交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第十六話 −約束の日− (02)




 アスカと美神が事務所に戻ると、加持とミサトは既に元の世界に帰っていた。
 美神は、アスカの戻りを待っていたシンジと横島を事務所の一室に呼ぶと、さっそくアスカの強化のためのミーティングを開いた。

「あのさ、ATフィールドを攻撃に使えないかな」

 横島の何気ない一言に、アスカは完全に意表を突かれた。

「シンジもそうだけど、ATフィールドを中和と防御にしか使っていないんだよな」

「でも、ATフィールドってそういうもんじゃ……」

 シンジがそう言ったが、横島は逆にシンジに問い返した。

「シンジ。ATフィールドの本質ってなんなんだ?」

 横島の質問を聞いたシンジは、そのまま考え込んでしまった。
 ATフィールドは、エヴァに乗れば使えるものとしか考えていなかったのである。
 だが、しばらく考えているうちに、あることに思い当たった。

「そういえばカヲル君が、ATフィールドは心の壁だって言ってたような気が……」

「ちょっと、シンジ! あの使徒の言ったことを鵜呑(うの)みにするわけ!?」

 カヲルが妙神山で保護されていることについて、アスカは横島から話を聞いていた。
 しかし、カヲルが自分たちを裏切ったという気持ちが強く、受け入れるよりも反発する感情の方が強かった。

「まあ、カヲルの言ってることは間違いじゃないんだが、問題はその次だ。
 ATフィールドが壁の役割を果たすとしても、そこに物理的な壁があるわけじゃない。
 何かの力が働いて、壁のような働きをするんだ」

「つまり、ATフィールドの本質は、心の力ってこと?」

 アスカの返答に、横島がうなずいた。

「おそらくはな。そして力である以上、使い方しだいでは、攻撃もできるはずだと俺は思うんだ」

「横島クンのサイキック・ソーサーと同じね」

 今まで黙って話を聞いていた美神が、会話に加わった。

「サイキック・ソーサーは、防御に使うことが多いけど、投げれば攻撃の武器にもなるわ。
 ATフィールドを攻撃に応用すれば、かなり強力な武器になるはずよ」

「でも、どうやって、ATフィールドで攻撃するんです?」

 シンジがそう言うと、横島は一本のビデオテープを取り出し、部屋にあったビデオデッキに差し込んで再生を始めた。

「これって、第十四使徒戦ですよね」

 ビデオの中で初号機は、使徒に馬乗りになって相手を殴りつけていた。
 だが、初号機が使徒の仮面を引っ張って()がそうとしたとき、初号機の電源が切れて動きが止まってしまった。

「この後、初号機が暴走するんだが、シンジはこの時のこと覚えてるか?」

「いえ。あの時のことは、はっきり覚えてなくて」

 横島がビデオを早送りさせた。
 いったん動きが止まった初号機が、再度活動を開始する。

「ここだ」

 横島が、ビデオをスローで再生させた。
 獣のように、膝を曲げ背をかがめて立った初号機が、右腕を上げてスッと振り下ろした。
 すると、空中に赤い線が走り、堅固な使徒のATフィールドとボディが、同時に斜めに切り裂かれた。

「シンジは、この時の映像を、ネルフで見たか?」

 横島はビデオを停止させてから、シンジに(たず)ねた。

「いいえ。見たことないです」

「アスカは?」

「私もないわね」

 横島はビデオデッキからテープを取り出すと、ケースの中に収めた。

「まあ、シンジが初号機に取り込まれて、それどころじゃなかったんだろうけど、暴走した初号機が
 ATフィールド使った攻撃をしていたんだ」

「さっきの赤い線が、ATフィールドなのよね?」

 アスカが、横島に聞いた。

「ヒャクメの分析だと、初号機のATフィールドで間違いないそうだ」

「すごい。ATフィールドって、こんなこともできるんだ」

 シンジは驚きのあまり、目を丸くさせていた。

「アスカには、できればこの技を覚えて欲しいんだ」

「わかったわ。やってみる!」

 アスカは(こぶし)(にぎ)り締めながら、力強く答えた。

「僕は、いいんですか?」

「シンジは、今までどおり霊力の強化。その方が、確実だからな」

 シンジはうなずいたが、ふと心にある疑問が浮かび上がった。

「横島さん。ATフィールドが心の力なら、霊力ってなんなんでしょう?」

「霊力は魂の力だ。この先は、将来の研究課題になるんだろうが、俺はATフィールドも霊力も、
 その根っこはそう違わないんじゃないかと思っている」

「なぜ、そう思うんですか?」

「霊力で、ATフィールドに干渉することが可能だからだ。
 まあ、詳しいことは、戦いが終わってからゆっくり調べればいいさ。
 今は、霊力でATフィールドに対抗できるということが、わかっていればいい」

 横島はそこで話を打ち切ると、シンジとアスカを送るため、一緒に第三新東京市に転移した。




 ネルフのロシア支部では、作られたばかりの量産型エヴァンゲリオンが、ウィングキャリアに搭載されようとしていた。

『ウィングキャリアの準備が完了しました』

 台座に載せられた量産型エヴァンゲリオンが、ウィングキャリアに向かって運ばれていく。
 だが、台座がウィングキャリアに近づいたとき、ウィングキャリアのエンジンが、突然火を吹いた。

『緊急事態発生。消化班は、ただちに消火活動を開始せよ』

 耐熱服を着用した消化班のメンバーが、火災を起こしたウィングキャリアに消化剤をかけていく。
 たちまち現場は(あわただ)しい雰囲気に包まれたが、みな火を消し止めることにやっきになっていたため、遠くの物陰から走り去っていく一人の男がいたことに、誰も気がつかなかった。




 真っ暗な部屋に、“SEELE01”と刻印された石板が現れた。
 続いて11枚の石板が次々に現れ、合計12枚の石板が空中で円を描いた。

『約束の日が近づいている』

 “SEELE01”のキール議長が発言した。

『だが知ってのとおり、計画の(かなめ)となる量産機の集結に遅れが出ている』

 他のゼーレのメンバーたちが、一斉に口を開く。

『各国の情報部に、動きはない』

『やはり、碇のしわざか』

姑息(こそく)な手を使いおる。数日遅らせたところで、計画を止められるわけでもあるまい』

 ゲンドウへの非難の言葉が次々に出てきたが、やがてキール議長が再び発言した。

『一週間だ。どんなに長引いても、それを越えてはならない。
 “あれ”が目覚める前に、我々の手ですべてに決着をつけるのだ』

 キール議長の発言が終わると、すべての石板が一斉に姿を消した。




 翌朝、シンジはネルフ本部を出て、地上へと向かった。
 廃墟(はいきょ)となった第三新東京市の一角でしばらく待っていると、一台のランドクルーザーが近づき、シンジの前で停車した。

「よっ、お待たせ」

「加持さん」

 ランドクルーザーを運転していたのは、加持だった。
 シンジが助手席に乗ると、加持は車を発進させた。

「前に乗ってたオープンカーは、どうしたんですか?」

「ロータスエランのことか? 借りてある車庫に置いてあるよ。道がこんなじゃ、普通の車はとても
 通行できないからな」

 無人となった第三新東京市は、復旧されずに放置されていた。
 道路には、壊れた建物の瓦礫(がれき)が散らばっており、車がそれを踏むたびにゴツゴツと突き上げがくる。
 加持の言うように、専用の車でなければ、とても走らせられる状態ではなかった。

「葛城はどうしてる?」

「今朝ちょっと部屋に行ってみたら、グースカ寝てました。
 少し前まで調べ物で大変だったみたいですけど、もう調べる必要なくなったから、寝て英気を
 養うそうです」

「葛城に、朝寝もほどほどにしとけと言っといてくれ」

 その言葉を聞いたシンジは、思わず苦笑してしまった。




 加持の運転する車は、第三新東京市を出ると、長尾峠を越えて御殿場へと下りた。
 車は市街地を越えて、富士山の裾野(すその)を上っていき、やがて竹林に囲まれた別荘の前で止まる。
 別荘の門には、サングラスをかけたボディガードの男が二人いたが、加持は車の窓から顔を乗り出すと、ボディガードの一人に話しかけた。

(おう)は、ご在宅か?」

「中でお待ちでございます」

 もう一人のボディガードが、リモコン操作で別荘の門を開ける。
 加持の運転する車が、ゆっくりとした速度で門の中に入っていった。







 その別荘は、山の斜面を利用して地下一階、地上二階建ての建物となっていた。
 加持は地下の駐車場に車を停めると、ボディガードの一人に案内されて、建物の中に入った。
 シンジも、加持の後ろをついていく。
 やがて二人は、別荘の二階にある広い応接間に通された。

「時間どおりだな、加持君」

 応接間の中で、一人の老人が立っていた。
 背は小柄で、品のよい羽織と(はかま)を身に着けている。
 頭髪はすっかり白くなっており、右手に小さな杖をついていたが、眼光は(するど)く、背筋はピシャリと伸びていた。

「ご無沙汰(ぶさた)しております」

 加持が老人に向かって、深々とお辞儀(じぎ)をする。
 シンジも(あわ)てて、加持と一緒に頭を下げた。

「君が、シンジ君かね」

「は、はい、そうです」

 シンジは緊張した顔で、老人に問いかけに答えた。

「シンジ君、紹介するよ。現衆議院議員で、与党の最高顧問であられる潮音寺(ちょうおんじ)先生だ」

「はじめまして。碇シンジです」

「まあ、そう固くならんでもええ」

 老人が、シンジに柔和な笑みを見せる。
 緊張してガチガチになっていたシンジは、安心してほっと息をついた。

「ワシはの、シンジ君の祖父、碇ソウイチロウとは大学時代からの友人なんじゃ。
 君の名も、生前のソウイチロウから聞いておってな」

「僕のお祖父(じい)さんですか!?」

 シンジ自身にはまったく記憶がないが、シンジの母方の祖父である碇ソウイチロウの名は、以前にも横島から聞いたことがあった。

「その話は後でゆっくりしよう。まずは掛けてくれたまえ」

 潮音寺は、応接室の一角にあったソファーに腰掛ける。
 加持とシンジも、テーブルを(はさ)んで向かい側のソファーに座った。

「加持君、報告書はできとるかね?」

「これです」

 加持は所持していた茶封筒から、レポートを取り出して潮音寺に手渡した。

「ふむ」

 潮音寺は(ふところ)から老眼鏡を取り出して目に掛けると、しばらくの間熱心にレポートに目を通した。

「加持君。この報告書の内容のことは、シンジ君は知っておるのか?」

「おおよそこのことは、話してあります」

 潮音寺は、給仕の女性がもってきた茶を一口飲んだ。

「加持君、正直に言おう。わが国の特務機関ネルフに対する評価は、極めて厳しいものだ」

「存じています」

「使徒との戦いを口実に、国連の莫大(ばくだい)な予算を、わけのわからない研究や設備投資で浪費して
 いるというのが、内務省の大方の評価だ。
 よって、使徒との戦いが終わったとなれば、近日中にA−801が発令されることになるだろう」

「A−801って、何ですか?」

 シンジが、質問をした。

「特務機関ネルフの特例による法的保護の破棄、及び指揮権の日本政府への委譲。
 つまり、ネルフが国連の傘下(さんか)から外れて、日本政府のものになるってことさ」

 加持が、シンジの問いに答えた。

「でも、それのどこが問題なんですか?」

 シンジの更なる問いに答えたのは、潮音寺だった。

「それだけなら大きな問題ではないのだが、国連の人類補完委員会から極秘裏に連絡があったのだ。
 ネルフが、独自にサード・インパクトを起こそうとしていると。
 今まで半信半疑だったのだが、加持君の報告書で、それが明らかとなった」

 シンジは、ごくりと(つば)を飲んだ。
 ゲンドウが、ゼーレとは別の手段でサード・インパクトを引き起こそうとしていることについては、横島から話を聞いていた。

「だが、人類補完委員会、いやゼーレと呼ぶべきだろうが、彼らもまた同じ穴のムジナだったな。
 日本政府の手を借りてネルフを鎮圧し、その(すき)に自分たちでサード・インパクトを引き起こそう
 という腹だったか」

「それでは、日本政府はこの件から手を引く、と」

 だが、加持の発言に潮音寺は首を横に振った。

「加持君、話はそう簡単ではないのだ。ゼーレの手は、我が党の内部にまで及んでいる。
 今頃は、ゼーレの息のかかった議員どもが、首相にネルフへの軍事侵攻を訴えているだろう」

「しかし……」

 加持がわずかに眉をひそめる。

「もちろん、それを黙って見ているつもりはないが、今は数が足りん。
 首相に圧力を掛けて方針を転換させるには、野党とも共闘する必要があるだろう」

「うまくゆくのですか?」

「この件である程度の情報をもっているのは、ワシや首相も含めて与党でも数人しかおらん。
 何も知らない野党を動かすには、実際に戦自が動いてからでないと無理じゃろうな」

「つまり、最初の攻撃は我々だけで防げと」

「難しいかね?」

「いえ、それなら何とかなりそうです」

 加持が、余裕のある表情で答えた。

「ネルフ単独で可能か? 人員の派遣は難しいが、装備が必要であればワシから話をしておくが」

「お心遣(こころづか)い、ありがとうございます。ですが、我々だけで何とかなりますので」

「わずかな人員で、戦自の精鋭部隊の攻撃を防ぐというのか。
 加持君。君はまだ、何かのカードを隠し持っているようだな」

 潮音寺が加持を問い詰めたが、加持はあいまいな笑みを浮かべてそれをかわした。

「まあよい。それについては、君に任せよう。ところで、シンジ君」

「は、はい」

 シンジは今まで黙って話を聞いていたが、潮音寺に声をかけられ、慌てて返事をした。

「今日わざわざ来てもらったのは、シンジ君の正直な気持ちを聞きたかったからじゃ。
 加持君の話によると、ゼーレの狙いは君の乗るエヴァンゲリオン初号機にあるらしい。
 今までは使徒と戦っていたが、次は人との戦いになる。
 ネルフの守りが鉄壁であるにせよ、人と人が争う以上、きれいごとだけでは済まない。
 陰惨(いんさん)な戦いになるやもしれん。
 それに、君が加持君たちに協力するとなると、自らの父親とも対決することになる。
 それでも君は、自らの務めを果たすことができるか?」

 潮音寺の鋭い視線を受け、シンジは思わず目を伏せてしまったが、拳をぎゅっと握り締めてからゆっくりと語り始めた。

「僕は正直、サード・インパクト(がら)みの難しいことはよくわかりません。
 ですが、父さんが間違った道を行こうとしているのなら、僕はそれを止めなければいけないと
 思います。
 それに、僕には仲間がいます。加持さんやミサトさん、同じパイロットの綾波やアスカも協力して
 くれると言いました。トウジにはまだ話をしていませんが、打ち明ければきっと仲間になってくれ
 ると思います。それに……」

 横島さんたちもと、シンジは心の中で付け加えた。

「僕一人ではどうにもならないと思いますが、皆で力を合わせれば、きっと勝てると思います」

 シンジのその言葉に、潮音寺が大きくうなずいた。

「シンジ君。ワシも君の言葉を信じるとしよう。
 後始末については、すべてワシが責任をもつから、安心したまえ」

 その返事を聞いたシンジは、潮音寺に軽く頭を下げた。

「すまんが、これから加持君と二人だけで話をしたいので、席を外してくれるかな。
 飲み物を用意しているから、下で待っててくれんかね」

「わかりました」

 シンジは潮音寺に会釈をすると、応接間から退室した。
 潮音寺はシンジが部屋から出ると、窓際の外の景色がよく見える場所に立った。

「加持君。ワシは罪びとじゃよ。セカンド・インパクトの真実を知っていながら、復興資金を引き
 出すために、ソウイチロウのコネクションを利用して、あえてゼーレと手を組む立場に立った。
 国民から黒い政治家と(うわさ)されても、日本のためになるのなら、どんな悪評も甘んじて受けた。
 しかし、この国の危機に際して、年端(としは)も寄らぬ少年に頼らねばならないとはな。
 己の力のなさが、不甲斐(ふがい)ないわい」

 潮音寺の独白を聞いた加持は、席を立つと潮音寺の斜め後ろに立った。

「罪びとというなら、私も同じです。私はセカンド・インパクトの混乱時に、自分が生き残るため
 弟と友人たちを見殺しにしました」

「君も、苦労が多かったようじゃな。
 しかし、負債をこれ以上、子供たちに背負わせるわけにはいかん。
 罪滅ぼしにはならんじゃろうが、せめて明るい未来を若者には残さんとな」

「ごもっともです、翁」

「若者には君も入っとるのじゃぞ、加持君。君はまだ、結婚もしとらんじゃろうが」

 潮音寺は、背後を振り返りながらにやりと笑った。

「死ぬ前に、最低子供を二人作るのが、若いものの義務じゃからな。
 それに君は、ネルフの葛城君とできとるそうじゃないか」

「そ、その情報は、いったいどこから……」

 追求を受けた加持が、こめかみから冷や汗を流す。

「どこからでもかまわんじゃろう。ま、内務省の連中とだけ、言っておこうか。
 加持君、結婚式には、ワシもきちんと呼ぶのじゃぞ。なんなら、ワシが仲人(なこうど)をしてやろうか?」

 意地の悪い笑みを浮かべる潮音寺を前にして、加持はひたすら恐縮していた。







 エントリープラグの中で、コポッコポッと二つの気泡が浮かんだ。

『A10神経接続異常なし。初期コンタクトすべて問題なし』

『双方向回線開きます』

『シンクロ率、起動値を確保』

 制御室にいたミサトとマヤが、満足そうな表情を浮かべた。

「うまくいきましたね、デュアルシンクロ」

「まあね。途中で起動できなくなっちゃったけど、元々レイも初号機に乗ってたんだし」

 テストプラグの中に入っていたのは、シンジとレイだった。
 エントリープラグの一番下に座っているシンジの頭上に急ごしらえの席を作って、そこにレイを座らせていた。

「それに、このシンクログラフの線、とても綺麗(きれい)ですよ。シンジ君一人のときより、安定しています」

 マヤが制御室のモニターに、初号機のシンクロ率のグラフを表示した。
 シンクロ率そのものに大きな変化はなかったが、そのグラフは上下の変動が少なく、シンジが一人でシンクロテストをした時のグラフと比較すると、かなり滑らかな曲線になっていた。

「でも、どうして急に、デュアルシンクロのテストを始めたんですか?」

 マヤがミサトに尋ねた。

「ちょっちね、試してみたいことがあったのよ」

「何をです?」

「レイを初号機に搭乗させて、索敵(さくてき)と通信機能の一部をやってもらおうかなと思って」

「でも、今までの戦いでは、指揮はすべて発令所からしていたじゃないですか?」

 過去の使徒戦では、集めた情報をマヤたち三人のオペレーターがMAGIを使って分析し、それを元にミサトがシンジたちパイロットに指示を下していた。
 今までのやり方を変えようというミサトの発言に、マヤは率直に疑問を感じる。

「そうね。使徒とだけ戦っているときは、それでもよかったわ。
 でも、これからの戦いは、正直どうなるのかわからない。
 最悪、発令所からの指示なしに、あの子たちだけで戦うことも考えなきゃいけないのよ」

 ミサトは、使徒との戦いの最中と同じくらい、真剣な眼差しをしていた。




「よっ、シンジ」

 シンクロテストを終えたシンジが、男性用のシャワー室でシャワーを浴びていると、隣のシャワーにトウジが入った。

「どうだった? 始めてエヴァを動かした感想は」

 シンジとレイがシンクロテストをしている間、三号機に乗ったトウジはて、ジオ・フロントで実際にエヴァを動かす訓練を行っていた。

「自分が思うた通りに動くのは面白いんやけどな、体の動きが鈍うて、もさっとした感じやったわ」

「最初のうちは違和感あるけど、シンクロ率が上がると、そういうの段々なくなってくるよ」

「なるほどなー。さすが、経験者の言うことは違うわ」

 シャワー室から出たシンジとトウジは、更衣室に入った。

「ところでな、センセ」

 トウジは腰にバスタオルを巻いたまま、シンジの首にぐいっと腕をまわした。

「綾波と一緒のシンクロテスト、どないやった? え?」

「と、トウジ!」

 トウジは酔った中年オヤジのように下卑(げび)た笑顔を浮かべながら、シンジに顔を近づける。

「ラブラブの二人が、狭いエントリープラグの中に一緒におって、なにもないわけないやろ?」

「ミサトさんも、マヤさんも見てるんだから、なにかできるわけないじゃないか!」

 慌てたシンジは、顔を離そうとして、トウジの顔を両手でぐいっと押しやった。

「惣流がスタイルええのは知っとったけど、綾波も実は着やせするタイプやったとはなー。
 綾波のプラグスーツ姿を直接見るまで、気づかんかったわ。
 センセも一緒におって、なにか感じたやろ?」

「そ、それは……」

「綾波の胸、綾波の太もも、綾波のふくらはぎ〜〜」

 いろいろと思い出してしまったシンジは、顔がカーッと赤くなった。
 実のところ、シンクロテストをしていたとき、自分の真上にいるレイが気になって仕方なかったのである。

「碇君」

 そのとき、更衣室の外からレイの声が聞こえてきた。
 シンジもトウジも、それにビクッと反応する。

「着替え、終わった?」

「ま、まだなんだ。もうちょっと待ってて」

 シンジはトウジから離れると、急いで元着ていた服に着替えた。

「シンジ、ちょっと待ってや」

 トウジも、彼のフォーマルとも言うべき黒のジャージに着替えると、シンジと一緒に更衣室を出た。
 さしたる距離ではないが、パイロット居住区までの通路を三人で一緒に歩いて帰る。

「なあ、シンジ。最近、惣流の姿見ないけど、どないしてんやろ?」

 帰る道の途中で、トウジがシンジに尋ねた。

「アスカなら、特別メニューで訓練中だよ。
 僕たちと別の場所で特訓しているから、しばらくの間、顔を合わせることはないんじゃないかな」

「そっか。惣流もたいへんやのー」

 トウジは、どこか他人事ような気楽な顔をしていたが、事実を知るシンジは、トウジに秘密が漏れないように、必死に表情を取り(つくろ)っていた。




 アスカの霊動実験室での特訓は、三週目に突入していた。
 最初の一週間は、ATフィールドの密度を濃くする訓練だった。
 ATフィールドの範囲を半分にして、その分強度を倍加させる。
 それができたら、次はその半分、さらにその半分と、どんどん面積を狭くしていった。

 二週目は、ATフィールドを飛ばす訓練に入った。
 右手を振り上げて、手のひらの外側にATフィールドを発生させる。
 そして手刀を振り下ろすと同時に、離れた場所にそのATフィールドを飛ばす。
 最初はうまくいかなかったが、霊力と同様にATフィールドもイメージしだいだという横島の助言を受け、何日も訓練を続けていく中でようやくできるようになった。

「まあ、ここまでは何とかうまくいったわね」

 仕事の量を減らしてまで、美神はアスカの特訓に付き合っていた。
 どういう心境の変化かと、美智恵や横島はいぶかしがっていたが、(はた)から見ているうちに、稀に二人が、まるで少し歳の離れた姉妹のように見えるときがあることに気づいた。
 美智恵にしても、娘とまではいかなかったが、手のかかる親戚の子ぐらいには感じるようになっていた。

「それじゃ、次の訓練に移るわ」

 アスカがうなづくと、霊動実験室のドームの端にいた令子が、制御室にいる美智恵に右手を上げて合図をする。
 すると、ドームの中央に第三使徒が現れた。

「いっけええええっ!」

 アスカが、離れた場所から勢いよく右手を振り下ろした。
 まだ練習のため使徒は動かなかったが、アスカが飛ばしたATフィールドが使徒に当たると、ゴツンという音をたてて使徒が床の上に倒れた。

「へっ!?」

 当たることは当たったのだが、アスカが期待したような斬撃の効果は、まったく見られなかった。

「使徒の体を斬るには、(するど)さが足りなかったのかもしれないわね」

「それか、使徒のATフィールドで、威力が弱まったのかも」

「どちらにせよ、ここまできたら、後は気合でものにするしかないわ。
 時間も残り少ないし、どんどんいくわよ!」

 胸の前で両腕を組んだ令子は、さながら鬼コーチのような姿に見えた。




 来るべき日の迫る中、シンジは横島に呼ばれて、二人で妙神山を訪れた。

「横島さん、急にどうしたんですか?」

「実はな、シンジと一度話がしたいって、老師に言われてな」

「老師?」

「そういや、シンジはまだ会ったことがなかったな。一応、俺の師匠(ししょう)だよ。
 それから、小竜姫様の上司で妙神山のボスだ」

「横島さんのお師匠さんですか?」

 横島の師匠がどんな人なのか、シンジは興味を引かれた。

「まあ、ゲーム好きでクソジジイの猿だけどな」

「ゲーム好きで、クソジジイで、猿?」

 横島の説明では理解できず、シンジは頭が混乱してしまう。

「会えばわかるさ。まあ、けっこう有名だしな」

「はあ」

 二人が妙神山の敷地内をてくてくと歩いていると、妙神山に逗留(とうりゅう)していた渚カヲルに声をかけられた。

「やあ、シンジ君。久しぶりだね」

 最後に会ってから、まだそれほど日は経ってないはずだが、シンジは二つの世界で時間の流れが違うことを思い出した。
 シンジにとっては数日ぶりにせよ、カヲルにしてみれば少なくともその三倍ほどの日数が経っているはずである。

「今日はどうしたの?」

「横島さんのお師匠さんに呼ばれたんだ。なんでも、妙神山の一番のボスなんだって」

「そんな人がいるなんて、今まで気づかなかったよ」

「まあ、あのジジイは、滅多なことでは人間に顔を見せないからな」

「嬉しいね。僕も人間扱いされてるのかな」

 カヲルが、シニカルな笑みを浮かべた。

「あのジジイの前じゃ、人だろうが使徒だろうが、大して関係ないさ。
 カヲルも、暇だったら一緒にくるか?」

 カヲルがうなずいたので、横島はシンジとカヲルと連れてある建物の中に入り、広間へと案内した。

「老師、入りますよ」

 三人が広間に入ると、一匹の年老いた猿が、部屋の奥で大型液晶ディスプレイと向き合いながら、ゲームステーションで格闘ゲームをしていた。

「遅かったのう、横島」

 その猿は日本語で返事をすると、コントローラーでゲームをポーズしてから、後ろを振り返った。
 彼は人民服を着ており、大きなメガネをかけて、キセルで煙草を吸っている。
 シンジもカヲルも、あまりに驚いたのか声もでなかった。

「紹介するよ。俺の師匠で、猿神(ハヌマン)の斉天大聖老師だ」

「……斉天大聖?」

 シンジは、首をかしげた。
 斉天大聖という言葉がシンジの脳裏に引っかかったのだが、それが何なのか、なかなか思い出せない。

「なんじゃ。最近の若いのは、西遊記も読んどらんのか」

 シンジはその言葉を聞いて、ようやく合点した。
 カヲルも思い当たったのか、にやりと笑った。

「どうした、シンジ」

 ポカンとしていたシンジに、横島が声をかけた。

「いえ、その……横島さんが、どうしてそんなにすごいのか、その理由がようやくわかったような
 気がしました」

「言っておくがな、わしはそやつの成長の手助けをしたにすぎん。
 横島の能力も、本人が自分で引き出したものなのじゃ」

 ハヌマンが、シンジに直接答えた。

「それで、シンジに何か用事ですか?」

 横島が、ハヌマンに尋ねた。

「なに、異世界とはいえ、世界の命運を(にな)う少年に、一度会ってみたかっただけじゃよ。
 おぬしが面倒を見ておったから、さほど心配はしておらんかったがな」

「で、実際に会ってみて、どうでした?」

 しばらくの間、ハヌマンがシンジをまざまざと見つめた。

「ふむ。潜在的な力はかなりありそうじゃな。時間をかけて修練すれば、いずれ大成するじゃろう」

「ですが、今足りないのはその時間です。ぶっちゃけ、戦いがもう目の前まで迫っているので」

「ならば、久しぶりにあれでもやってみるか」

「あれって、あれですか? ……シンジが死んでも、俺は責任もちませんよ」

 いきなり物騒(ぶっそう)な言葉が飛び出してきたので、シンジはビクッと背筋を震わせた。

「まあ、待て。潜在能力を引き出すのではない。その少年に今必要なのは、精神を(きた)えることじゃ。
 まだ若いから仕方ないが、心にかなりの迷いが残っておるようじゃからな」

 そう言うとハヌマンは、ゲーム機のコントローラーを床の上に置き、どっこらしょっと立ち上がった。

「お主、少し来るがよい。それから、横島もじゃ」

「僕は、外で待ってようか?」

 シンジと横島の二人が、ハヌマンの後をついて別室へ行こうとするので、残されたカヲルも立ち上がろうとした。

「なに、すぐに戻ってくるから、ここに居ればよい」

 ハヌマンの言葉どおり、三人はすぐに元の広間に戻ってきた。
 だがカヲルは、部屋に入ってきたシンジの顔を見て驚いた。
 ハヌマンと横島にそれほど変化はなかったが、部屋を出るまでおどおどしていたシンジが、今はすっかり落ち着きを取り戻していた。
 表情がすっきりしていて、気のせいかもしれないが、少し大人びているようにすら思えた。

「驚いたね……向こうの部屋で、何があったんだい?」

「えーっと、ちょっと別空間で修行を」

「修行?」

「そうだよ。カヲル君もそのうち、あそこで修行してみるといいよ」

 そう言うとシンジは、澄み切った顔でにっこりと笑った。




 真っ暗な部屋に、“SEELE01”から“SEELE12”まで、計12枚の石板が空中に円を描いて現れた。

『タブリス。ヘブンズドアを開いたまではよかったが、最後の最後で我らを裏切った』

『いや、彼を責めるのは間違っている。最初から、これが正しい筋書きだったと考えればな』

『左様。彼が生命の継承者であったとは、どこにも記されておらん』

 “SEELE01”のキール議長が、重々しい口調で語り出した。

『もはや、アダムや使徒の力は借りぬ。補完は、我々自身の手で行えということだ』

 他のゼーレのメンバーたちから、うなずく声や同意する発言が相次いだ。

『だがその前に、()すべきことが一つある。我らに背き、滅びを拒み、自らの補完を目論(もくろ)む者。
 碇ゲンドウ。彼には死をもって、(つぐな)ってもらおう』



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