交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第十三話 −フィフス・チルドレン− (04)




『目標は衛星(えいせい)軌道上で停滞中。映像で確認しました』

 オペレーターの青葉が、メインスクリーンの表示を切り替えた。
 白く光る使徒の姿が、画面中央部に小さく映し出される。

『最大望遠にします』

 メインスクリーンいっぱいに、使徒が拡大されて表示される。
 白く発光した使徒の姿は、(つばさ)を大きく広げた鳥のように見えた。

「対空迎撃戦、用意。エヴァンゲリオン零号機および弐号機の発進準備を急いで!」

「了解しました!」




 警報に続いて、スピーカーから零号機パイロットと弐号機パイロットに搭乗命令が伝えられる。
 だが、初号機パイロットに出されたのは、発令所での待機命令だった。

「ねえ、なんで君だけ待機なの?」

 シンジの隣にいたカヲルが、けげんそうな顔をしていたシンジに(たず)ねた。

「知らない。こっちが聞きたいくらいだよ」

「どうしよう? 今、僕が外に出たら危険だよね」

「とりあえず、僕と一緒にいるしかないだろうね」

 うんざりした表情で、シンジが答えた。




 まだプラグスーツを着たままだったアスカは、すぐに弐号機を格納したケージに向かうと、そのままエントリープラグに搭乗する。
 アスカはシートに座って待機していたが、頭の中では先ほどカヲルから()げられた言葉が、ずっと気になっていた。

「なんで兵器に心なんているのよ。そんなの邪魔(じゃま)なだけなのに」

 アスカは両腕の操縦桿(そうじゅうかん)を、強く(にぎ)()める。

「アンタは私の人形なんだから、黙って私の言うとおりに動けばいいのよ」

 そのとき、弐号機の通信用のウィンドウに、ミサトが顔を見せた。

「アスカ。体の具合、本当に大丈夫?」

「うるわいわね。もう平気よ! 全然OK!」




 衛星軌道上で発見された使徒は、地上の様子をうかがっているのか、その後も動きを見せなかった。

「衛星軌道から離れませんね」

「ここから一定距離を保っています」

 オペレーターの青葉と日向が、いぶかしげな表情をしていた。

「降下接近の機会をうかがっているのかしら?
 それとも、あの場所からここを破壊できるのか……」

 ミサトは腕を組んだ姿勢で、メインスクリーンに映る使徒をじっと見つめていた。

「レイは?」

 ミサトがマヤに尋ねた。

「零号機共に順調。行けます」

「了解。零号機発進。地上に出たら、超長距離射撃準備。弐号機はバックアップとして発進準備」

 ミサトの命令を聞いたアスカが、一瞬ハッとした表情を見せる。

「バックアップですって! 私が!? 零号機の!?」

「そうよ。後方に回って」

「冗談じゃないわ! 弐号機発進します!」

 アスカは、弐号機のエントリープラグ内から、カタパルト射出の操作を行った。

「アスカ!」

 リツコが、命令違反をしたアスカを制止しようと呼びかける。

「いいわ……アスカを先行させて」

「葛城三佐!」

 斜め後ろを振り向いた日向が、命令違反を是認(ぜにん)するのかと、ミサトに対して目で(うった)えた。

「かまわないわ。気の済むまで、やらせてみましょう」

「ここでダメなら、アスカもこれまでということね」

 ミサトに続いて、リツコが発言する。

「ラストチャンス……ですか?」

「弐号機のパイロット変更、考えておくわよ」

 マヤの質問に、リツコが答えた。

「ミサトさん!」

 そのとき、シンジが発令所に駆け込んできた。
 シンジにやや遅れて、カヲルも発令所の中へと入る。

「なぜ、僕だけ出撃じゃなく待機なんですか?」

「シンジ君……」

「納得できません。アスカは体調を(くず)しているのに」

「初号機の凍結は、絶対命令なのよ。碇司令のね」

 シンジは、斜め上方の発令所の司令席に座っているゲンドウの方を振り向いた。

「そのとおりだ。大人しく持ち場に戻れ」

「シンジ君。前回の戦いがどうなったか覚えてるでしょ? あんなことの後じゃ、正直難しいわ」

 シンジは内心ではまだ納得できていなかったが、これ以上反論する言葉をもっていなかったため、やむを得ず引き下がった。




 外はいつしか雨が降っていた。
 アスカは雲のはるか彼方、衛星軌道上にいる使徒を狙撃するため、弐号機でポジトロンライフルを構える。

(これを失敗したら、私はたぶん弐号機を降ろされる)

 アスカの脳裏に、先ほど会ったカヲルのにやけた表情が浮かび上がった。

(あのムカつく変態が、たぶん私の代わりね)

 アスカは、精密射撃用のヘッドマウントディスプレイを、顔にかぶせる。

(ミスは許されないわよ、アスカ)

 アスカは自分に言い聞かせながら、ヘッドマウントディスプレイに表示された照準をのぞいた。
 だが、使徒がまだ射程距離外にいるため、照準がロックされない。

「もう! さっさとこっちに来なさいよ! じれったいわね」

 使徒が接近して、ポジトロンライフルの射程距離に入った。
 照準がロックされ、アスカが発射ボタンを押そうとしたとき――

「!!」

 弐号機のエントリープラグの中から、声にならない悲鳴があがった。




「アスカっ!」

 発令所の中に、アラートを報せる警報音が鳴り響いた。
 メインスクリーンには、使徒が発した光に包まれた弐号機が映し出される。

「敵の指向性兵器なの!?」

「いいえ、熱エネルギー反応はありません」

 ミサトの問いかけに、オペレーターの青葉が答えた。

「心理グラフが乱れています! 精神汚染が始まります!」

 アスカの精神状態を表示する心理グラフが、マヤの端末画面で大きく揺れ動いていた。

「まさか……使徒の心理攻撃!? 人間の心を探るつもりなの?」

 リツコが食い入るような視線で、メインスクリーンの弐号機を見つめていた。

「なんだか、面白いことになってきたね」

 シンジの隣で戦闘の様子を見ていたカヲルが、シンジに話しかけた。

「なにが面白いことなんだよっ!」

 シンジの忍耐力が、とうとう限界に達した。
 今までのカヲルの奇妙な言動には耐えることができたが、苦戦するアスカへの(あざけ)りだけは我慢できなかった。
 (おこ)ったシンジは、カヲルの胸ぐらに(つか)みかかる。

「二人とも、静かにしなさい!」

 だが、ミサトの制止する声を聞き、シンジはしぶしぶその手を離した。




「くぅぅぅぅっ!」

 アスカは頭を抱えながら、自分の心の中に入り込もうとする何かに、必死に抵抗していた。
 やがてアスカは、見えない何かを振り払うようにして体を起こすと、弐号機を立たせて射撃姿勢を取った。

「ち、ちくしょうおおおっ!」

 ドンッ!

 アスカはポジトロンライフルの発射ボタンを押した。
 弐号機から発射されたポジトロンライフルの光跡が、厚い雲を貫いて上空へと上っていく。
 だが、衛星軌道上にいた使徒には当たらず、使徒の脇をかすめて、やがて宇宙空間で消滅した。

「ああああっ!」

 アスカは、完全にパニック状態に(おちい)ってしまった。
 アスカは苦痛で顔を(ゆが)めながら、ライフルの発射ボタンを連続して押す。
 だがその攻撃は、第三新東京市のあちこちに、派手な爆発を起こしただけであった。

 カチッ! カチッ!

 やがて、弐号機のポジトロンライフルの残弾が0となった。

『弐号機のライフル、残弾0!』

「光線の分析は!?」

「可視波長のエネルギー波です! ATフィールドに近いものですが、詳細は不明です!」

 オペレーターの日向が、MAGIの分析結果をミサトに報告する。

「アスカは?」

「危険です! 精神汚染Yに突入しました」

 発令所のメインスクリーンには、頭を(かか)えてうずくまる弐号機の姿が映し出されていた。







「イヤ……」

 アスカの目の奥に、電流が流れるような強い刺激が走った。

「イヤ…………」

 目をつぶっていたにも関わらず、アスカの視界全てが白く発光する光で(おお)われた。
 まるで、目の網膜(もうまく)に直接光を当てられているような感覚である。

「お願い……私の中に入ってこないで……」

 その白い光の中から、アスカの過去の記憶が浮かび上がった。
 まるでニュースフィルムのカット映像のように、異なる場面が幾つも浮かび上がってくる。
 最初は小さかったその映像は次第に大きくなり、やがてアスカの視界のほとんどを()めるようになった。

「私の心まで、(のぞ)かないで!」




『アスカちゃん……』

 幼いアスカの目の前に、美しい金髪の女性が立っていた。
 アスカに歩み寄った彼女は、アスカと同じ目線になるようにしゃがむと、優しい眼差しでアスカの目を覗き込んだ。

『あなたは特別なのよ。特別に作られた子供なの』

 その女性は、優しい声で語りかけながら、(おさな)いアスカの(ほほ)をそっと指でなでる。

『だから、ママの期待を裏切らないで。
 あの子には……あの女の子供だけには、絶対に負けないでね』

『あの女……あの女って誰なの? ママ?』

 女性はアスカからゆっくりと視線を外した。
 アスカは後ろを振り返りながら、母親の視線を追いかける。
 そこには、メガネをかけ、長い金髪を首の後ろで無造作(むぞうさ)(しば)った中年の女性と、その女性によく似た少女が立っていた。




「もう、やめて! お願いだから、これ以上心を犯さないで!」

 弐号機は、アスカの苦悩を表すかのように、頭を抱えながら全身をくねらせる。

「心理グラフ、限界です!」

 リツコに報告をあげたマヤは、いつも以上に真剣な表情をしていた。

「精神回路がズタズタにされてる。これ以上の過負荷は危険すぎるわ!」

「アスカ、戻って!」

 ミサトがアスカに撤退(てったい)するよう指示したが、

「イヤっ!」

 アスカはその指示を拒否した。

「命令よ! 撤退しなさい!」

「イヤよ。絶対にイヤっ! ここで戻るなら、死んだ方がマシよ……」

 (かたく)なアスカの態度にミサトは苛立(いらだ)ちかけたが、今は戦闘中ということもあり、すぐに頭を切り替えた。

「ポジトロンライフルの用意は?」

「最終段階です。強制収束機、作動中」

 青葉はミサトに返答しながら、ポジトロンライフルの発射準備を整えた。

『地球の自転、及び動誤射修正0.03。薬室内、圧力最大!』

『全て発射位置!』

 巨大なポジトロンライフルを構えた零号機が、上空の使徒に向けて照準を完全に合わせた。

「いきます!」

 精密射撃用のヘッドマウントディスプレイを被ったレイが、ポジトロンライフルの発射ボタンを押した。

 ズギューーン!

 零号機が発射したポジトロンライフルの光跡(こうせき)が、厚い雲を突き抜けて上空の使徒に向かって伸びていく。
 だが、そのポジトロンライフルの攻撃は、使徒が張ったATフィールドに(さえぎ)られてしまい、(むな)しく宇宙空間に拡散していった。

『ダメです! この遠距離でATフィールドを(つらぬ)くには、エネルギーが足りません!』

「ポジトロンライフルの出力を、上げられる?」

 ミサトが、同じ作戦部のオペレーターである日向に尋ねた。

「出力は最大です! もうこれ以上は……」

「弐号機、心理グラフシグナル微弱」

 マヤがリツコに、アスカの精神状態を報告した。

「LCLの精神防壁は?」

「ダメです。触媒(しょくばい)の効果もありません!」

「生命維持を優先。エヴァからの逆流を防いで!」

「はい!」

 リツコは顔を上げると、発令所のメインスクリーンに映し出されている、使徒が発した可視波長の光を見つめた。

(この光は、まるでアスカの精神波長を(さぐ)っているようだわ……)

 その時、リツコの脳裏にハッとひらめくものがあった。

(まさか、使徒は人の心を知ろうとしているの?)




──因果(いんが)なものだな。提唱した本人が実験台とは。

 まだ幼いアスカが、黒い喪服(もふく)を着て墓地に立っていた。
 アスカの隣には、メガネをかけた中年の女性の姿がある。
 アスカとその女性の周囲には、喪服や黒いスーツを着た大勢の人たちが取り巻いていた。

――精神崩壊(ほうかい)。それがあの接触実験の結果か。
――しかし、あんな小さな娘を残して、自殺とは残酷(ざんこく)なものだな。
――いや、それだけが原因ではないと、もっぱらの(うわさ)だよ。

『アスカちゃん。心配しなくていいのよ』

 アスカの隣に立っていた中年の女性が、アスカに話しかけた。

『みんなで相談して、私があなたを引き取ることになったから。
 アスカちゃんはお利口だから、おばさんの家でもちゃんとやれるわね』

 アスカは無言のまま、コクリとうなずいた。




 ジジッと映像に砂嵐(すなあらし)が走ったあと、アスカの脳裏に別の映像が映し出された。




 幼いアスカは、窓の外から病室の中を覗いていた。
 アスカの視線の先には、美しい金髪の女性の姿がある。
 ベッドの上にいた彼女は、上半身を起こしながら、(もも)の上に赤ん坊くらいの大きさの人形を置いていた。

『アスカちゃん』

 その女性は、人形に向かってそう話しかけていた。

『アスカちゃん。ママ、今日はあなたの大好物を作ったのよ』

 女性はおもちゃのスプーンを、人形の口元に近づける。

『さあ、食べなさい。好き嫌いしていると、あそこのお姉ちゃんに笑われますよ』

 彼女は窓の外にいたアスカを一瞥(いちべつ)すると、再び人形に視線を向けた。


――毎日、あの調子なんです。

 アスカの背後に立っていた看護婦が、医師に小声で話しかけた。

――人形を娘さんだと思って話しかけています。実の子が目の前にいるのに、なぜなんでしょう?

 医師が、看護婦の質問に答えた。

――今の彼女にとっては、あの人形の方が本当の子供なんだろう。

 医師は、病室の中で人形を抱いている女性に、視線を向けた。

―― 彼女は本当は、自分が愛した夫との子供が欲しかったんだよ。
だが、彼女の子宮では、その望みはかなわなかった。
夫はそのうち他に女をつくり、ほどなく離婚。
あげくにその浮気相手と子供を作ったうえ、再婚してしまった。

 医師は大きくため息をついてから、話を続けた。

―― 無理もない話だろう?
高い金で精子を買って無理やり子供を作っても、心の穴は埋められなかったというわけだ。
―― しっ、先生。娘さんに聞こえます……


(あの人形が、ママの子供。それじゃあ、私は……)

 アスカはドアを開けて、病室の中に入った。

『ママ、あたしは誰なの?』

 アスカは、母親のいるベッドに近づいた。

『ママ、こっちを向いて。お願いだから、ママをやめないで』

 アスカの母親が、ゆっくりと振り向いた。
 大きく見開いた彼女の目は、(うつ)ろな光で満たされていた。
 アスカの母親は、アスカに向かって飛びかかると、アスカの首を掴んで締め上げた。




「イヤアアアッ! そんなの思い出させないで! 忘れていたのに、()り起こさないで!」




 映像が別の場面に変わった。
 幼いアスカがドアを開けると、部屋の中で彼女の母親が、首に縄をつけて天井(てんじょう)からブラブラとぶら下がっていた。




「もうやめて! やめてよおおっ!」

 エントリープラグの中で、頭を抱えていたアスカの両目から、大粒の涙がぼろぼろと(こぼ)れ落ちた。

「加持さん……(けが)された。アタシの心が汚されちゃったよう……」




『弐号機、活動停止!』

 うなだれるようにして、両手をぶら下げていた弐号機が、ついに動かなくなった。

『生命維持に問題発生! パルス微弱(びじゃく)。危険域に入ります!』

「アスカ……」

 シンジは食い入るような表情で、メインスクリーンに映る弐号機の姿をじっと見つめていた。







『目標変化なし。零号機の射的距離内に移動する可能性は、0.02%です』

 発令所のメインスクリーンに映し出された使徒は、動く気配をまったく見せなかった。

(零号機を空輸……空中で狙撃するか)

 ミサトは、こちらから使徒に接近する案を考えたが、

(いえ、ダメね。接近中に弐号機と同じ攻撃を受けたら、手も足も出ないわ)

 他に手はないかと考えたが、すぐに良いアイデアは浮かんでこなかった。

「ミサトさん、僕が初号機で出ます」

 シンジがミサトに、初号機での出撃を進言した。

「やらせてください。使徒を倒せなくても、アスカを助け出すことくらいは……」

無駄(むだ)だよ」

 そのときカヲルが、冷ややかな声で会話に割って入った。

「あの子と同じ目に()うだけだ。そんな事もわからないの?」

「やってみなけりゃ、わからないだろ!」

「あのさ、何で君はそんなに必死なの?」

「なんでって……」

「シンジ」

 そのとき、発令所の司令席に座っていたゲンドウが、シンジに向かって口を開いた。

「その少年の言うとおりだ。
 目標は精神を侵食(しんしょく)するタイプだ。今、初号機を侵食される事態は、避けねばならん」

「じゃあ、アスカを見殺しにしても、いいっていうの!?」

 ゲンドウは無言のまま、シンジの問いに答えなかった。

「ミサトさん……」

 シンジはミサトに視線を向けた。
 ミサトとしては、多少のリスクを犯しても弐号機を救出したかったが、今の状況では、ゲンドウの許可なくして初号機の出撃はできない。
 ミサトは、やるせない(おも)いを()み締めながら、首をゆっくりと横に振った。

「わかった。もう、いいよ!」

 シンジは一瞬父親を(にら)むと、その場にいる人たちに背を向けて駆け出した。
 カヲルはシンジの後を追おうとしたが、シンジが発令所の外に出たのを見ると、追いかけるのを止めてその場に残った。




(横島さん!)

 シンジは通路を走りながら、横島に話しかけた。

(アスカを助けることはできないんですか!)

(初号機が使えると、楽だったんだけどな)

 横島はシリアスな口調で、シンジに答えた。

(そうは言っても、出撃できないんじゃ仕方ないか。とりあえず、俺たちだけで何とかしよう)

(横島さん!)

(とりあえず、どこか人目のつかない場所に入ってくれ)

 シンジは、近くにあったパイロット控え室の中へと駆け込んでいった。




 シンジが発令所を出た後、ゲンドウが口を開き、直接命令を下した。

「レイ。ドグマを降りて槍を使え」

「碇、それは……」

 その発言を聞いた冬月が、(あわ)てた口調でゲンドウに話しかける。
 だがゲンドウは、その命令を変更しなかった。

「ATフィールドの届かぬ衛星軌道上の敵を倒すには、それしかない。急げ」

(槍? まさかロンギヌスの槍を……)

 カヲルは怪訝(けげん)な顔つきをしながら、発令所上部の司令席に座っているゲンドウに視線を向けた。

「司令!
 アダムとエヴァの接触は、サードインパクトを引き起こす可能性があるんじゃないんですか?」

 真剣な眼差(まなざ)しをしたミサトが、背後のゲンドウに向かって振り返る。
 だがゲンドウは、黙したままミサトの問いに答えなかった。

(この情報は嘘……欺瞞(ぎまん)なのね。セカンドインパクトは、使徒の接触が原因ではなかったんだわ)




 横島はシンジと入れ替わると、地下のネルフ本部から地上の第三新東京市に転移した。
 横島は、弐号機からやや離れたビルの屋上の上に立つと、グッタリとした様子の弐号機に目を向ける。

(横島さん、これからどうするんですか?)

「ここから、文珠を投げてみる」

(でも、ずいぶんと距離がありますよ?)

「たぶん、大丈夫だろう」

 横島は、文珠を四個取り出した。
 文珠四個の同時制御は、今の横島でも100%確実に発動させることが難しかったが、今はこれしか方法が思いつかない。
 横島は精神を集中してから『広』『域』『防』『御』の文字を込めると、栄光の手を出して文珠を掴み、そのまま文珠を弐号機に向かって投げた。




 巨大なワイヤにぶら下がった零号機がメインシャフトを降りていく様子を、ミサトは発令所のモニターで(なが)めていた。

(エヴァがアダムに接触したくらいでは、サードインパクトは起きないというわけね。
 だったら、あのセカンドインパクトの原因は……)

 ミサトが深い考えに沈んでいたとき、弐号機の状態を監視していたマヤが、突然大きな声を出した。

「弐号機を中心に高エネルギー反応! 強力な力場が形成されています!」

「なんですって!」

「モニターを切り替えます」

 発令所のメインスクリーンの表示が切り換わった。
 そこには、青色をした球形のフィールドに包まれた、弐号機の姿が映し出されていた。

「ATフィールドの反応は!?」

「パターン及び相転移空間の反応、確認できません!」

「初号機はどうなってるの?」

 リツコがオペレーター達に、初号機の状況を確認させる。

「現在、第七ケージに格納中。起動はしていません」

 青葉が、リツコの質問に答えた。

「リツコ、これって……」

「ええ、イレギュラーよ。初号機ではなく、弐号機のね」




「……えっ!?」

 フラッシュバックする過去の記憶と、絶え間なく(おそ)い掛かる精神的な重圧で、アスカは意識が朦朧(もうろう)としていたが、不意にその重圧から開放された。
 代わって、何か温かい空気が、アスカの周囲を取り巻いている。

「な、なんなのよ、これ?」

 それまで、アスカの心を(むしば)んでいた過去の記憶の映像も、完全に途絶(とだ)えていた。

「ミサト、いったい何がどうなってるの?」

 アスカは発令所のミサトを呼んだが、発令所からは何の応答もなかった。
 アスカはやむなく、一人で現状確認を始める。
 弐号機の周囲には、(うす)い半透明の青い(まく)が張られており、使徒が発した光はその膜によって遮られていることがわかった。

「ATフィールド……? いえ、これは違う何かだわ」

 理由はわからないが、使徒の精神的な攻撃を防いでいるのは、この青い膜のようだ。
 安堵(あんど)したアスカは、エントリープラグの中で大きく深呼吸すると、今度は注意深く周囲の様子を調べ始める。
 青い膜の外の様子を見ていたアスカは、やがて右手にあるビルの屋上を見て、視線が釘付(くぎづ)けとなった。

「なんで、あいつがあんな所に……」

 そのビルの屋上にいたのは、学生服を着たシンジであった。




「碇」

 ゲンドウの斜め後ろに立っていた冬月が、ゲンドウが座っている椅子(いす)の背もたれに手を置きながら、周囲に声が()れないよう小声で話しかけた。

「本当に、ロンギヌスの槍を使う気か?」

「ああ。あのイレギュラーは、どうやら弐号機を守るだけのようだ。
 使徒を倒すには、ロンギヌスの槍が必要だ」

「だが、槍を使うのはまだ早いのではないか?」

「委員会は、エヴァシリーズの量産に着手した。今がチャンスだ、冬月」

「しかし……」

「時計の針は元に戻らない。だが、自らの力で進めることはできる」

「老人たちが、黙っていないぞ」

 やがて、ターミナルドグマのリリスから、ロンギヌスの槍を抜き取った零号機が、地上近くまで上がってきた。

『零号機は第二層を通過。地上に出ます』

 ハッチの開く音とともに、先端が二股(ふたまた)に分かれた巨大な槍をもって、零号機が地上に姿を現した。

(あれが、ロンギヌスの槍……)

 ミサトは、メインスクリーンに映し出されたロンギヌスの槍を、興味深そうな視線で見つめる。

(本気で使うつもりなのか。委員会の許可なしで……)

 カヲルは周囲に気づかれないよう、ことさらに無表情を(よそお)いながらも、内心では警戒感を強めていた。

「こんなこと、オペレーションマニュアルにはなかったわよ」

「今は言われたとおり、するしかないだろ」

 零号機の力で槍を衛星軌道まで投げることはできても、照準をMAGIで補正しなければ、使徒に命中させることはできない。
 マヤと日向は、予期しない事態に戸惑(とまど)いながらも、ロンギヌスの槍の投擲(とうてき)準備を始めた。

『零号機投擲体勢』

『目標確認。誤差修正よし』

『カウントスタート。10・9・8・7……』

 発令所にいるスタッフ全ての視線が、零号機とロンギヌスの槍に集まる。

『4・3・2・1・0』

 レイは零号機の(ひざ)をグッと(かが)めさせると、全身のバネを使ってロンギヌスの槍を投擲した。

 ズシャアアァァッ!

 ロンギヌスの槍は、雲を貫いてグングン上昇し、やがて使徒のいる衛星軌道にまで到達した。
 使徒はATフィールドを張って槍を防ごうとするが、ロンギヌスの槍はまるで薄紙を破るかのように、あっさりとATフィールドを突破すると、使徒の体を粉々に粉砕(ふんさい)した。

『目標消失』

『弐号機、解放されました』

 弐号機に向けて照射されていた使徒の光線も、使徒の消失とともに途絶えた。
 しばらくすると、弐号機を覆っていた青いフィールドも消えてなくなった。

「アスカ、聞こえる!?」

 ミサトは通信が回復すると、すぐさま弐号機に向かって呼びかけた。

「……大丈夫……何とか、生きてるわ」

「気分はどう?」

「最悪……」

「もうちょっと我慢(がまん)して。すぐに回収するから」

 アスカは、回収班の手でエントリープラグから回収されると、そのままネルフ本部内の病院に入院となった。



BACK/INDEX/NEXT

inserted by FC2 system