交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第十話 −四人目の適格者− (02)




『えーこのようにしてですね、寒天を使うと(うま)みを保持して逃がさないだけでなく、余分な
 コレステロールを体外に排出する効果もあるわけです』

 シンジはリビングにあるテレビの前に座り、ふむふむとうなづきながらメモを取っていた。

『それでは、ガテンしていただけましたでしょうか』

 ガテン ガテン ガテン

 テレビの中で番組の出演者が、いっせいに机の上のボタンを押す。

「ちょっとぉ、シンジ。いい加減、チャンネルを変えなさいよ。
 いつまでそんなジジくさい番組を見ているわけ?」

 同じ部屋のテーブルに座って、アイスキャンデーをしゃぶっていたアスカが、チャンネルのことでシンジに文句をつけてきた。

「もっとマシなのにしなさいよ」

「あのさ、アスカ。僕はこの番組を見て、毎日作る料理を研究しているんだ」

「番組見るだけで料理が上手くなるなら、アタシだって一流レストランのシェフになれるわよ」

「今日は食べるだけでダイエットができる料理の特集だったけど、やっぱ作るのやーめたっと」

 ダイエットという言葉を聞いたアスカの両耳が、ピクリと動く。

「明日から、肉と油をいっぱい使った高カロリーのメニューにするからね。
 僕たちの訓練って、けっこうエネルギー消費量多いし」

「わ、わかったわよ。この時間はシンジの好きな番組見ていいから」

 アスカは内心では葛藤(かっとう)していたが、体重増加のリスクとダイエットの誘惑(ゆうわく)には勝てなかった。

(本性知ったら、トウジどころか誰も好きにならないような気がするよ)

 シンジは心の中で、大きなため息をついた。

「委員長、なんであんなにトウジのことばかり聞いたんだろう」

「何の話?」

「今日、委員長にトウジのこといろいろ聞かれたんだ。
 トウジが委員長のこと何か言ってなかったとか、トウジはアスカが好きなんじゃないかとか」

「げっ!? なにそれ、気持ちワル」

「変だよな。いつもはトウジに(つら)くあたっているのに」

 その言葉を聞いたアスカは、しばらく考えてから口を開いた。

「バッカねー。そんなの、好きだからに決まってるじゃん」

「ええっ!!!」

 予想外の返事を聞いたシンジは、(おどろ)いて背後を振り返った。

「そっかぁ。このあいだパーティーに呼んだとき妙に(うれ)しそうだったのは、鈴原が目当てだったんだ」

「だって、そんな風には全然見えないし……」

「ふう……アンタには、一生女心は理解できないでしょうね」

 アスカが(あき)れた表情で、シンジを見つめた。

「でも、ヒカリったら水くさ〜い」

 アスカはさらに、「ちょっぴり趣味わる〜い」と小声で付け加える。

「こんなバカシンジに相談するより、アタシに言ってくれた方がずっと頼りになるのにぃ」

(かえって、ぶち壊しにされるんじゃないかなあ)

 シンジは心の中でつぶやいていた。

(けど、女心ってわからないなあ。好きな人に辛くあたるのが女心なのかな?
 そういえば、ミサトさんも加持さんにはぶっきらぼうな態度をとってるし)

 シンジがちらりとアスカの方を振り向くと、大口を開けてアイスキャンデーにかじりついているところだった。

(アスカも僕にあたり散らすけど、どう考えてもアスカは地だよね。
 前におキヌさんからも言われたけど、逆パターンとしか思えないよな。
 加持さん、ラッキーだったね)

「ちょっと! 人の顔見て、なにブツブツ言ってるのよ!」

 アスカの顔を見ながら思わせぶりな表情をするシンジに、アスカがとうとう半ギレしてしまった。




「松代での三号機の実験、パイロットは四人目を使うわよ」

 リツコは、自分の部屋を訪れてきたミサトに告げた。

「四人目? フォース・チルドレンが見つかったの?」

「昨日ね」

「マルドゥック機関からの報告は受けてないわよ」

「正式な書類は、明日届くわ」

 ミサトは一瞬考え込んだあと、自分の机に座って熱心にキーボードを(たた)いているリツコに近づいた。

「リツコ、私に隠し事してない?」

「別に」

「ふーん。まあ、いいわ。で、フォース・チルドレンって誰?」

 リツコがマウスを操作して、電子カルテを開いた。
 ミサトはリツコの後ろから、リツコのノートパソコンの画面を(のぞ)き込む。

「よりによって……この子なの!?」

 リツコが開いた電子カルテには、『TOUJI・SUZUHARA』の名とトウジの画像が表示されていた。




 ゲンドウと冬月は、地上とネルフ本部を結ぶ専用車両の特別席に、向いあって座っていた。
 車両は天井都市近くを走っており、その位置からは広いジオフロントを一望することができた。

「四号機の事故、委員会にはどう報告したんだ?」

「事実のとおり、原因不明さ」

 ゲンドウが冬月の問いに答えた。

「ここにきて大きな損失だな」

「四号機と第二支部はまだいい。S2機関も、サンプルは失ってもドイツにデータが残っている。
 ここに初号機が残っていれば十分だ」

「しかし、委員会は血相を変えていたぞ」

「予定外の事故だからな」

「ゼーレも、あわてて行動表を修正しているだろうな」

「時には、死海文書にない事件も起こる。老人たちには、いい薬だよ」




 定期連絡のため、待ち合わせに使っている喫茶店に向かった横島は、ヒャクメから意外な話を聞かされた。

「横島さんって、前に巨人が(はりつけ)にされている場所に行ったことがあったわよね」

「ああ。加持さんを追いかけていたミサトさんの後をついていったら、そこまでたどり着いたんだ」

「もう一度行ってみない? ネルフの秘境の探検に」

「いいけど、行かなきゃいけない理由が何かあるのか?」

「そこで、全部見せてあげるわ。ネルフが(かか)える(やみ)のすべてを」

 ヒャクメの表情からいつもの軽さが抜け、(するど)く真剣な面差(おもざ)しとなっていた。







「センセー(たの)む! 数学の宿題、見せてくれんか」

「また、やってこなかったの?」

 トウジは両手を合わせて、シンジに頭を下げていた。
 頼まれた側のシンジは、呆れた表情をしている。

「最近さあ、僕の宿題あてにしてない?」

「固いこと言わんと、早よ見せてや」

 トウジはシンジから数学のノートを借りると、宿題の答えを写し始めた。

「たまには、わざと間違えを書いとかんとな」

「……けっこう、手が込んでるね」

 シンジがふと気がつくと、ずっと前の席に座っていたヒカリが、トウジとシンジの方を振り向いていた。
 ヒカリはシンジが自分を見ていることに気がつくと、あわてて視線をそらした。

(いつも、あんな風にトウジのことを見てたのかな。今まで全然気がつかなかった)

 シンジはヒカリから視線を外し、トウジが座っている席の方を振り向いた。

「なあ、トウジ」

「なんや?」

「たまには他の人に見せてもらえば。たとえば委員長とか」

「あんな堅物(かたぶつ)ドケチが、見せてくれるわけないやないか」

「なんですって!」

 ヒカリがガタンと音をたてて、自分の席から立ち上がった。

「誰もおまえのことや、ゆうてないやんか」

「しっかり、こっち指差してたじゃないの!」

 トウジが「あんな堅物ドケチ」と言ったとき、トウジの指先はしっかりとヒカリの方を指していた。

(なんか、一生やってなさいって感じ?)

 シンジは呆れた表情で、二人の猛烈な口ケンカを(なが)めていた。

「まるで、夫婦ゲンカみたいだね」

 シンジがボソッと口走った。

「ちゃうわい!」

「違うわよ!」

 トウジとヒカリが見事にユニゾンしながら、シンジに言い返してくる。

「鈴原。鈴原トウジはいるか」

 そのとき担任の初老の教師が、教室の入り口からトウジを呼んだ。

「至急、校長室に行きなさい」

 担任の声を聞いた二人は、その場で言い合うのをやめた。

「あんた、何かやったの?」

「アホ。心当たりないわ」

 トウジは心外だと言わんばかりの表情をしていた。

「ほな、何か知らんけど行ってくるわ」

 トウジは、プラプラと歩きながら教室の外へと出て行った。
 そのトウジの背中を、心配そうな表情でヒカリが見つめる。

「ヒ・カ・リ」

 ヒカリが背後を振り返ると、そこにはアスカの姿があった。

「ダメじゃん。今のままじゃ、なーーんの進展もないわよ」

「えっ!?」

 予想外のアスカの言葉に、ヒカリは驚きの表情を隠せなかった。




 ターミナルドグマに潜入していた加持は、近くで人の声がするのを聞き、あわてて暗がりに姿を隠した。

「たしか、この先の部屋だったよな」

「ええ、そのとおりよ」

 加持が物陰(ものかげ)からこっそりと覗くと、そこにはネルフの制服を着た一組の男女が立っていた。
 女性は、加持の部下であるヒャクメだった。
 男性の方は、加持には見覚えがない。

(うかつだったな。あの子が同業者だったとは)

 ネルフ・ゼーレ・内務省の三重スパイを務める加持は、ネルフの中でスパイの可能性がある人物を何人か見定めていたが、ヒャクメについてはまったくノーマークだった。
 加持は気配を消すと、距離を置きながら二人のあとを注意深くつけていった。

「今、開けるわね」

 ヒャクメは通路の突き当たりのドアの前までくると、そのドアの脇にあるスリットにカードを通した。
 (にぶ)い音がしてドアが開くと、磔にされた巨人が二人の前に姿を現す。

「いつ見ても、すごいもんだな」

「これの名前覚えてる?」

「たしか、アダムだったかな」

「ブー、はずれ。この巨人の本当の名は、第二使徒リリスよ」

(なんだって!)

 物陰にいた加持は、思わず声を上げそうになってしまう。

「アダムとは違うのか?」

「ええ。第二使徒リリスは、最初からこの場所――黒き月――にいたわ。
 加持さんはこの巨人が、自分が運んできたアダムが成長したものだと、思ってるみたいね」

「じゃあ、アダムはどこなんだ」

「わからない。あちこち探してみたんだけど」

 二人の会話を盗み聞きしていた加持は、愕然としていた。

「それにしても、血腥(ちなまぐさ)い部屋だな」」

「ドアのところに、書いてあったじゃない」

「それって、まさか……」

「そう。LCLの原料は、使徒の生き血よ」

「どうりで血の臭いがするわけだ」

「そういうこと。それじゃあ、先に行きましょ」

 二人は別のドアを使って、リリスの部屋から出て行った。
 加持はバレないように注意しながら追いかけたが、そのドアの先は加持のIDでは入れない場所だった。

「まいったな。今はここまでか」

 加持は残念そうな顔をしていたが、別の仕事を思い出すとターミナルドグマから引き上げていった。




「まったくもー、水くさいんだから」

 アスカはヒカリとシンジを引っ張りながら、校舎の屋上に上がった。

「なんでもっと早く、アタシに相談しないのよ〜〜」

「なんのこと? 私はさっぱり……」

 ヒカリはアスカから、目をそらすようにして返事をする。

「もう! とぼけるのもいい加減にしなさいよ。好きなんでしょ、あいつのこと」

「別に……私は今のままでも……」

「ダメよ、そんなの!」

 人目を気にせずによくなったためか、アスカが大きな声でヒカリに話しかける。

「今のこの時代のこと、考えてみなさいよ。
 私たちは今こうしてのほほんとしているけど、明日は何が起こるかわからないのよ」

「でも……そんな……」

「伝えたい気持ちがあるなら、ちゃんと伝えなきゃ」

 ヒカリはアスカの方を振り向くと、足下を見ながらじっと考え込んだ。

「シンジ!」

 いきなりアスカに呼ばれたシンジは、身体がビクッと反応してしまう。

「シンジも考えるのよ。アンタ、鈴原と仲いいんだからわかるでしょ」

「考えるって、いったい何をさ?」

「そんなの決まってるじゃない。
 どうしたら、ヒカリとあの熱血バカがラブラブになれるかよ」

(そんなこと、急に言われたって)

 シンジは腕組みして考え込んだが、急に話を振られたところでいい知恵が浮かぶはずもなかった。

「えっと、お弁当なんかどうかなあ。トウジ、いつも昼食はパンだったし。
 手作り弁当なんかあげたら、きっと大喜びして(おど)りだすよ」

「アンタ、バカぁ? それって、シンジがファーストにしてたことと同じじゃない」

 突然レイの話を持ち出されて、シンジはドキッとしてしまう。

「え……碇くんと綾波さんって、そういう仲だったの?」

 ヒカリが興味深そうな表情で、シンジの顔を覗き込んだ。

「ち、違うよ。それは誤解だよ」

「まあ、いいわ。単純かつ古典的な方法だけど、あのバカには効き目ありそうね。
 ヒカリ、さっそく明日から、()付け作戦開始するわよ」




 その頃、トウジは校長室で意外な人物と会っていた。

「鈴原トウジ君ね」

「は、はい。そうですけど」

「ネルフ本部技術一課所属、赤木リツコです」

 リツコは名刺入れから一枚名刺を取り出すと、トウジに差し出した。

「以後、よろしく」







 横島とヒャクメは、LCLプラントからエレベーターに乗り、さらに地下深く下りていった。
 二人はエレベーターを降りると、 ヒャクメが『人工進化研究所 3号分室』と書かれた部屋で足を止めた。

「やけに殺風景(さっぷうけい)な部屋だな」

 その部屋には幾つかの機材と、パイプベッドが置かれていた。

「この部屋、見覚えない?」

「特にないけど……そういえば、レイちゃんの部屋に雰囲気が似てるかな」

「そのとおりなのね。ここは、綾波レイが生まれ育った場所。記録ではそうなってるわ」

「えっ!」

 横島は目を丸くして驚いた。

「ちょっと待て! こんな場所で女の子を育てるか、普通。
 まるで、実験用のモルモットと同じ扱いじゃないか!」

「そうかもしれないのね、ネルフにとっては」

「どういう意味だよ、それ」

「あとで説明するわ」

 その部屋からさらに進むと、地下の広場を見下ろす踊り場のような場所に出た。
 眼下の広場には、大きな丸い穴が無数に掘られており、その中には巨大な人のような骨格が入れられていた。

「これは……エヴァ?」

「そう。失敗したエヴァの廃棄場所のようね」

「エヴァの墓場か」

 踊り場から先に進むと、大きな円形の部屋に出た。
 部屋の中央には、人が一人入る程の大きさのガラス(かん)が置かれている。
 部屋の天井には脳髄(のうずい)のような機械が設置されており、脊髄(せきずい)のような形状の(くだ)で床のガラス管とつながっていた。

「明かりをつけるわね」

 ヒャクメが指をパチンと鳴らすと、部屋の周囲が光りはじめた。
 部屋の周囲は水槽(すいそう)になっており、その中に入っていたオレンジ色に光る液体が、部屋の中を()っすらと照らしていく。
 そしてその水槽の中に、何十もの人影が浮かび上がった。

「まさか、この子たちは……」

「ええ、そのとおり。綾波レイよ」

 LCLと思われるオレンジ色の液体の中を漂っていたのは、レイと同じ顔と体をした少女たちだった。
 その表情はうつろで、液体の中をひたすら、ゆらゆらと揺れ動いていた。

「ヒャクメ、説明してくれるか」

「ええ。前に碇ユイさんが、シンクロテストの事故でエヴァに取り込まれた話はしたわよね」

「ああ」

「現ネルフ司令、当時はゲヒルンの所長だった碇ゲンドウは、ユイさんを助けようとしたわ。
 しかし、サルベージ作業に失敗。ユイさんは戻らなかった。
 そして、その代わりに出てきたのが、綾波レイというわけ」

「……そうか」

「彼女は初号機から生まれたのよ。そして、その体組織にはユイさんの遺伝子情報も使われている。
 いわば、人と使徒とのハイブリッドね」

 ヒャクメは、水槽の中に浮かぶレイたちの姿を、ぐるりと見回した。

「ここにいる彼女たちには、(たましい)がないわ。魂があるのは、この場にいない綾波レイただ一人」

「じゃあ、なんでこんなに多くいるんだ?」

「一つは、ダミーシステムの開発用ね」

「ダミーシステム?」

「ええ。パイロットなしでエヴァを動かす仕組みを、ネルフは作ろうとしているわ。
 彼女たちは、そのシステムの材料よ」

「材料って、おい……」

「二つめは、綾波レイのバックアップ。
 今いる綾波レイが急に死んだとしても、ここにいる彼女たちの一人に魂が移るの」

「強制的な輪廻転生(りんねてんしょう)か。いったい、どういう仕組みなんだろうな」

「実はね、今いる綾波レイは二人目なのよ」

「本当かよ!」

「詳しい事情はわからないけど、一人目のレイは赤木ナオコさんに殺害されたわ。
 そして、直後にナオコさんも自殺。悪霊となった彼女は、MAGIに取り()いたというわけ」

「なるほど……そういうつながりだったのか」

 横島が一瞬、(あわ)れみのこもった眼差しを見せた。

「いくら使徒と戦うためとはいえ、ここまで(ひど)いことをしてたとはな。
 とんでもない組織だぜ、ネルフは」

「でも、それだけじゃなさそうなのよ。
 加持さんの話にあったように、ネルフとゼーレは秘密裏(ひみつり)にある計画を進めているわ」

「その計画ってのは?」

「人類補完計画」

「なんだ、そりゃ!?」

「計画の内容は不明よ。わかっているのは計画の名前と、その件でゼーレの幹部と碇司令が、
 頻繁(ひんぱん)に会議を開いていることだけ」

「ヒャクメでもわからないのか?」

「ええ、情報は巧妙(こうみょう)に隠されているわ。私も名前を知るだけで、今のところ精一杯ね」

「ひょっとしたら、万が一の事態を恐れて、MAGIにも記録を残していないのかもな」

「その可能性も否定できないわ。それだけ、重要な機密ということね」




 セントラルドグマ最深部からネルフ本部へと戻った加持は、一服するため休憩室(きゅうけいしつ)に立ち寄った。
 自販機の前に立って硬貨を入れようとすると、横から別の手が伸びてきて、加持の代わりに百円玉を入れる。

「あれ、葛城!?」

「おごるわ。コーヒーでいいの」

「明日は、(あらし)にでもなるかな」

 ミサトは驚いている加持の代わりに、加持が好んでいる缶コーヒーのボタンを押した。

「第二支部の消失、やはり使徒と関係があるのかしら」

「なぜ、俺に聞くんだ?」

「別に。あなたなら、いろいろと知っていると思って」

 ミサトはしゃがんで取り出し口から缶コーヒーを取り出すと、加持に手渡した。

「マルドゥック機関の秘密、知ってるんでしょ?」

「他人に頼るとは、君らしくないな」

「なりふりかまっていられないの。余裕無いのよ、今。
 都合よくフォース・チルドレンチルドレンが見つかる、この裏はなに?」

 ミサトは自分の分を購入すると、手にとってプルタブを引いた。

「コード707を調べてみるんだな」

 加持はそう言うと、缶コーヒーの口を開けて中身を一口飲んだ。

「707? シンジ君の学校を?」

「マルドゥック機関は存在しない。陰で(あやつ)っているのは、ネルフそのものさ」

「ネルフそのもの……碇司令が?」

「おっと、(しゃべ)り過ぎたかな」

 加持が横を向くと、通路を並んで歩いているヒャクメと総務部の鈴木カナミの姿が目に入った。

「よっ、お二人さん」

「あ、加持さん♪」

 加持の顔を見たカナミが、にこやかな笑顔を浮かべる。

「これから、どこ行くの?」

「ラウンジにいって、二人でお茶してきます」

「いいねぇ。俺もお相伴(しょうばん)にあずかろうかな」

「でも……いいんですか?」

 ヒャクメとカナミが、加持の隣に立っていたミサトに視線を向ける。

「いいのいいの。それじゃ、一緒に行こうか」

 加持は二人の肩を軽く叩きながら、難しい顔をして立っているミサトを残し、休憩室から去っていった。




「二人とも、ブレンドでいい?」

「はい」

 加持はラウンジの窓際の席に座ると、ブレンドコーヒーを三つ注文した。
 ラウンジはピラミッドの形をしたネルフ本部の建物の最上階近くにあり、この場からジオフロント全体を広く眺めることができた。

「加持さん。朝頼まれた書類ですが、さっき出来上がりました」

 ヒャクメは手にしていたフォルダからプリントした紙を取り出すと、加持に手渡した。

「うん、これでオッケーかな。お疲れさん」

 加持は書類に目を通すと、後でファイルをメールで送るようにヒャクメに伝えた。

「それにしても、ヒャクメちゃんって仕事が速いね」

「そうなんですよ。ヒャクメって、普段はボーッとしてるんですけど、ときどきすごい集中力を
 発揮するんです。今日だって、お昼が終わってからずっと、パソコンのキーを叩いてましたし」

「そうなの? 午後になって席を外さなかった?」

「ええ。ずっと自分の席にいましたけど」

 ヒャクメが隣に座っていたカナミに目を向けると、カナミがコクコクとうなずいて、その発言を肯定する。

(それじゃあ、俺が地下でみたヒャクメちゃんは一体誰なんだ!?)

 加持は声にこそ出さなかったが、驚いて目をパチパチさせた。

「あの……どうかしましたか、加持さん」

「あ、いや、何でもないよ」

 加持は二人の前で苦笑いを浮かべて、その場を取り(つくろ)った。




 放課後、ヒカリが教室に入ると、他に誰もいない教室の中で、トウジが一人で弁当を食べていた。

「どうしたの、こんな時間に?」

「ワシ、校長室に呼ばれとったから、昼飯まだやったんや」

「そう……なにか怒られたりしなかった?」

「別に。イインチョには関係ないこっちゃ」

「ごめん、変なこと聞いて」

 トウジは弁当を食べ終わると、フタを閉じてビニール袋の中に入れた。

「あの。鈴原って、いつも購買の弁当だよね」

「誰も作ってくれるやつがおらんからな」

「私ね、姉妹が二人いるんだ。コダマとノゾミっていうんだけど、私がいつもお弁当作ってるの」

「そりゃ、難儀(なんぎ)な話や」

「こう見えても意外と料理うまかったりするんだ」

「へえ」

 トウジは紙パックの牛乳に口をつけると、残った牛乳を一気に飲み込む。

「だから、よくお弁当の材料を余らせちゃったりするんだけど」

「そりゃ、もったいない話や。残飯(ざんぱん)処理なら、いくらでも手伝うで」

「えっ!」

 ()ずかしくて視線をそらせながら話していたヒカリが、パッと顔を上げてトウジの顔を見つめた。

「う、うん。手伝って」

「まあ、わしでよかったら」

 しかし、期待で目を(かがや)かすヒカリとは対象的に、トウジの表情にはいつもの快活(かいかつ)さがまったく見られなかった。



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