交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第十四話 −涙− (03)




 ミサトは、同じ作戦部のオペレーターの日向を自分の車に乗せると、第三新東京市郊外の駐車場で車を停めた。

「今回の件、マルドゥックの報告書は非公開になっています」

「やっぱり……ね」

「今回ばかりはお手上げです」

 ミサトはネルフには内密で、カヲルの調査を日向に頼んでいた。

「MAGIも全力を上げて、彼のデータを洗ってるわ。
 にも関わらず、未だ正体不明。何者なの、彼?」

 そのとき、何気なく車外の景色に目を向けたミサトが、外の異変に気がついた。

「葛城さん!」

 日向もすぐに、同じ事に気がつく。

 ピロロロロ……

「はい」

 ミサトは、かかってきた携帯に出た。

「ええ、わかってるわ。私もたった今、肉眼で確認したから」

 ミサトの視線の先に白い光の(ひも)が、上空に輪を作って(とど)まっていた。




 ミサトと日向は、大急ぎでネルフ本部へと戻った。

「遅いわよ。何をしてたの」

 発令所に入ったミサトに、リツコが(とが)めの言葉を投げかける。

「言い訳はしないわ。状況は?」

「目標は現在、大涌谷(おおわくだに)上空まで接近。定点回転を続けています」

「パイロットは?」

「5人全員召集済みです。現在、控え室で待機しています」

「使えるエヴァは?」

「零号機と弐号機は、問題ないわ。
 三号機は修復作業中。初号機は4番ケイジで待機中よ」

 リツコがミサトに、エヴァの整備状況を伝える。

「凍結はまだ、解除されてないわけね」

「碇司令の指示よ。初号機は、凍結解除の命令が出るまで、出撃できないわ」

「仕方ないか。アスカもまだ無理よね」

「退院してから、シンクロテストをしてないのよ。
 シンクロ率がどこまで回復しているのか、今はわからないわ」

 状況を認識したミサトは、すぐさま決断を下した。

「零号機は32番から発進。使徒を迎撃可能な位置まで移動させて。
 それから、弐号機は零号機のバックアップ。
 弐号機には、フィフス・チルドレンが搭乗すること。いいわね?」

「了解!」

 日向はミサトの指示を受けとると、回線を開いてシンジたちに命令を伝えた。




 零号機と弐号機が、地上に射出された。
 零号機を先頭にして、パレットガンを構えた二機のエヴァが、使徒に向かって接近していく。

「ミサト!」

 そのとき、アスカが発令所の中に入ってきた。

「どうして、私が出撃できないのよ!?」

「あなたはまだ、通院治療中なのよ。パイロットの人数に余裕がある今、出撃は許可できないわ」

「でもっ!」

「デモもストも無し! 今回は大人しく待機してなさい」

「わかったわよ」

 アスカは(きゃ)しそうに奥歯を強く()むと、通信用のマイクを借りて、弐号機に乗っているカヲルを呼び出した。

「ちょっと、そこの変態! 私の弐号機、壊さないで返すのよ」

「変態はひどいな。でも、大丈夫。君の弐号機はちゃんと返すよ」

 カヲルは余裕のある表情で、アスカに返答した。




 その頃シンジは、初号機に搭乗(とうじょう)した状態で待機していた。

(前はあんなに戦うのが嫌だったのに、待つのがこんなに(つら)いなんて)

 エントリープラグのスクリーンには、使徒と対峙している零号機と弐号機の姿が映し出されている。

(今日は、横島さんがいない。僕が頑張(がんば)らないといけないのに……)

 横島は今日、こちらに来ていなかった。
 シンジは、ジリジリと焼けるような焦る思いに、心が駆られる。

(また僕だけ、こんな所で手をこまねいているだけなのか。
 この前のアスカみたいに、もし綾波に何かあったら……僕は……)

 言いようのない不安な気持ちが、シンジの心の奥底から湧き上がっていた。




 零号機と弐号機は、一定の距離を保った場所で使徒と対峙していた。

膠着(こうちゃく)状態ですね」

 日向が、現在の状況を口にした。

「まず敵の攻撃手段が読めないことには……」

「青からオレンジへ、パターンが周期的に変化しています」

「どういうこと?」

「MAGIは回答不能を提示しています」

 ミサトの問いかけに、マヤが答えた。

「答えを導くには、データ不足ということね。ただ、あの形が固定形でないことは確かだわ」

 リツコが、現状での推論を述べる。

「先に手は出せない……か。レイ、しばらく様子を見るわよ」

「いえ。来るわ」

 使徒は、細いひもが二重に(から)み合いながら大きな輪を作っていたが、それが一本の太いひもに変化し、そして輪が解けてから二機のエヴァに(おそ)いかかった。

「綾波っ!」

 ドン! ドン!

 零号機と弐号機が、パレットガンで応戦した。
 使徒は、パレットガンの弾が命中した衝撃でいったん動きを止めるが、別の方角に転進してから、零号機に矛先を向けた。

 ズシャアーーッ!

 高速で動く使徒を捉えることができず、零号機と使徒が接触しそうになるが、すんでの所で弐号機が零号機を横に押しやり、その攻撃をかわした。

 ドンドンドンドン!

 零号機と弐号機の間をすり抜けた使徒は、二機の背後で方向転換しようとするが、向きを変えるため動きが遅くなったその隙に、弐号機がパレットガンを乱射した。
 パレットガンの弾幕により、使徒はその動きをかき乱されたが、ダメージを受けたようには見られない。

「ライフルは効かない! 他に何かないの!?」

「デュアルソーを出すわ。Cの883に走って!」

「ラジャー」

 使徒が、弐号機に向かって突っ込んできた。
 弐号機はジャンプして使徒をかわすが、使徒は方向を変えて、空中にいる弐号機に狙いを定める。
 ところが、弐号機は逆に自分に向かってくる使徒を足場代わりにしてさらに大きく跳躍(ちょうやく)し、空中で数回転しながらデュアルソーの射出位置へと到達した。

(すごい……)

 戦いの様子を初号機のエントリープラグのスクリーンで見ていたシンジは、弐号機の華麗(かれい)な動きに目を奪われていた。

「なんて動きなの」

「アスカもすごかったけど、それ以上だわ」

 発令所にいるミサトとリツコも、カヲルの戦いぶりにすっかり感心していた。

 バシュッ!

 地面にある武器射出口が開き、そこから電動(のこぎり)を二つ重ね合わせた武器が姿を見せた。
 エヴァサイズの巨大な電動鋸の取っ手を弐号機が(つか)むと、二組のチェーン刃が高速で回転を始める。

「悪いけど、僕が勝たせてもらうよ。
 消えるのはそっちだと、シナリオにはそう描かれているんだ」

 ギャリリリリ……

 弐号機に接近した使徒とデュアルソーが接触し、大きな擦過音(さっかおん)が周囲に響く。
 だが、そのときひも状の使徒のもう一方の先端が、近くにいた零号機へと襲い掛かった。

 ドンドン!

 レイは慌ててパレットガンを発射するが、使徒の勢いを止めることができない。

「レイ! よけて!」

「ダメです。間に合いません!」

 ミサトの悲鳴のような指示も虚しく、使徒が零号機に近づいた。
 使徒は零号機の直前で七つに別れると、腹と背中から零号機の装甲に接触する。

「くっ……」

 レイは正面から零号機に接触した使徒のひもの一つを掴むと、パレットガンを当ててゼロ距離射撃を行った。

 ドンドンドン!

 だが、ひもは切断されるどころか、ゼロ距離での攻撃にも関わらず、まったくダメージを受けていない。

(零号機は捕まったのか。ライフルは効かないってのに……)

 カヲルは零号機の様子を確認したが、こちらも使徒と接触している状態ではどうにもできなかった。

 ギャリリリリ……

 弐号機はデュアルソーでの攻撃を続行するが、パレットガンと同様、使徒がダメージを受けている様子は見られなかった。

(くそっ! これも効かないのか)

 ズブッ!

 デュアルソーの刃と接触していた使徒が、先端を少し動かして横からデュアルソーに接触し、さらにそこからデュアルソーの内部へと潜り込んだ。

(まずい。侵食型かっ!)

 カヲルが焦りを覚えたその時、零号機に接触していた使徒のひもの先端部分が、装甲の中へと侵入していった。

「!!」

 レイが、声にならない悲鳴をあげる。

「綾波ぃぃっ!」

 シンジの(さけ)び声も(むな)しく、使徒は少しずつ、零号機の中へと潜り込んでいった。







「くっ……うっ……」

 使徒が零号機に潜り込んでいくにつれて、レイの体に葉脈のような筋が浮かび上がってきた。

 ビキビキ……

「あ……ああっ」

 零号機とシンクロしている今、レイの感覚と零号機の感覚は同調していた。
 異物が体の中に入ってくる感触を受け、レイは思わず(もだ)えるような悲鳴をあげてしまう。
 背中や腹から浮かび始めた葉脈は、やがて胸や背中全体にまで広がっていった。

 ガクン

 やがて、零号機は大きく姿勢を(くず)し、音をたてながら地面へと倒れた。

『目標、零号機と物理的接触』

「零号機のATフィールドは?」

「展開中です。しかし、使徒に侵食されています」

 マヤが、ミサトの質問に答えた。

「弐号機はどうなってるの!?」

 弐号機がもつデュアルソーも、零号機と同様、使徒に侵食されていた。

「くっ!」

 使徒の侵食で広がった葉脈がデュアルソーの手元まで達したとき、弐号機がデュアルソーを手放した。
 デュアルソーはいったん地面に落ちたが、そのまま地面に横たわることなく、今度は弐号機に襲い掛かった。
 弐号機は避けようとするが、間に合わず左足首がデュアルソーの刃と接触してしまう。

「ぐああああっ!」

 高速で回転するデュアルソーの刃が、弐号機の左足首を切断した。
 弐号機は、そのまま地面へと倒れてしまう。

『弐号機、左足破断!』

 発令所で戦況を見ていたアスカが、顔に手を当てて大きく息を呑んだ。
 思わず「ママ」と叫びそうになったが、その声をかろうじて喉元で止めた。

(くそっ、何てざまだ)

 左足切断のフィードバックの衝撃は、かなり大きかった。
 カヲルの表情からは余裕が失われ、荒い息を繰り返していた。

(これ以上、本気でやりあったら、こっちがヤバい……どうする?)

 デュアルソーを操っていた使徒が、先端部分をデュアルソーの外に出した。
 そして、そのまま体を伸ばすと、地面に倒れている弐号機に正面から侵入した。

(うっ……)

 異物が体の中に入る感覚に、カヲルは思わず顔をしかめる。

「ダメです。弐号機も侵食されます」

「使徒が、積極的に一時的接触を試みてるの? ……エヴァと」

 リツコは食い入るような視線で、発令所のメインスクリーンに映る使徒の映像を見つめていた。




「あ……あっ!」

 零号機への使徒の侵食が続いていた。
 使徒が、その体を零号機に潜り込ませるたびに、レイが苦しそうにうめく。

「危険です! 零号機の生体部品が侵されています。すでに5%以上が融合されています!」

 マヤが操作するオペレーター端末に表示されている使徒の侵食を表す数値が、どんどん大きくなっていった。

「父さん、僕を出して! 今すぐ、僕を出してよ!」

 初号機のエントリープラグから、シンジが直接ゲンドウに訴えかけた。

「司令……」

 たまりかねたミサトが、斜め後ろ上方の司令席を振り返る。
 しかしゲンドウは、顔の前で両手を組んだまま、ずっと口をつぐんでいた。




 零号機のエントリープラグの中で、レイは粗い息をしながら、パイロットシートに寄りかかっていた。
 使徒の侵入で生じた葉脈が、胴体から両手と太ももにまで広がっている。
 体をよじりながら、使徒が侵入してくる不快感に耐えていたレイの心に、不意に幾つもの波紋が生じた。




(誰?)

 レイの心に、赤い空とオレンジ色の水面をもつ世界が浮かび上がった。
 オレンジ色の水面に波紋が広がり、そこからプラグスーツを着たレイと同じ顔をした女が、水面から姿を現した。

(私? エヴァの中の私?)

 その女は、顔を軽くうつむかせた姿勢で、レイと向き合った。

(いいえ、違う。私じゃない。……誰? あなた、誰?)




 弐号機は腹に突き刺さった使徒の侵入を防ごうと、両手で使徒を掴んでいた。

(僕に侵入して、この先どうする気だい?
 僕自身のATフィールドを使えば、こいつをはじき出すこともできる。
 だけど、今ここで僕の正体を知られるのはマズい……)

 カヲルの意を察したのか、使徒の侵入がそこで止まった。

「そう……だから、しばらくこのまま大人しくしてろ」

 カヲルの表情に、ようやくいつもの冷静さが戻った。




「使徒……私たちが、使徒と呼んでいるヒト?」

 赤い世界では、二人のレイの対峙が続いていた。

『私と一つにならない?』

 オレンジ色の水の中から出てきたレイが、もう一人のレイに話しかける。

「いいえ。私は私。あなたじゃないわ」

『そう……でも、ダメ。もう遅いわ。私の心を、あなたにも分けてあげる』

 ビキ……ビキビキビキ……

 レイの全身に、葉脈のような筋が広がっていった。

『ほら、痛いでしょ。心が痛いでしょ?』

「痛い……いえ、違うわ」

 レイが、自分の右手を左胸の上にあてた。

「サミシイ……そう、(さみ)しいのね」

『サミシイ? わからないわ』

「一人が嫌なんでしょ? 私たちはたくさんいるのに、一人でいるのが嫌なんでしょ」

『それを寂しいというの? でもね、それはあなたの心よ』

 もう一人のレイが、わずかに顔を上げる。

『気づいていたはずよ、ずっと前から。でもあなたは、それに気づかないフリをしていた。
 そして、もっと(みにく)い心にも』

「……醜い?」

『碇くんを、自分だけのものにしたい心』

 その言葉を聞いたレイは、思わず立ちすくんでしまう。

『碇くんが、惣流さんと仲良く歩いている姿を見て、どう思った?
 笑顔で惣流さんに話しかける碇くんを見て、どう思った?
 嫌だと思ったでしょう。惣流さんを憎いと思ったでしょう。
 自分だけを見て欲しい、そう思っていたでしょう』

「……」

『寂しいから、いつもそばに居て欲しいと思ってたでしょう。
 それが、あなたの心。
 悲しみと憎しみと切なさに満ち満ちている、あなた自身の心よ』




 レイの心が、現実へと戻った。
 ふと気がつくと、両目に涙が満ちて、視界がゆがんでいた。

「涙……これが涙。泣いているのは私? 私なの?」

 そのとき、零号機の状態に変化が起きた。
 背中が突然(ふく)れ上がると、そこから樹木の幹のようなオブジェが零号機の背中から生えた。
 その幹の表面には、(けもの)や使徒の仮面のような顔が、幾つも浮かび上がっていた。

「綾波っ!」

 零号機の異変を目にしたシンジは、思わず大声で叫んでしまう。

「エントリープラグを強制射出!」

「ダメです! 反応しません!」

 弐号機も使徒に侵入され、さらに足を損傷している。
 三号機は、まだ実戦には耐えられない。
 マヤの報告を聞いたミサトは、思わず顔が青くなってしまった。

「初号機の凍結を、現時刻をもって解除。出撃だ」

「えっ?」

 司令席からの命令をすぐに理解できず、ミサトは思わず問い返してしまう。

「初号機の凍結を解除。出撃だ」

「はい」

 ミサトは、すぐさま初号機に回線をつないだ。

「シンジ君、聞こえたわね。行くわよ」

「はいっ!」

 ミサトからの指示に、シンジは力強い声で応えた。







 凍結解除された初号機が、カタパルトに載せられて発射台まで移動した。

「初号機、発進!」

 バチッという音とともにカタパルトのロックが解除される。

 バシュウゥゥッ!

 初号機が、急加速で地上へと射出された。

「ATフィールド全開。目標と接触しないように注意して。
 とにかく力ずくで、エントリープラグごとレイを救出するのよ」

 だがシンジは、心の中では別のことを考えていた。

(たぶん、ATフィールドではあの使徒はを防げない。それなら……)

 シンジは、横島から預かっていた文珠を握り締めた。

(待ってろよ、綾波! 今から助けに行くから)

 シンジは『同』『期』の文珠を使って、初号機に直接シンクロすると、両手に霊気を集めるイメージを浮かべた。

『初号機のATフィールドが、両腕の先に収束していきます!』

「なんですって!」

 発令所でミサトたちが見守る中、初号機の右手に剣が、そして左手には小さな盾が発生した。

「初号機のイレギュラー発生を確認……か」

 リツコが、小さな声でつぶやいた。

「ミサト。これで少しは、勝ち目が増えたかしら?」

「いえ、まだわからないわ。油断は禁物よ」




 エントリープラグの中で涙を流していたレイが顔を上げたとき、こちらに向かって駆けてくる初号機の姿が、スクリーンに見えた。

(碇くん!)

 しかし、レイが初号機に視線を向けると同時に、背中に生えた樹木の幹のようなオブジェの先端から、ひも状の使徒が初号機に向かって伸びていった。

(ダメッ!)

 初号機は使徒が接近してくることに気づくと、立ち止まって左手の白く光った盾を突き出した。
 勢いよく突っ込んできた使徒が盾とぶつかって、バチバチッと激しい音をたてる。
 ATフィールドを突きぬけ、エヴァにさえ侵食してくる使徒も、その盾を破ることはできなかった。
 初号機が盾で使徒を押し返すと、使徒はいったん初号機から離れて、別の方角に飛び去っていった。




「よし。何とかなりそうだ」

 使徒との戦いで、シンジが霊力を使うことはこれが始めてだったが、サイキック・ソーサーで使徒の攻撃を防ぐことができたため、シンジは大きな手ごたえを感じていた。

 シャアアァァッ!

 使徒が再び襲ってくるが、初号機は半身になってその突撃をかわすと、今度は霊波刀で使徒の体に斬りつける。

 ザシュッ!

 パレットガンは元より、デュアルソーの攻撃すら受け付けなかった使徒の体が、霊波刀の一閃(いっせん)で切り裂かれた。
 霊波刀でできた傷口から、大量の血が周囲に飛び散る。

(このまま、使徒をやっつけて、それから綾波を……)

 シンジがそう思ったとき、使徒の様子に変化が生じた。
 使徒の先端部分が形を変え、レイの上半身の姿に変わる。
 そのレイは、うっすらと微笑を浮かべながら、初号機へと近づいていった。

「……くっ」

 シンジは、レイと同じ形をした使徒に対して、霊波刀を振るうのをためらってしまう。
 その隙に、使徒が初号機の右手首へと絡みつき、そこから初号機内部に侵食を開始した。




(あれは、私の心?)

 零号機のエントリープラグから、レイは自分と同じ形をした使徒が、初号機に絡みつく様子を眺めていた。

(碇くんと一緒になりたい、私の心……)




(何だ……!?)

 同じ頃、弐号機に乗っていたカヲルにも、異変が発生していた。

(何かが、流れ込んでくる……)

 使徒と接触していた部分から、カヲルに強い感情が流れ込んできた。
 始めて感じる感覚に、カヲルは戸惑(とまど)いを覚える。

(何だ、これは……)

 知らず知らずのうちにカヲルの目に涙が()まり、やがてその涙が目の外にまで(あふ)れていった。




「シンジ君、応戦して!」

「はい!」

 手をこまねいていたシンジに、ミサトが発破をかけた。
 シンジは左手のサイキック・ソーサーを消して、代わりに小さな霊波刀を作って構える。
 だが、レイの姿をした使徒を見て、シンジは再びためらってしまった。

(このままじゃ、ダメだ。やらなきゃ、僕も綾波もやられる。やるんだ!)

 シンジは意を決すると、左手の霊波刀をレイの姿をした使徒に突き刺した。
 使徒は「ギャッ」という声を発して攻撃から逃れたが、もう一度初号機に近くづくと、首にまとわりついた。

「ぐっ……」

 使徒が、首のつけねから初号機に侵入する。
 使徒が侵入した首元から、シンジの体にも葉脈のような筋が浮き出た。

「あ……綾波……綾波っ!」

 シンジの叫び声を聞いたレイは、ハッとした。
 レイは反射的に腕で体を抱え込むと、自分の方に使徒を引き寄せようとする。

『零号機、ATフィールド反転! 一気に侵食されます!』

「使徒を押さえ込むつもり!?」

 敵の攻撃を排除する、いわば斥力(せきりょく)の働きをしていたATフィールドが、反転と同時に引力と同じ作用を起こした。
 零号機から伸びていた使徒の体が、ATフィールドの反転とともに初号機から離れて、零号機の中へと引きずりこまれる。

「レイ、なにしてるの! 機体は捨てて、早く逃げるのよ」

「ダメ」

 レイは、ミサトの命令を拒絶した。

「私がここからいなくなったら、ATフィールドが消えてしまう」

 零号機の体に使徒が吸収されたため、使徒の侵食で発生した葉脈がレイの全身を(おお)った。
 レイは苦しそうに体をよじると、パイロット席の後方に手を伸ばす。

「だから、ダメ」

 レイは万が一の事態のために用意されていた自爆用レバーを掴み、それを引っ張った。

「レイ。あなた、死ぬ気?」

「綾波っ!」

 ミサトの言葉を聞いたシンジの顔が、蒼白(そうはく)になってしまう。

「レイ!」

 発令所にいたゲンドウも、思わず叫んでしまった。

 ボコッ、ボコボコッ!

 使徒を吸収して大きく膨らんでいた下半身が、零号機の自爆シーケンスが進むにつれて、ボコボコと音をたてて(つぶ)れていく。

『コアが潰れます! 臨界突破!』


―― 私の心……
こんなにも、狂おしいほど、人とつながりたい私の心……
いつの間にか、震え、もがき、血を流し、息づいていた。
最後の、こんな瞬間に気づくなんて――――碇くん


 零号機が自爆する瞬間、レイの視界が真っ白に染まったその時に、レイは背中から誰かに抱きしめられたような気がした。



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