交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第六話 −静止した闇の中で− (01)




 浅間山での使徒戦から数日後、横島とシンジは第三新東京市郊外の山中に入っていった。

(横島さん、こんな山の中に何の用ですか?)

「前に家出した時に山中をぶらついただろ? あの時にいくらか目星はつけておいたけれど……」

 横島はときおり周囲を見回しながら、山道をどんどん進んでいった。

「おっ! ここだ、ここ」

 横島は山道から少し外れると、ある場所で足を止めた。

(何だか気分がいいですね、ここは)

 その場所は下草もほとんど生えておらず、ちょっとした広場のようになっていた。
 木々の間からもれてくる太陽の光が、その場所を優しく照らしていた。

「ここは龍穴(りゅうけつ)と言って、山のよい気が地上に噴出しいる場所なんだ」

(これも『気』なんですね)

 シンジは山の気がもたらす、爽快(そうかい)な気分を全身で味わっていた。

(ところで、これから何をするんですか。今日はここで修業をするとか?)

「まあ、それも面白いけど、今日はちょっと別の仕事をしにきたんだ」

 そういうと横島は、近くに転がっていた岩を集め、その広場の周囲に並べはじめた。




「ふーっ、やっとできた」

 三十分ほどたって、横島はようやくその作業を終えた。
 横島は服の(そで)で、(ひたい)に流れた汗を(ぬぐ)いとった。

(なんですか、これ? まるでストーン・サークルみたいですけど)

 広場を囲むようにして、円形に岩が並べられていた。
 中学生のシンジの体で運んでいるので、それほど大きな岩は置かれていないが、それでも見事な景観である。

「これか? まあ、目印ってとこかな」

(目印……ですか?)

 シンジは内心、きょとんとしていた。

「タネ明かしは後でするよ。ところでシンジ。もし明日、俺がこっちに来ていなかったら、
 学校が終わってからでかまわないから、ここに来てくれないかな?」

(明日ですか? たぶん大丈夫です)

「それじゃ、頼むな」




 翌日、学校の授業が終わってから、シンジは昨日の場所に向かった。

(そういえば、あの場所に行く理由を聞いてなかったっけ)

 その場所にいって何があるのか、シンジは横島から何も聞いていなかった。
 しかし今までのことを考えると、横島のすることには深い意味のあることが多かったので、今回も何か意味があるのだろうと考えていた。

「えっと……たしか、この辺だったよな」

 シンジはその場所に近くづくと、山道を外れて林の中に入っていった。
 10メートルも歩かないうちに、石で囲まれた小さな広場に出る。

「よっ、シンジ。遅かったじゃないか」

 シンジは、不意に真横から声をかけられた。
 (あわ)てて声のした方を振り向くと、バンダナを(ひたい)に巻いた二十歳くらいに見える青年が立っていた。

「あの、あなたは……?」

「俺だよ、俺」

「まさか……横島さん!?」

「ピンポーン、大正解」

 シンジは、心底驚いた。
 今まで心の中でしか会話したことがない相手が、突然目の前に立っているのである。

「あ、あの、本物の横島さんですか!?」

「まあ、いちおう本物だけど、やっぱ証拠がないと信じるのは難しいか……」

 横島とおぼしき人物が、両腕を組んで考え込んだ。

「そうだ。これを言ったら信じてくれるかな。
 シンジの机の二番目の引き出しの学校のノートの下に隠してあるものは……」

「わああぁぁっ! もう、いいです! わかりました!」

 シンジは机の引き出しの中に、ケンスケから(ゆず)ってもらった秘蔵のHな写真集を隠していた。
 ミサトやアスカにも気づかなかったが、横島だけはアッサリとその隠し場所を探し当てていた。

「ん、どうしたんだ? 顔に何かついてるのか?」

 横島の顔をじっと凝視しているシンジに、横島が話しかけた。

「あ、いえ。いつも霊能力とか見ているから、横島さんってもっと(すご)い人なのかと思ってました」

「GSといっても、見た目は普通の人間だよ。
 まあ俺の知り合いには、見かけも変わった連中もいるけどね」

 たしかに横島の知人には、背が低くて三白眼の男とか、身長二メートル近くの大男とか、美形のヴァンパイアー・ハーフとか、千年近く生きている爺さんなど、見かけも常人と少し違っているのもけっこういたりする。

「でも、どうやって来たんですか? 今までは魂だけで移動するって聞いてましたけど……」

「そのタネ明かしがこれさ」

 横島が、昨日造ったストーン・サークルを指差した。

「文珠を使うときに大切なのは、イメージなんだ。
 正直、実体での平行世界間の移動は、文珠でも無理だと思っていたけれど、この世界には何度も
 来ているから、イメージさえしっかりしていれば何とかなるような気がしたのさ。
 それでイメージしやすい気の出ている場所を探して、さらにその場の気を高めるために、これを
 作ったってわけ」

「はあ……」

 横島の話はシンジには難しかったが、ここに作ったストーン・サークルが、大事な役割を果たしていることだけは理解できた。

「それじゃ、そろそろ行こうか」

「行くって、どこへです?」

「決まってるじゃないか、俺の世界だよ」

「えっ? えっ?」

 突然切り出された話に、シンジはうろたえてしまう。

「とりあえず、どこかに(つか)まってくれ」

 シンジは少し混乱していたが、とりあえず横島の腰のベルトに(つか)まった。

「よし、それじゃ出発!」

 横島が文珠を使った次の瞬間、二人の姿がこの世界から消えていった。




 シンジが目を開けると、見たことのない部屋の中にいることがわかった。

「ここは……?」

「俺の部屋さ。悪いけど、部屋の中だから靴は脱いでくれ」

 シンジは(あわ)てて靴を脱ぐと、その靴を手にもった。

「ま、男の一人暮らしだからたいした物はないけど、茶菓子くらいは出すよ」

 横島は戸棚から煎餅(せんべい)の入った袋を出すと、湯飲みを二つ出して茶を注いだ。

「あ、あの……僕、戻れるんでしょうか?」

「それなら大丈夫だよ。実はシンジが来る前に、既に一往復しているんだ」

 横島の返事に、シンジはほっと息をついた。

「シンジは、自分のいる世界のことをどれだけ理解していると思う?」

 煎餅(せんべい)をかじりながら、お茶をすすっていたシンジに、横島が(たず)ねた。

「……ほとんど、わかっていないかもしれません」

 シンジは、横島がすごく本質的な質問をしていることに気がついた。

「まあ、まだ中学生だから知らないことが多くて当たり前なんだろうけど、それにしてもエヴァの
 パイロットという人類の命運を左右するような仕事をしている割には、重要なことをほとんど
 知らされていないと俺は思うんだ。例えば、使徒って何なのかとか」

「そうですね」

 使徒という正体不明の敵について、シンジはネルフからほとんど何も聞かされていなかった。
 シンジに要求されているのは、ただ戦って倒せということだけである。

「他にも、わからないことがいっぱいある。一部に例外があるけど、たいてい使徒は
 第三新東京市に向かってやってくる。その理由は?
 それからエヴァもそうさ。エヴァが生きているなんて、リツコさんから聞いたことはあるか?」

「いえ、ないです」

「だろ? セカンドインパクトだって、学校の爺さんの言うとおりなのか、アヤシイものさ。
 シンジのいる世界、いやネルフと言った方がいいかもしれないが、(なぞ)や秘密だらけだよ」

 横島の言っていることは、たしかにそのとおりだとシンジは思った。
 しかし、だからといって、自分に何ができるのだろうか?
 ミサトやリツコにかけあったところで、どこまで教えてくれるのか自信はなかった。

「そんなわけで調べてみたいことがいろいろあるんだけれど、その前にパラレルワールドがあること
 すら、こっちでは疑う人間がいるんだ」

「そうなんですか?」

「まあ、俺の話以外に証拠が何もないからね。それで今日、生きた証拠を連れてきたってわけさ」

「それって……僕のことですか!?」

 ようやくシンジは、なぜ横島が自分をこちらの世界に連れてきたのか理解できた。

「他にも理由はあるよ。
 俺がこっちでしていることの説明とか、それからシンジの訓練もしないといけないしな」

「は、はあ……」

 シンジは訓練という言葉が、少し心に引っかかった。

「それじゃあ、そろそろ出かけようか?」

「今度はどこへです?」

「俺が勤務している、除霊事務所さ」







 横島とシンジは、電車に乗って事務所へと向かった。
 電車に乗っている間、シンジは電車の窓の外の風景を興味深そうに(なが)めていた。

「人が……車が……本当に多いですね。これがセカンドインパクト前の東京なんですか?」

「東京は第三新東京市みたいに、きちんと都市計画がされていないから、どうしてもごちゃっと
 した感じがするけど、俺はこっちの方が好きだな」

「でもセカンドインパクトが起きると、ああいう風になってしまうんですよね」

 シンジは、セカンドインパクトとその後の動乱で、荒廃した東京の姿を思い出した。

「こっちでセカンドインパクトが起きるかどうかわからないけど、防げるものなら防ぎたいな。
 それから話は変わるけど、シンジは財布もってるか?」

「ええ、もってますけど」

「硬貨は変わってないけど、札はこっちの世界では古いままなんだ。
 いちおう、こっちの紙幣を渡しておくよ」

 シンジは横島から、一万円札を受け取った。

「えっ!? いいんですか、こんなに?」

「俺が無理に引っ張ってきたんだ。気にするなよ。
 それにシンジには、向こうでメシも食わせてもらってるしな」




 電車を降りた二人は、事務所に向かって歩いていった。

「この辺は、なんだか見覚えがあるような気がします」

「家出した時に、旧東京で事務所を探しただろ? あの時と同じ場所を歩いているんだ」

 やがて横島は、レンガ造りの建物の前で足を止めた。

「たしかにそうですね。この建物だけ見覚えがありません」

「あの時は、周りの様子はだいたい同じなのに、この事務所の建物だけ違っていたから、
 ずいぶん戸惑ったんだ」

「それにこの建物は、なんだか変わった雰囲気がしますね? うまく口で説明できませんが……」

「シンジも霊的な感性が、だいぶ鋭くなったな。
 この建物には人工幽霊がいて、常時結界を張っているんだ」

 横島はシンジに説明した後、シンジを連れて事務所の建物の中に入っていった。




 事務所に入った横島とシンジを、ワンピースを着た少女が出迎えた。

「横島さん!」

「あれっ!? 今日は、おキヌちゃんだけ?」

「美神さんは隊長と用事があるそうで、シロちゃんとタマモちゃんは、コンビニで買い物です」

「それじゃあ、美神さんたちが帰ってくるまで待つとするか。そうそう、それからこいつが……」

 横島が、後ろに立っていたシンジを指差した。

「あ、例のシンジ君ですね」

 おキヌは横島の隣にならぶと、微笑(ほほえ)みながらシンジに話しかけた。

「はじめまして、氷室キヌといいます。
 横島さんとは同僚で、この美神除霊事務所でGSアシスタントをしています。
 よろしくね」

「はじめまして。碇シンジです」

 シンジは少し緊張しながら、返事をかえした。

「何か飲み物をいれますね。横島さんはコーヒーと紅茶、どちらにします?」

「俺はコーヒーがいいな」

「シンジ君は?」

「僕は、紅茶をお願いします」

 横島とシンジは事務所のソファーに座った。
 しばらくすると、お盆をもったおキヌがきて、ソファーの間にあるテーブルの上にカップを三つ並べた。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 おキヌが自分の前にカップを置いたとき、シンジは軽く頭を下げた。

「シンジ君って、礼儀正しいのね」

「そ、そうですか?」

「横島さんから、“しと”という怪獣さんと戦っている話ばかり聞いていたから、
 もっとやんちゃな男の子かなって、思ってました」

 おキヌから()められたシンジは、少し照れてしまった。

「でも僕は、大したことはしてないんです。いつも横島さんに、助けてばかりもらっていて……」

「まあ、シンジはよくやってると思うよ。
 いくらエヴァに乗ってるからといっても、シンジの歳で実戦やれって言われたらね……」

「横島さんは、はじめての実戦はいつからなんですか?」

「本気でバトルしたのは、GS試験の時だから17歳かな?
 その前から美神さんのアシスタントで、除霊現場には何度も出ていたんだけどね」

 そのとき、買い物袋を抱えたシロとタマモが、事務所の中に入ってきた。

「ただいまでござる〜〜」

「あー、お腹へった。早くきつねうどん作ろっと」

「シロ、タマモ。悪いけどちょっとこっちに来てくれ」

 シロとタマモは、横島の隣に座っていたシンジに目を向けた。

「えーと、こいつが前から話していた、碇シンジだ」

「碇シンジです。はじめまして」

 シンジは近づいてきた二人に、軽く会釈(えしゃく)をした。

「碇シンジ殿でござるな! 拙者、横島先生の一番弟子、犬塚シロでござる!」

「私、タマモ。この事務所の居候かな? それから私は、ヨコシマの弟子でも何でもないからね」

 シロはおキヌの隣に座ると、買い物袋の中からドッグフードを取り出し、封を切って食べ始めた。
 その様子を見ていたシンジは、あっけに取られてしまう。

「シロさんって……ドッグフードが好きなんですか?」

[シロは人狼だからな。ドッグフードは、人狼の大好物なんだ」

「人狼って、狼男とかの仲間なんですか!? どう見ても、人間にしか見えませんが……」

「人狼族という、人間とは別の種族なんだ。シロ、ちょっといいか?」

「なんでござるか、先生?」

 横島はシロの背後に回ると、首にかけていた精霊石を外した。
 その途端、シロが(けもの)の姿に変化する。

「い、犬!?」

(おおかみ)でござる! いくら二番弟子のシンジ殿でも、それは失礼でござる!」

 精霊石を首にかけて元の姿に戻ったシロが、シンジに強く抗議した。

「す、すみません……」

「はははは……。まあ、はじめて見ればびっくりするよな。
 人狼族は昼間は狼だけど、夜になると人間の姿に変わるんだ。
 ただそれだと不便だから、昼間も人間の姿でいられるように精霊石の力を借りているわけ。
 まあ大人になれば。一日中人間の姿でいられるようになるみたいなんだけど」

「それじゃ、タマモさんもそうなんですか?」

 シンジが、きつねうどんのカップに湯を注いでいたタマモに、視線を向けた。

「私? 私は妖狐(ようこ)よ。どこかのバカ犬と違って、いつでも化けられるんだから」

「よ、妖狐(ようこ)ですか!?」

 シンジは、目をぱちくりさせた。
 シロもそうだが、タマモも見た目は自分と同い年か、一つか二つほど年上の少女にしか見えない。

「ほら」

 ポンと音をたてて、タマモが(きつね)の姿に変化した。
 そして数秒後に、再び元の姿に戻る。

「どう? 納得したでしょ」

「は、はあ……」

 シンジはただ、目を丸くするばかりであった。
 何をどう言ったらいいのか、見当もつかない。

「あ、あの……横島さんって、本当に人間ですよね?」

「俺とおキヌちゃんと美神さんは、間違いなく人間だよ」

「すみません、ヘンなことを聞いてしまって……」

 立て続けに常識外のことを見せられて、シンジはすっかり気が動転していた。
 今なら、横島が人間ではないと言われても、素直に信じてしまいそうである。

「そう言えば、隊長と美神さんはいつ戻ってくるのかな?」

「たぶん、あと一時間ぐらいかかると思います」

「先生! それなら拙者の散歩に、少しつきあって欲しいでござる」

「今からか? それに時間は、一時間しかないぞ」

「今いきたいでござる!」

 シロは甘えるような目つきで、横島の顔を見上げた。

「仕方ないな。それじゃあ、ちょっと出かけてくるか」

「やったでござる!」

「あ、あの、僕はどうしたら……」

 シンジが困ったような顔つきを見せた。

「悪いけど、シンジはここで待っててくれ。じゃ、おキヌちゃん。あとはよろしく」

「先生、早く行くでござる!」

 横島はシロに引きずられるようにして、事務所を出て行った。

「シンジ君。横島さんが帰ってくるまで、少しお話でもしましょうか?」

 おキヌがシンジにそういうと、空になったカップに紅茶を(そそ)いだ。

「でも、いったい何の話をすればいいのか……」

 こういうことに慣れていないシンジは、困惑(こんわく)した表情を見せた。

「シンジ君のいるところで、横島さんが何をしていたのか聞きたいですね」

「その話、私も興味あるわ。
 ヨコシマからも話を聞いているけど、どこまで本当なのか気になっていたのよ」

 きつねうどんを食べ終えたタマモも、会話に加わってきた。

「とりあえず、横島さんとはじめて会ったところから、話をしてくれる?」

「わかりました」

 シンジは第三新東京市に向かう途中で、横島と出会ったところから話しはじめた。




「ただいまーっ」

 横島とシロは、出かけてからちょうど一時間たった頃、事務所に戻ってきた。
 ソファーに座ってシンジの話を聞いていたおキヌに、横島が話しかける。

「隊長は?」

「帰ってきましたけど、別の用事でGメンの事務所に寄ってます」

「それなら、もう少し時間があるかな? ちょっと汗をかいたから、シャワー浴びてくるよ」

 横島はそういい残すと、浴室に向かってすたすたと歩いていった。

「横島さん! 今、風呂場には美神さんが……」

 (あわ)てておキヌが横島の後を追ったが、時すでに遅かった。

「この、バカ横島っ! 人が着替えているところに、よくも堂々と入ってきたわね!」

堪忍(かんにん)やーーっ、美神さん! ホント、マジに知らなかったんです!」

「やかましいーーっ!」

 やがてボコスカと何かを(なぐ)りつける音が、シンジのいる部屋にまで聞こえてきた。

「……横島さんって、こっちではいつもこんな感じなんですか」

「そっちではどうだか知らないけど、こっちではいつもこんなもんよ」

 シンジの質問に、タマモが冷静な表情で答えた。



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