交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第十一話 −男の戦い− (03)




 横島は久しぶりに、実体で第三新東京市に転移した。
 だが、山中から街を見下ろすと、市内のあちこちから(けむり)が上がっており、また激しい爆発音が聞こえてきた。

「ありゃりゃ。ちょうど使徒が(おそ)ってきたのか!?」

 横島は通信鬼を取り出すと、ヒャクメを呼んだ。

「ヒャクメ。状況はどうなってるんだ?」

「大変よ! 使徒がジオフロントの中にまで、侵攻してきてるわ」

 (あわ)てた口調で、ヒャクメが状況を伝える。

「シンジはどうした?」

「そのことなんだけど、シンジ君、あの後司令と激しくやり合ったみたいで、(おこ)ってパイロットを
 ()めちゃったのよ」

「なんだって!」

 予想外の事態に、横島は思わず(おどろ)きの声をあげてしまう。

「今頃はもう、第三新東京市を離れているかもしれない」

「他のエヴァは!?」

「弐号機が、ついさっき使徒にやられたわ。それから、初号機をダミープラグで動かそうとしてる
 けど、うまくいってないみたい。零号機はレイちゃんが起動準備中だわ」

「わかった。最悪の場合、俺が直接初号機を動かしてみる。
 ヒャクメを目印にして転移するから、どこか人気のない場所に移ってから連絡をくれ」

「了解」




 使徒の仮面が光り、光線が発射された。
 光線はピラミッド型をしたネルフ本部の建物に命中し、本部の建物に大きな穴を開ける。

『第三基部に直撃! 最終装甲板融解(ゆうかい)!』

「まずい! メインシャフトが丸見えだわ!」

 そのとき、使徒の近くのハッチが開き、零号機が射出された。
 零号機はジオフロントに出ると、使徒に向かってまっすぐ突っ込んでいく。

「レイ!」

「ライフルも持たずに……」

 ミサトとリツコが、零号機が映っている発令所のメインスクリーンを、食い入るように見つめた。
 片腕を失った零号機は、右脇に円筒状の物体を(かか)えていた。

「N2爆弾! まさか……」

「自爆する気!?」

 カキーーン

 零号機は右腕を振り上げてN2爆弾をぶつけようとするが、その寸前に使徒が、肉眼ではっきり視認できるほど強いATフィールドを張った。

「ATフィールド、全開!」

 レイがATフィールドの中和を始めた。
 N2爆弾の周囲のATフィールドが中和され、爆弾だけがずぶずぶと、フィールドの内部に侵入する。
 しかし、爆弾の先端が使徒のコアに触れる直前、硬いカバーが出てきて、まるで目蓋(まぶた)を閉じるように使徒のコアを(おお)った。

 ズドドドドーーーン!

 激しい爆風が舞い上がり、ジオフロントの天井にぶつかって拡散された。
 発令所のメインスクリーンも、N2爆弾が発した閃光(せんこう)と爆風で、一瞬何も見えなくなる。

「零号機は!?」

 しばらくして爆風が収まると、爆心地に立っている使徒と零号機の姿が見えた。
 だが次の瞬間、使徒が腕を伸ばして零号機を切り()く。
 力尽(ちからつ)きた零号機は、そのまま地面へと倒れた。

「レイ! なんてことを……」

「レイとアスカの救出を急いで!」

 リツコが、急いで回収班の手配をする。

(初号機は、まだなの……?)

 ミサトは、サブスクリーンに映る初号機に目を向ける。
 微動だにしない初号機を見たミサトは、内心激しい(あせ)りを感じていた。




 ビーッ! ビーッ!

 ケイジ近くの制御室に、警告を知らせるブザーが、繰り返し鳴り響いた。

『ダミープラグ拒絶!』

『ダメです! 反応ありません』

「続けろ。もう一度、108からやり直せ」

 再度、ダミープラグの起動が行われるが、またもや途中でブザーが鳴ってしまった。

「くそっ!」

 冷静さを失ったゲンドウは、制御パネルを(こぶし)でドンと(たた)いた。

「なぜだ!? なぜレイを、ダミープラグを……私を拒絶するのだ!」

 ゲンドウは制御室の窓から、ケイジに格納されている初号機を見た。

(何を……何を考えている、ユイ!)

 そのとき、初号機から突然パルスが逆流した。
 驚いたゲンドウが背後を振り返ると、制御室のディスプレイ全てにシンジの映像が映し出されていた。

「これが……これが、おまえの答えだというのか!」




 ネルフに転移した横島は、ヒャクメからネルフの制服を受け取って着替えた。
 そして人目を避けながら、ヒャクメと共に初号機のケイジへと向かう。

「上手い具合に誰もいないな。整備員も避難したのか?」

「待って。あそこに碇司令がいるわ」

 ケイジの斜め上方の耐圧ガラスの向こうに、ゲンドウの姿が見えた。

「どうするの、横島さん?」

「ヒャクメ、ケイジと制御室の照明を消せるか?」

「MAGI経由で、できなくもないけど」

「照明が消えた(すき)に、初号機に飛び移ってエントリープラグに(もぐ)り込んでみる」

「待って……誰か近づいてくるわ」

 遠くから固い床の上を、タンタンと駆けてくる音が聞こえてきた。
 その音はしだいにこちらに近づき、やがて横島たちと反対の入り口からシンジが姿を現した。

「シンジ君!」

「どうやら、間に合ったみたいだな」

 横島とヒャクメは物陰(ものかげ)(かく)れていたので、二人の姿はシンジからは見えなかった。
 シンジはケイジ内に駆け込むと、大声でゲンドウを呼んだ。

「父さん!」

 全力で駆けたため息切れしたシンジは、初号機の前まで来ると、ハアハアと肩で大きく息をする。

「父さん……僕を初号機に乗せてください!」

「シンジ、なぜここにいる?」

 ゲンドウは威圧(いあつ)的な視線で、ケイジの上からジロリとシンジを見下ろした。

「僕は……僕は、エヴァンゲリオン初号機のパイロットだからです!」

 だがシンジはその視線に(ひる)まずに、きっとゲンドウの目を見つめ返す。

「……」

 シンジとゲンドウの視線がぶつかり合ったが、やがてゲンドウの方が態度を変えた。

「初号機パイロットを、エヴァに搭乗させろ」




「目標はメインシャフトに侵入! 降下中です!」

 状況を報告する青葉の目つきが、(なか)ば血走っていた。

「目的地は?」

「そのまま、セントラルドグマに直進しています!」

「まずい! ここに来るわ。総員退避!」

 だが、ミサトの指示は遅かった。
 ドガンという音とともに発令所前面の壁が破壊され、そこから使徒が姿を現す。

「くっ!」

 ミサトは、発令所に侵入した使徒と直接向き合った。
 間近(まぢか)で使徒を見たミサトが死の覚悟を固めたとき、発令所右側面の壁を壊して、初号機が出てきた。

「エヴァ初号機……シンジ君!」







 シンジは初号機で使徒を(なぐ)り倒すと、使徒の体を(つか)んで発令所からケイジに引っ張り出した。
 そして使徒をケイジの壁に押し付けて、もう一度殴ろうとしたとき、使徒の仮面が光って、光線が発射された。

 ズバッ!

 使徒が発射した光線は、初号機の左腕に命中した。
 初号機の左腕が切断され、反対側のケイジの側壁(そくへき)にぶつかる。

 ビシャッ!

 初号機の左腕から噴出(ふんしゅつ)した血が、ケイジの片隅(かたすみ)に避難していたゲンドウの顔にかかった。

「うおおおおおっ!」

 左腕切断の激痛を感じながらも、シンジの士気は下がらなかった。
 右腕で左腕の付け根を押さえながら、初号機を突進させて、使徒をエヴァの発射台に押しつける。

「ミサトさん!」

「五番射出、急いで!」

 ミサトの指示で、マヤがすぐにエヴァ射出の操作を行った。
 初号機と使徒の乗る発射台が、急発進する。

「こっのおっ!」

 シンジは急加速する発射台の上で、使徒の体を発射口の側面に(こす)りつけた。
 使徒の体と金属製の壁が摩擦し、ギャリギャリと激しい音をたてる。
 やがて初号機と使徒は、ジオフロント内に射出された。
 発射台に固定されていない初号機と使徒は、射出の勢いで空中に飛ばされるが、初号機は空中で体勢を変化させ、着地した時に使徒を上から押さえ込んだ。

「はあっ、はあっ」

 エントリープラグの中で息を(あら)げていたシンジの視界に入ったのは、両腕を失い頭を割られて地面に倒れ伏した零号機と、両腕と首を切り落とされた弐号機の姿だった。

「綾波っ! アスカ!」

 無残な姿と化した二体のエヴァを見たシンジは、胸の内にさらに激しい(いか)りの感情を湧き上がらせる。

「おまえらの、おまえらせいで! ちくしょう!」

 シンジは使徒に馬乗りになると、使徒の体を数発殴りつけた。
 しかし、頑丈な体をした使徒にその攻撃が効かないことに気づくと、仮面の部分に手をかけて、無理やりそれを引っ張った。

「このっ! くたばれっ!」

 仮面の下から、筋肉のようなものが使徒の体から出てきた。
 シンジが仮面ごとそれを引き()がそうとしたとき、突然プラグの中が暗くなり、初号機の動きが止まってしまった。

 ピーッ!

 初号機のエントリープラグの中に、警告音が鳴り(ひび)いた。
 シンジが右手のパネルに目を向けると、初号機の内臓電源の残容量の表示が『0:00:00』になっていた。

「まずいわ! エヴァの内臓電源が切れちゃった!」

 横島とヒャクメは、発令所メンバーより一足早く、ネルフ本部からジオフロントへと向かっていた。
 自分のノートパソコンで戦況(せんきょう)をモニターしていたヒャクメが、すぐさま横島に状況を伝える。

「しまった! シンジに『充』『電』の文珠も渡しておくんだった!」

「どうするの、横島さん!?」

 焦りの表情を見せた横島に、ヒャクメがすぐさま問いかけた。

「ヒャクメ。シンジには文珠を渡してるよな」

「ええ」

「ストックしていた文珠を、前回の使徒戦で使い切っちゃったんだ。
 今作れる文珠は、ぎりぎり二つ。
 これで初号機のエントリープラグに、直接転移するしかない」

「今、ここでできないの?」

「今のシンジじゃ無理だ。霊力が弱くて、離れた場所からだと目印にできない。それに他にも……」

「他にも?」

「いや、何でもない。それより、地上に急ごう」




 横島とヒャクメがジオフロントに出たとき、使徒が紙のような腕を初号機の体に(から)みつけたところだった。

「シンジ君!」

 数秒遅れて、ミサトたち発令所メンバーも、別の出口からジオフロントに出てきた。
 使徒は初号機を空中に持ち上げると、投げ飛ばしてネルフ本部の建物に叩きつける。

「くそっ! 動け、動け、動いてよっ!」

 シンジは初号機の操縦桿(そうじゅうかん)を、強く()さぶった。

「今動かなきゃ、何にもならないんだ!」

 カッ!

 使徒の仮面から発射された光線が、初号機に命中した。
 光線は初号機の装甲板を破壊し、その素体をむき出しにしてしまう。

「あれは……?」

 ミサトの目に、初号機の胸についた大きな赤い玉が目に入った。
 それは使徒のコアと、同じ形状をしていた。

「横島さん、()ばないの!?」

 地上に出た横島は、動かなくなった初号機が、一方的に使徒に(なぶ)られる様子を(なが)めるばかりだった。
 見かねたヒャクメが、(けわ)しい表情をして横島に詰め寄る。

「俺さ、美神さんと違って、霊感はあまり良くない方なんだ。
 でも、さっきから心の中で何かが引っかかって、ずっとむずむずしていた。
 それが何なのか、よくわからなかったけど、あれを見てはっきりわかった」

 横島は、ネルフ本部の建物に半ば埋まっていた初号機を指差した。

「何か大きな出来事が起ころうとしている……俺はそれを待ってるんだ」




 使徒は薄紙のような手を伸ばして、初号機のコアを強く突いた。
 コアは壊れなかったものの、強い振動でエントリープラグに亀裂(きれつ)が発生する。

「動け、動けよ!」

 シンジは必死になって、初号機の操縦桿を揺さぶり続ける。

「今動かなきゃ、今やらなきゃ、みんな死んじゃうんだ!
 そんなのもう、嫌なんだよ! だから、お願い! 動いてよっ!」

 そのときだった。
 初号機のどこか奥の方で、青い炎のようなものが、ゆらりと動いた。

 ドクン……ドクン……

 心臓の鼓動(こどう)のような波動が、驚いて目を大きく見開いていたシンジの全身を、優しく(つつ)み込んだ。




 突然、初号機の両目がカッと赤く発光した。
 停止していた初号機が右腕を上げ、コアを突こうとした使徒の手を片手で受け止める。

「エ……エヴァ初号機、再起動……」

 発令所から持ち出したノートPC型のMAGI端末を見ていたマヤが、声を(ふる)わせながら報告をする。

 ドガッ!

 初号機は薄紙のような使徒の手を掴むと、片手で使徒の本体を引き寄せてから、思い切り()飛ばした。

 ズドン!

 使徒を蹴った衝撃で、薄紙のような使徒の手がちぎれた。
 初号機は右手に残ったそれを、左腕の付け根に押し当てる。

「すごい……使徒のパーツを取り込んだの!?」

 使徒の腕が初号機と融合し、初号機の左腕が再生された。

「まさか、信じられません! 初号機のシンクロ率が、400%を越えています!」

 食い入るように端末を(のぞ)き込んでいたマヤが、(みな)のいる方を振り向く。

「……暴走よ」

 リツコが、小さな声でつぶやいた。
 隣にいたミサトが、反射的にリツコに視線を向ける。

「初号機が暴走したの!?」

「ええ。今までのイレギュラーなんかじゃないわ。これが、本物のエヴァの暴走」

「すさまじいものね」

 ミサトが猛獣(もうじゅう)のような動きをする初号機に、視線を戻した。

「やはり、目覚めたのね……彼女が」

 リツコの言葉はミサトにも聞こえていたが、ミサトにはその意味が理解できなかった。




 左腕を再生した初号機が、膝を曲げ背をかがめた姿勢で立ちながら、ウオオオーンと野獣のような咆哮(ほうこう)を上げる。

 シュルルル!

 使徒が初号機に向かって残った腕を伸ばしたが、初号機は右腕を上げると、その腕めがけて右腕を振り下ろした。

 スッ

 空中に赤い線が走った。
 使徒の腕が真っ二つに裂かれると同時に、使徒が張ったATフィールドと、使徒のボディにも赤い線が斜めに走る。
 次の瞬間、袈裟(けさ)切りにされた使徒のボディから、真っ赤な血がドバッと噴き出た。

 ドシャッ!

 今まで、何者の攻撃も受け付けなかった使徒の固い体が、初号機の一閃(いっせん)であっけなく切り裂かれた。
 力を失った使徒は、背中から地面へと倒れ落ちる。

 ズン!

 初号機が地面に手をつき、四つん()いの姿勢になった。
 そのまま(けもの)のように歩きながら、使徒へと()い寄ると、口を大きく開いて使徒の体にかぶり付いた。

 グシュ! ズルッ! ガツガツ……

「使徒を……食ってるの!?」

 初号機が使徒を咀嚼(そしゃく)する音が、周囲で見ている人たちのところにまではっきりと聞こえた。

「うっ……」

 青ざめた表情をしたマヤが、思わず口元を両手で押さえる。

「エヴァ初号機が、S2機関を、自ら取り込もうとしているの!?」

 リツコも普段の沈着(ちんちゃく)さを忘れたかのように、上ずった声をしていた。

 ゴクッ

 やがて食事を終えた初号機が、両足ですっくと立つと、今までにない大きな咆哮をジオフロント全体に上げた。
 それと同時に、バキバキッという音とともに初号機の装甲板が(はじ)け飛び、中の素体が丸見えとなった。

拘束(こうそく)具が……」

「拘束具?」

 聞き慣れない言葉を耳にしたミサトが、リツコに問い返す。

「そうよ。あれは装甲板ではないの。
 エヴァ本来の力を、私たちが抑え込むための拘束具なのよ。
 その呪縛が、エヴァ自らの力でもって解かれていく……」

 口元を押さえながら地面に伏したマヤを除き、ウオオオーーンと叫び続けるエヴァに、皆の視線が集まった。

「もう、私たちには、エヴァを止めることはできないかもしれないわ」




 そこから少し離れた場所で、横島とヒャクメも暴走する初号機の様子を見ていた。

「横島さん……この事態を予測していたの?」

「ああ。ここまではっきりとは、わからなかったけどな」

「でも、大丈夫かしら、シンジ君?」

「シンジの様子が、わからないのか?」

 横島がヒャクメにたずねた。

「シンクロ率が400%を越えたあと、初号機とのデータ通信が切れちゃったのよ。
 通常回線も、秘匿(ひとく)回線もつながらなくなってる」

「そいつは、まずいな」

「ええ……」

 二人は心配そうな表情をしながら、雄叫(おたけ)びを上げる初号機を見つめていた。




 加持もまた、初号機の暴走を見ていた一人だった。
 不敵な表情を浮かべながら、天にむかって屹立(きつりつ)する初号機に視線を向ける。

「初号機の覚醒(かくせい)と解放。こいつは、ゼーレが黙っちゃいませんな。
 それとも、これもシナリオの内ですか、碇司令?」




 その司令は、明かりの消えた司令室にいた。
 そこにはゲンドウと並んで、副司令の冬月の姿もある。

「全ては、これからだ」

 ゲンドウは満足気にうなづきながら、深みのある冷酷(れいこく)な表情を表に浮かべていた。



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