交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第六話 −静止した闇の中で− (04)




 翌日、アスカは一日中機嫌が悪かった。

「ああいうのを、『焼けぼっくいに火がついた』って言うのね」

 昼休みにアスカは、両足を机の上に投げ出して、気難しそうな顔をして椅子に座っていた。
 角度によっては、スカートの中が見えかねないが、機嫌の悪さに恐れをなしたのか誰も彼女に近づこうとしない。

「え? 松ぼっくりがなんだって?」

 近くの席に座っていたシンジが、うっかりアスカの言葉に反応してしまった。

「うるさいわね! シンジには関係ないわよ!」

 アスカの剣幕に驚いたシンジは、びっくりしてその場を離れた。

(どうしたんだろう、アスカ? 昨日はあんなに楽しそうにしていたのに……)

 教室を出たシンジは、廊下を歩きながら考えたが、どうにもアスカの気持ちを理解できなかった。
 そして廊下をぐるりと一周して再び教室に入ろうとしたとき、アスカと正面から出会った。

「シンジ!」

「な、なんだい、アスカ?」

「今日は、絶対ハンバーグだからね!」

「え?」

「今日の夕食はハンバーグにするのよ。とびきりおいしいのじゃないと、承知しないから!」

 アスカは一方的にシンジに要求を突きつけると、そのままスタスタと歩いていってしまった。

(いったい何なんだよ、急に……)

 シンジはぶつくさとつぶやいていたが、しばらくすると、夕食の献立をどうするか悩みはじめてしまった。




 シンジは学校が終わると、ストーン・サークルのある場所に向かった。
 ストーン・サークルに着くと、横島がそこでシンジを待っていた。

「横島さん、今日は何をするんですか?」

「今日は、いよいよ実戦訓練だな。
 大きな除霊の仕事が入ってるから、シンジにも手伝ってもらうよ」

「ぼ、僕がですか!?」

「なーに。エヴァの戦闘に比べれば大したことはないさ。それじゃ、行くぞ」

 横島が文珠を使って、時空移動をした。
 シンジの目の前が一瞬ぼやけたが、次の瞬間、自分が美神除霊事務所にいることがわかった。 

「あ、シンジ君、いらっしゃい」

「ただいま、おキヌちゃん」

「こ、こんにちは」

 シンジは少しどもりながら、話しかけてきたおキヌに挨拶(あいさつ)をした。

「美神さんは?」

「今、ちょっと出かけています。それから、美神さんからの伝言ですけど、今日の除霊で使う
 破魔札を、厄珍堂に取りに行って欲しいそうです」

「わかった。それじゃ、ちょっと行ってくるよ」

 横島はシンジを事務所に残して、出かけてしまった。

「あの……おキヌさん」

「なに、シンジ君?」

「厄珍堂って、どういう所なんですか?」

 シンジは紅茶をもってきたおキヌに、厄珍堂について尋ねた。

「厄珍という人のお店なんだけど、私たちGSが除霊に使う道具を扱っているの。
 お店は都内だから、往復しても一時間もかからないと思うわ」

「そうなんですか」

 シンジは、カップに入った紅茶を一口飲んだ。
 紅茶にはあまり詳しくなかったが、すごくおいしいと思った。

「紅茶、おいしいですね」

「うちの事務所は、みんな紅茶党ばかりだから。横島さんは、コーヒーの方が好きみたいだけど。
 シンジ君は、自分で紅茶は淹れたりしないの?」

「ええっと、自分では、ティーパックの紅茶しか使ったことないです」

「よかったら、今度おいしい紅茶の淹れ方を教えましょうか?」

「あの、できれば今日、別のことを教えて欲しいんですけど」

「私にできることだったら、いつでもいいわよ」

「すみません。ハンバーグの作り方を教えて欲しいんです」

「ハンバーグ?」

 おキヌは、意外そうな顔をした。

「普通に作るんだったら僕でもできますけど、おいしいハンバーグを作らないといけないんです」

「何か、わけがあるのかしら?」

「実は……」

 シンジは、昼間の出来事を手短に話した。

「今日になって急に機嫌が悪くなって、それでどうしたらいいか全然わからないんです。
 もしハンバーグで失敗したら、いったいどうなってしまうことか……」

 シンジは戻ってからのことを考えると、心が不安な気持ちでいっぱいになった。

「本当に、何も心当たりはないの?」

「ええ、さっぱりです」

「わかったわ。とりあえず、料理を頑張ってみましょう。
 おいしいものを食べれば、少しは気分も変わるかもしれないしね」

 おキヌの優しさのこもった言葉で、シンジは少しだけ前向きな気分になった。

「それじゃあ、今から始めましょうか」




「肉料理は、シロちゃんが得意だから」

 ということでシロも加わり、三人でハンバーグを作り始めた。

「タネの方は、これでオッケーでござる」

 ひき肉とみじん切りにして炒めたタマネギ、それに牛乳にひたしたパンと卵をよく混ぜて、ハンバーグの種を作った。

「本当は直火(じかび)で焼くのが一番でござるが、今日はフライパンで焼くでござるよ」

直火(じかび)が一番いいんですか?」

「肉は網にのせて、炭火で直接火を通すのが一番でござる!」

「そうなんですか」

 シンジはミサトが野外用のバーベキューセットをもっているのを思い出した。
 時間に余裕のある時に、試してみようと思った。

「問題はソースよねー」

 おキヌが、腕を組んで考え込んだ。

「アスカちゃんは和食と洋食、どちらが好みなのかしら?」

「アスカはドイツ生まれで、最近日本に来たばかりなんです。
 和食も食べますけど、基本は洋食がいいみたいですね」

「それなら和風にしましょう。
 普段から食べなれている味よりも、インパクトが強いと思うわ」

 特に反対意見もなかったので、和風に仕上ることになった。

「拙者、和風おろしハンバーグがいいと思うでござる!」

「大根おろしが入ると、さっぱりしすぎないかしら?」

「それなら、あんかけハンバーグにするでござるよ!」

「それ、いいわね。そうしましょう」

 方針が決まると、フライパンを火にかけてハンバーグを焼いた。
 ハンバーグが焼き上がったあと、出てきた肉汁に酒と醤油をまぜ、片栗粉でとろみをつけて醤油味のあんを作った。

「完成でござる!」

 早速、三人で試食をした。
 皿にハンバーグを盛り付け、そこに醤油味のあんをかけた。

「うん、おいしいでござる」

 シンジも一口食べてみた。
 火加減といい、かかっているソースといい、文句のつけようがないほど見事な味であった。

「これでどう? シンジ君」

「ええ、ばっちりです。ありがとうございます」

 難問が一つ片づき、シンジは心から安堵した。







 三人でハンバーグの試食が終わった頃、両手に荷物を抱えた横島が帰ってきた。

「ただいまー。おっ、いいにおいがするな?」

「皆で、ハンバーグを作っていたんですよ」

「おキヌちゃん、俺の分は?」

「試しで作ったので、一個だけです」

「なんだー。まあ、夕飯にはまだ早いからいいか」

 横島は少しがっかりしたが、すぐに気を取り直した。

「シンジ、ちょっと来てくれ」

「なんですか、横島さん?」

「除霊に行く前に、初心者向けの道具の使い方を教えるからな」

 横島はシンジに、数枚のお札を渡した。

「これは何ですか?」

「破魔札って言うんだけど、これを悪霊にぶつけて攻撃するんだ」

 横島は破魔札を手に取ると、壁に向かって投げつける。
 壁にぶつかった札は、そこで爆発した。

「投げるときに、手に霊力を込めるのがコツだよ。ちょっと投げてみな」

「霊力って、どうやって込めるんですか?」

「破魔札を投げるときに、手のひらから気を出せばいいんだ」

 シンジは、壁に向かって破魔札を投げた。
 お札が手から離れる瞬間、手のひらから気を発してみる。

 ポン

 壁に当たったお札は、小さく爆発した。

「なんか、威力が弱そうですけど……」

「それは練習用の50円のお札だから。本番では最低でも5万円のお札を使うから、問題ないよ」

「ご、5万円ですか!?」

「それでも安い方さ。今日の除霊の相手は、数は多いけど、一体ずつではかなり弱いから」

 次に横島は、シンジに台座が木製のクロスボウを渡した。

「次にこれ。霊体ボウガン」

「お、重いですね」

「慣れると片手でも扱えるけど、最初は両手で構えた方がいいな」

 横島はシンジに、霊体ボウガンの構え方を教えた。

「あとは目標を狙って、引き金を引くだけ。
 エヴァと違ってMAGIの補正なんか入らないから、練習してコツを掴んでおけよ」

 横島はシンジを部屋の隅に連れて行き、反対側の壁に設置した練習用の的に向かって何発か撃たせた。

「面白いですけど、連発できないのが、少しもどかしいですね」

「銀の弾丸を銃で撃つという手もあるけど、日本では公然と銃は使えないしな。
 霊体ボウガンは遠距離だけに使い、近くの相手には破魔札で攻撃する方がいいだろう」

 興がのってきたシンジは、それから十発ほどボウガンで射撃をした。

「へえー。はじめて使うにしては、なかなか上手でござるな」

「エヴァでだけど、シンジは射撃訓練もしているし、実戦も経験済みだしな」

 室内とはいえ、事務所の中はそれなりの広さがある。
 しかしシンジの撃った矢は、最初の数発を除けば、ほぼ的の中央部に集まっていた。




「みんな、今日の仕事の説明をするわよ」

 外出先から戻ってきた美神が、事務所のメンバーとシンジを呼び集めた。

「今日の仕事は、空ビルに巣くった悪霊の集団の除霊よ。
 私とおキヌちゃんが屋上で待機するから、シロとタマモ、横島クンとシンジ君でペアを組んで、
 一階から追い上げてちょうだい」

「えーっ! 先生と一緒ではないのでござるか?」

 シロが美神の指示に、不満の声をあげた。

「今日はシンジ君がいるのよ。横島クンがサポートしないでどうするよの。
 それともシロとシンジ君で組んで、横島クンとタマモのペアにする?」

「わかったでござる」

 シロは、しぶしぶながら承諾した。
 横島とタマモが組むよりはましだと、考えたらしい。

「それじゃあ、出発するわよ!」




 現場は、倉庫街の一角にある小さな古びたビルであった。
 いかにも幽霊が住んでいそうな雰囲気に、シンジは本能的な恐怖心を感じた。

「シンジ、怖いか?」

 横島がシンジに話しかけてきた。

「は、はい」

 シンジの脚が、ガクガクと震えていた。

「シンジ。怖いのは敵を知らないからだ。
 まあ、初めてのシンジが怖いのは仕方ないにしても、勝つための準備は既にできているんだ。
 とりあえず、俺や美神さんを信じてくれ」

「はい、わかりました」

 気を取り直したシンジは、横島のあとに続いてビルの中に入っていった。

「うわっ!」

 ビルの一階は大広間となっており、幾つもの悪霊が空中を漂っていた。
 初めて悪霊を見たシンジは、思わず後ろに跳び下がってしまう。

「こいつめ!」

 横島は霊波刀を出すと、近くにいた悪霊数体を叩き斬った。

「シンジ、破魔札だ!」

 シンジは横島から受け取った本番用の破魔札を握ると、悪霊に向かって投げた。
 しかし、焦って投げたため、破魔札が外れてしまう。
 その隙に、悪霊がシンジに向かって襲いかかってきた。

「わあっ!」

 シンジはかろうじて、その攻撃をかわした。
 しかし、足元がふらついたシンジは、そのまま床に尻もちをついてしまう。

「シンジ! 敵に接近されたら、破魔札を直接相手に叩きつけるんだ!」

「は、はいっ!」

 フラフラしながら立ち上がったシンジに、別の悪霊が襲いかかった。
 その悪霊にシンジは、右手にもっていた破魔札を叩きつける。

 ボン!

 破魔札の攻撃を受けた悪霊は、音をたてて破裂した。

(や、やった……)

 しかし、一体で襲ってくる使徒と違い、悪霊はまだまだ数多くいる。
 シンジは、別の悪霊を見つけると、それに向かって破魔札を投げつけた。

 バシッ!

 命中した破魔札は、爆発して悪霊を消し去った。

「す、すごい……」

「ぼんやりするな。次、いくぞ!」

「は、はいっ!」

 横島とシンジは、数分もしないうちに、大広間の悪霊を一掃した。
 部屋の奥にあった扉を開けると、廊下が伸びていた。
 廊下の先に、数体の悪霊がたむろしている。

「シンジ、霊体ボウガンだ」

「わかりました」

 シンジはしゃがんで膝をついて霊体ボウガンを構え、狙いを定めて発射する。
 ボウガンの矢が見事に命中し、一体の悪霊が消滅した。

 ガアアァァッ!

 横島とシンジに気づいた悪霊がこちらに向かってきたが、横島が霊波刀を振るって、すべて倒した。




 横島とシンジは、裏口から突入したシロとタマモと合流し、一階にいた悪霊をすべて除霊した。
 四人はシロとタマモを先頭にして、階段で二階へと上がっていく。

 ギシャアアァァッ! グルルルル……

 階段を上ったところに、悪霊が群れて集まっていた。

「うおおおぉぉぉっ!」

 一番先頭にいたシロが大声で吼えながら、右手に出した霊波刀で周囲にいた数体の悪霊を一瞬でなぎ払った。

「あとは頼むでござる!」

「わかったわ!」

 シロが横にジャンプして飛び退くと、その場所にタマモが飛び込んだ。
 タマモは右手を高く上げると、指の先に幾つもの火の玉を作り出していった。

「狐火、連続攻撃!」

 離れた場所にいた悪霊に向かって、タマモが次々に狐火を飛ばした。
 タマモの放った火の玉は全て命中し、周囲に群れていた悪霊は、ほとんど一瞬の間に消滅してしまった。

「す、すごい……」

 すぐ後ろで戦いを見ていたシンジは、二人の見事なコンビネーションに、息を呑んでしまった。

「ほら、シンジ。いつまでも見とれているな!」

「シロさんとタマモさんって、本当に息のあった戦い方をしてますね」

「今でこそ息のあった動きをしているけど、最初はそりゃもうひどかったぞ。
 お互いに張り合っていて、すごくピリピリしていたからな」

「そ、そうなんですか?」

「二人とも個性的だしな。それでも一緒にいるうちに、少しずつ打ち解けていったんだ」

 シンジの脳裏に一瞬、レイとアスカのことが思い浮かんだ。
 今はレイとアスカの仲はあまりよくないように見えるが、いつかは仲良くなるかもしれないとシンジは思った。

「よし、二階も急いで片付けるぞ」

 横島が、近くにあるドアに向かって走り出す。
 シンジは慌てて、横島のあとを追いかけていった。




 横島たち四人は、二階から四階までの除霊を済ませ、最上階の五階に上がった。
 五階には部屋を仕切る壁がなく大広間となっていたが、下の階から追われてきた悪霊がここに集まったこともあり、今まで以上に大量の悪霊が群がっていた。

「いくらお札で倒せても、これだけ数がいるとキツいですね!」

 霊波刀を構えた横島とシロで前後を固め、タマモとシンジが二人の間から狐火とお札で悪霊を攻撃していた。
 最初はおっかなびっくり除霊していたシンジだったが、続けるうちに徐々に悪霊との戦いにも慣れてきた。

 バンッ!

 そのとき屋上に続く階段のドアが開くと、神通棍を手にした一人の女性が階段を駆け下りてきた。

「このゴーストスイーパー美神が、極楽に行かせてあげるわ!」

 美神はたった一人で、悪霊の群れの中に飛び込んでいく。
 悪霊たちは一人でいる美神の方が与し易いと見たのか、横島たち四人の方から美神の方に集まってきた。

「今だ! 手分けして、悪霊を美神さんの方に追い込むんだ」

「横島さん! 美神さんを助けないんですか!?」

 苦戦している美神を助けないのかと、シンジが横島に尋ねた。

「大丈夫、これも作戦なんだ」

 大広間の片隅で固まっていた四人は、散開すると美神のいる方に向かって、悪霊の群れを追いやっていく。
 一方、美神に集まる悪霊は、ますます増えていく。
 悪霊に押された美神は、屋上へ向かう階段を上りながら、一歩一歩後退していった。

「よし! うまくいった!」

 階段を上った美神の姿が消えたとき、屋上から笛の音が聞こえてきた。

「本当に大丈夫なんですか、横島さん!? それに屋上には、美神さんの他におキヌさんも……」

「だからいいんだ。今日の除霊の主役は、おキヌちゃんなんだよ」

「そうなんですか!?」

「屋上に行けばわかるよ」

 横島たちは最後に残った悪霊の群れを、階段から屋上へと押し上げていった。
 横島やシンジたちも、悪霊のあとから階段を上っていく。

「あっ!」

 屋上に上がったシンジの目に入ったのは、悪霊の群れがおキヌの吹く笛の音にのって空中に舞い上がっていき、次々に成仏していく光景であった。

「ネクロマンサーの笛さ。霊をコントロールする特殊な笛だけど、これを吹けるのは
 おキヌちゃんも含めて世界に数人しかいないんだ」

「おキヌさんて、すごい能力をもっているんですね」

 おキヌの吹く笛の音が鳴り響く中、最後の悪霊が成仏して消えていった。



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