「お嬢さん、お名前は?」
「綺堂……綺堂さくらです」
「俺は、横島忠夫。東京でGSの事務所を開いてるんだ。よろしくな!」
バンダナを付けた人が、そう名乗った。
名前には聞き覚えがある。たしか高校生で独立して除霊事務所を立ち上げた、ちょっとした有名人だ。
見た目は、ごく普通の人。
顔は、特にハンサムというわけではないが、そこそこ整ってはいる。
どう反応してよいかわからず、目をパチパチさせていると、その人――横島さん――が、急に私の手を掴んだ。
「綺堂さん――」
「はい?」
「綺堂さんにお姉さんとかいない? 年齢は大学生か、高校生以上で」
「私、高校生ですけど?」
横島さんの頬が、急にピシッと固まった。
「こ、高校生? 中学生とかじゃなくて!?」
「はい。私立風芽丘学園の一年生です」
横島さんが、顔に両手を当てて「オー、ノー!」と叫んだ。
そのまま頭を抱えながら、「横島スカウターに反応しなかったとは……いや、綺堂さんは高校生。俺的には問題はないはず……はっ、ち、ちがうんや! そうじゃないんや〜〜!」などとわめいている姿を見ると、とても腕利きのGSのようには見えない。
遊にレイプされかけたことや、彼がGSで私が夜の一族のハーフということなども全て忘れ、思わずクスクスと笑い出してしまった。
7 Years Later
作:湖畔のスナフキン
第二話
私は、あの7年前の事件を忘れていなかったように、その時に出会った横島さんのことも、忘れてはいなかった。
記憶に残っていた横島さんの面影が、目の前の男性の顔と似通っていることを確認すると、私は勢いよく席を立った。
「あの、GSの横島さんですか?」
横島さんらしき男性が、私に気づくとススッと素早く近づいてきた。
横島さんも、私のことを覚えていてくれたのだろうか?
「おお、お美しいお嬢さん! どちらでお会いしましたか?」
しかし、彼の返事は、私の予想の斜め上を行っていた。
私によくまとわりつくナンパ男のような態度に、少々頭痛を覚える。
「綺堂さくらです。7年前の事件で助けてもらった……もうお忘れでしょうか?」
横島さんが私から視線をそらすと、こめかみに指をあてて考え込んだ。
「ひょっとして、さくらちゃん? あの時、体育館で会った!?」
「はい、そうです」
「いやー、見違えたかと思ったよ。あのちみっこ……いや、可愛かったさくらちゃんが、こんな別嬪さんになるなんてな!」
にかっと笑ったその顔は、私の記憶にある少年の頃の笑顔そのままだった、のだが……
翠屋を出た後、私は大学の研究室には寄らずそのまま家へと帰った。
精神的な疲れを感じた私は、着替えもせずにそのままベッドにうつ伏せになって倒れ込んだ。
(……想い出が汚されるって、こういうことなのかしら)
私は枕に顔をうずめると、はーっと大きなため息をついた。
あの後、私は横島さんに千堂先輩を紹介した。
七年前の夜、私と同じ体育館にいた千堂先輩は、横島さんのことを覚えていた。
ところが、千堂先輩が珍しく「その節はありがとうございました」と笑顔でお礼の言葉を述べると、横島さんが突然千堂先輩の手を握った。
後で、横島さんと一緒にいた雪之丞さんに話を聞くと、横島さんにとってはごく日常的な行動らしい。
しかし、一部の男性――槙原さんや、義理の姉弟関係を結んでいる真一郎先輩――を除けば、極端な男嫌いの千堂先輩にとっては、許し難い行為だった。
横島さんは、握った手を逆手に取られると、護身道の技でそのまま投げ飛ばされた。
店の中ということもあり、その場で一回転して床に叩きつけられただけだったが、千堂先輩の目が憤怒で燃え上がっていたこともあり、横島さんがその場でへこへこと土下座して、ようやくその場は収まった。
自分で蒔いた種とはいえ、土下座して許しを請う横島さんを見て、自分の中の大事な何かがガラガラと崩れ落ちていった。
横島さんが七年前に私にかけた言葉も、ナンパ男たちが口にしそうなセリフのように思えてくる。
自分の気持ちに整理がつかず、ベッドの上で数回寝返りを打っていると、部屋に置いてある電話の子機が鳴った。
「お嬢様、ヴィクター様からお電話が入っています」
枕元に置いてある電話に出ると、家付きのメイドが私宛に電話があったことを伝えた。
私は上半身を起こしながら、電話をつなぐようメイドに返事をする。
「さくらか」
「お祖父様」
電話をかけてきたのは、祖父だった。
私は夜の一族と人狼の血を引いているが、今話しているのは夜の一族の方の祖父である。
「さくらに聞きたいことがあってな。今、月村の家の方はどうなってる?」
私には、月村忍という名の姪がいる。
私の実家の綺堂家と同様、月村家も夜の一族の中では名家であり、またかなりの資産家でもあった。
忍の両親が事故で亡くなった後、忍に相続された遺産を巡って騒動が続いていた。
今も、月村安次郎という男が月村の遺産を狙っており、忍にちょっかいを出している。
今のところ、忍に"贈った"メイドのノエルが彼女を守っているが、私も時間のある時には、忍の様子を見るようにしていた。
「はい、今のところ問題ありません。ただ、安次郎の手の者や安次郎本人が、忍の周囲をうろちょろしていますが」
「そうか。その件については、エリザが対処することになった。しばらくすれば状況が変わってくるだろう。さくらにはすまんが、しばらく月村家を見守ってやって欲しい」
一族の長老であるお祖父様が直接動くと、事が大きくなりすぎる。
それでエリザ叔母様が、影で動くというわけか。
「ところで、さくら。話は変わるのだが」
「はい」
「今日、GSの横島君に会っただろう」
「…………はい!?」
思わず、声が裏返ってしまった。
なぜ、お祖父様がそのことを知っているのか?
私がそのことを尋ねると、
「ま、そのことはどうでもよい。で、横島君のことじゃが、彼はGSの中でも穏健派として知られている」
「はい」
後に魔神大戦と呼ばれることになった、アシュタロスと人類の戦いのあと、それまで慎重に進められていた神族と魔族のデタントは、急速に進んでいった。
その影響は、人界に住んでいた亜人の種族にも広がった。
特にヴァンパイアのブラドー家は、後継ぎのピエトロ・ド・ブラドー自らが魔神大戦に参加したこともあり、それまでの負のイメージを払拭している。
今思い起こすと、七年前に横島さんと一緒にいた金髪の男性が、ピエトロ本人なのだろう。
そのピエトロが、モデルばりの美形であることも、人気が急上昇した大きな要因であることには、違いない。
他にも、日本に住む人狼の一族の中には、一族の娘をGSに弟子入りさせるところも出てきている。
しかし、ブラドー家のピエトロの人気が高まれば高まるほど、もともと人間界に潜んで生活していた夜の一族にとっては、かえって立場が難しくなった。
今となっては、「実は吸血種でした」と名乗りでるのも難しい。
良くても、ブラドー家と比較されて格下の扱いとなってしまうだろうし――プライドの高い夜の一族が、それを受け入れることは困難である――、また悪ければ、大昔の時代のように迫害の対象となってしまう。
さすがに、木の杭をもった民衆に屋敷を取り囲まれることはないだろうが、ビジネスで弊害が出ることは避けられない。
よって今までどおり、夜の一族が日の当たる世界に、出ることはなかった。
一方、GSはと言うと、魔神大戦で戦った主力メンバーが神・魔族のデタント派と親しいこともあり、業界の主流は穏健派となっている。
妖怪や亜人に対しては、無闇に戦うよりも相手との対話を重視するのが特徴だ。
しかし、GSがビジネスとして営まれている関係上、金しだいでどんな仕事も請け負うことは、今後も起こりえるだろう。
魔神大戦の主役であった美神令子がよい例であり、自衛隊から多額の報酬と引き替えに、九尾の狐を除霊したという話も、伝え聞いている。
横島さんは、そういうGSではない。そう私の直感は、訴えているが――
「彼が直接、一族に危害を加えることはないだろうと私も思っている。しかし、月村の家のこともあるしな。すまないが、さくら。横島君が、海鳴で何をしようとしているのか、少し探ってくれんか?」
一族を代表して、横島さんの行動を探る――それが必要なことは理解しているが、お祖父様のその指示に、私の胸が一瞬チクリと痛んだ。
「わかりました。明日にでも、横島さんに接触してみます」
受話器を置いたあと、押し寄せてくる様々な想いに、私の心は千々に乱れていた。
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