交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第六話 −静止した闇の中で− (02)




 美神に折檻(せっかん)された横島がようやく復活を遂げた頃、スーツ姿の女性と男性が事務所の中に入ってきた。
 三十代くらいに見えるスーツ姿の女性は、部屋の中を見渡すとシンジの方につかつかと歩み寄ってきた。

「あなたが、碇シンジ君ね?」

「はい、そうですけど」

「ICPO超常犯罪課、非常勤顧問の美神美智恵です。
 それから後ろにいるのが、同じ超常犯罪課の西条君」

 美智恵が、後ろに立っていた二十代後半くらいの長髪の男性を、シンジに紹介した。

「やあ、君がシンジ君だね。はじめまして」

 シンジは右手を差し出してきた西条と、軽く握手をかわした。

「あいしーぴーーおーですか?」

「わかりやすく説明すると、国際警察かな?
 その中で超常犯罪課は、普通の警察では処理できないオカルト関係の事件を担当する部署なんだ。
 通称、オカルトGメンと呼ばれている」

「そ、そうなんですか」

 警察関係者と知ったシンジは、少し緊張してしまう。

「固くならなくていいのよ。今日は、少しお話しをしにきただけなんだから」

「そうなんですか……。ところで美智恵さんは、ここの事務所の美神さんと親戚なんですか?
 もしかして、姉妹とか?」

「あらあら、若いのにお世辞がうまいのね。令子は私の実の娘よ」

「えっ、そうなんですか!?」

 シンジは、マホガニーの机に座っていた美神に視線を向けた。
 たしかに、この二人はよく似ている。

「いえ、その、とてもそんな風には見えなかったものですから……」

 たしかに美智恵は、シンジの知っている大人の女性、例えばミサトやリツコよりは年上に見える。
 しかし、美智恵が二十歳を越えた娘をもつ母親だったとは、とても思えなかった。
 どんなに目を()らして見ても、四十歳を越えているようには見えない。

「ちなみにね、もう一人娘がいるのよ。ひのめっていうの。まだ三歳だけど」

「ずいぶん、歳が離れているんですね」

「いろいろ事情があって、二人目を生むまでに時間がかかったのよ。
 ところで、シンジ君は兄弟はいるのかしら?」

「いえ……兄弟はいません」

 シンジは、少し顔をうつむかせた。

「ごめんなさい。悪いことを、聞いちゃったかしら?」

「いえ、いいんです」

「シンジ君。あなたのことを疑うわけじゃないけど、いろいろと確認したいことがあるのよ。
 これから質問をするから、答えてくれないかしら?」

「はい、わかりました」

「先ずは、住所を教えてくれない?」

「えっとですね、神奈川県第三新東京市……」

「シンジ、シンジ」

 シンジの隣に座っていた横島が、口をはさんできた。

「こっちの時代には、まだ第三新東京市はないんだ」

「あっ、そうでしたね」

 シンジは右手で、頭をポリポリとかいた。

「横島クン、第三新東京市ってどの辺りにあるの?」

「こっちでいうと、箱根町です。箱根山の外輪山の中に、都市が建設されているんですよ」

「また、ずいぶん変わったところに、街を造るのね?」

「何で箱根かは知りませんが、高い場所に都市を建設したのは、たぶんセカンドインパクトの影響
 だと思います」

「セカンドインパクト?」

「シンジの世界で、21世紀に入ってすぐに起きた大災害なんですけど、なんでも南極で大爆発が
 起きて、海面が何十メートルも上昇したんです。平野部の都市は、たいてい海の中に飲み込まれ
 てしまいましたから、あれを間近で見た人たちは、標高の低いところに住もうなんて、思いもし
 ないでしょうね」

「本当なの、シンジ君?」

 美智恵が、シンジの目を(のぞ)き込むようにして見つめた。

「はい。なんでも巨大な隕石が、南極に衝突したそうです。学校で、そう習いました」

「シンジ君の世界では、いろいろとあったのね……。
 あ、いけない。話がだいぶ脱線しちゃったわ。
 次の質問だけど、お父さんとお母さんの名前を教えてくれない?
 お母さんの方は、旧姓も含めてね」

「うちは、父の方が婿入りしてきたんです。
 父の名は碇ゲンドウ。旧姓は六分儀(ろくぶんぎ)です。母は碇ユイです」

「ゲンドウさんに、ユイさんね。珍しい姓だから、すぐにわかるかな。どう、西条君?」

 西条はノートパソコンを開くと、無線でGメンのネットワークに接続した。
 そしてゲンドウとユイの名を入力し、関連情報の検索を行う。

「……やはり、見つかりません」

「そう、わかったわ」

 シンジのいる世界で横島や他のGSがいる痕跡がなかったように、こちらの世界でシンジの両親に関する情報は見つからなかった。
 シンジの世界がこの世界と同一時間軸上にないということが、これで証明されたことになる。




「ところで隊長。Gメンはこの件に、どう対処するんですか?」

 横島が、美智恵に尋ねた。

「持ち帰って検討すると言いたいところだけど……正直に言うわ。
 Gメンがこの件で組織的に動くのは、かなり難しいわね」

「どうしてですか!?」

「オカルトGメンは、もともとGSに依頼ができない人たちのために、設立された組織なのよ。
 他に、民間GSで対処が難しい大規模な事件の解決にあたるという役割もあるけど、これは
 一般社会に大きな被害をもたらすことが、確実な場合に限られるのよ。
 横島クンやシンジ君の話を聞く限り、こちらの社会に大きな影響が出るとは考えにくいわ。
 個人的には、非常に興味深い事件だと思っているけど……」

 美智恵は難しそうな表情をしながら、胸の前で両腕を組んだ。

「そうですか。それは残念です……」

「世界に脅威が迫っている証拠でもあれば、話はまた違ってくるけど……
 そうだわ! Gメンで費用を出すから、この件を横島クンが調査してくれない?」

「えっ! お、俺ですか?」

「ちょっと待ってよ。ママ!」

 そこに美神が、話に割り込んできた。

「横島クンは、うちの従業員なのよ」

「だからGメンの仕事をしてもらう間、こちらで給料を肩代わりするわ」

「横島クンがいなくなったら、うちの売上が減っちゃうじゃない!」

「あら。前に令子と、横島クンに(かせ)いだだけ給料を支払うように、約束したでしょう?
 売上が減っても、給料をGメンで払えば差し引きゼロじゃない。何の問題もないわ」

 美智恵の論法に、美神はグッと言葉が詰まった。
 しかし、実際に美神が横島に払った給料は、必ずしも彼が(かせ)いだ売上とは一致していない。
 このままでは、事務所の利益減少が必至であった。

「待ってください、美神さん」

 その時、横島が会話に入ってきた。

「今までもシンジの世界には何度も行ってましたが、魂だけで移動していたから仕事と両立できて
 いたんですよ。ただ、今後は実体で移動して調査することもあると思うので、仕事の量さえ
 減らせば何とかなると思います」

「それじゃあ、令子。横島クンの仕事を半分にしなさい。
 それから、この件については、Gメンから横島クンに直接依頼します。それでいいわね!?」

「わかったわ、ママ」

 まだ完全に納得したわけではなかったが、美神はここで(ほこ)を収めることにした。




 話がまとまったところで、美智恵と西条は事務所から引き上げていった。

「あの……僕は、これからどうしたら……?」

「シンジ、今日の用事はこれで終わりだ。本当は除霊の現場にも連れて行こうと思っていたけど、
 話しが長引いたから、それはまた次の機会にしようか。メシを食ってから、向こうに戻ろう」

「横島さんの部屋でですか?]

 シンジは横島の部屋で、自分が料理するのかと思った。

「今日はシンジのために、おキヌちゃんが夕食を作ってくれるってさ。
 たまには、人に作ってもらうのも悪くないだろ?」

「シンジ君は料理が上手って聞いているから、少し緊張しちゃうわね。
 シンジ君、何が食べたい?」

 おキヌは微笑を浮かべながら、シンジの顔を(のぞ)き込んだ。
 どぎまぎしたシンジは、顔を少し赤らめてしまう。

「あの、何でもいいです」

「遠慮しなくていいんだぜ、シンジ」

「それじゃあ、焼き魚と野菜の煮付けでお願いします」




 夕食を美神事務所で食べたあと、シンジと横島は文珠を使って、元の世界に戻った。

「あれっ!? まだ昼間なんですか……?」

 学校が終わってからここに来て、それから横島の世界で4〜5時間はすごしたはずなのに、まだ日も暮れていなかった。

「俺は今まで、寝ている間にこっちの世界に来ていたけど、元の世界に戻るといつも次の日の朝
 だったんだ。どうも平行世界と自分の世界とでは、時間の流れ方が違っているみたいだな」

「浦島太郎の逆パターンですね」

「まあ、そんなところだろう」

 横島は山を降りるまで、シンジを送っていくことにした。

「どうだった、おキヌちゃんの料理は?」

「ええ、とてもおいしかったです。それに……」

 食事中の雰囲気が温かかったと、シンジは思った。
 横島の知り合いとはいえ、会ったばかりのシンジを、美神事務所のメンバーは、昔からの知り合いのように温かくもてなした。
 食事中にも口げんかしているシロとタマモ、その場を仕切る美神、そして全員を温かい目で見つめるおキヌ。
 シンジは最初は緊張していたが、やがてその場の雰囲気になじみ、リラックスして食事することができた。

「シンジも作るばかりで、たいへんだからなあ。
 ミサトさんに料理させたら何を出してくるかわからないし、アスカは絶対に台所に立たないだろうしな。
 ま、シンジが向こうに行く時には、またメシを作っておくように頼んどくよ」

「え、また行くんですか?」

 シンジは、きょとんとした顔つきをした。

「修業だよ、修業。シンジもだいぶ基礎はできてきたから、次は実戦でトレーニングだ」

「実戦って……僕が除霊するんですか?」

「破魔札とか、初心者向けの道具の使い方を教えてやるよ。
 それにシンジはエヴァで実戦経験があるから、まったくの素人ってわけじゃないんだぜ。
 まあ最初のうちは、現場に出ても、たいしたことはできないだろうけどな」

「は、はあ……」

 やがて二人は、山の(ふもと)についた。

「シンジが参加できそうな仕事が見つかったら、また連絡するからな。
 それまでは、きちんと基礎トレーニングしておけよ」

「はい、わかりました」

 横島はシンジに手をふると、再び山の中に戻っていった。







 シンジが別世界に行ってから三日後、ようやくシンジは、レイを食事に招くことができた。
 学校の授業が終わってから、ネルフに行くふりをしてトウジとケンスケを振り切ると、学校の門の外でレイと待ち合わせをして、そのままミサトのマンションに戻った。

「綾波、あがって」

 今度はアスカに邪魔されないよう、シンジはアスカがネルフに行く日を、事前に調べておいた。
 ミサトも残業で遅くなりそうなことは、出勤前に確認している。

「料理ができるまで、リビングで待っててくれるない?」

 レイはマンションの中に入ると、そのままリビングへと向かった。
 そして床の上に座ると、かばんから本を取り出すと、それを読み始める。
 シンジは着替えもせずに台所に立つと、Yシャツの上に自分のエプロンを身に着けた。

「15分くらいで、できると思うから」

 今日の献立は、鮭のムニエルと温野菜、それにけんちん汁である。

 シンジはフライパンを取り出して火にかけ、よく温まったところでバターをひいた。
 そして、下ごしらえをしておいた鮭を、フライパンの上にのせる。
 次に、昨夜つくったけんちん汁を温めるため、もう一つのコンロにけんちん汁の入った鍋をのせた。

 5分たってから、シンジはフライパンの鮭をひっくり返すと、けんちん汁の鍋を別の場所に移し、お湯の入った別の鍋を空いたコンロにのせる。
 そして、あらかじめ切っておいたジャガイモ・いんげん・にんじんを茹ではじめた。

 ムニエルが焼きあがり、野菜に火がとおったところで、シンジはコンロの火を消した。
 そして棚から大きめの皿を取り出すと、そこにできあがった鮭のムニエルと温野菜を並べる。
 炊き上がったばかりのご飯と、けんちん汁を碗によそり、おかずを盛り付けた皿と一緒にリビングルームへと運んだ。

「お待たせ、綾波」

 シンジはリビングのテーブルの上に皿と茶碗を並べると、レイと向かいあう席に座った。

「いただきます」

 シンジはムニエルを一口食べた。
 出来は、悪くはない。
 ちゃんと火は通っているし、塩・コショウもほどよくきいている。

「綾波、どう?」

 レイの反応が気になったシンジは、レイの顔をちらりと見た。
 レイは、黙々と料理を口にしている。
 少なくとも、嫌々ながら食べているようには見えなかったので、シンジは一安心した。




「ごちそうさま」

 食事を終えたシンジは、空になった茶碗と箸をテーブルの上に置いた。
 しばらくしてレイも食べ終わり、箸をテーブルの上に下ろした。

「綾波、味の方はどう? おいしかったかな」

「ええ」

「この料理、前にも食べたことある?」

 レイの食生活が気になっていたシンジは、この料理を食べたことがあるか聞いてみた。

「司令と一緒に、食べたことがあるわ」

 その言葉を聞いた途端、シンジの頬がピクリと動いた。

「……どこで食べたの?」

「レストランで」

「よく行くの、レストランに?」

「たまに司令が、連れて行ってくれるわ」

 ゲンドウとレイが一緒に食事をする姿が、シンジの脳裏に浮かび上がる。
 シンジは自分の胸に、小さな痛みが走るのを感じた。

「そうなんだ……父さんと一緒に……。
 レストランで食べたのなら、僕が作ったのより、ずっとおいしかったよね?」

「そんなことない。碇君のもおいしかった。それに……」

「それに?」

「……温かかった」

 レイの意外な言葉に、シンジはきょとんとした表情を見せる。

「え? ごめん、汁を温め過ぎたのかな?」

「違うわ。そういう意味じゃないの……」

 だがシンジは、最後までレイの言葉の意味を理解できなかった。




(ほおおーーっ。レイちゃんがそんなことを言っていたのか)

 翌日、こちらの世界に来た横島に、シンジは昨日の出来事を話した。

「父さんと綾波のことも気になるんですけど、それ以外に綾波が言った言葉の意味がわからなくて」

(そうだなあ。例えば、シンジはこの前、事務所で皆と一緒に食事しただろ?)

「ええ。おキヌさんの作った食事は、すごくおいしかったです」

(シンジにとって、あの時の食事の雰囲気はどうだった?)

「そうですね。温かくて、すごくリラックスできたというか……」

 そこまで話したとき、シンジはハッと気づいた。

(そういうことさ。レイちゃんも、シンジとの食事がよかったと言っているんだよ)

「そ、そうだったんですか……」

 シンジは何となく、気恥ずかしい思いになった。

(俺の見るところでは、レイちゃんはシンジに脈ありだな。どうだ。悪い気はしないだろう、シンジ?)

 横島は軽い気分で、シンジを茶化した。

「ち、違います! 僕は綾波をそんな気で──」

 からかわれていることはわかっていたが、シンジは顔中を真っ赤にしてしまった。



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