交差する二つの世界
作:湖畔のスナフキン
第四話 −アスカ、来日− (03)
シンジは、レイが食べているカレーライスの皿の片隅に、肉が寄せられていることに気づいた。
「綾波、肉食べないの?」
「お肉、嫌いだもの」
「そうなんだ……。そういえば、綾波って一人暮しだよね。普段、食事はどうしてるの?」
「これ……」
レイはかばんから、ビタミンの入った錠剤と栄養ブロック剤を取り出した。
「えっ!?」
「必要な栄養は、摂取できるわ」
「で、でもさ、育ち盛りなんだから、食事はきちんと食べないと……」
「そう……」
シンジは言葉に詰まった。
どう考えても、補助食品中心の食生活はよくないと思う。
だが、どうしればよいか、よくわからなかった。
(シンジ)
シンジがどう返事しようか迷っていた時、横島がシンジに話しかけてきた。
(レイちゃんに、シンジの手料理を食べてもらったら、いいんじゃないのか?)
(ええーっ! そ、そんな、恥ずかしいですよ!)
(別にいいじゃないか。この前の使徒戦で、助けてもらったお礼にとか言ってさ)
(それに僕の料理が、綾波の好みにあうかどうかもわからないし……)
(大丈夫だって。シンジの腕なら、俺が保証するよ)
(で、でも、やっぱり自信が……)
(そこで、ぐだぐだ言うなって。ちょっと代わるぞ)
横島が、強引にシンジと入れ代わった。
「綾波」
横島は、シンジの口調を真似しながら、レイに話しかけた。
「なに?」
「今度、時間のある時に、僕の家に寄ってかない? 手料理をご馳走するからさ」
(横島さぁぁぁーーん!)
シンジは心の中で大声をあげるが、横島はそれを無視した。
「別に、かまわないわ」
「じゃあ、オッケーだね」
横島はレイの訓練の空いている日を確認し、約束をした。
(横島さん! そんな勝手に人の行動を……)
(いいじゃないか。シンジも、レイちゃんの食生活が気になっていたんだろ?)
(それはそうですけど……)
(それとも、あのアスカって娘の方が気になるのか?)
(それは、絶対にないです!)
すかさず断言するシンジであった。
「な、なによこれ〜〜」
アスカは第三使徒戦のビデオを見ていた。
霊波刀を出した初号機が第三使徒のATフィールドを破壊し、コアを串刺しにした場面で画像を一時停止させる。
「この初号機の手から伸びているのは、いったい何なの?」
「それがわからないのよ。MAGIで調べても解析不能としか答えを返さないし、
シンジ君に至っては、この戦いの時の記憶が途中までしかないのよね」
「加持さんの言っていたエヴァの隠れた能力って、このことなの!?」
「驚くのはまだ早いわ。第五使徒戦のビデオをも見てね」
ミサトはテープを交換して、第五使徒戦の映像を流しはじめた。
「……」
アスカは固唾(を飲んで、ビデオに見入っていた。
使徒の前方に射出された初号機が、使徒の加粒子砲をサイキック・フィールドで防いでいる場面でも驚きの表情を見せたが、その次の二子山からの狙撃の場面では、完全に映像に釘付けになっていた。
「いったい、これは何? ATフィールドなの!?」
ちょうど加粒子砲の直撃を受けた零号機が、青色のフィールドに包まれる場面であった。
「残念ながら、ATフィールドではないわ。ATフィールドのパターンも、相転移空間も検出されず。
わかっているのは、正体不明の力場が発生したってことだけね」
「これは零号機が出しているんですか?」
「今、リツコの所で調べているんだけど、零号機ではなくて、初号機が発生させた可能性が高いらしいわ」
「これ、弐号機でも出来ますよね?」
「正直、何もわからないのよ。今は、技術部の調査待ちってとこね」
アスカは険しい表情をしていたが、やがて「失礼します」という言葉を残して、部屋を出ていった。
「ぬわにいいぃぃっーー! あの女がエヴァのパイロットだったやて〜〜!」
翌日、学校に行ったシンジは、トウジとケンスケにアスカのことを簡単に話した。
「うん、そうなんだ」
「やっぱエヴァのパイロットって、変わりモンが選ばれるのかなぁ」
「ま、俺らはもう二度と、会うこともあらへんやろけどな。センセは仕事やからしゃーないわな。同情するで」
トウジが、シンジの背中をポンと叩いた。
「きり〜〜つ! 礼!」
やがてホームルームの時間がはじまった。
担任の初老の教師が、教室に入ってくる。
「あー、今日は新しい転校生を紹介します。惣流君」
教室の入り口の引き戸が開き、赤毛の少女が教室に入ってきた。
そして黒板の前に立つと、そこに大きな字で自分の名前を書く。
「惣流・アスカ・ラングレーです。よろしくお願いします」
アスカは、にこやかに微笑(みながら自己紹介をする。
「見て、あの髪。赤みがかってるけど、金髪よ、あれ」
「かっこいいわね、彼女」
「マジに可愛いじゃん」
「スタイルいいわねー。腰の高さが違うわ」
クラスメートが、いっせいにざわめきはじめた。
「なんやねん。あの外ヅラのよさは……」
アスカの本性を既に見ているトウジが、一人ぼやきの声をあげていた。
放課後、ネルフに行こうとしていたシンジは、待ち伏せしていたアスカに捕まってしまった。
シンジは一人で行くつもりだったが、道を知らないからと言われ、同行する羽目に陥(っている。
「あ〜〜あ、超つまんないの! ほんとに退屈ね、日本の学校って」
「僕に言うなよ。中学校に通う義務があるのは、僕のせいじゃないし」
「それに程度低〜〜い! なんで飛び級制度がないのかしら?」
「それも、僕のせいじゃないよ」
「日本にクレーン・ゲームの専攻の大学があったら、アンタだって大学を卒業してるわよ」
「……それって、嫌味?」
シンジが後ろを振り向くと、後ろを歩いていたアスカがニヤリと笑っていた。
「そうそう、アンタに聞きたいことがあるのよ」
アスカが足を速めて、シンジの横に並んだ。
「何でアンタ、エヴァであんなことが出きるの?」
「あんなことって、なに?」
「第三使徒戦と第五使徒戦の時のことよ!」
「ああ、あのこと? あれは何でああなったのか、僕にもわからないんだ」
「ウソ言わないで! エヴァは思考コントロールで動くのよ。パイロットが知らないわけないじゃない!」
「そんなこと言ったって、知らないものは知らないんだ。何なら、ミサトさんかリツコさんに聞いてみてよ」
「そう、あくまでシラを切る気ね。わかったわ。そのうち私が、その化けの皮を剥いでやるから!」
やがてネルフ本部の入り口にさしかかると、アスカはシンジを置いて一人で駆け出していった。
リツコは自分の研究室で、初号機のデータを再チェックしていた。
キーボードの上を10本の指が軽やかに動き、端末のウィンドウにデータが次々に表示されていく。
(やっぱり、数値に問題はないわね)
データの再チェックを終えたリツコは、小さなため息をついた。
完全に手詰まりである。
リツコは目と目の間に指をあてると、そこをかるく揉(みはじめた。
「!!」
突然、リツコの背後から二本の腕が伸びてきて、背中から軽く抱き締められてしまった。
「相変わらず、仕事の虫かい?」
聞き覚えのある男の声が、耳元から聞こえてくる。
「その様子じゃ、いまだに彼氏できてないな?」
リツコは首を横に回して、背後に誰がいるのかを確認した。
「お久しぶり、加持君」
「こんな美人をほっとくなんて、ネルフの男どもも甲斐性なしばかりだな」
「ふふ。あなたこそ、相変わらずね」
「じゃ、俺が口説(いちゃおうかな」
「そろそろ、この手を離した方がいいわよ。さっきから、こわ〜〜いお姉さんが、睨(んでいるから」
加持が右側を振り返ると、加持のすぐ傍(らに立っていたミサトが、目を釣り上げて加持の顔を睨(みつけていた。
「くわぁ〜〜じぃ〜〜!」
「や、やあ、ミサト」
加持はジリジリと後退する。
やがて壁際のスチールロッカーの所まで追い詰められて、そこで動きが止まった。
「どうして、あんたってそうなのよ!」
「だって、これが俺の性格なんだからさ。それに、おまえが怒ることないだろ?
もう俺とは、何でもないんじゃなかったのか?」
ビシッ!
ミサトの額(に、青筋が立った。
「それとも……まだ俺に未練があるとか?」
「ふざけんじゃないわよっ!」
ドカッ!
ミサトの右ストレートが炸裂(した。
加持はとっさに首をひねって、その一撃をかわす。
だがミサトの拳で、加持の背後のスチールロッカーが大きく凹(んでしまった。
「いくら若気の至りとはいえ、こんなのと付き合ってたなんて、我が人生最大の汚点だわ!」
「あまりイライラしてると、小じわがよるぞ」
「うるさいっ!」
その時、部屋に備え付けのスピーカーから、緊急事態を知らせる警報音が鳴りはじめた。
「なんだ!?」
「まさか、敵襲(!?」
『警戒中の巡洋艦「はるな」より入電。紀伊半島沖にて、巨大な潜航物体を発見。データを送る』
『波長パターン青。使徒です!』
「総員、第一種戦闘配置」
ゲンドウが、戦闘配置の指令を発する。
すぐさま発令所に掛け込んだミサトは、チルドレンに非常召集をかけた。
「エヴァパイロットを非常召集。急いで!」
数十分後、学校にいたチルドレンたちがネルフ本部に集合した。
チルドレンたちは、ただちにプラグスーツに着替え、エヴァに搭乗する。
「先の戦闘によって、第三新東京市の迎撃システムが受けたダメージは、現在までに復旧率26%。
実戦における稼働率は、ほぼゼロと言っていいわ。
したがって今回の迎撃は、上陸直前の目標を水際で迎え撃ち、一気に叩(く!
迎撃地点の海岸までは、エヴァをリニアレールで運搬するわ。いいわね!?」
「了解しました」
「いいわよ」
「了解」
シンジとアスカとレイは、ミサトの命令を復唱した。
「エヴァンゲリオン各機、リニアトレインに搭乗開始!」
ミサトはエヴァの発進を指示すると、現場に移動するため指揮車へと乗り込んだ。
「今回の迎撃は、初号機と弐号機をフォワード、零号機をバックアップに配置します。
初号機と弐号機は、接近戦で目標に対し交互に波状攻撃。
零号機は後方からパレット・ライフルで援護射撃をします。
迎撃地点に着いたら、電源車にソケットを接続して、すぐさまフォーメーションを組む。
いいわね!」
「はーい。OKよ、ミサト」
アスカが笑顔で答えた。
「相変わらず、すごい二重人格……」
シンジが、小声でボソッとつぶやいた。
「聞こえたわよ、サード」
アスカはすかさずパイロット専用の通信のウィンドウを開き、シンジの顔を睨(みつけた。
(横島さんが今日いてくれて、助かりましたよ)
運良く、横島がこちらの世界に来ていた。
リニアレールで迎撃地点に向かう途中、シンジは横島と会話を続けている。
(本当は、もっと僕が頑張らなくてはいけないと思うんですが、まだ自信がもてなくて)
(危なくなったら代わるけど、それまでは頑張れよ、シンジ!)
(ええ。エヴァも3機になりましたし、少しは楽に戦えると思うんですが)
(そう言えば、弐号機の惣流さんはどうなんだ?)
(いろんな意味で凄(いですね、彼女は。とにかく気が強いというか、何というか……
それから、前回の戦いの時のこととかで、僕のことをちょっと疑ってるみたいです)
(まあ、あれだけ派手なことをすれば、疑問を持たれても仕方ないかもな)
(できれば、普通に戦って勝ちたいですね。第四使徒戦の時みたいに)
(こればかりは、相手しだいだな)
迎撃地点の海辺には、セカンド・インパクト後の海面上昇で海に沈んだビルの廃墟が、数多く海面に顔をのぞかせていた。
現場に到着したシンジたちは、エヴァ専用の台車から降車すると、近くで待機していた電源車まで歩いていく。
『エヴァ各機、ルート26リニアラインよりリフトオフ』
『アンビリカルケーブル、接続完了!』
『送電を開始します』
パレット・ライフルを手にした初号機と、ソニック・グレイブをもった弐号機が海に入り、それぞれ武器を構えた。
やや遅れて零号機も海に入り、弐号機の斜め後方で待機する。
零号機は、前回の使徒戦で加粒子砲の直撃を受ける大ダメージを受けていたが、正体不明の力場に守られたため素体への影響がごく一部に止まり、何とか今回の使徒戦に間に合うことができた。
「さあ、いつでもいらっしゃい」
弐号機の中でアスカが、不敵な笑みを浮かべていた。
ドドーーン!
初号機と弐号機の前方で巨大な波が発生した。海中から何か巨大な物体が踊り出ようとしている。
「来たっ!」
「アタシが先に行くわ。足を引っ張らないでね!」
海中から、使徒が姿を現した。三日月状に大きく反り返った手と足をもっている。
アスカは、廃ビルを足がかりにして弐号機を跳躍(させながら、使徒に向かって接近していった。
初号機と零号機がパレット・ライフルを発射したが、使徒のATフィールドに遮(られてダメージを与えることができない。
(慌(てるな、シンジ。弐号機がATフィールドを中和したら、コアを狙って撃つんだ)
シンジはいったん射撃を止めると、ATフィールドの中和と同時に射撃するため、パレット・ライフルを構え直した。
(なんだ、あれ?)
コアを撃つため狙いを定めていたシンジが、使徒の体の異変に気がついた。
(……コアが二つある!?)
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