交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第十一話 −男の戦い− (02)




『総員第一種戦闘配置!』

『地対空迎撃戦用意!』

 使徒発見の報告を受け、発令所の緊張感が一気に高まった。

「目標は?」

「現在侵攻中です……駒ケ岳防衛線、突破されました!」

 冬月の問いに、青葉が答えた。
 使徒の侵攻速度は比較的遅いほうであったが、出現場所が第三新東京市近辺であったため、あっという間に防衛ラインを越えられてしまった。

『兵装ビル、攻撃開始します』

 第三新東京市の兵装ビルから、多数のミサイルが発射された。
 しかし、肉眼でもはっきり視認できる程の強力なATフィールドにより、ミサイル攻撃は全て(さえぎ)られてしまう。

 カッ!

 使徒の頭部にある仮面が光り、加粒子砲と思われる攻撃が、地下のジオフロントに向かって発射された。

『第一から第十八装甲まで損壊!』

「18もある特殊装甲を、わずか一撃で……」

 損害の報告を聞いた日向が、思わずその場でうなってしまう。

「エヴァの地上迎撃は間に合わないわ!」

 使徒発見の報告を受け、ネルフ本部へと急行していたミサトが、発令所の中に入ってきた。

「弐号機をジオフロント内に配置。本部施設の直援(ちょくえん)にまわして!」

 ミサトは発令所に入ると、オペレーター達に次々に指示を出した。

「アスカには目標がジオフロント内に侵入した瞬間を、狙い撃ちさせて!」

 やがてアスカが乗る弐号機が、ジオフロント内に射出される。

「リツコ、零号機は?」

「左腕の再生がまだなのよ」

「戦闘は、無理か――」

「レイは初号機で出せ」

 上段の司令席に座っていたゲンドウが、ミサトに指示を出した。

「ダミープラグを、バックアップとして用意」

「……わかりました」




 シンジは駅のホームから降りて、駅の外に出た。
 キイーーーンという風切り音とともに、低い高度で飛ぶ国連軍機が次々に姿を現す。
 シンジは戦闘が行われているであろう第三新東京市の方角に目を向けると、爆発で発生した光や炎が、山の稜線(りょうせん)の上にまではっきりと見えていた。

(僕は……もう乗らないって決めたんだ)

 ふと気がつくと、シンジは見覚えのある広場に立っていた。
 そこは()しくも、シンジと横島が始めて会った場所であった。

(横島さんなら、こういうときどうするんだろう……)

 そのとき、シンジは突然、背後からポンと肩をたたかれた。

「ここにいたのか、シンジ君」

 シンジが振り返ると、そこにいたのは加持であった。
 横島が来てくれるのではないかと、内心期待していたシンジは、少し気落ちしてしまう。

「こんなところで何をしてる? 避難(ひなん)しないのか?」

「加持さん、どうしてここに!」

「えーっと、シェルターは確かこっちだったな」

 加持はシンジの腕を(つか)むと、グイグイと引っ張った。

「連れ戻しに来たんですか? 父さん……いや、あの人の命令ですか?」

「いや、違う。俺の意思だよ」

 シンジは加持の腕を振り払おうとしたが、加持の力が強くて(はず)せなかった。
 シンジはやむなく、加持の後をついていく。

「諜報部に見つからずに、ここまで来るのは苦労したよ」

「なぜ、見つかったらいけないんですか?」

「君も、俺のアルバイトを知ってるだろ? 最近、監視が厳しいんだ。
 しかし、こうでもしないと、君と話すチャンスはもう二度とないかもしれないからな」

「話って何ですか! 僕は話すことなんかありません!」

 加持が、不意に立ち止まった。

「15年前、セカンド・インパクトが起きたあの年、俺は君と同じ14歳だった。
 俺は君に、少し感情移入しすぎているのかもしれないな」




『パイロット、エントリープラグ内コックピット位置につきました』

『了解。エントリープラグ挿入!』

 レイの乗ったエントリープラグが、初号機に挿入された。

『LCL電荷』

『主電源接続。全回路動力伝達。起動スタート』

『A10神経接続』

 A10神経を接続しようとしたとき、突然、レイは強い嘔吐感(おうとかん)を覚えた。
 思わず「うっ」とうめきながら、口元を両手で押さえる。

『パルス逆流!』

『初号機、神経接続を拒否しています!』

「まさか、そんな――」

 マヤからの報告に、リツコは困惑(こんわく)した表情を見せた。

「碇、どうする?」

「……私を拒絶するつもりか」

 ゲンドウは逡巡(しゅんじゅん)したが、やがて起動中止の命令を下した。

(ダメなのね……もう……)

 レイは自分が、初号機から完全に拒絶されたことを感じていた。

「レイは零号機で出撃させろ。初号機はダミープラグで再起動だ」

「しかし、零号機は……」

「かまいません」

「レイ?」

 初号機のエントリープラグから、レイが返事をかえした。
 ミサトが、サブパネルに映る初号機の映像に視線を向ける。

(私が死んでも、代わりはいるもの……)

 レイは口元を押さえながら、小さな声でつぶやいた。




『あと一撃で、全ての装甲が突破されます!』

(頼んだわよ、アスカ)

 ミサトはメインパネルに視線を戻した。
 そこにはパレットガンを構えた姿勢で、使徒を待ち伏せている弐号機の姿が、映し出されている。

 ズドーーン!

 やがてジオフロント天井、中央付近が爆発し、その爆風の中から使徒が現れた。

「おいでなすったわね!
 シンジなんかいなくったって、あんなのアタシ一人でお茶の子さいさいよっ!」

 アスカはパレットガンの照準を、使徒に合わせる。

「いっけええええっ!」

 アスカは射撃モードをフルオートに設定し、射撃ボタンのスイッチを押した。







 シンジと加持は、駅の近くの地下通路を歩いていた。
 通路の構造が民間の地下通路とは異なっており、ここはネルフの秘密施設に間違いないとシンジには思えた。
 シンジが通路を歩いている途中、地響(じひび)きが伝わり、通路が何度も()れ動いた。
 シンジには揺れの強さが、次第に激しくなっているように感じられた。

 ピッ

 通路の途中で、加持が壁にあったスロットにカードを通した。
 すると、そのスロットの脇にあるドアが、ガゴンと音をたてて開いた。

「ここは……?」

「なーに。ネルフは民間人の知らない施設を、いっぱい持ってるってことさ」

 その部屋はかなりの広さがあったが、部屋のスペースのほとんどは積み上げられたダンボール箱で埋め()くされていた。
 シンジがダンボール箱の印刷を見ると、どうやら非常用食料などの緊急物資が保管されているようであった。

「そこらのシェルターより、断然造りがいい。
 リニアレールで、ジオフロントまでのアクセスもばっちりだしね」

「駅の地下に、こんな所があったなんて……」

「さてと」

 加持は部屋の片隅にあった、鉄製の簡素な階段に腰を下ろした。

「俺がネルフをスパイしている理由を、まだ君に話していなかったな」

 シンジがはうさんくさい視線を、加持のいる方に向ける。

「別に、興味ないですけど」

「まあ、そういうなよ。全ては、セカンド・インパクトから始まったんだ」

 加持はシンジから目をそらすと、目の前の地面を見つめながら話し始めた。

「あれが起きた直後は、本当にひどい有様(ありさま)だった。
 想像できるかい?
 都市は壊滅(かいめつ)し、人は住む場所もなく、食料は不足し、数え切れないほどの人が死んだ。
 俺の両親も死んだよ。そして、俺と四つ下の弟だけが残された」

 加持の話に興味を引かれたシンジが、加持の顔を見つめた。

「その頃は、そうした親を亡くした子供が、そこら中にごろごろしてた。
 だが、そんな子供を放ってはおけないだろ?
 国はそうした子供を手当たりしだい集めて、養護施設に放り込んだ。
 だけど、考えてみろ。国中に何十万という孤児がいるんだ。小さな施設は、すぐにパンクさ。
 食料も衣類も不足して、寝る場所だって奪い合う始末だった。
 世話人も数が足りないから、規律だけは異常に厳しかった」

「……スパイの話じゃなかったんですか?」

「悪いな。もう少し、前振りを続けさせてくれ。
 とにかく我慢ができなくなって、俺たちは脱走した。俺と弟と、他に五人の仲間を連れてな。
 それから後は、お決まりのコースだった」

「お決まりって?」

「わかるだろ? 食うためには、ドロボウでも引ったくりでも、何でもしたってことさ」

「スパイの前は、そんなことをしてたんですか」

「そういう時代だったんだよ。生きるためには、奇麗事(きれいごと)なんか言ってられなかったのさ。
 だが、世界中が()えているときに、そうそう食い物が手に入るわけじゃない。
 そんな時、偶然見つけたのが、ちょうどここみたいな軍の食糧倉庫だった」

 加持が見覚えのある物を見るような目つきで、周囲のダンボール箱を見回した。

「今みたいに、セキュリティシステムがしっかりしていたわけではないから、(しの)び込むのは簡単だった。
 腹が減るたびに、何度も足を運んだよ。全員で動くと目立つから、当番を決めてな。
 そして、その日は俺が当番だった」




「誰だ、そこにいるのは! 大人しく出て来い!」

 突然、懐中電灯で照らされた俺は、とっさに隠れることもできなかった。
 おずおずと手を上げて壁の前に立ったとき、近寄ってきた兵士の一人に腹を思い切り()られた。

「ゲホッ、ゲホッ!」

「最近、この辺をうろついているガキだな。散々(さんざん)、軍の倉庫を荒らしやがって!」

 蹴られた腹を(かか)えてうずくまっていた俺を、リーダー格の兵士が髪の毛をつかんで、無理やり顔を上げさせた。

「他の仲間はどうした? さあ、おまえらの住みかを教えるんだ!」

「な、何のことだよ。仲間なんて、いねえよ」

「ウソをつくんじゃねえっ!」

 今度は、拳骨(げんこつ)(ほほ)(なぐ)られた。

「おまえらが仲間を作っているのはわかってるだ! さあ、仲間の居場所を()くんだよ!」

 その後も、何度も殴られたり蹴られたりしたが、俺は口を割らなかった。

「ちっ! しぶといガキだぜ。おまえ、自分の立場わかってんのか!?」

 そいつは俺の胸ぐらを掴むと、拳銃のセーフティロックを外した。

「いいか。俺たちはな、勝手に軍の施設に入り込んだヤツを、殺してもいいことになってるんだよ。
 つまり、今ここでおまえを殺してもかまわないってことだ」

 そいつは拳銃のスライドを引いて、チェンバーに初弾を送り込むと、銃口を俺の顔に突きつけてきた。

「坊主、チャンスをやろう。仲間の居場所を教えたら、おまえを助けてやる。
 だが、そうでないなら……今すぐ、この引き金を引く」




 シンジは息を()みながら、凄惨(せいさん)な加持の話を聞いていた。

「俺はね、シンジ君。
 死ぬのが(こわ)かった。今まで生きてきて、あれほど怖かったことは他になかったよ」

(しゃべ)ったんですか……」

 加持はシンジの問いかけに、沈黙(ちんもく)をもって答えた。

「それから、どうなったんです?」




「……東の共同墓地と、国道の間の廃ビル……」

「OK。いい子だ」

 そいつは、俺に突きつけていた銃口を下ろした。

「行くぞ。おまえは、そいつを見張ってろ」

 一人の兵士を見張りに残し、兵士たちは倉庫から出て行った。

「というわけだ。ま、仲良くお留守番してようぜ」

 俺は壁に寄りかかりながら、床に座り込んでいた。
 実際、(つら)かったこともあったが、見張りの兵士の油断を誘うためでもあった。
 しばらくして、見張りの兵士が横を向いた(すき)に、俺は床に落ちていた缶詰(かんづめ)を兵士に向かって投げつけると、出口に向かって走り出した。

「このクソガキ、待て!」

 後ろから何発か撃ってきたが、運良く弾は当たらなかった。
 俺は裏通りを必死になって走りながら、仲間のいる隠れ家へと向かった。




「俺が仲間のいる廃ビルに戻ったとき、ちょうど軍のトラックが去っていくところだった。
 そして俺が建物の中に入ると、そこには弟と仲間の死体が転がっていた。
 全員、銃で撃たれて殺されていた。俺は、弟と仲間の生命を犠牲(ぎせい)にして、生き残ったんだよ」

 シンジには返す言葉もなく、(だま)って加持の話に耳を傾けていた。

「もちろん、その後は激しい後悔(こうかい)の嵐だったよ。自分で死ぬことさえ考えた。
 だが、こうも思ったんだ。
 セカンド・インパクトさえ無ければ、弟も仲間たちも死なずに済んだんじゃないかってね。
 それからさ。俺がセカンド・インパクトの正体を追いかけ始めたのは」

 加持はポケットからタバコの箱を取り出すと、一本取り出した。

「政府の流した巨大隕石落下の情報は信憑性(しんぴょうせい)に欠けていた。もし裏で糸を引いている連中がいたら、
 絶対に許しておけない。もう二度と、弟たちみたいな犠牲者を出すわけにはいかない」

 加持はタバコをくわえると、ライターで火をつけた。

「セカンド・インパクトの正体をつきとめるのが、弟や仲間に対する俺の(つぐな)いだと思ったんだ。
 幸い俺は、遠い親戚(しんせき)に引き取られた。大学にも行かせてもらい、色々と勉強もした」

「スパイになるためのですか?」

「まあね。でも、そんな時だったよ。葛城に出会ったのは」

 加持は煙を吸い込むと、フーッと一気に吐き出した。

「始めて会ったのは、大学のコンパだったかな。
 今と違って、けっこうスレンダーな感じだったけど、話してみたらすぐに意気投合した。
 俺たちはすぐに恋に落ちて、しばらくの間(しあわ)せな日々が続いた。
 ……だが、幸せに(おぼ)れすぎて、ある日恐怖に(おそ)われた。
 俺は弟を殺したのに、自分だけこんな幸せでいいんだろうかってね」

「そんな……それが、ミサトさんと別れた理由なんですか?」

「それ以上、恋にのめり込めなくなっただけさ」

「ミサトさんが可哀(かわい)そうです。ミサトさんは、今でも加持さんのことが好きなんだと思います」

「同じなんだよ、葛城も」

「……え?」

「彼女はその日、南極にいた。
 セカンド・インパクトに遭遇(そうぐう)した調査隊の、ただ一人の生き残りなんだよ。
 セカンド・インパクトを、間近で見たただ一人の人間さ」

「その話……始めて聞きました」

「南極で発見された『アダム』と呼ばれる物体の調査、葛城の父親はその指揮を()っていた。
 そして、その最中に起きたセカンド・インパクト。
 父親は葛城をかばって死に、そしてあいつ一人だけが生き残った」

「そうだったんですか……」

「もちろん、その事はあいつの心と体に、大きな傷跡(きずあと)として残った。
 あいつがネルフに入ったのも、その事と少なからず関係があるんだろう。
 俺たちは二人とも、幸せになってはいけない運命なんだよ」

 加持は指を動かして、もっていたタバコの灰を床に落とす。

「そして、シンジ君。君も同じ道を歩もうとしている」

 その言葉を聞いたシンジは、その場で大きく目を見開いた。







「こんのおおおっ!」

 ジオフロント天井から地上へと降りてくる使徒に対して、弐号機がパレットガンを乱射した。
 弾がほとんど命中しているにも関わらず、使徒は(こら)えた様子もなく、平然と移動を続ける。

 カチッ カチッ

 やがてパレットガンの弾が切れた。

「次っ!」

 アスカは、あらかじめ弐号機の周囲の地面に突き立てておいた武器の中から、バズーカと予備のパレットガンを選んだ。

 バシュッ! バシュッ!

 弐号機の右腕に構えたバズーカから、ロケット弾が連続して発射された。
 ロケット弾の破壊力は、パレットガンの弾を数倍上回っている。
 左腕のパレットガンからも、弾を連射していた。

「ATフィールドは、中和してるはずなのにぃ! 何で平気なのよーーっ!」

 ATフィールドが無いにも関わらず、使徒がダメージを受けた様子は見られない。
 (あせ)りを感じたアスカは、ただひたすら、インダクションレバーの発射ボタンを押し続けた。




「僕も同じ道を歩いているって、どういう意味ですか?」

 加持は持っていたタバコの火を床に(こす)りつけて消すと、二本目のタバコに火をつけた。

「ひょっとして、トウジのことを言ってるんですか!? あれは僕のせいじゃない。
 父さんがやったんだ! 父さんがトウジを殺そうとしたんだ!」

「でも、君は戦わなかった」

 加持の一言が、シンジの胸に(するど)く突き刺さった。
 シンジはその言葉を聞いて、ハッとした表情を見せる。

「君は戦おうと思えば、戦えたはずだ。
 ダミーシステムに切り換わる前に戦っていれば、あるいは使徒を倒し、鈴原君を助けられたかも
 しれない。だが、君はそれをしなかった」

 シンジは両手をギュッと(にぎ)ると、うつむいて加持の顔から視線をそらせた。

「もしイレギュラーが起きなかったら、ダミーシステムは三号機を完全に破壊するまで止まること
 はなかっただろう。そうなった場合、最悪トウジ君は死んでいたかもしれない」

 仮定の問いであることはわかっていたが、シンジは顔を上げることができなかった。

「話を変えようか。シンジ君、ネルフが使徒と戦っている理由は?」

「それは、サード・インパクトを防ぐためです」

「そうだ。使徒がネルフの地下に(かく)されているアダムと接触すると、サード・インパクトが起こる
 と言われている。
 しかし、戦闘で常に勝つとは限らない。これは機密なんだが、ネルフ本部の地下深くまで使徒に
 侵攻された時に、サード・インパクトを防ぐための最後の仕掛けをネルフは用意した」

「何ですか。その仕掛けというのは?」

「自爆だよ。複数のN2爆弾を起爆させて、アダムや使徒ごとネルフ本部を爆破してしまうんだ」

「……」

「当然、被害は第三新東京市全域に及ぶだろう。
 今、鈴原君はネルフ本部の病院に入院しているが、彼もおそらく犠牲になってしまう。
 (さら)には、エヴァに乗っているアスカや綾波レイの命だって、どうなるかわからない。
 それでも離れた場所で、何もなかったかのように生きていけるかい、シンジ君?」

 シンジは加持の話が終わった後も、うつむきながら沈黙していたが、やがておずおずと口を開いた。

「僕は……僕はどうしたらいいんですか」

 加持は右手を上げると、部屋の出入り口のドアを指差した。

「この通路の奥にあるリニアシューターで、ジオフロントに戻れる。
 それに乗るか乗らないかは、もちろん君の自由だ。
 だが、一つだけ言わせてもらう。
 前にも言ったが、決して真実から目をそらしてはいけない。
 使徒を(はば)むことができるのは、使徒と同じ力をもつエヴァンゲリオンだけだ」




 弐号機の激しい攻撃にさらされながらも、使徒は移動を続けていた。
 使徒は天井から地上へと降り立つと、今度は弐号機めがけてゆっくりと前進する。

 カチッ カチッ

 弐号機がもっていたバズーカとパレットガンが、再び弾切れとなった。
 弾幕(だんまく)(けむり)が薄くなると、使徒が突然、その場で立ち止まった。
 そして両方の肩の下に付いていた、小さな腕のような突起物(とっきぶつ)を弐号機に向ける。

「何、あれ?」

 次の瞬間、その突起物が前へと伸びた。
 その突起物は、使徒の腕とも言える薄い紙状の物体が、折りたたまれたものだった。
 使徒の腕はバラバラッと前に伸びると、まるでカッターで紙を切るように、あっさりと弐号機の両腕を切断した。
 切断された弐号機の右腕が、バズーカを抱えたまま空中に舞い、そしてジオフロントの地底湖にバシャッと音をたてて落ちた。

「あっ……あああああっ!」

 腕を切断された痛覚が伝わり、アスカは両肩を抱えてうずくまった。
 しかし、アスカはキッと目を見開くと、目の前の使徒を強く(にら)みつける。

「こんちくしょおおおっ!」

 アスカは雄叫(おたけ)びを上げながら、弐号機で使徒に体当たりしようとした。

「アスカ、やめなさいっ!」

 発令所にいたミサトが、すぐさまアスカに呼びかける。
 だが、もう間に合わないことに、ミサトはすぐに気がついた。

「全神経カット! 急いで!」

 すぐさまマヤが、弐号機の神経接続を切断する。
 間一髪(かんいっぱつ)のタイミングであった。
 次の瞬間、使徒から伸びた腕が、弐号機の首を正面から切り落としていた。

『弐号機大破! 戦闘不能!』

「アスカは?」

「無事です。生きています!」

 アスカはエントリープラグの中で、両手でゆっくりと首をさすっていた。

「ちゃんとある。ちゃんと付いてるわよね」

 痛みから解放されたアスカは、すぐさま落ち着きを取り戻した。
 だが次の瞬間、負けた(くや)しさが心の底から湧き上がってきた。

「ちくしょう……」

 エントリープラグの中でアスカは、悔しさのあまり(ゆが)みに満ちた表情を表に見せていた。




『使徒、移動を開始します!』

 発令所のメインスクリーンに、首と両腕を切り落とされたまま、突っ立っている弐号機の映像が映し出されていた。
 使徒はその弐号機の脇を抜けて、ゆっくりとした速度で進んでいく。

「初号機の状況は?」

「ダミープラグの搭載(とうさい)が完了しました」

「すぐに発進させて!」

 リツコとマヤは、すぐさま初号機の起動準備に取り掛かった。

『探査針打ち込み終了』

『コンタクトスタート』

 初号機の起動直前に警告音が鳴り、パネルが「ALERT」の文字で埋め尽くされた。

『パルス消失! 初号機、ダミーを拒絶しました』

「何ですって!」

『ダメです。エヴァ初号機、起動しません!』

「そんな……」

 初号機起動失敗の知らせに、ミサトやリツコたち発令所メンバーは、一瞬顔色を失ってしまう。

「ダミーを……レイを受け入れないのか」

 発令所の司令席で、状況を見守っていたゲンドウがつぶやいた。
 もっとも、その声が聞こえたのは、間近(まぢか)にいた冬月だけである。

「冬月、少し頼む」

 ゲンドウは椅子(いす)を引いて立ち上がると、初号機が置いてあるケイジに面した制御室へと向かった。



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