ま、まさか加粒子砲!?」
ドン!
第三新東京市上空に侵入した使徒の前方のハッチが開き、初号機が地上に姿を現した。
「だ、ダメっ! シンジ君よけて!」
「えっ?」
ミサトの奇妙な指示に、シンジが戸惑(ったのもほんの一瞬だった。
使徒の体の一部が光り、初号機に向かって光線が発射される。
バシュゥッ!
初号機と使徒の間にあった兵装ビルが、一瞬で溶解した。
使徒から発射された光線は、兵装ビルを貫き、初号機の胸に命中する。
「わあああああああっ!」
胸に激痛を感じたシンジは、エントリープラグの中で大声で叫んだ。
(シンジ、代われ!)
激痛で意識を失いかけていたシンジに代わって、横島が意識の表面に出た。
そして急いで文珠を作り、初号機とシンクロする。
「ぐおおおおおおおっ!」
胸に焼け火箸(を突き刺したような痛みが走った。
なまじシンクロ率が高い分、フィードバックによるダメージも横島の方が大きい。
「くそったれ!」
だが幾多の戦いと、修行の中でつちかわれた強靭(な精神力が、横島を助けた。
痛みの中でも意識を集中させ、初号機の胸にサイキック・フィールドを何とか作り出す。
バチバチバチバチ!
使徒の加粒子砲がサイキック・フィールドに激突し、表面で激しく火花を散らせていた。
(くそっ! サイキック・フィールドも長くはもたない)
横島は、ありったけの霊力をサイキック・フィールドの維持に注ぎ込むが、それでも支えきるのが難しいほど加粒子砲の威力は強烈であった。
「ミサトさん、初号機を戻してください!」
横島は撤退を決断した。まだ最終安全装置も解除されていないし、不意打ちによるダメージもかなり大きい。
横島はなんとか堪(えきったが、最初に攻撃を受けたシンジは既に気絶している。
「わかったわ。初号機下げて!」
すぐさま足下のハッチが開き、初号機は地下へと姿を消していった。
初号機の姿が地下に隠れると、ようやく加粒子砲の攻撃が止まった。
『目標沈黙!』
「シンジ君は?」
ミサトがシンジの様子を確認する。
『脳波・心音ともに乱れがあります。……えっ!? 正常に戻りました』
その頃、横島は『治』の文珠で胸の痛みを治していた。
「とりあえず大丈夫そうね。シンジ君!」
「なんでしょう?」
横島が答えた。シンジはまだ気絶中である。
「ケガはない?」
「ええっと、なんとか大丈夫そうです」
「第七ケイジに格納するわ。次の作戦が決まるまで、控え室で待機してちょうだい」
「わかりました」
初号機を撃退した使徒は、再び移動を開始した。
ネルフ本部の直上の位置にくると、空中で停止し体の底部からドリルを突き出した。
「敵は何を始めたの!?」
オペレーターの日向が、リツコの問いに答える。
『ジオフロント内、ネルフ本部に向けて穿孔(しています!』
「ここへ直接攻撃を仕掛けるつもりね。敵の掘削(速度を計測しておいてちょうだい」
リツコは日向に指示をすると、初号機が格納されている第七ケイジへと向かった。
芦ノ湖の上に、初号機を模したダミーバルーンが浮かんでいた。
そのダミーにパレットライフルを持たせて、無人のボートで使徒のいる方角に引っ張っていく。
カッ!
ダミーがある距離を越えて使徒に近づいた時、使徒の加粒子砲がダミーを撃ち抜いた。
「次!」
ミサトの指示で、ダミーバルーンが攻撃された場所よりさらに遠方に、自走臼砲(を配置させた。
自走臼砲(は使徒に狙いをつけると、レーザー光線を照射して使徒を攻撃する。
バシュッ!
しかし自走臼砲(の攻撃は、使徒のATフィールドで弾かれてしまった。
さらに使徒の加粒子砲による反撃で、自走臼砲(は一発で破壊されてしまう。
『12式自走臼砲(、消滅しました』
「はあぁ〜〜、やんなっちゃうわね。攻守ともに完璧(ってわけか」
ミサトは収集したデータを分析するため、作戦課のメンバーを集めて緊急のミーティングを開いた。
「これまで採取したデータによりますと、目標は一定距離内の外敵を自動排除するものと推測されます」
「エリア侵入と同時に加粒子砲で100%狙い撃ち。
ATフィールド中和可能なエヴァによる近接戦闘は無理ってわけね。敵のATフィールドは?」
ミサトの質問に、別の作戦課員が答えた。
「健在です。相転移空間を肉眼で確認できるほど、強力なフィールドが展開されています」
「問題のボーリングマシンは?」
「直径17.5メートルの巨大ドリル・ブレードが、ネルフ本部に向かって穿孔中(です。
現在、第二装甲板まで到達しています」
「本部到達予想時刻は?」
「明日、午前0時6分54秒です。22層すべての装甲板を貫通して、ネルフ本部へ到達するものと思われます」
「あと10時間足らずか……。赤木博士、初号機の状況は?」
リツコはケイジにいるため、電話で会議に参加していた。
「胸部第三装甲まで、みごとに融解(。でも素体をやられなかったのは、不幸中の幸いね。
3時間後には、装甲の換装(作業が終了よ」
「零号機は?」
「再起動に問題はないわ。ただ、フィードバックにまだ誤差が残っているの」
「実戦は、まだ無理か……。状況は芳(しくないわねぇ」
「白旗でも揚(げますか?」
普段は生真面目(な日向が、珍しく軽口(をたたいた。
「ナイスアイデア! でもその前に、やれることはやっておかなきゃね。
後悔はあの世でしても、仕方がないわ」
「ふわぁー。ヒマや〜〜」
横島はパイロット控え室で待機していたが、ミサトやリツコから何の連絡も来なかったため、すっかり暇(を持て余していた。
「シンジはまだ気がつかないしな。ちょっくら、休憩(してくるか」
横島は携帯電話を持って、控え室を出た。
(今度の相手は、ちょっとシンジの手には余るかもしれないな。ミサトさんが、うまい作戦を考えてくれればいいんだが……)
通常のATフィールドだけであの加粒子砲を防ぐのは、かなり困難である。
ましてやお互いのATフィールドが無効となる中和領域内での接近戦となると、瞬時に相手の攻撃をかわすだけの力量が必要とされる。
今のシンジの実力では、使徒を殲滅(することは難しいと横島は考えていた。
「何か良い手はないかな……。うわっ!」
ポスッ
通路の角を曲がった横島の視界が、突然白い物体で包まれた。
顔面に柔らかい感触が伝わってくる。
「あら。誰かと思えばシンジ君じゃない」
「リ、リツコさん!」
横島が顔を上げると、白衣を着た金髪の女性の姿があった。
「すみません。少し考え事をしていたので」
横島はうつむきながら歩いていたため、ちょうどリツコの胸に顔をうずめる形になっていたのである。
いちおう謝罪の言葉を口にしたが、心の中では『ラッキー♪』と叫(んでいる。
(リツコさんもけっこう胸が大きいよな。ミサトさんよりやや小ぶりだけど……)
「そうそう、シンジ君。ちょっと聞きたいことがあるのよ」
横島は、リツコの白衣の盛り上がった部分を、じっと見つめていた。
「さっき、使徒から攻撃を受けた時に、白く発光したフィールドを出してたわよね。あれって何なの?」
(さっきの感触だと、けっこう張りがあったよな。リツコさんって、肉体年齢がかなり若いのかも……)
「ちょっと、シンジ君。聞いてるの!」
返事をしないシンジ(中身は横島だが)に、リツコが怒った。
使徒との戦いが継続中ということもあり、リツコは普段よりも気が短くなっている。
「す、すみません! で、何の話ですか?」
「もう、ミサトじゃないんだから。ちゃんと人の話を聞いてね。
さっきの戦いで出したフィールドは、いったい何なのかしら? あれもATフィールド?」
横島はギクリとした。いつかは聞かれるとは思っていたが、技術陣のトップであるリツコから直接聞かれるとは、予想していなかった。
「えーっと、自分でもよくわからないんですけど、何とか攻撃を防がなきゃいけないと思ったら、アレが出てきてしまって──」
「シンジ君は覚えていないかもしれないけど、第三使徒戦の時にもあのフィールドを出していたのよ」
「ミサトさんにも話したんですが、あの時のことはほとんど覚えていないんです。
ひょっとして、エヴァの隠し機能か何かですか?」
横島は何も知らないふりをして、リツコに質問を混ぜかえした。
「そうね。相転移空間が確認されているから、ATフィールドと言えるかもしれないわね。
ただMAGIは回答を保留しているし、私たちにも予想外の出来事なのよ」
それはそうだろうと、横島は思った。
横島は、エヴァを霊力の増幅器として使用している。おそらく、開発者が想定していない使用方法に違いない。
「MAGIの試算だと、あのフィールドは通常のATフィールドより防御力が高そうなの。
もし、あのフィールドが自由に使えたら、エヴァの防御力が飛躍的に増大するわ。今度、実験してみない?」
実験という言葉を口にしたリツコの目が、妖(しく光り輝いていた。
横島は、本能的に危険を察知する。
「は、ははは……お手柔らかにお願いします……」
脅(えを感じた横島の口調が、若干乱れてしまった。
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