交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第六話 −静止した闇の中で− (05)




 シンジは自分の世界に戻ると、すぐさま家に戻った。
 そして台所に立ち、向こうで試作したハンバーグを作り始める。
 シンジがハンバーグの仕込みを終えた頃に、アスカが帰宅した。

「ただいまー。あー、お腹へった」

「もうちょっと待ってて。今作っているから」

「ハンバーグよね?」

「アスカのご希望どおり、ハンバーグだよ」

 シンジはフライパンでハンバーグを焼くと、それに醤油味のあんをたっぷりとかけた。

「アスカ、ご飯できたよ」

 今日の夕食は、特製ハンバーグとライス、それに野菜サラダというシンプルなメニューだった。
 その代わり、量を補うため、ハンバーグは大きめに作っておいた。

「どう、アスカ?」

 特製ハンバーグを一口食べたアスカは、口の中でゆっくりと咀嚼(そしゃく)した。

「シンジ……」

「なに?」

「これ、すっごくおいしいわ」

 アスカのもつフォークとナイフが、せわしなく動いた。
 アスカの皿にあるハンバーグが、みるみるうちに減っていく。

「ごちそうさま」

 食事を残さず平らげたアスカは、満足そうな表情をしていた。

「ねえ、シンジ。今日のハンバーグのソースは何なの?」

「醤油をベースにして作ったんだ。
 アスカは、和風の味をまだよく知らないから、きっと驚くと思って」

「へえー、醤油を使っているんだ。
 醤油って、てっきり日本料理だけに使う調味料だと思っていたわ」

 アスカの表情からは、昼間の不機嫌な様子がすっかり消えていた。

「シンジさあ。アンタ将来、料理人を目指したら?」

「そうだね。料理は嫌いじゃないよ。
 でも、自分が大人になったらどうなるかなんて、全然見当もつかないんだ」

「何の目標も持ってないの? つまんない生き方してるわねー」

「べ、別にいいだろ、そんなこと」

 アスカの機嫌が戻りシンジは一安心したが、その代わり、いつものようにからかわれてしまった。




 翌日、チルドレン全員でシンクロテストを行うため、シンジたちはネルフへと向かった。
 男女別の控え室でプラグスーツに着替えた後、三人はリツコの研究室に移動する。

「シンジ、早く行くわよ」

 リーダーよろしく先頭に立ったアスカが、すぐ後ろを歩いていたシンジに声をかけた時、事件が起きた。
 歩いていた通路の明かりが突然消え、あたりが真っ暗になってしまう。

「ちょっとぉ、なんでいきなり真っ暗になるわけ!?」

「て、停電かな?」




「あら、何で止まるの?」

 エレベーターが突然止まったため、乗っていたミサトがぼやきの声をあげた。
 さらに次の瞬間、エレベーター内の照明も消えてしまう。

「アンタ、何かヘンなボタン押した?」

 ミサトが、同じエレベーターに乗っていた加持に尋ねた。

「いや、別に……」




「いつまで暗いの!? これじゃ、何にも見えないわよ!」

「ただの停電なら、すぐに予備電源に切り替わるはずよ。
 五分も経つのに、暗いままなんておかしいわ」

 アスカの真後ろにいたレイが、淡々とした口調で話し始めた。
 不意を突かれたのか、アスカがビクッと体を縮ませてしまう。

「暗闇でいきなり、ボソッと(しゃべ)らないでくれる!? 怖いから」

「何か事故が起きたのかもしれないわ」

 だがレイは、アスカを全く相手にしていなかった。

「ここにいても仕方ないし、とりあえず発令所まで行きましょ」

 そう言うとレイは、先頭に立ってスタスタと歩きはじめた。

「ちょっとなによ! いつもは無口なくせに、リーダーづらして!」

「よしなよ。ケンカしたって、仕方ないじゃないか」

 いきりたつアスカを、シンジが必死でなだめる。

「綾波の言うとおりだよ。発令所に行って、指示を仰ごう」

 アスカは渋い表情をしたが、他に妙案があるわけではなく、レイの後から歩き出した。




「ダメです! 予備回線つながりません!」

 その頃発令所では、大騒ぎとなっていた。
 この場で一番上位のリツコが、オペレーターたちに次々と指示を下していく。

「生き残っている回線は?」

「全部で1.2%。2567番からの旧回線だけです!」

 オペレーターの青葉が答えた。

「生き残っている電源は、すべてMAGIとセントラルドグマの維持に回して!」

「全館の生命維持に、支障が出ますが……」

 マヤが、リツコに確認を求めた。

「仕方ないわ。それが最優先よ。それから青葉君は、故障箇所を大急ぎで調べて」

「はいっ!」

 青葉は端末に向かうと、矢継ぎ早にキーボードを叩き始めた。

「日向君は、パイロットの三人を捜してちょうだい!」

「わかりました!」

 オペレーターの日向が、懐中電灯を手にして発令所を飛び出していった。




「ちょっとぉ、どうでもいいけど歩くの速すぎるわよ。
 なんでこんなに、暗闇の中を速くあるけるのよ!?」

 先頭を歩いていたレイが、立ち止まって後ろを振り向いた。

「ごめんなさい。ここの構造、もう体が覚えてしまっているから」

「フン……どうせ私は、ここに来てまだ日が浅いわよ」

 その時、前方から懐中電灯の光が、三人を照らし出した。

「君たち、無事だった!?」
「「日向さん!」」

 シンジとアスカが、揃って日向の名を呼んだ。




「赤木博士! いったいどうなっているんですか!?」

「それがわからないのよ」

 発令所に着いたアスカが、リツコに状況を尋ねた。

「正・副・予備の三系統の電源が、同時に落ちるなんて考えられないわ」

「それじゃあ……」

「ブレーカーは落ちたというより、故意に落とされたと考えるべきね。
 ところであなたたち、途中でミサトに会わなかった?」

「えーと、見てませんけど……」

 リツコの質問に、シンジが答えた。

「困るのよね、早く戻ってきてもらわないと。
 司令と副司令が出張中で、今の責任者はあの人なんだから」

「あっ!」

 アスカが急に、大声をあげた。

「加持さんは!? 加持さんもいないじゃん。どこにいるの?」

「停電前に、二人で歩いているのを見かけましたけど……」

 マヤの話を聞いたアスカが、驚愕した表情を見せた。

「……あの二人、この暗闇の中で、いったい何をしているの!?」

「考えすぎじゃないかしら?」

 しかし、先日の二人の行為を目撃していたアスカは、疑念の思いを払拭(ふっしょく)できなかった。

「シンジ!」

「へっ!?」

「二人を捜しにいくわよ。ついてらっしゃい」

「なんで僕が……」

「いいから、来なさい!」

 アスカはシンジの手を掴むと、そのままグイグイと引っ張っていった。

「ファースト、あんたも来るのよ。暗闇の中を歩けて便利だから」

「イヤよ。私、関係ないもの」

「なによ、つきあい悪いわねっ」

「ちょっと、あなたたち! 勝手な行動はよしなさい!」

 発令所を出ようとしたアスカとシンジを、リツコが呼び止めた。

「勝手じゃありません。葛城三佐の捜索に行ってきまーす」

 だがアスカは足を止めようとはせず、シンジ一人を連れて発令所を出ていった。







「レーダーに正体不明の反応あり。予想上陸地点は旧熱海方面」

 国連軍総合管制室のレーダーに、海から陸に向かって移動する物体の反応が表示された。

「おそらく八番目の奴だな」

「ま、俺たちがすることはないさ」

 管制室のメンバーは、やる気の無さそうな表情でレーダーを見つめていた。

「使徒、上陸しました」

 海岸近くに設置されたカメラからの映像が、管制室のモニターに映し出された。

「内陸部に向かって、侵攻を続けています」

「第三新東京市は?」

「以前、沈黙を守っています」

「いったいネルフの連中は何をやっとるんだ。連絡は取れないのか?」

「電話も無線も、一切応答がありません」

 ネルフが完全に沈黙しているという事態がわかると、管制室の中にどよめきの声が走った。

「止むをえん。市民の安全が最優先だ。空から市民に向かって、避難を呼びかけるよう手配しろ!」




「ふう、かれこれ一時間経過か」

 上着を脱いで床に座っていた加持が、うーんと腕を伸ばした。

「非常電話もつながらないし……」

「いったい、いつまでこの中にいればいいのかしらね」

 加持の横でミサトが、背を丸めながら壁によりかかって座っていた。

「それにしても、暑いわねー」

「空調も止まっちゃってるからな」

 ミサトは上着の前を開くと、バタバタと扇いで風を作った。

「暑けりゃ、上着ぐらい脱いだらどうだ?」

 加持の視線を感じたミサトは、胸元を隠すように上着を閉じた。

「こういう状況下だからって、変な気は起こさないでよ。
 この間の続きをしようったって、無駄だからね。この間は、酔って気が(ゆる)んだだけなんだから」

「酔ってたのは、こっちも同じさ。どうかしてたよ。本気でおまえにキスしようとするなんてね」

「そうハッキリ言われると、むかつくわね」

 ミサトは少しムッとした表情となった。

「そういや、おまえとつきあうきっかけも、酔った勢いの成り行き上だったな」

 今まで微笑を浮かべていた加持の表情が、急に引き締まったものとなった。

「でも、おまえとつきあったことは後悔していないよ。
 大学にも行かず、一日中裸でゴロゴロしていたり、くだらないことでケンカしたり。
 おまえと出会って、つきあって、一緒に暮らした二年間──
 その二年間だけが、俺の人生の中で、別の世界の出来事みたいに光り輝いているよ」

 加持の話を聞いたミサトは、サッと(ほほ)を赤らめた。

「そんなくさいセリフ、よく平気で言えるわね」

「いいよ、別に信じなくても。ただ俺は、おまえとつきあった二年間を胸に抱いているからこそ、
 この先この身に何が起こったとしても、悔いなく死ねる。そう思ってるだけさ」

 加持のその言葉を聞いたミサトが、ハッと横を振り向いた。
 まるで死に場所を求めるような──ミサトには、加持がそのように見えた。

「なにそれ……どういう意味?」

「別に。こういうご時世だからね。深い意味はないよ」

 加持がフッと、顔の力を(ゆる)めた。

「ふうん。まあ、いいわ。ところでシリアスな話している途中で悪いんだけど……」

 今度はミサトが、緊張した表情を見せた。

「私……さっきから、オシッコ漏れそうなのよね」

「マジ!?」

 加持の表情も、別の意味で真剣なものとなった。




「ねえ、シンジ……」

 誰もいないネルフの通路で、カツカツと二つの足音が響き渡っていた。

「どこよ、ここ?」

「だから、やみくもに歩き回るのは、止めようって言ったんだよ」

 懐中電灯をもったアスカの横で、情けなさそうな顔をしたシンジが大きなため息をついた。

「もう発令所に戻ろうよ。もし使徒が来たりすると大変だから、ねっ」

「戻れるものなら、もうとっくに戻ってるわよ」

 そのセリフを聞いたシンジの表情が、いっそう情けないものとなった。

(はぁ〜。アスカも戻り方がわからないのか。
 いつかの幽霊ビルと違って、怖い気配は全くないけど、二人きりだと心細いんだよな。
 それにいつまでもアスカと二人きりだと、発令所の皆に、どんな噂をされることか……
 絶対、あとでミサトさんにからかわれるだろうし、綾波もヘンな誤解をしてしまうかも。
 まあ、綾波はそういうことに関心なさそうだから、大丈夫かもしれないけど……)

 シンジが歩きながらややネガティブな考えごとにふけっていた時、不意にアスカが話しかけてきた。

「ねえ、シンジ。あんたもう、ファーストとはキスしたの?」

 その言葉を聞いたシンジは、足が絡めり、思わずつんのめりそうになった。

「な、なに言い出すんだよ、急に!」

「あら。だってアンタたち、つきあっているんでしょう?
 あんな人形みたいな()の、どこがいいのか知らないけど」

「か、勝手に誤解するなよ! 僕と綾波は、そんなんじゃないってば!」

「なーーんだ、そうなの」

「そうなんだよ。綾波はそんなんじゃ……」

 シンジは、急に胸がモヤモヤしてきた。

(綾波は……ただ好きとか、嫌いとかいうんじゃなくって……。
 綾波のことはひどく気になるけど、それは綾波の気を引きたいとか、そういう気持ちじゃ
 ないんだ。僕は、本当は綾波のことをどう思っているんだろう……)

 自分の思いにふけっていたシンジを、アスカの声が現実に引き戻した。

「そうよねー。このあたしがまだなのに、アンタにキスの経験があるわけないわよねー」

 オーホッホッと高らかに笑うアスカの笑い声が、真っ暗なネルフの通路に響き渡る。
 しかしシンジは、アスカに小馬鹿にされたような気がして、ムッとした表情を見せた。

「じゃ、あたしとしてみる?」

 アスカがチラリと、シンジにチラリと目配せをした。

「えっ!!」

 シンジは、その場で飛び上がりそうなほど、驚いた。

「な、なに、バカなことを言ってるんだよ!」

「へーえ、怖いんだ。ただの遊びなのに。やっぱ、アンタって臆病者ね」

 シンジは、その言葉にカチンときた。

「べ、別に怖くなんかないよ。キスぐらい、どうってことないさ!」

「じゃ、いいのね」

 アスカは振り返ると、シンジの正面に立った。

「目を閉じて」

「あ、ああ」

 シンジは、その場で目を瞑った。
 冷静な表情をするよう努めたが、興奮して心臓がドキドキと激しく鼓動しているのがわかった。

「いくわよ」

 アスカの顔が、少しずつシンジに近づけていく。
 シンジとの距離が縮まるにつれ、アスカの(ほほ)の赤みが徐々に増していった。




「なんで開かないのよ! この、このっ!」

 加持に肩車したミサトが、エレベーターの天井を激しく叩いていた。
 このエレベーターには、天井に緊急用の脱出口が備えられている。
 しかし、ミサトが何度叩いても、脱出口はビクとも動かなかった。

「ダメ……もうちびりそう……」

「頼むから、この体勢で漏らさないでくれよ」

 ミサトを(かつ)いでいた加持が、うんざりした表情をしていた。

「もう一回、やってみるわ。せーの!」

 ミサトが(こぶし)を大きく振り上げた時、突然エレベーターの中の照明が回復した。

「おっ!」

 灯りが回復した直後、止まっていたエレベーターが動き出した。
 そのため、ミサトを(かつ)いでいた加持の姿勢が、ガクリと崩れた。

「きゃっ!」

 肩の上でバランスを崩したミサトは、(あわ)てて加持の頭にしがみついたが、ミサトの手がちょうど加持の目を(おお)ってしまった。

「いやあ! ちょっと倒れないで!」

「うわっ! 目をふさぐな、目を!」

「きゃああぁぁっ!」

 ドターーンと大きな音をたてて、二人はエレベーターの床の上に倒れてしまった。

 チン!

 動き出したエレベーターが、一番近くの階で扉を開く。
 エレベーターの扉が開いた時、そこには今にも唇を触れようとしているシンジとアスカの姿があった。

「な……なにやってるの、加持さんたち」

 エレベーターの扉が開くのに気づいたアスカが横を振り向くと、エレベーターの床の上で、加持とミサトが抱き合っている姿が目に入った。
 アスカはシンジの肩に手をおいた姿勢のまま、硬直してしまう。

「お、おまえたちこそ……」

 一方シンジとアスカも、互いの肩に手をまわしており、キスする直前だったことはすぐにわかった。
 まだ目を(つむ)っていたシンジを除き、三人の顔色がいっせいに青くなる。
 気まずい雰囲気がその場を支配したが、直後に流れた警報音がその場の空気を打ち破った。

「まさか、使徒!?」

 ミサトが加持を突き飛ばしながら、ガバッと起き上がった。

「シンジ君、アスカ。急いで発令所に行くわよ!」

 ミサトはエレベーターを出ると、発令所に向かって駆け出していく。
 ようやく目を開けたシンジは、ミサトと加持に見られたことに気づいて慌てふためいたが、ミサトの声で自分を取り戻すと、硬直から立ち直ったアスカと一緒に発令所へと走っていった。







「予備回線、一部復旧します」

 予備回線の一部復旧に伴い、発令所の照明が回復した。

「青葉君、残りの回線の復旧を急いで。それから、地上の監視システムに電力をまわせる?」

「やってみます」

 まもなく、地上に設置されたレーダー等の監視装置が、再稼動した。
 しかし、モニターを見た青葉の顔が、一気に青ざめる。

「レーダーが正体不明の物体を捉えました!」

「なんですって! 急いで解析を!」

「解析結果出ました。パターン青、使徒です!」

 発令所の緊張が、いっそう高まった。

「よりによって、最悪のタイミングね。警報を鳴らしてちょうだい」

「はい!」

 警報が鳴ってしばらくすると、シンジとアスカが発令所に飛び込んできた。

「ミサトは、まだ見つからないの?」

「ミサトさんも、もうすぐここに来ます」

 それから一分もしないうちに、ミサトも発令所にやってきた。

「遅いわよ、ミサト」

「ごめ〜〜ん、リツコ。こっちも、ちょっち緊急事態だったから。それで状況は?」

「使徒は第三新東京市の郊外から、本部に向かって侵攻中よ」

「エヴァパイロットは、全員ケイジに移動。至急エヴァに搭乗して!」

 シンジたち三人は、発令所を出てケイジへと向かった。

「市民の避難は?」

「地上に警報は出ていないわ。地上は監視システムを除いて、全ての設備が停止中」

「まずいわね。さっきの停電で、市民が自主的に避難していればいいけど」

 その時、オペレーターの日向が、会話に割って入ってきた。

「葛城さん、大丈夫です。国連軍の哨戒機が、上空から市民に避難を呼びかけていました。
 市民の避難は、ほとんど完了しています」

「ありがとう、日向君」




 シンジたちはケイジに到着すると、すぐさまエントリープラグに搭乗した。

「地上はまだ停電しているので、アンビリカルケーブルによるエヴァへの電力供給ができません。
 よって、外部電池を装着して戦ってもらいます」

 シンジが脇に視線を向けると、技術部員たちがエヴァの両肩に、長い板状の電池ホルダーを装着している様子が見えた。

「武器庫ビルも使えないから、ここから武器をもっていってもらうわ。いいわね!」

「了解しました」

 やがて外部電池の装着も完了し、発進準備が整った。

「振り分け可能な電力を、全部カタパルトに回して」

 オペレーターの青葉が、旧回線を除いた全ての電力をカタパルトに回した。
 照明の電圧が下がったため、発令所の中が暗くなった。

「エヴァンゲリオン、発進!」

 まず初号機が、続いて弐号機と零号機が、地上に射出された。




 初号機が地上に射出された時、ちょうど使徒が第三新東京市に入ってくるところであった。
 その使徒は、六本の長い足を動かして移動しており、遠くから見ると巨大なクモのように見えた。

 ドンドン!

 シンジは初号機を前進させると、遠距離からパレットガンで攻撃した。
 しかしその攻撃は、使徒のATフィールドによって遮られてしまう。

「もっと近づいて、ATフィールドを中和しないとダメよ!」

 ATフィールドを中和するため、弐号機が使徒に向かって接近した。
 しかし使徒は、弐号機が接近すると前進するのを止め、その場で中央の胴体を前後に揺さぶりながら、液体を弐号機に向かって吐き出した。

「きゃあっ!」

 弐号機はかろうじて液体の直撃を避けたが、そのしぶきを浴びてしまった。
 一方、弐号機の代わりに液体をかぶったビルが、(あわ)をたてながら見る見るうちに崩れ去っていく。

「強力な溶解液だわ。おそらく強い酸か何かね」

「シンジ君! 側面から回り込んで、敵に接近して!」

 シンジは初号機を敵の右斜めに移動したが、ビルの間を器用に動く使徒の足に邪魔され、接近できなかった。
 試しに足にパレットガンを撃ってみたが、丸みをおびた使徒の足は意外に固く、パレットガンの弾丸が弾かれてしまう。

「アスカ、そっちはどう?」

「ダメ! 正面から接近すると、さっきの液を浴びせられるわ! 前進を遅らせるのが精一杯よ」

 敵の正面では、弐号機と零号機が使徒に向かってパレットガンを撃っていた。
 しかし、ATフィールドが中和できていないため、敵にほとんどダメージを与えていない。

(このままでは、いずれ弾切れになるし、エヴァの電池も長くはもたない。
 横島さんだったら、この状況をどう切り抜けるんだろう……)

 その時シンジの脳裏に、前回の除霊の出来事がフッと思い浮かんだ。

(そうだ! これなら、うまくいくかもしれない)

 シンジは通信機でアスカとレイに話しかけた。

「アスカ、綾波、いい作戦を思いついたんだ」

「なによ、作戦って!?」

「エヴァが出てきた射出口があるだろ。あの中に一人潜り込んで、使徒をそこにおびき寄せるんだ」

「いいけど、誰がやるの?」

「僕が(おとり)になるから、アスカが攻撃して。綾波は援護をお願い」

「わかったわ」

「待って! 私が(おとり)になるわ!」

 レイはシンジの意見に賛成したが、アスカは一部修正を求めた。

「あたしが今、敵の正面にいるから、このまま(おとり)になって敵を誘導するわ。
 それにアンタには、この前の借りがあるからね!」

「この前って、何?」

「いいから早く、アンタは後退しなさいっ!」

 シンジは初号機を、射出口の場所まで移動させた。

「ミサトさん、ハッチを開けてもらえますか?」

「いいけど、どうして?」

「ここで待ち伏せして、下から使徒を攻撃します」

 シンジはミサトの許可を得ると、射出口の穴の中に潜り込んだ。
 カタパルトを少し下げてもらい、使徒が穴の上にくるのをじっと待つ。

「このっ、このっ!」

 アスカは時おり大声を出しながら、レイは無言のままで撃ち続けた。
 アスカはパレットガンの弾が切れると、肩のウェポンラックからプログナイフを取り出した。
 そして溶解液を浴びないよう注意しながら、使徒の前でナイフを振り回して、射出口へと誘導する。

 レイはパレットガンを二丁、地上に持ってきていた。
 一丁目の弾が切れると、道路に置いていた二丁目のパレットガンを取りに行き、アスカの後ろから援護射撃を加えた。
 アスカとレイの巧妙な誘導により、使徒は初号機が隠れている射出口へと近づいていった。

「シンジ君、もうすぐ使徒が来るわ。準備して」

 ミサトの指示を聞いたシンジは、上に向かってパレットガンを構えた。
 そして下に目玉のついた使徒の胴体を確認すると、すかさずATフィールドを中和し、パレットガンの発射ボタンを押した。

 ズドドドドドドド……!

 初号機のパレットガンから連続して発射された弾は、使徒の胴体を完全に貫通し、上空へと突き抜けていった。




 エヴァの回収にもかなりの電力が必要とされるため、とりあえずエヴァの回収は、電力が完全復旧してから行われることとなった。
 シンジたち三人は、第三新東京市の郊外の自然公園までエヴァを移動し、そこでエヴァを降りた。
 髪の毛や体にこびりついたLCLは、公園の水道で洗い流した。

「あーあ、いつまでここで待ってるのかしら」

 三人は、公園の芝生で横になっていた。
 既に日も暮れ、夜空には星がどんどんと数を増していった。

「でもさ、星がすごくキレイだよ。
 人工の光がないと、星ってこんなにキレイに見えるんだね」

 シンジは地面の上で横になりながら、じっと夜空を(なが)めていた。

「ひょっとしてさぁ、シンジ。そんなキザなセリフで、私の気を引こうだなんて思ってないわよね」

「な、なに言ってるんだよ、アスカ。だいたいさっきは、アスカの方から遊びだって……」

「そういえば、停電していたとき、二人で何をしていたの?」

 今まで、じっとアスカとシンジの話を聞いていたレイが、口をはさんできた。
 その言葉を聞いたシンジとアスカが、ギクリとした表情を見せる。

「あああ、あのさ、綾波、僕とアスカは何でもないんだ」

「そそそ、そうよ。二人で真っ暗な中を、グルグルと歩き回っていただけなんだから」

「そう……」

 レイの追求はそこで止んだが、三人の間に妙に気まずい空気が流れた。
 シンジはなぜか、レイに弁解しなくてはいけないような気分になっていた。



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