交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第十話 −四人目の適格者− (03)




 第三新東京市から転移した横島とシンジは、妙神山の門の前に立っていた。
 普段はそのまま門を開けて中に入るのだが、今日に限っては門が固く閉ざされている。

「あの……本当にやるんですか、横島さん」

 シンジが自信のなさそうな表情で、隣に立つ横島の顔を見上げる。

「心配するなって。打ち合わせどおりにやれば、大丈夫だよ」

「は、はあ」

 一方、門番の鬼門たちは、珍しくやる気に燃えていた。

「ふはははは。出番の少ない我らにも、ようやく活躍する時がきたぞ」

「しかり! それでは、我らと手合わせ願おうか!」

 両側の門に埋め込まれた鬼門たちが、目を爛々(らんらん)と輝かせていた。
 門の両脇にたつ首のない巨人たちが、指をバキバキと鳴らしてウォーミングアップに(はげ)んでいる。

「それでは、準備はいいですか」

 審判役の小竜姫が、試合の準備ができているかを確認した。

「いえ、その、心の準備がまだ……」

「かまいません。始めちゃってください」

 小声で抗議するシンジの声を無視して、横島が小竜姫に返答した。

「わかりました。それでは、始め!」

 小竜姫の声とともに、二体の巨人がシンジめがけて(おそ)い掛かった。

「シンジ、何ぼんやりしてるんだ!」

「は、はいっ!」

 シンジは上半身を曲げて姿勢を低くすると、タイミングを合わせて右からくる巨人の股の下をくぐり抜けた。
 そして、右手にサイキック・ソーサーを作ると、門のところにある鬼門の顔めがけて投げつけた。

「ぐわっ!」

 サイキック・ソーサーは、左側の鬼門の顔に当たって爆発した。
 さらに、爆発で視界を失った方の鬼門の体が、石につまづいて地面に倒れる。

「シンジ、もう一丁!」

 シンジはもう一つサイキック・ソーサーを作ると、右側の鬼門の顔に向かって投げつけた。
 右側の鬼門も爆発で視界を失うが、運良く体の方は転ばずに立っている。

呪縛(じゅばく)ロープだ!」

「はいっ!」

 シンジは左手に持っていた呪縛ロープを、もう一体の巨人の足に投げつけた。
 ロープの先端についていた(おもり)の働きでうまくロープが足に(から)まり、もう一体の巨人もあえなく地面に伏せる結果となった。

「しめて15秒。歴代二位の記録です」

 ストップウォッチを手にしていた小竜姫が、満足そうな表情をしていた。

「横島さんの作戦指導があったとはいえ、十分な結果ですね」

「ちなみに、一位は誰なんですか?」

「美神さんの8秒です」

「あの、横島さんは?」

「俺? そういや、鬼門と戦ったことなかったな」

「そうなんですか」

「ま、今からやってもいいけどね。たぶん、美神さんの記録を()りかえれると思うよ」

 『爆』の文珠を投げれば勝負が決まるので、おそらく数秒で終わるだろうと横島は考えていた。

「横島さんは、妙神山の最難関コースを終了してますから、今さら鬼門と戦っても意味がないですよ。
 それじゃあ、中に入って組み手でもしましょうか」

「はい」




 異界空間に入ったシンジは、横島と小竜姫が見守る前で、ジークと組み手をしていた。

「だいぶ体の動きがよくなってきましたね」

「そうッスね」

「でも、組み手が上達して意味がありますか?
 シンジ君が戦う敵は、怪獣のようなものたちばかりと聞いていますが」

 シンジは攻撃については、突きや()りなど、基本的な技を数種類しか教えてもらっていなかった。
 一方ジークは、手加減しているとはいえ、多彩(たさい)な技を使って攻撃を仕掛けている。
 そのためシンジは、どうしても受け技が多くなっていた。

「組み手がうまくなれば、反射神経も良くなりますしね。
 エヴァは格闘戦が多いんで、咄嗟(とっさ)に受け技が取れれば、負傷する確率も減ります」

「そうですか」

(まれ)に人型の敵も出てきますから、その時には役に立ちますよ」




 その日の訓練を終えたシンジは、横島と一緒に妙神山の温泉に入った。

「調子はどうだ、シンジ」

「ええ、順調です」

「師匠が一流(ぞろ)いだからな。湯治場(とうじば)付きだし、こんないい修行場、他にはないぞ」

「そうですね」

 シンジは湯船から上がると、シャンプーで頭を洗い始めた。

「そういえば、前から聞きたかったんですけど」

「なんだ?」

「どうして横島さんは、僕に霊能力の修行をさせようと思ったんですか?」

 シンジは指先で頭皮を十分にこすると、お湯をかぶってザバッと(あわ)を洗い流した。

「ああ、そのことか。シンジはヤシマ作戦のことを覚えているか」

「ええ。最後に文珠を使って、使徒の加粒子砲を防いだんですよね」

「実はな、あの文珠、俺が出したんじゃないんだ」

「えっ!?」

 驚いたシンジが、髪の毛から水を(したた)らせたまま、湯船にいる横島に視線を向けた。

「使徒の攻撃で零号機の盾が溶けたとき、正直ヤバイと思ったよ。
 でも俺が表に出ないと、霊能力が使えないだろ?
 それで入れ替わろうとしたんだが、急に霊力が抜け出て、エヴァの手に文珠ができたんだ」

「それって、どういうことですか?」

「いろいろ考えたさ。どう考えても、ありえないはずだからな。
 それで出た結論は、シンジが無意識のうちに霊能力を使ったんじゃないかということだったんだ」

「僕が……ですか?」

「それで基礎から修行をさせてみたら、予想以上の結果が得られたというわけさ。
 今はサイキック・ソーサーだけだが、おそらく霊波刀も使えるようになれると思う。
 まあ、まだまだ修行が必要だけどな」

「は、はあ」

 シンジは髪の毛についた泡を全部洗い流すと、もう一度湯船に入った。

「シンジ、先に上がってるからな」

「はい」




 風呂から上がった横島とシンジは、小竜姫の手作りの夕食を食べていた。

「おかわりもありますから、いっぱい食べてくださいね」

 夕食のメニューは、しゅうまい、八宝菜、海老チリ、中華風スープである。
 そしてデザートに杏仁豆腐までついていた。

「シンジ、どうしたんだ?」

 横島は出された食事をガツガツと食べていたが、横に座っていたシンジが、茶碗を手にもちながらボーッとしていることに気がついた。

「あ、いえ。なんでもないです」

「食欲がないんですか。それとも、どこか具合の悪いところでも」

 横島の向いに座っていた小竜姫が、シンジの顔をのぞき込む。

「大丈夫です。ただ、こんなに幸せでいいのかなと思って」

 シンジは茶碗を持ち直すと、一口ご飯を食べた。

「席に座れば食事が出てきますし、熱い温泉にも入れて。
 ジークさんは熱心ですし、小竜姫さまはとても優しいです。
 修行は厳しいですけど、こんなに居心地(いごこち)がいいのは、生まれて初めてですから……」

 シンジは淡々とした口調で、胸の内の想いを二人に話した。

「まあ、シンジもいろいろ苦労してきたからな」

「今まで、大変だったんですね」

 横島と小竜姫が、シンジに慰めの言葉をかけた。

「シンジ。いっそのこと、こっちの世界で暮らしたらどうだ?」

「えっ!?」

「向こうにいても、ロクなことないだろ。
 一人分の戸籍ぐらい用意できるし、仕事は美神さんのところで働けば問題ないしな」

 シンジはうつむきながらしばらく考えたが、やがて口を開いた。

「いえ。もう少し、向こうで頑張ってみたいと思います」

「そうか」




 シンジを送るため、第三新東京市に戻ろうとした横島を、小竜姫が呼び止めた。

「横島さん、少しお話があるのですが」

「シンジ、ちょっと待っててくれ」

「はい」

 横島と小竜姫はシンジをその場に残し、近くの建物に入った。

「横島さん、ヒャクメからの報告書は読みました。
 報告書に書かれていた内容に、間違いないのですね?」

「ええ」

「まさに神仏をも恐れぬ所業ですが、別世界のことでは私に手出しはできません」

「大丈夫です。俺がきっと何とかします」

 横島は小竜姫の目を見つめながら、(こぶし)をギュッと(にぎ)り締めた。

「シンジ君には、真実を話さないのですか?」

「今のシンジには、まだ受け止めきれないと思います。時期を見て少しずつ話していくつもりです」

「頑張ってください。でも、あまり無理はなさらないでくださいね」

「ええ。(まか)せてください」

 心配そうな目をしている小竜姫に、横島がいつになく真剣な表情で答えた。







 トウジが校長室に呼ばれた翌日の朝、学校に出かける時間が近くなっても、トウジは部屋から出てこなかった。
 心配になったナツミが、兄の様子を見るため、ふすまを開けてトウジの部屋に入った。

「兄ちゃん、どうかしたの?」

「ああ、ナツミか」

 トウジは布団からもぞもぞと顔を出すと、気だるそうな声で答えた。

「ワイ、今日ガッコ休むから」

「大丈夫? 熱があるの?」

 ナツミはトウジの枕元に座ると、トウジの(ひたい)に手を当てる。

「風邪やない。ちょっと疲れとるだけや。休めばすぐに治る」

「本当? 今晩、お友達の家に行く約束してたけど、別の日にしてもらおうか?」

「ワイのことは気にしなくてええで。晩飯くらい、自分で作れる」

「うん。わかった」




「トウジ、今日学校に来なかったね。どうしたのかな?」

「体力バカのあいつにしては、ホント珍しいよ」

 放課後、一緒に下校したシンジとケンスケは、第三新東京市の街中をブラブラと歩いていた。

「ところでさあ、ちょっと気になる情報を仕入れたんだけど」

 ケンスケがシンジに話しかけた。

「エヴァ三号機、アメリカで建造中だったのが完成したんだって?」

「三号機? そんなの聞いてないよ」

 ケンスケがネルフに勤務している父親のパソコンを勝手に見て、極秘情報を入手していることを、シンジはトウジ経由で聞いていた。

「松代の第二実験場で起動実験やるって噂だよ。ホント知らないの?」

「うん……」

 シンジと並んで歩いていたケンスケが、急に立ち止まると、突然シンジの両肩を(つか)んだ。

「隠さなきゃいけない事情もわかるけど、教えてくれよ!
 パイロットは、まだ決まっていないんだろ!?」

「だから、知らないんだって」

「ミサトさん、俺にやらせてくれないかな〜〜。
 碇、おまえからも頼んでくれよ。どうしても乗りたいんだよ、エヴァに」

 子供のように駄々をこねるケンスケの姿を見て、シンジは心の中で苦笑していた。

「その話が本当だとしても、頼んだからってパイロットになれるとは思わないけど」

「まあ、それもそうだけどさ」

 ケンスケが、シュンとした表情になる。

「でも、千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスなんだよな。四号機が欠番になったって言うし」

「四号機が欠番? なにそれ?」

 ケンスケから意外なことを聞かされたシンジは、きょとんとした表情をしていた。

「本当にそれも知らないの? 第二支部ごと吹き飛んだって、パパの所は大騒ぎだったみたいだよ」

「……ミサトさんからは、何も聞かされていない」

 シンジは自分だけ仲間はずれにされたような気がして、急に心に(さび)しさが()いてきた。

「ま、まあ、末端のパイロットには直接関係無いからな。
 言わないってことは、知らなくてもいいってことなんだろ」

 シンジの表情が変化したことに気づいたケンスケは、あわててシンジをフォローする。

「ごめん、変なこと聞いて。じゃあ、また明日な」

 ケンスケはシンジに手を振ると、横断歩道を渡ってシンジと別れた。




(なんだか、嫌な予感がする)

 ケンスケと別れたあと、シンジは一人で歩きながら、ケンスケが話したことをずっと考えていた。

(僕の知らないところで、強くて大きな力がドロドロと渦巻いてる。
 横島さんもネルフの秘密を調べると言ってたけど、具体的なことはまだ何も聞いていない。
 今までにも死にそうになったこととかあったけど、今度はもっと……)

 シンジが通りの角を曲がると、トウジがいつものジャージ姿で、歩道の脇のガードレールに寄りかかっているのが見えた。

「トウジ。どうしたの、こんなところで?」

 シンジはトウジやケンスケと一緒に学校を出ることが多かったが、トウジの家は方角が別のため、この場所でトウジと会うことは珍しかった。

「それに今日、学校休んでたしさ」

「ああ、大したことあらへん。ちょっと、疲れとっただけや」

「そう。ならいいんだけど」

「なあ、シンジ」

 トウジは寄りかかっていたガードレールから離れると、シンジの方を振り向いた。

「今日、これから家に()いへんか」

「えっ?」

「ホンマは、おまえのこと待っとったんや。聞きたいことがあんねん」




 同じ頃、アスカはネルフ本部にいた。
 学校から直接向かったため、制服のままである。
 アスカは加持の部屋の前に立つと、気持ちを落ち着けるため大きく深呼吸した。

「加・持・さ・ん♪」

 アスカはドアを開けて、部屋の中に入った。
 加持はアスカの方を振り向きもせず、端末に向かいながらキーボードをカタカタと鳴らせていた。

「アスカか。すまない、今ちょっと忙しいんだ」

 加持のつれない返事にムッとしたアスカは、椅子ごしに加持にピタリとくっつき、背後から首に腕を回す。

「ダ〜〜メ。忙しくても、絶対に聞いてほしいことがあるの」

 いきなりアスカに寄りかかられた加持は、姿勢が崩れてノートパソコンの液晶ディスプレイに頭をぶつけそうになった。

「わ、わかったよ。少しだけだぞ」

 加持は見られたくないデータがあるのか、ノートパソコンの画面にスクリーンセーバーを走らせてから、椅子を回して後ろにいたアスカと向き合った。

「で、話ってなんだ?」

「あの、この間の停電のことなんだけど……」

「あれか。アスカがシンジ君とキスしようとしてたことか。大丈夫。誰にも言わないよ」

「だから、それは誤解なんですっ!」

「でも、おまえらがそんな関係になってたとはなぁ。俺も全然、気がつかなかったよ」

「……加持さん、人の話聞いてないでしょ」

 加持はいつもの調子で軽く受け答えしていたが、アスカは加持のペースに流されまいと懸命になった。

「あれは、ただの遊びなの! シンジとは全然なんともなんだから。
 加持さん、わかってるでしょ。私が好きなのは、加持さんだけなんだから」

 アスカの気持ちが真剣なことに気づいた加持は、彼女の話にじっと耳を傾けた。

「君が俺に特別な好意を持ってるのは知ってるよ。でもそれは、いわゆる恋とは別の感情だ。
 アスカが知ってるのは、俺の上っ面だけだろ。
 俺の弱さも(みにく)さも、本当のところは何もわかっちゃいない。
 単に一番身近にいて、一番見てくれのいい俺を好きだという気がしてるだけだよ」

「違うわっ!」

 加持が話した言葉を、アスカはすかさず否定する。

「違わないさ。アスカくらいの年代の女の子は、そういう恋愛ゴッコに熱をあげるもんなんだよ」

「違います!」

「自分でわかってないだけさ。子供は家に帰って、アイドル番組でも見てるんだな」

 自分を突き放す加持の言葉に、アスカは一瞬ハッとした。
 だがアスカは、(くちびる)をギュッと()み締めて決意すると、制服のリボンに手をかけて結び目をほどいていく。
 そしてブラウスを脱ぎ、シャツのボタンを一つずつ外していった。

「あ、アスカ! 何してるんだ。よせっ!」

 アスカはシャツを脱ぎ、上半身をはだけさせた。

「よく見て、加持さん。子供子供って、いつもそんなこと言って、ごまかして逃げないでよ!
 私が子供かどうか、ちゃんとよく見て!」

 アスカは胸のブラジャーの上に手を置き、加持の正面に立つ。

「私は本気なの! 加持さんになら、全部あげてもいい!」

 加持はいつになく真剣な表情で、アスカの目を見つめる。

「……いったい、急にどうしたんだ。アスカ?」

「今日ね、好きな人がいるのにウジウジしている友達に助言したの。
 好きならちゃんと告白しなさいよ。
 明日は何があるかわからないから、伝えたい気持ちがあるならちゃんと伝えなさいって」

 加持の真剣な眼差しに()じらいを感じたアスカは、横を向いて加持の目から視線をそらす。

「……でも、そう言ってから、それは私自身にも言えることだなって。
 だから、私もちゃんと伝えようと思ったの。
 わかってよ、加持さん。私の気持ち」

 アスカはもう一度正面を向くと、すがるような眼差しで加持の目を見つめた。

「わかった。アスカの気持ちはわかったよ。もう、おまえのことを子供だとは思わない」

 加持は床に落ちていたシャツを拾うと、アスカの肩にかけた。

「だが、悪いがおまえの気持ちには応えられない」

「……どうして?」

 アスカはじっと加持の顔を見つめたが、すぐにハッと気づいた。

「ミサトね……やっぱり、まだミサトのことが好きなんでしょ!」

「葛城は関係ないよ」

「嘘! じゃあ何で、この間エレベーターの中でイチャイチャしてたのよっ!」

「イチャイチャって……だから、それは誤解だって」

 激昂(げきこう)したアスカは、前に進んで加持のシャツを掴んだ。
 勢いに押された加持が一歩後ろに下がったとき、肘がノートパソコンのキーボードに触れ、スクリーンセーバーの表示が切れて元の画面に戻ってしまう。

「何、このデータ?」

 加持のノートパソコンに、複雑なグラフと数字が表示されていた。
 その表示に、アスカの目が引かれる。

「これって私たちのシンクロデータじゃない」

 だが、画面の片隅(かたすみ)に見慣れないデータがあることに、アスカはすぐに気づいた。

「フォース・チルドレン!? ウソ! 何よこれ! 何でこんなヤツがチルドレンなのよ!」

 アスカは加持から手を離すと、そのままノートパソコンの画面にかじりつく。

「イヤ。こんなの絶対にイヤ。エヴァパイロットの神聖さが失われるわ!」

(やっぱり、まだまだ子供だな)

 まだまだ分別が足りないアスカの態度を見て、加持は心の中で大きなため息をついた。



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