交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第八話 −使徒、侵入− (04)




 ヒャクメはシンジと別れると、発令所の近くにある打ち合わせ用の小部屋に入った。
 しばらくそこで待っていると、長髪を首の後ろで縛った三十歳くらいの男が部屋に入ってきた。

「君が百武さん?」

「はい。今日付けで、特殊監察部に配属になりました」

「俺は加持リョウジ。特殊監察部の責任者みたいなことをやってるんだ」

 ヒャクメと加持は、部屋に置いてある小さなテーブルに、向かい合って座った。

「百武さんじゃ、なんか固い感じがするな。めぐみちゃんって呼んでいいかい?」

 加持は、短い無精ひげを軽く手で()でると、軽い笑みを浮かべた。

「あ、できれば、ヒャクメって呼んでください。友人からはそう呼ばれているので」

「オーケー。それじゃあ、ヒャクメちゃん。ネルフが国連直属の特務機関ってことは聞いてる?」

「はい」

「ぶっちゃけ、使徒と呼ばれている化け物と戦うのがネルフの仕事なんだが、その戦いに勝つために、
 ネルフには莫大な予算が国連から下りているんだ。
 その金が、不正に使用されていないかどうかを調べるのが、特殊監察部の仕事だ」

「はい」

「それで、毎月報告書を国連に提出しなくてはいけないんだが、あいにく俺は外の仕事が多くて
 あまり自分の席にいない」

「はあ」

 ヒャクメは、きょとんとした表情を見せた。

「それでヒャクメちゃんには、報告書の作成の作業を頼みたいんだ」

「わかりました」

「仕事に必要なMAGIの権限は、すでに君のIDに割り当てられている。
 それから、明日はMAGIの定期検診があるんだ。
 人手が不足しているらしいから、明日は技術部に応援に行って欲しいんだけど」

「技術部の赤木博士は、MAGIの第一人者ですね」

「りっちゃんや他のMAGIオペレーターたちと知り合いになるいい機会だ。
 それじゃあ、明日の件は頼んだよ」

 加持は話を終えると、他の仕事があるのか、急いで部屋を出て行った。




 特殊監察部のオフィスは、総務部や経理部と同じ大部屋の一角にあった。
 加持は士官待遇ということもあり別に一部屋割り当てられているが、その他のメンバーは大部屋に自分の席があった。
 ヒャクメはオフィスにいた同僚たち──ほとんどが女性の事務職だった──に挨拶をすると、自席で仕事を始める。
 やがて定時になると、パソコンの電源を落として、退室した。

 ヒャクメは更衣室で制服から私服に着替えると、ネルフ本部を出て地上へと向かった。
 市内でアパートを借り、既に荷物も入れていたが、ヒャクメはアパートにはまっすぐ戻らず、繁華街にある一軒の喫茶店に入った。

 カランカラン

 ドアの内側に付いていた鐘の音が鳴った。
 喫茶店の窓側の席に座っていた男が、顔を上げてヒャクメを見る。
 ヒャクメは中に入ると、まっすぐその男の席に向かい、同じテーブルに座った。

「お疲れさん、ヒャクメ」

 喫茶店でヒャクメを待っていたのは、横島だった。

「久しぶりに事務仕事して、すっかり疲れちゃったのね〜〜」

 ヒャクメは、水とおしぼりを持ってきたウェイトレスに、アイスミルクティーを注文する。

「シンジには会った?」

「声をかけたら、私の顔を見てビックリしたのねー」

 横島に会って気が緩んだのか、ヒャクメの口調はすっかりくだけていた。

「そりゃ、驚くだろうな」

「あと、加持さんともお話したのねー。思ったより、いい男だったのねー」

「そうか?」

 横島は内心、加持を苦手に思っていた。
 長髪で、年上で、女にもてて、少々キザなところが、加持は横島が一番苦手とする西条と似ている。

「加持さんはロン髪でキザだけど、西条さんとはちょっと違うタイプなのね」

「まあ、確かにそうなんだけど……」

 加持と西条は類似点は多いものの、違うタイプの男だということは、横島もわかっていた。
 西条は能力は優秀だが、坊ちゃん育ちということもあり、どこか脇の甘いところがある。
 しかし加持は、しぶとい性格と、緻密(ちみつ)(すき)のない実務能力を合わせ持っていた。
 相当な修羅場をくぐってきたであろうことは、横島の目にははっきりと見えていた。

「それより、よく一週間で準備が出来たな?」

「前に、ワルキューレが秘書に化けて、美神さんの事務所に潜入したでしょ?」

「ああ。そんなことも、あったっけな」

「神族にも、たまに同じような任務があるのねー。
 手順とかは、だいたい決まっているから、一週間もあれば十分なのねー」

 戸籍や経歴を偽造したり住居を手配するなど、やることは色々とあるはずだが、神族にとってはそれ程手間でないようである。

「ま、ネルフに疑われなければ、何の問題もないけど。それから例の件、早めに頼むよ」

「了解なのね〜〜」

 横島とヒャクメは話を済ませると、店の外に出て行った。




 翌日、ヒャクメは技術部の大部屋に顔を出した。
 オペレーターの制服を着た女性が数名いたが、その中で白衣を羽織った女性にヒャクメは近づく。

「失礼します。特殊監察部から応援に来ました」

「ああ、加持君のところの子ね。名は何ていうのかしら?」

「百武めぐみです」

「加持君から聞いてると思うけど、MAGIの点検を手伝って欲しいのよ。
 はい、これがマニュアル」

 リツコはヒャクメの手の上に、分厚いマニュアルをドサドサッと載せた。

「マヤ」

「はい」

 オペレーターのマヤが、リツコに近寄った。

[百武さんをオペレーター席に案内して。それから、仕事の説明もお願いね」

「わかりました」




 マヤは第一発令所下部のMAGIオペレーター席に、ヒャクメを案内した。

「百武さんは、どこから来たんですか?」

「民間企業から、転職したんです」

「ネルフは新しい組織だから、他から出向で来ている人も多いんですよ。
 作戦部の葛城さんとか日向さんは、戦自からの出向なんです。
 私は、ここで直接採用されたんですけどね」

「そうなんですか」

 ヒャクメとマヤは、お(しゃべ)りをしながら通路を歩いていく。

「上の名前、何ていうんですか?」

「伊吹っていいます。伊吹マヤです」

「私はめぐみという名前なんですけど、友達からいつもヒャクメって呼ばれてました」

「ヒャクメさんですか。何か、可愛い感じがしますね」

「そうなんですよー。私も実は、そう呼ばれるのが、すごく気に入ってるんです」




 オペレーター席に座ったヒャクメは、マニュアルを開くとすぐに端末の操作を始めた。
 隣に立っているマヤのアドバイスを受けながら、矢継ぎ早にコマンドを入力していく。

「素晴らしいですね。あ、ここはこうした方が」

 マヤは横から体を乗り出すと、流れるような勢いで、キーボードに指を走らせた。

「マヤさんも、すごいじゃないですか」

「私のは、先輩直伝の腕ですから」

 その後マヤは、赤木博士のことを親しみをこめて、先輩と呼んでいると付け加えた。

「でも先輩は、私よりもっともっと速いんですよ」

「赤木博士って、すごい人なんですねー」

 ヒャクメは幾分くだけた口調で、マヤの言葉に相槌を打った。







 しばらくして、MAGIの点検準備作業が完了した。
 オペレーター席に来たリツコは、幾つかの項目をチェックすると、MAGIを自己診断モードに切り替えた。

「第127次、定期健診異常なし」

「了解、お疲れさま」

 リツコは、手に持っていたファイルに点検結果を記録すると、一人で部屋を出た。
 そして洗面所に入ると、水を流しながら、ジャバジャバと顔を洗う。

「フウ……」

 リツコは顔を上げ、正面の鏡を見た。
 化粧のとれたその顔は、疲れが()まっていたのか、いくぶんやつれていた。

「異常なしか……。母さんは今日も元気なのに、私はただ歳をとるだけなのかしらね……」




 技術部の仕事を終えたヒャクメは、自分の席に戻った。
 やがて定時になると、同僚たちが帰宅の準備を始めた。

「百武さんは、まだ帰らないんですか?」

「ええ、ちょっと調べ物があるので」

 ヒャクメは周囲に誰もいなくなったところで、キーボードでコマンドを入力した。
 ヒャクメの使っているノートパソコンは、見かけはネルフで使用されているパソコンと同じであるが、中味は彼女が愛用している神族特製のものに入れ替えている。

 コマンドの入力が終わると、彼女の目にしか見えない特殊なウィンドウが開いた。
 ヒャクメは軽く目をつぶると、指先から霊波を放出する。
 ヒャクメの指先から出た霊波は、パソコンから事務所のLANに流れ、さらにネルフの基幹ネットワークへと向かっていった。

 途中にあったルーターやファイアウォールは、何の障害にもならなかった。
 電気的信号とは異なる霊波に対して、物理的な障壁はまったく無効である。
 ヒャクメは霊波の先端に感覚を集中し、広大なネットワーク網の中を、MAGIを探してひたすらに進んでいった。

 やがてMAGIが見つかった。
 ヒャクメは自分の霊波を、MAGIの中に突入させる。
 しかし、ヒャクメの霊波は、MAGIに入る直前で(はじ)かれた。

「!!」

 驚いたヒャクメは、彼女のぱっちりとした目を、一瞬大きく開いた。
 ヒャクメは意識を集中して、再度MAGIへの突入を図る。
 だが、先ほどと同様に、MAGIに入ることができなかった。

(やはり……)

 二度目の突入で、ヒャクメは何が起きているのかを把握した。
 MAGIの中に、強力な霊的存在が(ひそ)んでおり、それがヒャクメの霊波の進入を拒んだのである。

(えっ!?)

 ヒャクメはしばらく様子を見ていたが、今度はMAGIの中から霊波が伸びてきて、ヒャクメの霊波を捕らえようとした。
 驚いたヒャクメは、霊波を(あわ)てて引っ込め、相手の追跡から逃れた。

「ふう……」

 霊波を回収したヒャクメは、大きく息をついた。
 緊張したためか、知らず知らずのうちに、(ひたい)や髪の生え際に大量の汗をかいている。
 ヒャクメはポケットからハンカチを取り出すと、(ひたい)の汗を(ぬぐ)った。

「ちょっと、まいったのねーー」

 ヒャクメの口から、思わずひとり言が漏れてしまった。
 この世界にはオカルト的な存在がほとんどないと横島から聞いていたため、そちらへの気遣(きづか)いをしなかったことが、完全に裏目に出てしまった。
 仕切り直しが必要と判断したヒャクメは、パソコンの電源を落とし、自宅へと帰った。




 翌日、シンジとレイとアスカは、ネルフ本部で特別なテストに参加していた。

「ほら、お望みどおりの姿になったわよ! 十七回も(あか)を落とされてね!」

 三人は、衣服を何一つ身に着けていなかった。つまり、全裸である。

「では、その姿のまま、エントリープラグに入ってちょうだい」

「えええっ!」

 リツコの指示に、アスカが文句の声をあげた。

「大丈夫よ、映像モニターは切ってあるから」

「そういう問題じゃないでしょ!」

 アスカは、右隣(みぎどなり)に立っているシンジに視線を向けた。
 ちなみに三人の間は壁で仕切られているが、顔の高さのところで穴が開いており、横を見ることができた。

「えっ?」

「バカ! こっち見るんじゃないわよ!」

 アスカの視線に気づいたシンジが、横を向こうとしたが、すかさずアスカに怒鳴(どな)られてしまった。

「アスカ、命令よ」

 ミサトの命令で、シンジとレイは前に出た。
 アスカもやむなく、他の二人に歩調を合わせて進んでいく。
 前進した三人は、そのままエントリープラグの中に入った。




(せっかくのチャンスなのに、何もしないなんて、もったいないヤツだな)

 エントリープラグに座ったシンジを、横島が揶揄(やゆ)した。

(無理ですよ。アスカなんて、ちょっと横を向こうとしただけで、(おこ)りますし)

 横に並んだレイとアスカの姿を強烈に意識しながらも、シンジは脇目もふらず正面だけを向いていた。

(アスカはともかく、レイちゃんはそういうの気にしないんじゃないのか?
 ほら、前のこともあっただろう)

 横島の言う前のこととは、第五使徒戦の前に、シンジが裸のレイを押し倒したことを指している。

(で、でもですね!)

 その時のことを思い出したシンジは、興奮したのか、急に顔全体が真っ赤になってしまった。




「あれ? シンジ君の顔のあたりの温度が、急に高くなりましたね」

 制御室のモニターに、プラグ内のサーモグラフィが映し出されている。
 そのモニターを見ていたマヤが、三つ並んだ真ん中のプラグの変化に気がついた。

「ま、シンちゃんも、おっとこのこってことよねー」

 モニターに目を向けたミサトが、ニヤニヤと笑っていた。




「シミュレーションプラグを挿入」

 実験室の中は、液体で満ちていた。
 その中に、無数のパイプやコードがつながれたエヴァの模擬体が置かれている。
 その模擬体に、プラグが差し込まれた。

「システムを模擬体と接続します」

 マヤがコンソールを操作した。

「シミュレーションプラグ、MAGIの制御下に入りました」

「おー、速い速い。MAGIさまさまだわ。
 初実験のとき、一ヶ月もかかったのがウソのようね」

「気分はどう?」

 窓際に立っていたリツコが、シンジたちに話しかけた。

「何か、違うわ」

「いつもと違う気がする」

「感覚がおかしいのよ。右腕だけははっきりして、あとはボヤけてる感じ」

 レイ、シンジ、アスカが、順番に答えた。

「レイ、右手を動かすイメージを描いてみて」

 模擬体の右手が、ゆっくりと動いた。

「MAGIシステム、対立モードに戻ります」

 MAGIのモニタ画面の表示が、切り替わった。
 三台のコンピュータが、対立しながら審議(しんぎ)を進める。

「……ジレンマか。作った人間の性格が、うかがえるわね」

「何言ってんの? 作ったのはアンタでしょ?」

 リツコの隣にいたミサトが、きょとんとした表情を見せた。

「私はシステムアップをしただけ。基礎理論と本体を作ったのは、母さんよ」

 リツコは、淡々とした口調で答えた。



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