交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第十六話 −約束の日− (01)




 休日の当直のため、発令所にいた日向・青葉・マヤの三人のオペレーターが、マイカップでコーヒーを飲みながら雑談していた。
 彼らの他に誰もいないため、リラックスしながら会話をしていたが、ふと青葉が()らした話に、マヤが驚きの表情を見せた。

「本部施設の出入りが全面禁止!?」

「第一種警戒態勢のままでか?」

 日向の言葉に、青葉がうなづいた。

「あの、先輩からこっそり聞いた話なんですけど、使徒は全部で十七体なんだそうです。
 この前の少年が、最後の使徒のはずなんですが」

 極秘情報のため、マヤが声をひそめながら言った。

「今や平和になったってことかな?」

「じゃあ、ここは? それにエヴァはどうなるの?」

「ネルフは組織解体されると思う。俺たちがどうなるかは、見当もつかないな」

「そんな……先輩も今いないのに」

 青葉の発言に、マヤが不安そうな顔を見せた。

(自分たちだけで粘るしかないのか。補完計画の発動まで)

 日向はコーヒーをすすりながら、ミサトから聞かされた話について考えた。

「そういえば、葛城さんは? この件で、何か言ってなかったか?」

 青葉がミサトの意向について、日向に(たず)ねる。

「特に聞いてないよ。あと、調べ物をするから、緊急時以外は呼ばないでくれって頼まれてる」




 同じ頃、ミサトは新宿駅から郊外に向けて走る電車の中にいた。
 電車の吊り革に(つか)まって立ちながら、ミサトは懐かしそうな目で電車の外を流れる風景を眺めている。
 ミサトの服装は、いつも仕事をしている時と同じネルフの士官服である。
 その服がよほど目立つのか、あるいは着ていたミサトのスタイルが気になったのか、電車に乗り込んだ乗客の何割かがミサトにチラチラと視線を向けていた。

「外出するんだったら、いったん着替えてから来ればよかったわ」

 ミサトは吊り革に軽く体重をかけると、うつむきながら小さなため息をついた。

「すまんな。行き先を言ってもよかったんだが、自分で確かめるまで信じてくれないと思ってな」

 ミサトの隣に立っていた加持が、にやにやと笑いながら言った。

「まったく……今だって、半分信じられないくらいよ」

「ま、そう悪く思うな。
 俺だって最初は、性質(たち)の悪い幻覚を見てるんじゃないかって、真剣に考えていたくらいだし。
 おっと、降りるのは次の駅だったな」

 ミサトと加持は、次に停車した駅のホームで、電車を降りた。
 その駅は住宅街の真ん中にあり、駅前にある小さな商店街を抜けると、一戸建ての住宅や二階建ての木造アパートが建ち並んでいる。
 ミサトはその住宅街にある一本の道路沿いに歩いていたが、やがて公立の中学校の入り口の門で足を止めた。

「私、セカンドインパクトが起きるまで、この学校に通ってたのよ」

「けっこう、近いところにあるんだな。
 俺の通ってた学校、電車の路線は違うけど、ここから歩いて30分くらいのところなんだ」

「そうなんだ。案外、街のどこかですれ違ってたこともあったかもね」

「まあ、そういうこともあったかもな」

 ミサトは学校の校門を離れると、さらに五分ほど歩き、七階建てのマンションの前で立ち止まった。

「ここが、私が住んでいたマンション。たしか502号室だったかな」

 ミサトが、一階にあった郵便受けを確認する。
 加持にあらかじめ聞いていたが、502号室はもちろん、隣の部屋も知らない名前が書かれていた。

「景色が一緒でも、そこに知り合いが誰もいないって、本当に不思議な感じ」

「ま、だからパラレルワールドってことが、実感できるんだけどな」

 ミサトと加持は歩いて駅に戻ると、今度は来たときと反対方向の電車に乗った。

「他に行きたいところはあるか? 近場ならかまわないぞ」

「そうねえ……デ○○○ーランドに行ってみたいな。浦安にあるやつ」

 その名前を聞いた加持は、苦笑してしまった。

「それがだな、こっちにあるのはデジャブーランドっていうそうだ。
 聞いた話だと、全体的なイメージは同じなんだが、アトラクションがけっこう違うみたいだ。
 異世界観光にはうってつけだが、昔を(なつ)かしもうとすると肩すかしを食らいそうだな」

「そうなんだ。ちょっち残念ね」

「なんだ、ミサト。ひょっとして、遊園地デートがしたかったのか?」

 加持が、ミサトの顔をひょいと覗き込んだ。

「今日は無理だが、手が空いたら何日でも付き合ってやるぞ」

「バカ。誰もあんたと一緒だなんて、言ってないじゃない」

 ミサトは加持から目をそらすと、はにかんだ表情を見せた。




 都内に戻ったミサトと加持は、電車を乗り換えて美神除霊事務所へと向かった。

「お帰りなさい、ミサトさん」

 おたまを片手にもち、普段着の上にエプロンを着けたシンジが、二人を出迎えた。

「シンちゃ〜〜ん」

 ミサトはシンジの姿を見つけると、つかつかとヒールの音を鳴らして近づいてから、シンジの両(ほほ)を思い切り両手で(つま)んだ。

「こんなに大事な秘密を今まで黙っていてくれて、本当にあ・り・が・と・う!」

「い、いひゃいです、みひゃとひゃん」

 ミサトは目元に険を寄せつつ、引きつった笑顔を浮かべていたが、やがてシンジの顔から手を離した。

「でも、今まで何とかやってこれたのは、シンちゃんたちのお陰だったかもね。
 それには、感謝してるわ」

「だったら、本気でつねらないでください」

 シンジはひりひりする頬をさすりながら、うらみまがしい視線をミサトに向けた。

「まあ、そう怒らないでくれ。
 ミサトは今まで仲間はずれにされてたのが、悔しかったみたいだけだから」

「そうよ。あらかじめ情報を知っていたら、もっときちんとした作戦が立てられたのに!」

「今さら、そんなこと言われても……」

 シンジが、しょぼくれた顔を二人に見せる。

「まあまあ。本当は、ミサトさんには最後まで打ち明けずにいくって話もあったんです。
 俺たちとしては、けっこう高いリスクなんですよ」

 事務所のソファーに座っていた横島が、二人の間に割って入った。

「そう思われても、仕方ないかもね。ネルフでの表向きの役職を考えれば」

 実際の立場はともかく、役職上でミサトは、ゲンドウ・冬月に次ぐネルフのNo.3である。
 ミサトが、上層部に無断でネルフの秘密を探っていることを確認するまで、横島たちの存在を打ち明けることはまず考えられなかった。

「話は終わりましたか? 食事の準備ができてますので、奥の部屋で待っていてください」

 シンジと同じく、エプロンを着けておたまを片手にもったおキヌが、キッチンからひょこっと顔を出した。







 ミサトと加持が事務所の一室で待っていると、そこにシンジとおキヌが出来たばかりの食事を運び込んだ。
 手が空いていた横島も、皿を並べるのを手伝わされる破目となる。
 ミサトと加持も手伝おうとしたが、今日はお客さんということでおとなしく座らされた。

「いただきまーす」

 食事の献立は、金目鯛の煮付けと筑前煮、そしてご飯と大根のみそ汁だった。
 ミサトは金目鯛に箸をつけると、ぱくっと口の中に放り込んだ。
 続けて、みそ汁の椀をとって一口飲み込む。

「おいし〜〜い!」

 ミサトは、心から満足そうな笑みを浮かべた。

「ね、ね、シンちゃんはどれを作ったの?」

「僕が作ったのは、金目鯛とみそ汁です。筑前煮はおキヌさんが作りました」

「みそ汁の出汁、いつもと違ってない?」

鰹節(かつおぶし)から、昆布と椎茸(しいたけ)に変えてみたんです」

「前に食べさせてもらった時より、一段とおいしくなってるな」

 シンジとミサトの会話に、加持が加わってきた。

「実は、金目鯛の味付けとみそ汁の出汁の取り方は、おキヌさんから教わったんです。
 僕の腕前なんか、まだまだで……」

「そりゃ、謙遜だよ。シンジ君」

「ホント、シンちゃんをお婿にもらう人は幸せよね〜〜。ね、いっそのこと、私と結婚しない?」

「それはお断りします」

 ミサトの申し出を、シンジは即座に拒絶した。

「え〜〜、どうしてよ〜〜」

「こんなにがさつな人の面倒を一生みるなんて、僕には無理です。それに、加持さんに悪いですし」

「なによー。シンちゃんのいけずー」

 ミサトが、ぷっと頬を(ふく)らませた。

「あ、あの……」

 邪魔しては悪いと思ったのか、シンジたちの会話を黙って聞いていたおキヌが、おそるおそる口を開いた。

「ミサトさん。横島さんが、ご迷惑をおかけしませんでしたか?」

「えっ、あたし?」

 突然質問されたミサトが、きょとんとした顔をする。

「ミサトさん美人ですし、それにスタイルもいいですから、横島さんがなにかしでかしてないかと
 思いまして」

「彼とは、今日知り合ったばかりだし、特にヘンなことはされてないけど」

「ですが、横島さんは、しょっちゅうシンジ君に憑依(ひょうい)してたじゃないですか。
 横島さんがシンジ君の体を使って、(のぞ)きとかナンパとかしなかったですか?」

「私は覚えはないけど、どうなのシンちゃん?」

 ミサトが、シンジに話を振った。

「そうですねー」

 おキヌの隣に座っていた横島が、「シンジ、黙ってろ」という意味のジェスチャーを必死になって体で表現するが、あいにくシンジには伝わらなかった。

「あ、そういえば、まだミサトさんの部屋に引っ越して間もない頃に、ミサトさんのシャワーを
 覗こうって言ったことがありましたね」

 横島の隣の席にいたおキヌが、その言葉にびくっと反応した。
 顔をうつむかせたおキヌの背中から、なにやら黒い瘴気(しょうき)のようなものが立ち上る。

「よ・こ・し・ま・さ・ん!」

「は、はいっ!」

 怒りを(あらわ)にしたおキヌが、横島の耳たぶをギューギューと引っ張った。

「い、痛いよ、おキヌちゃん!」

「どうして、いつもそんなことばかりするんです!」

堪忍(かんにん)や〜〜仕方なかったんや〜〜」

 おキヌが横島に非難の言葉を浴びせかけ、それに対して横島が懸命になって弁明する。
 ときおり、「そんなに大きな胸が好きなんですか!」とか「私がシャワー浴びても、ちっとも覗かないじゃないですか。そんなの不公平です!」などという不穏な発言も飛び交ったが、残念なことに弁解に必死な横島の耳には少しも聞こえていなかった。

「若いって、いいわね」

「若いって、いいもんだな」

 ミサトと加持の二人は、横島とおキヌの痴話喧嘩(ちわげんか)を昔を懐かしむような目で(なが)めてから、顔を見合わせてクスクスと笑った。




 途中でドタバタ騒ぎもあったが、無事食事が終わったあと、ミサトがシンジに声をかけた。

「シンちゃん。悪いけど、ちょっと横島君と三人だけで話をしたいから、終わるまで外で待ってて
 くれない?」

「わかりました。それじゃ僕は、おキヌさんと台所で洗い物をしてます」

 シンジが、汚れた食器を台所へと運んだ。
 そして、おキヌが三人分のお茶の入った湯飲みを置いて退出すると、部屋にはミサトと加持と横島の三人だけが残った。

「さてと」

 ミサトは居住まいを正すと、引き締まった仕事モードの顔で、横島と向き合った。

「横島君。使徒との戦いも含めて、今までシンちゃんたちの面倒を見てくれて、本当にありがとう。
 心から感謝しているわ」

「いえ、そんなに気を使わなくても。これは、俺自身の問題でもあったんですから」

「それでね、恩人のあなたにこんなことを聞くのは悪いと思うけど、あなたがどういう目的で私たち
 と関わってるのか確認しておきたいの」

「背後関係ってやつですか? まあ、ミサトさんの立場なら仕方ないとは思いますが」

「ごめんなさいね。本当は、こんなことを聞ける義理でもないのに」

 ミサトが、横島の目からわずかに視線をそらした。

「どちらかと言うと俺も巻き込まれた口なんですが、いちおう今は、オカルトGメンからパラレル
 ワールドの調査ということで、正式に仕事を請け負ってます」

「この世界での、日本国政府との関わりは?」

「GSは完全な民間組織です。
 国から仕事を依頼されることはありますが、国に直接命令されることはありません」

「あなたの仲間は、どういう目的で動いてるのかしら?」

「ヒャクメやワルキューレたちのことですか?
 神族も魔族も、今回の件では無条件で俺たちに協力してくれています。
 なんでも最高指導者、直々の通達だとか。
 ただ、彼らが何の目的で協力しているのか、その辺の事情は俺にもさっぱりわからないんですが」

 横島は湯飲みを手に取ると、適温にまで下がったお茶をぐいっと飲み込んだ。

「話をそらして悪いんだが、神族とか魔族について教えて欲しいんだ。
 ヒャクメちゃんとか春桐さんを見る限り、特殊技能をもった女性にしか見えなくてね」

 ミサトと横島の話を聞きながら、黙ってタバコを吸っていた加持が、話に割り込んできた。

「一般人の考える神様や悪魔とは、だいぶ違ってますよ。
 俺たちGSと接触する神族や魔族は、見た目は人間のような姿をしてることが多いですし。
 ただ、上層部に近づくと、だいぶそれっぽくなるみたいですが」

「最高指導者って、どんな感じなの?」

 ミサトが、横島に(たず)ねた。

「例えば、神族の最高指導者なんですが……」

 横島はそこまで言うと、ミサトの首にぶら下がっていた銀の十字架のネックレスを指差した。

「えっ!? うそっ!?」

「俺も、直接会ったことはないんですけどね。
 それに、あくまで俺たちの世界のことなんで、あまり気にしない方がいいです」

 ミサトは、驚きのあまり目を丸くしながら、胸元につけた十字架のネックレスに見入っていたが、やがて顔を上げた。

「もう一つだけ聞かせて。横島君はなぜ、シンジ君やアスカに霊能力の訓練をさせてるのかしら?」

「一つは使徒との戦いを有利にするためですが、もう一つは……」

 横島は顔をうつむかせると、考え込むそぶりを見せた。

「どうしたの? 私たちには言えないこと?」

「いえ。秘密ってわけじゃないんですが、どちらかというと将来につながる内容なので。
 まあ、戦いが一段落したら、ゆっくり話し合いましょう」

 横島は笑顔を浮かながら、ごまかすようにして頭の後ろをぽりぽりと手で()いた。

「わかったわ。それから、アスカはまだ戻らないのかしら?」

「いつもなら、そろそろ戻ってくる時間なんですが、今日は美神さんがかなり気合入っていたので
 少し遅くなるかもしれませんね」

 横島は、第三新東京市での時間の進み具合を計算しながら、適当なところで呼び戻すべきか考え始めた。







 アスカは自動小銃を構えると、霊動実験室の中央に現れた第三使徒に弾幕を浴びせかけた。
 劣化ウランではなかったが、パレットガンの弾と同様に、命中した弾が砕けて粉塵(ふんじん)を発生させる。
 粉塵で視界が(さえぎ)られた第三使徒が立ち止まると、アスカはその隙に使徒の斜め後ろに回りこんで、使徒にタックルを仕掛けた。
 そして、相手を床に押し倒すと、すかさず馬乗りになって使徒のコアにナイフを突き刺した。

「次!」

 第四使徒が現れると、アスカは自動小銃を投げ捨てて、ソニック・グレイブ代わりの薙刀(なぎなた)を手に取った。
 アスカは両手で薙刀を構えると、ゆっくりと使徒に近づいていく。
 そして、使徒の間合いの手前でいったん足を止めると、すり足でずいっと間合いに入り込んだ。

 ビュン! ビュン!

 アスカが間合いに入ると、使徒はすかさず両手の(むち)を振るった。
 アスカは一本目の鞭を薙刀で払うと、体をかがめて二本目の鞭をかわす。
 そして、使徒が鞭を振り戻した隙に、薙刀を小脇に引いてから大きく踏み込んだ。

「たあああぁぁぁーーっ!」

 アスカが薙刀を突き出すと、その切っ先が見事に使徒のコアに食い込む。
 薙刀の切っ先がコアに突き刺さったのを確認すると、アスカは薙刀を手放して、使徒のコアが光を失うまで間合いの外で待った。




「今日の彼女、かなり気合が入ってるわね」

 美智恵は、霊動実験室の制御室の中から、アスカの戦いを見ていた。

「吹っ切るのに、必死みたいよ」

 美智恵の隣で、令子が腕を組みながら立っている。

「あのダンディな彼のことかしら」

 美智恵は、令子をちらりと見てからクスッと笑った。
 加持が事務所に来るのは今日で二度目だが、初めて加持を見たとき、美神は思わず胸がドキッとしてしまった。
 加持のようなタイプは美神の周囲にはいないため――強いて言えば、横島の父親である大樹が近い。西条では少々不足――美神が加持に興味をもったのは事実である。
 だが、同席していた横島がすかさず警戒モードに入ったため、美神はあえて加持に対して無関心な態度を装った。
 今日も、アスカの求めに応じて事務所を出たのは、横島にヘンな誤解をもたせないためである。

「ま、葛城さんがいるんじゃ、令子の出番はまずなさそうだけど」

「別に私は、そんなつもりは――」

「それに、あなたが加持さんに色目を使うと、横島君がとっても不機嫌になるし」

「ちょ、ちょっと、よしてよママ」

 そして母親である美智恵は、そんな娘の気持ちや行動をしっかりと把握していた。
 実際、加持は社交辞令以上の態度を、美神をはじめこちらの世界の女性に見せていない。
 今日もここに来る前に加持とミサトと会ったが、加持の気持ちがミサトに向いていることはすぐにわかった。
 もちろん、令子の気持ちが、誰に向いてるかも理解していた。

「ところで、今日はあの子、どこまで頑張れるかしら?」

「あの調子なら、十四番目まで休憩なしで行けそうね」

 美智恵と令子の視線の先で、アスカが二つに分裂した使徒のコアに、両手のナイフを同時に突き刺していた。




 アスカは、三号機の姿をした第十三使徒を、自動小銃の乱射と薙刀の攻撃で倒した。
 パイロット救出の枷さえなければ、伸びる腕に注意すればそれ程手強い相手ではない。
 問題は、次の第十四使徒だった。

「休憩入れる?」

 制御室から、美智恵がマイクで話しかけた。

「大丈夫。このまま行くわ」

 肩で大きく息をしながら、アスカが答えた。

「了解」

 霊動実験室の中央に、第十四使徒が現れた。
 アスカは敵を視認すると、右腕にもった自動小銃をフルオートで撃ちまくった。

 第十四使徒の武器は、仮面から発射される光線と、両腕から伸びるカッターである。
 攻撃の威力、そして両腕の武器の間合いを除けば、第三使徒と同じタイプだ。
 アスカは小銃を乱射して、相手の動きを止めようとした。

「まずいわ。動きが止まってる」

 第十四使徒は、動きが遅い上に、攻撃は前方に限られる。
 左右に動けば相手の攻撃がヒットする確率はかなり下がるのだが、アスカはまるで硬直したかのように、その場に留まり続けていた。

「前の戦いの記憶が、まだトラウマとして残ってるのかもしれないわね」

 ジオフロントでの弐号機と第十四使徒との戦いについては、美智恵も令子もヒャクメからの報告書を読んでいた。
 その戦いでアスカはこっぴどくやられたのだが、その時の敗北の記憶がアスカの冷静な判断を妨げているかもしれないと、美智恵は考えていた。

「うわあああっ!」

 アスカは悲鳴のような雄叫びをあげながら、銃を撃ち続けていた。
 やがて、弾切れとなったが、アスカは銃を手放せずにいた。
 そこに、使徒が右手のカッターを伸ばして、アスカの腹部を強打する。
 アスカは衝撃で床に倒れ、そのまま意識を失ってしまった。




 アスカは、霊動実験室のある地下施設の医療ルームのベッドの上で、目を覚ました。

「気がついた?」

 ベッドの脇には、美智恵と令子がいた。
 二人は心配そうな目で、アスカの顔を見つめている。

「わたし……」

「戦闘訓練中に、気を失って倒れたのよ」

「そっか……」

 また負けてしまったのかと、アスカは軽く気落ちしてしまう。

「体は大丈夫?」

 アスカは、全身を軽く手で触った。
 痛みのあるのは腹部だけで、他は大丈夫だった。

「今日はもう上がりましょう。続きは、また今度ね」




 美神とアスカは、自宅に帰る美智恵と別れた後、美神の運転する車で事務所へと向かう。
 ACコブラの助手席に乗ったアスカは、窓の外の景色を眺めながらずっと口を開かなかった。

「あんたさぁ……」

 美神はこの勝気な少女と、今まであまり話をしていなかった。
 嫌いというわけではないのだが、アスカが目の前にいると、どことなく感情的な反発心を感じてしまうのである。
 それが同属嫌悪だということは、美智恵に言われるまでもなく自分でわかっていた。

「なんで、最後に出てきた敵に負けたのか、わかってる?」

「知らない」

 アスカは右腕をドアの上に載せると、そこに顔をもたせかけた。

「いつまでも敵の真正面にいたら、攻撃してくれって言ってるようなものじゃない。
 相手の動きは鈍いんだから、もっと左右に動かないと」

「わかってるわよ、そんなこと」

 仏頂面(ぶっちょうづら)のまま、アスカが答える。
 美神は、そんなアスカの姿を見て、はぁっとため息をついた。

「そもそも、なんでこんな訓練してるのかわかってるの?」

「短期間での戦力の底上げでしょ?」

 アスカは、何を今さらといった表情を顔に浮かべていた。

「で、どうやればその戦力の底上げができるの?」

「それは……」

 地道な訓練を積むことしか、アスカには思いつかなかった。
 だが、それには時間がかかるため、短期間でという目標が達成できない。
 アスカは、答えに詰まってしまった。

「短い時間で限界を越えるにはね、一度徹底的に追い詰められないといけないの。
 その限界ぎりぎりでもがいて初めて、今までのやり方じゃいけないってことが理解できる。
 あんたみたいな性格の女は、そうでもしないと今までに積み上げてきたものが捨てられないのよ」

 ずばずばと欠点を指摘されたが、アスカはすぐに言い返すことができず、うーっとその場で(うな)った。
 美神は、そんなアスカの様子をちらちらと横目で眺めていたが、赤信号で停車していた時に唇を開いた。

「少し昔話でもしましょうか。あんた、横島クンからアシュタロスとの戦いのこと聞いてる?」

「なにそれ?」

 興味をもったのか、アスカが運転席の方を振り向いた。

「そっちの使徒との戦いほど派手じゃないけどね、こっちでも世界の命運がかかった戦いがあった
 のよ。敵の名はアシュタロス。魔王に匹敵するほどの実力者で、神界・魔界からの介入を排除した
 後で、人間界に侵攻してきたの」

「へえーっ」

 口調こそ軽かったが、アスカは興味津々(きょうみしんしん)の表情を浮かべた。

「敵の狙いは、私の(たましい)の中にあったエネルギー結晶。それが取られたら、ジ・エンド。
 だから、敵と対等に闘えるように特訓させられたわ。さっきの霊動実験室でね」

「それで、どうなったの?」

「私の霊能力の成長はピークを越えていて、限界ぎりぎりの特訓をしても壁を越えることは
 できなかった」

「それじゃあ、どうしようもないじゃない?」

「でも、私たちには横島クンという切り札がいた」

「それは、あれだけスゴい人なんだから、どうにかできたのかも」

 その言葉を聞いた美神は、思わずプッと吹き出してしまった。

「ちょっと、なんでそこで笑うのよ!」

「あなた、今の横島クンしか知らないからスゴいと思うんでしょうけど、昔の横島クンは全然そんな
 じゃなかったのよ。
 そもそも、始めてうちの事務所に来たとき、霊能力も何もないただの荷物持ちだったし」

「えっ!? それ、ホント!?」

 意外な話を聞かされたアスカが、驚愕の表情を浮かべた。

「本当の話。詳しいことは横島クンから聞いてね。
 その時、私と横島クンが対等な立場で協力すれば何とかなりそうだってことがわかったけど、
 私はそれを認めることができなかった。
 だって、最初はただの荷物持ちで、霊能力覚えてからもずっと格下の丁稚(でっち)だったのよ。
 それが突然、今日からあなたのパートナーだなんて言われても、納得できるわけないじゃない!?」

 美神の話を聞いていたアスカの脳裏に、なぜかシンジの姿が浮かんできた。

「それで私は、横島クンの実力を確かめるために、敵のプログラムのふりをして、霊動実験室で
 横島クンと戦った。
 手抜きなしの本気モードで戦ったんだけど、結局負けちゃって、そこで始めて私は、横島クンを
 パートナーとして受け入れることができたってわけ」

 アスカが美神の顔を、まじまじとした表情で見つめた。

「とにかく、今までどおりのやり方では、限界は越えられないってことが少しはわかったでしょ?
 事務所に戻ったら、横島クンも交えてミーティングをするわよ。
 横島クンなら、きっといいアイデアを出してくれると思うわ」

 横島をパートナーとして心から信頼しているのか、ハンドルを(にぎ)る美神の目には、少しの迷いも見られなかった。



BACK/INDEX/NEXT

inserted by FC2 system