交差する二つの世界
作:湖畔のスナフキン
第四話 −アスカ、来日− (02)
(ほお〜〜、昨日そんなことがあったのか)
翌日、こちらの世界に来た横島に、シンジが昨日の出来事を話していた。
「ええ。綾波があんな反応をするなんて、ちょっとビックリしましたよ」
その日は、担当の教師に急用が入ったため、授業が午前中で終わった。
シンジは教室で弁当を食べたあと、一人になるため屋上に上がっていた。
(でも、悪い気はしないだろ)
「ええ。実はちょっぴり嬉しかったり……って、何を言わせるんですか!」
(だいたいだな、シンジはまだ中学生のくせに、恵まれすぎだぞ。
俺なんか、高校生になるまでは、女っ気がまったくなかったんだからな)
「でも横島さんだって、元の世界に戻れば、彼女の一人や二人いるんじゃないんですか?」
(彼女か……)
横島の口調が、急に変化した。
人の感情の変化に敏感なシンジは、すぐに自分の失敗に気づく。
「す、すみません。気に障ることを言ったみたいで……」
(あ。いや、いいんだ。俺の問題だしな……)
シンジは横島の気持ちがよくわからなかったが、彼女がいないから怒ったという次元の話でないことは理解できた。
その時、トウジとケンスケが屋上に上がってきた。
「ここにいたんだ、シンジ。帰りにゲーセンにでも寄ってこうぜ!」
「ネルフ行くまで、時間あるやろ。少しつきあわんかい」
「う、うん。わかった……」
シンジが二人と一緒に学校の玄関を出たところで、同じくかばんを持って帰ろうとしていたレイが近づいてきた。
「碇君、私……先に行くから」
「わかった。じゃ、また後で」
レイはそのまま立ち去っていったが、やがて三人の視界からレイの姿が見えなくなると、トウジとケンスケが、シンジの顔を覗(き込んでニヤリと笑った。
「おい、碇。なんや今のは?」
「えっ、今のって?」
「綾波が用も無いのに自分から挨拶するなんて、今までいっぺんも無かったじゃん」
「さては、おまえらなんかあったんか?」
「美人のミサトさんとの同居だけでは飽き足らずに、今度は綾波か!?
ちくしょ〜〜! なんで碇ばっかりに、女が寄ってくるんだ〜〜!」
トウジもケンスケも、シンジばかり女性と縁ができるのが、いたく不満の様子である。
「知らないってば! だいたいトウジだって、委員長と仲いいじゃないか」
「あれのどこが仲いいっちゅうねん! イインチョがワシに突っかかってくるだけや」
「おまえもか、トウジ! トウジまで俺のことを裏切ったんだ〜〜」
そんな空しい会話を重ねつつ、三人は繁華街にあるゲームセンターの近くまでやってきた。
「おい、トウジ。見ろよ!」
ケンスケが、ゲームセンターの入り口においてあるUFOキャッチャーに向き合っていた少女を指差した。
年齢的には、三人と同じくらいであろうか。
色白な肌に赤みがかった栗色の髪、さらに年齢の割に見事なプロポーションから推測すると、彼女には欧米人の血が混じっているのかもしれない。
整った顔立ちをしているが、ややきつめの表情からは、勝気な性格の持ち主であると感じられた。
「おっ、激マブや!」
「チョー好みぃ!」
「えっ、どれどれ?」
「碇っ! おまえは見るな」
「なんでだよー」
なぜかシンジだけが、二人の後ろへと追いやられていく。
「あっ!」
突然、少女が大声をあげた。
どうやら、狙っていたぬいぐるみを落としてしまったらしい。
「なによ、この機械! 壊れてるんじゃないの!」
少女がUFOキャッチャーに、ゲシゲシと足蹴(を加えた。
その様子を見ていたシンジたち三人は、一気に興醒(めする。
「アカン。この女、ごっつう性格悪そうや」
トウジの言葉に気づいたのか、少女が三人の方を振り向いた。
「ちょっとぉ、あんたたち、なにさっきから見ているのよ」
「「「いや、あの別に……」」」
少女は腕を組みながら、三人にズイッと近寄った。
「100円ちょーだい」
「へっ、100円!?」
「ゲーム代、無くなっちゃったのよ。ひとり100円、安いもんでしょ?」
「アホかっ! なんでワイらが払わなイカンねん」
「見物料よ。わたしのパンツ見ようとしたでしょ?」
「まだ見とらんわぃ!」
「ひょっとして、お金もってないの?
ダッサダサの格好してさ、100円ももってないなんでサイテーね」
少女はトウジの黒ジャージ姿を、蔑(むような目つきで見ていた。
服装をバカにされたトウジは、顔に怒りの色を浮かべる。
二人の間に、一触即発の空気が生まれた。
(仕方ないなー。シンジ、ちょっと代わってくれ)
(横島さん、何とかなるんですか?)
(ま、ちょっと頑張ってみるわ)
横島はシンジと入れ代わると、トウジと激しくにらみ合っていたその少女に話しかけた。
「あのさー、ちょっといいかな?」
「なによ、アンタが三人分出してくれるの!?」
「いいから、いいから」
横島はUFOキャッチャーの前に立った。
「どれが欲しい?」
「アレよ、アレ。あのおサルさんよ!」
少女は、赤いサルのぬいぐるみを指差した。
「了解っと」
横島は500円玉をゲーム機に入れると、ボタンを操作してクレーンを下ろした。
だがクレーンが釣り上げたのは、全然別のぬいぐるみだった。
「アンタ、何やってるの! それじゃないってば!」
「いや、これでいいんだ。クレーンゲームの鉄則は『取れるモノから取る』だからね」
横島は三回目の操作で、赤いサルのぬいぐるみをゲットした。
「ほらよ」
「あ……ありがと……」
「センセもやるの〜〜。こんな特技を持ってたなんて、知らんかったわ」
「コツがあるんだ。取りやすいモノから順番に取っていって、目標がいい位置に来るのを待つ。
それさえ分かれば、クレーンゲームは難しくないよ」
「ふ〜〜む、なるほどね」
ケンスケが、興味深そうにうなずいていた。
「じゃあ、僕たちはもういいよね。残りの分は遊んでいいから」
横島は少女にUFOキャッチャーの操作を譲(り渡すと、トウジとケンスケと一緒にゲームセンターの中に入っていった。
シンジは三人で一時間ほどゲームセンターで遊んだあと、二人と別れてネルフ本部へと向かった。
「横島さんも、変わった特技をもってますね」
(まあ、俺が得意なのは遊び系統ばかりだからな。料理が得意なシンジの方が、よっぽど使えると思うけど)
「料理ができても、友達の間ではポイント低いですから」
(大人になれば、見方も変わるさ)
シンジがネルフのゲート近くまで来た時、ガンガンとドアを叩(く音が聞こえてきた。
「ちょっと! この機械、壊れてるんじゃないの!」
どこかで聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「今の声は、まさか……」
シンジが通路の角を曲がると、ゲートの前でガシガシとドアを蹴(っている少女の姿が目に入った。
「き、君は!」
シンジの目の前にいたのは、先ほどゲームセンターで会った、あの少女であった。
「なんでアンタが、こんなところにいるのよ!」
シンジは、手にしていたネルフのIDカードを見せた。
「えーと、Shinji・Ikari……アンタが、サード・チルドレン!? ウッソー!」
少女の大声が、ネルフの通路に響き渡った。
「紹介するわ。惣流・アスカ・ラングレーさん。今日から弐号機で参戦するわ」
その日のチルドレンのミーティングで、ミサトがアスカを正式に紹介した。
「よろしく」
アスカが、満面の笑顔を浮かべる。
「……よろしく」
レイは、いつもの感情を表に出さない表情で答えた。
「ところで、アスカ。そのぬいぐるみは何なの?」
ミサトが、アスカが両手に抱えているぬいぐるみを指差した。
「えーと、これはですね、惣流さんが街のゲーセンで……」
「ああっ、ごめんなさい。まだお礼を言ってなかったわ!」
シンジが先ほどの出来事を話しかけた時、急にアスカがシンジに近寄ってきた。
「さっき、街で気分転換にクレーン・ゲームをしていたら、
ぬいぐるみがなかなか取れない私の代わりに、碇君が取ってくれたんです」
「そうなの、シンちゃん?」
「いや、その、間違ってはないですが、ただ……」
シンジは真相を話そうとしたが、その前にアスカがシンジの足をギュッと踏(みつけた。
「イッ!」
(余計なことを喋(ったら、タダじゃおかないわよ!)
アスカはシンジの耳元で、小声でささやきかけた。
アスカの脅(しに屈したシンジは、そのまま沈黙してしまう。
「あら。じゃあ、二人はもう知り合いなのね。
それにしてもシンちゃん、見かけによらず、手が早いわねっ♪」
「ち、違いますってば! それは大きな誤解です!」
「シンちゃ〜〜ん、そんなに照れなくてもいいのに〜〜」
むやみに広いネルフ司令室の天井に大きく描かれた奇怪な図形と文字。
神秘主義やオカルトに詳しい人が見れば、それがユダヤ神秘主義からくる『セフィロトの樹』と気づくであろう。
その広い司令室の中央に、ネルフ司令であるゲンドウの執務席がおかれていた。
「波乱に満ちた船旅でしたよ。まさか海の上で使徒に出くわすとはね」
ゲンドウの席の前に、一人の男が立っていた。
年齢は、三十歳ほどであろうか。長髪を首の後ろで束(ね、短い不精髭(を生やしている。
シャツの詰襟(のボタンを外したその姿はいささかルーズではあるが、男の表情と態度からは精悍(さが感じられた。
「やはり、これのせいですか?」
男は、ゲンドウの席の上に置かれたジュラルミン製のトランクを開けた。
「既にここまで復元しています。硬化ベークライトで固めていますが、間違いなく生きています」
トランクの中には、人の胎児のような形をした生き物が納められていた。
「人類補完計画の要(ですね」
それを見たゲンドウが、わずかに口を開いた。
「そうだ。最初の人間──アダムだよ」
ミーティングが終わった後、ミサトはシンジたちをネルフの食堂へ連れていった。
「何でも好きなものを頼んでねー」
この食堂はカフェテリア形式になっており、利用者はトレーに好みの料理を自由に取ることができる。
味の方は一般企業の社員食堂並みといったところであるが、メニューが豊富で価格も安いため、職員には人気があった。
「……って、勤務中にビールを飲んでいいんですか、ミサトさん?」
シンジは、ミサトが懐からえびちゅを取り出したのを見て、すかさずツッコミを入れた。
「しーっ! 一本くらい、飲んだうちに入らないわよ」
夕食には少し時間が早いため、ネルフの食堂はがら空きであった。
料理と飲み物を取ったミサトとチルドレンたちは、空いているテーブルに一緒になって座る。
「第六使徒との戦闘、ビデオで見させてもらったわ。さすが、噂(に聞くセカンド・チルドレンね」
「そんなぁ、それほどでもないですぅ」
シンジのこめかみから、汗がタラリと流れた。
アスカは笑顔で答えるが、既にアスカの本性を見ているシンジは、それが演技であることにすぐに見抜いた。
一方レイは、アスカの話を全く無視して、パクパクとカレーライスを口にしている。
「なーんか、二人ともノリが悪いわねぇ。せっかく新しい仲間が、増えたっていうのに……」
ミサトの背後から不意に、腕が二本にゅっと伸びてきた。
ミサトはそのまま背後にいる誰かに、頭を抱きかかえられてしまう。
「やっ、なっ、誰よ、やめてっ!」
「加持さん♪」
ミサトの正面に座っていたアスカが、嬉(しそうな声をあげた。
「えっ……!?」
ミサトは上半身をそらして、背後にいる人間の顔を確認する。
そこには、先ほど司令室にいた長髪の男性の姿があった。
「あいかわらず、昼間っからビールか。そのうち、腹が出るぜ」
「か、加持(〜〜〜〜っ!」
ガシャン!
ミサトが加持の手から逃れようとした拍子に、座っていた椅子が倒れた。
「な、な、な、なんでアンタがここにいるのよっ!」
「ご挨拶だなぁ。久しぶりに会ったのに」
「も〜〜今まで、どこにいたんですかぁ〜〜?」
アスカは席を立ち上がると、加持の腕にしがみついた。
「アスカの随伴(でね、ドイツから来たのさ」
「そりゃ、ご苦労様だったわね。用が済んだんなら、さっさと帰りなさいよ」
「残念でした。本部に移動する辞令が、さっき下りたばかりさ。また、よろしくな、葛城」
「あっ、そっ……」
ミサトは、そっけない返事をかえす。
まるで、苦虫を噛(みつぶしたような表情を浮かべていた。
「ところで、碇シンジ君って、君かい」
「えっ!? は、はい」
突然、加持がシンジに話を振ってきた。
「どうして、僕の名前を?」
「そりゃ、知ってるさ。この世界じゃ、君の名前は有名だからね」
加持の左腕を掴んでいたアスカが、シンジの顔をジロリと睨(む。
「何の訓練もなしに、エヴァを実戦で動かしたサード・チルドレン。
しかも、すでに三体もの使徒を倒している」
「へえ〜〜、すごいわね。でも、四体目は私が倒したけどね」
アスカが、不安そうな目つきで加持の顔を見上げた。
「そんな、偶然です」
「偶然なんかじゃないさ。しかも、エヴァの隠れた能力まで引き出している。才能だよ、君の」
「ちょっと、加持! アンタ何を知ってるの!?」
突然、ミサトが会話に割り込んできた。
「何って、第三使徒戦と第五使徒戦のビデオを見ただけさ」
「あれは本部の外には、持ち出せないようになっているのよ。何でそれを見ているのよ!?」
「ま、伝手(をたどって、いろいろと調べたんだよ」
「加持さん! エヴァの隠れた能力って何ですか? 私、第四使徒戦のビデオしか見ていないんですけど」
アスカが、加持の腕を強く引っ張った。
「アスカも本部付けになったんだから、作戦課に行けば見せてもらえるさ。だろ、葛城?」
「そ、そうね」
「私、ちょっと行ってきます」
アスカはそう加持に告げると、食堂から駆け出していった。
「待ちなさいよ、アスカ!」
アスカの後を追って、ミサトも食堂を出ていく。
「やれやれ、みんな忙しいな。じゃ、シンジ君、レイちゃん、またな」
残されたシンジは、レイと向かい合って座りながら、残った食事を片付けることにした。
【あとがき】
横島がクレーンゲームの達人であることは、デフォの設定です。GS美神の原作にも出ています。
詳しくは、ワイド版GS美神10巻『ゲームの達人』を読んでください。
また本文中にあるように、横島はいろいろな分野で遊びの達人みたいです。
クレーンゲーム以外に、子供の頃、ミニ4駆の大会で優勝した話も原作に出ています。
あと著作権料の関係で、セイレーンにあっさり負けましたが、カラオケもかなり得意なようです。
興味のある方は、GS美神の原作をチェックしてください。
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