交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第四話 −アスカ、来日− (01)




 シンジは戦闘でダメージを受けたレイのことが気になっていたが、彼の体力は既に限界に達していた。
 戦闘が終了し、本部に戻ってメディカルチェックを受けると、病院のベッドで泥のように眠り込んでしまう。
 そのまま正午過ぎまで寝ていたが、目を覚ました直後にリツコに呼び出された。

「失礼します」

 部屋にいたのはリツコ一人であった。
 リツコは徹夜で仕事をしていたらしく、その顔には疲労が色濃く出ている。

「リツコさん、寝てないんですか?」

「私もマヤも、ついでにミサトも完徹(かんてつ)よ」

「すみません、僕ばかり休んでいて」

「気にしないで。一晩や二晩寝ないくらい、どうってことないから。
 それに休んで体調を保つことも、パイロットの仕事よ」

「はい、わかりました。それから、綾波は大丈夫ですか?」

 戦闘終了後、自力で歩けないほど消耗していたレイは、救助班と合流すると、すぐさま病院に運ばれていた。

「レイは大事をとって入院させているけど、問題がなければ明日にも退院できるわ」

「そうですか。よかった……」

 レイが無事であったことを聞いたシンジは、ホッとした気分になる。

「シンジ君、聞きたいことがあるの。そこに座って」

 シンジは、リツコの机の向かい側に置かれた椅子に座った。

「昨晩の使徒戦のことなんだけど、これを見てくれる?」

「はい」

 リツコは、シンジが見やすいように机の上の薄型ディスプレイの向きを変えた。

「これは……」

 ディスプレイには、射出された直後、使徒の加粒子砲を浴びている初号機の姿が映し出されていた。
 しかし、初号機の胸部に白く輝くフィールドのようなものが張られており、そのフィールドが加粒子砲の攻撃を防いでいた。

(これが、サイキック・フィールドか……)

 横島から名前だけは聞いていたものの、実際に自分の目で見るのは初めてだった。

「次に、これ」

 リツコがマウスのボタンを押すと、零号機と初号機が映っている画像に切り替わった。
 初号機の前にいる零号機を包むように、青い球形のフィールドが張られている。
 使徒の加粒子砲がそのフィールドに当たっているが、その攻撃は青色のフィールドで完全に(さえぎ)られていた。

「覚えているわよね?」

「は、はい」

 ちなみに今日は、横島はこちらの世界に来ていない。
 だが横島は、リツコか他の誰かから聞かれていることを予想していたので、昨夜のうちにシンジと打ち合わせを済ませていた。

「正直に言うと、エヴァでこんなことができるなんて、予想外の出来事なのよ。
 それで、シンジ君がどうやってこれを出したのか、教えて欲しいわけ」

「そう言われても、自分でもよくわからないんです」

 横島のアドバイスは、『徹底してとぼけろ』だった。
 どのみちシンジは自分で行ったわけではないので、説明したくでも相手を納得させるだけの説明ができない。
 シンジは、何もわかっていないふりを続けることにした。

「それに後の方は、零号機がやったんじゃないんですか?」

 シンジは、わざと嘘をついた。本当のことは、昨晩のうちに横島から聞いている。

「そうね。その可能性はゼロではないわね。
 ただ過去のケースを考えると、初号機がやったと考える方が自然だし、
 レイもまったく覚えがないと言っているのよ」

「でも、僕も全然わからないです」

「質問を変えるわ。この時は、どういう気持ちだった?」

「そうですね。前の方は、とにかく痛くて苦しくて、何とかしたい一心でした。
 後の方はよく覚えてないんですけど、加粒子砲の直撃を受けたレイを助けたかったんだと思います」

 リツコは、しばらくの間シンジの顔をじっと見つめていたが、やがてフッと微笑を浮かべた。

「わかったわ。今日はもう家に帰っていいから」

「はい。では失礼します」

 リツコはまだ納得していないような顔をしていたが、シンジとしてもこれ以上は話せない。
 リツコの部屋を出たシンジは、ほっとため息をついた。




「ねーえ、シンちゃん。昨日の使徒戦のことなんだけどさー」

「はいはい、なんでしょ」

 リツコと同じく徹夜明けのミサトは、いつもより早い時刻に帰宅した。
 シンジがミサトの体調を気にしたため、今日の夕食の献立(こんだて)はニラとシーフード入りの中華(がゆ)である。

「シンちゃん、また(すご)い技を使ったじゃない。あの技って、また使えないかなって」

「リツコさんは、何て言ってました?」

「それがね、はっきりしないのよ。エヴァじゃありえないとか、暴走がどうのとかブツブツ言ってたけど」

「あれって、ATフィールドじゃないですよね?」

「ATフィールドのパターンが検出されていないのよ。
 それでも光る盾の方は、相転移空間が検出されたけど、
 零号機を囲んだ青色のフィールドは、それすらなかったわ。
 わかっているのは、正体不明の高エネルギー反応が検出されたということだけ」

「でも僕自身も、アレがどうやったら出せるのか、サッパリわからないんです」

「そっかー。シンちゃんもわからないんじゃ、どうにもならないわね。
 あの技がいつでも使えるようになったら、戦術の選択肢がずいぶん広がるんだけどなー」

 ミサトのぼやく声を聞いていた、シンジはふと気づいた。

(よく考えたら、最初から横島さんが戦っていれば、もっと楽に勝てたんじゃないかな……)




却下(きゃっか)

 翌日、こちらの世界に来た横島に、シンジは自分の考えを伝えたが、横島はシンジの頼みを即座に断った。

(でも、横島さんの力があれば、使徒との戦いもずいぶん楽になると思うんですが)

「だからダメなんだって。俺はずっとこっちの世界にいるわけじゃないんだ。
 俺にばかり頼っていたら、俺がいないときに使徒がきたらどうするんだよ?」

(それはそうですけど……)

「心配するなって。ヤバイ時には、ちゃんとフォローするから。
 それに、俺もエヴァのことをそんなにわかっているわけじゃないけど、
 エヴァにはまだまだ多くの力が秘められているみたいだからな。
 シンジの腕が上がれば、エヴァだけで十分戦っていけるはずさ」

(そうですか……。でも、あまり自信ないです)

「そうだ、シンジ。おまえ、俺みたいな力を使ってみたいとは思わないか?」

(それは、使えたらいいなとは思いますけど)

「よし。それじゃあ、さっそく今日から修行だ」

(修行って……僕がですか!?)




 その日の午後、学校から帰ってきたシンジは、普段着に着替えるとコンフォート17の屋上に上がった。
 今日はネルフに行く用事がないため、夕食の仕度を始めるまで時間が空いていた。

「横島さん。GSの修行って、いったい何をするんです?」

(シンジの場合は、基礎をしっかりやる必要があるな。まずは太極拳から始めようか)

「太極拳って、中国武術のですか? 格闘訓練なら、ネルフでもやってますけど」

(それが違うんだな〜。GSの修行で太極拳をやるのは、“気”を操れるようにするためなんだ)

「“気”って何ですか?」

(口で説明するのは難しいな。まあ、そういうもんがあるんだよ。
 修行で太極拳をやるのは、気を体得するのに非常に向いているんだ。
 気を感じ取り、操れるようになって、はじめて霊能力を磨く段階に入れるようになるのさ)

 横島は、まだ納得のいかない顔をしていたシンジに、太極拳の型のレクチャーを始めた。







 前回の使徒戦が終わってから数日後、事務所に出勤した横島に美神が声をかけた。

「横島クン。この前Gメンに調査を依頼した件で、回答があったわ」

 美神が横島に一枚の紙を渡した。

「該当情報なし、ですか──」

「過去の文献の調査から、私たちの世界にそっくりな別の世界があることは推測されていたけど、
 Gメンのデータバンクが整備されてから、そういった事例は無いみたいね。
 西条さんは胡散(うさん)臭そうな顔をしていたけど、ママは興味をもったみたいだったわ」

 今のところ、横島の証言以外に、パラレルワールドが存在するという証拠は何もない。
 ましてや、その世界で巨大ロボットを操縦して、怪獣のような敵と戦っているというのだから、疑念を持たれて当然かもしれない。

「ま、仕方ないッスね」

「いやに落ち着いてるわね」

「証拠が無いなら、証拠を作ればいいんですよ」




「失礼します」

 司令室のドアが開き、白衣を着た金髪の女性──赤木リツコ──が、部屋に入ってきた。

「報告書をお持ちしました」

「イレギュラーの件について、何かわかったかね」

 ネルフ司令、碇ゲンドウの斜め後ろに立っていた白髪の男性──冬月コウゾウ──が、リツコに尋ねた。

「いえ。詳しいことは何もわかっていません。ただ──」

 リツコは、報告書をゲンドウと冬月に渡す。
 その報告書には、地下から射出された直後に、白く光るフィールドを張って加粒子砲を防いでいる初号機の姿と、ヤシマ作戦で青いフィールドに包まれている零号機の画像が印刷されていた。

「この二つの事例に共通しているのは、サード・チルドレンの意思と関連性があるということです。
 このフィールドが発生した時、彼は自分自身、もしくはファースト・チルドレンを守ろうとする意識を
 もっていました」

「しかし、ATフィールドとは明らかに異なるようだが──」

「はい。あれはATフィールドではありません。
 また、サード・チルドレン自身も、フィールドの発生をコントロールできていないようです」

「現時点での結論を述べたまえ」

 話を聞いていたゲンドウが、口を開いた。

「はい。このイレギュラーについてですが、どちらも初号機が起こしたものと思われます。
 特に前の白いフィールドについては、第三使徒戦で見られたものと同じです。
 現段階での仮説となりますが、初号機の中の“彼女”が一時的に覚醒(かくせい)し、
 初号機パイロットに力を貸したのではないかと考えています」

「ユイ君がか──」

 冬月が、ムゥと小さな声でうなる。

「初号機のコアに変化は?」

「出撃の前後で、コアの波形には変化はありませんでした。
 おそらく、戦いの間の一瞬だけではないかと思うのですが──」

「わかった」

 リツコの話を聞いていたゲンドウは、机の上で手を組み直すと、リツコに視線を向けた。

「初号機を引き続き監視。特にコアの波形に変化が現れないか、戦闘中でもチェックするようにしろ」

「わかりました。そのように準備します」

 リツコはゲンドウに返事をして、司令室を出ていった。








 新横須賀沖において、国連軍の太平洋艦隊が使徒からの攻撃を受けていた。

『何をしている! 対潜爆雷をぶち込め!』

『テンペスト、沈黙しました!』

『魚雷を4発もくらって、なぜ沈まん!?』

『目標、輸送船オスローに接近!』

 使徒は、海面すれすれの深度を高速で移動し、体当たりでもって太平洋艦隊の船を次々と沈めていく。

 バッ!

 使徒が輸送艦にぶつかる寸前、輸送艦の甲板にあった物体が、突然()ね上がった。

 ズサッ!

 人型をしたその物体は、自分を(おお)っていたシートをマントのようにして身にまとうと、別の船へと飛び移る。
 さらにその船から、広い甲板をもつ空母へとジャンプした。

 ズサッ……ズシン!

 その物体は空母に着地すると、空母の甲板の上でマント代わりのシートを脱ぎ捨てる。
 中から出てきたのは、赤い色をしたエヴァであった。

 ガシャ

 赤いエヴァが、肩のウェポンラックからプログナイフを取り出した。

 ザアアアァァァ……

 使徒が、赤いエヴァのいる空母『オーバー・ザ・レインボウ』目掛けて、突き進んでいく。

 ザッバーーーン!

 使徒は空中に跳ね上がると、その空母ほどの大きさの巨体でもって、赤いエヴァに襲いかかった。
 だが赤いエヴァは、すかさず使徒の下にもぐり込むと、その体にプログナイフを突き刺した。

 ブシュウウウッ!

 使徒の腹が大きく裂かれ、血がドッと流れ出る。

 ザッバーーーン!

 エヴァの頭上を飛び越えた使徒は、空母をまたいで反対側の海へと飛び込んでいった。




「この後、戦艦二隻によるゼロ距離射撃。
 太平洋艦隊の力を借りたとはいえ、出撃より36秒、内部電源の切れる前に使徒殲滅(せんめつ)
 危機回避判断能力、操縦テクニック、どれをとっても完璧ね」

 大スクリーンに映し出された第六使徒との戦闘シーンを、ミサトが解説していた。

「うわさ以上ね、セカンドチルドレンの実力は」

 ミサトの横でリツコが、椅子に座りながら、同じ映像を(なが)めている。

「でも、なぜ使徒があんなところに……」

「輸送中の弐号機(にごうき)を狙ったとも、考えられるわ」

「その弐号機は?」

「第五ケイジに格納中。アスカはホテルで休ませているわ」

 リツコは手にしていたカップを口元に寄せ、コーヒーを一口飲んだ。

「すごいなあ。どうしてエヴァがあんなふうに動かせるんだろ」

「……」

 シンジは、心の底から感心した表情をしていた。
 一方レイは、普段の感情を表に出さない表情のまま、映像を(なが)めている。

「どんな人なんですか? セカンドチルドレンの惣流(そうりゅう)さんって」

「あら。気になる、シンちゃん?」

 シンジの発言に、ミサトが軽い口調で聞き返した。

「そりゃあ、仲間として、これから一緒に戦っていくわけですし」

「とっても聡明(そうめい)な子よ。14歳でもう大学を出ているしね」

 そこにリツコも口をはさんでくる。

「えっ!? だ、大学ですか!」

「ま、明日、正式に手続きが終わったら、紹介するわ。楽しみにしててね。
 学校が終わったら、すぐ本部に来るのよ」

「はい」




 本部を後にしたシンジとレイは、地上に出ると第三新東京市を回る環状線に乗り換えた。

「知らなかったな」

 シンジはポツリとつぶやいた。

「他の国でもエヴァを作ってて、僕らの他にもパイロットがいたなんて。綾波は知ってたの?」

「ええ」

「そうなんだ……」

 レイの表情は、ふだんと変わらなかった。
 それを見ていたシンジは、ちょっとがっかりする。
 前回の使徒戦以後、シンジは今まで以上にレイの様子が気になっていた。

 やがて電車が、レイの降りる駅に停まった。

「じゃあ、碇くん。また明日学校で」

「あっ……じゃ、じゃあね」

 シンジは、少しだけ戸惑った。
 今までレイが、自分から話しかけてくることが、ほとんど無かったからである。
 しかし、改札に向かって歩いていくレイの後姿を見つめていたシンジは、胸の内に温かい思いが湧いてくるのを実感していた。



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