交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第十四話 −涙− (01)




 美神除霊事務所での小パーティが終わったあと、シンジとアスカは横島に送られて第三新東京市へと戻った。
 かなりの時間を向こうの世界ですごしていたにも関わらず、まだ日も暮れていないことにアスカは驚いたが、横島から時間の流れる速さが違っているという説明を聞いて納得した。

「じゃあ、俺はこれで帰るから。あとはよろしくな、シンジ」

「ねえ。毎回この場所までこないと、移動できないの? もっと、近くがいいんだけど」

「そうだな。もう時空移動もだいぶ慣れたし、ここまで来るのにも人目があるしな。
 次からは、シンジの部屋から転移できるように準備しよう」

「えっ!? 僕の部屋からもできるんですか?」

 シンジが驚きの表情を見せた。

「文珠の使用で一番重要なのは、イメージなんだよ。
 いちおう、お札を張って部屋の気を調整しておけば、問題ないと思う」

「それがいいわ。毎回、この山の中までくるの大変だもの」

「準備については、ヒャクメに連絡しておくから。そうそう。大事な用事を一つ忘れてた」

 横島は携帯を取り出すと、ボタンを幾つか押してからアスカに手渡した。

「何の電話?」

「いいから、出てみなって」

 アスカは、きょとんとした表情をしながら携帯を受け取ると、顔に近づけた。

「もしもし」

「よお、アスカ。久しぶりだな。元気か?」

「加持さん!」

 電話の相手は、なんと加持だった。

「急にいなくなっちゃったから、心配してたんですよ。今、どこにいるんですか?」

「すまない、アスカ。それはちょっと話せないんだ」

「でも……」

「それより、この電話にかけてきたってことは、アスカもシンジ君たちの一味に仲間入りしたって
 ことだな?」

「はい。なんというか、成り行きで……」

「詳しい事情は話せないが、俺も命を狙われたところを彼らに助けられてね。
 それから、俺も彼らの仕事を手伝っているというわけさ」

「もう、ネルフには戻ってこないんですか!?」

「大丈夫だ。今の予定だと、一ヶ月くらいで第三新東京市に戻れるだろう」

「本当ですか!」

「たぶんな。それより、アスカ。
 これからアスカの周囲で、今まで以上にいろいろな事件が起こるはずだ。
 その時、本当に信じられるのは、シンジ君や横島君たちだけだ。
 ネルフもあてにはできない。注意してくれ」

「それって、ミサトも!?」

「葛城は大丈夫だ。ただ、葛城はまだ、真実には少し遠いからな。
 それじゃあ、体には気をつけるんだぞ。あまり無理するなよ」

 加持との電話が終わると、アスカは携帯を横島に返した。

「加持さんが、これから事件が起こるから注意してくれみたいなことを言ってたんだけど」

「そうだな。大事な話だから、シンジも惣流さんもきちんと聞いてくれ」

「アスカでいいわよ」

「実はな、使徒との戦いはもうすぐ終わりを迎えるんだ」

「なんですって!」

「本当なんですか?」

 アスカとシンジが、口を(そろ)えて横島に聞き返した。

「おそらく間違いない。だが、本当の戦いはそこから始まるんだ」

「敵は誰なの!?」

 詰問(きつもん)するような口調で、アスカが横島に問いただす。

「シンジには少し話しているんだが、現在ネルフの上層部と、ネルフの上位組織にあたる国連の人類
 補完委員会が仲(たが)いを起こしている。
 実はこの人類補完委員会もゼーレという秘密組織の隠れ(みの)なんだが、使徒戦が終結したあと、彼ら
 がネルフに対して、何らかの行動を起こしてくる可能性が高いんだ」

「加持さんが注意しろといったのは、そのことね」

「具体的なことについては、今調べているところだ」

「わかったわ。状況は、それほど楽観的じゃないってことね」

「調査は俺たちで進めるから、二人は霊能力も含めて、実力アップに(はげ)んで欲しい。
 最悪、身を守るために俺たちの世界に逃げることになるかもしれないが、もしそうなったら、
 この世界がその後どうなるのか、全くわからなくなるからな」

 横島から深刻な言葉を聞いたシンジとアスカは、黙ってうなづいた。




 真っ暗な部屋の中央に、ゲンドウの姿があった。
 ゲンドウは背もたれ付きの椅子に腰掛け、軽く背を丸めながら、自席のテーブルに(ひじ)をつけ、(あご)の少し先で両手を組んでいる。
 そのゲンドウの席を囲むようにして、十二枚の黒い長方形の石板が空中に浮かんでいた。

『ロンギヌスの槍、回収は我らの手では不可能だよ』

 先の使徒戦で零号機が投擲(とうてき)したロンギヌスの槍は、使徒を殲滅(せんめつ)したあと、第一宇宙速度を突破して月軌道へと移っていた。

『なぜ使用した?』

『エヴァシリーズは、まだ予定には揃っていないのだぞ』

 周囲の石板から、ゲンドウを非難する声が次々とあがる。

「使徒殲滅を優先しました。やむを得ない事象です」

『やむを得ない!?』

 ゲンドウの発言に対して、“SEELE06”の石板から反発の声が出た。

『言い訳には、もっと説得力を持たせたまえ。最近の君の行動には、目に余るものがあるな』

「これ以上の審議は無用でしょう。私は退席させていただく」

『碇』

 席を立って部屋を出ようとしたゲンドウを、“SEELE01”のキール議長が呼び止めた。

『これ以上、事を独断で進めるなら、次はもう君の席はないぞ』

「……心しておきましょう」

 ゲンドウが退出した後も、ゼーレの番号が刻印された石板はその場に残っていた。

『それも、やむなしか』

『碇、ゼーレを裏切る気か』

『そもそも、君がもっとまじめにやっていたら、こんな事にはならなかったはずだよ。
 次からは、事前に知らせて欲しいものだな、タブリス』

 タブリスと呼ばれて、ゆっくりと石板の方を振り向いたのは、渚カヲルであった。
 カヲルは粗末なパイプ椅子に座りながら、この部屋の片隅(かたすみ)でゼーレの会議の様子を聞いていた。

『聞こえているのか?』

「聞こえているよ」

 カヲルはやや投げやりな口調で、“SEELE02”の石板からの問いに答えた。

「仕方ないだろ?
 あの時は、槍を使うのがあまりにも突然すぎたし、あそこで僕が止めるのも変だったし。
 それより、僕がここに来るのは、もうまずいんじゃないかなあ。
 僕はもうすぐ、ネルフの正式な一員になるんだよ」

『わかっている』

 “SEELE01”の石板が、カヲルの発言に返答した。

『しかし、連絡は(おこた)るな。碇がまた不穏(ふおん)な動きを見せたら、すぐに知らせるのだ』

「わかってるよ。言われたとおり、サード・チルドレンには張りついてるし」

 カヲルは両手をポケットに入れると、パイプ椅子の背もたれに寄りかかりながら足を伸ばした。

「それにしても、人間って奇妙な生き物だね。自分以外のものに、関心を持ちすぎる。
 他人のために怒ったり(あわ)てたり、必死になったり思い詰めたり。
 まあ、見てて()きないけど」

『人間とは、そうしたものだ』

 “SEELE01”の石板から、再び声が返ってくる。

『しかし、我々の計画が実行されれば、人はそういった(わずら)わしさから解放されるだろう』




「シーンジ」

 翌日、ネルフでの訓練を終えて帰宅しようとしていたシンジを、アスカが呼び止めた。

「あ、アスカ。どう体の調子は?」

「全然、問題なしよ。私も早く復帰したいわ」

 前回の使徒戦で入院したアスカは、現在も定期的な通院を義務付けられていた。
 パイロットとしての訓練も、しばらくの間は休みとなっている。

「アレの訓練も、そろそろ始めたいわね」

 アスカのいう“アレ”とは、霊能力がらみのことである。

「そのことなんだけどね、アスカ。
 ヒャクメさんからの伝言で、アスカに太極拳を教えるように言われてるんだ」

「バカ。ここで個人名を(しゃべ)っちゃダメでしょ。注意しなさいよ、まったく」

「ご、ごめん」

「まあ、誰かに話したくなる気持ちはわかるけどね」

 今まで秘密にしていたことを身近で話せる相手ができて、シンジの口は以前と比べると明らかに軽くなっていた。
 むしろ新参のアスカの方が、機密漏洩(ろうえい)に対して気を使っている。

「ところで、その太極拳って、シンジが朝によくしている体操のこと?」

「えっ! アスカ、知ってたの!?」

「毎日の様にやっていれば、気がつくわよ。
 まあ、ミサトは朝寝坊だから、たぶん気づいてないでしょうけどね。
 それより、今日の晩御飯はなに?」

「ハンバーグでいいかな?」

「それなら、今日はトマトソースがいいわね」

「調味料が足りないや。スーパーかどこかで買わないと」

「スーパーに寄るなら、私も付き合うわよ」

 シンジとアスカは、楽しそうに話をしながら、出口へと向かって歩いていく。
 だが二人のずっと背後に、(さび)しそうな目で、二人を追っていたレイの姿があった。







 ネルフでの訓練を終えたあと、帰宅するためネルフ本部の通路を歩いていたレイは、偶然シンジの姿を見つけた。
 シンジに近づこうと足を速めたとき、シンジを呼ぶアスカの声が耳に入る。
 レイが戸惑(とまど)っている間に、アスカは自分より一足早くシンジに近づくと、仲良く会話しながら寄り添って歩き始めた。

「……」

 アスカが、感情の起伏が激しい性格の持ち主であることを、レイは理解していた。
 今までにも幾度となく、アスカが激昂(げきこう)した口調でシンジを問い詰めている様子を近くで見てきたが、その時には特に何とも思わなかった。
 しかし、こうして二人が仲良くしている姿を見ていると、自分だけ取り残されるような寂しい想いが湧き上がってきた。

「碇く……」

 レイはシンジに呼びかけようとしたが、途中で口ごもってしまう。
 シンジに呼びかけて、もし無視されたり拒否されたりしたらという(おそ)れが、レイの行動を臆病(おくびょう)なものにしていた。
 レイは、一歩を踏み出す勇気が、持てなかった。




 結局、レイは、シンジを避けることを選んだ。
 レイが、シンジたちと顔を合わさないよう別の通路に進路を変えたとき、不意に背後から話しかけられる。

「ねえ、君。シンジ君を見なかった?」

 レイが振り返ると、そこには自分と同じくらい年齢の銀髪の少年が立っていた。

「あれ? ひょっとして、君がファースト・チルドレン?
 槍投げるところを見てたよ。もっと、ごつい女の子かと思った」

「……あなた、誰?」

「渚カヲル。フィフス・チルドレンだよ」

 レイは、カヲルが自分と同じ目の色をしていることに気がついた。
 カヲルも同じことに気づいたのか、興味深そうな視線でレイを見つめ返す。

「君は、僕と同じだね」

 レイは自分がよく知る男性、シンジやゲンドウのことを思い出した。
 紅い目の色以外に、目の前の少年からは、他の男性と違った何かが感じられる。
 それは、どちらかと言うと自分と共通するもののように思えたが、しばらくすると違和感の方が強くなってきた。

「いいえ。同じじゃないわ」

 言葉に出してみると、感じていた違和感が何なのか、少しだけわかった。
 シンジやゲンドウから感じる温かいもの、それがこの少年からは感じられない。
 レイは、目の前にいる少年に対して、嫌悪する感情があることに気がついた。

「あなたと私はよく似ているかもしれないけど、同じではないわ」

 驚いたカヲルは一瞬だけ唇をわずかに開けたが、やがて元の表情に戻ると、その場に立ち止まりながら、立ち去っていくレイの後姿を目で追っていた。




「ねえ、シンジ。これであってる?」

「体の動きはそれでいいよ。でも、少し力みすぎかな?」

 翌朝、シンジと一緒に六時に起きたアスカは、近くの空き地に移動すると、シンジから太極拳のレクチャーを受けた。
 最初のうちは、普通の体操とは異なるリズムに戸惑っていたが、三十分ほど指導してもらううちに、おおよその動きはできるようになった。

「大事なことは体を動かすことじゃなくて、体を動かすことで“気”を感じることなんだ」

「気って、なあに?」

「うーん。僕にはうまく説明できないけど、そういうものがあるんだよ。
 リラックスして体を動かすことで、気を感じられるようになるのが目的なんだってさ」

「リラックスすることが、コツなのね」

 それから二人で、十分ほど運動してから、今朝のトレーニングを終えた。

「はぁーあ。予想はしてたけど、そうすぐには習得できないのね」

「まだ一日目だよ、アスカ」

「わかってるわよ。でも、もっと簡単に、パッパッパと強くなれないのかしら?」

「そんなこと、僕に言われても……」

「横島さんも、私と同じような訓練をしてたの?」

 アスカは、シンジに横島の事情を聞いてみた。

「横島さんは特別な事情があって、ぶっつけ本番で霊能力を習得したんだってさ」

「それよ、それ!」

「でも、その方法は、僕たちには無理なんだって」

「なーんだ。つまんないの」

 横島の場合、煩悩が霊力の源になっているという特殊事情があったため、心眼の力を借りて霊能力を習得することができた。
 しかし、シンジとアスカにはこの手は使えないため、普通の霊能者と同じような修行メニューとならざるを得ないのである。




 マンションに戻ったアスカは、シャワーを浴びるため風呂に入った。
 シンジは、アスカがシャワーを浴びている間に、朝食の準備する。
 そして、寝ぼけ(まなこ)で部屋から出てきたミサトを交えて、三人で朝食を()る。
 朝食のあと、軽くシャワーを浴びてから、シンジはアスカと一緒に学校へ出かけた。

「ねえ、シンジ。ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」

「なに、アスカ?」

「使徒戦のことなんだけど、どこまで横島さんが関わっていたの?」

「アスカが来てからだと、分裂する使徒のときと、空から落ちてきた使徒のとき。
 それから、初号機が飲み込まれたときと、三号機が乗っ取られたときかな」

 他にMAGIに侵入した使徒のときも横島は戦っていたが、説明するのが面倒だったので省略した。

「他の使徒は、シンジだけで戦ったんだ」

「あ、うん」

「アンタも、少しは頑張(がんば)ったのね」

 アスカは、ちょっとだけ感心したような表情を見せた。

「最初の頃、横島さんだけで戦って欲しいって言ったら、逆に怒られちゃったんだ。
 自分で頑張らなきゃ、ダメだぞって」

「ふーん。そうなんだ」

「結局、助けてもらってばかりだったけどね。
 でも、横島さんのお陰で、少しは前向きになれたような気がするんだ」

「そうね。もしあの人がいなかったら、アンタは今でもダメダメ男のままだったかもね」

 アスカのその言葉を聞いたシンジは、思わず苦笑してしまった。



 放課後、シンクロテストのためネルフ本部へ出かけたシンジは、思いもよらない姿に出会った。

「トウジ!」

 パイロット控え室でプラグスーツに着替えたシンジの目の前に立っていたのは、黒のプラグスーツを着たトウジだった。

「ワシも今日から、センセたちと一緒に訓練することになったんや。よろしゅうな」

「う、うん」

「シンジ君、トウジ君。ミーティングをするから集まって」

 ミサトに連れられてシンジとトウジがブリーフィングルームに入ると、そこにはプラグスーツを着たレイとカヲルの姿があった。

「もう顔は知ってると思うけど、念のために紹介するわ。フィフス・チルドレンの渚カヲル君よ」

「これから、よろしく」

 カヲルはわずかな微笑を浮かべながら、シンジたちに挨拶の言葉を述べた。

「トウジ君は、皆と一緒にテストするのは始めてね」

「は、はいっ。そうです!」

 トウジは緊張した表情で、ミサトに返答する。

「テストするときは、もっとリラックスしてね。
 今日はテストプラグを使うから、危険もないし大丈夫よ」

「はいっ!」




 シンクロテストを始めるため、ブリーフィングルームから移動する途中、トウジがシンジに小声で話しかけた。

「なあ、シンジ。ミサトさん、仕事しとるときは、いつもあんな顔しとるんか?」

 以前にミサトの部屋で出会ったときと異なり、職場でのミサトは(すき)のない引き締まった表情をしていた。

「だいたい、こんな感じだよ」

「部屋におるときの優しそうなミサトさんもええけど、凛々(りり)しいミサトさんもまた格別やなー」

「トウジ。あんまりミサトさん、ミサトさん言ってると、そのうち洞木さんが怒るよ」

「なんでそこで、イインチョが出てくるんや?」

 本気で首をかしげているトウジの姿を見て、シンジは心の中でヒカリに同情の想いを寄せた。




 制御室のモニターに、テストプラグ00から03までの4つの画面が表示されていた。

「あと0.3下げてみて」

「はい」

 リツコの指示に従って、マヤがオペレーター席で操作を行う。

「トウジ君、かなり頑張ってるわね」

「そうね。実戦はまだ厳しいけど、起動値は十分確保しているわ」

 トウジの出したシンクロ率は、エヴァを起動するのに必要な値を上回っていた。

「問題は、むしろ彼の方ね」

 リツコが、テストプラグ02のシンクロ率グラフに目を向ける。

「このデータに、間違いはないな」

「はい。全システムは正常に作動しています」

「MAGIによるデータ誤差も、認められません」

 冬月の質問に、オペレーターの日向とマヤが答えた。

「なんてこと。ほんの試しにシンクロテストを受けさせただけなのに、まさかコアの書き換えなし
 に、弐号機とシンクロするなんて」

 通常、エヴァのパイロットが交替するときは、それに合わせてコアのパーソナルパターンを変更する。
 しかし、アスカの代わりに弐号機につながるテストプラグに乗ったカヲルは、パーソナルパターンを書き換えずにシンクロしてしまった。

「信じられません! いえ……システム上、ありえないです」

「でも、これは事実なのよ」

 マヤの発言に、腕を組みながら立って実験を見ていたミサトが、口をはさんだ。

「まず事実を受け止めてから、原因を探ってみて」

 ミサトの発言に、マヤは無言でうなづいた。



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