交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第八話 −使徒、侵入− (03)




 学校の掃除の時間、アスカは廊下に出ると、モップを片手に持ちながら携帯で電話をかけた。

『ただいま留守にしております。ピーッという発信音のあとに、メッセージをどうぞ』

 アスカは携帯のマイクに向かって、大声で話しかける。

「加持さーん! 帰ってきたら、電話くださーい!」

 アスカは携帯の電源を切ると、ポケットに戻した。

「はーあ。加持さんったら、誤解してないといいんだけど。
 それにしてもバカシンジってば、本当に役立たずね!」




 同じ頃、シンジは教室の中にいた。
 机を運んでいたが、何気なく窓の方を見たときに、机をもったまま急にその場で立ち止まる。
 シンジの視線の先には、バケツで雑巾を(しぼ)っているレイの姿があった。

(綾波……)

 窓から差し込む光が、レイの体全体を白く照らし出していた。
 レイの雑巾から(したた)り落ちる水滴が、太陽の光に反射してキラキラと光っている。
 シンジはしばらくの間、レイの横顔に完全に見とれていた。




 シンジはその日のシンクロテストで、ずっと落ち込んでいたシンクロ率が、久々に上昇していた。
 テストが終わったあと、シンジはネルフの出口でレイと一緒になった。

「碇君」

「なんだい、綾波」

「調子、戻ったのね」

「心配してくれたんだね。ありがとう」

 そのまま数歩進んだあと、シンジがレイに話しかけた。


「綾波」

「なに?」

「今日の掃除のときさ、雑巾を(しぼ)ってただろ。あれって何か、お母さんって感じがした」

「……お母さん?」

「案外、綾波ってさ、主婦とかが似合ってたりして」

「……な、何を言うのよ」

 レイの(ほほ)がうっすらと赤く染まっていたが、正面を向いていたシンジは、その様子に全く気づかなかった。




 翌日、シンジは放課後になってから、ストーン・サークルのある場所に向かった。

「横島さん!」

「シンジ、今日は調子いいみたいだな」

「はい」

「学校で、何かいいことでもあったのか? ま、いいか。それじゃ、移動するぞ」

 横島が文珠を使って転移すると、そこはよく行く横島の部屋や美神除霊事務所ではなかった。

「ここは……?」

 目の前には、木でできた大きな山門があった。
 門の両側には、二人の巨人が立っていた。
 その巨人には頭がなく、観音開きの二つの扉に鬼のような面構えをした巨大な顔が埋め込まれていた。

「ここは妙神山だよ。シンジも見覚えがあるだろう」

 横島が指差した先に山門の看板があり、そこには『妙神山 修行場』と大きな字で書かれていた。

「そういえば……」

 シンジが周囲を見回すと、山門は見覚えがなかったが、それ以外の風景にはどこかで見た記憶があった。

「ここは、家出したときに来た場所ですね」

「そういうこと。シンジの世界には妙神山の建物がなかったから、ここが異世界だってことが、
 はっきりわかったんだ」

 横島は、目の前の山門に向かって歩き始める。
 すると、門に埋まっていた鬼の顔が、突然口を開いた。

「横島。小竜姫様がお待ちだぞ」

「わかった。とりあえず、中に入れてくれ」

 横島が門に手をかける前に、門がひとりでにススッと開く。
 未だ常識外の出来事に慣れないシンジは、内心ビクビクしながら、横島のあとをついて門の中に入っていった。




「横島さん、あの門のところにいたのは、何なんですか?」

「ああ、鬼門のことか。ここ妙神山の門番さ」

「そうなんですか」

 鬼門のいかつい顔や大きな体を見て、ビクついていたシンジは、門番と聞いて一安心した。

「ここはGSが修行をする場所なんだけど、鬼門と戦って勝った者だけが中に入って修行を受ける
 ことができるんだ。
 そうそう、言い忘れてたけど、もう少ししたらシンジもここで修行するからな」

「えっ!?」

「その時は、鬼門と戦うことになるのかなあ」

「ぼ、僕がですか!?」

 シンジは、サーッと顔が青くなった。
 破魔札や霊体ボーガンが使えるようになったとはいえ、それだけで身の丈四メートル近い鬼門に勝てるとは、到底思えない。

「ま、今日明日に戦うってわけじゃないから、心配するな。
 それに、俺の計画どおりに修行が進めば、鬼門なんてチョチョイのチョイさ」

「は、はあ……」

 実際、鬼門に勝つことはそれ程難しくないことを横島は知っていたが、鬼門を始めて見るシンジには、とてもそうは思えなかった。

「ヨコシマーーッ!」

 前方から、小学高の高学年生くらいの年齢の少女が、横島に向かって走り寄ってきた。
 横島はパッと胸に飛び込んでくるその少女を両手で受け止めると、少女を抱えたままクルリと横に一回転して、地面に下ろす。

「元気だったか、パピリオ」

「ヨコシマが遊びに来ないから、退屈してたでちゅ」

「ごめんごめん。最近はいろいろと忙しくてさ。ところで、小竜姫様は?」

「私なら、ここですよ」

 いつのまにか、中国風の道着を着た若い女性が、パピリオの斜め後ろに立っていた。

「小竜姫様、お久しぶりです」

「横島さんもお忙しいようですが、たまにはここに来てくださいね。
 パピリオも(さび)しがってますから」

「少し落ち着いたら、顔を出しますよ」

「ところで、彼がシンジ君ですか」

 小竜姫が、シンジの方を振り向いた。

「ええ、こいつが碇シンジです」

「はじめまして。妙神山の管理人をしている小竜姫といいます」

「あの、碇シンジです」

 シンジが小竜姫に向かって、ペコリと頭を下げた。
 小竜姫もシンジに、軽く会釈を返す。

「シンジ君は、礼儀正しいですね。横島さんの知り合いとは、とても思えないくらいです」

「それほどでもないです」

「本当ですよ。横島さんなんか、私に始めてあった時に、いきなり両手を(にぎ)り締めてきて……」

「あ、あの、小竜姫様」

 横島が、(あせ)りの混じった表情を見せる。

「その次に、修行をするから着替えてくださいといったら、背後に回って私の腰帯に手を……」

「わーーっ! も、もう、昔話はそれくらいにしましょう!」

 小竜姫は、横島が(あわ)てる様子を見て、クスリと笑った。

「冗談ですよ、横島さん。皆が向こうの建物で待ってます」

 小竜姫が、近くにあった木の建物を指差した。

「あれ? ヒャクメだけじゃないんですか?」

「ええ。ヒャクメだけでなく、ワルキューレやジークも来ています」

「えっ! ワルキューレたちも来てるんですか」

「詳しい話は、向こうでしましょう」

 横島とシンジは、小竜姫と一緒に建物の中に入っていった。







 小竜姫は、横島とシンジを、建物の中の一室に案内した。
 二十畳ほどあるその部屋の真ん中にはテーブルが置かれており、そこには三人の人物が座っていた。
 一人は目のようなアクセサリを体のあちこちに付けたスレンダーな体型の女性で、残りの二人はベレー帽をかぶり長く(とが)った耳をもつ男女であった。
 ベレー帽をかぶった二人は顔立ちが似ており、兄弟のように見えた。

「お久しぶりなのね、横島さん」

「ああ、久しぶりだね、ヒャクメ。それに、ワルキューレとジークも。
 二人が来るなんて全然予想していなかったから、(おどろ)いたよ」

 ベレー帽をかぶった女性が、横島に返事をかえした。

「こちらからも、いろいろと伝えなくてはいけないことがあってな。とりあえず席に座ろうか」

 横島とシンジは、テーブルの一角に並んで座った。

「小竜姫様の隣に座っているのが、神族の情報調査官のヒャクメ。
 それから向かい側に座っているのが、魔族のワルキューレとジークだ」

「どうも始めまして。碇シンジです」

 シンジが一同に挨拶をした。

「こちらの要件を、先に話したいのだが」

 一同がうなずくのを確認して、ワルキューレは話を続けた。

「実は、神族と魔族の混成チームで、以前から横島を監視していたのだ」

 ワルキューレの意外な発言に、横島が目を丸くして(おどろ)いた。

「監視って、俺をか!?」

「実は数ヶ月前から、世界中で原因不明の時空震が、頻発(ひんぱつ)する現象が発生していたのだ。
 私たちのチームがその調査に当たっていたのだが、しばらくすると時空震の発生場所が、何かを
 探すかのように一点に集まり始めた。
 その中心点が、横島のアパートだったのだ」

「お、俺んちかよ!?」

「そうだ。やがて時空震の発生は横島のアパートに特定されるようになった。
 それも数日おきにな。横島は、それに心当たりがあるだろう」

「つまり、俺の精神がシンジの世界に移動するようになったのは、その時空震が原因というわけか」

「そういうことだ」

「あの、時空震とは、何ですか?」

 シンジは、この場の話おり、私たちのチームがにまったくついていけず、目を白黒させていたが、会話が一段落したときを見計らって、横島に質問をした。

「時空震ってのはな、物体が時間移動する際に発生する特殊な波動のことなんだ。
 これが検出されたということは、そこで時間移動が発生したという証拠になるんだ」

「実際のところ、別世界に移動する際にも、時空震は発生するのだ。
 横島とシンジ君が証明したように、今回のケースは、平行世界への移動に間違いないだろう」

 その場にいたメンバーの視線が、シンジに、一斉に集まった。
 実際、シンジは平行世界存在の生きた証拠である。
 シンジは、周囲の注目が自分に集まったことに気がつくと、照れて頬を赤くした。

「その後、この件について横島から依頼があった場合には、最優先して対応するよう通達が下りた。
 それも、最高指導者直々のな」

「私たちにも、同じような指示が出ています」

 小竜姫が、横島に話しかけた。

「ということは、俺が何を頼んでも、オッケーってことですか?」

「はい、そうです」

「あらかじめ言っておくが、任務に関することだけだからな。プライベートな願いは、論外だぞ」

 横島のセクハラを警戒したのか、ワルキューレが釘を刺した。

「度を外し過ぎた行いには、仏罰が当たりますからね」

「や、やだなあ、ワルキューレも小竜姫様も」

 いろいろと心当たりがあるのか、横島がアハッアハッと引きつった表情で笑った。

「ところで、横島さんからのお話は何でしょうか?」

「ほとんどバレちゃってますけど、シンジの世界を調査するのに、助っ人を頼みたいんですよ」

「それで、私を呼んだのねー」

 小竜姫の(となり)に座っていたヒャクメが、会話に割り込んできた。

「そういうこと。シンジの所属している組織がネルフって言うんだけど、今回の調査はその組織が
 もっているコンピュータが鍵になりそうなんだ。ヒャクメなら、コンピュータにも詳しそうだし」

「人間界のコンピュータなんて、楽勝なのね〜〜」

「助かるよ。俺って、そっち方面は全然ダメでさ。
 それから今回は調査だけになるけど、そのうち潜入工作とかも必要になるかもしれないから、
 その時にはワルキューレやジークにも、頼みたいな」

「わかった」

「任せてください、横島さん」

 ワルキューレとジークが、横島に返答した。

「私には、何もないんですか?」

「小竜姫様には、シンジの修行を見てやって欲しいんですよ」

「わかりました。それなら、私が適役ですね」




 横島がヒャクメたちと細かい打ち合わせに入ったため、手持ち無沙汰となった小竜姫は、シンジを連れて建物の外に出た。

「シンジ君は、霊能関係では何が出来ますか?」

「はい。破魔札と霊体ボーガンを少し」

「実戦向けのスキルですね。わかりました。今日の修行は、その方向でやりましょう」

 小竜姫は、建物の前で横島を待っていたパピリオを呼び寄せると、銭湯にそっくりな入り口から修行用の異界空間に入った。

「こんなところで、何をするんでちゅかー?」

「パピリオには、シンジ君の修行の手伝いをしてもらいます」

 小竜姫は持っていた霊体ボーガンと矢を、シンジに渡した。

「シンジ君は、霊体ボーガンでパピリオを狙ってください。
 一発でも命中したらシンジ君の勝ち。矢がなくなったら、パピリオの勝ちとします」

「あの、この子を矢で射るんですか!?」

 パピリオは、見た目は小学生くらいの女の子である。
 女の子に弓を向けることに、シンジは抵抗感を抱いた。

「大丈夫です。矢じりは霊力でコーティングしますから、当たっても痛くありません。
 それに、パピリオを見た目で判断すると、後悔しますよ」

「わーっ、面白そうでちゅ」

 躊躇(ちゅうちょ)するシンジを尻目に、パピリオはすっかりやる気になっていた。

「それじゃあ……」

 シンジは渋々ながら、霊体ボーガンを構えた。
 パピリオとの距離は約十メートル。シンジはなるべくケガをさせないようにしようと、パピリオの足に狙いをつける。

 ブン!

 しかし、シンジが矢が発射した瞬間、パピリオがサッと横に動いた。
 矢は当たらずに、パピリオの後方の地面に当たって跳ねた。

「えっ!?」

 シンジは矢をつがえると、もう一度パピリオの足を狙った。
 しかし、シンジがボーガンの引き金を引いた瞬間、パピリオがパッと上空に飛んだ。

「まだまだ、甘いでちゅねー」

 パピリオは、そのまま地面から数メートルの空中に浮かんでいた。

「あ、あの子、空を飛べるんですか!?」

「ええ、パピリオは魔族ですから」

 シンジは、魔族が人間よりはるかに強い存在であるということを横島から聞いていたが、まさか目の前の少女が、その魔族であるとは思わなかった。
 余裕を失ったシンジは、矢をつがえると(あわ)てて発射した。
 矢はパピリオの胸に迫ったが、パピリオは片手を突き出すと、小さな霊波砲を撃って矢を消滅させる。
 予想外の強敵に直面したシンジは、緊張して(ひたい)から冷や汗を幾筋も流した。




 打ち合わせを終えた横島は、小竜姫とシンジを探して、異界空間の中に入った。
 すると目の前の広場で、シンジが飛んでいるパピリオを狙って、霊体ボーガンを何度も撃っていた。
 もっとも、狙われているパピリオは、ヒラリヒラリと余裕で矢をかわしている。

「あーあ。ずいぶんシゴかれてるな」

 横島が小竜姫とシンジのいる場所についた時、シンジが最後の一矢を放った。
 しかし、その最後の矢も当たらず、むなしく放物線を描いて地面に落ちた。

「へっへーん。パピの勝ちでちゅ」

 パピリオが空中で、胸を張って勝ち誇った様子を見せる。
 一方シンジは、地面にペタリと座り込むと、ハアハアと肩で息をしていた。

「小竜姫様。シンジはまだ素人に毛が生えたレベルなんですから、あまりいじめないで下さいよ」

「そうでもないですよ、横島さん。何か的になるような物を放り上げてください」

 小竜姫が予備の矢をシンジに渡した。
 一方、横島は大きめのサイキック・ソーサーを作ると、それを空中に放り上げる。

 パチン!

 横島の投げたサイキック・ソーサーが、空中でシンジの撃った矢とぶつかり、大きな火花を出した。
 それを見た横島が、ホオッと感嘆の声を漏らす。

「なかなかの集中力です。霊力がまだ弱いですが、修行を積めばもっと伸びるでしょう」

「正直、筋は悪くないと思ってます。まあ性格的に、戦いに向いてないところもありますけど」

 だが肝心のシンジは、少し離れた場所で地面に座り込み、肩で息をしていたため、二人の好意的な評価がまったく聞こえていなかった。




 一週間後、ネルフでシンクロテストを終えたシンジは、休憩室でジュースを飲んでいた時に横から女性に声をかけられた。

「サード・チルドレンの碇シンジ君ね」

「はい、そうですけど」

 シンジは声をかけられた方を振り向いた。
 だが、その女性の姿を見たシンジは、(おどろ)いて目を丸くしてしまう。

「本日付けで特殊監察部に配属になった、MAGIオペレーターの百武(ひゃくたけ)めぐみです。
 よろしくね、シンジ君♪」

 シンジの目の前には、ネルフの制服を身に着けたヒャクメの姿があった。



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