交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第十三話 −フィフス・チルドレン− (05)




 翌日、アスカは病院のベッドで朝を迎えた。
 眠る前に飲んだ睡眠導入剤の影響で、朦朧(もうろう)とする頭を手で押さえながら、アスカは昨日自分に起きた出来事を少しずつ思い出す。

(そう。あのよくわからない光に包まれた私は――)

 心の奥底に封印していた過去の記憶に、強制的に触れさせられたことを思い起こしたアスカは、ベッドの上で顔を強くしかめた。

(でも、しばらくしたら急に心が軽くなった。
 その後、周囲を確認してみたら、近くのビルの上にシンジがいた)

 ネルフ本部で待機しているはずのシンジが、なぜ地上にいたのか?
 しかも、エヴァにも搭乗せずに、生身のままで。

(ひょっとして、あれは幻覚(げんかく)!? ……いえ、そんなはずはないわ)

 いつになく真剣な眼差しでこちらを見ていたシンジの姿は、アスカの脳裏に強く(きざ)み込まれていた。

(そう言えば、最近はすっかり忘れてたけど、シンジは始めて会った時から妙な感じがしてた)

 初号機に起こるイレギュラーはシンジに原因があるのではないかと、アスカは一時期強く疑っていた。
 その後、同居生活をする中で、シンジの日常生活での凡人ぶりに、いつしかアスカはシンジに対して持っていた疑念を、すっかり忘れていたのだが、

(あの時の弐号機は、ATフィールドじゃない、何か別のものに守られていた。
 おそらく、第五使徒戦の時に零号機を(まも)ったものと、同じものだわ)

 第五使徒の加粒子砲から零号機を守った正体不明のフィールドは、初号機のイレギュラーによるものとされていた。
 だが先の使徒戦では、弐号機は単独で出撃している。

(初号機は結局出撃しなかったから、イレギュラーの原因は初号機じゃない。
 たぶん、弐号機でもないと思う。だとすると、残る可能性は……)

 消去法で、可能性を一つ一つ(つぶ)していくうちに、自然と答えが一つの方向に向かい始めた。
 彼女の直感も、間違いなく彼が(あや)しいと告げている。
 だが、常識的に考えると、一番ありえるはずのない答えであった。

(今、シンジを問い詰めても、たぶん白状しないでしょうね。
 言い逃れさえないためには、何か動かぬ証拠が必要だわ……)

 ベッドの上でアスカがあれこれ考えていた時、病室にマヤが入ってきた。

「おはよう。どう気分は?」

「あまりよくないけど、昨日よりはマシだわ」

「そう、それならいいけど。ところで、朝ごはんは食べられそうかしら?」

「食欲ないから、飲み物だけでいい」

「じゃあ、何か飲み物をもってくるように、病院の人に言っておくわね。
 それから、先輩が問診(もんしん)する予定だったけれど、別の用事で遅くなりそうなのよ。
 昼まで、ここで待っててもらえるかしら?」

 わかったと言いかけたアスカは、不意にある事に気がついた。

「一つ、お願いがあるんだけど」

「なにかしら?」

「昨日の使徒戦の映像を見たいの。それも、弐号機のカメラで取ったのが」

「困ったわ。まだ、作戦課でのチェックが終わってないのよ。
 向こうも使徒戦の後片付けで忙しいから、あと二日はかかるかしら?」

「でも、昨日の出来事が気になって、なかなか落ち着けないのよ。
 映像を見れば、少しはスッキリすると思うんだけど」

「仕方ないわね。じゃあ、部屋で大人しくする代わりに、記録映像を見せてあげるわ。
 作戦課には無断だから、葛城三佐には内緒にしといてね」




 シンジは朝食を済ませてから、ネルフ本部の病院に入院しているアスカの見舞いに出かけた。
 シンジが病室に入ったとき、アスカは大きなクッションに寄りかかりながら、ノートパソコンを操作していた。
 アスカはシンジが部屋に入ったことに気づくと、(あわ)ててノートパソコンの画面を隠した。

「アスカ、具合はどう?」

「だいぶ良くなってきたみたい」

「よかった。ミサトさんも、アスカのことを心配していたんだ。
 あの、来る途中でシュークリームを買ってきたんだけど、食べる?」

「いただくわ」

 シンジは、ベッドの脇に備えられていたポットからお湯を出して、お茶を入れる。
 しばらくの間、二人は無言のままシュークリームを食べていた。

「あの……」

「シンジ」

 沈黙に耐え切れなくなったシンジが、何か話しでもしようかと口を開いたとき、それを(さえぎ)るかのようにアスカがシンジに呼びかけた。

「アンタ、これから時間ある?」

「特に、予定はないけど」

「悪いけど、少しつきあって」




 アスカは病院着のまま、ネルフ本部の外に出た。
 シンジは、いつになく真剣な表情をしたアスカの後ろを、(だま)ってついていく。
 アスカは、ネルフ本部を取り囲む森の中に入ると、周囲に誰もいないことを確認してから足を止めた。

「シンジ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「なに?」

「アンタ、前の使徒戦の時にどこにいたの?」

「どこって、発令所で待機だったけど」

「それなら、弐号機にイレギュラーが発生した時は?」

「えっと……」

「ちなみに、その時にアンタが発令所にいなかったことは、マヤに確認済みよ」

「あ、うん。たしかパイロット控え室に」

「それ、証明できる?」

「証明って言われても……」

「じゃあ、この画像のことは、どう説明してくれるのかしら?」

 アスカは手にもっていた携帯電話の画面を、シンジに見せる。
 そこには、ビルの屋上に立っているシンジの姿が映し出されていた。







「えっ……」

 アスカに携帯の画面を突きつけられた時、シンジはそれが何なのか、一瞬理解できなかった。
 しかし、携帯の画像に映る自分の姿を認識するや、シンジの顔色がどんどんと青ざめていく。

「ほら。何とか言ってみなさいよ」

 携帯の画面の左下に、映像が記録された時間が表示されていた。
 この時間は、使徒戦の真っ最中である。
 ネルフ本部で待機命令が出ていたシンジが、こんな場所にいてよいはずもなかった。

「う、うん。なんか僕みたいだね」

「返事になってないわよ。
 どうしてアンタがこんな場所にいたのか、納得のいく返事を聞かせてちょうだい」

 再び、シンジは言葉に詰まった。
 何をどう答えてよいかもわからず、パニックに(おちい)ってしまう。

「答えられないようなら、私から質問するわ。
 シンジ。アンタ、弐号機のイレギュラー発生と何か関係してるんじゃないの!?」

「えっ!? あのっ、その……」

 アスカから追い討ちをかけられたシンジは、さらに混乱した。
 目がグルグルと回り、立っているのがやっとの状態になってしまう。

「……」

 アスカは腕を組みながら、辛抱(しんぼう)強くシンジからの返事を待った。
 相手を追い詰めるのは簡単だったが、もしシンジが倒れたりでもしたら、次にいつチャンスがくるかわからなくなってしまう。
 一分ほど待つうちに、混乱していたシンジがようやく回復してきた。

「あ、ああああ、アスカ!」

「なに、シンジ?」

「あの、その、話さなきゃいけないことがいろいろあるんだけど、その覚悟というか、心の準備が
 全然できていないんだ! か、考えたいこともあるし、その、二・三日待って欲しいんだ」

「わかったわ。それなら、退院するまで待ってあげる。
 もしできなかったら、今日見せた画像を、ネルフの関係者に一斉にバラ()くからね!」

 シンジは思わず、口から(あわ)を吹きそうになった。
 リツコには今まで何度となくイレギュラーについて(たず)ねられているし、ゲンドウから問い詰められる場面など、恐ろしくて想像することすらできなかった。

「いい、シンジ。約束よ!」

 シンジは口をぽっかりと開けたまま、ブンブンと首を縦に振った。




 シンジは、アスカが病室に戻るのを見届けてると、物陰(ものかげ)(かく)れてからヒャクメに電話をかけた。

「も、もしもし! シンジですけど」

「シンジ君から連絡くれるなんて、(めずら)しいのね〜〜」

「あの、大急ぎで横島さんと連絡取りたいんですけど」

「今日は一緒じゃないわけ? いいわ、ちょっと待ってなのねー」

 携帯の保留音が30秒ほど続いた後、再びヒャクメの声に代わった。

「もしもし。横島さんの気が感じられないから、今日はこっちに来てないみたい」

「そうですか……」

 シンジは携帯をもったまま、ガックリと肩を落とした。

「シンジ君。さっき使徒戦の画像をチェックしてたら、弐号機のカメラにシンジ君の姿が映って
 いたのねー。作戦部に渡る前に修正しておいたから、今度横島さんに会ったら注意するように
 伝えて欲しいのねー」

「そ、その話なんです!」

 シンジは、ヒャクメに先ほどの件を手短に話した。

「こっちで確認するからちょっと待ってなのねー」

 シンジは携帯を(にぎ)()めながら、ヒャクメからの返事を待った。

「確かに、修正前の画像データをマヤさんがコピーして、アスカちゃんに渡してるのねー。
 マヤさんはファイルを開いていないし、もう画像データは修正したから、この件を知ってるのは
 アスカちゃんだけになるのねー」

「ど、ど、ど、どうしましょう!?
 もしアスカが納得してくれなかったら、情報をバラ()かれちゃいますよ!」

「シンジ君は、発想がネガティブすぎるのね〜〜
 今回の件は、アスカちゃんだけ説得できれば、それで秘密は守ることができるのねー」

「それは、そうですけど……」

「それに、使徒戦のタイムスケジュールを考えると、アスカちゃんもそろそろ真実を知ってもいい
 時期なのかもしれないのね〜〜」

「えっ!? それってどういう意味です?」

「何でもないのねー。
 それより時間はまだあるから、横島さんを交えて、皆で相談するのがいいと思うのねー」

「は、はい。それでお願いします」

 シンジは携帯の通話をオフにすると、ハァと大きなため息をついた。




 アスカは入院してから三日後に、無事退院した。
 病院を出たアスカは、自分の家に戻ると、シンジが学校から帰ってくるのを待った。

「ただいまー」

「お帰り、シンジ」

「あ、アスカ。よかったね。予定どおり、退院できて」

(予定どおり?)

 アスカは首をかしげた。
 今日自分が退院することは、今朝リツコから話を聞くまで、アスカも知らなかったことである。

「リツコかミサトから聞いたの?」

「あ、うん。昨日(きのう)、別の人から聞いたんだ」

「そう、ならいいけど。ところで、この前の約束、ちゃんと覚えてるでしょうね」

「忘れてないよ」

「じゃあ、今すぐ聞かせて」

「ここじゃあ、話せないんだ。着替えてくるから、アスカも軽い運動ができる服に着替えてきて」

 アスカはシンジの言葉をいぶかしがりながらも、軽い運動も可能な外出用の服に着替えた。




 アスカと一緒に外出したシンジは、繁華街(はんかがい)の方には目もくれずに、郊外(こうがい)の山間部に向かってまっすぐに進んでいく。
 そして山中に入ると、慣れた足取りで山道を登っていった。

「シンジ! こんな山の中に、いったい何があるの?」

「もう少しだから、ついてきて」

 やがて二人は、ストーン・サークルのある広場までやってきた。

「それで、シンジ。こんな場所にまで来た理由は?」

「アスカ。僕がいいと言うまで、目をつぶってくれない?」

「ちょっと! まさか、私にイタズラしようだなんて、考えてないわよね」

「何もしやしないよ」

 アスカが目をつぶると、シンジがアスカの手を(つか)む。
 驚いたアスカはシンジの手を振り払おうとしたが、その前にシンジの方から手を離した。

「もう、いいよ」

 アスカが目を開けると、そこは山の中ではなく、どこかの家の部屋の中だった。

「シンジ! これはいったい、どういうこと!?」

「アスカ、落ち着いて聞いて。今僕たちは、別の世界の別の場所に転移したんだ」

「なに、寝言を言ってるのよ!」

「いいから、窓の外を(なが)めてみて」

 アスカは、近くにあった部屋の窓を開ける。
 すると、視界いっぱいに広がる住宅街と、少数のビルが見えた。
 アスカが日頃見慣れていた、第三新東京市を取り囲んでいる緑多い山々は、影も形も見えない。

「シンジ……ここは?」

「僕たちの地名でいうと、旧東京だよ。ただし、1995年の街並(まちな)みだけどね」







 アスカはしばらく外の景色を眺めていたが、やがて窓を閉じると、部屋の中をジロジロと見回した。
 部屋の中は全般的に家具は少なかったが、どこか雑然(ざつぜん)とした雰囲気(ふんいき)である。
 アスカとシンジの家主を除けば、女性が住んでいる部屋には見えなかった。

「シンジ。この家の人は?」

「えーっと、ここは僕の知り合いの人の部屋なんだけど、あまり()らかさなければ、好きに使って
 いいってさ」

 アスカは、テーブルの上に新聞が置いてあるのを見つけた。
 日付を確認すると、1995年と印刷されている。

「シンジ、テレビのリモコンは?」

 アスカは、シンジからテレビのリモコンを受け取ると、テレビのスイッチを入れた。
 そして、新聞のテレビ(らん)を見ながら、全てのチャンネルをチェックする。

(どうやら、口から出まかせの(うそ)を言ってるわけではなさそうね)

 新聞のテレビ欄と、番組の内容は完全に一致していた。
 理由はわからないが、どうやら自分は1995年の時代にいるようだ。

「シンジ、出かけるわよ」

「どこへ?」

「アンタ、この辺の地理わかるの?」

「近所の駅に行くぐらいなら」

「それでいいわ」




 アスカはシンジと一緒に部屋を出ると、一番近くの駅へとシンジを案内させた。
 そして、駅の近くで書店を見つけると、そこで東京を紹介した情報誌を購入する。
 ただし、代金はシンジが払った。

(本当に旧東京、いえ東京にいることは間違いなさそうだわ)

 アスカは駅にある路線図と、自分がもっている情報誌の路線図をつき合わせて、その内容が合っていることを確認した。

「シンジ。アンタが言うように、ここが東京だってことはわかったわ。
 でも、どうやってここに来たのか。それがアンタの事情とどういう関係があるのか、説明して
 欲しいんだけど」

「そのことなんだけど、僕が説明するより、別の人から話を聞いた方がいいと思うんだ」

「ちゃんと、納得のいく説明を聞かせてくれるんでしょうね?」

 シンジはその場でうなずくと、どこか(しゃ)に構えていた感じのアスカと一緒に、電車に乗った。




 電車の中はそれほど混んではいなかったが、席がほぼ()まっていたため、アスカとシンジは()り革に掴まって立った。
 アスカが電車の中をグルッと見回すと、乗っているのは日本人が多かったが、一部外国人らしき姿も見えた。
 日独のクォーターであるアスカをジロジロと見る人がいないことからすると、ここでは外国人は決して珍しい姿ではないようであった。

(以前に、学校で習ったことと合ってるわ)

 アスカは大学に入る前、地理や現代史の授業で、セカンドインパクト前の世界がどのようになっていたのかを思い出した。
 その頃の日本は経済が発達し、アメリカやヨーロッパ、そしてアジアとも盛んに交易していたため、首都である東京には多くの外国人が住んでいたとアスカは学んでいた。

理不尽(りふじん)で納得いかないけど、やはりセカンドインパクト前の東京にいるようね。
 でも、いったいどうやって……?)

 アスカは、隣に立っているシンジの顔をチラリと見た。
 シンジはのほほんと表情をしており、自分が異なる時代にいることについて、何の疑問ももっていないように見えた。

「アスカ、次の駅で降りるよ」

 シンジとアスカは、とある駅で電車から降りた。
 駅を出た後、シンジはある方向に向かって、迷わずにまっすぐ歩いていく。
 やがてシンジは、あるレンガ造りの建物の前で立ち止まった。

「シンジ、ここは?」

「美神除霊事務所といって、ここでもいろいろとお世話になったんだ。
 さっきの部屋の人の、勤務先でもあるんだよ」

(除霊事務所?)

 アスカは聞きなれない言葉に首をかしげながらも、シンジと一緒にその建物の中に入った。

「こんにちはー」

「遅かったね、シンジ君」

「すみません。いろいろと手間取っちゃって」

 アスカは、目を丸くして驚いた。
 なぜならば、ドアを開けた部屋の中に、ネルフの黒服を着た男性と、もう一人オペレーターらしき女性の姿があったからである。

「シンジ。この人たちは!?」

「えーとね、黒服を着た人がジークさん、もう一人はヒャクメさんって言うんだ」

「そうじゃなくて、なんでネルフの人がここにいるのよ?」

 もしかしてここは、ネルフの秘密基地なのではないかという衝撃的な考えが、アスカの脳裏をよぎった。

「それは違うのね〜〜。
 私たちは元々この世界にいて、いろいろ事情があってシンジ君に協力している立場なのね〜〜」

 自分の考えを読まれたらしいことに気づいたアスカが、驚いて一瞬目を丸くさせる。

「それじゃあ、アンタたちはスパイなの!?」

「まあ、そういうことになるのかな」

 ジークが、アスカに答えた。

「とにかく、詳しい話を聞かせてちょうだい」

「う、うん」

 一同が大きな丸テーブルのある場所に移動すると、バンダナをつけた青年と、長い黒髪をした女性がやってきた。
 女性の方は、人数分のカップとティーポットを()せたお盆をもっている。

「こちらが、横島さんとおキヌさんです」

「氷室キヌです。よろしくね、惣流(そうりゅう)・アスカ・ラングレーさん」

 おキヌはアスカに向かって微笑(ほほえ)みかけると、全員分のカップをテーブルに並べて、ティーポットから紅茶を注いだ。

「それじゃあ、何かあったら呼んでください」

 おキヌがこの場から離れてから、横島が話を始めた。

「シンジをだいぶ引っ張りまわしたようだけど、ここが1995年の東京だってことは理解できたかな?」

「ええ、なんとか」

「もっと詳しく説明すると、実はこの世界は君たちのいる世界の過去じゃない。
 似ているけど、違った歴史を歩んでいる世界なんだ」

「それ、証明できるの?」

 アスカが、横島に問いただした。

「こちらの調査では、シンジの両親に当たる人物を探したが、存在しなかった。
 それから、俺たちの社会では認知されている事柄の幾つかが、そちらの社会には存在しない。
 例えば、この事務所の名前を聞いて、奇妙に思わなかったかい?」

「そうね。“除霊事務所”という、言葉の意味がわからないわ」

「こちらの世界では、オカルトが社会的に認められていて、悪霊や妖怪退治が職業として確立して
 いるんだ。ここは、そういう仕事を()け負う事務所ってわけ」

「それで、そのことが、あたしやシンジとどう関係しているの?」

「まあ、この先は俺もよくわかっていないんだが、ある日俺は、精神だけシンジと一緒になった」

「へっ……?」

 意味がわからなかったのか、アスカがきょとんとした表情を浮かべた。

「俺たちの業界じゃ憑依(ひょうい)と呼んでいる現象なんだけど、シンジの体に、俺とシンジの二人の人格が
 存在するようになったんだよ」

「本当なんだよ、アスカ。すごく説明しずらいけど、僕と横島さんが一緒にいるようになったんだ」

「よくわからないけど、それって二重人格ってこと?」

 アスカの発言に、シンジと横島の二人がうなずいた。

「まあ、それが一番近いのかもしれないな。
 俺とシンジが初めて一緒になったのは、シンジが第三新東京市に来た日。
 つまり、第三使徒と戦った日からだ。
 それから、平均して二日に一回ぐらいの割合で、シンジの体に憑依するようになった」

「ひょっとして、初号機のイレギュラーは、あなたが関係してるとか?」

「実は、そうなんだ」

 横島は、アスカの目の前で霊波刀を作り出した。
 見覚えのあるそれを見たアスカは、驚いて目をぱちくりさせる。

「これが霊波刀。それから、こっちがサイキック・ソーサー」

 横島は右手に霊波刀、左手にサイキック・ソーサーを出した。
 アスカはポカンとした表情で、その二つを見つめる。

「除霊を生業(なりわい)としている人のことをゴーストスイーパー、略してGSと呼ぶんだけど、GSは悪霊や
 妖怪と戦うための特殊能力、霊能力をもっているんだ。
 俺がシンジに代わって初号機を動かしていたときに使った霊能力が、初号機のイレギュラーの
 正体ってわけ」

「それじゃあ、前の使徒戦で起きたイレギュラーは……」

「ああ、あれも俺」

 横島は霊波刀とサイキック・ソーサーを消してから、右の手のひらの上に文珠を出した。

「これ文珠っていうんだけど、すごく応用範囲が広いんだ。
 使い方は、イメージを浮かべると、それに応じた字が文珠に込められる。
 また文珠を複数使うと、応用範囲が格段に広がり、威力も大きくなるんだ。
 弐号機を使徒の心理攻撃から守ったときや、この世界に移動したのも文珠のお陰ってわけ」

 今まで自分が積み上げてきた、常識やら科学的思考やらを完全に(くつがえ)され、アスカは呆然(ぼうぜん)とするしかなかった。
 アスカは()めきった紅茶を一気に飲むことで、ようやく落ち着きを取り戻した。

「つまり、その……何でもできる魔法みたいなものなの?」

「内容によっては時間制限があったりするし、いろいろと制約は多いけどね」

 アスカはハァと、大きなため息をついた
 今までシンジに勝とうと必死に努力してきたが、ここまで常識外の出来事に出くわすと、もう(あき)れかえるしかないというのが正直な思いだった。

「事情はわかったわ。
 こんなことがあったんじゃ、どんなに努力してもアンタに勝てなかったのも無理はないわね」

「そのことなんだけどさ、惣流さんも霊能力のトレーニングをしてみないか?」

「えっ!?」

 横島の思いもよらない提案に、アスカが驚きの表情を見せた。

「実は、前からシンジにも霊能力の訓練をさせていて、少しだけど使えるようになったんだ。
 シンジ、見せてみろよ」

「はい」

 シンジは、右手にサイキック・ソーサーを出した。

「最近だけど、霊波刀もできるようになったんだ」

 次にシンジは、霊波刀を出した。
 ただし、霊力が不足しているため、横島が出したのと比べると半分くらいの長さであったが。

「ヒャクメが言うには、惣流さんにも霊能力の素質があるみたいなんだ。
 今からでも訓練すれば、シンジのレベルにはすぐに追いつけると思うよ」

「そうねえ……」

 アスカは少しだけ考えたあと、横島の方を振り向いた。

「今までは初号機のイレギュラーで差をつけられてたけど、これからは、対等な条件で競争できる
 わけね。いいわ、やってみる!」

「それじゃあ、これからもよろしく」

 横島が、アスカに向かって右手を差し出した。
 アスカは一瞬目をパチクリさせたが、やがて横島の意を(さと)ると、勝気な表情を見せながらガッチリと握手(あくしゅ)()わした。





 アスカとの話し合いが終わったあと、事務所で歓迎の小パーティーをすることになった。
 既に準備を済ませていたおキヌが、別室にアスカとシンジを案内する。
 ヒャクメとジークもその部屋に入ろうとしたとき、横島が二人を呼び止めた。

「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど、カオスの(じい)さんとマリアがどこに行ったか知らないか?
 仕事を頼みたかったんだけど、アパートに電話してもつながらないんだ」

「ドクターカオスでしたら、我々の方で彼に仕事を頼んでいます」

 ジークが、横島の質問に答えた。

「別件か?」

「いえ、今回の件がらみです」

「俺は何も聞いてないけど?」

「もうちょっとだけ待ってなのね〜〜。準備ができたら、横島さんにもきちんと教えるのね〜〜」

「まあ、大急ぎの用事ってわけでもないから、必要な時に連絡が取れるように頼むよ。
 それから、俺に内緒でいったい何をしてるんだ」

「それは秘密なのね〜〜。でも、横島さんが見たら、きっと大驚きするのね〜〜」




 同じ頃、薄暗い地下の大空洞の中に、カオスとマリアの姿があった。

「マリア。作業の進み具合はどうなってる?」

培養(ばいよう)に・ついては・75%まで・進んで・います。霊力充填(じゅうてん)は・現在・63%・です」

「霊力充填が遅れとるな。急ぐように伝えといてくれ」

「了解・しました」

 カオスは目の前にあった、高さが数十メートルもある巨大な培養(そう)に目を向ける。

「どうやら、ギリギリ間に合いそうじゃの」

 その培養槽の中には、漆黒(しっこく)の肌をした巨人が、体のあちこちから細かい泡をたてながら、体を丸めてうずくまっていた。



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